―――――― 季節は夏だが、店内は冷房が効いていて涼しい。 休日の昼――レストランの席は、その八割ほどが埋まっていた。 前田慎也と小野真奈美のふたりは、食後のスイーツを楽しんでいた。午前中は美術館で海外作家の作品を鑑賞した。ここで食事をとり、午後からは映画館に行くことになっているが、お目当ての映画の上映までにはまだ時間がある。会話をする時間はたっぷりとあった。 ふたりはこの春から◯◯大学に通いはじめた学生だ。学部は違うが、同じ講義を選択し、席が隣同士だった縁で知り合い、つい先日、交際をはじめた。 告白をしたのは、当然、慎也のほうだ。玉砕覚悟だったが、真奈美は「私も同じ気持ちです」と涙まで浮かべて、慎也を受け入れてくれた。 告白をしておきながら、その返事を聞いた時は、恋煩いのあまりに夢でも見ているのではないかと思った。――今でも、時折、自分と真奈美が付き合っているという事実が信じられない。 夜の闇を紡いだような漆黒のロングヘアー。陶器のようにすべらかな白い肌。澄んだ瞳をおさめた目、すらりと通った鼻筋、ふっくらと弾力のある唇――小野真奈美は、十人が十人、いや、百人が百人可愛らしいと認めるであろう美貌の持ち主だ。 真奈美の父親は、日本はおろか、世界でも有数の造船会社の社長――三人の兄に続いて生まれた真奈美は、蝶よ花よと育てられた、まさに箱入り娘だ。大学に入学し、ひとり暮らしを始めるまで現金に触れたことがなかった、という話にはさすがに驚いた。おかげで、いまだに紙幣や硬貨の判別が怪しいのだという。 工場労働者と専業主婦の息子とは、住む世界が違う。学力も並なら、運動も苦手……おまけに、学園を卒業するまでは女性とまともに話した経験がないような少年とは、本来ならば無縁の存在だろう。 巡り合わせに感謝しなければならない。 性に関してはお互いに奥手で、キスの経験もない。前回のデートでようやく、手を繋いだばかりだ。焦る気持ちはあるが、それぞれ無理をせず、段階を踏んで仲を深めていきたい、と思っている。 もうすぐやってくる夏季休暇には、海に遊びに行こうという相談をしている。それを思い出すと、いけないとわかっていても、水着の真奈美を思い浮かべてしまう。慎也の視線は、否応なしに真奈美の胸部――オフホワイトのワンピースの胸を張り詰めさせる豊かな乳房に惹き寄せられる。 Fカップはあるだろうか。いや、Gカップ……Hカップ……もしかするとそれ以上――というよこしまな妄想に歯止めをかけたのは「慎也くん?」という真奈美の呼びかけだった。 「ごめん。ぼーっとしてた」 乳房のサイズについて考えを巡らせていた、と正直に述べるわけにもいかず、慎也は「本当にごめん」と頭を下げる。 そんな彼の反応にはわはわと慌てながら、真奈美は「あ、頭を上げてください」と言った。 「いいんです。謝らないでください。――もしかして体調が悪いのかな、って心配しちゃっただけなんです」 「体調は何の問題もないよ。大丈夫」 慎也の言葉を聞き、それならよかったです、と微笑む真奈美。その笑顔はどこまでも純真で、見ているだけで胸が切なく締めつけられる。慎也は下卑た考えを巡らせていた自分を心の底から恥じた。 そうだ、と慎也は言った。 「僕、今度、アルバイトをはじめるんだ」 「アルバイト、ですか?」 真奈美は小首を傾げる。黒い艶髪が、その動きに合わせてさらさらと揺れた。 「うん。製本所のバイト。――お金があればデートの幅も広がるしね」 それを聞き、真奈美は目を輝かせて「すごいです」と感嘆する。 「頑張ってくださいね。応援しています。でも、無理はしないでください。慎也くんと一緒なら、私、どこでも、何をしていても楽しいんですから」 直球の愛を無自覚に突きつけられ、慎也の顔が、一瞬にして真っ赤に染まる。 「ど、どうしたんですか、慎也くんっ。顔色が急に……やっぱり体調が悪いんですか?」 またもや、はわはわと慌てふためき、心配する真奈美を、慎也はどうにか落ち着かせる。そうしながら、彼は、あらためて、小野真奈美を恋人にできた幸運に感謝する。 ふたりともスイーツの皿はすでに空だ。少し早いけれど、映画館に行こうか、と慎也は言おうとする。その時、「やっぱり慎也じゃーん(笑)」という声とともに、ひとりの男があらわれた。 ―――――― 彼の名前は柴崎耕司――慎也と同じ学部に所属する人間の間では有名な男だ。 精悍な顔立ち、肩口まで無造作に伸ばされた髪、ワイルドな印象を与える無精髭、そして身にまとわれた飄々とした雰囲気――本来ならばとうに卒業していなければいけない年齢だが、留年を繰り返し、気ままな大学生活をずるずると楽しんでいる。 新入生を次々と食い散らかしている。恋人にした女を風俗で働かせている。学内外の女性を孕ませた挙げ句捨てた。……彼にまつわる悪い噂のほとんどは女絡みだ。真奈美とまったく別の意味で、慎也とは無縁の存在と言っていい。 それにも関わらず――あるいは、それだからこそ、学科の新人歓迎会で、慎也は柴崎に目をつけられてしまったらしい。それ以来、大学構内ですれ違うたび、嗜虐的なからかいをうけている。 今日は、たまたま店の前を通ったところ、店内に慎也の姿が見えたので挨拶をしにきたのだ、と柴崎は説明した。 「つーか、慎也、お前そんなツラして、カノジョいたんだ。――やべー。ちょー可愛いじゃん、この子。めっちゃタイプ♡」 慎也の先輩の柴崎耕司でーす、よろしくねー、と言いながら、柴崎は何の断りもなく真奈美の隣の席に座った。その視線は、真奈美の乳房を無遠慮に舐め回している。 「カノジョちゃん、ほんと可愛いね。名前なんつーの?」 「あ、あの……わた、私は――」 小野真奈美と言います、という返答は極度の怯えのために消え入りそうだ。全身がこわばり、今にも目から涙が溢れそうになっている。こうまで露骨に性欲を向けられるのは、初めての経験なのだろう。 「先輩、やめてください。嫌がってるのがわからないんですか?」 柴崎を睨みながら、慎也は言った。普段は柴崎のされるがままになっている慎也だが、恋人に手を出されて、それを黙って見ているわけにはいかない。 柴崎は慎也の反抗的な態度に一瞬驚きを示したが、すぐにへらへらとした笑いを顔に戻し、両手を挙げて「すまんすまん」と謝った。 「いいもん手に入れたから、舞い上がっちゃってたわ」 いいもの――と、慎也は眉をひそめる。それが何かは見当もつかないが、柴崎のことだ、どうせ碌でもないものに決まっていた。 「せっかくだから、見せてやるよ」 結構です、と断る猶予も与えず、柴崎は取り出したスマートフォンを数度タップしたのち、テーブルに置く。一体何を見せようというのかと訝りながら、慎也は画面をのぞきこもうとする。「ほら、真奈美ちゃんも」と強引に促され、真奈美もおずおずと身を乗り出した。 「海外のエロサイト漁ってたら見つけちゃったんだよね。――催眠アプリ♡」 スマートフォンの画面に何が映っていたのか、慎也は覚えていない。柴崎の言葉を聞いた次の瞬間、慎也の意識は完全なる暗闇に引きずり込まれていた。 ―――――― 近くでなされている会話が、ひどく遠くに聞こえる。 「へー。真奈美、あのマンションで暮らしてんだ。すげー金持ちじゃん」 「別に大したことねーって。本当はもっと大学の近くに住みたかったんだけどよ、親父にセキュリティのしっかりしたところじゃねーとひとり暮らしさせねーって言われてさ。――つーか、耕司はどこ住み?」 「俺は――」 曖昧な靄に包まれていた慎也の意識を覚醒させたのは、グラスに入れられた氷が崩れる冷たい音だった。柴崎にスマートフォンを見せられたところまでは覚えている。しかし、それが催眠アプリだ、という言葉を聞いた後のことは何も覚えていない。 一体何が起きたのか、と慎也は状況を確認する。 壁掛けの時計によれば、気を失ったあの時からおよそ一時間が経っていた。頭の片隅が、映画の上映が始まってしまっている、と考える。 場所に変わりはない。慎也はファミリーレストランにいて、向かいの席には真奈美と柴崎が座っている。意識を失う前と違っているのは、ふたりがとても親しげに話をしている、ということだ。 「いやー、真奈美と話してると超楽しいわ」 「最初は怖いやつかと思ったけど、耕司と俺、めっちゃ気ィ合うじゃん。やば(笑)」 怯えなど微塵もなく、それどころかむしろ満面の笑みで柴崎と言葉をかわす真奈美――その喋り方も、また、以前の真奈美とはまったく違っている。自分を『俺』と呼ぶ粗野な喋り方は、完全に男――それも、やくざやチンピラのそれだった。 「ま、真奈美――」 顔面を蒼白にして、慎也は声をかける。 「な、何してるの?」 それに対し、真奈美は「あ?」と眉を顰めた。弾んでいた会話を中断され、機嫌を損ねたその表情が、慎也の胸を抉る。違う。真奈美は自分に対してこんな顔をする女性ではない。そう否定しようとしても、目の前で起きている現実は変えようがない。 「何って、友達と話してるだけだけど」 「と、友達って……。それに、その喋り方――」 何が起きているかはわからない。しかし、真奈美の身に尋常ではないことが起きているのは間違いなかった。一体何が――と考えてようやく、慎也は、意識が落ちる直前に耳にした『催眠アプリ』という柴崎の声を思い出す。 普通ならば、そんなものあるわけがない、と一笑に付すところだが、その実在を信じなければ、真奈美の変わりようは説明がつかない。 呆然とする慎也を、柴崎が眺めて楽しんでいた。 飲み物のグラスが空になっているのに気がついた真奈美は、ドリンクバー行ってくるわ、と席を立った。通路を歩くその歩き方――肩を揺らし、足裏を引きずるその歩き方は、到底、社長令嬢のものではない。 「ま、真奈美に何をしたんですかっ」 ようやく我に返った慎也は柴崎に食ってかかった。 それに対し、柴崎は「落ち着けって」と掌で慎也を制する。 催眠アプリで、真奈美の人格を男――しかも、自分に都合のいい男友達に書き換えてやったのだ、と彼は言った。 「俺、女には不自由してないからさ。女と遊ぶんじゃなくて、女で遊ぶことにしたってわけ。言葉遣いもこの一時間でみっちり教え込んだんだけど、どうよ、完璧だろ(笑) 安心しろよ。お前は邪魔しねーように眠ってもらっただけで、何もしてねーから」 心を歪めて弄ぶ。人を人とも思わない所業に、慎也は眉を吊り上げた。 「こ、こんなの、許されませんよ。早く真奈美を元に戻して下さい!」 精一杯の慎也の 怒り――しかし、それが柴崎から引き出せたのは、「はあ?」という声と半笑いの表情だけだった。 「せっかく手に入れた玩具、手放すわけねーだろ。――恋人盗んだお詫びに、これからいいもの見せてやるからさ。それで許せって(笑)」 食い下がろうとしたところで、真奈美が戻ってくる。グラスに注がれているのはコーラだった。炭酸はちくちくするから苦手なんです、と恥ずかしそうに言っていた真奈美の姿が慎也の脳裏に浮かび、その落差が彼の絶望をより色濃いものにする。 「何話してたん?」 椅子に座りながらの真奈美の質問を、柴崎は「なんでもねーよ。世間話」とかわした。そして、彼は声をひそめて、真奈美に言う。その目に、嗜虐の炎が爛々と燃えているのが、慎也には感じられた。 「なあ、真奈美――あそこの女、胸、めっちゃでっかくね?」 柴崎が密かに指で示しているのは、通路を挟んで斜向いにあるテーブルだった。慎也たちと同じ、二十歳前後くらいの女性グループが、食事をしながら歓談に耽っている。そのうちのひとり――ショートヘアを茶髪に染めた女がボディコンシャツなTシャツに豊かな胸の形を浮かび上がらせている。 「超揉みてえ(笑) 真奈美もそう思わん?」 最低の会話――そんなものに真奈美が応じるわけもない、というのは、もはや事実を認められない慎也の願望でしかない。確かに、これまでの真奈美ならば、そんな破廉恥な内容を耳にしたら、顔を赤らめ、俯いてしまったに違いない。 しかし、真奈美はもう真奈美ではない。 うお、と真奈美の喉から呻きが漏れる。それは、紛れもなく、オスとしての情欲に焦げた音をしていた。 「やば……乳でっか……♡ 揉みてー♡ つーか、吸いてー♡」 鼻の下を伸ばした好色顔を晒した真奈美は、息を静かに荒らげながら、視線でその女を舐め回しはじめる。どこの誰とも知れない、ただ胸が大きいというだけの女に発情する真奈美の姿は、慎也の呼吸を止めてしまう。 くく、という音が聞こえる。柴崎が笑いを噛み殺したのだ。 「でもさ――あの女より、真奈美のほうが乳デカいよな」 柴崎の言葉に、真奈美は自身の体を見下ろした。まるで、生まれてはじめて自分の体を見る、という顔つきだった。いや、実際に、真奈美は男としての眼差しを初めて己の女体に向けるのだ。 「はあっ♡」 と、ひときわ熱い息遣いが、真奈美の喉から漏れた。 「俺の乳……でっっっか♡」 触ってみろよ、と柴崎に促された真奈美は、ごくりと生唾を飲みこんだ。それから、周囲をうかがいつつ、ワンピースごしに自分の乳房を鷲掴みにする。真奈美の掌の小ささが、胸のボリュームをより圧倒的に見せていた。 「すっげ♡」「重っ♡」「柔らけー♡」と譫言のように呟きながら、真奈美は乳房を撫でさすり、揉みこね、掌に弾ませる。その表情の卑しさは、先程、女を視姦していた時の比ではない。心臓の鼓動はおろか、全身にじっとりと汗が滲む音までも聞こえてきそうだった。 「お、俺の体、まじ最高すぎん?」 やばすぎっしょ、と垂涎せんばかりの口調で言って、真奈美は乳房から手を離した。そして、はへっ♡ はへっ♡ と焦げた息を吐きつつ、今度はワンピースの襟を摘み、その内側に隠されていた絶景をのぞきこんだ。 「やっべ♡ まじでやっべ♡ エロすぎんだろ、このデカ乳っ♡」 そして、真奈美は摘んだ襟を前後に動かし、汗と体臭とボディソープの入り混じった芳香を小鼻を膨らませて嗅ぎ貪る。女の甘い香りが真奈美の脳髄を直撃し、女神のような美貌が、生々しいオスの喜びに溶け崩れる。 ああ、と真奈美は呻いた。 「俺のパイ臭、エグいくらい最高だわ♡ まじでムラついてきた。悪ぃ。トイレで一発オナってくる」 腰を浮かせかけた真奈美を、柴崎が掌で制する。 「トイレじゃなくて、ここでオナればいいじゃん。――声出さなかったら、誰にも気づかれないって。多分。知らんけど(笑)」 その提案に、慎也は言葉を失う。 確かに、真奈美の席は柴崎の影になる位置にあるため、他の客たちに見られる可能性は低い。従業員は大勢の客を相手に忙しく立ち回っており、わざわざ声をかけなければ、こちらに意識を向けはしないだろう。 それでも、まともな常識の持ち主であるならば、断固として拒絶するのだろう。しかし、今の真奈美は、本来の彼女ではない。催眠アプリで精神を上書きされ、よりにもよってあの柴崎の悪友にされてしまっている。 今の真奈美が、そんな面白そうな提案を蹴るわけがなかった。 面白そうじゃん――と笑った真奈美は、慎也の目の前で、左手で乳房を弄びながら、たくしあげたスカートの内側に右手をもぐりこませた。眉間に悩ましげな皺がより、んんっ、という艶めいた鼻息が漏れる。 慎也の恋人は――控えめで可愛らしかった真奈美は、白昼堂々の自慰に耽りはじめていた。しかも、自分の乳房をオカズにして。目の前で起きていることが到底信じられず、慎也は完全にその動きを止めてしまう。 嘘だ。嘘だ。嘘だ。こんなのは夢だ。 いくら心に繰り返そうと、現実は変わらない。絶望の底に沈む慎也――真奈美の痴態を目にしながら、その股間は惨めに縮こまってしまっている。その耳は、これから真奈美と過ごすはずだった幸福な未来が粉微塵に砕けていく音を確かに聞いていた。 やべ、やべ、やべ――と真奈美が声を殺して喘ぐ。唇の端には涎が光り、頬は赤く染まっている。それは、女性として生きていたならば終生浮かべることがなかったはずの、官能を味わう男の表情だった。 「俺の乳、まじでハンパね〜♡」 右手の指が蠢くたび、湿った粘音が聞こえる。左手の動きは、右手のそれとは比べ物にならないほどに執拗だ。 潰れよとばかりに指が食い込むと、指と指とのあいだに柔肉が盛り上がる。すくいあげるように持ち上げれば、ワンピースに生地が苦しげに張り詰め、その量感と弾力を強調する。繊細な人差し指の先がカリカリと頭頂を刺激すると「んっ♡」「はぁんっ♡」と艶めかしさを極めた息遣いが真奈美の喉から漏れ、それを耳にする真奈美の表情をさらにだらしなく崩していく。 「デカパイ好きすぎだろ、こいつ」 と苦笑いする柴崎の声も、乳辱に惑溺する真奈美には聞こえていない。 「せっかくできた恋人、おっぱい星人にしてすまん(笑) でも安心しろ。責任もって俺が遊び潰してやっから♡」 まったく謝意を感じない声をかけられても、慎也は微動だにできない。見えない釘で、空間に縫い留められてしまったようだった。そんな彼の眼前で、真奈美がぐっと顎をあげ、白い喉を晒した。 やっべー♡ もうイキそ♡ ――荒い息遣いのあいまに、真奈美はそう喘ぐ。ひくひくと痙攣する唇は、見間違えようもなく、喜びにねじくれていた。その笑みが、何よりも、慎也の心を打ちのめす。 涙に歪んだ彼の視界のなかで、真奈美の体に震えが走った。「 っ♡」と声にならない声を食いしばった歯の隙間から漏らしながら、真奈美は数度に渡って体を震わせる。禁断の絶頂がもたらす快感の波が去ったのち、真奈美は「っはー♡」と満足の息を吐きながら背もたれに体をあずけた。 「最高すぎんだろ、この乳♡ 神♡」 何発でもイケるわ、と絶頂を経てなお魅力的に映る――いや、絶頂を経たからこそその魔力を知ってしまった乳房を、たぷん♡ たぷん♡ と弄びながら、真奈美は言う。 脂ぎった汗でてらてらと濡れ光る顔に浮かべられたその表情は、もう完全に『男』のもので、かつての彼女を想起させるものは少しも残ってはいなかった。 ―――――― 「そんなデカパイ好きなんだったら、これから風俗連れてくわ」 柴崎が真奈美にナプキンを渡しながら言った。 「嬢が超爆乳ばっかの店があんだよ。値段は高めだけど、金持ちなんだから、余裕だよな」 「まじ? 行く行く。楽しみー」 真奈美は渡されたナプキンで、愛液に塗れた手指を拭い、それをテーブルに放り捨てた。 よっしゃ、行くか、と腰をあげようとするふたり――その動きを止めたのは「ま、待って」という慎也の声だった。そこでようやく彼の存在を思い出したらしい真奈美が「あ? どうしたんだよ?」と不機嫌をあらわにした口調で尋ねる。 「こんなの、おかしいよ!」 そして、慎也は真奈美に向かって切々と真実を訴えた。真奈美は本当は女であること、柴崎の使う催眠アプリで精神を男に上書きされてしまったこと――「お願いだから、元の真奈美に戻ってよ!」という涙ながらに訴えられても、真奈美はそれを鼻で笑うだけだった。 「俺が女? ふざけたこといってんじゃねーよ」 たった今、己の女体を堪能していたその口が吐き捨てる。歪まされた認知の内側では、真奈美は女体を持っていながらも男なのだ。にもかかわらず、慎也と交際している事実に変わりはない。 傍目にはどう考えてもおかしいことをおかしいと認識できていない真奈美――しかし、慎也の声は彼女にはまったく届かない。無力さが、慎也の目から涙を溢れさせた。 「恋人だからってあんまふざけたこと言ってんじゃねえぞ」 つーかよぉ、と真奈美は首を傾け、右目を大きく見開き、左目を細めた左右非対称の凶悪な顔つきで慎也を睨みつける。泣いてしまった彼を気遣う様子は微塵もない。 「そもそも、俺みたいな超絶美人がお前みたいなクソ陰キャと付き合ってるとか、ありえなくね? 胸ちらちら見てんの、バレてねーと思ってる? ばっちりバレてっから」 そ、それは、と慎也は絶句する。真奈美にはわかっていたのだ、と知ると青ざめていた顔が瞬時に赤くなった。どう言い訳をすればいいのか。思考すらもが羞恥に蒸発してしまう。 「図星つかれてキョドってんじゃねーよ。ほんとキモいよな、お前。死んだほうが世の中のためになるんじゃね? つーか、俺がいじめ殺してやるわ。バレても親父に揉み消してもらえばいいし(笑) はい決定。お前、今日から彼氏じゃなくて、俺の玩具な♡ お♡も♡ちゃ♡ 朝から晩まで遊んでやっからよろしく〜」 柴崎を想起させる言葉を吐く真奈美――それも当然だろう。今の彼女は『男』であると同時に、柴崎と気のある『悪友』なのだから。あまりにもこれまでの真奈美らしくなく――そして、これからの真奈美を象徴するような言葉に、たまらず柴崎が吹き出した。 「なんでお前みたいなゴミとつきあってたのか、自分で自分がわかんねーわ。やっぱ付き合うなら爆乳美人一択っしょ♡」 女性として付き合いはじめた真奈美に、男として捨てられる。それどころか、虐め殺すとまで宣告されてしまう。想像を絶する事態に、慎也はもはや涙を流すことすら忘れる。 そんじゃ、俺らは行くから、と真奈美たちは今度こそ席を立った。 「会計は頼むわ。彼氏(笑)なら、それくらいはしてくれて当然だよな」 げらげらと笑いあいながら、真奈美は柴崎と店を出ていった。彼らが去った後も、その笑いはしばらく空間に居残り、慎也の心を責め苛み続けていた。 自分がいつ支払いを済ませたのか、いつ店を出たのか、慎也は覚えていない。 気がつけば、彼は炎天の街をふらふらと歩いていた。ひどく喉が渇いているが、飲み物を買ってそれを癒やす気力も残ってはいなかった。 本当ならば真奈美と一緒に映画を見るはずだった映画館の前を通り過ぎようとしたその時――スマートフォンが震えてメッセージの着信を報せた。 画面をのぞきこんだ彼が目にしたのは、柴崎が送ってきた一枚の画像だった。 どこか暗い部屋で、爆乳という形容がふさわしい巨大な胸をした女ふたりを両脇にはべらせている真奈美。これ以上はあるまいというほど表情をとろかしたその手に握られているのは、店に行く途中に引き下ろしたに違いない札束――そして、女たちがその豊満体に食い込ませている金ラメのマイクロビキニの要所には、幾枚もの紙幣がねじこまれている。 もう彼の愛する女性は、本当にどこにもいないのだ。 真奈美は二度と戻ってはこない。 ようやく認められた真実が、慎也の口から、はは、と渇いた笑いを引き出す。それまで萎えていたはずの股間は、これから過ごすであろう絶望の日々を思い描きながら、痛みを覚えるほどに硬くなっていった。 (了) 本投稿はSkebのリクエストで制作させていただきました。 https://skeb.jp/@tera_kimi