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はじ論SS第0話-後編

≪転生4日目≫


-学生寮自室-


 自分の意識が現実に引き戻されようとするのに抗うような、決して心地よくはないまどろみを10分ほどは引き伸ばしただろうか?

 まぶたと頭の芯に感じる重みは、怠惰な朝にお似合いなもの。

 起きたところで、というところだ。

 昨日はこの部屋からロクに出もせずに無駄な時間を過ごしてしまったし。

 なら、どうするということもない。

(この世界でやりたいこと、か……)

 夢を見た気がする。

 俺の気の抜けた数日の過ごし方を咎める、『あの声』で咎められたような。

『ニートやるために世界を渡ってきたわけじゃないはずでしょ』

 みたいな言い方で。

「わかってるよ……」

 口をついた言葉を、誰より自分自身が信じきれない。

「お目覚めですか? おはようございます」

「はい? あ、おはよ……」

 テンプレに目を擦って、まじまじと二度見した。

 なぜか俺の机に腰かけて、勤勉に書き物をしていたメガネの女教師を。

「まだ、おやすみのようでしたので書き置きを残しておこうと思い立ちまして」

「そうですか……」

 いつかの教訓を得たノゾミ先生はノックをせずに部屋を覗いて、そーっと入ってきたらしい。

「何か用事だったんなら起こしてくださいよ」

「私は異世界からの来訪者である皆様のお世話を仰せつかった者です。眠りを妨げるような不敬は犯せません」

(勝手に部屋に入るのは失礼じゃないとでも……)

 この世界独特の価値観なのかもしれないが。

「なんなりとお申し付けくださいね」

 勇者? として俺を立てようとする、この人のこの態度は正直に言って苦手だ。

(勇者とか持ち上げられても実感なんかまるでないし……)

 伝説の剣を抜かされたわけでもなく、俺の身に備わったチートはまるで戦いの役にたたない代物だし。

 少なくとも世界は平和そのもので、映画などでイメージするような終末感は未だどこからも感じられない。

「書き置きの内容について、ですが……」

「あ、は、はい、なんの用事でした?」

「歓迎会の予定についてお伝えしようと参りました」

 いっそ、寝たふりでやり過ごせばよかった……と心から思った。

「どなたかから灯台についてはお聞きいたしましたか? 今後、皆様の活動の拠点となる……」

 先生の声が自分を素通りしていくような感覚。

 俺の中にあるのは後ろめたさだけ。

 勇者? という使命にも。

 新しい人生にも。

 自分が完全に尻込みしているのを感じながら、それすら受け入れられていない。

 それが偽らざる俺の現在位置。



-神居学園敷地外-


 俺が住んでいる学生寮は校門からすぐの場所なので、街へ下りる方法だけは悩まずに済んだ。

 学園前には市街とこの学園を繋ぐ路面電車の駅があったけど、ちょうど走り去ったところだったので次を待つ気にもなれず。

 まあ、大丈夫だろうってくらいの気持ちで歩き出した。

 今の時間は2~3時というところだろうか。

 結局のところ、朝、ノゾミ先生に言われた通りの行動はとっているけど積極的に、前のめりにってほどでもない。

 授業は今日も行かなかったし。

 それでも、転生4日目にしてやっと『外』への一歩を踏み出したということにはなるかもしれない。

 義務感に背中を突き飛ばされるようにして。

 気乗りしていないのを自覚しつつ。

「しかし、電車とかあるんだなこの世界」

 蒸気機関なんだろうか?

 俺達の世界で蒸気機関が発明されたのは1700年代とかだったっけ?

「色々、考えるだけ無駄な気がする」

 ひとつ、大きく深呼吸。

 山の中腹にある学園から眼下の港町へと、まっすぐ伸びた林道を見下ろす。

 部屋の窓から見下ろした時と印象はほとんど変わらない。

 こぢんまりとくすんだ町だ。

 少なくとも遠目に見る限り、屋根の形や建物の雰囲気は、俺が生まれ育った世界のものとあまり変わらないように見える。

「線路に沿って歩いていけばいいだけだよな」

 で、目的地は灯台。

「歓迎会……ね」

 その場で俺はあの子達と改めてわいわい自己紹介したり、未来について語り合うんだろうか?

 俺には語るべき理想や信念も、戦うための力すらないのに。

 それも当然。

 俺は逃げ出してきただけなんだから。


 意味のない逃避だ。

 歯が痛いのがわかってるのに歯医者を先延ばしにするような。

 理性ではそうわかっていても、ひたすら続く町への一本道から足が逸れてしまった。

 とはいえ、目指す場所があるわけでもなく。

 あちこち地肌がむき出しになっている山に深く踏み込む気にもなれなくて、曖昧にそこらの木に背中を預けてしまう。

「何してるんだろうな、俺」

 鬱蒼と草木が生い茂るこんな場所こそ、他のどこより田舎育ちの俺にとっては郷愁を刺激される。

 若々しい緑の匂いを確かめようと、鼻がクンクン動いてしまったほど。

 目を閉じる。

 ほんの少しだけあの頃のことを思い出して、

「…………行くか、灯台」

 はっきりそう言葉にできたのは「あそこに帰りたいのか?」って自分に聞いたから。

 タイミングがいつになるかの違いだけで、どうせいつかはこう呟いていただろうけど。

 他に向かう場所はないんだから。

『そういう曖昧に流されるまま、っていうノリは気に入らないね』

「……誰?」

 反射的にそう呼びかけはしたものの、誰かの姿を認めたわけじゃない。

 耳元で風がそよいだような?

 誰かに見られているような気がしただけで。

「………………は?」

 見回すまでもなく目があった。

 いや、そいつに目なんてものは(パッと見た限りは)存在していない。

 のっぺりとした濡れ輝くような体表には何もない。

 波紋のような揺らぎが浮かんでいるだけ。

 ……でも、生物だ。

 そいつがじゃりっと後ろ足で地面を掻き、わずかに頭? を屈めたのがわかった。

 虎や豹などの肉食獣を連想させる、獲物に飛びかかるための予備動作――

「うわわわわわわわわわーーーーーーーーー!?」

 ようやく声が出た。

 この世界を脅かす『敵』との、それが初めての遭遇だった。



-神居学園郊外 森-


 避けたわけではなく、ただ、偶然に。

 俺の頭を狙った影の獣の前足は背後の木をざっくりとえぐり、

 メキメキメキメキメキメキ……。

 頭上から降ってきた音の意味を直感し、全身を投げ出すようにしてなんとか回避!

 バゴーーーーーン!

 ……していなければ今頃、倒れてきたあの木の下でぺちゃんこだ。

 飛び起きて、ぎくしゃくと向き直る。

 獲物である俺が見せた一連の動きや態度にすら、その狩猟者は無関心だった。

 威嚇の声を発するでもなく、淡々と。

 獣がこちらへと向き直る。

「うわわわわ!? わーーー、わああぁーーーーーーーーーーー!!」

 他に何ができるだろう?

 脇目もふらず逃げ出す以外に。

 獣の四本脚がしゃりしゃりと落ち葉を踏む音だけが、張り付くようにぴったりとついてきた。

(さっきの道っ、学園に……!)

 頭ではそう思うものの、学園の敷地を出たのは今日が初めてだ。

 完全に方向感覚を失って、とにかく勾配のまま駆け下りることしかできない。

 坂道の加速がなければとっくに追いつかれていたかもしれないけど。

(なんなんだアレ!? 化け物……)

 にしては、いわゆるファンタジー作品に出てくる魔獣の類のような猛々しさとは無縁の……。

 温度を感じさせない影の獣。

 先生が「世界の脅威」と話し、あの自称・魔王も存在を匂わせていた……あれが敵?

 あまりにも不気味で、異質で。

 ひたすらに黒い。

「うわっ」

 とっさに屈めた俺の頭上を、怖気をふるうような冷たい気配が飛び越えていく。

 跳躍。

 獣はのろまな獲物の頭上をぽーんとたやすく飛び越えて、こちらへ向き直った。

 おそらく俺が逃げ出してからこの間、わずか数秒。

 シンは逃げ出した!

 しかし、回り込まれてしまった!

 そんなフレーズが、ぽんっと頭のどこかから浮かんでくる。

(こういう時、背中からドスンじゃなくて本当に回り込むんだ……)

 だから何ということもない。

 現実逃避なのか、何かもう……。

「…………………………」

 終わりだって心で諦めてしまったのか。

 そいつはこの『狩り』を制したことを確信しているのかもしれない。

 一歩、一歩――

 ゆっくりと距離を詰めてくるのが、極限の状況下にあってことさらゆっくりに映っていた。

 色んなものがよぎってしまう。

「あなたは私を裏切るのでしょう? なら、全部返してよ」

 この胸を焦がすほどの憤りと、相反するような冷たい諦念。

 神との記憶。

 この世界で過ごした数日。

 俺は思ってたんだ。

 馬鹿げてる。

 悪い冗談だ。

 こんなことあるはずない、って。

 思考停止もいいところで、そうやって俺は先延ばしにしていた。

 何かを始めることを。

 何かが始まってしまうことを。

「くっ」

 獣の攻撃を辛くも避けて地面に転げる、擦り切れるような痛みと土の匂いが『ここにあるもの』をこれでもかと訴えてくる。

 これは現実だ、と。

 これで終わり……?

「こんなところで死んでたまるか……!」

 心の中でもやもやしていたものがようやく声になった。

 その辺に転がっていた木の枝を握って、口の中の血の味を吐き出し、立ち上がる。

「やってやる! やってやるぞうおらああぁーーーーー!!」

 覚悟を決めて地面を蹴ったら、一転、背中を突き飛ばされてるみたいにぐんぐん足が前に出た。

「喰らえええぇぇぇぇぇーーーー!」

 避けるでもなく平然としている獣の頭を俺の木の棒(攻撃力2)が打ち据える!

 ……へし折れた。

 ブンッ! と空を薙ぐ無造作な反撃は、かろうじてというか、尻もちをつくようにしてかわす。

 というか尻もち。

 今にもグズグズに萎え、真っ白になりそうな思考を無理やりなんとか立て直す。

 戦うんだ、それしかない……と。

 俺は勇者のはずで?

 神から世界を守るためだか導くためだかのチートな能力が宿っている。

 嘘を見抜く、という。

「こ、ここで真の能力が覚醒! 嘘を否定するこの能力は即ち、えーとえーと……う、嘘をまことにする力で……」

 そんな話は初耳だけど!

「伝説の剣ーー!」

 俺の手の中に光が集まる代わりに、どすんと重い衝撃が腹に来た。

 吹き飛んで、転げ回って。

「ぐっ」

 反射的に起き上がろうとした俺の肩を、獣の前足が無造作に抑え込んでくる。

「俺は! こ、こんなところでっ」

 間近で見ても眼球すらない。

 のっぺりとした獣の黒い顔が、ゆっくり、ゆっくりと迫ってくる。

「こんなところで死んでたまるかあぁぁーーーーー!!」

 ザンッ!

 必死に見開いていた瞳に、その瞬間の出来事はコマ送りのようにゆっくりと見えた。

 影の獣の胴体がすぽーん! と上下にサヨナラして。

 2~3メートルはあろうかという巨躯が、元々そこに存在などしていなかったように一瞬で溶け消える。

 残ったのは抑え込まれた両肩の微かな痛みだけ。

 これは、つまり――

「……覚醒した!」

「何にだ」

 ツッコミはだいぶ前方からきた。

 艷やかな長い黒髪を頭の高いところで雑に結わえ、日本刀? のようなものを携えた――

「その名も最上ヒナギク!」

 最上ヒナギク(←鵜呑み)。

「あなたの命を救った者の名だ! *なぁに感謝する必要はない*。

 非業の運命に抗い、戦おうとするあなたのその意志、勇気ある叫びが私を呼んだ。

 即ち! あなたは自らを救ったのだ」

 めっちゃ喋る。

「おめでとう!」

「助けてくれてありがとうこざいます」

 ……そう言わないと収まらない圧のようなものを節々から感じる。

「おやおやフフフ、話を聞いていなかったのかな? *この私に対して謝意などは必要ない*。

 私はあなたのような者を救うため、この世界に来たのだから」

 そう言う割のに顔は「もっと褒めろ」と言っていたし、謝意はいらないどうこうは明確に嘘の響きを帯びていた。

「おや? この辺りは内緒にするのだったかな。どうだったか」

「キミも世界に招かれてこの世界に……」

「お? なんだ、ご同輩か」

 これだけ目立つ人なら、紹介どころかすれ違っただけでも印象に刻み込まれそうなものだけど。

「あなたはあまり戦いが得意ではないのかな? ならば遠慮なく私の背中に隠れているといい」

 自覚はあってもここまで言われると、さすがに自尊心のようなものがチリッと疼く。

「見届けて欲しい! *万夫不当の剣士*・この最上ヒナギクが世界の英雄として戦いを制す、その瞬間を」

 俺と年頃もさして変わらなさそうな女の子に守られた上、相当、みっともない姿を見られたバツの悪さもあって。

「……無理せず援護を待つか逃げた方がいいんじゃないですか? 本当は自信なんかないんですよね」

 彼女の言葉が含んでいた嘘を、つい指摘してしまう。

「あ、いやっ」

「自信? そう聞こえてしまったか。確かに、まだ見ぬ敵への恐れ……とは言わないまでも慎重であるべきとは考えている。

 奢るなヒナギク、ひとつの慢心が取り返しのつかない過ちを招くこともあるのだゾッ……と。

 そうした剣士としての当たり前の姿勢が、つい、過度な慎重さとして映ったのだとしたら私の不徳」

 それにしても喋る。

「ならばこう訂正しよう。私は今、この場より最強の頂を目指す! 全ての弱き者を守りこの世界を救うために」

 対して俺は圧されるまま、惨めな気持ちで黙るだけ。

「私はそのためにこの世界に来たのだから」

 まぶしすぎてとても直視できない。

「口ばっかりじゃ仕方ないでしょ? あっちにまだまだ敵がいるみたいだけど」

 不意のこの声は当然、俺が発したものじゃない。

「紅蓮! お小言みたいな言い方をするな。私に仕える刀の分際で」

 どうやら声は彼女が握っている刀からのようだし、すでにヒナギクと名乗った剣士は俺の存在なんか忘れたらしい。

「その刀に頼り切りなのは誰ですかねー」

「言っていろっ」

 すでに背中は駆け出していた。

 彼女が向かった先……森の暗がりからは、すぐに激しい戦いの音が届き始める。

「最上ヒナギク……」

 世界を救うために来た剣士。

「フハッ! フワアアァーーーーッハッハッハーーーーーーッ!!」

 続けての、思考を打ち払うような、勝ち誇ったその笑い声は聞き覚えがあるもので。

「滑稽にして愚昧! 無様にへたり込んで、日課のマラソンでも楽しんだのか小僧」

 頭上5メートルほどのところで、翼をはためかせる巨大なニワトリ? の背中に立っていたのは、案の定の自称・魔王だった。

「って、マラソンって言った? 魔王に馴染みがある文化とはとても……」

「怪我はないのか!?」

 とりあえず本心から心配してくれているようなので、軽く手を挙げて無事をアピールしておく。

「喚ばれて来てやればこの体たらくとは、呆れるほどの! 雑魚!

 指でも咥えて眺めているがよい。魔王による暴虐の宴を」

 ヘル、えーと? ヘル子の名乗りに引き寄せられるようにして、木々の暗がりから影の獣が飛び出してくる。

 数ターン前の俺ならそれこそ絶望の淵に叩き落されていたかも。

「絢爛たる12使徒! 世界の境界を越え、今、再びその力をこの我に捧げよ」

「クエエェェーーーーーーーーーッ!」

 ニワトリが高々と咆哮し、主従を中心に薄緑色のオーラが爆発的に膨れ上がる!

「キラーウインド!」

 それは、まさに死を呼ぶ旋風。

 瞬く間に、集まってきた影の獣が細切りのようになって消滅する。

「ウハハハハ! フハッ、フハハハ! ひれ伏せ雑魚ども」

 雑魚狩り楽しいです、と翻訳が聞こえるレベルの愉悦ぶりだ。

 まさに魔王の所業。

 ……その雑魚一匹にこっちの俺は追い詰められまくって、死を覚悟するところまでいったわけだけど。

 初めて寮の部屋を出て、ようやくわかった。

 立て続けの爆発音。

 魔王の哄笑。

「なんだこの魔性の力をはらんだ風はっ、あ、新手? おのれ化け物」

「誰が化け物だ。見ない顔だが貴様も例のアレだろう」

「その名も最上ヒナギク!」

「鬱陶しいぞ芋侍! 邪魔だ、巻き込まれたくなければすっこんでろ」

「味方、か? 紅蓮」

「多分、そうみたいだね」

 これが、今……眼の前で起きているこれこそが、この世界で俺を待っていた真実の日常なんだって。


「ああ、いらっしゃいましたね。ご無事で何よりですー」

 のほほんとした声は俺の背後から。

 そこには胸に本を抱いた少女が立っていて。

「ハルカさん、でしたっけ?」

「ええ、まあ、ハイ、えーーー……っと」

「小野宮です」

「恐れ入ります」

 改めて言うまでもなく薄い繋がりである。

「あの様子だと私までが戦いに出しゃばる必要はなさそうですね」

 うららかな春の公園でハトでも眺めているような口調で、ハルカさんは爆煙轟く森の暗がりを横目に見る。

「あ、すいません。助けに来てくれた……みたいな」

「ですね。私が呼びました」

「呼ぶ?」

「あなたが一人で森に入っていくのをお見かけしたもので、なんの気なしについていってみたら……」

「その段階から?」

「はあ。最初はあなたが自力でどうにかするのかな? と思ったのですが、そんな様子は微塵もなさそうでしたので」

 だいぶ長い間、俺の孤軍奮闘を物陰から眺めていたらしい。

「呼びました」

 ハルカさんは頷いて、『本』を見せてくる。

「呼ぶってそんな簡単に言いますけど」

 彼女があの『本』に書いたことは現実になる、みたいことだっただろうか?

 いつかの朝、謎の力でお歌を強制されたこともあった。

「どう書くべきか少し悩んでしまって。あなたに特別な力が! とか書こうにも……」

(俺の名前もわからないからだろうか……)

「なので、『私のための物語(マイ・ディアー・ファンタズマ)』……この本にはこう書き記しました」

「『敵』が出現、集え勇者よ」

 面識すらなかったあの剣士さんも、口が悪くて尊大な自称・魔王すら、その条件でこの場に……ということ。

「あのー、ティアさんでしたっけ? 彼女は来てないっぽいですね」

 この場合、その条件で来なかったことを責める立場にはないけれども。

 勇者の自覚なんてまるでない俺が、同じ条件でこの場に召喚されてきたとは思えない。

「この場はなんとか凌げたと思うんですが、引っかかることでもあります?」

 そういう顔をしていたのかもしれない。

 無表情のまま……けれどしっかり不思議そうに、ハルカさんが俺の顔を覗き込んでくる。

「いやその、なんというか、みんなすごいなって……」

 過去の世界でどんなことがあったのかはわからないけど。

 勇者としての自分を受け入れ、前を向こうとしていることに相違はないんだ。

「ハルカさんもこの世界で真面目に勇者やるつもりなんですね」

「ええ、まあ、当面は」

「そうするだけの理由がハルカさんにはある……」

「あなたにはないんですか?」

 表情はともかく、声は心の底から俺の態度を不思議がっていた。

「あなたも同じでしょう? 私は自ら選択して、この世界で新しい人生を得ました」

「だから、俺達は同志……?」

「少なくとも同じものに立ち向かわないといけない立場ではないかと」

 徹底してドライな言い草が、上っ面の親しみなんかよりもかえってしっくりきた。

 だから、言えた。

「俺はわからないんです」

 あの神の座に立った時、俺の中にあった感情すら……どこか鈍くなっているような気すらする。

 あったはずなのに。

 見失えるようなものじゃない、とてつもなく大きなものだったはずなのに。

「そうですか。あなたはまだ『持ってない』んですか」

 この世界で生きる理由。

 掲げる理想。

 そういったものがハルカさんの言葉には込められているのを感じて、

「なら、あなたはそれを探しに来たんですね」

 弁明みたいなものが口をつくより先に投げかけられた……その言葉が、しっくりと腑に落ちた。

 水がじわーっと染み広がるみたいに。

「わかりますよ。私だっておそらくはあなたと同じ、あの光しかない空間に立って神と言葉を交わしました。

 ……きっと『似たようなもの』ですから」

「それって、ハルカさんも……」

「私は自分の理由をちゃんと持っていますよ」

 促すみたいなハルカさんの視線の動きで、森がいつの間にか静かになってることに気付いた。

「もしかしたらあなたも、上手く言語や思考化できないだけですでに持っているのかも。

 ……でなければあの神があなたを『選ぶ』理由がわかりませんし」

「上手く言語化、ですか」

「わかりませんけど」

 ビクッと背筋が竦む。

「済んだようなので私はこれで」

 無表情に頷いたハルカさんが『本』を開く。

「『私のための物語(マイ・ディアー・ファンタズマ)』……記入開始。

 綾月ハルカが閉じた目を開くと景色が一変。無事、慣れ親しんだ図書室に戻っていた」

 検証、と最後につぶやくとその姿は瞬く間に消え失せ――

「って、図書室? 灯台で歓迎会は?」

 ハルカさんに向けたはずの問いかけは、もはや虚しい独り言でしかない。

 もっと色んな話をしたかった。

 そう思う一方で、必要なことは全て聞いたような気もしている。

 俺達は仲間で。

 あの剣士の女の子も、自称・魔王も。

 嘘つきのシスターも。

 誰もがみんな、『選んで』この世界にやってきたということ。

 きっと何かをやり直すために。

「仲間、か」

「聞こえたぞ。誰が仲間だ対等を気取るな、この凡愚め!」

 戻ってきた。

「助けてくれてありがとう」

「我が魔力はこの宇宙にも似て無尽蔵とはいえ、貴様ごとき輩のためにちょっぴり行使したのは事実。

 ククッ、この貸しは高くつくぞ」

(俺のこと仲間だと思ってるくせに……)

「コラッ、角の人。弱い者いじめをするな」

 どちらかというとこっちの方が傷ついた。

 弱い者なのを否定はしないけど。

「貴様もだ! 対等面するなよ芋侍。*我は千年王ヘルミリア・ヴァン・ノクスローゼ。

 12の魔王を使徒として従え、魔法王国ラグナレカに千年の覇を唱えし魔王の中の魔王であるぞ!*」

「よくわからんが世の平和を見出し弱き者を苦しめる存在、ということだろうか」

「ククッ、ならばどうした」

「無論、斬る!」

「ちょっと待て!?」

(ヒナギクは本気だ……)

「この最上ヒナギクは光の側に立つ者! 悪の王よ尋常に勝負。奮え紅蓮、雌雄の時だ」

「そこの小僧! この猪侍をなんとか……わあ!」

「なんとかって」

「第3の魔王! 天空神シムルグ!!」

「クエーーッ!」

 間一髪、召喚されてきた巨大ニワトリの足に飛びついて、魔王が剣士・ヒナギクの攻勢から逃れる。

「むっ」

「このクソバカが! 死ねーーーーーーーーーーー!!」

 そして、そのまま……力強い羽音は彼方の空へと遠ざかってしまう。

「????????????????」

 ものすごくきょとんとしていた。

(ワケがわからない状況なのは俺もだけど……)

 それにしたって問答無用で斬りかかるのは、と思わなくもないし。

 嘘がわかる俺とは反応が違うのは無理もないようでもあり。

「そちらの方。結局、何がどうなったのだ?」

「……勝ち?」

「ならばそれでいい」

 納得したならそれでよし、である。

「とにかく一難は去ったということでめでたい! 紅蓮、引き続き周辺の警戒に当たるぞ」

「はいはい」

「え? いや、あのっ」

 俺の曖昧な呼び止めに女剣士が足を止めるはずもなく。

「歓迎会は……」

 ティア? とかいうあのインチキシスターも灯台には来なかったので、結局、この日の歓迎会は有耶無耶になった。

 ノゾミ先生が用意していたケーキは俺が一人で食べたし、鼻メガネも俺がかけた。





≪転生5日目≫


-???-


 いつからそこに立っていたか、常のこととして自覚することなどはできない。

 影絵のような世界に俺はいて。

 目を背けることなど決して許されない過去がそこにはあった。

「愛しているわ、真」

 また、この夢だ。

 真っ黒で、どろどろとタールのように粘りつく。

「だって、あなたは私のたった一人の――」



-学生寮自室-


「この世界に生きる全ての皆様、おはようございます」

「!? なっ」

 何が起きたのかわからなくて、ベッドで飛び起きるなり「誰かいるの?」って感じに周りを見回しすらしていた。

「神居学園観測庁より7時をお報せいたします」

 慇懃な声の発信源はどうやらテレビ。

(いきなり喋りだした……)

 なんてことはさすがにあるはずもなく、前にいじった時に電源を消し忘れたとかなんだろうけど。

「白黒じゃないんだ」

 吸い寄せられるようにしてテレビの前にぺたんと座る。

「ご存知の通り、現在、この世界は滅亡の危機に瀕しています」

 国営放送だか、そもそも国とかの概念が存在しているのかすら色々知らんけど、ひとまず大概な切り出しである。

「世界の各地で侵攻は激しさを増す一方となっており、遺憾ながら、昨日も複数の重要なエリアが『敵』の手に陥ちました」

(そんな、皆さんご存知のようにって感じに言われても……)

 この世界で起きてるのは陣取りなのか?

 陥落したみたいなニュアンスのことを言ってたけど。

「日々苛烈さを増す世界の脅威への対策として、観測庁は『救世委員会』を正式に発足。

 あわせて、本日より毎日朝と夜に『終末指数』を告知することと致します」

「終末って」

「本日の『終末指数』は41」

(それが高いのか低いのかも俺には全くわからないんだけど……)

 特に補足の説明とかはないらしく。

「皆様、ご安全にお過ごしください。放送を終わります」

 終わった。

「って、え? 本当に終わり?」

 らしい。

 テレビの画面も真っ黒表示に戻ったことだし。

「救世委員会? 終末指数?」

 委員会どうこうは一度、聞いたことがある。

 ノゾミ先生が俺のことを「新しい救世委員会のメンバー」みたいな言い方をしたことがあったから。

「???????」

 それで? という感じでテレビの前から立ち上がれないまま、2~3分くらいは目をぱちくりしていたかもしれない。

「小僧!」

 ノックもなしにドアが開いて、悪魔角の自称・魔王がずかずかと入ってくる。

「テレビを見たか!? 『終末指数』がどうとか、世界の終わりがなんだかんだと」

「ああ、うん、たった今……」

「…………うむ」

 見たのならばそれでよい、みたいな顔をされた。

「ではなく! この世界が未曾有の危機に瀕しており、救世の勇者として我が招かれたことは承知していたが」

 何度思い返しても、あの神様は少なくとも俺の前ではそんなことを言ってなかった気がする。

 同じことを何度も説明するのに飽きたのか?

「それで結局、何がどうなるのだ?」

 ヘル子も具体的な説明はされてなさそうだった。

「まさか、マジカルアイテム的なもので変身するのか? 我は何色になるというのだ……」

「ちょっと何言ってるかわからな」

 ん? いや、もしかしてしっかり俺に通じる話をしたのか? 今。

 ニチアサ戦隊的な話?

「あらぁ、お集まりだったのね」

 ほんわかと耳に心地いいその声に、ほとんど反射で身構えていた。

「貴様は、あー……シスターの……」

「こんな朝早くから。うふふ♪ もしかして一緒に朝を迎えただけかしら」

「ぬ? も、もしかしてそれは下ネタなのか……」

「下ネタって?」

「い、いやっ、なんでもないが」

 少なくとも言葉に嘘はなかったので、本心から「俺達は一緒に朝を迎えたのでは?」と思っていたのは間違いない。

 下世話シスターである。

「さっき、部屋のテレビが突然ついて……」

「お集まりですね」

「おお、ここに集まっていたのか先輩方」

「集会所かな?」

 こうして(なぜか)俺の部屋に女侍さんとハルカさんまでが集まったところで、状況への理解が進展することもなく。



-神居学園 零教室-


「――当初ご説明差し上げた内容と重複していた部分もあるかと存じますが、ご清聴いただきありがとうございました」

 ちょうど午前9時。

 黒板の前で先生がぺこりと頭を下げると、狙ったようにチャイムが鳴った。

「本日より授業の一時間目は、学年も所属も関係なく『委員会』所属の皆様にはこの教室に集まっていただけるようお願いいたします。

 救世の勇者たる皆様にご報告差し上げるべきことも数多くございますので」

 今朝、みんなが自然と(なぜか)俺の部屋に集まったあの後すぐに放送で招集を受け……。

 それぞれが朝の支度を済ませた後に再合流してから、およそ1時間。

 新たにわかったり整理がついたことをまとめると、だいたい以下のようなことになる。

 ①この世界は滅亡の危機に瀕していて

 ②脅威の源はいずこからともなく湧いて出た影の化け物(の軍勢)

 ③連中は人間を捕食しようとする

 ④食われたらどうなるかはわからない(痕跡も残らず世界から消える)

 ⑤その他、連中の勢力圏になったエリアは『隔絶された』状態となり、いかなるアクセスも不可能になる

 ⑥メカニズムは不明

 そして、何より重要な七番目。

 ⑦この恐るべき脅威に対抗できるのはあなた達救国の勇者だけなのである!

(って言われても俺の能力なんて……)

 この世界の神に与えられたその能力は、先生の長々とした説明にひとつの嘘もないことを証明していた。

「何が世界の脅威だ。先日ちょっぴり揉んでやったがあんな連中、地べたを這いずる虫ほどにも脅威を感じなかった」

「さすがは救国の勇者様です」

「頭に角生えてるけど」

「神の使徒たる汝にとっては共闘に抵抗がある、とでも思っての難癖か? あー、えっと……」

「ティア=フォーレンタイトよ」

 自称・魔王のじゃんけんで言うグーみたいな態度を包み込む、パーの態度でシスターは微笑む。

「あなたが元いた世界でどんな存在であったとしても、今、この世界を救おうとする意志に嘘や偽りはないのでしょう?

 だから、私達はこうしてここにいる」

 言葉に嘘はない。

「*心から信頼するわ。確信があるの、私達ならどんな困難も乗り越えていけるって*」

 後半は見事に嘘だった。

「まずはお互いわかりあうことから始めましょ? 乾いた地面に撒いた種がやがて芽吹くように。

 *信頼という尊い果実を一緒に育んでいきましょうね*」

「おめでたいやつだ」

「私は感動したぞ! そして、真実ここにいる全員は救世の勇者に値する心身ともに清らかな方々なのだと確信した」

「うふふ」

(笑ってんの怖っ)

「私は最上ヒナギク! そして、この刀は『鬼哭紅蓮』っ」

「なぜ、抜く」

 その最上さんがすらりと刀を抜くと、その身は光に包まれ、瞬く間に侍フォーム? 的なものに変身する。

 いつか俺を助けてくれた時の姿そのままだ。

「学年は一年生!」

 これを聞くまで自分達が学生ということを忘れかけていた。

(というか今後も学生やるんだろうか……)

 勇者活動の傍らで。

「私は戦うこと以外からきしだから、何かとご迷惑をおかけするかもしれないが心配しないで欲しい!」

 ぶんぶん(抜き身の)刀を振り回して、ヒナギクは気炎を上げる。

「先輩方のことは私が守ろう!」

「おー」

 拍手したのはハルカさん。

「そして、世界に未来を! 全ての弱き者達に笑顔を」

「痒くなるような言葉を並べ立てるな、芋侍」

 痒いはちょっとだけ俺もあったけど、それ以上に感動した。

 彼女の言葉には一片の嘘も揺らぎもないから。

「結構です」

 先生が頷き、ヒナギクが会心の笑顔で席につく。

「では、次の方。お願いします」

 どうやら自己紹介が始まっていたらしい。

「我は魔王ぞ。汝らが知っておくべきことはそれだけでよい」

「綾月ハルカです」

「私はもう全員にしたわ。それ以上の踏み込んだことが知りたければ、部屋を訪ねてき・て・ね」

「なんで俺のこと見るんですか」

「……コホン」

 先生もなぜだかそわそわした態度で俺を見ていた。

 頼むぅー、って感じに。

「……最後は俺ですかね? 俺は小野宮シン、学年は二年生でつい最近召喚されてきたばかり」

 さっそく言葉が続かない。

「どれだけ役に立てるかわからないけど頑張ります」

 どれも本心だ。

 不安も、前を向かないことにはどうしようもないって気持ちも。

「以上で……」

「はい! 先輩はどのような能力を持っているのかな」

 飛び上がるようにしゅたっ! と元気に手を上げて、ヒナギクが再び席を立つ。

「俺の……」

 つられるように俺の能力を説明しかけた瞬間、背筋がヒヤッとした。

『俺の能力は相手の嘘を見破る、というものです』

 そんなものを突きつけられた時、相手が何を思うか……ギリギリで想像が追いついた。

 世界を救う上でなんの役に立つのか?

 なぜ、そんな能力をあなたは持っているのか?

 立て続けの疑問が予想されたし、その中には当然の嫌悪も込められて然るべきだ。

 わかるから。

 相手の嘘がわかるなんてやつと口をききたくないだろうと思ってしまうから。

「……答えたくない」

 嘘が嫌いな俺にとって最低限であり、最低の言い草だ。

 自覚はしたけどどうしようもない。

「そうか! 人には事情があるものだからな。それならそれで構わない」

 ニコニコしているのはヒナギクだけで。

「以後、よろしく頼む!」

 肌を刺すような空気を感じながら、口の中でもごもごとお礼を言って頭を下げた。

「まさか、もったいぶるとはな」

 聞こえよがしな独り言。

「男の子な能力かもしれないわ。たとえば、キスした相手を虜にしちゃうとか……」

「ヒャッ、げ、下世話なことを言うなシスターめ!」

「魔王を名乗ってる割に純情なのね。意外とそういう経験が少ないのかしら」

「そういうとはどういう経験だっ」

「横から申し訳ない。ティア……先輩? だったか。あなたはどんな能力を持っているのだろうか」

「本当に関係ないことを言い出したな。頭の中は戦いのことだけか、この芋侍は」

「回復よ」

「おお、それは心強い」

 火をくべたみたいに、俺そっちのけで教室が盛り上がりを見せ始める。

 一人は黙々と本を読んでるけど。

「む、心強いとは言ったが勘違いしないで欲しい。私は怪我などしないが、他の方がほら……もちろん、私が守るが!」

 私は怪我などしないのところだけは嘘。

 こうしてただ、審判みたいな立ち位置で真偽のジャッジだけしている自分が惨めで、虚しくもあり。

「そっちのけで盛り上がってしまったな。気にしなくていいぞ? 人には事情があるものだ」

 見透かしたみたいにぽんぽんと肩を叩かれた。

「……どうも」

 多分、がさつなだけで悪い人ではない。

 そもそも助けられたし。

「私達皆で力をあわせて世界を救おう!」

「我を差し置いて仕切るな」

 まだ、なんの迷いもなく『仲間』なんて呼ぶことはできない。

 知り合ったばかりの俺達だ。

 でも、ハルカさんが言っていた通りで、俺達がここにいるというだけで共有しているものは感じられる。

 だから、俺はこう言うんだ。

「よろしく」

 前を向くために。

 もう二度と繰り返さないために。


 これは始まりの物語。

 こうして俺は、知らない世界で勇者になった。




 完

はじ論SS第0話-後編

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