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小梅
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こちょ憑き(水野彩月編:1)

「えー……では、このリストの生徒さんたちは、五日後に改めて……という感じでよろしいですかね?」


 外科医が手術だけをしていれば良いわけではないように――

 スポーツ選手が試合だけしてれば良いわけではないように――

 大同小異、仕事というやつは外野が見るよりほど一過性ではなく、細々した雑務や人間関係の円滑化など、いらねーと全てほっぽり出したくなる面倒事の数々がもれなくオプションでついてくる。

 つまり俺はただの覗き野郎ではなく――

 薬品や拘束器具に置ける肌アレルギー、喘息持ちや風邪など、体調に問題がある児童に対するメディカルチェックなど――

 真面目に仕事やっていますよと、声を大にして言いたいわけである。

 まぁ今回、それは置いとくとして――

「はい、問題ありません」


 思わず背筋がピンと伸びてしまう、凛とした美声。


「何かありましたら、随時連絡をよろしくお願いします。では、授業がありますのでこれで――」


 分度器で計ったら本当にきっちりと30度でありそうな、慇懃としたお辞儀の後――

 高々と持ち上がったヒップをこちらに向けながら、小気味よい歩調で去っていく、水野彩月教諭。


「oh……超クール……」


 別にぞんざいに扱われたわけではなく、むしろ真逆と言うか……。

 自分のような適当人間には心苦しい、礼節有り余る応対。

 しかしながら慇懃無礼すぎて、なんというか……やれドアノックは何回だとか、椅子に座るのには許可を取れだとか……。

 そういった苦々しい就活時代のことを思い出し、非常に肩が凝ってきてしまう。


「なんか……下心抜きにしてにも、鞭持たせてボンテージ着させたい……」


 先ほど挨拶した、やたら腰の低い……頭髪薄い肥満体型の校長もセットにしたら……もう完璧じゃね?

 などと、学び舎の廊下で不穏な妄想に耽っていると――


「……んっ? ん~……?」


 何か重大なことを見落としているような違和感が、脳裏に浮かび上がる。

 しかし、いくら思い出そうとしても……朧げな記憶の輪郭は鮮明とならず―


「……………………………………………………………………あ゛ーっ、駄目っ! 無理っ! ギブギブ!」


 昼食時、しかめっ面で出前の天ぷらうどん啜っていた俺は、徐にスマホを取り出しTELをかける。

 呼び出し相手は、情報科で唯一親交のある――


「あっ、出雲さんお疲れさまです~」


 毎回必ずワンコールで出る出雲さんに薄ら寒さを覚えながら、平身低頭と頼みごとを伝え電話を切る。

 そして再びうどんに手を付けようとした矢先――

「……マジか」


 恐らく一分も掛かってないであろう。

 メッセージアプリにびっしりと列挙される、水野彩月教諭の事細かな個人情報。

 この人と接していると……他の事務職者が全員無能に思えてきそうで本当に怖い……。

 だがなによりも、出雲さんが悪魔的に優秀だと思うことは、いつ何時誰であろうが、その人間が心の底から欲しい……

 隠したいと願う情報をぶきみ……的確に把握していることであり――


『一応色々上げといた。で、一番欲しいのはこれ?↓』


 ずらりと上げられた個人情報の長文メール。その最後にポツリと載せてある圧縮された動画ファイル。

 まるで誘蛾灯に導かれる羽虫が如く、俺は逸る気持ちを抑えながらファイルを解凍させていく。


「おっ……おぉっ……」


 開けられたパンドラの箱――

 その中身の眩さに、俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

「なんで……これ、忘れてたんだ……」


 真性のロリコンではなく……

 『ロリコンでもある』俺にとって、数ある至宝(コレクション)の中でも、確実にベスト10に食い込む鮮烈さあるものだったが……。


「……あまりにイメージとかけ離れ過ぎだからかな……」


 まぁ……猛省は後でもできると思いなおし、うどんが伸びるのも忘れ、件の映像を最後まで食い入るように見てしまう。


「ふぅ……いやぁ、大変……素晴らしかった……」


 とりあえず、あの周囲の気温が数度は下がるであろう絶対零度の眼差しな不愛想美人、水野教諭と顔を合わせなければならない……。

 という憂鬱は、嘘のように晴れ晴れと霧散していく。

 ……というか今はむしろ、無理やり理由を作ってでも率先して会いに行きたい、と我ながら現金にも思えてしまう。

 だがそれよりも、今イの一番にしたいことは――

「……あっ、出雲さん、度々すみません~」


 素晴らしいものに拝見し、俺の脳細胞が頗る刺激されたのか。

 刹那と湧き出た悪ノ……良案に、出雲さんも快く承諾をしてくれる。

 そして冷め切ったうどんを胃の腑に流し込むこと二分後――

 

「流石にこわいわ……」


 まるで二人の守護霊でもやっているような……両人の事細かなやり取りや、互いの感情の流動。

 そんなものを詳細と書き綴った情報が山のように送られてくる。


「どんな偉い人に逆らっても、この人だけは敵に回したく……あっ――」


 戦々恐々するあまり、季節感のミスマッチに気づけず、偽装化したメールを送信してしまう。

 ……まぁ――


「いっか――」


 添付した動画の素晴らしさに比べれば、あまりにも些細な問題だろう。


「しっかり有難く愉しみなさいよ――」


 人知れず、名しか知らぬ少年にエールを送りながら、三度伸びきったうどんの処理に取り掛かった。







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