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【冒頭無料部分約6,000字】杜◯凛◯がPのために作った本命チョコを出会って数秒のイケメンADに渡してしまう話-1

1  初恋は実らないものだそうだ。  しかし、だからといって、それが努力をしない理由にはならない。  その努力の結晶が、今、凛世の鞄に入っている。初めての手作りチョコレート――うまく作ることができた、と思う。  気持ちを打ち明けることはしない。プロデューサーと担当アイドルの間柄で恋愛が許されないことくらい、世情に疎い凛世にもわかる。けれども、ハート型のチョコレートにこめた感情は本物だ。 「寒くないか?」   運転席から気遣ってくれる彼に、後部座席の凛世は微笑む。 「大丈夫でございます。お気遣い、ありがとうございます……」  チョコレートを贈るのは、収録がおわった帰り道、と決めている。その時のことを想像するだけで、凛世の体は熱を帯びた。  彼はもう、いくつチョコレートをもらったのだろう。アイドルたちやはづきからだけではなく、仕事でつきあいのある女性からも贈られたに違いない。その中で、自分のそれが彼にとって少しでも特別なものになってほしい――そんなささやかな我儘くらい、許されるだろう。  だって、今日はバレンタインデーなのだから。  窓の外――暗銀の空は雪を降らせている。今この瞬間にも、自分と同じ気持ちを抱えている女性が、学校で、仕事先で、道端で……同じように空を見上げているのかもしれない。  幸福な溜息が、ウィンドウを曇らせた。  今日の仕事はテレビ局でのバラエティ番組の収録――日本の様々な伝統をユーモアをまじえつつ紹介する人気の番組で、今回はゲストとして招いてもらったが、仕事ぶり次第ではレギュラーへの昇格もありうる、と彼が話してくれた。その期待にこたえることも、凛世ができる彼への贈り物だろう。  局に着くと、出演者たちへの挨拶回りをおえ、控室へ。衣装に着替えて、メイクを施してもらう。衣装といっても、番組側が用意したものではなく、凛世の私物である藍色の和服だ。今回の収録では、「和服」というトピックにあわせて、日頃そうした服装をすることの多い凛世が、愛着やこだわりを語ることになっている。 「やっぱり凛世は和服が似合うな」  凛世を見て、彼がそう呟く。それから、慌てて、大きな声で「いや、洋服だって似合ってるぞ!」と言い加える様に、凛世はくすりと笑いを漏らした。 「プロデューサーさまのお褒めにあずかり……凛世は果報者にございます……」  初めて会った時にも、自分はこの服を着ていた、と凛世は思い出す。あの出会いが「偶然」にすぎないことはわかっている。それを「運命」に変えるのは、自分の行動なのだろう。  恋に恋をしている、という自覚はある。けれど、その相手になるのが彼で本当によかった、と思う。真摯で、誠実で、努力家で……チョコレートを作りながら思い浮かべた彼の美点は数え切れない。対するに、自分は至らないところばかりだ。彼に見合う女性になるため頑張ろう、と凛世は決意を新たにする。 「今日は番組のスポンサーの方が見学に来てるらしい。レギュラーにしてもらえるように、凛世のこと、売り込みに行ってくるよ。リハーサルが始まるまでには戻ってくる。そのあいだに何かあれば連絡をくれ」  そう言い置いて、彼は控室を出ていった。  ひとり残された凛世は、胸に手をあてがって、机に置かれた鞄に視線をやる。そこに大切におさめられているチョコレート――それが、心臓の鼓動にあわせて脈を打っている気がした。  好いております、プロデューサーさま。  降ろした瞼の裏側に積み重ねた思い出を映しつつ、決して口にはできない言葉を、凛世は思う。熱い思いは、溜息となって、唇からこぼれ落ちる。それと同時に、扉がノックされた。はい、どうぞ、お入りください、と凛世が答えると、ひとりの男が部屋に入ってくる。 「すみません。機材の搬入トラブルで、リハ、三十分くらいずれこみます」  ADであろうその男を目にしたその瞬間――凛世の初恋はおわっていた。 「また知らせに来ますんで、それまで待機でよろしくお願いしまーす」  ただ連絡だけを告げて出ていこうとする彼を、凛世は「あ、あのっ」と彼女らしからぬ大きな声で呼び止める。足をとめて振り返った男――凛世は鞄に飛びつき、中身を床に散らかしつつ、それを掴みだす。 「こ、これ、受け取ってくださいっ♡」  顔を紅潮させ、目を潤ませて両手で差し出したもの――艶やかな桃色のラッピングが丁寧になされたそれは、紛れもなく、プロデューサーに渡すはずだったチョコレートだった。 「え? 何? わけわかんないんですけど……」  困惑している男――金髪、無精髭、浅黒い肌……いかにも浅薄な印象を与える外見だ。年齢は二十代前半だろう。数時間や数分どころか、ほんの数秒前に初めて顔を会わせたにすぎない異性――彼との思い出などあろうわけもなく、人間性すら知りはしない。にもかかわらず、凛世は猛烈という形容ですら足りないほどの圧倒的な恋慕の感情に、胸を締めつけられていた。  それほどまでに、男の容姿は―― (か、格好いい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ♡)  彼に視線を向けているだけで、眼球と脳が喜んでいる。彼に見られているのを感じると、全身を心地よさが浸した。肌に汗が滲み、心臓の脈動が耳のすぐ近くに聞こえる。顔がだらしなく弛んでいるのはわかるのだが、自分ではそれをどうしようもない。  格好いい。格好よすぎる。  仕事柄、容姿の優れた男性は見慣れている。けれども、この男は単に容姿が優れているだけではない。男性アイドルや俳優では決して持ち得ない野性味――それが凛世の心を鷲掴みにしてしまっている。 「これ手作りの本命チョコです! 受け取ってくださいっ!」  瞳を爛々と光らせ、凛世は男との距離を詰める。普段の彼女からは絶対に考えられない早口で訴える声は、意識するまでもなく、媚びを多分に孕んだものとなっていた。あるいはそれを「萌え声」と表現するものもいるかもしれない。 「杜野凛世さん、ですよね。283プロ所属の。前にどこかの番組で一緒になりましたっけ?」  男の問いかけに、凛世はふるふると首を横に振る。 「これが初めて――初対面です」 「ええと――」  男はつかの間面食らっていたが、自分を見つめる凛世の視線にすべてを察したらしく、なるほどそういうことね、と笑みを浮かべた。  こぼれた白い歯が、さらに凛世の背筋をぞくぞくとあわだてる。はぅ♡ という切ない息遣いとともに、もじもじと内股が擦り合わされた。瞳をのぞきこめば、チョコレートと同じハートがくっきりと浮かび上がり、鼓動にあわせてきゅん♡ きゅん♡ と蠢動しているのを見てとることができただろう。 「これって、もしかしなくても、俺、逆ナンされてる? そう考えてOK?」  それまでとはまったく違う横柄な口調で男が尋ねる。  逆ナン――女から男に性的に性的な誘いをかける行為。それは疑いようもなく、凛世が今まさにしていることだ。アイドルがしてはならないことだ、ということはわかっている。しかし、男の容姿は職業倫理を容易に踏みつけにしてしまえるほどに魅力的だった。  凛世が踏みつけにしているのはそれだけではない。確かに抱いていたプロデューサーへの恋愛感情も、また、見る影もなく潰れている。なぜあんな男に恋をしていたのか――数十秒前までの自分が理解できない。 「はい。逆ナンでおっけーです♡」  媚びに媚びた声で、凛世は答える。喋る速さだけではなく、口調までもまったく違う。もしもここに凛世を知るものがいれば驚きを禁じえないだろう。何よりも凛世本人が自分にこんな話し方ができたのだと驚いている。 「あのあのっ、お名前、聞かせてもらっていいですかっ?」   問いかけに、男は「◯◯」と名乗った。素敵な響きに、凛世はうっとりと目を細める。その表情は到底、和服の大和撫子が浮かべていいものではない。 「◯◯さん――凛世の本命チョコ、ぜひ受け取ってください♡」  脳を失ったような声を出しながら、凛世はあらためてチョコレートを差し出す。現役のアイドルの手作り本命チョコレート――弱者男性が泣いて欲しがるだろうそれを目の前にしても、男は余裕の態度を崩さない。それどころか、凛世の媚態を前にふてぶてしさが増したようだった。 「そのチョコ、俺のために作ったわけじゃないよね?」  意地悪な笑みを浮かべて、男が言う。 「誰か他の男のために頑張って作ったんでしょ。そいつに渡してあげなくていいの?」  はい、と凛世は即答する。 「本命、変わってしまったので♡」  お願いします〜、と媚びる凛世に、◯◯はわざとらしく「どうしようかなー」と悩む素振りをしてみせる。「仕事中だから」「アイドルに手を出すのはまずいでしょ」「凛世ちゃんの歳を考えるとね」……あれこれと言い訳をする男に、そこを何とか、と食い下がる凛世――その惨めな姿は、もしもファンが見たのなら、絶望のあまりに狂いかねないほど惨めなものだった。 「凛世ちゃん、これで仕事終わり?」  この収録より後に仕事の予定はない、と答えると、◯◯は「だったらさ」と、とある住所を口にした。 「もし本気なら、今日の夜、そこまでチョコ届けにきてよ」 「そこって、もしかして――」 「そ♡ 俺の部屋。そこでだったら、チョコ受け取ってあげる」  それはつまり――彼の言葉の意味するところに、凛世の目が妖しい輝きを増した。その答えを口にしかけた唇が、◯◯の人差し指に塞がれる。 「返事はしなくてもいいよ。行動で示してもらえばいいから」  それじゃあね、と◯◯は部屋を出ていく。彼が去っても、凛世はその場に立ち尽くしている。その顔は、新しく始まった恋の喜びに、チョコレートよりも甘く蕩けていた。 2  もうひと頑張りだ、と彼は自分に言い聞かせる。  時刻はすでに深夜に近いが、まだ帰宅できそうにない。283プロダクションの事務所にいるのは、当然、彼ひとりだけだ。  座ったまま伸びをして、目頭を揉む。  作成しているのは営業用の資料――杜野凛世のプロフィールやアピールすべきポイントが並べられている。資料は常に入念に作っているが、いつも以上に熱が入ってしまうその原因は、今日行われた番組収録での凛世にあった。  彼女ならば難なくこなすに違いない。そんな彼の予想に反して、本番での凛世はひどいものだった。終始心ここにあらずという様子で、そわそわと落ち着かず、受け答えもちぐはぐ――司会者は呆れていたし、スポンサーの人間には、レギュラーへの起用はもちろん、次にゲストとして呼ぶこともありえない、と宣告されてしまった。  彼に事情を尋ねられた凛世は、目を伏せて謝罪し、体調が悪かったのだと説明した。思い返せば、リハーサル前、彼が控室に戻った時から、凛世の様子はいつもとは違っていた。凛世が悪いのではなく、不調に気づくことができなかった自分のミスだ、と彼は自分を責めた。  その失態を取り戻すべく、事務所に戻った彼は仕事に没頭した。しかし、さすがにそろそろ休憩をいれるべき頃合いだろう。  彼が手を伸ばす鞄に詰めこまれているのは、バレンタインデーである今日贈られたプレゼントの数々――アイドルたちから、はづきから、仕事先の女性から……もちろん、どれも義理には違いないはずだが、もらって嫌な気分はしない。  けれども、そこに凛世のものはない。  正直に言えば、他の誰を差し置いても、凛世からはバレンタインチョコをもらえるものだと信じて疑っていなかった。普段の言動を鑑みれば、それも当然だろう。体調が悪くて用意できなかったのだろうか……。あるいは、古風な凛世のことだ、そもそもバレンタインデーのように浮かれたイベントには興味がないのかもしれない。おそらくは、そうなのだろう。いや、そうに違いない。彼女らしい、と思う反面、寂しくもある。  中空に視線を放り投げて齧るチョコレートの甘みが疲れた脳に染みた。  食べ終えた彼はふたたび資料の作成に戻る。休憩を挟んだおかげで仕事は順調に進み、ほどなくして完成を見ることができた。これでようやく帰れるぞ――と喜んだが、帰宅前にもうひとつ仕事をしておこうと思いつく。  SNSのチェック――所属するアイドルたちに対する盗撮や誹謗中傷が行われていないかの調査だ。このところ忙しく、監視が疎かになってしまっていたが、もしそうした類の投稿があれば、事務所として然るべき措置をとらなければならない。 「櫻木真乃」「八宮めぐる」「風野灯織」「イルミネーションスターズ」……アイドルの名前やユニット名で次々と検索をかけていく。問題はない。どれも当たり障りのないものばかりだ。  しかし、「杜野凛世」の検索結果として表示された、とある投稿が彼の目に留まる。 「今日は放クラ杜野凛世ちゃん超超超激似の子げっと♡ 初フェラごち♡」  投稿者の下劣さがあらわれたキャプションをつけられているのは、装着したマスクの裏側にペニスを咥えこむ少女を、見下ろして撮影した画像だった。下着も同然のキャミソールを着た少女は、前髪をヘアピンで留めて、大胆に額を露出させている。場所は撮影者の私室だろうか。雑多な物で散らかり放題の床には、ビールやチューハイの空き缶がいくつも転がり、テーブルには吸い殻が山をなした灰皿が置かれていた。  アカウントのページに移動すると、その少女と投稿者とのあられもない性行為の様子が、その投稿を起点として今にいたるまで、モザイクもなしにいくつも投稿されていた。  服を脱いでも、少女はマスクをつけたままで、素顔はわからない。  正常位で、後背位で、座位で……様々な体位で男と交わる少女の顔の半分はマスクに隠れているが、のぞいた顔立ちは確かに凛世に酷似している。華奢な体型も彼女に瓜二つだ。おかげで、つかの間、本当に凛世なのではないか、と疑ってしまった。しかし、凛世がこんなふしだらな行為に耽るわけがない。  たとえ一瞬でも、あらぬ想像をしてしまった自分を恥じる。  最新の画像では、乱れたベッドに仰向けになった少女が、無様なガニ股になり、左手で中指を突き立てた――いわゆるファックサインを作り、右手の指で秘裂を割り開いている。そこから尻の窄まりへと垂れる精液がフラッシュの光を受けて妖しいきらめきを帯びていた。大きく見開かれた右目、それに対して細められた左目――マスクの向こう側で、少女は凶悪な笑みを浮かべている。  膣内射精――もし妊娠してしまったら、どうするつもりなのか。この類の男女は、ただ快楽を貪ることに夢中で、そんなことは考えられないのだろう。彼が普段接しているアイドルたちからはまったく縁遠い存在だった。  軽蔑以外の感情が湧いてこない。  とても見ていられず、彼はブラウザを閉じる。淫猥な画像に担当アイドルの名前を使われることに怒りと嫌悪はあったが、この程度では法律家も動いてはくれない。諦めるしかなかった。  その後、ひと通りの検索をおえた彼は、パソコンの電源を堕とす。   凛世はよく眠れているだろうか。  明日の朝になったら、体調は戻ったかメッセージを送ろう。――そう考えながら、彼は消灯を済ませ、もらったチョコレートとともに事務所を後にした。 続きはバックナンバーとしてBOOTHにて頒布中です https://ringokidjp.booth.pm/items/3726252

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