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【冒頭】大和撫子廃業

■  都内。とあるホテルのロイヤルスイートに、杜野凛世はいた。  ベルベットのソファー。大理石のテーブル。ジェットバスとレインシャワーを備えた浴室。壁の一面を占める窓からは、美しい夜景が望めた。  しかるべき相手と来ていれば、その上品な雰囲気を楽しめただろう。だが、凛世が一緒にいるのは、嫌悪しか抱いていない男だ。その男は、今、キングサイズのベッドの上で、凛世の華奢な体にのしかかって腰を振っている。 「そろそろ出すよ、凛世ちゃん……!」  男が呻き声をあげる。  激しくなる腰使い。凛世は目を閉じ、じきに来るであろう不快感に備えた。  だらしなく肥満した男だ。年齢は五十代後半。背は低く、手足は短い。頭髪は寂しいのに、体毛は濃く生い茂っている。全身はぐっしょりと汗に濡れ、オスの芳香を漂わせている。愉悦に乱れた息遣いを聞いていると、不快な体臭がさらに強く感じられた。 (プロデューサーさまとは、何もかもが違います……)  凛世は瞼の裏側に描いてしまった醜悪な容貌を振り払う。その代わり、そこに描くのは、愛しい男性の姿だ。高い背丈。均整のとれた体つき、端整な造作の顔。いつも漂わせている石鹸の匂い。……アイドルたちが夢中になったのも無理はない。だが、彼の本当の魅力が、外見ではなく、真摯で誠実な性格にあるのを、凛世はよく知っている。  彼に焦がれる他の魅力的な女性たちを差し置いて、彼と恋人になることができた。それが今でも信じられない。自分は幸せな夢を見ているのではないか。よくそう思う。夢現を確かめるため、頬をつねることはしない。夢ならば醒めないで、と願うだけだ。  しかし、今、紛れもない現実が凛世を貪っていた。  その現実がどれほど厭わしかろうが、凛世は耐え忍ばなければいけない。窮状に陥ったプロデューサーを救う。そのためならば、凛世はどんな苦難にも耐えてみせる。それが彼の恋人としてのつとめ――凛世はそう信じている。 (待っていてくださいませ、プロデューサーさま。必ずや凛世がお助けいたします……) ■  プロデューサーさま、お慕い申し上げております。  あなたのかたわらに在ることを思うたび、心が温かくなるのを感じます。  どうか、凛世とお付き合いいただけませんか?  思い出すたび、そんな言葉を口にできた自分が信じられない。  だが、勇気を振り絞って、その信じられない一歩を踏み出したからこそ、凛世は彼と恋人同士になれたのだ。プロデューサーとアイドル。ファンはもちろん、他のアイドルにも明かせない関係だ。罪悪感はあったが、それと同時に彼と秘密を共有する嬉しさもあった。恋物語のようでございます、と寝具に悶々と寝返りを打った夜は数限りない。  そう頻繁に逢瀬は重ねられなかったが、寂しさを感じたことはない。朝は「おはようございます」、夜は「おやすみなさい」のメッセージのやりとり。仕事中のさりげない視線の交錯。そんなものだけで、凛世の心は満ちた。彼も同じように感じてくれている、と肌で感じていた。  そのプロデューサーが、突然、巨額の負債を抱えてしまった。大学時代の友人が起業した昆虫食の会社が失敗し、その友人は失踪。結果として連帯保証人であるプロデューサーが借金を背負うことになったのだ。 「プロデューサーさまはお優しかっただけです。何も悪くはございません……」  凛世は幾度も慰めたが、しかし、それで借金が減るわけではない。  柄の悪い借金取りが事務所にまで押しかけてくるようになると、あれほど彼を慕っていたアイドルたちも、潮が引くように彼と距離を置くようになった。多数のアイドルが他事務所への移籍を決めるか、それを検討している。だが、凛世は何があっても彼と一緒にいるつもりだ。恋人だから、というのは否定しない。だが、恋人になっていなくても、きっとその選択をしていただろうと思う。  どうにかして彼を助けてあげたい。といって、新人アイドルの分際では、どれほど仕事を頑張ったところで、得られる金銭はたかが知れている。一体どうすればいいのか。思い悩む凛世の前にひとりの男が姿を現し、取引を持ちかけてきた。  男は日本有数の資産家。どうやって調べたのか、凛世がプロデューサーと交際していること、プロデューサーが多額の借金をしていることを知っていた。「僕と一晩過ごしてくれたら、君の恋人の借金を全額肩代わりしてやってもいい」男はそう言った。  好きでもない男に体を委ねる。そんなことをしたいわけがない。だが、そんなことでもしなければ、凛世には彼を救うことができない。凛世がつけた条件はひとつ――「この取引がプロデューサーさまに露見しないよう取り計らっていただけるのであれば」。男はふたつ返事でその条件を呑んだ。  心優しいプロデューサーは、自分のために凛世が何をしたのかを知ったら、罪の意識に苛まれる。苦しみから救おうとして別の苦しみを味あわせては意味がない。彼を借金から救い、真実から守る――その両方ができて初めて凛世の献身は成立するのだ。   ■  男の呻きが、凛世の意識を過去から今この瞬間へと引き戻す。  オスの熱が凛世の子宮に遠慮なく注がれた。行為の前に服用したピルは、妊娠の危険性はなくしてくれたが、膣内射精の不快感までは消してくれない。早く終わってくれ、と思うが、男の射精は長々と続いた。 (この方……どれだけ出すのですか……)  呆れるほどの量を放出してからようやく、男は肉棒を引き抜いた。驚くほど長大なそれは、もう何度も射精をしていながら、隆々とそそり勃っている。根本から先端まで精力をみなぎらせたそれは、たった今勃起したばかり、そんなふうにすら見えた。 「今度は四つん這いになってくれるかな」  男が命じる。凛世は「はい」と答えて、その通りに四つん這いになった。  凛世の細腰を抱えて挿入した男が、抜き差しを始める。肉が肉を打つ音が連続した。姿勢を変えても、しかし、凛世に与えられるのは不快感だけだ。  男の超絶的な技巧に狂わされ、心身ともに堕とされてしまう。そんなことが起きるかもしれない、という恐れは杞憂に終わった。確かにこの男の肉棒は大きい。精力は底なしだ。だが、それだけだ。技術はさしたるものではない。金と権力を使って女に股を開かせ、そこに欲望を排泄してきただけの男。そんな捉え方は、さすがに失礼だろうか。 (プロデューサーさまのほうがずっとお上手です……)  比べ物にならない、と思う。札束の風呂にだって入れるこの男よりも、自分の恋人のほうが性的に長けている。そう考えると優越感がこみあげた。おそらくは、女性という存在に対する理解の深さが違いすぎるのだろう。  技術的に優れているだけではない。プロデューサーに抱かれる時、凛世は温かな情愛を感じている。それが何よりも凛世を昂らせてくれるんのだ。相手を思う気持ちを伝えること以上の愛撫は存在しない。そんなこと、この男には一生わからないだろう。  こんな状況でありながら、凛世は男に憐れみすら感じていた。早く時間が過ぎて欲しい、と思うのに、時間はまだ日付が変わって間もない。朝はまだ遠い。一体あと何回抱かれることになるのか、と考える凛世の耳に、喜悦に濡れた男の声がへばりつく。 「出すよ、凛世ちゃん♡」  そして、また精液が子宮を叩く。  うんざりするほど長い射精の後、名残惜しさを曳きながら、肉棒が抜かれた。 「少し休憩しよう」  男は言った。こちらに背を向けてベッドの縁に腰掛け、煙草を吸い始める。体を休めたいのではなく、ニコチンを補給したいらしい。まだまだこの女で楽しむぞ――贅肉で凹凸を失った背中がそう豪語していた。  凛世は彼の耳に拾われないよう、静かに溜息を落とした。  今のうちに、と枕元のティッシュを手にとる。膝立ちになり、秘所から溢れる精液を拭う。拭いても拭いても、それは延々と溢れ出してきた。ピルを飲んでいなかったら確実に妊娠させられていただろう。それほどの量だった。  プロデューサーとの性行為では、いつもゴム製の避妊具を使用している。こんなことになるなら、直接彼を受け入れていればよかった、と凛世は後悔する。プロデューサーが相手ならば、経口避妊薬のように無粋なものは要らない。自分のような年齢でそんなことを考えるのは不埒に過ぎるだろうか、と凛世は思う。 「それじゃ、続きを始めようか」  煙草を灰皿に揉み消し、男は振り返った。 「始める前にお色直しをしてもらおうかな」 「お色直し……?」 「今の君は充分に堪能したからね。次は新しい君を楽しみたいんだ」  何を言っているのか。意味がわからず、凛世は眉をひそめる。 「海外の友人から、面白い物を譲ってもらってね」  男は説明を始めた。  彼が友人から受け取ったのは、人体改造用のナノマシン。それを注入すれば、専用のアプリを通して対象の肉体を思い通りに改造できるという。ただし、構造の複雑さゆえ脳にだけは手出しできない。  誰に使うか。どのように使うか。  数十億の取引を即断してきた彼だが、この悩みには容易に答えが出せなかった。そんな時、滅多に見ないテレビで、ひとりのアイドルを知った。  そのアイドルの名前は杜野凛世。  艷やかな黒髪。淡く輝く滑らかな肌。静謐な光をたたえた小豆色の瞳。体つきは小柄で華奢だったが、弱々しさはではなく、芯の強さを感じた。立ち居振る舞いは静かで控えめだったが、仕草のひとつひとつに確かな品格がやどっている。身につけている着物は衣装ではなく、私服らしい。深い藍の地に藤の花を咲かせたそれは、凹凸の少ない体を優しく包み込み、彼女の美しさを引き立てていた。  大和撫子。そう呼ぶにふさわしいたたずまいが、彼の想像力を刺激した。 「この子を正反対の外見に変えて、そのギャップを楽しみたい。そう思ったんだ」  ひとを雇って凛世の身辺を探らせると、恋人がいること、そして、その恋人が借金を抱えていることが判明した。 「あとは君の知ってのとおりだ。騙すような真似をして悪かったね」  そう言う男の口ぶりに、謝罪の気持ちは微塵も感じられない。  男はベッドから降り、ソファーへと歩いた。背もたれに掛けているスーツのポケットを漁り、小さな箱を手に戻って来る。蓋を開けたそこには、黒い液体の詰まったアンプルが、注射器と共に収められていた。 「これを使って、君をどう変えるのか。それは実際に見てのお楽しみにしよう」  人体を改造する微細な機械。そんなものが本当に実在するのか。とても信じられない。だが、男が冗談を言っているようには思えなかった。 「安心しなさい。どんなふうになろうと、最後には元に戻してあげるからね」 「……本当に元に戻していただけるのですね?」 「約束するよ。朝七時。それを期限にしよう。その時間を過ぎたら、君を今の体に戻すよ。それから、ナノマシンに自壊の命令を下す。それなら後腐れもないだろう? 君の体に入れっぱなしにしておいて、後々面倒なことになっても困るしね」  だけど、と男は言った。 「新しい体が気に入りすぎて、元に戻りたくない、なんていい出すかも知れないな。それはそれで面白そうだ。その時は、僕の愛人にしてあげよう」 「申し訳ありませんが、ご期待には添えないかと思います」  今の体を捨てるということは、杜野凛世として紡いできたすべてを捨てるということに他ならない。積み重ねてきた時間や感情に誇りを持つ凛世がそんなことをするわけがない。 「その判断は早計じゃないかな。自分がアイドルになるなんて、少し前には想像もしていなかっただろう? 人生というのはわからないものだ」  ぱき、という乾いた音がする。男がアンプルの首を折ったのだ。注射器が中の液体を吸い上げた。禍々しい黒がシリンジに満ちる。 「ほら、腕を出して」  命じられて、凛世は腕を差し出した。針先が肌に近づく。きざした恐怖は、穿刺の痛みに貫かれて消えてしまう。凛世の体内へと注入される黒液。膣内射精をはるかに上回る嫌悪感に、凛世は顔をしかめ、体を震わせた。 ■ 「それじゃ、始めようか」  凛世を姿見の前に立たせて、男は言った。  改造の様子を、凛世にも見て欲しいのだそうだ。悪趣味すぎる、と思うが、だからといって逆らうこともできず、凛世は大人しく従うしかなかった。 (これが凛世の体……)  鏡に映る自分の肉体を見る。身長は155センチ。体重は44キロ。スリーサイズは上から70・54・78。同年代の女子と比べれば、背は低く、体は軽く、肉づきもいいとは言えない。だが、引け目を感じたことはない。持って生まれた自分の体を、どうして恥じる必要があるだろう。  凛世を正反対の外見にする、と男は言った。どのような意味にも受け取れる曖昧な宣告だ。だが、この外見だからこそ、凛世は凛世なのだ。どれほど魅力的な外見にされようとも、今のこの体を捨てることなど、絶対にありえない。凛世はあらためてそう思う。 「一気に改造することもできるらしいが、せっかくの機会だからね、段階的にやっていこうと思う。君もそれで構わないだろう?」 「どうぞ、ご随意に」  男の問いかけに、凛世は答えた。答えてから、勝手にすればいい、と聞こえなかったかと心配になる。だが、男は上機嫌でタブレットを操作していた。ナノマシンに命令を飛ばすアプリケーションがそこにインストールされているらしい。 「まずは肌から始めようか」  男の指がタブレットの画面をタップする。はだ。凛世の脳がその響きを感じに変換するよりも先に―― 「んんんっっっ!」  これまで感じたことのないざわめきが、凛世の足裏を襲った。その感覚が、体表を這い上ってくる。何が起きているのか。鳥肌をたてながら見下ろした凛世の喉に「ひッ」と悲鳴がくびれる。 「これは……!」  凛世の肌は白い。だが、その白はあくまでも黄色人種としての白さ――些少の黄色を帯びた白だ。だが、ざわめきが過ぎ去ったその後は、その白が透き通るような雪白へと変わっていた。これまでの均一で滑らかな質感が失われ、その代わりに透明感が強調されていく。その変化は、膝、腿、鼠径部、下腹、さらにその上へと、止まることなく侵攻を続けていた。  やはり、男の話は本当だったのだ。常識では考えられない変化を目の当たりにして、凛世はそれを思い知る。自分は恐ろしい間違いをしたのではないか。恐怖がこみあげるが、今更後悔しても遅すぎる。  ざわめきはまたたく間に胸を過ぎ、喉元を通って、凛世の顔へと到来した。凛世は慌てて姿見を見やる。その視線の先で、すぅ、と頬の血色が薄れ、唇の色合いが際立った。額を通り越し、頭頂へと達したざわめきは、それまでの存在感が嘘であったように消えてなくなった。 「おお。これは凄いね」  笑顔でそう言う男の声が、ひどく遠くに聞こえた。 (まさか、凛世はこれから――)  鏡に視線を向けたまま、凛世は一歩後ずさる。しかし、何をしても、自分自身から離れられはしない。肌の色が生来の白から別の白へと変わっただけ。だというのに、印象の変化はあまりに劇的だった。常識外の出来事がもたらす動揺に揺れる目――鏡面に映じるその瞳は、小豆色から澄んだ青色へと変わっていた。  白い肌。青い目。それらが早くも改造の方向性を示唆していた。自分がどうなるのか。範囲を狭められたおかげで、悪しき想像が加速する。滲む脂汗。胸腔を跳ね回る心臓。喉が締めつけられる感覚に、凛世は口を開いて空気を喘いだ。 「次は毛髪だ」  男の指がタブレットを叩いた。  先ほどと同じざわめきが、今度は凛世の毛穴という毛穴に生まれた。呻きをあげつつ、体をくねらせる。そうしたところで、湧き上がる感覚からも、改造の運命からも逃れられはしない。 「あっ……くぅ……あああああっ!」  悶え狂う凛世。頭髪、眉毛、睫毛、あるかなきかの薄い恥毛までも……根本から先端に向かって、黒から輝く金色へと染まっていく。それにつれて、肌の色が変わっても保たれていた品の良さは完全に消えてなくなり、溌剌とした雰囲気が彼女を華々しく飾った。  さらに、先端まで完全な金に染まった頭髪は、早回しの映像を見るように凄まじい勢いで伸びていく。豪奢なウェーブを描く黄金の奔流は、腰にまで届いたところで、ようやくその成長を停止した。  息を乱しながら、凛世は己の予想の正しさを悟る。この男は凛世の外見を白人女性のそれへと変えるつもりなのだ。ならば、肌色を変え、毛色を変えたこの姿で充分ではないか。凛世はそう思うが、しかし、男はそう思ってはいない。それは、鏡の中、凛世の背後に立つ男の表情を見ればわかった。 「次は体つきと顔つきを変えていこう」  お待ちください、と止める間もなく、男の指がタブレットを叩く。  めきめきめき、という耳触りな音とともに、凛世の目線が急激に高くなっていった。  凛世の骨が軋みをあげつつ、尋常ではない速度で伸長していた。音は痛々しいが、痛みはまったくない。今度は全身の細胞すべてが、ざわめきに震えていた。 「い、嫌っ! 止まって……ください……っ!」  己の体をきつく抱いても意味はない。元々155センチだった身長は160センチを超え、170センチを超えて、なお高くなり続ける。  ただ身長が高くなっていくだけではない。背丈の増進につれ、肩幅と骨盤が広がって、骨格が黄色人種のそれから白色人種のそれへと近づいていく。  そして、凛世の顔面――平坦な造作だったそれは、面影を残しつつ、凹凸に富んだものへと変貌していった。低かった鼻は高く、優しげだった目つきはきつくつり上がり、丸い顎が尖ってフェイスラインがシャープになった。  筋肉、眼球、下、毛髪、歯……体の他の部位も、骨格と足並みをそろえて成長している。脳や臓器がどうなっているか、外側からは伺い知れないが、少なくとも生命活動に支障はない。おそらくはそれもまた、体の大きさに沿って変化しているに違いない。  凛世の骨肉が軋みを止めたのは、彼女の身長が180センチに及んでからだった。 「そんな……」  跡形もなく変わり果てた自分を見て、凛世は言葉を失う。  相対する鏡の中に、奥ゆかしい大和撫子の姿はない。  元々白かった肌は息を呑むような雪白へ。暗い紅紫の瞳は、南国の海の色を思わせる碧へ。烏の濡れ羽色をした艶髪は、蜂蜜を繊維に紡いだような明るい金髪へ。小柄で華奢な体格は、しなやかな長身へ。可愛らしい顔の造りは、彫りが深いものへ。……鏡に映る凛世は、大和撫子から、白人女性へと変貌していた。  凛世は、おそるおそる、己の頬に触れる。鏡の中の女も、それに倣った。凛世が顔を強張らせれば、彼女もそうする。ただし、「ひッ」と悲鳴を喉奥にくびれさせたのは、凛世ひとりだけだった。  間違いなく、これが今の自分の姿なのだ。  凛世は一歩後ずさる。しかし、鏡から距離をとっても、自分自身から離れられはしない。動揺する体それ自体が、凛世を囚える檻と化している。 「それじゃ、最後の改造に行こうか」 「最後……っ?」  肌。髪。骨格。それでおわりではなかったのか。凛世の尊厳をここまで踏みにじっておいて、まだ足りないというのか。これ以上、一体どこを変えるつもりなのか。唇をわななかせて怯える凛世の視線の先で、男の指がタブレットを叩いた。  強烈なざわめきが、凛世を呻かせる。  長身に成り果てても変わらず平坦だった凛世の胸が、爆発的な勢いで膨らんでいく。平野しかなかったそこに一瞬にして谷間が生まれ、影の濃さを増していく。それにあわせ、乳肌が甘ったるい匂いを周囲に漂わせ始めた。 「これはっ……」  反射的に、凛世は膨満する肉塊を手のひらで押さえつける。だが、乳肉は抑止をものともせず、容赦のない増大を続けた。グレープフルーツ大から、メロン大へ、さらにココナッツに匹敵する大きさへ。肥大する乳肉は極上の柔らかさを発揮し、抑える腕をもずぶずぶと埋もれさせていく。  変化は乳房だけに留まらない。臀部では、引き締まっていた尻肉が奔放に実り、逆向きのハートを熟れさせていく。そこに連なる太腿も、むちむちと増量する。 「いけませんっ。これ以上は、もう……!」  悲鳴を紡ぐ唇までもが、ぷっくりと厚く肥っていった。  肌。髪。骨格。そして、最後の改造は肉。無駄のない体つきが、無駄に満ちた体つきに塗り潰されていく。楚々とした大和撫子から、肉感を炸裂させる白人美女へ――男の望む通り、凛世は本来の自分とは正反対の存在へと変貌を遂げようとしていた。  ようやく変化が鉾を収めた時、無に等しかった凛世の乳房は左右それぞれスイカ大のサイズとなっていた。 (これが、凛世の体だなんて……そんな……)  鏡に映る自分と向かい合い、凛世は呆然とする。  柔らかすぎるほど柔らかな乳肉は重力に甘美な敗北を喫して、淫らに形を崩している。双乳が作り出す谷間は、もはや海溝と呼ぶべきほどに深い。陶器のように白くすべらかな乳肌には静脈が生々しく透けていた。乳輪は乳房に見合った大きさだ。その中央では、小指の先ほどの乳首が硬く凝っていた。  尻房も、乳房と釣り合いをとるようなボリュームとなっている。その肉も、乳房同様の柔らかさで、重力に惹かれて魅惑的に崩れていた。そ太腿も、指で突けば牝の脂がしたたり落ちそうな太さ。乳、尻、太腿には及ばないが、体の全体も適度に肉がつき、男好きのするフォルムが形成されていた。 「身長180センチ。体重70キロ。スリーサイズは上から110、70、100。ブラジャーのサイズはJカップ。それが今の君だよ」  具体的な数値を提示され、凛世の世界がぐらりと揺れる。 「どうかな、この体は」 「このような体、ただ不快なだけでございます……」  確かに、この外見は美しい。まるで陽光の下で咲き誇る大輪の花だ。だが、無理に押しつけられた美点は、生来持ち合わせた欠点よりもずっと忌まわしい。 「やはり、凛世には元々の体が似つかわしい。そう思います。このような体は、不自然で、不愉快なだけです……」  凛世は鏡から目を逸らし、吐き捨てる。しかし、変わり果てた己の姿は、脳裏に鮮烈に焼き付いていた。 「そうか。それは残念だな。でも、僕は大いに気に入ったよ。元々の君を知っていからこそ、ますます魅力的に感じるんだろうな。――それじゃ、お色直しが終わったところで、ベッドに戻ろうか。調理は楽しいが、料理は食べてこそだからね」  男の股間では、萎えていたはずのペニスが、ふたたび勃起している。それは改造の興奮を根本から先端までくまなくみなぎらせて、先ほどよりもずっと凶暴に猛っているように、凛世には感じられた。 (続き→ https://ringokidjp.booth.pm/items/6861232 )

【冒頭】大和撫子廃業

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