■ (最悪……) 最悪という言葉ですら、今の状況は言い表せない。 283プロダクションの事務所。事務員のはづきもプロデューサーも、それぞれ所用で出かけてしまった。だから今ここにいるのは樋口円香とこのふたりだけだ。 (本当に何しているの、このひとたち……) 窓際にL字型に置かれたソファー。その短辺に円香は座っている。今日事務所にやってきたのはドラマの台本を受け取るため――そして、その台本を円香は広げている。しかし、もう長らく1ページもめくってはいない。すでに読んだ内容も、脳から完全に蒸発していた。 (いい加減にして……) 見たくない。絶対に見たくないと心の底から思っている。それなのに円香の視線は知らず知らずのうちにそちらへ惹きつけられてしまう。 円香の斜向かい――L字の長辺に、桑山千雪と白瀬咲耶のふたりが隣り合って座っている。千雪は赤面をうつむけ、スカートの内側で腿をもじもじと擦り合わせている。咲耶は口元に薄笑いを浮かべ、ソファーの背もたれにふてぶてしく体をあずけていた。 「もう少し近くに行ってもいいかい?」 咲耶が千雪に問う。 千雪が「え、ええ」と答えるよりも早く、咲耶は腰を浮かせ、すでに10センチもなかった距離を完全にゼロにした。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ♡♡♡」 千雪は音のしない歓声をあげた。赤面がさらに赤くなる。抑えられない喜びに、両足がぱたぱたと床を踏む。 「やはりいつ見ても千雪の髪は美しいね。惚れ惚れしてしまうよ。――少し触らせてもらっても構わないかな?」 咲耶の問いかけに、千雪はこくんと頷いた。 「それじゃ――」 と、咲耶は千雪の髪を指で弄びはじめる。触るだけではなく、毛先を鼻先まで持っていき、その芳香を存分に吸い込む。これが並の男ならば怖気をふるうような光景だろうが、咲耶がやれば年代物の酒や葉巻を嗜んでいるようにすら見える。それは彼女の顔のよさがなせるわざなのだろう。 顔面の偏差値ならば、円香の友人である浅倉透も負けてはいない。浅倉の顔のよさはあくまでも女子として端正であるという意味に留まるが、咲耶のそれは性別を超越した強さを誇っている。だからこそ、女でありながらイケメンという言葉が似合うのだろう。 「さ、咲耶ちゃん……は、恥ずかしいわ……」 艶めかしく上体をくねらせて千雪が言う。温和で知的なみんなお姉さん――そんなイメージを抱かれている彼女の顔は、今にも蕩け落ちそうなほどぐずぐずに崩れている。 千雪の言葉を聞いた咲耶はようやく艶髪から手を離した。 「私ばかり楽しんでいたんじゃ不公平だね。今度は千雪が私を触って欲しいな」 「私が咲耶ちゃんを? ええと……」 千雪の手が咲耶の髪に伸びていく。しかし、その手首を咲耶が掴んだ。 「そんなところじゃなくて、ここを触っていいんだよ♡」 咲耶は千雪の手を自分の下半身へと強引に導く。ジーンズの股間にある隆起は目の錯覚ではない。『何か』が内側から布地を押し上げているのだ。咲耶の導きに従って、その『何か』を握り込まされた千雪が「はぁ~~~っ♡」と焦げた息を吐く。 掌がにぎにぎと開閉して、生地の向こうから激しく主張する『何か』の長さ、太さ、硬さを確認した。 「すっご……でっかぁ……♡」 鼻の下を伸ばしきった好色面を晒す千雪――その瞳孔は興奮のあまりに完全に開ききっている。はへっ♡ はへへっ♡ と乱れたリズムで呼吸を喘ぐ千雪は「好きなだけ触ってもらって構わないよ」という咲耶の声も、おそらく聞こえてはいない。 咲耶の股間に男性器が出現した。 プロデューサーからその話を聞かされたのは今から3ヶ月前だ。 突発性男性器発生症候群。原因は不明。治療法も不明。時間の経過で元に戻るのを待つしかない。事務所側は休業を勧めたが「応援してくれているファンたちを片時も心配させたくない」という咲耶の訴えを聞き入れ、病気は伏せつつ、アイドルとしての活動を継続することになったらしい。 最初の頃は咲耶も本当にそう思っていたのかもしれない。だからこそ、プロデューサーも問題はないと判断したのだろう。しかし、咲耶はすぐに男性器の発生に伴う変化――増大する男の性欲に呑み込まれた。 咲耶はその強すぎる顔面を利用して、次々にアイドルたちを食い荒らしていった。抵抗の意思を示していた者たちも、いざ咲耶に言い寄られると、でれでれと顔を蕩けさせ、咲耶の言いなりになってしまう。円香の友人たち――浅倉透も市川雛菜も福丸小糸も完全に咲耶の虜だ。プロデューサーも事態は認識しているが、もはや事務所の実験を握っていると言ってもいい咲耶に逆らうことはできず、見てみぬ振りを続けている。 そして、今、円香同様に咲耶の毒牙にかかっていない残り少ないアイドルのひとり――千雪が陥落しようとしていた。 「ずいぶんと熱中してくれているね。我が事ながら誇らしいよ」 咲耶が千雪の肩を抱き寄せる。ふたりの肉体が過剰なまでに密着した。しかし、千雪は男根の感触に夢中でそれにすら気づいていない。半開きのまま戻らなくなった唇の隙間からは、落ち着かない呼吸のあいまに「やば……♡」「えっぐ……♡」と称賛が漏れ出していた。 そんな千雪の様子に、咲耶は口元の笑みを顔中に広げる。 「次の仕事まではまだ時間があると言っていたね? どうだろう、それまでホテルで私と特別なことをして過ごすというのは」 「ほ、ホテル……特別……」 熱っぽく、千雪が咲耶の発した単語を繰り返す。 「嫌かな?」 「い、行くっ♡ 行きますっ♡ 咲耶ちゃんと一緒にホテルっ♡」 笑ってしまうほどあっさりと、千雪は敗北を宣言する。 「それじゃ、早速出発しよう。素敵なご馳走は1秒でも長く味わっていたいからね。――立てるかい?」 ペニスの感触だけで腰が砕けてしまったらしい千雪は、咲耶の手を借り、どうにかソファーから立ち上がった。咲耶は馴れたようすで千雪の腰に手を回し、彼女を支えていた。 「よければ円香も一緒に楽しまないかい?」 咲耶が尋ねてくる。 「な、何もよくありません。行くわけないでしょう……っ」 慌ててうつむき、円香は答える。台本を持つ手に不必要な力がこもった。 「おや。そうか。ずいぶん熱心にこちらを見ていたから、混ざりたいのかな、と思ってね。嫌なら仕方がない」 「……っ」 盗み見ていたことを気づかれていた。円香はバツの悪さを奥歯に噛みしめる。自分の顔が滑稽なほどに赤く染まっているのが自分でわかった。 「咲耶ちゃん……早くぅ……♡ 早く行きましょう……♡」 知性の感じられない声で千雪がねだる。べたべたと耳に粘りつく甘い声を聞いていると、それだけで胸焼けがしそうだった。 「そうだね。早く行こうか」 いちゃいちゃと睦み合いながら、咲耶と千雪は事務所の出入り口へと向かう。見てはいけないとわかっているのに、円香はそちらをちらりと視線で盗んでしまう。咲耶の掌は、こちらも乳房に負けず劣らずの数の男たちを魅了している千雪の豊尻を好き放題に揉みしだいていた。 円香が盗み見ることを予期していたかのように咲耶が振り返る。浮かべられる凶悪な笑み。ぺろり、と舐められる唇。切れ長の目から発せられる視線が次の獲物が誰かを告げていた。 (だ、誰があなたなんかと……っ) 歯ぎしりする思いでどうにか台本に集中しようとする円香――しかし、咲耶たちが事務所から出て行っても文字列はいっこうに頭に入らず、体の火照りが消えることもなかった。 ■ 「円香とこんなことができるなんて夢みたいだよ」 桃色の間接照明が空気を妖しく濡らす部屋。趣味の悪いハート型のベッドの上で、円香は後ろから咲耶に抱きしめられていた。 「脅迫しておいて白々しい」 円香は吐き捨てる。 千雪があっけなく陥落した昨日の夜、円香のスマートフォンにメッセージが届いた。差出人はもちろん咲耶だ。明日ラブホテルに行こう。従わなければ友人たちの痴態を撮影した画像や動画をネットに流出させる。そう脅されれば、従うより他に選択肢はない。今日の服装――キャミソールにミニスカートという円香らしくない服装も、メッセージで指定されたものだ。 今、円香は仕方なく咲耶に従っている。しかし、屈辱に歯を食いしばる彼女の瞳の奥には、千雪や他の女たちと同じ欲望がほんのわずかに、けれども確実に滲み始めていた。それが自覚できるからこそ、円香の屈辱は強まる。 (私は……絶対に屈したりなんてしない……) 負けては駄目だ、と己に言い聞かせて、円香は拳を握り固める。 すまなかったね、と咲耶は言った。円香の腰裏に押し当てられている硬いもの――男性経験はまだないが、その巨大さは女の本能で理解できる。それは、円香の中で刻一刻と存在感を増し、まともな思考を押しつぶしていった。 「卑劣だと軽蔑してくれて構わないよ。でも、それだけ円香が欲しかったんだ。君を恋い慕う私の気持ちをわかってくれると嬉しいな」 「誰がそんなこと……っ。したいことがあるならさっさとすませてください」 「さっさとすませる? そんなもったいないことはしないよ。せっかく設けた機会だからね。ゆっくり楽しむつもりだ」 咲耶の掌が円香の剥き出しの太腿をフェザータッチで撫でる。瞬間、総身の毛が逆立ち、「んぅっ♡」と声が漏れてしまった。慌てて口をつぐんでも、もう遅い。 「この感触……素晴らしいね。撫でているだけで天にも昇る気持ちだよ」 「なら、そのまま勝手に昇天してくれると助かるんですが」 「私ひとりで天国に行くわけにはいかないよ。行くなら、君と一緒がいい」 咲耶の掌が太腿を離れ、円香の胸に触れる。キャミソールの布地を適度に張り詰めさせる大きすぎず、小さすぎない膨らみが、指の動きにまつろい、さまざまに形を変えた。 「こちらも素晴らしいね。いつまでだって触っていたくなってしまうよ」 「んっ♡」 女としての真芯を直接愛撫されるような心地よさに、円香の身が悩ましくくねり、眉間に皺が寄った。 「触り心地もよくて感度も抜群か。あとは素直になってくれれば完璧かな」 「んんっ♡ はあっ♡ う、うるさい……っ♡」 円香の意に反して、声は蕩けてしまう。 (こ、このひと――) 咲耶の手は、どうすれば女が感じるのかを熟知している。与えられる快感は、円香という器に染み入り、反響し、大きなうねりを織りなしていく。嫌悪感は確かにあるのに、どうしても振りほどくことができなかった。 (だめ……我慢しないと……) 必死の思いで、円香は唇を引き結ぶ。 「我慢をしているね。恥ずかしがらなくてもいい。もっと可愛い声を私に聞かせて欲しいな」 咲耶は、乳房を弄びつつ、円香の耳のそばや首筋を唇でついばみ始める。ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ という口吻のあいまに、息が円香の肌を撫でた。その感触が円香の快感をさらに鮮やかで生々しいものへと変えていく。 「ああっ♡ んっ……っはあっ♡ あぁん♡」 円香の唇がほころび、ふたたび甘い声が溢れ出しはじめた。 こんな反応をしてしまう自分が信じられない。いくら巧みな技術で責められているとはいえ、相手は性行為をするために他人を脅迫するような人間なのだ。自分はあっさりと陥落した他の女たちとは違うという矜持がぼろぼろと崩れていく。 「素晴らしい音色だね。どんな名匠が手掛けた楽曲だって、この艷やかな声にはかなわないよ」 「どうせ、他のひとにも同じことを言っているんでしょう。大した軽薄ぶりですね」 「妬いているのかい? 安心していい。確かに他の女性にも手を出してはいるけれど、本命は、円香――君だけさ♡」 「ば、馬鹿を言わないで」 「私はいつだって真剣さ。カメラの前とベッドの上では特にね。他の女は所詮体だけの関係に過ぎない。心と心で繋がりたいのは、円香だけだよ」 咲耶の唇が、円香の耳に接近する。熱い息にくすぐられ、全身に鳥肌が立った。 「何っ……ちょ……やめ……っ」 円香は危機を察して身を悶えさせる。しかし、咲耶の腕がきつく抱きしめ、逃亡を絶対に許さない。そして、 「――愛してるよ、円香♡」 ぞくぞくぞくぞくぅ~~~~~~~~~~~~~♡ 咲耶の発する音の連なりを耳にした瞬間、甘美すぎる衝撃が円香を襲う。 「愛してる。愛してる。愛してる。……」 「や、やめ……やめて……っ」 愛を囁かれるたび、華奢な体がびくんびくんと無様に跳ねた。 「やめ……て……っ。お、お願いだからっ」 はひっ、はひっ、と息を喘いで円香は哀願する。声はか細く震えるだけではなく、惨めに裏返っていた。 それを聞いた咲耶は、ひときわ低く潤いに満ちた声で囁いた。 「やめたりなんてできないさ。だって私は本当に円香を愛しているからね」 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ♡ そ、それ……やめてっ……。そんな声で言われたら……っ」 「本気にしてしまいそうかな? それで構わないよ。私は本気で円香を愛しているんだ。誰よりも大好きだよ、私だけのお姫様♡」 愛。愛。愛。お姫様。咲耶が口にする愛が円香の喉を締め上げる。 そんなもの嘘だとわかっているのに。愛など欠片もなく、セックスしたいだけだとわかっているのに――円香の体はその嘘を信じたがってしまっている。自分を抱きしめるこのオスのものになりたいと熱望してしまっている。 (嘘でしょう……。このままじゃ……私……っ) 負けてしまう。敗北に嫌悪感がないのは、負ければどうなるかわかっているからだ。どうにかしなければと思うのに何をすることもできない。円香の体から、ただただ力が抜けていく。 何の前触れもなく、掌が乳房を強く掴み、円香の呼吸を止めた。 唇がこれまでにもまして耳に接近する。 「いいからさっさと俺のこと好きになれよ」 それまでとは比べ物にならないほどに低く重い――ドスの効いた声。さらには『俺』という一人称。そのあわせ技がすでに崩壊寸前の忍耐に衝撃を与える。 円香は、咲耶の腕の中、雷に怯える子供のようにぎゅっと目を閉じて身を縮こまらせた。 「それ……本当にだめっ♡ その声で男言葉とか……は、反則だから……っ♡」 「どうでもいいから、俺の女になれや。つーか、俺が目をつけた時点で、お前もう俺の女だから」 「あんっ♡ その声……イケボ……♡ 『俺』呼び♡ やばい♡ やばいやばいやばいやばいやばいからぁ……っ♡」 「おらっ。早く言え。『咲耶様の女になりますぅ♡』って宣言しろ」 咲耶の女。その響きが円香の心を震わせる。 (このひとの女……そ、そんなもの――) 「女」の意味が「恋人」ではないのは明らかだ。言い換えるならば「オナホール」だろう。咲耶が催した時に精液をひり出すための便利な肉玩具だ。常識的に考えれば絶対になりたいとは思えないものだ。しかし、けれども、それなのに――。 (な、なりたすぎ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ♡) なりたいと強烈に欲してしまう。ならないという選択肢が浮かんでこない。 これから先何年生きても咲耶よりも強いオスに出会うことはない。その事実を本能が悟っている。これまでいともたやすく咲耶に抱かれてきた283プロダクションの同僚たちは淫乱だったわけでも、尻軽だったわけでもない。妙な意地を張っていた円香よりもずっと賢かっただけなのだ。 「……はあっ……♡」 過去と決別する溜息を吐き、開いた目――いつもシニカルに冷めた色を浮かべている瞳には、濃桃色のハートがくっきりと幻視できるほどの劣情が宿っていた。 「な、なるっ♡」 円香は喜びに声を弾ませて言った。可愛らしさを過剰に意図した――いわゆる萌え声は、咲耶のイケボと好対照をなしている。 「なりますっ♡ 樋口円香は、大大大大大大大好きな咲耶様の女になりま~~~~す♡♡」 言った。言ってしまった。当然のように後悔はない。体に絡みついていた糸がすべてほどけたような気分――それが円香の顔に笑みを広げていく。これまでの円香からは考えられない満面の笑み。しかし、それでいいのだ。円香はたった今、生まれ変わったのだから。 (最っっっ高の気分……♡) 喜びに満ちた服従の宣言を聞いた咲耶は、満足気に目を細め、円香の頭を撫でた。 「よく言えたね。いい子だよ」 「えへ……えへへ……♡」 円香は鼻の下を伸ばし、愉悦の音を涎のように口から垂れ落とす。してはいけない敗北がもたらしたのは、これまで感じたことのない幸福。しかし、それ以上の幸せがこれから先に待ち受けているのだ。それを想像するだけで、円香の股間は愛液を溢れさせていた。 (続き→ https://ringokidjp.booth.pm/items/5652358 )