一体どうなってやがる。
俺はソファに腰を下ろしながら、うんともすんとも言わねえ携帯電話を睨みつけていた。
仕事から帰ってシャワーも浴びずに小一時間。何をするでもなくただ苛立っている俺の体は、疲れと焦りでじっとりと汗ばんでいた。コンプレッションウェアの中で、いつまでも引かない熱が籠もりっきりだ。
両手を広げ、大股開きでソファに深く身体を沈める。もうなんの運動もしてねえのに、いつまでたっても汗が引かねえ。伸縮性の高い生地が第二の皮膚みてえに身体に密着し、俺の肉体の輪郭をこれでもかと浮かび上がらせていた。日々の過酷な労働で分厚くなった胸板、鉄骨を担いで隆起した僧帽筋から腕にかけてのライン。浮かび上がっちまう乳首。
――今だったら、男臭ぇ親方の姿をいくらでも晒せる。
「あぁ……くそ」
俺は自分の思考を叩き直すように、ガツンと額を手のひらで叩いた。
あの変態的な撮影会から一週間。
男をキめながらビンッビンのチンポを振り回し、乳首で感じまくりながら、押忍だの洗脳だの連呼して……俺は最高に気持ちいい射精をした。
あれは……完全に洗脳されきっていた。屈服し敗北を晒しちまった。そしてそれを送りつけた。声の主の望むままの格好になった。
あの快感は俺の脳味噌のプライドってもんを、重機で叩き壊すみてえに跡形もなく破壊した。俺はもう、あの男の意のままになる人形だと、体の芯まで理解させられちまった。
……はずだった。
それなのに、あの日を境に、携帯は鉛のように沈黙を保っていやがった。
『次が楽しみだ』とまで言ってきやがったはずなのに、メールは一通も来ない。まるで、台風が過ぎ去った現場のように、グッチャグチャなもんが散らばったまま放置されている。
初めのうちは安堵していた。
あの強烈な快感の後、俺はなんて馬鹿なことをしちまったんだと後悔しながら慌てて服を着込んだ。
そのまま元通りの親方として、現場に戻り檄を飛ばした。
……だが、二日、三日と経つうちに、俺の心は別のモンに蝕まれ始めた。
体の熱がどこへ行ってもなにをしても冷めねえのだ。
ムラムラした性欲がいつまで経っても消えねえ。じりじりとした苛立ち。そして、身体の芯から湧き上がる得体の知れない渇望。
「……チッ」
あの男に無理やり教え込まれた快感は、消えない烙印みてえに俺の神経に焼き付いていた。
チンポ、乳首、それにまだ使ってねえケツ……。
その全部がふとした拍子に疼いちまう。夜、一人で布団に入れば、あの日の記憶が鮮明に蘇る。朝になっても冷めることなく、みっともなく身体が熱を持つ。身体があの屈辱的な快楽を、また求めてやがる。
残っちまってるのだ、洗脳が……俺の中に。
「俺……から……アイツに……」
これは俺じゃどうやっても解消できねえ。
あいつじゃねえと。
洗脳じゃねえと。
あの脳が痺れてなにもかもどうでもよくなる気持ちよさはえられねえ。
俺は連絡帳のボタンを押しかけて……そしてやめた。
「ば、馬鹿野郎……そんなもん……この俺が……」
だが、最後に残されたプライドが俺を押し留めていた。
鳶の親方として、父親としての、ギリギリ残った矜持だ。いや、もしかたら恐怖かもしれねえ。俺から求めちまったが最後、もう手遅れな未来が待っている。そいつがわかる。駄目だ。……それだけは駄目だ。
そんな残骸のような邪魔くさい誇りが俺を苦しめていた。
「なぁー親父ぃ」
不意に声をかけられ、俺はびくりと肩を震わせた。見れば風呂上がりで、いかにも野球部ってジャージを着た息子がタオルで坊主頭をガシガシと拭きながら立っていた。
「明日の試合だけどさ、ほんと別に無理してこないでもいいからな。だってもう高校野球だぜ? 送り迎えだって必要ねえし」
「……ば、馬鹿をいえ」
俺は頭の中の粘ついた妄想を引っ込めて、なんとかいつもの親父らしい口調で返した。
「記念すべき最初の夏じゃねえか、夕方前には終わる現場だ、できる限り応援くらい行かせろよ、一年レギュラーなんてなかなか取れるもんじゃねえだろ、なあ」
俺は慌てて新聞を広げ、ぶっきらぼうに語りかけた。
顔と股間を隠して、携帯をケツの下に片付ける。
息子の真っ直ぐな瞳を見ていると、俺の中のドロドロした感情がより強調されてむず痒くなっちまう。恥ずかしい、そうだってのに、今の俺はそいつを嫌だと思えねえのが……問題だ。
だが同時に、ほんの少しだけ浄化されるような気がした。そうだ、俺はこいつの親父なんだ。野球に打ち込む息子を応援する、ごく普通の父親だ。
「わかったよ、正直かなり差があるところだし、いいとこ見せれると思うぜ」
「調子乗ると足元すくわれンぞ」
ニカッと笑う息子の顔は、まだガキのそれだった。俺は、胸の奥から込み上げてくる温かい感情に任せ、ソファから立ち上がった。
随分デカくはなったが、それでもまだ俺のほうが上背はある。俺は息子を少しだけ見下ろしながら、頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
そうだ、これが俺だ。厳しくも息子の背中を押してやる父親の姿だ。俺はまだ、大丈夫だ。そう確信しかけた、その瞬間だった。
ケツポケットの中で携帯が震えた。
心臓が巨大なハンマーで殴られたかのように、大きく跳ね上がった。身体中の血が一気に沸騰する。来た。来たんだ。来ちまった。
脳が、身体が、待ち望んでいた「命令」の合図だと瞬時に認識する。
コンプレッションウェアの中で鳥肌が立ち、胸の突起がカッと硬くなるのがわかった。竿が持ち上がる。分厚いニッカじゃなけりゃあ一発で勃起だとわかっちまってたに違いない。
一瞬だ。
一瞬で俺の主が俺じゃなくなりはじめる。
「……っ!」
最悪のタイミングだった。よりにもよって、こんなときに。
「ハァ……ッ…………ァ……」
俺の喉から妙な声が漏れた。
何を焦ってやがる。
……無視すりゃいいだけの話だろ。
別に今すぐ出なきゃならんなんてルールはない。
一晩寝かせたって構わねえんだ。
現場作業で疲れて寝ていた、その一言で解決だ。
ケツでブルブル言ってるだけのただの機械だ。
俺はあいつの「オモチャ」じゃねえ。
口に唾が溜まる。
目線が泳ぐ。
あの時の気持ちよさが俺のケツでブルブルいってやがる。
「……すまん」
俺はそう言って息子に背を向けた。
「仕事の連絡だ」
俺は勃起を隠し、不格好に自室へ駆けた。扉がデカい音が立つのも気にせず閉める。
待つことなんて不可能だった。
我慢するなんて無理だ。
脳が……脳が勝手に…………アタマの中の種が勝手に動きやがる。
そうして俺は携帯を開いた。
「…………は?」
だが、その画面に表示されていたのは、見慣れないアドレスからのメールだった。
『【緊急速報】今なら限定!高収入アルバイトのご案内』
「…………なん……あ」
俺は気がついた。
振動が違った。
これはアイツからの連絡じゃねえ。
ただの迷惑メールだ。
全身の筋肉から、力が抜けていくのがわかった。ギチギチに張り詰めていたコンプレッションウェアの中から、空気でも抜けてくみたいに筋肉が萎んでいく。
張り詰めていた胸板が……乳首が、竿が……、行き場をなくして汁だけを垂らした。
迷惑メール。ただの、クソみてえな迷惑メールだ。
わざわざ振動方法を個別にイジっておいたのに、それに気が付かねえくらいに俺は……浮かれていた。身体の奥底で燃え上がっていた熱が、興奮が、羞恥に変わっていく。……そんな熱いのに冷たい感覚を味わいながら俺は尻餅をついた。
「どうしちまったんだ、俺は……どうなっちまってるんだよ……」
俺は呟いた。
ヤツからの連絡じゃなかったのに、俺が感じているのは安堵じゃなくて……完全な失望だった。
馬鹿野郎。
息子との会話も打ち切って、俺は何をしてやがるんだ……。
完全に勃起していたチンポを虚しくヒクヒクさせながら俺は天井を仰いだ。
俺はあの男の着信一つに一喜一憂する、惨めな犬に成り下がってしまっていた。
翌日、俺はすべてを振り切るように仕事に精を出した。昨夜の自分の情けねえ姿から目を背けるには、汗を流して身体を酷使するしかなかった。鋼鉄の足場が複雑に組み上げられた建設現場で、俺は遮二無二働いた。
「おいコラ! そこの単管、足元に置いとくな! 危ねえだろうが!」
腹の底から声を張り上げ、若い衆に檄を飛ばす。いつも以上に気合を入れた派手な色の鳶シャツ。威圧感すらある三超ニッカ。髭面の顔に渋面を張り付け、全身の筋肉をいじめるように作業を続けた。
何も考えないこと。それが唯一洗脳に対抗する手段だった。
だが、それも束の間だった。昼休憩に汗まみれの顔を洗い、ポケットから携帯を取り出す。新着通知はゼロ。その事実を確認しただけで、腹の底からどす黒い苛立ちが込み上げてくる。俺は一体、何を期待しているんだ。
「親方、お疲れ様です」
若い衆が差し出す缶コーヒーを受け取りながら、無理やり平静を装う。だが、頭の中はぐちゃぐちゃだった。仕事に集中することで押さえつけていた身体の疼きが、休憩に入った途端に息を吹き返す。まるで、俺の身体が「まだか」と催促しているみてえだった。
ようやく現場の片付けが終わり、解放されたのは、試合開始時間をとっくに過ぎた頃だった。
「すまん、先上がらせてもらう!」
俺はそれだけ伝えて飛び乗るように愛車に向かった。
着替える時間もなく、一日の汗と汚れを纏ったまま試合が行われている高校に向かう。
カーナビが示す高校のグラウンドに到着すると、カン、と甲高い金属音が聞こえた。グラウンドでは、白と泥に汚れたユニフォーム姿の高校球児たちが躍動していた。土埃が舞い、若い声援が聞こえてくる。まさに青春って光景だ。
俺は、スコアボードに目をやった。5回裏、3対1。息子のチームが2点リードしている。
「……よし」
俺は目立たないように、観客席の一番端、誰も座っていないプラスチックの長椅子にどっかりと腰を下ろした。
さすがに観客は少なく、俺が腕を組み、股を開いても問題ないくらいにガラガラだ。
息子の姿はすぐにわかった。キャッチャーとして屈強なプロテクターを身につけ、投手に向かってサインを送っている。その堂々とした姿に、俺は柄にもなく目頭が熱くなるのを感じた。そうだ、俺はこいつの親父なんだ。それで十分じゃねえか。
ツーアウト。順調だ。
まだまだ暑いが風は強い、どんな番狂わせがー
ブブッ……ブブッ……
作業着のズボンのポケットで、携帯が震えた。電話の着信。
真っ青な空の下の景色がいっきにモノクロになる。
心臓が、鷲掴みにされたかのように軋んだ。
視野が狭まり、世界が俺と携帯の振動だけになる。
来た。
間違いない。
これは、違う。
俺の手は躊躇いもなく携帯を取り出していた。
現場からの連絡じゃねえ。
ああ…………。
俺にはわかった。脳が、身体が、魂が、この番号の主を覚えている。
あいつだ。
今度こそ、間違いない。
「頑張れー!」「回れ回れー!」
ランナーが塁に出たのだろう。周囲は懸命に声援を送っている。平和で、健全な、日常の光景だ。そんな中で俺は、手の中にあるこの小さな機械にすべてを奪われつつあった。
出るのか? ここで?
一瞬、躊躇いが俺の指を止める。だが、その躊躇いを嘲笑うかのように、身体の奥底から疼きが湧き上がってきた。
チンポが……ニッカの中でギンギンになっちまっている。
出ろ。
いや……出させろ。
鈴口が開き、先走り汁が込み上げてくる。
俺のアタマより強く、早く、俺の体を動かそうとする。
手が勝手に動く。チンポが俺を動かした。
俺の指が、力強くすり潰すように通話ボタンを押した。
『……もしもし? ども、お久しぶりっす、親方』
俺の迷いや苦悩など知ったことではないふうに、明るく楽しげな声が聞こえてきた。
その音声の粒の一つ一つが、俺の鼓膜を……そして頭を揺さぶった。
空気の密度さえ変わっちまったみたいに、うまく呼吸ができねえ。ずっと収まっていなかった体の熱が、どんどん一箇所に集まっていく。
息子の試合の歓声も、風の音も聞こえる。だが、それら全てが薄い膜の向こう側にあるかのようだ。この電話の向こうから聞こえてくる声だけが、異常なほどの解像度で鼓膜に突き刺さってくる。
ファミレスで、俺の脳味噌を甘く溶かした、あの若造の声。少し気だるげで、人を小馬鹿にしたような、ねっとりとした響き。
「……あ…………あぁ」
――押忍。
なんて返事を、第一声で答えたらどうなっちまっていだろう。
俺はなんとかもとの人格……こいつと初めて会ったときの親方の俺を前に出していた。
だがそんな今も、心臓が破裂しそうなほど激しく脈打っていた。体の奥から、新しい俺が……洗脳されちまった親方が出張ってこようとしている。
やめろ、と理性が警鐘を鳴らす。こいつの言葉には毒がある。迂闊に聞けば、またあの時みてえに骨抜きだ。
だが身体は正直だ。もうニッカの先でチンポがじくじく汁を出している。待っていました! と、勝手に喜んじまっている。脳が、チンポが、ヨダレを垂らし始めている。
「……なんっ……だ」
俺は、絞り出すように続けた。声が震えているのを、電話の向こうの男に悟られたくなかった。前方からは土を蹴るスパイクの音、ミットにボールが収まる乾いた音、アウト。チェンジ。
息子のチームが攻めに変わる。
『なにって……、別に親方の声が聞きたくなっただけですよ』
ふざけきった、軽くて甘い声。
何も仕掛けてこねえ。まだ俺を焦らしやがる。俺は、ぐっと奥歯を噛みしめた。そして睨みつけるように、視線をグラウンドへ……もうすぐバットを振るう息子に向ける。
そうだ、目を覚ませ。お前は父親、親方、ここは……青春がまさに繰り広げられてる場所だ。
その誇りを胸に、俺は電話の向こうの男に、はっきりと告げた。
「悪いがッ……、今は忙しい……、今日は……その……てめえに付き合う暇は」
キィン
先頭打者のバッターがフライを打ち上げる。
空高く響くような音がした。
『あ、野球観戦中っすか? 息子さんのかな? いやあ案外良いパパしてるんですね』
電話の向こうの男は、俺の悲壮な決意を鼻で笑うかのように、穏やかな口調を崩さなかった。
『きっと、自慢の息子さんなんですね』
当たり障りのない世間話だ。拍子抜けするほど平凡な会話。
「まあな……」
俺はずっと調子を崩していた。
…………なんなんだ。
もっと、ねちっこく脅してきたり、命令してきたりすると思っていた。
本当にただ声が聞きたかっただけなのか?
俺の考えすぎなのか?
コイツはそんな恐ろしい男じゃないのか?
一瞬体から力が抜ける。
奴は……電話越しだってのに、そんな俺の油断を見計らうかのように笑った。
『自慢っすよねそりゃあ、親方自身の種から作った息子さんですもん』
「なっ……!?」
続けて言われたのは、とんでもない侮辱だった。
そうとも言えるが、そりゃおぞましく歪曲した表現だ。
ふざけんじゃねえ――と俺は返そうとした。だが……
『息子さんが活躍したら、親方の子種が活躍するようなもんっすよね。そんなもん、雄としてそりゃあ気持ちいいに決まってますよね……とっても気持ちいいんだ。洗脳された親方は気持ちいい。頭からじんじん痺れるくらい気持ちいい』
始まった。
ああ……始まりやがった。
今なんて言った?
種っていったか? 気持ちいいっていったか? 洗脳っていったか?
俺を変えた単語が台詞のなかにいくつも紛れ込んでいた。その一つ一つが、じぃんと染み込んできちまうのがわかった。
まずい。
いますぐこの声を止めねえと。否定しねえと。通話を切らねえと。
「お、俺は……! そ…………ンなことは……」
『そうなんですよ、だって親方は洗脳されちまってるんですから』
俺の脳天をハンマーで殴られたような衝撃が襲った。
「種」「気持ちいい」そして「洗脳」。
また蘇ってくる。
俺の中の雄を食い破りながら、俺の中の洗脳親方が……主人格になっちまっていく。また負けちまう。この声に、洗脳に、俺に負けちまう……。
あぁ…………、いっきに記憶のなかに今までのことが蘇ってきやがった。あのファミレスで、撮影会で、たっぷりじっくり脳に擦り付けられちまった言葉が、俺をいっきに書き換えていく。
待て、駄目だ、そうなるな。洗脳親方になるな……なるな……。
俺はなんとか、父親として踏ん張っていた。だが今回はそれもきかねえ。だって、父親として……息子が活躍したら気持ちいいって言われちまったんだ。
つまり俺は、男臭え父親である自分を楽しむってことか?
待て、なんでコイツの決めたルールに従おうとしてるんだ。息子への愛情や、スポーツへの情熱が全部こいつにあたらしく上書きされて――
カキーーーーンッ!
ひときわ高く、澄んだ金属音がグラウンドに響き渡った。打席に立っていた息子が、相手投手の投げた渾身の一球を完璧に捉えたのだ。白いボールは、夕暮れの空に美しい放物線を描き、外野のフェンスを軽々と越えていった。
その瞬間、喜びと同時に激しい快感が俺を襲った。
「――――ッ、あ……ぅ……っ!」
俺は咄嗟に自分のチンポを握りしめていた。
ああ……今なにが、何が起きた。
『親方は気持ちいいんっすよ。男らしい自分が気持ちいい。父親らしい自分が気持ちいい。だから息子の活躍で気持ちいい』
改めて俺の頭に勝手にルールが潜り込んでくる。鼓膜から妙なもんが、頭の中にズブズブ入ってくる。
「あぁ……あぁぁっ…………!」
俺の身体を突き抜けていくのは、父親としての喜びでじゃねえ。息子の描いた打球と誇らしげな姿を見ながら……俺の腹の底から強烈な性的快感が、マグマのように突き上げてきたのだ。
気持ちいい。
息子の活躍、俺が育てたもんが活躍するのが気持ちいい。
チンポ気持ちいい。ケツ疼く。
ああ……操られちまってる。
俺の感情を、俺のこれまでを、俺ってものの根っこを……コイツに……この声に……変えられちまっている……。
「嘘だ……! あ、ああ……すげ……ッ!」
脳が、焼ける。息子の活躍が、男の言葉通り、直接的な快感となって俺の全身を駆け巡っている。コンプレッションウェアが、汗でじっとりと濡れていくのがわかった。股間は、もう破裂しそうなほどに硬く膨れ上がっている。
『ほらね、親方。気持ちいいでしょう?』
電話の向こうで、男が愉悦に満ちた声で囁く。
俺の頭は、もうこいつのものだ。
その事実が、冷たい絶望と、熱された欲望となって俺の……洗脳親方の頭にネチョネチョと擦り付けられる。
堕ちる。
堕ちる。
ますます深く堕ちちまう。
神聖なものが、汚されていく。いや、汚されたんじゃない。初めから、俺の脳はそういう風に「上書き」されちまった。
俺が感じる「喜び」は、すべてこいつの許可のいる、借り物の感情に成り下がっていた。
『気持ちいい、だろ?』
返事がない俺を躾けるかのように、再び問いかける声がした。
喉仏がゴクリと動いた。
口が開いちまった。
駄目だ、応えるな、答えるな。あの言葉は駄目だ、完全に始まっちまう。
「押忍…………ッ」
あぁ……たまんねぇ……洗脳が染み込んじまった。
抵抗なんて、無意味だ。俺はもう、こいつの声一つでどうにでもなる、ただの操り人形なんだ。
『じゃあもっと気持ちよくなりやすく、チンポ出すか、チンポ』
これは提案じゃねえ、命令だ。脳に直接伝わってくる。
ああ……晒しちまう、俺……マズイ……でも止められねえ。
俺はニッカからチンポを剥き出しにした。
既にグッチョグチョになったそこが、風に吹かれて臭いが立つ。
俺がいるのは最後尾の端だ。振り返られねえ限りはバレねえ。
でもこの臭いが風に吹かれて他の人間に届いたら……何もかもバレちまう。全部見られちまう。俺は洗脳されちまってるんですなんて言い訳が通用するわけねえ、完全に変態親方だ。
ああ、俺だけじゃねえ息子の人生ごと終わっちまう。
「だ、出しました……押忍ッ、チンポ出しました……!」
だが俺はしまうこともなく電話の主に向かって服従の押忍をかましちまった。
『偉いですね、俺がそこにいたらいっぱい褒めてあげますよ。まあそこにはいないんで、自分で自分のアタマをよしよししてください……その、デッカイチンポのアタマを』
…………押忍。
屈辱的な言葉だってのに、俺に拒否権はねえ。あるはずがねえ。
俺は亀頭に指を持っていった。すげえ恥ずかしいクチュクチュした音が立つ。ああやべえ。ただでさえ隠してえのに、自分でこんな音出しちまってる。
「うっ……おっ……おぉッ……」
俺の手でありながら、俺の手じゃない。操られて動かされているのだから、途中で止めるなんて許されねえ。
敏感すぎる刺激に足が浮き、ニッカ履いた股がますます開いちまう。恥ずかしい、情けねえ、それがなんでか気持ちいいって感じちまう。
気がつけば攻撃は終わり、6回の裏。
キャッチャーである息子のリードで、一球目から剛速球のストレートが放たれる。
バスン
ミットにあたる音と同時に、俺は仰け反った。
「う……おぉぉ!」
声が出た。チンポが跳ねた。
今はチンポを触ってなかった。ああ脳が、脳が直接気持ちよくなっちまってる……!
勝利が近づく、息子のチームが勝てば勝つほど、俺のガタイに快感が流れちまう!
呼吸が荒くなる。もう、ただ座ってなんていられねえ。
俺は、誰にも気づかれないように、ごく僅かに、しかし確実に腰を揺らし始めていた。椅子に下半身を擦り付けるようにだ。
脳裏に恐怖がよぎる。このまま勝ってしまったら、俺の身体は、俺の脳は、どうなってしまうんだ? この快感の津波に飲み込まれて、本当に壊れちまうんじゃねえか。
頼む、もうやめてくれ。
一瞬そんな感情がよぎる。
だがすぐにそれを否定する。俺の中の「親父」の部分が俺を怒鳴りつける。ふざけるな、息子の勝利を願わないなんて、そんなの親父じゃねえ。
……逃げ場がねえッ。
こんなとんでもねえ快感漬けなのに、俺が雄である限り、父である限り逃げられねえ。
『勝ってほしいですよね』
「あ…………あぁ……ッ押忍ッ」
『勝てば勝つほど、気持ちよくなれますもんね』
「う……あぁ……!」
そうなのか、そうだっけか。俺……そんなのか??
気持ちよくなりてえからここに来て、チンポ出して、応援してるのか?
ああ、でもそうなのか。そうなのかもしれねえ。だって気持ちいい。
でもそんな、そんなもん完璧に変態親父じゃねえか。
『そう、だよな?』
強い口調の問いかけが電話から聞こえてきた。
ああ……やめてくれ、そうやって言われちまうと…………。
「押忍ッ、……じ、自分は、自分は…………き、気持ちよくなりてええから、息子を、応援する変態親父……ッスゥ…………♥」
ああ、答えちまった……!
また確定しちまった。自分でキめさせられちまった。変えられちまった。俺は押忍の服従と共に、こいつの望む変態親方になっちまう。なっちまった。
カキン!
軽快な金属音と共に、息子のチームのバッターが放った打球がセンター前に抜ける。俺の身体を、さっきの比じゃねえ強烈な快感が貫いた。
「んぐ……ッ! あ、あああッ!」
息子のチームに責められてるようなもんだ。
俺は……俺の脳みそが焼かれちまう。
やってくれ。
もっともっとやってくれ。
勝ちまくって、俺を……俺を変態親方にしてくれ。
『ほらもっと応援しないと、親方』
再びもとの口調になった声が俺にそういった。
応援。
応援…………。
次の回に差し掛かったとき、声がそういった。
ちょうど息子の打順だ。
俺はふらつく足で立ち上がった。
口が開く。
チンポが揺れる。
やっちまう。
やっちまのか……
俺はニッカからチンポを突き出したまま、コンプレッションウェアに包まれた二の腕をムキムキにポージングさせた。汗だくの脇、浮かび上がった乳首、盛り上がった筋肉、男を見せつけるガニ股の姿。洗脳されるたびに晒しちまうポーズ。そのまま俺は……腹から声を上げた。
「あ、あと一点ッ、ぶ、ぶんどってこっぉぉおぉおいッッ!」
それは、父親として息子を、そしてチームを鼓舞する、力強い応援の声援だ。だが、その裏に隠された意味を、俺自身は、そして電話の向こうの男は、痛いほど理解していた。
「あ…………ひ♥」
息子が俺を見た。
俺は思いっきりガニ股になっているから、下側にいるあいつからこのガチガチチンポは見れねえはずだ。……いやもしかしたら見えたかもしれねえ。
こんな男臭えポージングで応援してきた親父に呆れてるかもしれねえ。
表情はわからねえ。ただ目と目はガッチリ噛み合っちまった。
「はぁ……やべ、やべえ…………♥♥」
俺は仰け反って椅子に尻餅をついた。
チンポがビリビリ痺れてやがる。気持ちよすぎる。尻もちの表紙にケツが擦れてそこもなんだかたまんねえ。
もしかしたら応援席の誰かが、やたら声のデケえ俺を振り返ったかもしれねえ。わからねえ。わからねえ、もうなにもわからねえ。
気持ちいいこと以外全部わからねえくらい、頭が馬鹿になっちまってる。
「し、しました……応援したっす…………」
『よくできました』
褒められると頭がふわっふわ気持ちよくなっちまう。まだ射精してねえのにチンポが最高に気持ちよくなっちまう。
「押忍…………♥」
俺ははるか歳下の小僧のお褒めの言葉に心からの押忍を返した。
そんなことを喋ってるなんざ知りもしない息子は、メットを目深に被って打席に向かった。
「あ……ああぁ……でも、見られた……みられちまったかもしれねえっす、今……ッ♥」
『さあ、どうでしょうねえ、見られたかもしれないですね』
「ああぁ……押忍ッ♥」
『まあ多分バレてないっすよ、大丈夫大丈夫、バレなきゃいいんですよ』
ああそうだ。
端から見れば、俺は息子を力強く応援する土方親父だ。
命令されて、洗脳されて、押忍の返事をして、チンポしてるなんてバレちゃいねえ。
バレなければいい。
その危険な思考が俺の脳を犯す。
ああ……また俺は堕落しちまってる。いや、コイツに堕落させられちまってる。
「やべえ……やべえ……やべえっす……♥」
息子がバットを振る。
空振り、ストライク。
「お、俺……俺……ぬおぉぉ……♥」
俺は息子の活躍に負けじと筋肉を強調したポージングのまま観戦を続けている。
息子は一球一級に魂を込めている。負けねえ気迫が伝わってきやがる。
そうだ、俺だって負けてられねえ。
俺を見ろ。俺だってこんなに雄臭え親父なんだぜ。
ああ負けられねえ。
負けられねえ。
二球目、ボール。
「負けねえ、ま、負けねえ、負けるな、負けねえッッ♥」
負けねえ。
俺は負けねえ。
だけど、何にだ。
洗脳に?息子に?俺に? 試合に?
わっかんねえ、ただ体が勝手に動いて、チンポが筋肉が……ガッチガチになっちまう。
『ほらほら、応援しないと、負けちゃうよ』
「あがぁぁ…………ッ……押忍、押忍ゥッ……負けるな……! 負けるなァ、男だったら負けるなァ……負けるの気持ちいいけど、負けちまったら、駄目ッ、駄目だッ、駄目……おぉぉお゛♥」
俺は、ビルダーのようなポージングのまま、天を仰いだ。中腰のまま腰を振るとニッカの中の俺のバットも、息子のスイングに合わせてブンブン震えている。
あれ、息子が勝ったらやべえんじゃねえか。
でも応援しねえと。
負けるわけにはいかねえ。
でも負けるの気持ちいい。
「わ、わかんねぇえ……ぇええ゛なんもかんも、おれ、俺わけわかんねぇえッスゥぅぅぅ゛……♥」
電話の主に俺は情けねえ声を聞かせまくる。
もうそれ自体が敗北すぎてたまらねえ。
『いいから、ほら応援だ、応援すればいいんだ』
俺から思考を奪い去る命令。
脳にガンガン響く声。
三球目、ボール。
……四球目…………ストライク。
「負けるなあ゛勝てェ……勝ってくれえ……勝って……勝って、負けて、負けるな、勝って……俺を……気持ちよくしてくれぇ゛♥」
ああ勝ってくれ。
勝ってくれ。かっとばせ。
親父として当然の応援、気持ちよくなりてええ欲望の応援。
ああ負ける、チンポに負ける。負ける。息子の勝利と同時に負ける。
俺のバッドから白いの出せてくれ。
俺の脳みそに洗脳のフルスイング決めてほしいっす……。
「……押忍ッ、父親の洗脳、どうかもっとしてほしいっす、押忍……♥」
俺はヘロヘロな口調で懇願した。
ああもう限界だ、もうかんっぜんに負けまくってる。脳が負けるのクセになっちまってる。
親方として男らしくニッカと鳶シャツごっつい体したこの俺が、洗脳で完全に負けたくなっちまってる。
声の主と息子、同時に二人に洗脳されているような倒錯した快楽が俺を焼きまくる。
『さあ……チンポに負ける準備できたか?』
はい、できてます。かんぜんにできまくってます。俺いつでも負けちまいます。
洗脳に負けちまいます。
俺はヨダレを垂らしながら、声に頷いた。
ピッチャーがボールを放つ。
甘い。
ああ……絶好球だ。
…………バットのスイングが気持ちよく風を斬った。
……キーンッッ……!
「おぉぉおお゛♥ 負け、負けるぅぅう゛゛♥♥♥」
その音と同時に俺は思いっきり射精した。
「うごぉおぉおイグイグゥゥウウ゛ッッ♥♥♥」
勝利を決定づける3ランホームランを見ながら、俺の脳は沸騰していた。
チームの勝利は決定的だ。
つまり俺の負けがキまった。
「き、ぎもじぃぃい゛♥ 息子活躍してるのに、俺洗脳ぅぅぅう♥♥」
俺は仰け反った。
白球の放物線をより目で見つめながら、俺は倒れた。
その視線に、雄臭い白い放物線が放たれるのが見えた。
俺のチンポ汁。
俺の敗北土方汁。
「俺負けェェ……俺だけ負けぇぇええ♥♥ オッスオッス……押忍…… おおぉぉおぉぉおおすぅぅぅうう゛ッッぅ♥♥」
ああまだ出てる、二発も三発も射精しちまう。
気持ちよすぎる。こんなの勝てるはずねえ、完敗だ。洗脳に俺、負けちまった。
『記念すべきホームランだな、親父を堕とした……特大ホームランだ』
ああ……俺は……今日……大事なもんまで出しちまった。
父親の威厳がチンポから出ていく。
息子優先だって俺も出しちまった。
負けねえっていう踏ん張りも種汁と一緒に消えた。
完全に、出し切っちまった。
だが俺は後悔なんてしていなかった。できなかった。
『随分仕上がったみたいっすね……じゃあ今度、顔見に行きますよ、親方。……いっぱい楽しみましょう』
「――――押忍………………」
この素晴らしい誘いにチンポをビクビクさせるのに、忙しかったからだ。