プロローグ
「・・・うぅ~ん・・」
家計簿代わりのExcelファイルを表示したまま、芳須 仁紫子(はす にしこ)は長いうなり声を出した。
水泳部部長にして、経済学部経営学科の3年生。明眸な顔立ちと黒縁眼鏡が相まって、非常に知的な印象を醸し出すが、その実は根っからの・・ズボラ人間である。
今の格好も、意味不明なイラストが描かれた白の半袖Tシャツに、高校の紺色ハーフパンツを合わせたものである。部屋着とはいえ、人に見られたら終わりといえる。
そんな彼女の頭痛の種は、謎の自信をもって挑んだFXで、大金を丸ごと溶かしたことであった。しかもその金は・・「振り込みが遅くなったから大学に直接現金を持って行かないとだめ」という頭の悪すぎる論理で、孫の言葉を鵜吞みにしてくれて、しかも学費を立て替えてくれる、優しい祖父母から直接拝借したものであった。つまりこれは、明白な詐欺。
しかもややこしいことに・・・学費を大学に納めなければならないという話そのものは、本当のことなのだ。
その納付期日にはまだ一ヶ月あるが、なにしろ額が大きい。
すぐに金を生める策を講じねば、せっかく入学した大学をクビになる。
親に頼めば、きっと〇される。今更バイトを始めても、絶対に間に合わない。
闇金に手を出すのも論外である。
1時間以上座椅子に腰かけ、机に置いたそれを見つめていたが・・当然、何も閃かない。
気付けばその画面に映るものは、某巨大掲示板のまとめサイトに変わっていた。
「あぁ~、どうしたらいいんだよう・・・」
投げやり気味に、仁紫子はマウスに触れた。するとその弾みで、アダルトサイトの広告を押してしまう。画面いっぱいにワイセツなものが表示される。
「うわわ、やっちゃ・・・」
そこまで考えて、何かが仁紫子の中に閃いた。大学の講義、マーケティング論で教授がふと呟いた、ある一言。
【キミらに言うことじゃないけど、世界共通で非常に巨大なマーケットって、アダルト産業だよね】
その時は、ヘンなことをいうオヤジと思ったが・・・。そんなにデカい市場。ここに上手く突っ込めば、これは、イケるかもしれない!!
そして仁紫子は鏡を見た。そして自分がオトナの階段をのぼっている姿を想像してみた。・・・すぐに自分は売り物にならないし、なりたくないと悟った。即座に、ならば水泳部の部員はどうかと思いめぐらせ、ある顔が二つ浮かんだ。
「あの二人なら・・・売れる!!」
しかしこの二人をAVに差し出そうにも、首を縦に振るわけが無い。理由が、クズ部長の尻拭いとなれば、猶更だ。
ならば、そうと気取られることなく、出演させればいい。では、どうしたら、なるほど、しかしこの場合、このケースは、ではボトルネックは・・・。
気付けば仁紫子は独り言を呟きながら、夢中でPCに計画のフローチャートを作成していた。誰に見せるでもないパワーポイントの資料が、驚くべき速度で作られていく。
サイコパスな合理的思考は留まることを知らない。仁紫子の怪しい一人作戦会議は、丑三つ時を回っても終わる気配が無いのであった。
・・・続く