8月14日
冴島育人が破壊活動を開始した、と全世界に発表されたのは13日の午前4時30分。ちょうど夜明け頃だった。それと同時に政府は兵器使用による冴島育人の無力化作戦を開始。戦闘ヘリ小隊による機銃・対地ミサイル攻撃および遠距離からの多目的ミサイルによる攻撃。冴島育人が麓の街へ侵攻してからは高射砲による攻撃も行われたが、いずれも大きな効果は見られなかった。冴島育人は35メートルの巨体にもかかわらず敏捷な動きを見せ、かなりの数のミサイルが回避された。命中した物についても冴島育人から悲鳴が上がったため、一定のダメージはあったと推察されるが、肉体に損傷を与えるまでには至らなかった。
攻撃を回避するため冴島育人は移動を続け、午後2時にはついにまだ避難の済んでいない地域に侵攻。民間人への被害を避けるため攻撃を中止。冴島育人も軍が攻撃できないことに気づき、民間人15人を人質にされ膠着状態になる。午後8時、軍は空爆を開始。報道には民間人の救出は完了したと通達されたが、真偽は不明。数十分にわたる空爆のあと、冴島育人の停止を確認。日をまたぎ、8月14日午後3時30分。
「うわ~きっつ……」
山の上の学校で生存者確認をしていた隊員がなんとなしに口に出す。既に気温は30度を軽く超えているのに、防護服を着ての作業は地獄も同然。それもこれも、この学校敷地内にまき散らされた白濁のせいだ。太陽の光で加熱されあっという間に独特の臭気を放ち、フィルターなしでは息もままならない。
「さあな。でもあっちよりましだろ」
近くにいた同僚が目を向けたのは、麓の街。明るくなって見えてきたのはさんさんたる光景だった。元々大洪水の被害も甚大だったが、難を逃れた家々も蹴り潰され、ビルは倒れ、道路は踏み抜かれて断絶。極めつけは住宅五棟を巻き込んでうつ伏せに地面に倒れた冴島育人の肉体である。
「死体なんてあっという間に腐るのに、シロナガスクジラよりでかいんだぞあれ。しばらく周辺は地獄だろうな……」
「本当にどうするんでしょうねあれ」
「知るか。お上が今考えてるだろ」
***
「本当にどうするかなこれは……」
冴島育人の倒れ伏した場所は、すなわち空爆の爆心地である。瓦礫まみれの道路は車が通れず、それでもなんとか徒歩で到着した調査隊第一陣。灼熱の中防護服に身を包み、目の前の肉体を見上げる。倒れていてもその背中すら見下ろせないでかさ。フィルターを突き抜けてくる火薬と汗のにおい。驚くべき事に建物を十数個まとめて破壊できる空爆を食らったのにもかかわらず、冴島育人の肉体はほぼそのままの形を維持していた。所々傷から血がにじんだりあざのようになっていたりするものの、とても軍の兵器の総攻撃を食らったとは思えない。完全に脈がないところまでは確認されているものの、その頑丈さに調査隊の面々はごくりとつばを飲む。
「腐敗するから早く処分しないとだが……」
「何万トンあるんでしょうね、これ。そもそもどうやって運びます?」
「切断して少しずつやるしか……」
「焼くにしても大変ですよ。海に沈めた方が……」
意見を交わしながら山のような肉体を調査していく調査隊の面々。サンプル採取をしようと試みるものの、分厚い皮膚はろくに刃物が通らない。仕方なく傷口から血を採取し、ちぎれた皮膚の破片を回収する。その調査途中、突如地面が揺れた。
「うぉ、地震か?」
調査隊のその言葉は、続く振動によって覆ることとなる。周期的な振動。ずん、ずん、とまるで叩くような、鼓動のようなそれに地面が揺れている。まさか、と調査隊員たちが今まで調査していたそれを見上げる。
「まさか……」
「いや、でも、もう死んでいるはずです!」
「と……とにかく離れるぞ、退避を……」
そのとき先ほどまでの縦揺れではなく、大きな横揺れが調査隊を揺らす。ズズズズという不気味な地鳴り。瓦礫がカタカタとゆれ、冴島育人の肉体を見上げていた隊員が目を剥く。
「近づいて……?」
「いや、これ、でかく……」
「たいっ……にげ、逃げろっ……!!」
倒れ伏したまま、冴島育人の肉体は巨大化を始めていた。その速度は今までとは比較にならないほどのスピードで、動いていないのにもかかわらず瓦礫や塀をその巨大化で身体の下に飲み込んでいく。必死に逃げていた調査隊の面々も防具服では上手く動けず、なおかつ地面が常に揺れている状態ではろくに走れない。一人、また一人と巨大化する肉体の肌に突き飛ばされ、巻き込まれるように身体の下に押しつぶされていく。そうして、周囲一帯を押しつぶし、巨大化による地鳴りが落ち着いた頃、さらなる揺れとともに、冴島育人の身体が起き上がる。
「ん……あ~………寝てた……のか?」
身体を起こした育人はふわ、とあくびをしながら周囲を見渡した。至る所に破壊の痕跡が見える街。そして昨日のことをゆっくりと思い出していく。受け続けた攻撃、人質を取ったこと、それもろともすさまじい攻撃を受けて気を失ったこと。
「あれ、またでかくなってんな」
育人がその場で立ち上がると、見下ろす街が昨日よりも小さく見える。ぐっ、ぐっ、とストレッチがてら身体をひねってみる。打ち身や擦り傷はあるものの、こんなの野球部の練習では日常茶飯事だ。いたるところでサイレンが鳴り始める。またヘリの音が聞こえてきて、育人は一瞬辟易した表情をしながらも、ギラッとした目つきでそちらの方を見つめた。
「いいぜ、第二ラウンドと行こうじゃねえか」
ichiya
2025-01-04 07:49:32 +0000 UTC曹達(ソーダ)
2025-01-03 05:41:34 +0000 UTC