第三章
―ほどなくして、金庫の中は伽藍洞となった。一仕事終えた男は、再び椅子に縛り付けられた智恵を見下ろした。まだその顔には、クビにされたことと、それによって苦汁を舐めさせられたことの、怒りが浮かんでいた。
「まだ気が治まんねぇな・・・どうしたものか。へっ、閃いたぜ」
口元にだけ笑みを浮かべ、低く、冷たい語気を帯びたセリフを男は呟いた。
智恵は途端に身の毛もよだつ恐怖を覚えた。拘束から逃げようと、必死でもがく。
・・・男は手早く、智恵を椅子に括りつけているテープを千切ると、無理矢理両手を後ろへ捩じ上げ、背中で"合掌"の形を取らせたまま、関節の限界まで両腕を引き上げた。
更にその状態で縄を巻き付け、智恵の身体を締め上げる。肺から息を押し出すかのような容赦のない力で、男は智恵を縛り上げた。
男はダクトテープを手に取ると、厳しく巻き付けた縄の上から、銀色の帯を何重にも巻き付け始めた。
―上体の拘束を終える頃には、10個以上のテープの芯が床に転がっている有様であった。もはや智恵の身体は、不格好な銀色の蛹とでも形容すべき状態にされていた。
あまりにも巻き付けられたテープにより、声は一層遮断され、智恵の空しい金切り声は、今や真横にいてもほぼ聞こえない程、弱弱しい呻き声となっている。
男は手を休めなかった。続けざまに下半身の拘束を始めたのだ。
―こんな絶望的な状況下でも、気丈である智恵は、まだ完全には諦めていなかった。男が足首に注意を向けた隙を見て、縛られた両脚を力いっぱい伸ばし、ドロップキックのような一撃を、その胸に加えたのだ。
・・・だが、男を倒すには、あまりにも威力が足りない蹴りであった。
胸を押さえながら、男は激しい怒りの形相で智恵を睨みつけた。
「チィ・・鼻っ柱の強い女め・・・自分の置かれた状況がわかってねぇようだな!」
男はそう言いながら、再び智恵の鼻孔を、クリップで閉じた。
「うむぅううう!!」
息がうまくできない。智恵は狂ったように、首を振り乱した。
肺が焼け付くように痛む。そんな智恵など意に介さず、男は下半身の拘束を再開した。
やたらに暴れたのもあり、智恵の意識は朦朧としていた。
突如、拘束を終えた男は、智恵のPCへと向かった。一体何をする気かと、うつろな目を男に向ける。
「まぁ、すぐにお前を探しに来る人間がいないとも限らねぇからよ」
「うぅ・・?」智恵は困惑した呻き声を上げた。
「そうだな・・『クライエントと緊急の商談が入ったため、突然で恐縮ですが、明日からしばらく・・・』」
男は素早く”智恵名義”でメールをしたためると、明日の朝にそれが部署全体に送られるよう、予約の設定を行った。
「多忙な上司様ですから、日頃から急なアポはありましたよねぇ?これで誰もが、お前はここにはいないと思うだろうよ。心行くまで緊縛プレイを楽しんだらいいさ!」
「うぁあえええ!」ついに智恵の目から涙が零れた。
男は最後の仕上げに入った。
智恵の両耳に無理やり耳栓をねじ込み、さらにその上から、テープを何重にも巻き付けた。必然、視界も完全に奪われる。隙間なく巻き付けられたテープは、ただでさえ苦しい呼吸を、更に厳しいものにした。
智恵は完全に、静寂と暗闇の中に閉じ込められたも同然であった。疲労と絶望と酸欠から、智恵の思考もまた、完全に無となっていた。
―刹那、智恵は、自分の身体が浮き上がる感覚を覚えた。状況が全く呑み込めなかったが、その意図はすぐに判明した。
どこかに下ろされたとき、何か硬いものが身体に触れるのを感じた。そう、智恵は、金庫の中に入れられたのだ。
「助けが来てくれたらいいな。―何日かかるか知らねぇけどよ!」
そう吐き捨てた男の声も、ドアを乱暴に閉める音も、パスワードを変えるカチャカチャという音も、全ては智恵に聞こえなかった。
―事務所のカーテンは下ろされ、入り口のドアも男により施錠された。同僚たちはまさか、哀れな被害者が金庫の中で助けを待っていることなど、つゆほども疑わないだろう。
完全に、独り。夥しいテープの下で、ついに彼女の涙がとめどなく溢れ始めた。
(これで人生、終わり・・・)
力なく金庫の扉を数回押したのち、ついに智恵の意識は切れるのであった。
完。
Writing:https://www.deviantart.com/idamselhunter