XaiJu
ichiarrow
ichiarrow

fanbox


倍々世界16




8月19日


 生まれ住んだ国の首都を壊滅させた育人は、海に向かって歩き出していた。その間にもまだ無事な街や集落はあったが、育人はそれらには見向きもせず、ただそれでもその歩みだけで甚大な被害を出しながら、あっという間に海岸線にたどり着く。


「お~……」


 既に身長2000mを超える育人からしても、まだ海は大きく広かった。もやのかかる水平線ははるか遠くで、広大な水面は太陽の光を反射しキラキラ輝いている。そのところどころに点のような船影がぽつぽつと浮かんでいる。


「軍艦か?」


 育人が目を細めるが、それらの船は遠ざかっているように見えた。ふと足元を見ると、港の桟橋らしきところで接岸する船と人間らしきものがごった返しているのが見えた。


(避難船か……)


 その船で遊んでやるのも面白いかな、と思いながらも、育人は船から目を離して目の前の海に視線を戻した。今は8月真っ只中。気温は30℃を軽く超える超真夏日である。爆弾の炎や熱線の熱さをもうものともしない育人だが、体感的にはそこそこ暑い。そして育人はここしばらく風呂どころか水浴びもしていないのだ。もちろん育人が入れるような風呂があるわけがないので当然であるし、そもそも今の育人に風呂が必要かどうかは本人にすらもわからない。だが、


「気持ちいーだろうな~……」


 育人はゆっくりとしゃがみ、膝を曲げ伸ばす。ただの準備運動だが、身長2000m級の育人はしゃがむだけで体重移動から大地が揺れ、上から押し付けられる空気で暴風が吹き荒れる。人や車が吹っ飛び、半壊した家の屋根が育人の足元で吹き飛んでいく。身体に軽く血が巡り、育人の肉体はより隆々としていた。

 2000m級の高さにあるのは、文字通り山の稜線のように盛り上がった僧帽筋。ブルドーザーもトラックが何台も余裕で乗りそうなほど広い肩幅。筋肉がぎっちりと詰まった大胸筋はもはやその上に球場が建てられそうなほどのでかさで、筋肉の筋を浮かべながらパンッパンに盛り上がっている。両腕は戦艦をいくつもつなげて作ったかのようにボコボコと盛り上がり、浮き上がる血管は人間よりも余裕で太い。軽く腕を曲げた時の上腕二頭筋の盛り上がりだけで風が起きそうだった。腹筋は彫りが深く岩のようなこぶ一つ一つが強大にうごめいており、野球で鍛え上げた筋肉質な尻は座り込めば山一つを押しつぶしてしまいそうなほどにでかい。脚は山肌を思わせるようにボコボコに膨れ、力が入るたび筋肉がブルンと震えて空を揺らす。そして体の中心に垂れ下がる雄の象徴はもはやタンカーサイズ。揺れるたび重苦しく風を切る音が響いていた。一通りの準備運動を終えた育人は、もう一度海に向き直る。

 


「いっくぞーーーーーーー!!!!」


 と、海に向かって数歩駆け出し、思いっきりジャンプした。秒速300mを超える巻き込み風が木や建物をなぎ倒して空へと運んでいく。港にいた避難船は巻き上がる護岸壁が直撃してひっくり返り、人間もろとも波間へ沈んでいく。そうして、もはや億トンレベルの質量をもつ育人は海へ飛び込んだ。


 それはもう、この世のものとは思えない衝撃。たとえ核兵器を何百発も爆破させたところでも足りない。育人の着地点を中心に、同心円状にすさまじい衝撃波が広がった。転覆した船も、なぎ倒された家々も一瞬で爆散する。陸地を襲う衝撃波に道路が地面ごと削り取られ、何とか残っていた高層ビルすらあっさりと折れていく。海から10キロ、20キロ離れても衝撃波はおさまらない。家も、車も、電柱も、店も、駅も、バスも、電車も、人も、橋も、避難所も、地上にあるすべてがまるで透明な巨大ブルドーザーが来たかのように崩されていく。30、40、50キロに達したところでようやく衝撃波が衰えてくる。頑丈な建物は何とか耐える。それ以外はいまだ崩壊する。それがだんだんと減ってきて、100キロあたりでようやく窓ガラスが割れる程度になった。そのあとには人間の鼓膜をたやすく破るほどの爆音が走り抜けたが、50キロ圏内ではその爆音を聞くものはなかったし、100キロ圏内でも気にする余裕のあるものはいなかった。空高くへ巻き上げられた何万トンもの海水と瓦礫が数十キロ圏内で降り注ぐが、降り注ぐ先もすでに壊滅状態だった。

 この数分で街ではなく「地域」が消え、人間の死者は十万を軽く超えた。


「――あれ?」


 だが当の育人があげたのは、何とも間の抜けた声だった。海に飛び込んだつもりだった育人だが今足元にあるのは水ではなくて着地点を中心に広がるクレーター。足は多少濡れているものの、周囲から水が消え去っていた。


「いや、浅すぎ……」


 育人は二、三回泥のような地面を踏みしめる。育人が飛び込んだ先はせいぜい100mとかそこらの深さで、今の育人からすればちょっと深い水たまりほどの水深しかない。そんなところに2000m級の質量の塊が飛び込めば周囲の水が吹っ飛ぶのは当然だった。


「なんだよも~」


 全身で海に飛び込むことを考えていた育人は拍子抜けする。こんなのでは水遊びにもならない。2000m上空で育人は溜息を吐く。


「……まあ、沖に行けばいいだけか」


 育人は顔を上げてそちらに目を向ける。足元はゆっくりとだが周りの海水が流れ込んできている。


「久しぶりに思いっきり泳ぎてえな~」


 育人は沖へと歩を進める。泥混じりの海水を掻き分け、海底ケーブルを悠々と引きちぎりながら育人は海に分け入っていく。海岸から50km離れても育人からすればまだ波打ち際の感覚で、膝すらろくに浸からない。


「おっ」


 としばらく歩いていたが、急に足元が深くなり、育人の半身はざぶんと海に浸かった。冷たい水が火照った育人の体を冷やす。


「くあああ~……気持ちいい……!」


 数日ぶりの行水である。育人はその感覚に体を震わせながら、ゆるゆると泳ぎ始めた。だんだんと深くなって、ついには足がつかなくなる。これだけでかくなっても、まだ海は深いんだと驚きながら、平泳ぎを始めた。小さな島ほどの大きさのある育人が悠々とダイナミックに水を掻く。台風でもないのに周囲の水がかき回される。数時間前に出向していた避難船はあっという間に追いつかれ転覆し、直撃ルートから離れた船も大波にのまれて沈んだ。


「てきとーに泳いでみっか!」


 船の何十倍もの速度で泳ぐ育人。次に犠牲になるのは、海を隔てた向こうの国だった。




倍々世界16

Comments

コメントありがとうございます! もう本当あと数日でそうなっちゃいますね~ ここまででっかくなってくると国という単位にはもうおさまらない…!

ichiya

今はまだ育人君にとっても海とは大きなものという認識ですが、 この調子だと次の日には海すら小さいものという感覚になってしまいそうですね……。 てきとーに泳いだ結果、何の関係もない国が犠牲になる…… 最早巨人にとっては、国というくくりは何の意味も持たず、ただただ破壊対象としてそこにあるという感じなのでしょうねぇ……^q^

曹達(ソーダ)


More Creators