「くっ……このバルクブレイドがついていながら、不甲斐ない……!」
己の情けなさに私はぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
気がついた時にはすでにこの格好だった。頭の後ろで手を組まされ、機械の腕で拘束され、つま先がやっと接する位置でぶら下げられ……まるで出来の悪いキーホルダーだ。
ヒーロースーツは当然解除されている。
鍛え抜かれた肉体と、ややコンプレックスである濃い体毛と、そこから発する汗の匂いが自分自身でも嫌になる。唇を動かしてみるに、髭が既に濃くなっていた。どうやらかなり時間が経っているようだ。
だが問題はそのような辱めではない。
そんな私のような人間が、見えているだけでも何十といることだ。吊り下げるアームと床は一方向へ進み続け、我々をコンベアシステムで輸送していく。文字通り『機械的に』だ。
ここはどこかの工場か? なぜ私はこんなところにいるのだ。最後の戦闘の記憶が曖昧だ。
「おい、君たち……しっかりしろ! 目を覚ますんだ!」
これだけ人間がいるというのに、しかし私の呼びかけに応える者はいなかった。右も左も誰もが虚ろな目をしたままだ。
年齢は様々だが全体的に肉付きがよく、スポーツや鍛錬に汗を流したであろう男達だ。そんな彼らが目を濁ったガラス玉のようにして、口からダラダラと粘ついたよだれを垂らして、道具のように運ばれていく。
全員ポーズは共通で、頭の後ろで手を組まされた格好だ。
脇や胸板を晒しながら、ただひたすらに巨大な機械のなすがままになっている。
「なにをされているんだ……彼らは……いや、私は……」
薬物の投与、精神の錯乱、極端な衰弱状態。
原因とその対処法がいくつも頭の中を駆け巡る。身体は動かないが、脳の方は幸いマトモなようだ。長年ヒーローとしてこの世界を守ってきたゆえの思考が習性のように残っている。
……そうだ、窮地に陥るたびに、このバルクブレイドは切り抜けてきた。
諦めるものか。こうして捕らえられ醜態を晒したが、見方を変えれば敵の懐に入ったとも言える。生還すればこの情報は値千金。地球侵略に対する逆転への糸口に繋がるかもしれないのだ。
「みっともなくあがいてみせよう……!」
私は目をつぶり集中力を高め、一気に筋肉を怒張させた。
「ぬうっぅおぉぉおおッッ!!」
全身の筋肉がパンプし、顔はオニのように歪み、厳つい身体からは汗とエナジーが迸る。普段ならば抑制している獣じみた怪力は、この程度の拘束など容易く破壊する――筈だった。
アームはびくともしなかった。特別頑強なのではない。私の力が普段の十分の一も発揮できていないのだ。やはり我々に与えられたのは麻痺性の毒のようだ。
「……まあ当然っ……かっ。……しかし、ならば……なぜ私だけが正気を取り戻したのだ」
若い頃の私であれば「ヒーローの不屈の精神力によるものだろう」と断言していただろう。だが、数多くの戦いを経た今の私は、幸運や精神論で状況を推察するのは悪手に繋がると知っている。
「なにか……別の理由があるはずだ……」
私は運ばれていきながら、高速で思考を巡らせ続けた。だが、そんな私の考察を嘲笑うかのように、視界にある文字が飛び込んできた。
「なん、だ…………?」
← 工程3 点検・仕分け工程
→ 工程4‐B 覚醒・確認工程
見逃すほうが難しいほどデカデカと書かれた文字は、ご丁寧に矢印までついていた。運ばれている方向から見ても、我々は工程3から4へと移行している最中らしい。
更に腹立たしいことに、文字の下には細かな注釈が付け加えられている。私の視力であればそれは容易に判別できたが、だが文章の理解は困難だった。
「マンキニとは、なんだ――?」
聞き覚えのない単語が当然のように何度も繰り返される文章。それは私のヒーローとしての知性や経験ではまるで読み解けないものだった。
『工程3 点検・仕分け工程
総筋肉量や年齢、マンキニ姿の結果、エナジー量を測定し素体に相応しいラインへと振り分ける。
Aマンキニ市民・Bマンキニ戦闘員・Cマンキニ幹部』
「いずれにせよ……碌なものではないだろうが……。……戦闘員や市民といった言葉がなぜ同列のように使われているのだ」
マンキニという単語の意味がわからない以上、この工場が我々になにをするかがわからない。果たして地球の言語なのだろうか。おぞましい兵器のような響きではないが一体これはなんだ。
わかったことは、我々はこれから加工されるということと、既にここはBラインに入っていることだ。
「振動からみて地球のもののようだが……つまり奴らは……あの不審な船団は……宇宙からの侵略ではないということか……」
私は諦めることなく思考を巡らせ続けた。
意味不明かつ不快な文章だったが収穫はあった。
そうしているうち、思考や感覚も戻ってきた。腕に先程より力が込められる。このペースでいけば数分もすればこの程度の拘束は破壊できる。
まずは隣の男を助け出すか、いやこの忌々しいコンベアを破壊すべきか。壁をやぶり情報を持ち帰ることを最優先すべきだろうか。
私はバルクブレイドとして諦めることなく次の一手を思案していた。
「な、なんだ!? ここはいったいどこだ!?」
そんな計画の数々を修正する必要がある声が、機械の駆動音を引き裂いて聞こえてきた。
「え、ハッ!? どうなってんだ!?」
「なんで、裸、俺ェ!?」
レーンの先、運ばれていった向こう側で次々に声が大きくなっている。半ばパニック状態だ。
「………」
私は壁の文字を睨みつけた。
→ 工程4‐B 覚醒・確認工程
加工体の意識レベルを回復させます。
言葉通りの意味だった。
次の工程……覚醒の工程というのは顔面にガスを吹き付けられることだった。これにより意識が覚醒し、正気を取り戻すようだ。まるで殺菌でもするかのように、レーンのある位置までいった男にガスが吹き付けられている。
「え、お、俺いったい」
すぐ真横の男にガスが吹き付けられた。
次は私だ。せめてもの抵抗とばかりに目をつぶってそのガスを浴びた。既に覚醒している私に効果などないが、わずかに体の力が戻るのを感じた。
「落ち着いてください、大丈夫。貴方方は必ず私が家に送り届けます」
「え……あ、アンタはいったい……」
身に染み付いた習性で、私は隣人にそう語りかけた。ヒーロースーツやマスクをしていない私にそんなことを言われて、隣人はいささか困惑しているようだった。
……しかしよくわからない。
人間を加工、もしくは運搬するならば、なぜ意識を戻す必要がある?
案の定男達は抵抗しようと暴れ始めている。悲鳴や怒号がパニックを引き起こし、伝播し、空間は次第に騒々しくなっていく。力が入らないとはいえ、これでは事故が起きるばかりではないか。
「皆さん落ち着いてください! 暴れては手首を痛めます! むぅ……!」
私は声を張り上げたが、力なき今の私の声を聞いて冷静になるものはいなかった。無力感の中で私は抵抗を続けた。それは思考だ。
次の事態への対応力を高め、来たるべき反撃の際に最大限の力を発揮するためだ。
「……この次の工程には我々の意識を取り戻している必要がある……ということか。今この騒ぎもしかしこんな事態をいちいち引き起こすなど……いったいなぜ」
やはりその答えは、レールに流されているだけで現れた。
→工程5 嗜好誘導
未発達な知性に必要な情報をインストールする。
「やはり、か……!」
忌々しいその文章には、人間の尊厳を軽んじた説明が付け加えられていた。
その文章が読めた頃、ちょうど騒ぎも収まってきた。
冷静になった、わけではない。
一定以上先のレーンで起こっているのは、今まさに人間を加工している光景だった。
その装置は傍目から見ても巨大で異様だった。
四角く鈍く光るトンネル型の装置で、大の大人が頭からすっぽりとくぐれるほどに巨大だ。
外からでは何が行われているか伺えないが、装置の隙間から虹色の光のようなものが漏れている。
問題はそれを通り抜けた男達の反応だ。
彼らはついさっきまでの抵抗が嘘のように静まり返っていた。
意識を失っているわけではない。それがまた不気味だ。
戸惑うもの、引きつった笑みを浮かべるもの、恍惚の表情へと変わり果てるもの。一律の変化ではない。ただなにかが「変わった」ことだけがわかる。
皆それを目撃しているからだろう。あの装置の寸前の男達の抵抗はことさらに激しいものだった。
「やめろ! やめろ! 止まれ止まれなんなんだよこれえええ!」
「ぬぉおお離せえ儂を離さんかぁぁあああ!!」
正体がわからないからこそ恐れる。
そうして必死に抵抗を試みるが、それらは全て無駄に終わる。
「…………はぁ……あぁ…………」
「おぉ…………ん、おぉぉ…………」
銀色のトンネルを抜けた男達は、やはり静かになっていた。
どれほど抵抗しても、恐怖を感じていても、それらは変わることはない。
やがて、私が覚悟を決める版になった。
この拘束具を破壊するのに必要な時間は、およそ今から4分ほど後だ。私がこれに抵抗さえすれば、次の工程までには間に合う計算になる。
「…………」
私は静かに瞳を閉じた。
正念場だ。
私は決意しトンネルへと運ばれた。全身を光の波が包み込んだ。
「な…………おぉお!」
心臓が跳ねた。
血液が全身を巡る。身体が、顔が熱い。
それは情報の波だった。
語りかけられる、見せつけられる、味わわされる。
五感を一つも使っていないのに、それら全てから情報が流れ込んでくる。
マンキニ。
一つも理解できなかった言語が、今わかりはじめてきた。
それは衣装だ。
それは動作だ。
それは階級だ。
それは命令だ。
それは美徳だ。
それは幸福だ。
それは全だ。
「なんだ、なにが、なにをいっている!?」
理解より先に情報が増えていく。
脳の細胞や体液が次から次へと注ぎ込まれているような、自分が自分ではなくなるほどの情報量。
「なにが、そんな馬鹿なこんなものはっ……!」
かつての私であれば承服しかねる価値観も含まれたその情報はある種の劇薬だ。そんなものがなんの抵抗もなく私の頭に、ヒーローの精神に、雄々しきこの魂に刻み込まれていく。
かつて……?
どういうことだ、私は私だ。バルクブレイドは今も昔も一人、ただこの俺一人……バルクブレイドはヒーローでありマンキニなどというものに魅了されたりはしない。
「そうだ、俺……ちがう、私は……バルクブレイドだ、私は……私は……違うッ……」
気がつけば私の体はトンネルを抜けていた。
既に工程5は終わったのだ。
私の中に、それはしっかりと根づいた。
いや、ある……だけだ。そんなものは……。
「はぁ……ハァ…………」
私は目を見開きながら荒々しい息を続けていた。
自分の記憶や意識を保っていなければ、すぐにでも……すぐにでも、なんだ?
「脱出……あと……三分……あと……」
私は呟いた。先程よりも腕に力が入る。やはり計算に間違いはない。あと三分あればここを破壊し脱出ができる。この忌々しい洗脳装置も、工場も、マンキニもすべて……。
そうだ、マンキニを引きちぎってやろう。男を惑わせるあのフォルム。肩に掛かるあの部位を引っ張り思い切り縦に伸ばし引き裂くのだ。もしくは尻にフィットするの一本のラインをねじり切るのもいい。股間を包み込む部分などは絶好の弱点だ、あの場所をパンチやチンポで貫いてやったらさぞ爽快だ。
…………マンキニ。
いや、なにを考えているのだ。
そんなことはしなくていい。ただ壁を破壊し、脱出し、この工場のポイントをヒーローたちに伝えるだけでいい。
マンキニ……あの衣装。
私の頭には、既にマンキニがどんなものかすべてわかっていた。どうやって身につけるのか、どのようなポージングが栄えるのか、マンキニの色ごとの階級差、そして、マンキニがいかに素晴らしく気持ちよく美しく完璧であるか。私の頭は既にマンキニの情報を把握しきっている。この情報を持ち帰りさえすれば、ヒーローたちを導くことができる。
「あ……あぁ違う! ヒーローたちを導く……というのは……ここを破壊し、逆転の糸口を掴むという意味で……! ぬぅ……むぅぅうう♥」
気がつけば私の肉棒はガチガチに勃起していた。
なぜだ。興奮するようなことなどなにもない。
美しい肢体も、たわわな裸体も、卑猥な喘ぎ声もここにはない。あるのは……マンキニを考える私の頭だけ。
………………。
肉竿がいきり立つ。強烈な愛情、愛着。肉欲が理由もなく迸る。
理由?
いや、ある。
光の中に私は真実を見た。
Vの形に光り輝くマンキニの……形。私がそれを身に着けている姿。私以外のヒーローがマンキニを…………。
「違う、待て、あ、あと二分三十四秒後に破壊可能だ! やめろ、そのことに集中するのだ!」
私は人目も憚らず大声で叫んだ。
計画を口に出すなど愚策もいいところだ。だが、そうしなければいけないほどに私は追い詰められていた。
愚策ではあるが、失策ではない。なにせ、どうせ誰も聞いていないのだ。横の男達は皆マンキニのことを考えることに夢中だ。
あの顔を見てみろ。
最初こそ戸惑っていたが、今はすっかり緩んでいる。ニヤけている。幸せそうだ。
わかるのだ、次は工程6。
マンキニの装着工程だ。
もう自分たちがどうなるかも頭に入っている。
もう待ち切れない
股が下品に開いていくではないか。ギリギリレーンについていた足が浮いて、ひくひく勃起チンポを見せつけるようなガニ股になっている。
マンキニを求めるあの下半身。今すぐにでもマンキニが着れる姿勢。
頭に入っているこの情報で、誰もが完璧な姿勢をとれる。なんて……なんて素晴らしいんだ。
「はぁ……はぁ! そ、そんなことはッ!」
私は自らの信じられない思考を打ち消すように叫んだ。
「ハ!? な、なにをしているのだ私まで!」
気がつけば己の下半身も彼らと同じようになっていた。
すなわち、左右のつま先を離すように向け、品のないガニ股になり、チンポをビンビンに勃起させていたのだ。
「おのれ、忌々しい……装置め……脱出前に、あ、あれだけは、破壊していってやる……! そ、そして皆、もとに、もと…………にっ………………」
私の意気は、そこで止まった。
工程6
工程6
工程6
そう、見えたのだ。
マンキニが装着されていく装置が、見えてきたのだ。
「ああ…………ああぁぁ………………」
それはプレス機とハンガーを組み合わせたような装置だった。
卸し立て、作りたてのマンキニが湯気を立てながら機械から吐き出され、吊るされ、男達の前に差し出される。
ド派手な蛍光色のマンキニだ。
およそ男が身につける服には似つかわしくない。いや、水着としても選ばないキツイ輝きを放っている。
…………私の常識は、そう感じている。だが、感情が追いつかない。なにせそれは今まで見たどんな宝石より、美人より、絵画より、美しく輝いて見えるのだ。
「………………」
私は息を呑んでその光景を見続けた。
…………自動なのはここまでだ。
マンキニの前で男達の拘束は解かれ、人々は自由になる。監視もなく、彼らを止めるものはなにもなくなる。こんな異常な工場から逃げることができる。
だが、運ばれていく男達は自由になった瞬間みな同じように動いた。
マンキニに手を伸ばし、それを受け入れ、一秒でも早く……足を通した。
勃起した肉棒を犬の尾のように振りながら、全身で味わいながらマンキニを装着していく。それは股間から胸、背、そして肩より上に伸び……バチン……と彼らを締め付けた。
「あひぃい♥♥」
間抜けな声を上げて、彼らはマンキニを身につける。
「ハァ……ぁあ♥」
そのいやらしい声は、私の口から出ていた。
マンキニはただそれだけでも美しいが、やはり衣服。身につけるものがいてこそ完成するのだ。
なんて……なんて完璧な恰好なのだ。
逞しい体格を彩るド派手なマンキニ。
蠱惑的な股間の膨らみ、逞しさを強調する紐、尻の大きさを際立たせる食い込み。
目が離せない。
さっきまでただ救うべき市井の民の一人だった男が、今では
見習うべき見本、優れた先輩だ。
あれが……マンキニ。
ああ……チンポから汁が溢れてくるのがわかる。口中にヨダレが溢れ、目尻が下がっていく。待ち切れない。身体が疼く。ガニ股になってしまう。ケツの奥がムズムズする。
マンキニ……マンキニ…………。
私の中にあった抵抗する意識や、バルクブレイドだったものがどんどん遠くなっていく。
消えていくのとは違う。もっと……遥かに大切なものができていき、視界がそれに埋め尽くされるような感覚だ。
「の、こり……ごじゅう……に……秒……」
頭の片隅に残っているヒーローの理性がカウントを続けている。
もうすぐ脱出できる……もうすぐ……。
幸運なことに、ちょうど私の番になる少し前に拘束は破壊できる。
それが最後のチャンスだ。
装置を知るためにギリギリで脱出しよう。
連れ去られた彼らを助けるために、敢えてこの身を犠牲にしてでも……そうしよう。
大丈夫だ、私の思考はヒーロー活動に基づいたものだ。ヒーローらしい思考だ。
俺は……違う、私は……バルクブレイドはヒーローとして……マンキニを観察している。だがあのマンキニを突き出されては……もう遅い。それが本能でわかる。……40秒。さあ近づいてきた。35秒。まずはラインを逆走し、あの洗脳装置を破壊……。26秒。いや、いまの精神状況ではそれは困難かもしれない、まずは脱出だ……精神鑑定をうけつつマンキニを身に着けて……。10秒。近づいてきたマンキニがもう目の前だ。目をそらすことができない、あの蛍光色のV字の輝きが目に焼き付いている。まばたきさえも惜しい。チンポから射精したような快楽と興奮が止まらない。0秒。もうすぐだ。マンキニがもうすぐだ。やっとマンキニを目の前で見れる。いや身に付けられるのだ。この鍛え抜いた肉体にマンキニ。他人のマンキニ姿でもこれほど魅了されたのだ、自分自身のマンキニになったら。-10秒。いったいどれほど雄々しく逞しく変態的なのだろうか。ああマンキニマンキニマンキニマンキニッ。
プシュウ。
俺の目の前で、プレス機が開かれた。
出来上がったマンキニ。
俺のためのマンキニ。
今後の人生で、俺が最後に身につける服。
拘束が解かれた。
俺は迷うことなくマンキニに手を伸ばした。
くしゃりと腕の中でシワになる、その一つ一つさえも愛おしい。
俺は右足を大きく掲げて、その穴の一つに踏み降ろした。
躊躇うことなく左足。
ああ、登ってくる。マンキニが俺の身体を、まるでヘビが獲物を飲み込むように登ってくる。
「あぁ……た、た、たまらん…………ッ!」
肩の高さより少し上まで持っていった。
その瞬間、初めての食い込みが俺の下半身を襲った。
そして俺はその感覚を味わいながら、手を離した。
ばちん、と私の僧帽筋にマンキニが食い込む音が響いた。
「はぁぁ……マンキニ……これが…………マンキニィッ♥」
そして俺はマンキニ姿になった。
マンキニの俺に。
完璧な俺に。
全身に掛かる下着。
それはまるで、この鍛え抜いた肉体すべてが卑猥なチンポになったようだ。
直ぐ目の前には磨き上げられ、鏡状態になった壁があった。
「すげえ……すっげ……うぉ…………たまんねッ♥♥」
俺は口をすぼめ、魅力的なその姿を見つめた。
何十年と着ていたヒーロースーツのことさえ今では思い出すのが困難なほど、マンキニを身に着けた俺は格好良かった。
あんなスーツを着ていたなんて、意味不明、理解不能だ。このマンキニをこの長い人生で着ていなかったなんて、まるごと全てが損失だ。
いや、違う。そんなネガティブでいちゃいけねえ。ああ……すげえ、この格好で生きていけるなんて。それを感謝するんだ、これからの俺は。
プシュウ。
次のマンキニが生まれる音が聞こえた。
俺の後の男がマンキニを着ている。
ああ……もうそんなに時間が経ったのか。
俺は自分を見つめながらただコンベアの上でぼーっとしていた。
運ばれていく。
次の最終工程に。
「脱出……」
なんだ。
頭の片隅に残っていた単語が、一人で口から出た。
………………。
そうだ。
ヒーローとしての……バルクブレイドとしての俺。……私の、意志が……叫んでいる。
そうだ、俺は皆を助けるために……。人々を守るために。
…………だが、ここから出たら……マンキニを……もう着れない。それに……次の工程が……味わえない。
頭の中でそう思った瞬間、動きかけていた足はピタリと止まった。
俺は歩く必要はない。
なぜなら命令されていないからだ。
俺は逃げる必要はない。
なぜなら命令されていないからだ。
俺は……ヒーローである必要などない。
なぜなら…………命令されていないからだ。
頭の中にあった悩みが、全てシンプルに解決されていく。
俺はマンキニ。
それも、マンキニ戦闘員だ。
この鍛え抜いた肉体を、マンキニの為に活かすことだけ生きる戦闘員。
そのために俺はこの色のマンキニと、新たな名を授かった。
腰が沈み、ガニ股の姿勢になる。
右腕と左腕が、互いに近づきながら降りていく。
俺の次にマンキニを身に着けた男も同じだった。
その次も、その次の次も…………。
皆が同じ姿勢になっていく。
俺はヒーローだった。
だが、そんなことは関係ない。同じだ。俺は同じ…………。
頭が働かない。
マンキニのことしか頭に……なくなっていく。
い
この姿を授けてくれた偉大なる■■様のお名前や顔や姿が浮かんでくる。
第七工程 最終チェック
「―――」
声がうっすらと聞こえてきた。
本来であれば私の強化された聴力は、些細な悲鳴や助けを求める声もキャッチしてきた。つまり、ヒーローの力が失われつつあるということだ。
その絶望的事実も、今の私にとっては遠い世界の他人事のように思えた。少しも悲しくも惜しくもない。
これがもし、鍛えた筋肉が減少する……などであったらと思うとゾッとする。マンキニの見栄えが変わっていたかもしれないのだ。
「――いを……」
声がだんだんとはっきりと聞こえてきた。
「宣誓を」
ああ……来た。
来てしまった。
次に味わうのは、俺の初めての瞬間だ。
「宣誓を」
男達は問われ、次々に答えている。
マンキニ幹部様の声だけがはっきり聞こえる。
ご命令の声を聞き逃さないように、俺の全神経が集中しているのだ。
「宣誓を」
宣誓、させられてしまう。
俺がマンキニになったことを、自分の口から発せられてしまうのだ。
そうなればもう終わりだ。
このマンキニから逃れるすべはいよいよ消滅する。
完全になくなる。
もう彼らを救うことはできなくなる。
もう家族のもとに戻ることも。
ヒーローとして活躍することも。
自分が人間ではなく、新たな秩序のパーツマンキニ戦闘員として生まれ変わったことを証明してしまう。
そして、その瞬間は訪れた。なんの障害もなく。なんの遅延もなく。ただただ時間通りに、俺は幹部様の前に差し出された。
「No579宣誓を」
「ハッ!」
俺はとろけていた表情を幹部様に向けるわけには行かず、今日最もきりりとした雄々しい表情を浮かべ、はっきりと前を見つめた。
「わたくしバルクブレイドこと荒瀬 健蔵は本日より■■様の忠実なるマンキニ戦闘員579号となります」
そして、俺は手を……股間の付近でクロスしていた手を思い切り後方へ引いた。
「マンキニィッ――ーぃぃぃいいいい♥♥♪♥!? ひぃぃいい!?!?・ ぬひぃぃい♥!?!?♥♪」
私は精一杯誠実に、マンキニポーズをとろうとした。
だがそれは不可能だった。
あまりの気持ちよさに私の頭は完全にショートし、間抜けな声と無様な顔面を晒し、そして射精した。
初のマンキニ射精はとんでもない快楽である。
その知識だけはあったが、そんな予備情報ではまるで足りない快楽の濁流。
マンキニポーズをするだけで、宣誓するだけで、これほどの絶頂と幸福が訪れるなんて十分前の俺は少しも知らなかった。
「チェック」
そんな俺の人生最高の瞬間を見つめながら、幹部様はただ一言そういった。
幹部様のお声を聞くのに夢中だったが、どうやら初宣誓をする男達はみんな同じような有り様なようだ。気がつけばここはとんでもない精液臭と、喘ぎ声だらけだ。はは、まったくわかっていなかった。
「あ、ありがたき幸せ! 579号はこれよりマンキニ戦闘員として全ての時間すべての精液すべての人生を捧げ――」
そう言っている間におれはコンベアに運ばれていき幹部様の顔は見えなくなった。
「すべてを捧げさせていただきありがとうございマンキニィ♥ あひぃい感謝のマンキニをどうぞごらんくださマンキニィイ♥♥」
俺は見えもしなくなった幹部様に向けて、ひたすらにマンキニポーズを繰り返した。
マンキニ一回ごとに脳がとろけそうなほどの快楽が弾ける。身体も頭もどんどんマンキニに置き換わっていく。ケツはモロ感になり、チンポは触れもせずに射精する。
「あぁぁ……マンキニ♥ マンキニぃいぃいほひぃいいいマンキニィンンン♥♥♥」
最終工程を終えた俺は、やがてマンキニ戦闘員の待機場に運ばれていくのだろう。
そこから先のことはわからない。情報がない。
果たしてヒーローと戦うことになるのか。単なる肉体労働になるのか。はたまたマンキニを見せつけるだけの彫像になるのか。
「マンキニ♥ マンキニ♥ マンキニ♥」
だがそんなことは全て俺が考えることではない。
すべては■■様の決定次第だ。
俺達はただ待っていればいい。
それがマンキニ戦闘員の仕事。俺の新しい人生なのだ。
「マンキニ♥ マンキニ♥ マンキニ♥」
だんだんと快楽でぐねぐねしないでマンキニポーズができるようになってきた自分を誇らしく思いながら、俺はただただ流れ作業で運ばれていくのだった。