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ジン(浜沼盡)
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8番の隷属 〜機械仕掛けの雄牛〜



「いやだっ!いやだ!!あああっ離して先輩いいっっ!!!」

 杉山淳紀はナノマシンを打ち込まれてしばらく、喉が潰れるほどに喚いていた。しかし、自由の効かない状態で体格の上回るチームメイト・豊島綾生に抑えられては、身動きが取れるはずもない。

「やだっ!いやだあっ!!俺は――俺はぁっ!!!うあああああーっ!!!」

 訳のわからないことを喚きながら暴れる杉山。

 私は時計を見る。チップを打ち込んでから数分が経過していた。

 頃合いだろう。

 打ち込んだのは首筋だった。距離を考えても、血流に乗ってチップが脳に到達するのはまもなくだ。

 何よりも、喉を潰されてはたまらない――彼は、これから私の大切な人形になるのだから。

 その体は、大事に扱わなければ。それを傷つけることは、もはや許されない。

「【杉山淳紀】、静かにしよう」

 私が言うと、グッと喉が詰まったように杉山淳紀は一度顔を動かし、ぱくぱくと金魚のように口を動かした。

 私はタブレット端末を取り出し状況を観察する。

 杉山は目を白黒させ、自分の体に起きた『異変』を察知しているようだった。

 ――対象の従属反応を確認。チップは脳へと到達。

 タブレットにも、同様の報告があがっている。さすが、オフィオコルディケプス。すばらしい出来栄えだ。

 チップの定着は既に初期段階を終えている。私は改めて確認する。

「杉山淳紀、右手を握って」

 震える指がもつれるように動いて、固く握りしめられた。

「杉山淳紀、右手を開いて」

 ゆるゆると、指が開く。

 杉山は、苦悶そのものの表情をしながら、愕然とした眼差しで思い通りにならない自分の右手を見つめている。

「豊島綾生、彼は『わかってくれた』ようだ。もう体を離して良い」

「はいチーフ、俺は淳紀を解放します」

 命令に従って豊島綾生は立ち上がり、杉山淳紀を解放する。間髪置かずに私は杉山に言った。

「――杉山淳紀、【君は一切動けない】。わかるね?」

 自由を取り戻した体を、ラガーマンらしく俊敏に動かそうとした杉山の体から、糸が切れたように力が抜けた。そのままその場に再び倒れ込む。『一切動けない』と命令したからだろう、彼からは返事もなかった。

「よろしい」

 私は杉山を見下ろした。杉山は、顔中から垂れ流されたあらゆる液体で顔をどろどろにして、ぐったりと横たわっている。もはやその顔には表情も浮かんでいない。ぼんやりと開いた目はまっすぐに前を見ているが、おそらくその目に映っているものの認識も怪しくなっている頃だろう。ただ、まだわずかに彼自身の意識が抵抗をおこなっているのか、眉間がかすかに痙攣するように動いていた。しかし、チップの強制コントロールによって体を動かすことまではできないようだ。

 私はじっと彼を観察した。指先の痙攣、眉間の痙攣、微かに漏れる荒い呼吸――彼は必死で抵抗しているのだろう。しかし、打ち込んだチップがそれを遮断している。だから彼は動くことができず……そうしている間にも、チップは彼の脳への侵蝕をひたすら行っているだろう。彼の脳内にネットワークを形成し、その支配権を強奪すべく動いている。



「嬉しいね杉山淳紀、君はもうすぐ私の『操り人形』になるんだよ」

『一切動けない』杉山から無論返事はない。しかしこの私の【嬉しいね】という言葉がトリガーとなり、彼の脳内には強制的に快楽物質が分泌されているはずだ。彼は自身の中に湧き上がる、通常の人生で経験することのない多幸感に飲まれていることだろう。

 うつろな目元が、少しだけうっとりとほころんだ。眼球がわずかに上を向き、眉根が上がって、眉尻が垂れた。

「そう、とても嬉しい。気持ちいい」

 私はしゃがみこんで杉山に語りかける。

 杉山の呼吸のリズムが上がった。

 どんなに心身を鍛え上げても経験することのない暴力的な幸福感。人工的にそれを浴びせられ、彼の体からさらに力が抜けた。

 私は立ち上がって杉山に命じた。

「【杉山淳紀】、立ちなさい」

 ぴくっ、と指が震えた。それから彼の腕がゆっくりと動き、地面に手を着いた。そこに体重を預けるように彼はゆっくりと立ち上がる。緩慢な動作は、糸の切れた人形が甦るような、どこか非人間的なものだ。ぐら、ぐら、と何度かバランスを見失いかけながら彼はそれでもしっかりと立ち上がった。なぜならそれは、彼がもう抵抗することのできない絶対的な命令だからだ。そして彼はだらりと両手を横に垂らし、ぼんやりとその場に立ち尽くした。

 顔が斜めに傾いてぼんやりと宙を見つめている。立てと言われたから立った、というだけなのだろう。最初はそれでいい。そこから自律性を持った人形を仕立て上げることが、何よりも楽しいのだから。

「杉山淳紀、気をつけだ――ああ、お前はもう言葉を発することができる。私の命令に返事をしなさい」

「……わかり、ッ、ました」

 杉山淳紀は従順に気をつけの姿勢を取る。美しい直立姿勢。同時に、その眉間に再び皺が寄った。私はその反応を見逃さなかった。タブレットの画面には、『心理的抵抗』、とログが残っている。それに対し、彼の脳内に快楽物質を撒いたことも。チップはそのコントロールを強固なものとすべく、命令されること・それに従うことに強制的に快の反応を与えている。従属することの圧倒的な不快感と、相反する隷属の至上の快楽。矛盾するそのこころの動きをまだ受け入れられていないのだろう、表情が奇妙に歪んでいた。

「スーツを脱ごうか」

「、はい」

 返事までのわずかなラグは、彼自身の中に残る抵抗のあらわれだ。この段階でも、これだけの抵抗を示すとは。見込み通り、意志の強い男のようだ。

 私はほくそ笑む。そうでなくてはならない。精神も肉体も逞しい男こそ、私の『人形』にふさわしいのだから。



 暴れ、猛り狂う牛に、首輪をつけて従順に飼い慣らす――私は視線を隣にやった。豊島綾生が、従順な一兵卒として側に控えるように直立している。私は思い出す。彼も最初は激しく抵抗していたが、今では従順な私の兵士になってくれた。豊島の顔には、穏やかな笑みさえ浮かんでいる。その目に映る、自らの後輩が罠にかけられていくその様子は、彼の感情を揺さぶることはない。豊島の脳内にべっとりとこびりついたチップは、その認識深くまで楔を打ち込んで、違和感を一切残さずに拭い去ってくれている。

 視線を戻すと、杉山淳紀は服を脱ぎ終わっていた。

 爽やかな風貌とは裏腹に、彼は体毛の濃いタイプだったようだ。彼に近寄ると、一連の騒動で汗をかいたのか、少し獣じみたにおいがした。

 私はそれを快く思った。それは、この『操り人形』が生きている肉体であることの証拠だからだ。物言わぬ冷たいロボットではない、体温のある、代謝する人間を人形にする。それこそが私の求める理想だった。

 ピク、ピク、と彼の表情筋が痙攣している。なるほど、まだ抵抗しているようだ。私は素直に彼を褒め称えることにした。

「素晴らしい、杉山淳紀」

 言いながら、彼の体を撫でてやる。

「っ、」と声が漏れた。

 脳内に快楽物質が溢れたのだろう。私に体を触られることが快楽だと紐づけるためだ。その反応が本能まで染み付けば、彼は私に従うことを至上の命題にした、従順な兵士になる。

「【杉山淳紀】、抵抗しなくて良い」

 彼の腹筋の溝の毛をなぞるように。

「君は何も考えなくて良い」

 胸筋の膨らみを確かめるように。

 首筋をのぼり、顎を伝って、唇に指を当てる。

「――しゃぶりなさい」

 ゆっくりと杉山の口が開き、肉厚な舌が覗いて、私の指に這った。

 その表情は無表情に近いが、赤らみ、鼻息は荒い。

 順調だ。私はタブレットを確認した。彼の脳へのチップの定着は問題なく完了したようだ。



 しかし、まだ彼の脳にはチップが定着しただけで、彼を完全に支配するに足る堅牢なネットワーク形成には至っていない。継続的で不可逆な支配のために、マイクロ・インターフェイスを左首筋に設置する必要がある。

「きみに中継機を設置する」

 私は指を口から抜き、杉山の左首に指をあてて言う。

「君の先輩の豊島綾生にも設置したものだ。これによって、きみの洗脳はより強固なものになる。そしてきみは、きみの先輩と同じく、完全に私の操り人形になれる。とても嬉しいね?」

 杉山は濁った目で私を見た。

「……はい部長、俺は首に中継機を設置していただき、部長の完全な操り人形になります。とても、うれし、いです」

 語尾には抵抗も見えたが、杉山は自ら『していただき』、と言った。意図していないことだろうが、従属の進行のサインとして私は頭にとどめる。

 指先で首筋を優しく叩いて言い聞かせる。

「君はそれがとても嬉しい」

「っ、……はい、俺はそれがとても嬉しいです」

「私の操り人形になることができて嬉しい」

「部長の、操り人形になることが、嬉しいです」

 彼自身に、彼自身の言葉で言い聞かせる。それはこれは自ら望んでいることだという自覚――という名の錯覚――を与える。

 私はしつこく彼に言い聞かせた。

 澱みなく彼が言葉を繰り返すようになった頃、

「さあ、じゃあこの手術台に横になって」

 私は室内に備え付けの手術台に杉山を案内した。

「はい」

 彼は裸のまま手術台に横になり、

「首筋を私に向けなさい」

 彼の体はその命令に従順に従い、今度は自ら首筋を差し出した。


 手術は滞りなく終了した。

 手術には、麻酔は必要ない。

 彼の肉体は既にチップがあまねくコントロールしている。だから、私が痛覚の遮断を命令すればそれで済む。

「お疲れ様、終わったよ」

「はい」

 杉山は起き上がって、手術台に座っている。その左首には、しっかりと打ち込まれたマイクロ・インターフェイスが、皮膚の向こうに薄く光を放っている。ぼんやりと宙を見つめる黒目は、薄く室内灯の灯りを跳ね返して、時折左右に痙攣している。ネットワーク形成が進んでいるのだろう。裸の彼の股間が徐々に起き上がり、完全に勃起すると、とろとろと先走りを垂れ流した。快楽を与えられ、脳内の構成を組み替える作業を行っているのだ。

「ネットワーク形成が終わったら報告するように」

「はい」

 彼は宙を見つめたままぼんやりと返事をした。私が歩き出しても、杉山の視線は動かなかった。

 私は振り返る。豊島が、裸で、まるでマネキンのように休めの姿勢で立っていた。手術には2時間以上かかったはずだが、彼はずっとこうしていたのだろう。自分の後輩が手術をされるのを、視界に入れていたはずだ。しかし彼はその間、何も考えることもなく過ごした。人形としてふさわしい出来栄えに満足する。

「豊島綾生」

「はい」

「豊島綾生、きみの働きのおかげで杉山くんはきみと『同じ』になれた」

「はい」

「きみの働きで、きみの大切な後輩は私のかわいい人形になった」

「はい」

「きみはそれがとても嬉しい」

「はいチーフ、俺は嬉しいです」

 豊島は無表情だったが、股間がぴくりと反応した。

「君のおかげだよ、ありがとう」

「俺は、チーフの命令に従ったまでです」

 彼は従順にそう言った。そんな真剣な彼の表情を、私はあえて壊すことにした。

「君は私に褒められてとても幸せだ。とてもとても幸せになり気持ち良くなって射精する」

 ばちん、とスイッチを入れられたように、彼の顔が淫靡に溶ける。

「あ、ああっチーフ……!チーフありがとうございますっっ!!!」

「快楽を与えてくれる私への感謝の気持ちを刻み込んで、射精しなさい」

「ありがっありが、ありがとうございますっっっ!!チーフ!チーフ!ありがとうござっ、あ、あああああっ!!」

 ビクッビクッと豊島のペニスが震え、精液が迸って床に垂れた。

 どさっと膝をついてその場で荒く呼吸をする豊島。

「豊島綾生、いつものように綺麗にしたまえ」

「はい、チーフ。床を綺麗にします」

 がばりとその場に両手をつき、躊躇なく床を汚した自分の精液をなめとる。

 うずくまる巨体の背中を見つめていると、背中から

「工程、無事に終了いたしました」

 そんな声が聞こえた。振り返ると、杉山がしっかりと立っている。

 床の精液を舐めとる豊島の様子を見ても、何も反応を示さない。問題なさそうだ。

「……よろしい。豊島綾生、君はあそこに寝ていなさい」

 豊島は命令に従い、手術台に寝転がった。射精の興奮が残っているのか、胸を大きく上下させながら、ぴくぴくと股間を震わせている。杉山は一瞬そちらに目をやって、すぐに何事もなかったように視線を戻した。違和感を除去されたのだろう。

 私は杉山のもとへ歩み寄って、先ほど見せた大学時代のユニフォームを手渡した。

 彼はそれを受け取ってじっと見つめている。

「これに着替えなさい」

「はい」

 杉山はその命令に従順に従う。彼の認識では、それが自分の大学時代のユニフォームであることも、それを私が持っていることも、それに今から着替えることも理解している。

 しかし、その異常性を察知できない。私がさせていないからだ。

 彼は非常にリラックスした様子で、その逞しい肢体を、慣れた動きでタイトなユニフォームに通していく。

 私が学生時代から追いかけていた彼のユニフォーム姿。遠くからしか見ることのできなかった彼の姿。

 彼はまっすぐ、堂々とした姿勢で私の前に立った。私がラグビーボールを手渡すと、彼はそれを傍に添えた。

「やあ、さすがに学生時代の寸法では少々タイトだね……だがサマになっているよ。――気分はどうかね?」

 私の前の、ユニフォームに身を包んだ杉山がはきはきと答える。

「良好です、部長」


To be continued...



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