■ 「くっ……」 体をよじっても、縄は少しもゆるまない。 廃ビルの一室――尾刃カンナは椅子に縛りつけられている。 不快なリズムで明滅を繰り返す絶命寸前の蛍光灯。無惨にガラスを割られ尽くした窓。弾痕と一緒に壁を穢す卑猥な文言の落書き。捨て置かれ、埃をかぶった様々な物品が、かつてここが何かの事務所として使用されていたこと、そして、その結末が決して幸せなものではなかったことを物語っている。 「そんなことをしても無駄ですよ。逃げ出せないように、しっかりと結んでありますから」 カンナの目の前に立つ女がくすくすと笑う。皮膚と肉の隙間に染み込んで来るような、不快な笑い方だった。 女は元ミレニアムサイエンススクールの生徒。自分の開発した怪しげな薬をビタミン剤と偽って他生徒に与えていたことが判明し、退学となった。その後も実験の名目で合意を得ない薬剤の投与を続け、先頃、ドローンを使用してキヴォトス各所に薬剤を散布し、大規模な体調不良を引き起こした咎で、テロリストとして指名手配を受けるに至った。カンナ率いる公安局が全力を挙げて捜索にあたっていたが、その所在は不明――それが、向こうからこちらに会いに来た、というわけだ。 仕事をおえて、馴染みの屋台に向かっている途中、背後に気配を感じた。振り返ろうとしたところで首筋にちくりとした痛みを感じ、次の瞬間には強烈な眠気に意識を奪われた。そして、目を覚ました時にはこんな有り様を晒していた、というわけだ。 疲労のため、注意力が散漫になっていた。そんな言い訳は通用しない。自分はキヴォトスの平和を預かるヴァルキューレ警察学校の公安局局長なのだ。いつ何時でも、気を張り詰めさせていなければいけない。 「貴様、こんな真似をしてただで済むと思うな」 鋭い視線に射抜かれても、女の浮かべた不快な笑いは揺るがない。 「そんな月並みな台詞、よく恥ずかしげもなく口にできますね。ただで済む公算があるからこそ、こんなことをしているんです」 「……私に何をするつもりだ」 それはもちろん、と女は言った。 「実験に決まっています♡」 彼女が懐から取り出したケースに入っていたのは注射器――シリンジには鮮やかなピンクの液体が充填されていた。その毒々しい色合いに慄いたかのように、蛍光灯が数秒のあいだ激しく明滅した。 「実験だと……」 カンナは眉を顰める。険しい目つきがさらに尖った。 「『ヴァルキューレの狂犬』ことヴァルキューレ公安局局長の尾刃カンナさん……あなたをテロリストにしてしまう。そんなお薬の実験です♡」 「私をテロリストに? 馬鹿を言うな」 「確かに信じられないでしょう。ですが、私は科学者で、科学とは不可能を可能にするものです」 そして、女はこれからカンナに投与するという薬剤についての説明を始めた。 そこに含まれているウィルスは、一定量が体内に入ると即座に発症――脳を含めたあらゆる部位をごく短時間のうちに蝕み、その構造を淫らなものに改変してしまうのだという。 「簡単に言うと、心も体も、とんでもないどスケベになってしまう、ということです♡」 感染者は貪欲に性交渉を求めるようになり、体液や皮膚への接触によって、感染を広げていく。テロリストを捕縛するべき役職にある人間を、ウィルスを撒き散らすテロリストにしてしまう――悪趣味と蔑むより他にはなかった。 一度感染してしまったら最後、治療法は存在しない。ただし、ウィルスを作り出した女は、事前にワクチンを接種しているため、感染者から性の対象としては見なされず、襲われることもない、という。 「卑怯だなんて言わないでくださいね。実験の結果を見届ける義務が私にはある。そう思ってのことです」 女が言うようなウィルスなどあるわけがない――とは言い切れない。ここはキヴォトスなのだ。何が起きても不思議ではない。だからといって、それを大人しく受け入れる気になれるわけはない。 そんなことをしても無駄だと知りつつ、カンナは縄を軋らせて逃亡を図る。見た目からは想像もできない力で、女はカンナの顎を掴んだ。首筋を刺す痛み。続いて生じた感覚が、薬液が体内に注入されたことを教える。 「はい。お注射終了。泣かずにいられましたね。えらいえらい」 カンナから離れた女が、使用済みの注射器をケースに収める。それから、女はカンナの後ろにまわり、戒めの縄をほどいた。まるでクリスマスプレゼントのリボンを解くような、嬉々とした手つきなのが、見なくとも感じられた。逃げなければ、と考えた次の瞬間、カンナの心臓が、ひときわ大きく跳躍した。 どっくん、どっくん、どっくん……上昇する心拍数。早まる呼吸。際限なしに高まっていく体温。瞳孔が開き、口腔が干上がる。恐ろしいことが我が身に起ころうとしている。それはわかっているのに、カンナになすすべはない。 そして―― 「~~~~~~~~~~~っっっっ♡」 ただでさえ豊満な乳房が、たっぷりと中身の入ったチューブを一気に絞り出すような爽快さを伴いながら、その質量を増進させていった。まずは、ばつっ、とブラジャーのホックが破断する音。そして、張り詰めるワイシャツの胸部。苦しげに軋みをあげたボタンが、わずか数秒後、次々と勢いよく弾け飛んでいく。それぞれメロン大にまで肥大した双乳が、ばるるるんっ♡ と音をたてかねない勢いでワイシャツを押しのけてまろび出た。 「んっ……はぁんっ♡」 乳肉全域を襲う解放感に、甘い声が跳ね出る。 多くの文化において、乳房は母性の象徴とされ、神聖視される。大きな乳房は、豊かな母性の現れ。だが、あまりにも大きすぎる乳房は、神聖なものではなく、むしろ下品なものへと転落してしまう。カンナの乳房は、すでに既製品の服におさまらないほどのボリュームとなったにもかかわらず、さらに容赦なく肉を肥大させ、さらなる転落を果たしていく。 肉量を増すのは乳房だけではない。尻房と太腿も、乳房と同時にむちむちと熟れていく。張り詰めていくスカート。ぶちぶちと破断するストッキング。過酷な訓練によって引き締まっていた下半身はすでに姿形もない。そこにあるのは、歩くたびに媚汁がしたたりそうな、豊満すぎる下肢だ。 「あっ……ああっ……お゛っ……お゛お゛っ……♡」 増進の度合いを緩めず、とうとう大玉スイカをさらに超えたサイズに達する乳肉。それは最早、カップ数を考えることすら馬鹿馬鹿しくなるほどに大きい。そんな己の体の変貌を眼下に望みつつ、カンナは絶望を覚えることもできない。ばちばち、と頭蓋の内側で火花が飛び散っている――ウィルスが彼女の脳細胞を好き放題に組み替えているのだ。その感覚が積み重なるにつれ、カンナの内側にこれまでになかった欲望が芽生え、増幅されていく。 たまらなく女が欲しい。 いや、そんな上等な言い回しでは、この凶暴な気持ちを表現できはしない。 ヤりたい。女とヤりたい。 それは自分本来の望みではない。ウィルスによって生み出された偽物だ。それはわかっている。しかし、わかっていても抗えない。真贋の区別を無意味にしてしまうほどに、欲望は強烈だった。ヤりたい。ヤりたい。ヤりたい。ヤりたい。ヤりたい。ヤりたい。この渇きを癒すためなら、どんな手段だって使えてしまう――目的のためには手段を選ばない、という思考は、これまでカンナが捕まえてきたテロリストたちと何ら変わらない。それに気がついた瞬間、ひときわ大きな雷撃がカンナを貫いた。 「おっ♡ おっ♡ おおっ♡ お゛ほ゛ぉ゛~~~~~っ♡」 白目を剥き、開いた唇から舌をのぞかせた――無様なアヘ顔を晒し、オホ声で吠えながら、カンナは全身を激しく痙攣させる。体が震えるたび、ショーツの内側で潮がしぶいた。それは、『ヴァルキューレの狂犬』の終焉を悼む弔砲であり、新たなカンナの誕生に対する祝砲でもある。 「お゛っほっ♡ イくっ♡ またイくっ♡ イぐイぐイぐイぐイぐっ♡ イっぐぅ~~~~♡」 もしもこの場にそれを認識できる者がいたのなら、彼女の頭上に輝くヘイローが、ぎししぎと歪み、軋み、ねじれて、薬液と同じ毒々しいピンク色をしたハートマークへと徐々に変わっていくのを見ただろう。その変形と変色が完全に成るまで、カンナの淫らな変貌は続いた。 ■ 「はーっ♡ はーっ♡ はーっ♡」 闇の中、聞こえるのは己の息遣いだけだ。 自分はどうなってしまったのか――考えに呼応するように、しばらく息を切らしていた電灯がふたたび点灯する。椅子に座ったままで中空に視線を放っていたカンナは、自分の体を見下ろした。 「………………っ」 視界の大半を占めるのは、圧倒的なボリュームの乳肉。ブラカップで図るならばZカップを余裕で超えているだろう。その下辺は、少し背筋を丸めるだけで、たゆん♡ と腿に着陸してしまう。その超絶的なボリュームは、まさに『超乳』と形容するより他にはない。 その超乳の重さに難儀しつつ、カンナは立ち上がる。両掌が腰から尻のラインをなぞった。ウエストはこれまで通りにくびれている。しかし、その臀部は、まるで爆発したかのように肉の量を増している。スカートを張りつめさせている肉は、弾力を備えつつもたまらなく柔らかい。むにむに、とそれを揉みしだいていると、ばつっっっ、と縫製が破断する音がした。 「いかがですか」 目の前に立っている女が問う。片手に携帯端末を持っているのは、カンナの変貌を映像として記録していたのだろう。 「いかがですか、生まれ変わったご感想は?」 そんなもの、とカンナは口を開いた。言葉よりも先に、ぎらぎらと輝く瞳が、問いかけの答えを返している。 「そんなもの――最高の気分に決まっているだろう♡」 自分の存在を好き勝手に改変される。それはたしかに忌まわしいことなのだろう。けれど、改変が済んでしまえば、そこにあるのは喜びだった。こんなにも魅力的な体になれたことが嬉しくて嬉しくてたまらない。 「お前には礼を言わなければいけないな。ありがとう。感謝する♡」 字面こそ堅苦しいが、その喋りは蕩けるように甘い。 「いえいえ。感謝だなんて、そんな」 「いや、感謝させてくれ。この体にはそれだけの価値がある」 カンナは己の乳房を鷲掴みにした。ぎゅうう、と乳肉を握る強さが性的欲求の強烈さを示している。尋常ではない発熱。止まらない発汗。全身のすべての細胞が狂乱している。もはやカンナは「ヤりたい」とは思っていない。ヤる。それはもう確定事項だ。 様々な学園の美女たちが次々と頭に浮かぶ。守るべき対象であった彼女たちは、今のカンナにとっては貪り喰らうべき獲物でしかない。 誰からヤろうか。誰でもいい。どうせ全員ヤることになるのだ。しかし、まずは公安局を堕としておけば、後々都合がいいだろう。 実はですね、と女は言った。 「その体にぴったりな服を用意してあるんです」 女は部屋の隅に置いてあった段ボールを開いた。そこから取り出したものを見て、カンナは目をみはる。そこにあったのは、こんなものを身につけるなら今すぐ死んだほうがましだ――と、かつてのカンナならば思っただろう代物だ。 「これなんですけど――どうしますか、着てみますか?」 「着るに決まっているだろう♡」 「そうですか。では、これを着たら、今度はメイクもさせてください。ナチュラルなものも悪くはありませんけど、せっかく新しい体に新しい服を着るわけですから――化粧も新しくしないと」 あらためて見れば、この女も見た目は悪くない。悪くないどころか、かなりの美形だ。しかし、この女には、まったく性欲が沸いてこない。打ってあるというワクチンの影響なのだろう。自分の性欲は、実際にはウィルスの繁殖欲なのだと思い知らされる。 それがどうしたというのか。この身を灼いている熱は本物以上だ。ウィルスなど関係はない。ヤりたいから、ヤりたいことを、ヤる。カンナは、そういう生き物として生まれ変わったのだ。 「ああ。では、着替えを済ませたらメイクも頼む♡」 にやり、と笑って衣装を受け取るカンナの表情は、もはや『狂犬』のそれではなく、『牝犬』と呼ばなければいけないようなものだ。彼女の頭上では、淫らなハートとなったヘイローが、きゅん♡ きゅん♡ と切なく蠢動していた。 続き→ https://ringokidjp.booth.pm/items/6545301 ―――――― ※本作はリクエストを受けて制作しました。