【Short Story】Sweet Halloween(Only Japanese)
Added 2020-10-31 11:35:13 +0000 UTC「え、えーと、海晴? だ、大丈夫? ずいぶん時間かかってたみたいだけど」
「ぼくのことを疑っているのかい?」
海晴の指示で、私は目をつぶって座っていた。
頬に当たるパフの感触がこそばゆい。
ライオン館で初めて行われるハロウィン・パーティ。
海晴、真央、直未、私の四人は仮装してパーティを盛り上げる役になっていた。
そしてどういう流れで決まったのか正確には思い出せないけれど、私の仮装は現在進行形で海晴がプロデュースしてくれている。
「いや、変になるとかって心配はしてないよ。海晴にメイクしてもらってるんだし。でも、どっちかというと……ほら、恥ずかしくて」
言ってしまった、と思った。
海晴は私のこういう反応を待っていたに違いないのだ。
「恥ずかしがることなんてないさ。ぼくの想像通り……いや、想像以上に素敵に仕上がっている」
「も……もう。だからその言葉の方が恥ずかしいよ……」
「構わないだろう? 今は、ぼくたちだけしかいないんだからね」
「……真央たちがいたって言うクセに」
ぼそりと小声で呟いた言葉を聞いて、海晴の微笑んだ吐息が聞こえた。
最近の海晴は、以前にも増してこういうことを言ってくる。
私を動揺させるため、あえて直接的な言葉を選んでいるようにも思える。
たぶん……いや、きっとそうだ。
褒めてくれているし、海晴から言われているので嫌ではないけれど、いつも恥ずかしくなってあわあわしてしまうのは、ちょっと悔しい。
海晴と一緒にいれば、そういうフレーズはたくさん頭に浮かぶ。
けれども、口にすること自体がちょっと、恥ずかしい。
だから私が意図して海晴を照れさせるのは、中々うまくいかない。
「さあ、目を開けて?」
海晴は穏やかな声で、そう言った。
私はちょっと緊張しながら、ゆっくりと目を開けた。
「わあ……」
「ほら、手を口元に添えて、少し頬を膨らませてごらん?」
「こ、こう?」

言われた通りに、ポーズを決めて鏡を見た。
鏡の中にいる二人が誰なのか、一瞬分からなくなるほど驚いていた。
「すごい……」
「………………」
「ウィッグも自然だし、メイクもすごく上手い……」
「………………」
「私じゃ、ないみたい……」
「………………」
「あの、海晴さん……?」
返事がないのが不安になって、呼びかける。
数拍の間があってから、海晴は口を開いた。
「すまない、言葉を失っていた。いや、心を奪われていた」
「ふふ、なにそれ」
海晴の言葉を受けても、不思議とあまり恥ずかしくなかった。
見た目が大胆に変わっているから、自然と自分の気持ちの持ちようも変わっているのかもしれない。
私があっさり答えたからか、海晴もかすかにきょとん、とした表情を浮かべている。
これなら、もしかして……。
「でもこれ、何の仮装なの?」
「『猫耳をつけた愛らしい凛火』の仮装さ」
「なら、海晴は『猫耳をつけた愛らしい海晴』の仮装?」
「いや、ぼくは『凛火の隣に相応しい仮装』だよ」
「……なにそれ」
「凛火を引き立てる配色に仕立てあげたということさ」
海晴の動揺を誘ってみたけど、あっさりとかわされてしまった。
私の余裕を察して、心の準備をしていたのかもしれない。
考えすぎかもしれないが、海晴ならば十分ありうる思考だろう。
「やっぱり仮装っていうか……コスプレだよね?」
「言葉の定義なんて、些末な問題さ。ぼくにとって重要なのは、凛火が喜んでくれているかどうかだよ」
「なら……大丈夫だよ。嬉しいな。可愛くしてもらって」
「ぼくはただ、素材をどう活かすかを考えただけだよ」
「そんな、大げさだよ」
私はあらためて、海晴を見た。
確かに二人並んだ時、私が目立つように気を遣ってくれている。
髪型や髪色もそうだし、衣装やメイクも私の方が情報量が多くなるようにしてくれている。
さらに海晴は自分を淡い印象にすることで、私との身長差やスタイルの差が目立たないように考えられているのが分かる。
鏡で見ると、客観的にどうプロデュースしてくれたのかが理解できた。
でも、隣にいる海晴を見る私の視点は、あくまで主観的なもの。
だから、私から見れば――。
「海晴……綺麗だね」
「ぼくのことはいいんだ」
「ううん、良くないよ。私にとって、海晴も大事。だって私たち……ね?」
「………………っ」

「あれ? 今ちょっと照れた?」
「……それは、まあ、うぅ……。わざわざ聞かなくてもいいだろう……」
「だって、海晴はいつも私にそうしてるよ?」
「ぐっ……君は思わぬ方向から攻めてくるからね、油断していたよ」
海晴の言う通り、これはあくまでラッキーパンチ。
でも、ちょっとだけ満足だ。
「そういえば、メイク道具はどうやって揃えたの?」
「ぼくが元々持っていたものと、真央に貸してもらったのもあるんだ。色々、試してみたかったからね」
「そっか。でもこれ、高いやつだよね? 真央、こんなの使ってたっけ……」
「えっと、これは……」
海晴がよく使っているもの以外に、誰でも知っているブランドのメイク道具も鏡の周りに置かれていた。
「真央が買うブランドでもないし……直未はもっと違うし……。海晴、もしかして無理してない?」
「し、しているわけないだろう? それに凛火のためなら……」
「あ、やっぱりシャドウも開けたばっかりのだ。これ、結構するよね」
「り、凛火が気にする問題じゃないさ」
「ダメだよ。新しく買ってくれたなら、ちゃんとお金払うよ」
「だから……」
そういうわけにはいかない。
ここで直接言うつもりはないが、海晴はバイトをしているとはいえ決してお財布事情に余裕があるわけではないことを私は知っている。
「やっぱり、ごまかしてるね、海晴。誕生日でもないんだから、もらってばっかりじゃ悪いよ。仮装も元はと言えばお店のイベントのためなんだから、そこはちゃんとしないと」
「い、いや、その……」
「ちょっと待っててね。忘れないうちに、お金を……」
「ち、違うんだ凛火!」
「違うって、何が?」
私は、明らかに目が泳いでいる海晴に顔を向けて、じっと見つめた。
「…………貰い物なんだ」
「え? 誰からの?」
「その、バイト先の、お客さんからの……」
「あっ、メイド喫茶の……」
沈黙が流れた。
なるほど納得だ。
そして海晴が隠したがっていた理由も、理解できた。
直後、自分が頬を膨らませていることに気がついた。
「ご、ごめん凛火……。価格の問題もあって、以前に客からのプレゼントで貰ったものが丁度いいと思ったんだ。普段はプレゼントは受け取らないようにしているのに、たまに頑なに渡そうとする人がいて、断り切れない時があって……」
「…………ふーん」
「他の人、それも男性客から渡されたものを流用されるというのは気分が良くないかもしれない。ぼく自身少し迷ったのだけど、その……」
「…………なるほど」
「凛火の怒る気持ちは分かる。すまない、すぐに言い訳をしてしまって……」
数秒返事を溜めてから、私は海晴に答えることにした。
「なーんて、別に怒るわけないよ」
「でも、君はむっとした表情をしていたから、その」
「海晴が何かをごまかしてるのが分かったから、つい……ね。私もごめんね、ちょっとからかっちゃって」
「……そうか、良かった……」
「でも、もう隠し事はなしだよ。もちろん、無理するのもね」
「……ああ、約束するよ」
海晴は胸をなで下ろす。
予想よりも海晴の反応が大きかったので、申し訳なさも一際だ。
「でも、私よりもさ、プレゼントをくれたお客さんはいいの? だって、海晴にプレゼントしてくれたんでしょ? 私が使うよりも、海晴に使って欲しかったんじゃないかな?」
「ああ、それは気にしなくていいよ。渡す時に、捨てても転売してもいい、自分が渡したいだけだから好きにしてくれ、と言われたからね。元々フリマアプリに出そうと思っていたのだけど、仮装をすることになったから踏みとどまったんだ」
「あ、そうなんだ……」
ちょっとだけ、そのお客さんと海晴の思考回路が似ていると思ったことは黙っておこう。
「さあ、最後の仕上げだ」
「……香水?」
「ああ。プロデュースは完璧にしないとね。香りも含めて、ハロウィンという日の特別な凛火になって欲しい」

そう言うと、海晴は立ち上がった私の手首に一吹き香水をかけた。
バニラとシナモンのほのかに甘い香りに、ちょっと柑橘系の香りも混ざっていて、すごくいい香りだ。
海晴に求められて、恥ずかしながらも一回転してしまった。
普段できないことができるのは、仮装の効果かもしれない。
「これで完了だ。さあ、真央たちのところに行こうか」
「そうだね。まだお礼を言えてなかったから、あらためて言わせて」
私は一呼吸してから、海晴に向き直った。
「ありがとね、海晴」
「……こちらこそ、ぼくに任せてくれて嬉しかったし、楽しかったよ」
海晴の穏やかな表情を見て、私はもう一つ口にしていない言葉があるのを思い出した。
今日のこの日のための、特別な言葉。
「あのさ、海晴」
「なんだい?」
「トリック、オア、トリート。でも――可愛くしてくれたから悪戯はなし、だね」
「…………凛火、それは……」
あ、今度のはラッキーパンチ。
それが分かるようになってきただけでも、自分でちょっと成長したなって気がした。
「ふふ、ハッピーハロウィン。パーティはこれからなんだから、楽しもうね」
「…………くすっ。もちろんだよ」
顔を赤くして伏せたままの手を取り、海晴とライオン館の一階へと向かうのだった。