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猫忍えくすはーと×竜姫ぐーたらいふ クロスオーバーSS<シーズン2>第三話

-竜の湯 露天風呂-


 某県の県北に連なる山脈の一角、

 この竜の湯はそこそこ高地で辺鄙な場所に位置している。

 ふらっと遊びに行ける飲み屋街など山奥にあるはずもなく、近隣に足を伸ばしたとしてもこれといった観光名所はない。

 温泉だ。

 温泉だけがこの温泉宿を竜珠教の強引な買収劇に至る今日まで、一部の温泉マニア達に愛されながら存続していた所以である。

 四方を山に囲まれる渓谷に建つこのこの宿の、ひと際高いせり出した場所に露天風呂は設計されている。

 高所恐怖症の客は大人しく湯船でじっとしているのがお勧めと言える。

 力強く生い茂る山々を広く見下ろす大胆なレイアウトだ。

 今は若々しい緑がきらきらと光を集めて輝きを放つこの森林のステージは、秋には紅葉の絨毯となる。

 だが、この日、普段はうるさいほどに喉を競っている小鳥達は全く気配を断っていた。

 全てが隣の山まで逃げ出したのだ。

 ボーーーーーーーーーーーーーッ!!

 露天風呂に炎を浴びて、ぐつぐつと煮えたぎらせているドラゴン。

 絶対強者の気配を感じ取って。

「ククク、意趣返しというやつだ。この私が自ら仕込んだドラゴンの湯をとくと味わうがいい」

 こんなものではない。

 ドラ美が猫忍達に受けた屈辱が、熱々露天風呂で飛び上がらせた程度で晴れるはずもない。

「さて、何人がこの温泉旅館を後にできるのやら。殺意のない事故であれば申し開きのしようも……」

「グレンテル様……うわ暑っ!? 湯船がゴポゴポいってるじゃないですか」

「構うな。そちらのもてなしの準備はできたのか」

 振り返らずにドラ美は問う。

「それはまぁ、はい、ぼちぼちといいますか……ジュースの自動販売機も全部『あったかーい』にしておきましたし」

 湯上がりにおしるこでも飲ませようというのだろうか?

 なんたる悪魔的発想。

「もっとだ! 思いつく限りの嫌がらせでこの温泉旅館を飾り立てろ。

 やつらが持ち帰るのは屈辱と恐怖の記憶のみ。

 最後に『なんかもう嫌になっちゃったな』みたいな顔をしている連中を指差して笑ってやるのが我らの復讐だ」

「我らて」

「なんだ、死にたいのか」

「……まあまあ。グレンテル様の復讐の話はひとまず置いておいて」

「ドクズが。それ以上の何が優先されるというのだ」

「えーと……上手く説明できないのですいません、一緒に来てもらっていいですか?」

「??」




-温泉旅館 竜の湯-


「おー、これが温泉旅館ですか。テレビで見たことありますよ」

「なんかボロくない? あたしが強くぷーっと吹いたら、そのまま吹っ飛んじゃいそう」

「イリスさんが強く吹いたらビルでも吹っ飛ぶんじゃないの」

 竜の湯、正面玄関前。

 ついさっき北条春希御一行を運んできたバスのすぐ隣りに、ドラゴン化したさんごがお行儀よくうずくまっていた。

 鎧にもたとえられるズンッとしたそのおなかの前には、わいわいと明るい声を交わす、こちらもドラ美にとって見覚えのある姿。

 その輪の中には特徴的なんだか没個性なんだかわからない、スウエット姿の若いバカも当然のようにいた。

「な、ななななななな、なんで、ハル様達がここに」

「やっぱ知らなかったんですよね?」

「知るわけがあるか! どういうことだ。今日、我々がここに来ていることを皆様はご存知ないはず……」

「おーい、ドラ五郎ー! 来たけどーーー!!」

 口をつぐみ、ドラ美と信徒が顔を見合わせる。

「……イリス様が『来たけど』って言ってますよ? グレンテル様がお呼びしんだんじゃないんですか」

「お呼びするわけあるか」

「ドラ五郎ーー、こらーーーーーー!!」

 行かないわけにはいかない。

 たとえ、呼んだ覚えなどなくても、この状況がなしにはならないのだから。


「あ、ドラ美さん来たよ」

 その身に古竜の力を宿した少女、一ノ瀬鈴夏の声に場の全員が振り返った。

「……いいですね! とてもいいと思います」

「はあ、よ、喜んでいただけて、この身の誉れと申しますか……」

 道中、楽しかったのだろうか?

 先制パンチ気味に、竜姫・ハルに肩を叩かれて、ひとまずドラ美はにへらっと笑っておく。

「その、我が王? 皆様も、ご機嫌麗しゅう……」

「お前ってそんなだったっけ?」

 憎たらしく言ってきたのは、暑苦しいスウェット姿の若い男。

 ただの人間の分際でこのドラゴンの王達のど真ん中に居座っている格好の、謎の引きを持ったニートだった。

「黙れ……ではなく、み、宮本、お前も来たのか」

「ただって言うから」

 ぶん殴りたくなったものの、ドラ美には他にやるべきことがある。

「後でごちゃごちゃ交換条件持ち出してくるとかないだろうな。こちらに一切、応じる用意はないぞ?

 俺は風呂に入りに来ただけだ」

「お前ごときお呼びじゃない。すっ込んでろ」

「あたしがゲストなら、武もゲストでいいでしょーが。小さいこと言うなっての」

 そもそもゲストではないのだが。

「その件ですが。ご、ご質問をお許しください? 皆様は、その、何故……」

「は? あんたが温泉であたしらのこともてなすって言ったんじゃん」

「…………はあ」

「さっき集会所? ビルだっけ? あそこ行ったら、あんたらは温泉行ったって聞いてさ。

 急いでみんな集めて来たの」

 無茶苦茶である。

 あの場をやり過ごすために招待を匂わせはしたが、当然、日時の話などはしていないし、「くれぐれもハル様達には内緒で」とも伝えた。

 イリスが忘れているか、そもそも聞いていなかっただけで。

「温泉には前から興味があったんです。お風呂に入ってお刺身を食べるんですよね」

「……ここ山奥だし刺し身はないんじゃね?」

 経緯も行き違いも、今となってはどうでもいい。

 時計の針は戻せない。

「も、もちろん、お刺身もご用意しておりますよー」

「ひゅーっ!」

 わきまえたドラゴンであるドラ美は、意図せず集まってしまったこの王達をどう扱うかを優先順位の最上位とした。

 もはや、憎き亜人達のことすらどうでもいいレベルで。

「さんご知ってる。カピパラがお風呂にいる」

「それ違う温泉。アニメで見たの? さんごちゃん」

「うん」

 すでに王達はドラ美と子分達によるおもてなしを期待するモードに入っているのだから。

「よ、ようこそお越しくださいました! ご足労をおかけして申し訳ありません。

 ちょうどおもてなしの準備が整って、皆様にご連絡を差し上げようと思っていたところだったんです。

 ごゆっくりお楽しみください。おい、クズども! お部屋にご案内しろ」

「荷物置いたら、まず温泉だな」

「何が風呂だ、今はダメに決まってるだろこのクソ宮本め! うっかり死ぬ気か!!」

「温泉ってそういうのでしたっけ?」



-竜の湯 厨房-


「集合! 作業の手を止めて集まれ、ゴミども」

「……なんで口悪いんすか」

「さすがにそれはいつものことのような」

 日頃のあれこれで訓練された教徒達が、悪魔的おもてなしの準備の手を止めて集まってくる。

「見てくださいこれ力作ですよ。お刺身に食品サンプルが混ざってるんです」

「噛んじゃったら嫌だわー……」

「加えてこれ! このお茶は世界一苦いって話題のやつなんですよ。味見します? グレンテル様」

「……普通にしろ」

「「はい?」」

「一旦、普通にしろと言っている!」

 八つ当たり全開のドラ美をさーっと迂回して、事情を知る信徒が仲間達に経緯をささやく。

 その間、ドラ美はずっと腕組みして不機嫌アピールに余念がなかった。

「はぁ、ハル様達が来ちゃったってことですか」

「それだとまずいんですか?」

「脳がないのか貴様らは。ハル様はあの小生意気な猫どもと不戦の約束を交わされたのだぞ?

 私達の企みを知れば、くだらないことはやめろと仰るに決まっている」

「それだけ冷静になれたなら、もうやめたらいいんじゃないですかね……」

「やめるかバカめ! 計画変更だ。ハル様が……いいや、全員だな全員。

 客同士が旅館内で鉢合わないように立ち回れ。

 まずはハル様達に不審を抱かせないことを最優先目標とし、亜人どもへの嫌がらせは機を見計らって遂行する」

「もうこれ絶対に成功しないやつですね」

「いつものことじゃないですか」

 ボーーーーーーーーーーーーーッ!!

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!?」

「急げよ。とりあえず誰かしら宮本の部屋に饅頭でも持っていって気を引いておけ。

 私は急いでアチアチ露天風呂を冷ましてくる」

「……もう、オチが見えてるのに。頑張り屋さんだなぁグレンテル様は」




-竜の湯 露天風呂-


 北条春希と仲間達がこの温泉旅館に到着したのは、午後の2時頃だ。

 その頃は高くにあった夏の太陽はだいぶ西側に移動し、暑さもだいぶ和らいできた。

「ふー、日のあるうちの風呂はさいこーだねーおねえちゃん」

 珠のお肌に磨きをかけるたまの指使いで、湯船がちゃぽんと鳴る。

「うむ。ハルキ殿ー、そちらは如何でござるかー」

 一方、湯船で身体を大の字にしてフイーと浸っている猫忍・ゆらが、垣根の向こうで同じ湯に浸かっている主に呼びかける。

「いいお湯だよ。景色すごいねー」

「え? 申し訳ありませんハルキ殿。距離があるせいかお声がよく……今すぐ、そちらに窺いますね」

 ギューーーッ!!

「フギャーーーーーーーーーー!?」

「わきまえろ、バカ猫」

 ゆらの尻尾をひねり上げた猫忍・律が、そっぽを向いたまま不機嫌に叱る。

「後で後で。こっちには他のお客さんもいるんだから」

 続いて主からの、かなりの遠慮を含んだ声。

 他の客を気にしているのは明らかだ。

「ぬ……乱暴なやり口はともかく、律の言い分にも理はあったようだ。

 拙者の眩いまでの裸身をハルキ殿以外の衆目に晒すのは、不忠の極みであるからな」

「ねとられってやつだねー……」

 隣のたまは気持ちよすぎて、もう目が開いてない。

「しかし、ハルキ殿お背中をお流ししたい乙女心もまた、こじらせては厄介。

 では間をとってこちらの女湯にハルキ殿をお招きすれば……」

「他の客が入ってきたらどうすんだって言ってるにゃ!」

「二人とも風情がなってないぴょん。こんな時くらい、いらいらするのはやめて……こう」

 声の途中で、うさ耳の猫忍・マヤはとぷんと顎まで湯に浸かってしまう。

「……ぶくぶくぶくぶくぶく」

「吹くな! おめーもマナーがなってないにゃ」

「律お嬢様は真面目ですね」

「うむ」

 沙奈とシノもすっかりくつろいで、声のトーンも露骨に緩んでいる。

「おめーらのんびりしてる場合か! さっき表に見たことない新手のドラゴンが……」

 水面下で太ももをつねられ、律は口の端を歪める。

「……なんでもないにゃ」

『大丈夫ですよ。旦那様には私の式をつけていますから、万一の時はすぐに対応致します』

 沙奈はくつろいだ風を『装い』ながら、そう唇を動かす。

『一緒にいる他の客ってのは?』

『綺麗好きなんでしょうか? 親の仇のようにシャンプーをたくさん使って頭を洗われてますが、それだけです。

 少なくともドラゴンではなさそうですね』

 敵は何かも仕掛けてきていない。

 まだ早い、ということだ。

「姿は見えていないのに一緒の湯に浸かっているというのも、何やら新鮮でござるな? ウフフ!

 春希様はどのようなお姿で湯を楽しんでおられるのか。

 かくなる上は鍛え上げた忍びの技を用いて、影からこっそり……ニンニンッ」

「潜るにゃ! 垣根の下をくぐって向こうに行こうとするにゃ」

 何も仕掛けてこなくとも十分に忙しい。

 休まる間のない律である。




-竜の湯 通路-


 一方その頃、『男湯』『女湯』とのれんがかかった浴場前では――

「グレンテル様ー、我が神・ハル様と鈴夏様はお庭を見に行くって出ていかれました! チャンスですよ」

「連中は?」

「ご入浴中ですね」

「ここからならどうとでもできるな。亜人どもの部屋に仕掛けしてやるか、それとも……」

「じゃーん! 脱衣場から服を持ってきちゃいましたー」

「出来がいいぞ! よし、この辺りにはいたずらな猿が出ると警告しておいた体でいく。

 その服は落としもの扱いでロビーに……」

 ポカッ!

「ってバカ! この小汚いスウエットは宮本の服だろうが」

「教祖・宮本様もお風呂にいるんですか?」

「それを聞きたいのはこちらだ。庭を見に行ったとか言っていただろう」

 ニートは「景色なんぞ興味ない」と言って一人で風呂に入っただけのことである。

 温泉旅行中の行動を逐一管理するなど、土台無理な話だ。

「どうしてくれる。これで一気に話が変わっただろう? 騒ぎを起こしたらハル様に筒抜け……」

 なおも愚鈍な教徒を叱責しようとしたドラ美は、脱衣所からガヤガヤと届く明るい声に舌打ちする。

「意外と早く出てきたな。ここはもうダメだ、撤収するぞ」

「ええ、この服どうするんですか」

「知らん! 戻してくるかその辺に捨てるか好きに……」

「ん? こんなとこでたむろって何してんの」

 ぎくぎくぎくっ!

 見えない指で背中のツボでも押されたかのように、ドラ美がぴんと垂直に背筋を伸ばす。

 この声と気配の主を間違えるはずがない。

「あんたらもお風呂?」

「……一緒に入る」

 浴衣姿の『海』と『水』の王が仲良く肩を並べて現れる。

 ボス戦ということだ。

「ありがたきお誘い! ……なのですが、い、いえ、今はおもてなしの趣向をアレでして……

 よろしければ露天ではなく一階の大浴場をご利用ください」

「露天風呂が名物なんじゃないの?」

「そうなのですがそこはあえての後回しと申しますか? 一階の浴場も捨てたものでは……

 そう! 一階にはフルーツ牛乳がございますので」

「フルーツ牛乳……」

「さんごそれ飲んでみたいの? んじゃ、そっちでもいいか」

「ご案内致します! おい、後は任せたぞ」


「任せたぞって言われても……」

 頭巾の一人が仲間達全員の一致した気持ちを言葉にする。

「やー、いい湯であったな。さてさて? 次は晩ごはんが楽しみだ」

 1分も経たないうちに、『女』と書かれたのれんを払うようにして、浴衣姿の猫忍達がホッカホカのえびす顔で現れる。

「マズい! 同志達、ひとまず男湯へ」

 間一髪、女湯から忍び達が出てくるのとほぼ入れ違いのタイミングで、教徒達が男湯の脱衣所に避難する。

「やれやれ、まったくグレンテル様の見切り発車にも困ったもので……」

「今に始まったことではないですよ」

 不遇を慰めあう教徒達。

「うん、ドラ美がバカなのはわかったけど……」

「また、バカだなんてそんなはっきり」

 がしっ!

「じゃなくて。お前らは俺のスウェット持ち出してなんか細工でもするように指示されたわけか?」

 畳んだスウェットを持ったまま……。

 どこか諦めたような態度で、教徒達が背後を振り返る。

「……あ、教祖・宮本様。ういーす」


 ドカパキドカバコッ!!

「「ギャーーーーーーーーーーー!!」」

 男風呂の脱衣所から届いた物騒な物音に、ロビーを立ち去ろうとしていた忍び達が足を止める。

「む? ハルキ殿がまだご入浴中だというのに……ケンカか」

「湯船までは届いていないでしょうし、あんなケンカすぐ収まりますよ。

 それよりお嬢様、湯上がりに牛乳でも如何ですか」

「雅ですわ!」





-竜の湯 厨房-


「ゴミクズども! あと30分ほどでイリス様と我が王が湯から上がられる。すかさずお夕食の支度だ」

「次から次へポンポンやめてくださいよ。こっちは教祖・宮本様にしこたまケツを蹴っ飛ばされたんですから……」

「宮本ごときに調子づかせるな」

「誰のせいですか」

 ポカッ!

「いいから急げ。ハル様もそろそろお散歩から戻られるだろう。

 ……それとは別に『客』のもてなしも忘れるなよ」

「ここまできたら我々も手ぶらじゃ帰れませんからね! 嫌がらせのモードに切り替わってます」

「見てくださいよこれ! 旅行先のごはんがまずいって、それだけで意気消沈ものですよ」

 まさに悪魔の所業。

 仕込みを済ませた北条ご一行用の御膳をおおいに誇って、教徒達がてへぺろして見せる(頭巾で見えないが)。

「はるき殿さん達のお夕食は、大広間にお呼びすればいいですよね?」

「よし、その通り進めろ。イリス様方には部屋で召し上がっていただく」

「では、お声がけしておきますー」




-竜の湯 通路-


 頭巾を外して、身なりを整えて。

 普通の人間に擬態した教徒001号(策謀家)、007号(ロマンチスト)、013号(ノリが軽い)の三人は、いつもの調子でガヤガヤやりながら人数分の夕食を大広間に運ぶ。

「まったく、せっかくの温泉だっていうのにツイてないですなー」

 徒労になるとわかっていてもへこたれない。

 それくらいでなければ、あれにはとても仕えられない。

「どうせ遠からずグレンテル様の野望は潰えるでしょうし? 身体が空いたら湯船にぶかりとこうお盆を浮かべて月見酒とか……」

「ひゃー、最高……ん?」

「くんくん? くんくんくんくんくん……」

 意味深な鼻息は教徒達の背後から。

 百戦錬磨と言っていいほど、この短い期間でドラゴン達と関わりを持ってき教徒達(現、給仕係)だ。

 慣れている。

 目配せを交わして、せーので一斉に振り返る。

「それ、私達のごはんですか?」

 案の定だ。

「こら、ハル! 意地汚いってば」

 竜姫・ハルと友人のコギャルドラゴン(以下、鈴夏)を前に教徒達は内心で胸を撫で下ろす。

 エンカウント対象としては当たりの部類だ。

 少なくとも理不尽な暴力をふるってきたりはしない。

「ハル様、お風呂上がりですか? ウフフ、上気したほっぺがお可愛らしーい。

 お料理はすぐお部屋にお持ちしますから、しばらく……」

「えっ?」

 もう、すでにハルの手は教徒達が持っている膳に伸びていた。

 マグロの刺し身にまっしぐらだ。

「立ち食いとか。もうー……あんたそれでもドラゴンのお姫様なの?」

「こういうつまみ食いが一番おいしいんれふよ」

 すでにハルの声には、バリッ、ボリッとロウを砕く音が混ざっている。

 食品サンプルが咀嚼される音に他ならない。

「食いしんぼなんだから。で? どうよ味は?」

「ボリボリいいますね。プラスチックとかそういうのの延長上にある味がします」

「そんなわけあるか」

 声も発せずに愛想笑いを浮かべる教徒達の背中が、冷や汗でぐっちょぐちょになっているのは言うまでもない。

「これあんまりおいしくないですよ」

「刺し身がおいしくないわけないでしょ? あんた、いつからそんなグルメになったのよ」

 刺し身ではない。

 食べ物ですらない。

(さすがにこれ、バレたらさすがに言い訳とかさせてくれないやつだろうな……)

「もぐもぐ? もぐもぐ」

 この場で教徒達にできることは、ただひとつ。

 間抜けな薄ら笑いを浮かべたまま、ただそこに突っ立って、竜姫・ハルの旺盛な食欲と向き合い続けることだけだった。




-竜の湯 厨房-


 そして、5分後――

「食われた!? 全部!? 罠用の毒だのタバスコだの色々入ってるやつをか」

「なんか違うな、って顔はしてましたけど。食べるのをやめてくれなかったんですよ……」

「されるがままか!」

「ご自分だったらどうしてたっていうんですかね」

「…………ご機嫌を損ねなかったのなら、まあいいか」

 さすがのドラ美も痛いところを突かれればごまかしもする。

 ハルの機嫌は十分に損ねたし、ハルは客室で「旅先のごはんに期待しすぎちゃいけないというのは本当でした」と渋面で語っているのだが。

「ハル様には後で『食材が悪くなっていた』とか適当に言い訳しておけ。それよりダメになった料理……」

 プルルルルルルッ!!

 教主と教徒の会話を遮るように、内線が鳴る。

「あのー、大広間から『料理はまだか』って連絡が来てるんですけどー」

「……もう、どうでもよくなってきた」

「いや、よかないですから」




-竜の湯客室 大広間-


 知るのは企みの中心に立つ、ドラ美と教徒達ばかり。

「まあ、ごちそうですね」

 本来はハル達の部屋に運ばれるはずだった、山の幸をふんだんに盛り込んだ会席料理に歓声が上がる。

「こんな豪勢な料理まで出してもらって、なんだか悪いみたいだね」

 少年のつぶやきには誰も返事をしない。

 忍び達は大概厚かましいのである。

「おねえちゃん、これなんのお肉かな?」

「こんなものは食べればわかる! もぐ……っ、うむ! 猪肉だ。

 拙者にとっては懐かしい故郷の味であるな」

「ししにく?」

「猪の肉ですわ」

 不思議そうなうさ耳の猫忍・マヤに、陽葵が微笑みかける。

 なんならお膝に乗せようとする。

「やーめーろー!」

「旅の恥はなんとやらって言うでしょう? 少しくらいハメを外してもいいじゃない。

 うふふ、あーんして差し上げましょうか」

「肉なんか食わせてウチを殺す気なの!? はるき、このバカ女を張り倒すぴょん」

 亜人大好きっこの陽葵と、うさぎ扱いを嫌うマヤ。

 いつものやり取りである。

「もぐもぐもふ? 毒味は済みました! ハルキ殿もどうぞ、お召し上がりください」

「……だそうですにゃ」

 ゆらが言い出すまで箸にも手を伸ばさずに控えていた律が、口添えする。

 当然、文字通りゆらに毒味をさせたのだ。

「ありがとう。いただくけど、律もそんなきっちり正座してなくていいって」

「お構いなく! あたしはちょっと気になることが……」

「コホン! これだけお料理がおいしいと……ほんのちょっとだけ、お酒……的な? ねぇ?

 唇を濡らすくらいならいいかしら」

「ハルキ殿を悪の道に誘うな、この淫売! 酒の力を借りて何を企む」

「た、たたたた、企むだなんて! 口実を与えて差し上げるだけですわ。

 春希さんは少し消極的な方ですし、わ、わたくしはあなたほどはっきり物事を口にできる人間ではありません。

 たまの旅行で勇気を出すなら……痛い!」

「本性を出したな、泥棒猫め! ひん剥いて庭に出してくれる」

「ゆらお嬢様! 姫様のいたいけな勇気を踏みにじると仰るのなら引き下がってはいられません」

「やる気か虎女……む、待てたま! 一人ですき焼きをガンガンいきすぎだ」

「早いもの勝ちだもーん」

 輪から外れた犬耳の猫忍・シノが黙々と箸を口に運ぶ。

 そこまで含めて、旅先であろうとなんの関係もない北条家の普段の食卓である。




-竜の湯 厨房-


 プルルルルルッ! プルルルルルルッ!!

「すいません、教祖・宮本様から『メシはまだか』ってクレームがきてます」

「うるさい黙らせろ!」

「イリス様達がイライラし始めて手に負えないってことですが、グレンテル様がそう言ってるって返していいですか?」

「猫どものことは一旦どうでもいい。急いでご馳走を支度しろ!」




-竜の湯 通路-


 温泉旅館のおいしいごはんを胃が破裂するほどに味わって、何度目かの温泉を楽しんでしまえば、人里離れた山奥の温泉旅館でできることはそう多くない。

 夜の散歩を楽しむか、部屋でのんびりとテレビでも見るか。

「フギャーーー!? ええい、どこから……こら、たま! 影に入るな影に」

 ズダダダダダ!

「おやめなさい!? それだけの数の枕をどこから……ぐはー!」

(あるいは、ガチの枕投げとか……)

 春希少年が素早く逃げ出してきた客室からは、どすん、ばたんと、仲間の猫達がお行儀悪く騒いでいる音が廊下にまで聞こえていた。

 本来は主として注意すべき立場なのだが、それも相手が冷静な時しか通じない。

「ちょ、危な……襖が!? 弁償になったらどうするおつもり! 皆さん……もがっ!? やったわね!」

「当たんないよー」

「キーーー!!」

 彼は一般人。あの類の危険な大はしゃぎに巻き込まれたら身が危うい。

「二人で一部屋ずつって話だったのに、みんな集まっちゃうんだもんなぁ……」

 彼と仲間達が行く先はどこもぎゅうぎゅうで、賑やかで、笑顔が絶えない。

「さて、差し入れの飲み物でも買ってくるか」

 この少年、主張は乏しいし押しにも弱い一方、こうした細やかな気配りができるタイプである。

「出てきましたよ。上手い具合にはるき殿さんお一人です」

「乗るっきゃない、この波に」

 ぞわっと背筋に何かを感じて、春希が足を止める。

「お客様! 当旅館をお楽しみいただいているようで、ありがとうございます。

 この身の誉れ! なんちゃってね」

「……はあ、あ、すいませんうるさくしちゃって」

「あー、平気です平気です。我々そういうの慣れてますから」

「旅館って子供さんとか多そうですもんね」

「……まあ、子供といえば子供です」

「シーッ」

「それよりこちら! ちょうどお部屋にお届けしようと思っていたんですよ」

 あっという間に春希少年を取り囲んだハッピを着た従業員(以降、竜珠教信徒)の男達は、有無を言わせずその手に何かを握らせる。

「チケットですか?」

「マッサージの無料チケットです! 本旅館は腕っこきのマッサージ師を雇ってまして。

 本来だったら1時間で……おっと、値段は野暮ですね」

「天にも昇る極上のサービスですよ! 是非是非、ご利用ください」

「待ってますから! きっと来てくださいね、絶対ですよ」

「「では、我々はこれで!」」

 綺麗に声を揃えて、信徒達はその場から退散する。

「マッサージって言われてもなぁ……」

 いつぞやの温泉旅行の招待券同様、手作り感あふれるマッサージのチケットを手に、少年が頭を掻く。

「せっかくのサービスなんだし、無駄にしちゃうのも悪い……のかな。

 でも、マッサージ。マッサージかー……」

 割とどうでもいいことでもじもじ考えてしまう。

 一騎当千の猫忍達が主と慕う春希少年は、基本的にこういうタイプだ。

「うーん……」




-マッサージ施術室-


 10分後――

 明らかな間に合わせ感のある『マッサージ室』と札がかかった六畳程度の一室(おそらく物置)には、一人の少年の姿があった。

「はい、こちらが施術室になります。脱ぐものを脱いだらあちらのベッドに寝てくださいね」

「パンツは?」

「そんなにはっきり言わないでくださいよぅ。もしかしてそういうサービス期待しちゃってますか?

 パンツはどうぞ履いたま・ま・で」

「するかそんなもん。バカか死ね」

「おー怖。リラックスしてくださらないと効果が出ませんよ? はい、アロマ焚きますね」

「電気消しまーす」

「どうぞこちらに……オッ? 意外とイイ身体してますね」

「触んな」

 半裸になった春希少年をちやほやとベッドに誘った教徒達が、手際よく全ての手はずを整える。

「では、すぐに先生がいらっしゃいますので。そのままリラックスしてお待ちくださいねっ☆ と」

「……あのノリうっざー」


「グレンテル様! はるき殿さんをご案内しました」

「クック、待ちわびたぞ」

 割と律儀にケーシー白衣に着替えたドラ美が、ニヤリと凄惨に笑う。

 これぞまさに、竜珠教の首脳陣が知恵を絞って練り上げたおもてなしのメインディッシュ。

 悪魔的策謀……!

「主様、主様と小うるさいあの連中が、ズタボロになった主の姿に何を思うか……想像しただけで笑いが止まらぬ」

「いいですけどご自分の腕力を考えてくださいね? 洒落で済む範囲でお願いしますよ」

「あいつらが私にしたことが洒落で済むとは思わんがな。ふん、何も命までは取らん。

 私が欲するのは名誉の回復とあの連中の吠え面だ。

 もっとも、飼い主としての責任くらいは果たしてもらうが」

「そもそも自分が吹っかけてたような……」

 正しくは先にゆらたまが吹っかけたので、現状はおあいこである。

「さて、いい声で鳴かせてくるか」

「悪ノリしないでくださいよ? グレンテル様そういうとこあるんですから。

 はい、胸に手を当てて。唱えましょう。

 私はゴリラに等しき存在。パワーオブゴリラ。優しさを生き甲斐に人々と接することを誓……」

 ボーーーーーーーーーーーーーッ!!

「忠告しただけなのにーーーーーーーーーー!」

「撮っておけよ。行ってくる」

「ぽろりとか気をつけてくださいねー」


(まったく、クソバカどもが。組織の引き締めについても考えなければならぬな……)

 コホンと喉を整えてドラ美は切り替える。

 待ちわびた復讐の時だ。

「待たせたな……ではなく、お待たせ致しました? それではマッサージの方、始めていきますねー」

「……はあ」

 診療台の上でうつ伏せになっていた標的が、何やら不審げに頭をもたげようとするのに先じて、ドラ美はその後頭部をガッと掴む。

「余計なことをしないでくださいねー? うっかり手が滑ると……一生モノの……」

「あ、どんなもんか様子を見に来ただけだから。もう帰るわ」

 ガッ!

「いたたたたたたたたたたたたたた!?」

「はらら? ここが痛むということは……フーム、あなた筋金入りのバカですね。不憫なことで」

「どんなツボだよ!」

(なんだこの不遜な口のきき方は。どこぞの宮本じゃあるまいし……)

 頭にきたので、ポカッと後頭部を叩く。

「今、殴らなかった?」

「施術ですよー? 映りが悪いテレビの処置と似た感じのやつですねー」

「やっぱりお前、ドラ……」

「喋ると舌を噛みますよー?」

「いだだだだだだだ!」

(ん? ドラ?)

 一瞬、ドラ美の脳裏を違和感がかすめたが、絶頂ものの快感の前では全てが些事に過ぎなかった。

 あの小憎たらしい猫どもの!

 忠義の象徴!

 何に代えても守るべき本丸が、ドラ美に無防備な背中を晒している!

「お前こら、バカ! 痛っ!? やめめめめめめェ!」

「フハハハッ! ここは? なんだ、ここも痛いんですかァー? みんなバカに効くツボだな。

 どうしてこんなになるまで放っておいたんだ、ン?」

「メキメキいってる!? メキメキいってるぅ!」

「施術だと言っているだろう? 素人が浅知恵でごちゃごちゃ言うな!」

 ズンッ!

「カンチョーやめろ、バカ!」

 いかに喚こうが所詮は人間、雑魚中の雑魚。

 至高の存在であるドラ美の前では、虚勢を張って吠える子犬も同然。

「ひぎっ」

 いじらしい抵抗をむしろ楽しむようにして、ドラ美は雑魚の右足を左膝裏に引っ掛け、カメラ班に見栄を切ってから、自らの両足を絡めるようにして極める。

 リバース・インディアンデスロックの体勢である。

「フハハハ! フハハハハッ! ハーーッハッハッハーーーー!!」

「グアーーーーーーー!!」

 殺さない程度の意地悪として最近習得したプロレス技の効果はてきめんだ。

 ぐっぐっと揺すってゴミの膝に負荷をかけるわ、後ろ受け身で思いっきり体重を乗せにいくわ。

 やりたい放題である。

「ドラ美、てめえいい加減に……ぐおー!」

 ああ、ドラゴンの卓越した学習能力!

 往年のプロレスラーを彷彿とさせるスムーズな体重移動で、ドラ美は悶絶して反り返った哀れな少年の頭を腕でフックする。

 絶技・ステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェイスロック!

 略してSTF!

「フハハハッ! ハハハハーハーーーーッ!!」

 一方的な蹂躙。

 蜜のように甘い大好物の時間がそこにはあった。

「グレンテル様、すげぇ楽しそう……」

「うん、いや、それはいいんだけど……いや、いいのかわかんないんですけどね?」


「てめぇ、絶対殺してやるからな……」

「オッ? なおもそれだけの口をきけるとは人間してはなかなか肝が坐っているようだな。

 宮本といい勝負だぞ」

「俺といい勝負って、お前、誰と比べ……」

「だが、残念だったな! 私はそういう身の程知らずの雑魚をわからせるのを趣味としている」

 息を絶え絶えの哀れな贄を放り出したドラ美が、汗の珠が浮いた額をいい笑顔で拭うと、絶妙なブレンドで仕込んでおいた泥パック入りのバケツを取ってくる。

 ドバドバドバッ!

「臭っ! なんか臭……ドブの匂いがする! 何これやだ、しないでーーーー!」

「ワッハハ! しないでってなんだ、バカか」

「てめぇ!」

「そらそら、お前にお似合いの特別パックだ! 隅々まで塗りたくってやる」

「……あ、本当だ。あれって……」

「止めた方が……」

 ざわざわしているカメラ班の様子など、もはやドラ美の視界には入っていない。

「私が受けた恥辱は、まだまだこんなものではない! そらそら恥ずかしい格好をさせてやるぞ。

 みんな撮られてるぞ? ん? ンーーーーーっ?」

「やめろぉーーーーーーーーーーーー!!」

「フハハハ! 無様だな宮本。だっこしてやったこの格好のまま、なんならおしっこでもして見せ……」

 ようやくだ。

 ぴたりと動きを止めたドラゴンが、後ろから羽交い締めにされたおしっこポーズでさめざめと泣いてる男の横顔を覗き込む。

「んんんんんーーーーーーッ?」




-竜の湯 通路-


「これぞ忍法・朧化粧の術。春希様の大事なお身体はあたしが守るにゃ」

「律?」

「なんでもないですにゃ」

 主と一緒に廊下でマッサージの順番待ちをしていた猫忍・律が、しれっと言い放つ。

 無論、全ては磨き上げた忍びの技。

 アホ面で歩いていた男を「あそこで無料マッサージをやっているらしい」とそそのかして、立ち去り際に『その男が主に見えるように』術を施し……。

 一方では主を呼び止めることで、悪辣な罠が待つ魔境にスウェット姿のバカを押し込むことに成功したのだ。

(あの男はドラゴンどもの連れだしにゃ。連帯責任ってやつにゃ……)

 あまり理由になっていないが、この忍び、敬愛する主に関係ないことに対してはドライなところがある。

「……いや、なんでもなくはないでしょ? 中、大騒ぎになってたし」

「ですにゃ。長くかかりそうなので部屋に戻りますにゃ?」

「警察とか呼ばなくていいのかな……」

 そうは言いながらも彼の中で、気になるよりも『関わりあいになりたくない』が上回ったのだろう。

 急に口をつぐんで、春希はそそくさとソファを立つ。

「そういえば、ジュース買いに来たんだっけ」

「運ぶの手伝いま――――!!」

 刹那、ぞわりと律の首筋を撫でた不可視の重圧に、忍びの本能が反応していた。

 カンカンカンカンッ!

「律っ!? ぐ……!」

 抜き打ちにクナイを放ち、すかさず春希の……主の身体を肩に担いだ律が飛び退って距離を取る。

 身構え、向き直る。

「なんか飛んできた」

 そこにいたのは、避ける必要もなく『障壁』に弾かれたクナイを気にもしていない浴衣姿のドラゴン。

 全ての海竜達を従える『海』の王・イリス。

「あれ? あの担がれてる人ってこないだの……」

「すずかのお知り合いですか?」

 続いて、ぞろぞろと気配が増える。

 爆発的で暴力的な気配が。

「浮気……」

「じゃなくて! ハルもいたじゃん。はるき殿さんじゃないの」

「私ははるき殿さんに会ったことないんですけど……」

 いつの間にか連れ立って、通路を埋め尽くしていたその少女達の存在感が証明していた。

 その全員が超越者……ドラゴンであることを。

「もしかして一緒だったり……ああ、はるき殿さんは武と面識ないんだっけ?

 あたしら、えーと……今は浴衣姿かな?

 生気の抜け落ちたぼーっとした顔の、妙に体格のいい若い男……」

 説明を聞き終えるまでもなく、察した春希がマッサージ室に視線を向ける。

 律の胸は早鐘のように鳴っていた。

 ついに出会ってしまった。

 混乱する頭の中を懸命に鎮めようとしながら、律は態度にそれを出さないように努める。

「そいつの行方だったらお仲間に聞くにゃ……」

 くい、とマッサージ室を顎でしゃくる。

「マッサージ室ってここ? おーい、武ー……」

「……何やってるの、どらみ」

「こ、これはその、どう申し上げれば……か、勘違い? など、するはずないのですが……」

「何?」

「たけるがどらみにいじめられてる」

「意味が全然わかんない」

 理解したら、このドラゴン達は『元凶』の律に襲いかかってくるだろうか?

 律だけならまだしも……。

(こうなっちまったら、もう……)

「春希様はお逃げください!」

「どこに? なんで」

 律はここを死地とする覚悟を決め、短刀を抜き放つ一方で指先を浅く唇に咥える。

 ピュイーーーーーーーーーーッ!!




-竜の湯 客室-


「はっ!? 緊急事態だぴょん。おやぶんが呼んでる……行かなきゃ」

「なーにを貴様は白々しい。潔く負けを認めろ」

「じゃないの!」

 枕投げからどういう経緯でこうなるのか、ゆらに足四の字固めを極められながら、マヤがジタバタともがく。

「先に行く」

 そんなマヤを無視して、刀を携えたシノが客室を飛び出していく。

「姫様、私も参ります」

「何が? わたくし事情が飲み込めていないのだけど……」

「ここでお待ちください」

「嫌よ。ちょうど涼みに行きたかったの」

「そういう事態ではありません!?」

「どういう事態?」

 続いて、沙奈と陽葵も客室から出ていってしまう。

「おねえちゃん、みんな行っちゃったよ」

「ふむ? 何がなんだかわからぬが様子を見に行ってみるか

「のんびるしてる場合じゃないぴょん!」




-竜の湯 通路-


 律が指笛で仲間に窮状を報せてから、1分も経ってはいないだろう。

 幅、2メートルそこそこの廊下は、ガヤガヤ以外に表現のしようがない混雑に陥っていた。

「うにゃーーーー!!」

 輪の中心には、一瞬で竜姫・ハルに取り押さえられてジタバタ暴れる律の姿。

 傍らには「まあ、乱暴はされないみたいだから」という顔で、春希少年が所在なさげに控えていた。

「ハルキ殿? これは一体……」

「ドラゴンさん達が……」

「なんかいっぱい集まってきた……」

 一方のドラゴン陣営も困惑していないわけではない。

「あ、ギャルのおねえちゃんだ」

「たまちゃん! 久しぶりー」

 顔見知りもいれば、そうではない者もいる。

「ぬ!? 貴様、あの時の……あー、ぐれんてる? 生きておったのか」

「ぬけぬけと……!」

 因縁を持つ相手もいる。

「妹よ。あやつ、あの後どう処理したのだったか?」

「わかんない。忘れてたかも」

「忘れ……」

 この時のドラ美の心情は察するに余りある。

 合掌。

「そうですよ。みなさんがドラ美さんのこと放置して帰っちゃったから私がわざわざ探しに行ったんですよ」

「放置って?」

 プライドが邪魔をして、一度はさんごに隠した話だ。

「それが、そのー……」

「は? 何? ちゃっちゃと説明しろっての」

 イリスに首根っこを掴まれたまま、ドラ美は目を泳がせる。

 無力なバカに関節技を極めて高笑いを上げていた頃の絶頂感を100とするなら、現状のテンションは5くらいだろう。

「あたしはいい! お前ら、春希様を守って逃げるにゃ」

「……お主、どうした?」

「察しろ、ドラゴンどもが仕掛けてきたのにゃ! さっきも策を弄して……あれ、春希様に危害を加えようとしてやがったんだろ」

「ぎくっ」

 ドラ美はつい言ってしまう。

「この温泉にあたしらを呼び寄せたのもお前らの策だったのはお見通しだったにゃ!

 なんだ、いよいよ本腰入れてあたしらを取って食おうってのか?

 ただではやられないにゃ! お前ら、ここは任せて早く春希様を……」

「おい待て、クソ猫喋るな。ややこしくなる」

「黙れ。てめぇだけは殺してやるにゃ!」

「ハー? 生意気に、あんなもんで一度でも勝ったつもりでいるのか笑わせる。こっちがその気になれば貴様らなど……」

「勝ったつもり?」

「あ、いえ、ではなく……えーと」

「なんとなくですが、おぼろげに見えてきたものがあるような……」

「なんのことでしょー」

「……続きはそこでコソコソ覗いてる、こいつの部下達に聞けばよさそうかな」

 イリスに指さされて、マッサージ室から覗いていた教徒達が石化でもしたかのように硬直する。

「えー、話せが長いような短いような……」

「とりあえず、ここ狭いんで大広間にでも移動します?」

猫忍えくすはーと×竜姫ぐーたらいふ クロスオーバーSS<シーズン2>第三話

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