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シニンノカゲ:2章part2

2. 金繭小事件 首の無い女の霊を見たんだ。 女は制服姿で、間違いなくあの夜に旧校舎で首を刎ねられた"誰か"の身体と同じだった! ……登校してから何度もそう言おうとしたけれど、言い出せなかった。 同じクラスの笹木 澪に言えば、それは彼女と親しい歌巴の耳にも入るだろう。 歌巴は、誰よりも怪異を恐れている。 詳細の分かっていないあの首無しの幽霊のことを教えても歌巴を怖がらせるだけだ。 隣を歩く愛維と乃恵だって──顔には出さないがきっと怪異が恐ろしいだろう。 いずれにせよ、あの首無し幽霊の話は混乱を招くだけだ。 だけど、黙っておくのもなんだか──気持ち悪い。 あの中の誰かに話すとすれば──。 愛維もこれ以上、幽霊の話なんて聞きたく無いだろう。 愛維は羅那を頼りにしている。詳細不明の首無し幽霊が自室に出現したなんて話をすれば、ただ怖がらせるだけになる。 それでは、愛維の期待を裏切ることになる。 愛維を、ガッカリさせてしまう。話すなら、何か解決策が分かった時にするべきだ。 愛維に話さないなら、乃恵にも話せない。乃恵は愛維の右腕だ。乃恵に話して愛維に話さないのは──なんだか愛維を意図的に仲間外れにしたように思われるかも知れない。 頭に浮かんでいた愛維と乃恵の顔が消える。 澪と歌巴はやはり刺激してはならないし──。 羅那の頭の中に残ったのは、西原 叶夢の顔だった。 彼女は比較的、あんなことがあった後でも冷静でいるように思える。 勿論、彼女だって怖いだろう。だけど、彼女は愛維にもはっきりと意見を言える性格だ。 彼女にだけ首無し幽霊のことを打ち明けても、それが愛維たちに流れることはないだろうと考えられた。 叶夢に相談してみても良いかも知れない。そう思った。 考え事ばかりしていたのでろくに前も見ずに歩いていたが、誰にもぶつかることはない。 今は昼休み。行き交う生徒たちでいっぱいだが、愛維と乃恵と並んで歩いていると他の生徒たちは皆、道を開けている。 だからテキトーに歩いていたって誰にも、ぶつからない。 ──気分は良くないけれど。 購買部から帰って来た羅那たちが愛維の教室に入ろうとすると、入り口で二人の女子生徒が話し込んでいた。 ──二組の戸山さんのこと聞いた? ──聞いた。あれほんとなの? 二人の女子生徒は何やら熱心に話していた。そのせいか、背後の羅那たちの存在に気づいていない。 「あっちから入ろう」 羅那は前方の入り口に回ろうとした。乃恵もそれに着いてきた。 だが。 愛維はその場にいた。彼女は眉を上げ、わざとらしく大きな咳払いをした。 すると、話にのめり込んでいた二人の女子生徒はびくっと肩を震わせた。 二人は愛維の顔を見て、凍りついていた。 「ちょっといい?」 愛維が眉を上げたままそう言うと、二人の女子生徒はが細い声でごめんと言って下がった。 無理やりこじ開けた入り口から、小柄な愛維がするすると入っていく。 二人の女子生徒の間を通過する際、羅那は、ごめんねと小さな声で呟いた。聞こえているかどうかは、分からない。 教室へ入ると、ちょうど前方から背の高い男子生徒が歩いて来た。 「あー!光輝ー!」 愛維が、高い声で男子生徒の名を呼び、ちいさく手を振った。 光輝──"横井 光輝(よこいこうき)"は2組の男子生徒で、バスケ部に属しており部長まで務めている。 羅那は以前から横井を知っている。 生徒会役員である羅那は、部活動の部長たちとも顔を合わす機会が多かったのだ。 どうやら横井というのは、女子からの人気が高いらしい。 "らしい"というのは、羅那がそう言った校内の恋愛事情に全く詳しくなく、二学期に入って愛維たちの仲間になってから知ったからだ。 確かに、横井は背も高いしリーダーシップもあるらしいし、顔も爽やかだからモテるのは分かる気がする。 「そこ、有名人コンビじゃん」 横井は羅那と愛維を交互に見て笑った。 その時、羅那は乃恵がいないことに気づいた。 ふと教室の前を見ると、ちょうど乃恵が教卓の前を横切るところだった。 どうやら乃恵は、黒板側──前の入り口から入ったようだった。 自分もそうすれば良かったと後悔した。 「ちょっと光輝!有名人って、羅那ほどじゃないって」 愛維は白い歯を見せながらぱしっと横井の腕を軽く叩いた。 「いやいや。松山もさぁ、最近SNSのフォロワーめっちゃ伸びてるって話じゃん?」 「そんなの羅那のお陰。ね?」 愛維は羅那を見てニコリと微笑んだ。 「いやそんなことは…」 羅那は苦笑いを浮かべた。 確かに愛維に頼まれて度々、羅那は自身のSNSに愛維と一緒に写った写真をアップすることがある。 その際には必ず、愛維のアカウント名を明記するようにもしている。 それで多少は愛維の知名度も上がっただろうと思う。 だけど、そこまで自分の力が影響しているとは思えない。 愛維のSNSのフォロワーは、9月時点で確か1500人程だった。 それでも、普通の学生にしては多い方だと羅那は思う。 だけどそこから現在12月までの僅か三ヶ月足らずで愛維のフォロワーは1.5万人にまで増えている。 実に十倍の人数だ。 羅那は確かにインターネットで影響力がある方ではある。 愛維が軸にしているのと同じSNSでの羅那のフォロワー数は6.5万人。 多いけれど、6.5万人全員が羅那の投稿を見ているわけではない。 だから、この短期間で愛維のフォロワー数を十倍にまで膨れ上がらせるほどの効力が自分にあるようには思えなかった。 ただ愛維はルックスが良いからこの短期間でも沢山の支持者を獲得したのだろうと、そう思っている。 「あ、そうだ。虎谷さんさぁ、"戸山さん"のこと聞いた?」 「え?」 横井が突然、自分一人に話しかけて来たので羅那は思わず変な声を漏らした。 「うちのクラス…二組に戸山さんって女の子がいるんだけどさ…その子、昨日から帰ってないって」 「そうなの?…へぇ…」 それは心配なことだ。 だけど、なんでそんなことを自分に聞いたのか。 「それがさ…その戸山さん──」 "──旧校舎の方に向かったきり、戻って来てないって" 「えっ…」 また変な声が出た。 今度は、乾いた声だった。 喉からそのまま音が鳴っただけのような、腑抜けた声。 "旧校舎"。その単語が、羅那の全身から力を奪う。 真冬だというのに、額に汗が滲む。 愛維が横目で自分を見つめているのに気づいた。羅那も愛維の目を見た。ぱっちりした大きな目に浮かぶ瞳が揺れている。 「旧校舎ってなんか不気味じゃん?それに…戸山さんに関して変な噂もあってさ」 横井は、羅那と愛維の動揺にも気づかないまま話を続けた。 「戸山さん、どうやら誰かもう一人の生徒にこう…手を引かれるっていうの?そういう感じで旧校舎に向かったらしいんだよ。あ、これは戸山さんと同じ部活仲間の証言っぽいんだけど…。その手を引いていた生徒っていうのが…」 ──なんと"首無し"だって言うんだよ。 またしても、聞きたくない単語が羅那の耳に捩じ込まれる。 「虎谷さん、幽霊とかに詳しいんでしょ?だから何か分かるかなって」 横井は爽やかな笑みを羅那に向けた。 「い、いやぁ…どうだろう」 羅那は横井を直視する事も出来ず、曖昧な返事をした。 旧校舎に、首無し。 何がどうなっているのか。 「まぁ全部噂だし…本当はただの家出とかそういうのかもだけどね」 横井はそう言って笑った。 「そ、そりゃそうでしょ。光輝ほんとそういうの真に受け過ぎ!」 神妙な面持ちをしていた愛維はすぐにいつもの眩しい笑顔を見せて横井の背中を軽く叩いた。 羅那と愛維が、いつもの席──グラウンドの見える窓際の端っこの席に行くと、既に乃恵たちが旧校舎について話していた。 「なんで旧校舎に?」 窓際に座る乃恵が紙パックのジュースにストローを突き刺す。 「旧校舎って…嘘…やだやだ…」 「まだ単なる噂だよ」 頭を振っている歌巴を、叶夢が宥めている。 愛維は乃恵の向かい──窓際の一番後ろの席に座る。 そこが彼女のいつもの席だ。 羅那はいつものように空いている席から椅子を引っ張って、叶夢の隣に座った。 昨日、あんなことがあったから、歌巴の方は見れなかった。 皆、まだ旧校舎と行方不明の戸山の話をしている。 「そもそも誰がこんな変な噂…流したの?」 歌巴が具合が悪そうに唸った。 「誰が最初に言い出したかは私も知らないけど、いなくなったコと同じ部活のコが最後に戸山さんを見たんだって」 叶夢は言って、ストローを咥えると、ちゅうとジュースを吸い上げた。 「へー。その戸山さんって…何部なの」 愛維はパンの包みを開けながらどこか興味無さげに聞いた。 「家庭科部だよ」 叶夢が即答した。 叶夢は戸山と同じ二組の生徒だ。 「目撃者はいつも通り、部活のあとに戸山さんと帰ろうとしてたらしいけど…戸山さんがいなくなって、何人かで探したら…旧校舎の近くで戸山さんを見つけた」 そこで、見たのか。 戸山が、首の無い女子生徒に手を引かれる様子を。 一瞬、沈黙が羅那たち六人の間に流れた。 そしてその沈黙を、愛維の声が破った。横井と話す時なんかとは違う、低めの声が。 「私たちが旧校舎に行ったのと…関係…ないよね」 愛維の視線は、羅那に向いていた。 「えっと…」 首を縦に振りたい。だけど、戸山が旧校舎に行ったのは昨日…つまり、羅那たちが旧校舎に入った翌日のことだ。 こんな偶然があるのだろうか。 羅那が答えあぐねていると、それを見兼ねたのか澪が口を開いた。 「でもさ、その戸山さんが旧校舎に行ったのは確かかも知れないけど、そのあと他の所に行ってる可能性もあるよね。例えば家出とか。だって、いなくなってまだ1日しか経ってないわけだし…」 澪は片側の口角を少しだけ上げ、ぎこちない笑みを浮かべて言った。 きっと、自信が無いのだ。 「き、きっとそう!私もそう思う!家出!家出だよ…!」 歌巴がうんうんと頷く。 家出。 その可能性も無くはない。でも、だとしたら何故、わざわざ旧校舎へ行ったのか説明がつかない。 それになによりも──首無しの幽霊に手を引かれていたという証言に関しては謎が残る。 首無しの幽霊の部分が嘘や誇張だとしたら、なんとか家出の可能性も考えられるが…友人の失踪という深刻な出来事の重要な証言にそんな嘘を盛り込む理由がない。 嘘を吐く理由があるとすれば、それは誰かを怖がらせるために他ならない。 だとしたら…わざわざ首の無い幽霊を思いつくだろうか。 その可能性は低いだろうと羅那は思う。 「羅那…?」 澪が羅那を呼んだ。その顔はまだ、不安げだ。 澪は求めている。きっと、自分たちの不安を拭ってくれる羅那の同意を。 でも…。 「ちょっと…考えるね。もしかしたらもう…私たちだけじゃどうにもならないことになってるかも」 羅那は、はっきりしない…いや、どちらかというと不安にさせるようなことを言ってしまった。 ◯ 「虎谷。それさぁ、愛染さんに頼めないの?」 "東海 来夢(ひがしらいむ)"がぶっきらぼうに言う声が、ファミリーレストランにやけに大きく響いた。 彼女の声はよく通る。 「駄目。この前の"戦争"の影響でさ…」 この前の戦争…悪霊を退治する退魔師たちの一人がクーデターを起こし、妖怪たちと組んで起こした戦争…。 その後、退魔師たちの見張り役とも言える"神務省(じんむしょう)"は人知を超えた力を持つ退魔師の自由を一時的に制限。退魔師たちは決められた地区でしか活動出来なくなってしまった。 「それに…菊さんは今…療養中だから」 戦争で重傷を負った羅那の信頼する退魔師"愛染菊"は現在、戦える状態ではない。 あれほど過酷な夏の呪詛事件を乗り越えたと言うのに、それから僅か二ヶ月かそこらで生命の境を彷徨うなんて、退魔師はやはり命懸けの仕事なのだと思い知らされた。 「じゃあ、この辺りの退魔師さんにお願いするってことになるのかな」 羅那の向かい──来夢の隣に座る眼鏡を掛けた細身の少年"閑林陸(かんばやしりく)"が言った。 リクと羅那は同じクラスで、来夢と同様に夏の呪詛事件を乗り越えた仲だ。 「うん。でも、この辺りって退魔師のいる神社がほとんどなくって…結局、お願いできる退魔師の人は一人だけだった」 羅那は曇ったコップに注がれたオレンジジュースを見つめて言った。 「一人?そんなことあんの」 来夢が高い声を上げる。 サイドを刈り上げたショートヘア。白い肌。耳のピアス。黒いネイル。来夢の見た目は、どう見ても不良生徒だ。 実際、少し前までは彼女は単なる不良生徒であった。 羅那はこの来夢とは、夏の呪詛事件が起きる前までは別世界の住人同士だった。 だが事件を通して、共に死地を潜り抜けて、今では心を許せる仲間の一人になっている。 イジメが事件のきっかけとなった呪詛事件の後、二度とあんな事件が起きないように、羅那と来夢とリクは夏休みの間、イジメの撲滅運動に取り組んだ。 あれに意味があったのかは分からない。その場しのぎだったかも知れない。 でもあの時は、何かしないと気が済まなかった。 校舎が移転して、二学期が始まってからは、なかなか撲滅運動に手が回らないが、それでも時間が合う時は三人でパトロールすることにしている。 「とりあえず…その退魔師の人に、さっきメールは送ってみた。返事があるか…分かんないけど」 羅那は、テーブルの上に伏せてスマートフォンを指で叩いた。 「それにしても…また妙な事件だよねぇ」 来夢は紫色のゼリーをフォークで突き刺して口に放り込んだ。 来夢とリクには、旧校舎に忍び込んだことも、そこで何を見たのかも全て話している。 次々に信じられないようなことばかりが起きた悲劇を共に乗り越えた二人なら、全て受け入れてくれるからだ。 「虎谷さんたちが旧校舎に入った次の日に戸山さんの行方不明事件が起きたって…確かに妙だね。首無しの件も…」 リクは眼鏡を押し上げた。 「私たちの件と、戸山さんの件が関係あるかは…まだ分からないけどね」 「いや。ひゃくぱー関係あるでしょ」 来夢が、フォークの先を羅那に向けた。 「旧校舎とか、その首無し幽霊とか共通点だらけじゃん」 その通りだ。 その通りなのだけれど、関係があるとは思いたくない。 「松山の奴…身勝手だよねぇ。そのくだんとかいう牛のオバケ見るために全員を巻き込むとかさ」 来夢は苦笑しながら注文用のタッチパネルを操作する。 「でも、行くって決めたのは…私も含めた皆だし…」 「何言ってんの。どうせ松山の圧力でしょ?あいつ…そういうとこあるし。鉢上もあんなチビに従うとかみっともない。プライドとかないのかな」 来夢は言ってから羅那を見て、それは私もか、と言って笑った。 以前から、来夢のグループと愛維たちは対立しているようだった。 羅那は詳しい事情は知らないが、校内で目立つグループ同士で気に食わないことでもあるのだろうと考えている。 来夢は愛維のことを、"イジメに加担した人間を殺すあの呪咀"で真っ先に殺されていてもおかしくなかったと称している。 つまり、来夢から見てそういった側面が愛維にはあるということだ。 羅那は愛維がイジメを行っているところを見たことがない。噂にも聞いていない。 だけど、それは羅那が愛維たちの世界を知ったのがごく最近のことだからかも知れない。 来夢のように愛維のことをよく知る世界の人間たちにとっては、愛維のそういった側面は常識である可能性も高い。 本当のところは、分からない。 でも確かに、愛維には怖いところがある。 "学年一の女子生徒"らしく、愛維は自分が認めた者しか寄せ付けない。 気に入った人間には優しいけれど、それ以外の人間にはとことん冷たい。 別に何かをされたわけでもないのに、通り過ぎる際に、愛維は見えない棘で"それ以外の人間"の心に傷をつける。 だから、もし、愛維が気に"気に食わない人間"がいたら──棘で何気なく傷をつける程度では済まないのではないかと思う。 だけど。 羅那が愛維と関わるようになって三ヶ月。 愛維はそれらしい側面を見せていない。 だから、あの呪咀事件を機に愛維も気持ちを改めたのではないかとそう思っている。 相変わらず、"それ以外の人間たち"への当たりは強いけれど。 「退魔師さんが…さくっと解決してくれたら良いけど…もし駄目なら…僕も…手伝うよ」 リクがキョロキョロと目を泳がせながらそう言った。 隣の来夢がそれを見てフッと笑う。 「ありがとう。でも…」 羅那は首を横に振る。 今回の一件は、なんだかとても、嫌な予感がする。 友人を巻き込みたくはない。 「私も協力したいところだけど…私は松山みたいに"教師ウケ"が良くないからね。教師から常にマークされてる。旧校舎には近づいて下手なことして教師に気づかれたら…それこそ虎谷たちが調査できなくなったりして迷惑かけるかも」 来夢は悔しそうに眉を曲げた。 「まぁでも、他に出来ることあるならなんでも言って。あーあ。私も鉢上と一緒じゃん。まぁ、虎谷と松山じゃ人格に天と地の差があるけど」 来夢はそう言って腕を組み、ふうと息を吐いた。 来夢の切長の目が、羅那を見た。 「…虎谷。あんた疲れてるでしょ。ちょっとは明るい話でもしようよ」 「うん。そうだね。それが良いよ。何がいいかなぁ」 リクが膝を叩く。 「リク。なんか話題振って」 言い出しっぺの来夢が頬杖をついた。 「え。僕が?」 「うん。こういう時に盛り上げられないとデート本番でもまともに会話出来ないと思うよ」 「で、デートって…そんな予定ないよ」 「ほらいいからいいから」 来夢が、戸惑うリクの肩をぺしぺしと叩く。 「ええっとじゃあ…この前に見た夢の話なんだけど…すごく大きいサメに追いかけられて…」 「はいつまんない。ほら、虎谷もつまんなそうにしてるよ」 「えっ。別にそんなことは…」 羅那は慌てて手を横に振ったが、リクが本当に切なそうな顔をしたので、可笑しくて笑ってしまった。 この時、羅那は久しぶりに、心から笑った気がした。 帰りの電車で羅那はネットニュースを漁っていた。 夕暮れ時のこの時間の電車は、ちょうど帰宅ラッシュなのだけれど、一番後ろのこの車両だけはいつもがらんとしている。 だから羅那は、この車両を選んでいた。 このがらがらとした寂しげな車両に差し込むオレンジ色の日差しを浴びながらネットニュースを漁るのがなんだか好きだった。 芸能人の不倫とか、誰と誰が結婚としたとかそういったくだらないニュースには目もくれず、羅那は画面をスクロールしていく。 そこで、ある記事に目が留まった。 【事件から五年。悲劇を忘れないために】 ──なんの事件のことだろう。 羅那は記事をタップする。 ──月売新聞オンライン── 金繭小事件から5年が経とうとしている。 この事件は、5年前の2017年12月、金繭市立金繭小学校で女児(当時12)が同学年の女子児童(当時12)を殺害した殺人事件。 事件は多くの児童たちの楽しげな声で溢れる昼休みに起こった。 加害女児が被害女児の腹部や首を包丁で深く突き刺した。 事件発生当時、現場にいたのは加害女児と被害女児の二人だけであったが、二人と親交のあった男子児童が現場に訪れたことで事件が発覚。 児童が児童を校内で殺害するという異例の事件であったため、当時、テレビや週刊誌はこの事件を大きく報道した。 加害女児と被害女児の間に何らかのトラブルがあったとされているが、詳細は明らかになっていない。 事件のあった金繭小学校では、悲劇が二度と起きないように事件のあった12月には毎年学年集会を開き、被害女児に黙祷を捧げると共に、命の大切さを学ぶ講演会を実施している。 ーーーーー 羅那はこの事件のことを、よく覚えている。 連日、ニュース番組でもこの事件のことばっかりを報じていたし、なにより事件の加害者と被害者と羅那は同じ歳だ。 当時は別に特別な事件だとは思っていなかった。 だけど、時が経つにつれて、僅か12歳の少女が同級生を殺害したというその事実の異質さに気づいた。 そして。 加害女児の正体を知った時、羅那は衝撃を受けた。 羅那は、この事件の犯人を──事件発生前から知っていたのだ。


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