こんにちは。小学生の時点ですでにニーハイソックスに目覚めていました。kaLです。
祝100回!と言いたいところですが、もはやこの日記が日記として機能していないので、なんか素直に喜べないですね。いっそ100回で終わろうかな。
まあでも一応3桁目に突入したのもありがたいことなので、今回も僕がしょっちゅう話題に出したり描いたりしている「松村馬之助」ちゃんについての話をしていきたいと思います。
こちらが松村馬之助ちゃんです。気軽に「馬ちゃん」とお呼びください。
馬ちゃんに関するルーツとかは50回目の時にもう言ったので、今回はこのフェチズムの塊に固まったフェチズムを何個か取り上げて話していきたいと思います。
いいですよね、馬之助ちゃん。
抜き用に作っただけあってえちえちとしか言い表せない服装をしてますが、これ実は全然露出ないんですよ。首から下の露出といえば手と太ももくらい。健全の極です。
しかしこんなに健全なのに、どうしたことでしょう、この隠しきれないスケベさは。
その秘密、僕はやはり、下半身にあると思うのです。
だってさ、ミニスカニーハイですよ。
スカートのエロさとは、見えない”本質”に起因します。
スカートの中に在る”本質”に思いを馳せ、どんなものなんだろうと気持ちを巡らせることで興奮するのです。
その仕組みはニーハイも同じで、太ももしか見せないことで”本質”の存在が際立ち、より気持ちが昂るというもの。
それがアナタ、上下から迫りくるのです。上はミニスカ、下はニーハイ。”本質”を見せないエロさでサンドイッチするこの方式は、どんな男でもノックアウトすることでしょう。
すばらしいですよね、馬之助ちゃん。
フォーマルに露出を抑えた上半身と、いきなりエロサンドイッチを展開する下半身のギャップ。ここまで完璧な存在は他にありません。まさに抜くために生まれてきた存在です。
ですが、抜くためだけに生まれた存在では終わらないのが馬之助ちゃんのすごいところ。
馬之助ちゃんのいいところはその聖母のようなやさしさにもあるというのが真実です。
正直なところ、性格に関しては自分の描写不足であまり詳しく伝えられていない面もあると思います。ですが、本当の馬ちゃんは元気でやさしい、最強の存在なのです。
みなさん、学生生活を思い出していただけますでしょうか。
クラスにかならず1人、陽キャでも陰キャでもない誰にでも対等に接する明るい子、いたと思います。
それ、馬ちゃんです。
馬ちゃんはそういうタイプの子を5倍くらい優しくした子。その優しさがどれほどのものか、もはや想像がつきませんね。
加えて、馬之助ちゃんは不老不死です。
不老不死って実際に生きる側は最悪以外の何でもないと思いますけど、外部の存在である僕らにとってはいつ見ても美しく在るので最高ですよね。
不老不死で優しい子って、そりゃ~~~もうすごいですよ。
精神がも~~~すごすぎて、メンタルが鋼で。こりゃ~~~参りましたね。
つまり、馬ちゃんは抜くのに最適な存在かつ、やりようによっては尊みを与えることすらも可能というわけです。究極生命体はここにいたんですね。
今後はそういう、日の当たらない僕らオタクたちを太陽の光で消し飛ばすような、そんな尊みにステータスを振った馬ちゃんを描くのも挑戦していきたいですね。
ところで、不老不死の存在がそのまま生き続けると、どうなると思います?
答えは簡単。過去の歴史を知る者として全人類からそんな荘厳な存在として見られます。
何が言いたいかというと、「そういう存在」として馬ちゃんは生き続けることになると、「そういう存在」としての荘厳なイメージばっかり肥大化して、大衆は思うことになるわけです。
そんなスゲー存在だと思ってる一般人と、実際のやさしい元気な女の子、馬之助ちゃんが邂逅すると、一通り交流を終えた一般人はこう思うでしょう。
「結構、普通の女の子だったな………」
これ、めっちゃよくないですか?
馬ちゃんの創作の話というのも勇気があれば公開したいと思っております。
その時にこういうシチュエーションも描写できたらな、という思いを抱いておりますが、はたしていつになるのでしょうか。
とりあえずパッションのままに、馬之助ちゃんを語るのはこれくらいにしておきましょう。
また何か馬之助ちゃんについて知りたいことなどございましたら、コメントか何かで教えていただけると嬉しいです。話題にします。
それでは、いつになるかわかりませんが、101回でまたお会いしましょう。
待たなくてもTwitterにいつもいるので、よかったらフォローお願いします。
それでは。
2回言っちゃった。