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ありすがパソコンにコーラをブーしたあの日……あの夜から、今日で何日くらいでしょうか?
二、三週間? くらいかな。
テレビ出演の依頼に「喜んで!」と返してからのやり取りはなんだか事務的というか、電話ベースで淡々と進みました。
向こうはそりゃ、慣れたものでしょうしね。
そう、あくまでも向こうは。
ありすのテレビデビューが決まったあの夜から、何度、自分に言い聞かせてきたでしょう?
手のひらに『人』の字を書いて飲むみたいに。
しょせんテレビ。
毎日、たくさん放送されてる番組のたったひとつ。
なんてことない、平気だよって。
大学受験の試験日を待つみたいな(大学行ってませんが)、クリスマスを待つ子供みたいな時間は、流れてしまえばあっという間でした。
先日、具体的なロケの日取りの連絡がきて。
明後日ー!? って飛び上がって。
美容院に駆け込んで。
アルバイト先のピザ屋に「取材に来たいって言われてる」と事情を説明したら、30代独身の店長がアシンメトリーな刈り上げ頭になっていたりとかの些細な事件もありつつ……。
本人に「どうしたんですか? その芸能人みたいな髪型。仕事中は帽子かぶるのに」なんて言えるはずもなく。
ああ、やっぱりテレビなんだ。テレビは人を狂わせる(←ひどいですかね)って震えたり。
一通り全部の感情を通ってきて、やっと腹が坐った感じです。
そう、運命の今日になって――
「――本日の段取りはおおまかに以上ですが、何か質問などはありますか?」
「いいえ、ばっちりです!」
「お、頼もしいですね。今日1日よろしくお願いします」
「ひゃひ! よ、よよよよよよよよよ、よろしくお願いひましゅ」
だってもう、ここまできて逃げ場とかないですし。
「テレビカメラは初めてですか? どうしても意識はしちゃうと思うけど、なるべく普段通りのありすさんが見たいので」
「はい! 普通にいきます、余裕ですっ」
「よろしくお願いしますー」
ちょっと笑われました。
「では、軽い自己紹介とインタビューから撮影始めましょうか」
強がっておいてなんですが、やっぱり100%自然な振る舞いは無理です。
心臓がばくばくして破裂寸前です。
「いいですかー? カメラ回していきますね。こっちでサイン出しますんで……」
ハンドサインですね? 手で「はいっ」てやったら……今!
「は! ははははは、はじめまひて! ありすはありすです。本日はお忙しい中お集まりいただき……」
「もう一回撮りますねー」
「喜んで!」
最初のインタビューはテイク4までいきましたが、仕方ないです。
初めて尽くしなのもありますし、こんな住宅街とも言い張れない閑静な郊外の町で撮影スタッフを連れて歩いてたら人目も引きます。
緊張も加速するというものです。
でも、平気。
ありすはこれでもアイドルですから!
緊張とのお付き合いの仕方はわかっているのです。
「ここがアルバイト先です! 普通のピザ屋さんです」
「ピザ屋をアルバイト先に選んだのには、何か理由があるんですか?」
「給料がいいからです!」
ちょっと笑いが上がりました。ややウケです。
「それと、インストアでひたすらピザを作るだけのお仕事なら、人と顔をあわせる機会が少ないというのもあります。
アイドルとしては気をつけたいところなので。
顔バレのリスクを考えても、ベストの働き場所だと思っています」
「あー、なるほど」
「それにシフトが一週間ごとですから、融通もききますからね。ライブの時とか……」
ほら、もう余裕で喋れています。
お話に集中して、カメラも全然気になってませんでした。
「あそこの一人だけ帽子をかぶってないアシンメトリーな髪型の人が店長さんです。ありすのことを応援してくれてて……
あれ? 店長さん? なんでそっとフェードアウトするんですかっ」
……道中、スムーズにいかないところとかもあったりなかったりはしましたが。
なんだかんだ家は癒やしです。
お母さんが待つ家に着いたら、意識しなくてもホッと息をついちゃってましたし。
「ええ、そうですね、手を離れてしまったらと思うと不安もあったでしょうが」
撮影は中盤戦。家で待っててくれたお母さんのインタビューです。
「目の届くところにいてくれるのが親としては安心感もありますし。
娘に夢があるのなら、悔いを残さないように取り組んで欲しいというのが一番の気持ちです」
家族の応援……。
なんて大きな支えでしょうか。
「私はそういうのに疎いので。こうやって家まで撮影の方がいらして、初めて娘がアイドルなんだと実感していますが」
ところで、妙に受け答えスムーズじゃないです? ありすよりも笑いを取ってます。
侮れません。
「お母様からご覧になって、ありすさんはどういうお子さんだったんですか?」
「そう、ですね。小さい頃はとても元気な……」
ちらっとお母さんが私を見ます。
家族なので、それだけで通じあえました。
「話しちゃうわよ? ありすは一度、大きな病気をしたんです。
この子がアイドルになりたいと言い出したのは、入院していた頃でした」
「ご入院を」
「はい、だいぶ長く。奇病ってやつですね! 治療方法が確立してないような……なので普通に死にかけました」
と、これはありすが答えました。
別に隠すようなことではありません。
「それは大変な思いをされて。心境の変化というのはその頃に?」
「変化というか……そうですね、昔からほんのりとした憧れはあったんですが。
それはやっぱり、お花屋さんとかケーキ屋さんとかの延長で。
本当の意味でのきっかけは、やっぱり病室で見ていたテレビ番組でした。
ありすと同じくらいの年の女の子達が、ステージでまぶしくキラキラ輝いてて……」
そう、だったはず。
あの頃の気持ちは不思議と上手く取り戻せない。
自分の過去を見つめ直そうとすると、まるで、自分じゃない自分と向き合おうとするような違和感が芽生えてしまう。
「……憧れでした、最初は」
病気のせいかな? 記憶やその時に感じたものすら、誰か他人のものみたいに曖昧です。
病室にノリのいい看護師さんを集めて、ライブごっことかやってた気がする。
みんながありすの歌を褒めてくれた。
ありすなら絶対、国民的アイドルになれるって。
「最初は、ということは……」
「そうですね。今、アイドルに取り組む中で気持ちはちょっと変わってます。
ありすが今、アイドルをやっているのは……」
ちゃんとありすの言葉を探して、しっかりと言葉にする。
「歌いたいから」
これが、この想いがありすなんだって。
「声なら届くじゃないですか。目の前にいなくても、会うことができなくても。
ありすは知って欲しいんです。ありすがここに――」
あれ? って小さな戸惑い。
ずっと胸にあったはずの想いなのに、するっと抜け落ちるみたいにどこかにいってしまった。
上手く言葉にできない。
(ありすがここに……?)
「自己表現ということでしょうか」
「そ、そう、なるんでしょうか? 歌を届けたい……知って欲しい、という気持ちです。
ありすがここにいるってことを」
大丈夫、ちゃんと取り戻せた。
「頑張って夢に向かうありすの姿を見て、一人でも多くの人に励まされて欲しいですね。
ありすが、そうやってアイドルさんから元気をもらったみたいに」
「はい、ありがとうございました。それでは配信の模様も……雰囲気だけ撮影させていただいてよろしいですか」
「あ、どうぞどうぞ。部屋に案内しますので」
なんだろう?
撮り直しもなかったし上手く喋れたのに。
みんなに元気を届けたい。
それが、たくさんの人に支えられたり励まされてきたありすの、恩返し。
(それで、よかったんだよね……)
収録は順調。
スタッフさんの反応もよかったし、なんだか世の中に一石を投じた手応えみたいなのも生まれ始めていました。
時代の息吹き的なやつです。
記念すべきありすの初お披露目、テレビ初出演の収録スケジュールも一項目を残すのみ。
「みんなーーっ! 今日もありがとー」
ライブです!
撮影が終わったら、急いでロケバス(テレビで見たことあるやつです)で現地入りして。
打ち合わせもそこそこに、すぐライブ!
場所は秋葉原のライブハウスで、使用料は番組で出してくれました。
太っ腹です。
放送でこのシーンを見たありすのガチファンさんは、あれ? いつのライブ? 告知してたっけ? って思うかもしれませんね。
今夜のお客さんは仕込みです。番組で集めたエキストラさんです。
番組の収録スケジュールにあわせないといけないので、ライブの告知が打てなかったのです。
テレビの世界にはそういうことがあるのだそうです。
ありすは気にしません。
どうせ、このライブ映像はこのドキュメンタリー番組のエンディングで『ライブの風景』ってことで軽く流すだけらしいですし。
「~~♪」
ありすのことなんか知らない人ばっかりなので、客席からの熱が全然返ってこないやりにくさはありますが。
なんならみんな無表情です。
(でも、この人達も後でインタビューとか受けるのかな……)
ありすちゃん最高です! 心にぐっときます、僕の天使です……みたいな。
ありすのこと知らない人達なのに。
「――――あっ!!」
とっくに音楽が止まってるのにやっと気付いて、変な感じに取り繕っちゃいました。
今、ちゃんと歌えてた?
ステージで集中力を失うなんて、普段は絶対ないのに。
「えー、あ、ありがとうございました。それでは続いて……」
「ありすちゃんしっかりー!」
「がんばえー!」
(タイミングおかしいでしょう!)
「あ・り・す! あ・り・す!」
ありす、客席からのこういうノリちょっと知らないんですけど。
なんだか、ふわふわします。
ライブはいつだって真剣勝負の舞台で……。
ありすにとって、一番最高の自己表現の場所だったので。
(というか、これいつまでやらなきゃ駄目なんですかね……)
冒涜とか? そんな偉そうなことまでは言いませんが。
ああ、わかってきました。
ありすに興味がない人達の視線が、痛いんです。
チクチクって刺さるんです。
今までステージで感じたことのない……上手く説明できない感情に戸惑いながらも、いざ音楽が流れ始めたら勝手に身体が反応した。
他人様の曲だけど。
でも、いっぱい練習したんだもん。
「らーらららー♪」
ああ、駄目だ。
どうしても歌に没頭できません。
目の前でペンライトを振ってる人達は、誰も本当に意味ではありすを見てない。
こんなのはライブじゃないって、ありすの心がそっぽを向こうとしちゃってるのがわかる。
感じてします。
怖いわけじゃない……はずなのに。
なんだろう? 歯がカチカチいってるような。
指先が冷たくなって、景色から……急に色が失われていく。
ありすがありすじゃなくなっていく、この感覚を……知ってる。
「ら……ら、ぼえ……ぼえっ……」
あれ? 今、どこ歌ってたっけ。
わからないまま、ありすは懸命に……声を張り上げる!
「ぼええええーーーーーーーーーーーー!!」
一瞬の静寂。
「「ワハハハハハハハハハハ!!」」
ライブハウスが揺れるほどの大爆笑。
今夜初めて、会場がひとつになったのを肌で感じました。
「あ……」
一瞬、かあっと顔が熱くなって……。
「笑うなーーーーーーーーーーーーーー!!」
あとはもう、何がなんだかよくわかりませんでした。
ありすは気にしません。
こんなのエンディングにちょっと流すだけの、お弁当に入ってる緑のギザギザみたいなライブ……。
8
「等身大に、一生懸命に、ありのままの自分として夢にチャレンジする美城ありす。
彼女の挑戦は始まったばかり……」
スンとしたナレーションに最後を締めくくられて、ありすの初めてのテレビ出演は終わった。
思った以上に尺はがっつりもらえてて……。
「流すなあぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!」
もはや、取り返しはつきません。
緑のギザギザめっちゃ長かったんですけど!
最後の「笑うなー」まで入ってましたし!
「『プッ、プスス……緊張させちゃいましたかね? 大丈夫ですよ、こっちでいいようにまとめておきますから……』
とか言ってたくせに! あのプロデューサーめ、がっつり使ってるし!!」
いいようにまとめるって何?
番組的に面白くなるようにってこと?
「この放送は駄目です。今後の活動にとって逆効果にしかならない……ありすは歌で売り出す予定なのに……」
ああもう、スマホがピコンピコンうるさいです。
REINにもヂスコードにもトゥイッターにも、反応が! 怒涛のように!
「ちーがーうーのーにーー……」
長年のありすのファンならわかってくれるはず……。
「『ぼえー』久しぶりに聞いたって何? どこの誰? 特定してやる……」
コンコンッ!
「ありす? お父さんだけど。その、なんていうか……」
お父さんめ、下の階で見てやがりましたね。
「……お小遣いあげようか」
「うわあああーーん! 同情するなっ、同情するなーーーー!!」
泣いたってどうにもならない。
だからって、こんなもの泣くしかない。
目も腫れてるでしょうし、この朝はまだ鏡を見てないですけど、昨夜を引きずった顔色でしょう。
それだけの一大事なんです。
ありすにとってアイドルは夢で、目標で。
何よりも神聖なものなんですから。
昨夜、ネットで飛び交っていた心ない誹謗嘲笑――
わざとらしい話題作りだとか、痛いとか、才能ないとかの言葉にはしっかり傷つきました。
どん底です。
本当なら昨日は生配信する予定だったのに、それもできませんでした。
せめて、ブログやSNSで「テレビ出ましたー」くらいコメントしなきゃいけなかったのに、それすらもやれてない。
案外、ありすはこうなんです。
打たれ弱くて、臆病で。
強くなんてない。強くなりたいだけの女の子。
「ありす……あー、えーと……」
ありすのことを心配して、さっきからお父さんもお母さんもチラチラ見てきます。
「お、お父さんはいいと思うぞ!」
「いいって何が!?」
「いいじゃないか、ちょっとくらい隙がある方が。愛嬌だよ愛嬌」
「それはフォローのつもりなの? あなた」
「フォローなんて言うな。俺は、ただありすが心配で……」
「ケンカしないで!」
なんだかんだ、これで少しは元気が出たんだから家族はありがたい。
「ちょっとの失敗くらいで、いつまでもしょげたりしないよ。
夢なんだもん、これくらいの逆境で挫けたりしない」
「そうか」
そうだよって自分に頷く。
とりあえずはアルバイトに集中です。
撮影に協力してくれたお礼もちゃんと言って、帰ってきたら生配信の告知を出しましょう。
くよくよしてたって仕方ない。
「ありす、おかわりは?」
「食べる!」
しっかり元気をつけて――
ピンポンピンポンピホピホピポーーーーーーーーーン!
ん? という感じでありす達は顔を見合わせました。
ピポピポピポピポピポーーーーーーン!!
「……これ、ウチのチャイムだよね?」
「連打がすごいな」
嫌な予感しかしません。
「こんな朝っぱらから……危ないヤツか? 一旦、無視して様子を見てみるか」
「あなた、モニターで見てみれば……」
ドゴオオオオオオオオーーーーーーーーーーーン!
「バッフ!」
耳を疑うような……な、なんですかこれ? 破裂音?
「ちょっ、な、なんだ? 入ってきたのか?」
そうみたいです。
だって……やたらと居丈高に廊下を踏み鳴らす足音が近づいてきます。
ダン! ダン! ダン! って。
「警察……」
ジャアアアアアーーーーーーーン!
ギターです。
ギターをかき鳴らす音と共に、知らない変な人が我が家の食卓に現れました。
それはもう颯爽と。
夢でも、幻でも……。
「ヘイヘイヘーイ!」
多分、コントとかでもなく。
「俺を呼んだな、ありすベイベー! 迎えに来たぜッ!!」
「はい……?」
「燻ってんだろ? かき鳴らせよ、そのハートを!」
変質者? って、言いかけて……でも、声は出ませんでした。
だって、この人……。
革ジャンをビシッと着こなした……50歳くらいでしょうか? (色々な意味で)危険な空気をまとったこのおじさんは!
「ロックンロールレジスタンスの幕開けだ! アユレディ? ヤーッ!」
ハイテンションに叫んだおじさんは、華麗なハイキックで我が家の電子レンジを粉砕しました。
なんで蹴ったんですかね?
やっぱり、これテレビで見たことあるやつです。
「荷造りは済んだか? なら乗りな、おてんばなシンデレラ。伝説へと続く道を……」
ブンブンッ!
「おわあああああーー!?」
間一髪のところで、お父さんが闇雲に振り回したゴルフクラブが変なおじさんの屈めた頭をかすめました。
殺意の一撃です。
「貴様、ストーカーだな! 娘には指一本触れさせーーーん!!」
「待て、ちょ、ゴルフクラブ引っ込めろ! 見ろよこの俺を、世代だろ? この顔がパスポート……」
「お前なんぞ知るか!」
「ウッソォ!?」
ゴルフクラブよりも、「知らん」にショックを受けています。
ごめんなさい、お父さんは堅物なんです。
「ありす、裏口から逃げなさい! 早く!」
お父さんはゴルフクラブで果敢に応戦し始めるわ、お母さんはこの剣幕だわ。
なんですかね、これ。
「母さん、警察を!」
「ええ!」
「ええ、じゃねぇよ。おいありすベイベー? この勇敢なナイトに説明してくれよ。
この俺がお前の運命だってことを……」
「慣れなれしくベイベーとか呼ぶな! いい年してちゃらちゃらしやがって。恥ずかしくないのか」
「そういうこと言うのやめろよな!」
本当になんなんでしょうか? これ。
「まあいいか! これはこれでロックだな。今日は未来のロックンロールクイーンの誕生日だ!
おめーら踊れ、ヤーハーーッ!!」
ジャララーン!
「いや、よかないですよ」
案外、冷静です。
こんなヘンテコではちゃめちゃなノリを、なんとなく受け入れちゃってるどころか……。
「…………クスッ」
なんだか懐かしく感じているのが、ありす的には一番不思議でした。