2章
1
「また、そんなしょげた顔してる」
不意に聞こえた……苦笑交じりのその声に、ふっと気持ちがほぐれるのを感じました。
その声に込められた、ありすへの思いやりがわかったから。
「戸惑ってるの?」
目の前にいたのは、鏡の中の……鏡の国のありす。
もう一人のありす……?
「それはそうだよ。起きてる時はこんな……しょげた顔? 見せないようにしてるつもりだけど」
何から何まで急すぎて。
夢中で走ってる間はいいけど、足を止めるとどうしても不安に駆られちゃう。
「あはは。ししょーさんは昔からあんな感じだもんね? デリカシーがないっていうか」
「無神経というよりは……自己中?」
「かもね。でも、あの人がありすにかけてくれてる期待に嘘はないと思うよ」
うんって言いかけて……。
(昔から……?)
鏡の向こう側で笑ってる、ありすの言葉が心に引っかかった。
「昔か……」
そうなのかもって、唐突に納得みたいな気持ちが浮かび上がってきた。
そうだったんだ、って。
この胸にまとわりつくようなモヤモヤの正体……。
それが本来の居場所を見失ってしまったような心細さや不安なのだとしたら、説明がつくって思った。
大切なことを忘れてしまっているから、という理由なら。
ししょーも、デビューも関係ない。
ずっとありすの中にあったものが失われている?
「悪い癖! そうやってすぐ不安になっちゃうんだから」
「でも、お姉ちゃん」
お姉ちゃん?
変なの。
ありすは一人っ子で、ずっとお父さんとお母さんと三人で暮らしてる。
(いないよ、お姉ちゃんなんて……)
欲しかったけど。
二人とも働きに出てるから小さな頃は一人の時間が寂しくて、お姉ちゃんが欲しい……いたらいいのにってばかり思ってた。
(まあ、夢だもんね……)
自分が夢の中にいることを自覚しちゃったら、目覚めの時間だ。
「アイドルは私達二人の夢なんだから! このチャンスを無駄にしたらもったいないよ」
「そう、だね、二人の……」
ピピピピ、ピピピピピピピピピ……。
「呼んでるよ! 今日もレッスン頑張って」
スマートフォンの目覚ましアプリを止めて、ちょっと休憩。
「今日は、なんだか……空気が……ぬるい……」
いや、よくわからない風使いみたいなことを言っちゃいましたけど。
身体の芯に疲れが残ってる感じです。
「はふぅ……」
このままぐったりしてたら本当に二度寝しちゃいそうだったので、無理やり起きます。
ありすを取り巻く景色には、まだ一瞬、戸惑います。
やたら広いベッドルームに、王侯貴族が使いそうな備え付けの家具の数々。
迷子の気分です。
迷い込んだ不思議の国で立ち尽くしているみたいな。
大げさでもなんでもなく、先月ありすの身に起きたのはそれだけの事件でした。
レボリューションです。
「先月か。早いなー……」
ありすの初テレビ出演は2ヶ月前ですけど。
天国から……じゃなくて、地獄から天国みたいなやつでした。
ししょーさんは芸能界のキャリア30年とか40年とか?(10代デビューって言ってました)の大御所で、自分で立ち上げた芸能事務所と音楽レーベルの社長です。
当然アーティストとしてもまだまだ現役で、ライブの告知をしたら5分でチケットが売り切れるそうです。
先月はロスでライブしてきたそうですし。
もはや、次元が違います。
そんな人が、ありすを迎えに来てくれました。
『ありすベイベーにとってのラッキーは、あの夜、俺が気まぐれにテレビをつけたことだな。
頭ン中ぶっ飛んだぜ。いつぶりだろうな? あんなハイな気持ちは』
って言ってました。
『おいおいおいヘイヘーイ! 他人事みたいな顔してんなよ、俺のキラークイーン。
俺とお前で時代の幕を上げようって、そういう話だぜ』
要するにスカウトでした。
あの夜、あのテレビでありすのシャウトを耳にしたししょーさんは(シャウトした覚えはないですが)、眩いまでの才能を見抜いたのです。
局にツテがあるから住所は教えてもらったとか、スレスレのことを平然と言ってました。
お父さんやお母さんはししょーさんが説明してる間、ずっと渋い顔をしてましたっけ。
話が上手すぎるって思ったのかもしれません。
信用していいのかな? とかも。
信用っていうのはもちろん、ありすの才能もですし、膝を立ててお行儀悪くソファに座っていたロックなおじさんの人間性もでしょう。
それは当然で、筋の通った話だとは思いますが(ドアを蹴破って入ってきましたし。電子レンジ壊しましたし)。
『ありす行きます!』
自分でも不思議なくらい迷いませんでした。
これで意外とありすは臆病で、人見知りなところもあると思ってたから……その決断は自分でも意外でした。
信じられるって思ったんです。
世代も住んでる世界も違う、名前くらいしか知らなかったはずのその人を。
ピンポンピンポンピンポーーーーーーーン!!
「あるィィィィィすベイベェェェェェェ~~~~っ! 朝だぜ、ハリアップレディ」
猛烈なチャイムといつものシャウトに、ありすはハッと現実に引き戻されます。
ここは高級マンションで対外的なセキュリティは万全なのですが、ししょーの前ではなんの意味もありません。
ししょーはこのマンションの上の階に住んでいるのです。
というか、このマンションはししょーのです(お金持ちの次元が違います)。
ピンポンピンポンピンポーーーーーーーン!!
「ちょっと待ってください、ししょー! まだ、起きたばっかりで……」
テレビ電話的なやつでドアの前のししょーに泣きを入れながら、ちょっと思ってました。
昨日もこんなだったな、って。
「なんだ、今日も寝坊かよ。この俺を玄関の前で待たせてシャワーとは……大物の片鱗ってヤツだな。
師匠である俺様に似てきたか? ありすベイベー。
業界のドンを気取ったジジィにロックンロールかましてやったあの頃を思い出すぜ」
「なんですかロックンロールかますって」
聞いといてなんですが、あんまり聞きたくないですね。
「とにかく、部屋に戻っててくださいよ。支度できたら連絡します」
「ハッハー、言いやがる!」
いつもこうなんですから学習してくれませんかね? なんでししょーは毎日こんなに早く迎えに来るんでしょうか。
やる気満々だから?
「いいさ、焦んねーで支度しな。俺はコーヒーでも……」
ガチャガチャッ!
「ドア開けようとしない! そういうとこなんですよ」
こんなだと、またマネージャーさんとかスタッフさんに「ボス相手にどんだけ暴れん坊なんだ」って目で見られちゃいます。
ししょーのことは尊敬してますし、きっちりビビってるはずなんですが。不思議。
「おいおい、支度済ませて出てきてんのに部屋に戻るとかダリィだろ。
俺のテンションはもうサビの前まできてんだよ」
「ありすはこれからシャワーなんです! 乙女憲法に照らし合わせたら重罪なことしてますよ」
「ハッハー、ありすベイベーの子供ボディに俺様が? なんだって? 自信家なバンビーナがいたもんだぜ」
「すぐ開けますね。ひとまずぶっ飛ばしますから」
「ヤーハー!」
「笑うな!」
会うと距離感で喋れちゃうのは、自分でも本当に謎です。
とっつきやすい人ってわけでもないから余計に。
2
新宿のど真ん中にある、引くほどゴージャスな高層ビル。
賃貸の収入だけて何億円もあるらしい、このビルが事務所の本社でもあるし、ししょーが築いた伝説の象徴でもあります。
その名もRK(ロックンロールキングダム)ビル!
このビルの27階から上全部が、ありすの所属する『RO&N(ロックンロールな俺様と仲間達)プロモーション』の事務所です。
ここは28階の一番奥。
いわゆるレッスンルームというやつです。
「ストオォォォォォォップ! どうしちまったんだ。聞いちゃいらんねぇよ、ありすベイベー」
全面鏡張りなのが不幸です。どの鏡にも、しょんもりしたありすが映ってます。
怒り狂って竹刀を振り回してる、ししょーもです。
ししょーのことは大好きですし、こうやって直々に指導してもらえるのがどんなに幸せかはわかってるんですが。
「ヘエェェェェェェェイ! どうした、もっと来いよもっともっと」
わかっても結構ズキズキきます。
ちょっとは上手く歌えたと思うんですけど……なんて言おうものなら、「FXXX!」みたいな言葉が飛んできます。
ししょーは歌に関しては、全く妥協してくれないので。
「課題曲のチョイスが悪かったか? なら、はっきりそう主張しなきゃ駄目だぜベイベー。
このメロディじゃ燃えられない、もっと熱くさせてくれ……ってな。
その叫び、ありすベイベーがほとばしらせたパッションが歌になるってわけ」
(ってわけ、って言われても……)
「おいおい、黙ってちゃわかんねーぞ!」
怒ってるわけじゃないのはわかってるんですけど、わーっとまくしたてられるとちょっとビクります。
ちょっとじゃないかも。
「す、すいません、課題歌に不満とかはなくて。それより、どこが悪かったか……そのー」
「どこがだと? それを聞くのか? お前が? 俺に?」
やっぱり怖いです。怯みます。
「その答えはありすベイベーのハートにあるはずだぜ? 違うか?」
パチンッ! とししょーが指を鳴らすと、黒服さん(ボブさんとジェフさん)がスポーツドリンクとタオルを手に駆け寄ってきます。
映画の世界です。
「こんな鏡張りのレッスン室じゃ燃えられねぇか? だったら場所を変えるか客を入れるか……」
「ではなく」
さすがにツッコんだ。
「レベルチャイルド・ありす……シーイズクレイジー」
「……ジーザス」
ボスに楯突くなんて、みたいなことですか? ボブさんとジェフさんに後ずさられました。。
いつものやつですね。
「レッスンには感謝してますし、ええと、ありすがまだまだ歌手として未熟なのもわかってはいるんですが」
「…………ハー」
重い溜息です。
ししょー……もしかして、めちゃくちゃ怒ってませんかね?
「もうちょっと具体的に……といいますか。ここ、もっとこういう風に歌ってみたら? とか。
いえ! わかってるんですよ。
ししょーとありすは友達じゃないわけですし、心で感じろ、学べ、みたいなやつですよね。
教育方針はわかってはいるん、です……けど……」
不意に鼻の奥がツーンとして、それ以上言えなくなってしまった。
泣いちゃいそうです。
「ヘイッ!」
ししょーが指を鳴らすと、ボブさんとジェフさんがすたこら行ってしまいました。
スポーツドリンクとタオルをくれるはずだったのでは?
「俺の目も曇ったな。ありすベイベーが根っこのところに抱えてる問題に、今の今まで気付かないとはよ……」
ししょーは腕組みをして、もう一度ハーッと息をつきました。
「なぁ、ありすベイベー。歌ってなんだ?」
「歌、ですか?」
「ありすベイベーは知ってるはずだぜ。だって、お前は今日までずっと歌ってきたんだろ?
あの番組でもそうだった」
消したい過去に触れられて、うって喉が鳴りました。
「客、仕込みだったんだろ? 番組が用意したモブだったんだよな」
「!? あ、それは……」
「ファッキンな余興だぜ。でもよ? あの気の抜けたビールみたいなステージでありすベイベーは叫んでたじゃねぇか。
あたしの歌を聞け、こっちを見ろってよ」
ししょーの言葉に、ありすは目を丸くしちゃったと思います。
「番組のインタビューでも語ってたじゃねぇか。アイドルとして歌いたい理由ってやつをよ」
なんだかよくわかりません。
「歌は自己表現。それはありすベイベー……お前が俺に思い出させたことなんだぜ。
曖昧に慣れちまってた俺の燻ってた心に投げ込まれたダイナマイトだったんだ」
「ありすが……」
よくわからなくて頭がぼーっとしちゃってます。
言われてることの自覚がなさすぎて。
嬉しいのか、戸惑ってるのか、ありす自身が何か言いたいのかも。
「もっとエゴを出せよ。どう歌って欲しいか? ンなもん俺に聞くんじゃねーよ!」
何もわからなくて胸がモヤモヤ、ムズムズします。
「どう歌いたいかだ! 何を歌いたいか! 取り戻せよありすベイベー。
世界中に歌を届けるんだろ」
取り戻す……。
「ありす、歌います!」
「カモンベイベッ」
ししょーが鋭くギターを構えて、じゃかじゃか鳴らし始めます。
「ぼえええええーーーーーーーーー!!」
パリンッ!
ん? あれ? どこかで窓でも割れたでしょうか。
「クレエェェイジィィィーーー! 怒ってんのか? レディ、それがお前の叫びか!
ならばよし! 叫べ、腹の底からな」
「これでいいの!?」
「……ゴッドセーブミー」
遠くでボブさんとジェフさんが肩を寄せあってガタガタ震えています。
結局、この日のレッスンは喉がやばいことになるまで叫んでも、見えてきたものは何もありませんでした。
徒労です。
ありすの歌ってなんなんでしょう?
ありすがししょさーんに期待されてる歌。
たとえ側にいられなくても、どんなに遠くにいたって。
届けたい、ありすの想いって……。
3
だんだん車が減速して、最後はふわっと浮き上がるような感じがお尻にきました。
ウチの運転手さんの運転技術は完璧なので、ふわわ!? ってなったことは一度もありません。
(着いたみたいですね……)
途中ちょっとレッスンの疲れでうとうとしちゃってる間に、窓の外の景色はだいぶ様変わりしてました。
見渡す限りの高層ビルです。
マイ・フェバリット・埼玉も場所によってはそこそこ都会ですが、ここまで威圧感がある眺めはそうそうお目にかかれません。
「降りな、ありすベイベー」
後部座席の隣でどっかりふんぞり返っていたししょーが、ぶっきらぼうに言い放ちます。
なんでこの人、いきなり機嫌悪いんですかね。
「ししょー……今日は偉い人への挨拶? みたいなのですよね。ボブさんからはそう聞いてるんですけど……」
「それが?」
「いやいやいや! どうしてろとか教えておいてくださいよ。こっちは緊張してるんですから」
「アメージング……」
運転席のボブさんにごくりって喉を鳴らされました。
「ししょーの隣でにこにこしてれば大丈夫ですか?」
「いいわけねーだろ」
「えー、困るー」
「ボス! お話し中にすいません、そろそろアポの時間です」
ボブさんが割り込んできたタイミング的に、多分、ありすへの「やめとけ」ってメッセージです。
すいません。
「ハンッ! アポだとかナマ言いやがって」
吐き捨てるみたいに言って、ししょーが車の逆側のドアから出てしまいます。
「ボブさん……すいません、いいですか」
今しかなさそうなので、運転席のボブさんにこそこそ聞いてみます。
「オーケィ、レディ」
なんでこの人、日本語通じてるのにリアクションこんななんでしょうか。
「今日、ご挨拶する相手って……芸能界のドン的な人とかだったりするんですか?
ししょーが微妙にピリピリしてるのが気になって」
服とか普通にパーカーで来ちゃったんですが、ドレスコード的に平気ですかね。
誰も止めてくれなかったのが悪いと思います。
「オイオイ、レディ……この国で生まれ育ったなら伊集院グループの名前くらい知ってるだろ?
ユーがいるのは伊集院の本社ビル前だぜ」
どうしましょう? 教養がないので全然わかりません。
伊集院?
「まあ、今後も芸能界でやっていきたいなら顔を売っておいて損はないさ。
テレビを支配しているのはスポンサー様……ってな。
心にロックを飼ってない半端野郎どもは、今から会う伊集院の女会長様の前じゃどいつもガタガタ震えっぱなしよ」
「そういうものですか」
無礼を働いたら刀で斬りつけられたりするんでしょうか。怖い。
(そんなセレブさんにありすが挨拶してなんの意味があるんでしょうかね……)
ゴンゴン! と、ししょーに車の窓をノックされます。
ここまできたら、もう出たとこ勝負です。
(ニコニコしてましょう。笑顔は大抵の問題を解決します……)
「我々の崇高な活動を、広く! 世界に知らしめるための先制パンチになるような曲が望ましいわ」
ニコニコ……できてるでしょうか?
まさに女王、って感じです。
漫画でしか見たことのないような縦ロールがばっちり決まってる、意外なほどお若くて美人な会長さんは、挨拶もなくいきなりこれです。
最初からこれな感じで(30分くらい待たされてた)応接室に入ってきました。
「なんの話……いだ!」
隣に座ってるししょーが、問答無用でつま先を踏んできました。
人の心がないんでしょうか。
「どうぞ、そのまま。話しているのはわたくし……楽にしていらして? ありすさん」
スタスタ歩いてテーブルを挟んだ向こう側に来た会長さんは、そのまま身を乗り出して……。
まっすぐ、ありすの目を覗き込んできます。
(綺麗な人……)
「イメージしてくださる? そうね、世界的な表彰式……世界がわたくしを称賛するステージに、
時代の天使であるわたくしが颯爽と立つ。
どう? あなたにも聞こえてきたかしら……わたくしを称える拍手と喝采が」
「わ、わかります、なんとなくっ」
言ってることは割とはちゃめちゃでとんでもないのに、頷かされてました。
強い自信を宿した瞳を意識してしまったことで、しどろもどろになってしまいます。
小市民な反応もいいところです。
ありすは時代を導くアイドル(予定)なのに。
「あなたが頭に連想したのはいずれ必ず実現する未来よ。
ならば? そう、その時バックに流れているのはあなたの曲であって欲しいの」
「ありすの曲、とは……一体」
「身構えなくていいのよ。あなたらしくさえあれば……そうね、いわばマリアージュ」
「マリアージュ……」
「mariage」
いや、さっきあなたもカタカナ発音だったでしょう。
チッチッ、じゃないですよ。
「つまり、わたくしとあなたの奇跡的相性がそこにはあるのですら!」
どうしまょう? ひとつも頭に話の中身が入ってきません。
たったのひとつもです。
「軽薄なギターサウンドがふさわしいとは思いませんが、でも、荘厳なオーケストラであって欲しいわけでもありませんの。
親しみやすさと言えばいいのかしら。寄り添うような……
ふう、やっぱり上手くまとまらないわ。イメージを伝えるって難しいのね。
ねぇ、ありすさん? あなたの中から出てくるものがあればお聞きしたいのだけれど」
無茶苦茶です。
マリアージュの強要です。
「そうですね。イメージということなら、ええと、お、オーッホッホッホー! って感じの……」
「――――!!」
「すいません! 引っ込めますっ」
「オー、ジーザス……」
後ろもガヤガヤ色めき立ってますし!
「……それ、もう少し詳しくいただけるかしら」
「詳しくですか!?」
「わたくしのイメージに関わるお話でしょう? おーっほっほっほ……?」
見たままなのですが。なんで心当たりないんですかね。
口元を手で隠してごまかしてますが、ししょーもちょっと吹いてますし。
「それは、は、はい、高貴なお方には高貴な高笑いが似合う……みたいなことで……」
これは失言なんですか? 隣のししょーが全くフォローしてくれないんですけど。
肩がぷるぷる震えてますしね。
「すいません、考えなしなことを……」
「あなたを認めたわたくしの目に狂いはなかったようですわね」
「ええええーーーーーーーー!!」
「いいじゃない。笑いは世界共有のものですわ。耳にした誰もが笑顔になれるような……
じいや! あなたはどう思うかしら」
「結構でございます。いずれ世界を導かれるお嬢様にふさわしいテーマ曲になるかと」
執事さんみたいな人まで出てきました。
この人、ノリがししょーと一緒です。
「決まりね! では、細かいところはお任せします。
ちょっと貴方、聞いていたのかしら」
ししょーに対してだけ、なんで声が尖るんでしょうか?
臨戦態勢なんですか?
「聞いてたよ、聞くだけはな。最後どう仕上がるかは俺のギターに聞きな」
「それじゃ打ち合わせの意味がないじゃない」
「これのどこが打ち合わせだ」
「多忙なわたくしが時間を作ってあげたのよ! だいたい、この話を持ち込んだのはあなたでしょう」
持ち込んだ?
それって、ししょーが売り込み……。
「跪いてわたくしの指に臣従のキスをなさい。それが礼儀……」
「オエー」
「じいや! あの粗忽者を追い出しなさい。忘れずに塩も撒くのよ」
どういう関係なんでしょうね、この人達。謎とツッコミどころが多すぎます。
「お嬢様、それよりも……お客人とのお打ち合わせがお済みでしたら……」
「ええ、そうだったわね」
あれ? もしかしてもう終わる感じでしょうか。
ありす、自己紹介もしてないような。
「ありすさん? そんな粗野な男の悪影響を受けてはいけませんわよ。
あなたは誇り高き歌姫なのでしょう」
「恐れ入ります?」
「曲の出来栄えを楽しみにしていますわ。本当に、心から。
あなたの輝きでわたくしを夢中にさせてみなさい」
最後にソファの横に回った会長さんは、ふっとありすの頬に触れて微笑む。
なんだか子供みたいな、可愛らしい笑い方で。
「お話できてよかった。また、いずれ」
「……はあ、どうも」
ありすの声は聞こえてたのでしょうか?
会長さんは振り返りもせずに、スタスターって行っちゃいました。
(セレブ界隈には変な人しかいないんでしょうか……)
嫌な感じではありませんでしたが。
「結局、これってなんだったんですか?」
ふんぞり返って不機嫌そうにしているししょーに、ひそひそと声をひそめて聞いてみます。
「だから、ありすベイベーがこれからデビューするじゃん?」
「あ、デビューするんでしたか。レッスンがまだまだ続くものかと……」
「すんだよデビュー! で、その一発目で、伊集院グループがテレビで流すCMに使う曲を歌わせてやるってだけの話だ」
「なるほど、そういう……」
……ん?
テレビCM?
「ええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
4
-Interlude-
数ヶ月後――
「わ!? わわわわー、すごーーーーい!」
ガタンッ!
「ぐえ!」
今どき、漫画でもなかなか見かけないオーバーリアクションの代償が少女を襲った。
つまりは部屋でクッキーをぽりぽり食べながらネットサーフィンをしていたその少女は、とあるニュースに椅子ごとひっくり返ったのだ。
「いたた……」
不屈の精神である。
ぴこんと立った特徴的ないわゆるアホ毛と翼をモチーフにした前髪の髪飾りが目を引く、親しみやすい顔立ちのその少女は、這うようにしてPCの前に戻る。
たった今、目にしたその情報が嘘でも幻でもないことを確かめようとするかのように。
「美城ありすデビュー」
にへらっと少女の口元が緩む。
10年来の親友と再会を果たしたような顔だ。
「やっぱりすごいなぁ、ありすちゃんは。一途に頑張って夢を叶えちゃうんだもん」
プルルルッ、プルルルッ!
今度はフフッと声を出して笑う。
「この電話、私の勘だと……」
勘と言ってはいるが、REINでの前フリすらなく直にスマホに電話してくる友人は一人しかいないことを少女は知っている。
その友人はいまいちハイテクが苦手だから。
「もしもし? うん、ちょうど今、こっちもニュース見つけたよ。びっくりしてひっくり返っちゃった。
え? そっちもなの? あはは、キャラじゃないよー」
少女は知っている。
電話の向こうで、友人もまた微笑んでいるということを。
「うん、うん、そうだね、もしそうなったら一緒にライブとか……」
会話を楽しみながら、少女はマウスを操作してニュースサイトの情報を横目に確かめる。
「デビュー曲は『ボクらが笑いあえる場所』か――」
(今もちゃんと笑えてるんだね? ありすちゃんも。この子と一緒で……)