村に戻ってみると、戦士団の皆は教会に運び込まれ、それぞれ手当を受けていた。
が、五体満足なものなどほとんどいない。怪我の程度はそれほどではないのだが、ゴブリンの凌辱の傷跡は深い。
呆然として宙を見つめ続けているもの、顔を覆って肩を震わせているもの、気丈に振る舞って笑い声を上げているものの、その声がどこか上ずっているもの――。
様子は様々だが、その記憶が彼女らのこれからの人生に影を落とすであろうことは容易に想像できる。
(むごいものね……己の欲望のままに振る舞うことしかできない、あの邪鬼たちときたら)
散々焼き尽くしてやったと言うのに、ヒルデの怒りは収まらなかった。
(もう、私にできることはなにもない――)
ヒルデはそっと教会を後にした。助けてくれたヒルデに礼を言うものは誰もいなかった。
それも仕方のないことだ。今の彼女らはそんなことにさえ考えが及ばないのだ。
俯いて村を後にしようとしたヒルデの前に、ふらふらと光点が舞い降りてきた。
「次の指令を知らせに来たのね。ご苦労さま」
それは使い魔、ウィスプだった。
精霊の一種で、個の識別はあるがほぼ大気中の魔力が形を取ったものといっていい。
魔術の心得があるものなら比較的容易に使役でき、偵察や言伝、念話の媒介などいろいろなことに用いられる。
そのウィスプがヒルデの耳元で囁いた。
「……南のローズベルに?」
内容としては、王都から南に下ったところにある町、ローズベルの町長が助けを求めているらしい。
「ふう、休む間もないわね」
そうしてヒルデは村を発ち、ローズベルへ向かって歩き出した。
ローズベルは王国の南に位置する町である。
南部からの街道上にあり、宿場町として古くから栄えている。
町の敷地に入ると、犬の散歩をしている少年が気さくに話しかけてきた。
「おねーさん、王都から来た人?」
「そうよ、町長さんの家はどこかしら?」
「あっち!」
元気よく少年が指さした小高い丘の上に、造りの良い家が建っている。
「あっ!」
ヒルデが小さく悲鳴を上げる。犬が前足を上げて、ヒルデの腰に抱きついてきたのだ。
その膂力は強く、ヒルデは軽くよろめいてしまう。
そして犬の側頭から、切られた角が僅かに覗いているのに気がついた。
(この子、ホーンドドックね)
それはは野生の魔物であるホーンドウルフを家畜した種で、番犬代わりに広く飼われている。
警戒心が強い性格のはずだが、見ず知らずのヒルデにもやけに懐っこい。
(ふふ、かわいい。竜の気を宿す私になんて、勘の鋭い動物は寄ってさえ来ないのに……)
「ありがとう、坊や。私はヒルデ。あなたの名前は?」
「ぼくはテオ! この子はバッキー! きれいなお姉さんに近づくとすぐこれなんだ……もう! バッキー!」
「まあ、お上手ね」
「へへ、じゃーね、お姉さん!」
バッキーをリードを引っ張ってようやく引き剥がし、テオは元気よく走り去っていった。
その後姿を小さく手を振って見送ると、ヒルデは町長の家へと赴いた。
場所は変わり、アインバルトの王都、ヴァンブルク。
その白い王城の中庭で、女性のみで構成された近衛騎士団、華竜騎士団が訓練を行っていた。
天騎士がアインバルトの守護についてから結成された騎士団で、貴族の令嬢から庶民の娘まで広く門戸を開いている。
国を護る天騎士が女性ということもあってか、アインバルトの女性たちには護国の自負があり、常に定員いっぱいの賑わいを見せている。
「そこ、振りが甘いぞ!」
彼女らに稽古をつけているのは天騎士の一人、シズカだ。強大な氷の魔力を帯びる彼女ではあるが、武芸も名人級である。
その彼女に指導を受けた騎士団の面々も優れた技量を持ち、アインバルト随一の力を持っていた。
「よーし、今日はここまで!」
「はい!」
訓練を終え、水浴びをしようと廊下に出たシズカ。
(ヒルデはうまくやっているだろうか)
遠くにいるだろう同志に思いを馳せる。そしてふと気づいてため息をついた。
(彼女に甘えているな……私は)
シズカは自身の性分が王宮という場所に相性が悪いことを自覚している。
あけすけのない正直さはこと王宮においては敬遠され、直属の上司である将軍にさえ煙たがられている。
そんな自分と彼らを繋いでくれたのはヒルデだった。だからこそ、こうして女騎士たちに稽古をつけることも許されている。
「ん……?」
俯いて歩いていたシズカは、ふと何かに気づいて視線を上げた
(なんだこいつらは……)
廊下の向こうから真っ黒な鎧に身を包んだ一団がこちらへ歩いてくる。
その先頭にいるのはあのミード司教だ。
「おお、これはこれは、シズカ殿……」
「なんの行列だ? 祭りの仮装にはまだ早いと思うが」
「これは手厳しいですな。彼らは教会直属の神殿騎士たちです。私の直属としてこれからは働いていただきます」
「ブノー教会の……?」
「あなたがたの手を煩わすことも減るでしょう。それでは……」
どこうとしないシズカをかわし、神殿騎士たちは横を通り過ぎていった。
「面妖な……」
神殿騎士という響きにそぐわぬ不気味な佇まいに、シズカはそう吐き捨てるように呟いたのだった。
(後編へ続く)