■ 30人の男に声をかけ、体の関係を持つ。裕貴が提示した条件を達成した褒美として、真央はふたたび一時の帰宅を許された。前回は1週間だったが、今回は8月31日に帰って9月1日の朝には戻ってくる――わずか1泊2日の慌ただしい帰宅となった。 変わり果てた真央の姿に、息子と夫が驚愕していたのは言うまでもない。 息子には、金髪にした時と同様、化粧と服装の変化を「イメージチェンジ」と言い張ったが、さすがにもうその言い訳は通用しなかった。家の外で本当は何をしているのか、と尋ねられても、真実を告げるわけにはいかない。真央は夫と共に誤魔化そうとしたが、それがかえって息子に疎外感を与えてしまったらしい。 「ずっと家にいてよ、ママ」「こんな格好、ママらしくないよ」「前のママに戻って……」 声を震わせて、涙ながらに訴える息子に、真央は「寂しい思いをさせて本当にごめんなさい」と謝った。その謝罪は本心からのものだ。しかし、謝りながら、同時に真央は不快なものを感じてしまってもいた。それらの訴えは、要するに「自分の抱いている母のイメージを崩さないでほしい」という要求に他ならない。母が好きだからこそ、そう言ってくれるのだろう。そんな愛情からの言葉に反感を覚えてしまうのは、妻でも母でもない自分の魅力を知ってしまったからなのだろう。 「僕のせいで本当にすまない……」 ふたりきりになると、夫は深々と頭を下げた。彼の頭頂の毛髪が若干薄くなりかけていることに気がつき、真央は反射的に視線をそらしていた。このひとはこんな顔をしていただろうか。こんな弱々しい体つきだっただろうか。こんな軟弱な雰囲気だっただろうか。 長年連れ添ったはずの夫が、まるで初めて会う人間のように感じられたのは、しばらく会っていなかったからというだけではない。数多くの男と過ごした日々が、異性の基準を真央の望まぬ方向へと捻じ曲げてしまったのだ。若く逞しい男たちに比べれば、夫はどうしても物足りなく感じられてしまう。 何を考えているのかと真央は己を叱咤した。家は前にもまして綺麗で清潔だ。息子は肌艶もよく、健康的に過ごせているのがわかる。真央の不在を補おうと、夫は必死に家事を頑張ってくれているのだろう。そんな彼に抱くべきは感謝であって不満ではないはずだ。それはわかっているはずなのに夫への悪しき感情は消えない。消えないどころか、それは次第に増幅し、心をささくれだたせる。 「あのね、実は……」 真央は笑顔を作り、裕貴に従わなければいけない期間が3ヶ月短縮されたと告げた。もちろん詳細は省き、単に服従の結果とだけ伝えた。それを聞いた男は暗い顔を一転して輝かせ、「やったじゃないか」と真央を抱きしめた。そんな喜びようにも、真央は嬉しさを覚える反面、しらけた気分も感じてしまう。 前回同様、今回も夫は、真央が裕貴の元で何をさせられているのか詳細を尋ねては来なかった。前には優しさや気遣いに感じられたそれが、今回は知りたくないものから距離を取りたいという卑劣な態度に思えた。 夕食は私が作るわ、と申し出たはいいものの、久しぶりの料理は失敗――仕方なく、出前を頼むことになった。届いた寿司を食べているあいだ、家族はほとんど言葉を交わさず、気まずい時間が流れていた。寿司の味はわからず、どうにかかつての団らんを取り戻そうと必死に妻と息子に話しかける夫の痛々しさだけが胸に焼きついた。 その夜の性交渉の有無は言うまでもない。 翌日、昨晩の苦い雰囲気が解消されないままで、真央は夫と息子に別れを告げた。タクシーの車上で、真央は今回の帰宅がごく短期間でおわったことを感謝すらしている自分に気がついた。これから裕貴にどんな命令を下されるのか――そう考える彼女の股間はじっとりと湿り気を帯びていた。 ■ 「キャラを変える……?」 何を言われたのかわからず、真央は眉をひそめる。 9月1日。1泊2日の帰宅を経て戻ってきた裕貴の部屋――ふたりは並んでソファに座っている。しかし、部屋にいるのは裕貴と真央だけではない。 男が5人、部屋のそこかしこでくつろぎながらこちらの話を聞いている。年齢的には裕貴よりも少し下だから、男ではなく少年と呼び表すのが的確だろう。しかし、彼らのまとっている粗暴な雰囲気は到底若年のものではない。彼らの顔には揃いの薄笑いが浮かんでいた。 真央の問いかけに、裕貴は「そ♡」と頷いた。 真央には欲望を素直に肯定できる――というよりは、否定する知性すらないような低能になってもらうと裕貴は宣言していた。人間の知性を劣化させる。そんなことをどのように実現させるのか。危険な薬物でも使われたらどうしようと不安だった。しかし、そんな危惧を裏切って、裕貴は真央に「キャラを変えてもらう」と言ったのだった。 キャラ。キャラクター。周囲に人間に対する性格というほどの意味だろう。それはわかるが、それを変えるとはどういうことなのか、そしてどうやって変えるのかはわからない。 「そんな格好してるけど、今の真央ってまだまだ真面目じゃん?」 「それは――」 「真面目だから考えすぎちゃってると思うんだよね」 そうだろうかと真央は己を省みる。 今日の服装は白いオフショルダーのTシャツに黒のスキニージーンズ。どちらも豊満すぎる肉体に内側から押し上げられて布地が悲鳴をあげている。逆ナンの必要がなくなったため、いささか被覆の面積が増えたとはいえ、年齢にあるまじき過激な服装には違いない。しかし、真央がこうした格好にふさわしい内面の持ち主かと問われればそれは違うだろう。ギャルと呼ばれる人間への偏見が剥き出しになってしまうが、彼女たちに比べれば、今の自分は圧倒的に真面目すぎると思う。 だが、こうした傾向は「やめろ」と命じられてすぐにやめられるわけではない。 「性格を変えるのは難しいだろうけど、それっぽく振る舞うだけなら簡単にできそうだろ? 演技っていうかごっこっていうか――要するに行動のイメチェンだよ。アホっぽく振る舞ってたら、そのうち考え方も柔らかくなっていくと思うんだよね」 そんな無茶苦茶なと馬鹿にすることはできない。行動が思考を容易に歪めてしまうことを真央はこれまでの経験で嫌というほどに思い知っている。種崎真央という存在はただ真央の内面だけを指すわけではない。内面だけではなく、外見、行動、社会的な地位、人間関係すら含めてようやく一個の人間が成立するのだ。下される命令の数々をこなしてようやく、真央はそれに気づいた。裕貴に言わせればこれも「考えすぎ」になるのだろうか。 「いきなりアホっぽく行動しろなんて言われても……できるわけないでしょう……」 真央の弱々しい抗弁に対し、裕貴は「大丈夫だって」と答えた。 「真央がいい感じのアホになれるように、こいつらが協力してくれるからさ」 今、部屋にいる男たち――彼らは最近できた友人で、都内のとある学園に通う学生だ、と裕貴は説明した。その学園ならば真央も知っていた。偏差値の低さと退学者の多さで有名なところだ。あの学校の男子便所は喫煙所、女子便所は売春窟、と近所に住む口さがない人間が揶揄しているのを耳にしたことがある。 「協力……」 不穏さの色濃く滲む単語を繰り返しながら、真央は男たちを見渡す。真央の視線を受けて、彼らの目に宿る光が凶暴さの度合いを増した。「これからよろしくねー」「俺たちも頑張るんで」「がっつり指導してやんよ」「うは。まじで楽しみ」「つーか、おばさん乳でかすぎ♡」口々に発される言葉は、その内容といい発声といい、悲しくなるほどに知性を欠いている。 こんな男たちの「協力」のもと、真央は一体どんな「アホ」になることを強いられるのか。 恐ろしく思うべきなのだろう。確かに恐怖の感情もないではない。しかし、今の真央はそれ以上に興奮を感じてしまっている。服やメイクを変えただけであんなにも凄まじい解放感を得てしまうのだ。ならば、行動を――思考までも変えてしまったらどうなるのか。 想像しただけで心臓が鼓動を早め、肌に汗が滲んだ。悲嘆を形作るべき唇はともすれば口角を吊り上げてしまいそうになる。こんな状態になるということは、「アホ」になるための下地はすでにできあがっているということなのかもしれなかった。 ■ キャミソール。チューブトップ。ベアトップ。ボディコンドレス。……年甲斐がないほど過激な服ならばこれまでいくつも身につけてきた。しかし、それらのうちのどれも、この服ほどの羞恥をもたらしはしなかった。 「こ、これでいいの……?」 着替えを済ませてリヴィングへと戻ってきた真央を見て、男たちが下卑た歓声をあげる。 半袖のワイシャツにチェックのスカート。真央が着るように命じられたのは、男たちの通う学園の女子制服だった。有名なデザイナーが手掛けたという意匠の可愛らしさは、学園の悪評と並んで有名だ。ただし、その可愛らしさが発揮されるのは、あくまでもしかるべき年齢の少女たちが身につけた場合だろう。38歳の熟した肉体がまとうそれは、たまらなく滑稽で――それ以上に卑猥なコスチュームへと堕してしまっている。 こんな服装をするのは20年ぶりだ。といっても、真央の通っていた進学校の服装は、今着ているこれとは正反対に垢抜けないデザインで有名だった。あの頃はもっと可愛らしい制服を着たいと思っていたが、その願いが今頃になって歪んだ形で叶うとは思っていなかった。 「きちんと着すぎ。もっと遊ばないと」 苦笑いしながら近づいてきた裕貴が熟女の制服へと手を伸ばしてくる。スカートと同じチェック柄のリボンを弛め、首元のボタンをふたつまで外す。スカートのウエストを追って丈を短く――ミニ丈へと縮めてしまう。 折り目正しく着られていた制服が崩され、20年遅れのギャルが完成した。 「なんでこんな格好……っ」 真央は奥歯に羞恥を噛み締め、男たちの視線をいくらかでも遮ろうと己の体を抱きしめる。廉恥に灼けた顔。目に溢れる涙は崩落寸前だ。しかし、そんな仕草も、そんな表情も、男たちの嗜虐を掻き立てる役にしか立ちはしない。 「アホになるなら、まずは格好から、ってことだよ。その服着てる女がどれくらい馬鹿かは、こいつらがよく知ってるから、じっくり教えてもらって」 じゃあ頼むわ、と言って裕貴はふたたびソファーに腰を下ろす。 男たちは真央を無理やりカーペットに座らせ、その周りを囲んだ。「俺、隣ね」「じゃあ俺はこっち」「あーめっちゃいい匂いする」「つーか、おばさん、乳でっか」「太腿もふっっっと♡」にやけた表情を浮かべた5つの顔――いずれも端正ではあるが、知性が欠けているという印象は変わらない。それどころか、目の奥にみなぎる欲望が不快な印象をさらに強めている。他人を悪く言いたくはないが、「アホ」という侮蔑は彼らにこそ当てはまるだろう。 「その服、俺の彼女のやつなんだよね。似合いすぎ――いや、逆に似合ってなさすぎ♡」 そう言って笑うのは、彼女のすぐ右隣に陣取った男だ。鼻にピアスをつけた彼がこのグループの中心的な人物らしい。他の男たちは、皆、彼の様子をうかがってから行動している。 「これから、一体何をすればいいの……?」 短すぎるスカートをどうにか掌で押さえつけて、真央は問いかけた。 その問いかけに答えたのも鼻ピアスの男だった。 「それそれ。まずはそこからっしょ」 「それ……そこ……?」 「その喋り方だよ。硬すぎ。もっと柔らかく――ぐずぐずにしてこ♡ じゃねえとアホに見えねえからさ。うちのガッコじゃ、教師だってンな喋り方してねえから」 「喋り方を変えるの……?」 言葉遣いとは、人生を通して連綿と紡いできた価値観の現れだ。それはいわば精神的な臓器――変えろと言われて容易に変えられるものではない。服やメイクといった表層物とは根本的に声質が違う。戸惑い、深刻な表情になった真央に、鼻ピアスは「そんな難しく考えなくていいよ」と笑いかける。 頭は悪そうだが、顔立ちは整っている。結構、いや、かなり好みの顔だ。もしも逆ナン中であれば迷わず声をかけていただろう。――そんな不埒な思考を巡らせてしまっている自分に気がつき、真央は己を叱責する。 「とりあえず何か喋ってよ。それ聞いて、俺たちがいい感じに直してあげっからさ」 「そんな……いきなり何か喋れって言われても……」 じゃあさ、と鼻ピアスが言う。 「まずは普通に自己紹介してみ。それならできるっしょ?」 「自己紹介……」 真央は呼吸を整えた。彼らが真央にどんな指導をするのか。それはわからない。しかし、先に何が待ち受けているにしろ、やれと言われた以上はやらなければならない。ちらりと見やった裕貴は、スマートフォンを片手に薄笑いを浮かべてこちらを眺めている。 「わ、私の名前は種崎真央です。歳は――」 真央は名前に続き、年齢を述べようとするが、その先は鼻ピアスに遮られてしまう。 「だめだめ。『私』じゃなくて、『うち』か『あーし』って言わねえと」 最初は何を言われているのかわからなかったが、それを理解した真央の顔面が蒼白になる。この男は、一人称を『私』ではなく、『うち』もしくは『あーし』にしろ、と迫っているのだ。もちろん、そんな品性を欠いた自称を用いたことはない。どちらも使いたくはないが、どちらかを選ばなければいけない。どちらがましだろう、と真央は考える。 そこで、今度は鼻ピアスとは逆、左隣に座っている男が「名前とかもいいんじゃね?」と提案して、さらに真央の顔から赤味を消す。それを聞き、他の男たちは窓ガラスが震えるほどの笑い声をあげた。「それ最高♡」「きっつ♡」そして、今度はまた別の男が「『まおっち』とかもよくね?」と提案すると、笑い声はさらに大きくなった。裕貴までもが一緒になって笑っている。 「じゃあ、おばさんはこれから自分のこと『まおっち』って呼ぶっつうことで」 何の重みもなく、完全なおふざけで、真央の一人称が決めつけられてしまう。 自分を愛称で呼ぶ。幼児ならばともかく、40歳を間近にしてそんなことができるわけがない。想像するだけで、顔が火を吹きそうに熱くなり、歯の根が合わなくなる。 「ま、待って……そんな……無理よ……」 「無理かどうか、やってみなきゃわかんないっしょ。やってみたら意外と楽しいかもよ。ほら、じゃあ、自己紹介やり直し」 こんな感じで、と鼻ピアスは真央に指示をする。できない。できるわけがない。しかし、今はできるわけがないことをしなければいけないのだ。覚悟を決め、口を開いたところで――真央は「ああッ」と悲嘆の息を吐き、掌で顔を覆ってしまう。 破廉恥な服を着ることはできた。自分から男に声をかけることもできた。しかし、今回は、どうしても最後の一線を超えることができない。精神的な抵抗があまりにも大きすぎる。その一線を超えたら自分が変わるどころか、自分ではないものに変わってしまうと理性が警鐘を鳴らしているのだ。 恥ずかしいではなく、怖い。 それが今の真央の気持ちだった。 「裕貴さーん、どうしたらいいですかね、これ」 鼻ピアスに問われた裕貴が、仕方ないなと立ち上がる。溜息を吐きながらも、その顔は喜色に溢れていた。いったん部屋を出ていった彼は棒状の何かを手に戻ってきた。これ使って、と鼻ピアスにそれを渡す。 「うわ。いいんすか。じゃあ遠慮なく♡」 鼻ピアスが掌にぺしぺしと打ちつけるそれは電動マッサージ器――こけしのような形状をしたハンディマッサージャーだった。顔をこわばらせる真央とは正反対に、男たちが歓声をあげる。ひとりが真央の後ろに移動し、彼女を羽交い締めにする。次いで、左右に陣取った男たちが、両足を抱え、M字に開脚させた。スカートが捲れ上がり、ショーツがあらわになる。鼻ピアスの持ち込んだものではなく、真央の私物だ。ワインレッドのそれは、腐乱寸前まで熟した果実を連想させ、女の脂をみっちりつめこんだ太腿よりもなお年齢を感じさせる。 「これから、俺たちに逆らったらこれで罰ゲームね。ああ、ごめん。――罰ゲームじゃなくて『指導』だったわ」 かち。鼻ピアスがスイッチを入れると、ぶぶぶぶぶぶぶぶ、とマッサージ機が振動を始める。やめて、と叫ぼうとする寸前、可動部分がショーツの股布に押しつけられる。途端、頭蓋の内側に快感が炸裂する。 「あああああっ……♡」 真央は喉を反らし、桃色の声で絶叫する。体を戒められているため、体を悶えさせることもできず、快感を真正面から受け止めるしかない。どっと汗が吹き出し、熟女の肌を濡らした。びっくん、びくくんっ、と不規則に跳ねる脚が生々しい。 「ああっ♡ んんんんんっ♡ やめっ♡ 本当に……やめて……っ♡」 マッサージ機に与えられる快感は、人間相手のものとはまったく違っている。一秒として休むことなく与えられ続ける細かな振動が、真央の内側で大きなうねりを為して、真央に迫ってくる。このまま続けられたら発狂してしまうと思った。焦りが真央の毛穴を開き、さらに汗が流れ出る。 言うっ、と真央は思考に先んじて叫んでいた。 「い、言うから……言われたとおりに……自己紹介……するからっ♡ もうっ♡ やめ……っっ♡ はっ♡ んんんっ♡」 「まずは自己紹介しろって。きちんとできたら止めてやるよ」 ほら早く、と鼻ピアスはぐりぐりとえぐるようにマッサージ機を動かす。様々な角度から責められ、真央のあげる喘ぎが玄妙に変化し、その場にいる男たちの耳を楽しませた。間近いはずの彼らの嘲笑をひどく遠くに感じながら、真央は先ほどは恐怖に噤んでしまった口をこじ開けた。 「う……うぇーい……ま……まおっちでーす……っ」 言った。言ってしまった。38歳。夫も子供もいる。それなのに、自分を「まおっち」と呼んでしまった。凄まじい背徳が心に押し寄せてくる。しかし、とにかく命令に従ったのだ。これでようやく責め苦が終わる――という安堵は、さらに振動を強めたマッサージ機によって打ち砕かれてしまう。 「んぐっ♡ あ、んんんんっっっ♡♡♡」 衝撃が真央の脚を幾度も跳ね上げ、男たちのきつい戒めが軋むほどに体を悶えさせる。 「な、なんでっ……言ったのにっ……! 言ったでしょうっ……!?」 「ただ言うだけじゃだめだって。もっとアホっぽく言わないと」 「あ、アホっぽく……」 復唱した真央は、どうすればいいか判然としないまま、どうにかアホっぽく聞こえますようにと願いながら「うぇーいっ。まおっちでーすっ!」と叫ぶ。言いよどむことはなかったが、マッサージ機の振動は止まらない。 「ただ叫べばいいって思ってんだろ。甘いって。もう一回ね」 それから何度も真央の――「まおっち」の自己紹介は続いた。そのたび、鼻ピアスだけではなく、男たちが口々に真央を指導していく。「まだまだ頭よすぎる感じなんだよね」「もっとだらしない感じで」「もっと楽しそうに」「笑って笑って」「笑顔が引きつってんよ」「ポーズもつけて。横ピース」「べろも出そっか」「乳アピールもしよ」……母親も同然の年齢の女に、知性の底が抜けたような喋りをさせる――性行為とはまったく別な興奮に彼らは目を血走らせ、鼻息を荒くしていた。 いつ果てるともなく続く快感のため、何を考えることもできず、彼らの言葉が真央の脳に染み込んでいく。吹き出す汗で肌にへばりついたワイシャツ――ショーツと同じワインレッドのストラップレスブラジャーが生地に透けて見えている。むんむんと匂う香りは、フェロモンを濃厚に孕んで、どんな香水よりも男の本能を刺激する。 「ほら、もう一回」 促された真央は、はあっと熱い息を吐く。それから無理矢理に満面の笑みを作って、横ピースで右目を飾った。 「うぇーいっ♡ アラフォー爆乳ギャルのまおっちだよーん♡ みんなー、これからよろしくねーっ♡」 母音を伸ばすだらしのない喋り方で言い切った後は、唇のあいだからぺろりと舌をのぞかせる。あまりの恥ずかしさにピースサインが小刻みに震えていた。 あまりにも惨め過ぎる熟女の姿に、男たちは「ババアきっっっつ」「絶対になさすぎて逆にアリ」「無理しすぎてて完璧」「ないわー。最高すぎる」と称賛を口にする。今回は鼻ピアスも「いいじゃん」と満足げだった。今度こそようやく解放されるという安堵は、しかし、ふたたび裏切られる。 マッサージ機が子宮に着くのではないかというほどの強さで押しつけられる。跳ね上がった快感の量と質に真央の喉から「んぐっ♡」と濁った音が絞り出された。 「な……なんで……っ。言った……今度はきちんと言ったじゃ……んんんっ♡」 「きちんと言えたから、これはそのご褒美」 そんな、という真央の悲鳴も聞かず、鼻ピアスは振動の度合いを最強にしたマッサージ機で最も敏感な部分をねぶる。完全に弛んでいた心を直撃され、真央は逆らおうと思うこともできないまま絶頂に達していた。ぐっと前方に突き出される腰。脚の痙攣とともに盛大にしぶく潮――透明な液体がカーペットに滴って染みを作る。 真央の体に急激に張り詰めた緊張がほどけ、ひときわ大きな吐息とともに腰が床に落ちてようやく、マッサージ機が離れ、振動を止めた。ようやく解放されたはいいものの、心臓は相変わらず胸腔を暴れまわり、荒い息遣いはいつまでたっても鎮まらない。醒めやらない狂乱の理由は、快感だけではない。 (だめ……っ) だめ。これはだめだ。本当にだめだ。真央は思う。服装やメイクを変えたり、逆ナンをしたりする時とはまったく違う。自己像を踏み外すに留まらず、その自己像を破壊する興奮が彼女の心身を囚えている。こんなものに惑溺してしまったらどうなるのか。 「おいおい。何へばってんだよ。自己紹介が終わったから、今度は質問タイムな♡」 真央の顔を覗き込んで、鼻ピアスが言う。オンとオフを繰り返されるスイッチ――そのたび、動き出しては止まるモーターの音を耳にして、もう一度、真央の全身を甘い痙攣が鞭打った。 ■ それから、真央は投げかけられる様々な質問に答えを返していった。もちろん、男たちが気に入らなければマッサージ機で責められつつ、何度でも――何十度でもやり直しをさせられる。「まおっちのチャームポイントはぁ、めっちゃデカいおっぱいでーす♡」「カップはJだよーん♡」「好きなタイプは若いイケメンくん♡」……幾度も幾度も発言を繰り返すたび、快感で満たされた淫獄の中で、男たちが強いる発声が意識へと染み込んでいく。 熟女の喋りが知性を欠くほど、男たちもまた興奮の度合いを高め、ますますの熱をもって真央を責めた。マッサージ機を押し当てるだけではない。乳房を揉みしだき、太腿を撫でさすり、耳に息を吹きかけ、首筋や頬にキスをする。冷房の働きが及ばぬほどの熱に部屋は暑く蒸れ、真央だけではなく、男たちも汗を垂れ流し始める。 ただひとり、痴態を眺める裕貴だけが涼しい顔をしていた。 「んん……ああっ♡」 真央はもう何度目になるのかも判然としない絶頂の予感に悶える。着せられている制服はすでにワイシャツもスカートも大量の湯をかぶったようにずぶ濡れだ。朦朧とする意識――何が原因でマッサージ機で責められているのか、真央は認識できていない。これはうまく言えなかった罰なのか、それともうまく言えた褒美なのか。それすらもわからない。 「イッちゃう……♡ また……イちゃいそう……っ♡」 興奮に言葉の輪郭を蕩けさせているだけではなく、舌足らずな喋り方を強制されているため、その言葉は聞いている耳が爛れるほどに甘く響く。到底、38歳の喉が出していい音色ではない。「ババアきつすぎだろ♡♡♡」「いい加減にしろよ♡♡♡」「あー。まじでむかついてきたんだけど♡♡♡」目を血走らせ、鼻息を荒げる男たちは、自分たちが作り出したものの惨めさに本気で苛立ち、同時にその光景に魅了されてもいる。 「んはっ♡ ああぁん……だめっ♡ もうイきたくないっ♡ イきたくないのにっ……イくっ♡ だめっ♡ だめっ♡ だめっ♡ また……イッちゃうっ♡」 体をうねらせる真央に、男たちのなかでは比較的冷静な鼻ピアスが「『だめ』じゃなくて、『やばい』だろ、まおっち?」と言う。やばい。意味は知っていたが使ったことはない。「あやしい」「驚いた」「楽しい」「美味しい」「面白い」……様々な意味が雑にひとまとめになっているようで抵抗があったのだ。だから、その代わりに、状況に即した言葉を使っていた。息子が口にしているのを耳にした時には、眉をひそめて「そういう言葉を使うの、ママは好きじゃないな」と注意していた言葉のひとつだ。 しかし、今、蔑んでいたはずの言葉は、即座に真央に染み入り、嬉々として口から溢れ出てくる。 「あぁん♡ やばいっ♡ やばいっ♡ やばいっ♡ やばっ♡ やばっ♡ やばっ♡」 溶けた喋り方をするたび、頭の中で生まれてからこちら閉じたままだった蓋がこじ開けられていくような感覚が真央を襲う。脳髄の芯が震え、眼球が裏返りそうになる。拳を固めようと、歯を食いしばろうと耐えられるものではない。 言葉とは世界を捉えるための枠組みだ。真央は、今、世界に対する認識を変えられ、歪められ、壊されている。それはもう、生まれ直しを強いられているに等しい。本当ならば何としても抵抗するべきだろう。しかし、最悪なことに、真央は自己破壊の愉悦をすでに知ってしまっている。服ならば脱げばいい。メイクならば落とせばいい。男たち相手に積極的な態度に出たとしても火遊びとして切り捨てられる。しかし、世界認識そのものが変わってしまったら――果たして後戻りできるのか。真央にはわからない。わかっているのは、それに伴う快楽が肉悦をはるか下方に置き去りにするほどに強烈だということだ。 (このままじゃ……私……本当に……) こんなことを続けたら、本当に馬鹿になってしまう。夫や息子の存在を忘れ去り、後先も考えず快楽だけを求める――「パリピ」になってしまう。恐怖は、しかし、快感を減じてくれるわけでも興奮を鎮めてくれるわけでもなく、むしろ背徳を描き出して真央の体温を再現なしに上昇させていく。 「んんはぁっ♡ はあっ♡ はあっ♡ イっ……はあっ……あああああっ♡ イくっ♡ イくイくイくイくイくっ♡ やばいっ♡ やばやばやばやばイくっ♡ ま、まお……まおっち、イッくううううっっっ♡♡♡」 誰に強いられるわけでもなく「まおっち」を自称しながら、家族には絶対に聞かせられないあられもない叫びをあげる熟女――その肉体を快美の雷撃が貫く。なかば白目を剥いての痙攣にあわせて喉から漏れるのは、はらわたの震える「お゛っ♡」という濁った音か、もしくは「やばい」が崩れた「やっば」がさらに崩れた「やっべ♡」という下品なうめき声だった。これほどの短時間で、彼女は「まおっち」であることにそれほどまでに馴染んでしまったのだ。隅から隅まで快楽に埋め尽くされた心に恐怖に震える余裕はない。 「まおっち」として絶頂の坂をその頂点まで上り詰めた瞬間、真央の意識は白滅していた。壮絶な純度の興奮に肉体と精神が耐えられなかったのだ。次に気がついた時には、群がっていた男たちは真央の体から距離をとっていた。その代わりに裕貴がそばにしゃがみこみ、こちらをのぞきこんでいる。 裕貴が差し出す手をとり、真央はどうにか鉛のように重い体を起こした。真央の周囲のカーペットは飛び散った汗と噴出した潮でべちゃべちゃに濡れ、凄まじい薫香を立ち上らせている。それを嗅いでいると、取り戻したはずの意識がまた薄れそうになる。 まさか気絶するとは思わなかった、と裕貴は笑った。 「アホになるのそんなに気持ちよかった?」 「ち、違っ……そんなわけがないでしょう!」 かつての言葉遣いで答えられるのは、体を焦がす熱が多少は冷めたからだ。しかし、味わった快感はすでに彼女の精髄に深々と刻印されてしまっている。 「言葉遣い、いい感じだったのに戻っちゃってるし。まあ、そんな簡単には変わんないか。――今月末に試験する予定だから、それまでこいつらにみっちり教育してもらってよ」 「試験……?」 「真央が本当にアホになれたか確認するための試験な。――それに合格できたら、俺に従わなきゃいけない期間、また3ヶ月縮めてやるよ。どうよ、やる気出てきたっしょ♡」 「ま、またなの……!?」 この前3ヶ月期間を縮めたばかりなのに、さらに3ヶ月短縮するという。もしもそうなれば10月――来月末で服従の期間は終わりということになる。喜ばしいはずなのにまったく喜べないのは、そこには確実に邪悪な企みがあるとわかるからだ。でなければ、こんなにも真央に都合のいい条件を出すわけがない。 真央に都合のいい――本当にそうだろうか。 こんな生活が来月で終わるということを名残惜しく思ってはいないか。自分を壊し、新しく作り上げる快楽をまだ味わっていたいと思っているのではないか。いや、そんな高尚な言い回しで表現しなければいけないようなものではなく――長年連れ添った夫や愛すべき息子の世話に明け暮れるよりも、若い男たちともっと楽しく遊んでいたい、と欲してしまっているのではないか。そんなわけがないと自分に言い聞かせながらも、真央の拳は何かに耐えるようにスカートの裾を握りしめている。 何を企んでいるのかとは尋ねない。どうせまともな答えは返ってこない。 その代わりに真央は「やればいいんでしょうっ」と吐き捨てる。それを聞いた裕貴は笑みを顔中に広げ、「それじゃ決まり」と言って立ち上がった。それから、男たちに「続きやっていいぞ」とぞんざいな指示を投げる。 「お前らも頑張れー。真央をまじもんのアホできたら、全員に小遣いやるから」 その言葉に、男たちが「まじっすか」と色めき立つ。 あの、裕貴さん、と声をあげたのは鼻ピアスだ。 「もう電マ使うのやめていいっすか? このおばさん、いくらなんでもエロ可愛すぎて、みんなもう限界なんすよ。ちんこ爆発しそう」 それに対して、裕貴は笑いに苦味を混じらせて「避妊だけはしろよ?」とだけ答えた。「よっしゃあ」と歓声をあげた男たちは服を脱ぎ、裕貴が放り投げた避妊具を勃起に装着する。 「とりあえず、裕貴さんと話してた時、普通に喋ったおしおきからな♡」「あーやべ♡ 苛つきすぎて挿れたら即出そう♡」「何が『まおっち』だよ。歳考えろやババア♡」「性癖歪んだらどうすんだよこら♡」「これ以上我慢してたらまじで壁殴ってたわ♡」……歯ぎしりせんばかりの表情を晒して、男たちが近づいてくる。いずれの肉棒も、無様をさらす熟女への苛立ちと欲情を根本から先端までぎちぎちとみなぎらせている。まるで5本の刃物を突きつけられているかのような迫力だった。 殺される、と思う。この男たちは、本気で、これからの一ヶ月のあいだに種崎真央という存在をなきものにしようとしている。そして、吐かれる溜息の響きの切なさは、他ならぬ真央もまた彼らの共犯として、その過程を楽しんでしまうことを暗示していた。 (続)
瀬戸際
2024-01-23 09:30:56 +0000 UTC瀬戸際
2024-01-23 09:27:54 +0000 UTCAoi
2024-01-22 17:57:51 +0000 UTC