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バレンタインの憂鬱

「ちょっとー、救援はまだですかねー。七草にちかさんはここですよー。はやく来てくれないとー、おばあちゃんになっちゃいますよー。」 にちかは不貞腐れたような声を水平線の向こうへ溜息と共に吐き出した。その声と溜息は、波音と海風に攫われ消えていった。 後に残ったのは、何処までも続く大海原と空の青い色だけだった。 「・・なーんて、今更迎えに来られても困るだけなんですけどねー。」 にちかは無意識に髪をかき上げた。その指が耳の大きなリングに軽く触れる。 「あーもー。これ何時まで経っても慣れないな。」 にちかは己の耳に付けられた大きなリング状のイヤリングを恨めしく思いながら軽く引っ張った。 「仕来りだから百歩譲って他のアクセはいいとして、このでっかいイヤリング。これなんなの?何かに引っ掛かって耳が取れたらどう責任取ってくれるの?機能性考えてよね。」 己の身体を彩る色々な装飾を確かめるように触りながら、にちかは一人ごちた。 その折に、己の身体を彩るもう一つの証ににちかの目が留まった。 それと同時ににちかの動きがぴたりと止まる。 「・・美琴さん、あとプロデューサーさん・・無事かな・・。」 にちかの表情が空の色と真逆に染まる。 にちかは白い砂浜にぺたりと座り込み、己の置かれた状況に想いを巡らせた。 「あれからもう一年くらいかなー。」 海外ロケ スケジュールトラブル 飛行機事故 漂流 行方不明 謎の島 原住民 辛い記憶が単語となってぐるぐると頭をめぐる。 一番辛いのは一緒だった人々が今は誰もいない事だった。 スタッフさん達、プロデューサーさん、美琴さん。 にちかの心の支えは全て取り払われてしまった。 今いるのは島の原住民と思われる部族村の人たちだけだった。 島に漂着したにちかを介抱してくれたのは彼らだった。 言葉が分からないよそ者であるにちかを、彼らはとてもよく面倒をみてくれた。傷の手当、食事や寝所の都合、主に村の女性たちが身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれた。 にちかはそれらを悪く思いながらも、有難く享受した。 辞退したところで、16歳の小娘如きが知らない島で一人でどうこうするなど出来るハズもない。 しかし嘗てのにちかには、それが何とかなればこの村を今すぐにでも逃げ出したい理由が有った。 「なんでこの島の人たちは服着る習慣がないの?おかしいでしょ。」 島の部族に衣類を纏うという習慣は皆無だった。 身に付けるのは辛うじて装飾品と呼べるモノのみで、性器は老若男女問わず覆い隠す事などせず生まれたままの姿で生活していた。 そしてそれは村に滞在しているにちかにも強要された。 にちかが初めて村で目を覚ますと、既に着ていた服は剥ぎ取られ皆と同じ一糸まとわぬ姿になっていた。 最初は酷く取り乱し、当たりかまわず物を投げ散らかし抵抗した。 だが周囲の人々が同じ姿をしていた事や、村で過ごす時間の流れと共に不思議とあまり気にならなくなっていった。 島の気候はびっくりするほど過ごしやすい温暖なものだった上に、蚊をはじめとする害虫に悩まされる事が皆無だった。 それらを経験したうえで、にちかは島の人達の姿に少しだけ理解を示せた。 (いや、それでも全裸はおかしいでしょ!) そんな想いを抑えながらも、にちかが島で何とか生活するようになって半年が過ぎようとしていた。 にちかは島を出るか、外部に救助を何とか求めようと考えていた。 そのために村の人達と意思疎通を図ろうと、まず村の言葉を理解する事に努めた。村の言葉は英語でもそのほかの言葉でも無かったのでとても苦労したが、村の人達の介助も有って何とか片言だけだが村の言葉を理解できるようになっていた。 村の人達はにちかが村の言葉を理解する事に意欲的だと理解すると、とても喜んで教えてくれた。 そして或る日、にちかが村の女性の仕事を手伝っていると、一人の老婆が話しかけてきた。杖を突き、曲がった腰に手を当て弱弱しい外見だが、その弛んだ皺に隱れかけた眼には不思議な光が宿っていた。 その二つの光がにちかをじっと捉えている。 「あ、えーと・・い@おヴdぇ・・だっけ?」 にちかは慌てて仕事の手を止め頭を下げ、部族の言葉で挨拶をした。 老婆は村の長老に次ぐ地位で、村での祭祀を取り仕切っていた巫女だった。つまりはお偉いさんである。そんな人に突然声を掛けられ、にちかは少し緊張して棒立ちになってしまった。 老婆はそんなにちかの樣子ににっこりと微笑んで口を開いた。 「dkをpふszvpzそdf」 老婆の言葉は発音が早く、にちかは上手く聞き取れなかった。 「え?な、なんですか?もう一度おねがいします!」 にちかの問いかけに、老婆はもう一度ゆっくりと口を開いた。 「そなdkはpふsz村のvpzになdfか?」 にちかはまたしてもよく聞き取れなかった。しかし何かしらの問いかけという事は理解出来た。 「あ、あー、はい・・です・・?」 にちかが何となく部族の言葉で返事を返すと、老婆はうんうんと静かに頷き、にっこりと微笑みにちかに村独特の祝福を捧げる手ぶりをしてにちかに少し話しかけた。 「kdvcんkbdこhし;cうぇ8fつyぃいhlks・・・」 またしても老婆の聞き取りにくい部族語に、にちかは「はあ・・」と分からずに相槌を打つのみだった。 ひとしきり話が終わると、老婆は別れの挨拶をしてゆっくりと踵を返しさっていった。 後に残されたにちかは訳が分からずぽかんとしたまま立ち尽くした。 すると不意に、周囲に居た村の女性たちが徐に諸手を挙げて歓声をあげた。 そしてにちかを取り囲み何やらお祝いの言葉を向けてきた。 「え?え!?あ、あ!はい。あ、あはははは!」 にちかはすっかり呆気にとられてしまい、すっかり状況においていかいれてしまっていた。いまにちかに出来ることは、只の愛想笑いだけだった。 その夜、何故かにちかは村の祭壇前に連れて来られていた。 祭壇と言っても木組みの櫓にご神体と思しき大きめの不思議な色の石塊が奉ってあるだけの簡素なものだったが。その祭壇の前に何やら見た事の無い薬と思われる物体の入った木椀や、木で出来た様々な器具が並べられていた。そしてそれらの前に誂られた藁の寝床に、不安げな表情を浮かべたにちかが座らされていた。 辺りを村の人間が厳粛な表情のまま大勢囲い込み、そこかしこに掲げられたいくつもの篝火に照らされていた。 その様子に、にちかは不安が増大していくのを感じた。 「ちょっと・・私、急に連れてこられて・・なんなんですかね、これ?」 にちかは傍らで黙々と儀式の準備に勤しむ老婆に恐る恐る訪ねた。 しかしにちかの言葉が通じなかったのか、老婆はまるで聞こえなかったかのように準備の手を止めない。 にちかは増々不安になり、たまらず大きな声を上げた。 「あ、あのー!私!まさか生贄になるとかじゃないですよね!?それはちょっとご遠慮願いたいんですけどー!」 その声に反応したのか、準備が終わったのか、老婆の手がぴたりと止まった。そしてゆっくりとにちかの方をじっと見つめた。 老婆の不思議な眼光がにちかに注がれ、にちかはたまらずすくんでしまった。そして老婆がゆっくりと口を開いた。 「今一sdhにちdwpw@聞く。s元dそw場所sぉえlg戻cxw良mwzじゃな?此wpづyf仲間そあ^phs?」 にちかはまたしてもよく聞き取れなかった。だが元の場所に戻れるとかそんな事を言っていたようだ。にちかはここに来て初めて戻れる手段が存在するのかと興奮して息巻いた。 「は、はい!ぜひ!!」 にちかは藁にも縋る思いで老婆に詰め寄った。 その様子を見届けた老婆は、ゆっくりと深く「ウム」と唸った。 そして祭壇の前に置かれた木椀を取り上げ、にちかの方に差し出した。受け取った木椀の中を覗いたにちかは困惑した。その中身は強い薬品のような匂いがするどす黒い液体だった。どうやらにちかに飲めという事のようだった。 「う・・え、コレ飲む・・んですか、ね・・?」 にちかは歪めた表情のまま、上目遣いで老婆の方を窺った。 老婆もまた無言のままにちかの様子を窺っている。 無言の圧力に、にちかは溜まらず助けを乞うように周囲を見回した。 すると村の人間が同様に無言のままにちかの樣子を見つめていた。 どうやら自分に選択権は無いようだ。 そう悟ったにちかは腹を決めるしか無かった。 「もー!死んだら責任取ってもらいますからねー!!」 そう吐き捨てると、にちかは目を閉じ勢いよく木椀を呷った。 苦い液体が喉を滑り落ちていく。 一瞬の吐き気の後、にちかは視界がぐわりと揺らぐのを感じた。 「は・・れ・・?」 そう発した言葉を最後に、にちかは藁の床に倒れ込んだ。 藁のせいか、薬のせいか、不思議と倒れ込んだ痛みは感じなかった。 それどころか感覚が無かった。まるで録画状態のスマートフォンを地面に落としてしまった映像のように、にちかの視界は真横の世界を映したまま停止してしまった。そしてだんだんと視界が暗くなっていく。それは聴覚も同樣だった。どこか遠くで老婆の祝詞が聞こえる。村のみんなの歓声も。 (ああ、私はやっぱり生贄か何かにされちゃったんだ・・お姉ちゃん、美琴さん、プロデューサーさん・・たすけて・・) そしてにちかの意識はゆっくりと遠くなっていった。 (うーん、なんかあっついなあ。) にちかは焼けるような暑さに床の上で身を捩った。 (今日って何日だっけ・・当番私?・・お姉ちゃん?) 脳が機能していないせいか、繰り出される思考は的を得ていない。 (なんか日焼けしたっけ?凄く肌が熱い) にちかは寝転んだまま肌を摩る。まるで長時間炎天下で燒かれたような肌の痛みには、妙な違和感が有った。摩る肌はどこも微かな隆起をしていた。腕、腹、脚、首、摩る度に意識がはっきりしてきた。これは気のせいではない。何か、有る。 そう意識したにちかは、次第に脳が覚醒するにつれ妙な焦燥感が沸き起こり始め、反射的に飛び起きた。 「・・・え、・・これ、何?、ちょっと、まって、ねえ・・」 霞んだ眼を瞬かせ、己の身体を確認するにちかの肩が震えた。 肩だけでなく震えは全身に伝播した。それと同時に大量の汗が吹き出た。その汗は全身に刻まれたばかりの刺青にじわりと沁みて痛んだ。 にちかの肌に刻まれた部族の人々と同じ模樣の刺青は、見える箇所すべてに及んでいた。 手、脚、腹、胸、見えてはいないが、汗が沁みる痛みは背中や顔にも及んでいたので、大方の予想はついてしまった。 恐怖とも混乱とも何とも付かない震えが起こり、にちかの歯がガチガチと音を立てて鳴った。 思考がはっきりしてくるにつれ、これまでに起こった事が全て理解できた。 あの日に行われた儀式は外部の人間を仲間に迎え入れる儀式だったのだ。そして老婆がにちかに問うた言葉は、にちかに本当に仲間になる覚悟が有るのかを確認するものだったのだ。それを訳も分からず戻れる手段だと誤解して、易々と了解してしまった。 にちかは己の間抜けさと起こってしまった事態を只管に呪った。 そして自己嫌惡と後悔でぐるぐると思考が廻る。 当然の事だが刺青は消せない。 苦労して掴んだ夢であるアイドルにももう戻れない。 それどころかもう日本にも戻れない。 手段が見つかっても、もうこんな身体では日本には帰れない。 こんな姿ではみんなにも逢えない。 あわせる顔が無い。 お姉ちゃんや美琴さんやプロデューサーさんにも。 「あ・・うあ・・え゛・・えう・・」 にちかはあらゆる感情がぐちゃぐちゃに入り混じり、 堰を切った怒涛の如く、涙と嗚咽と絶叫が溢れ出した。 声を聞きつけたのか、にちかが寝かされていた集落の小屋の外から村の女性たちが駆けつけてきた。そしてにちかの取り乱す姿を認め、慌ててにちかを介抱しようとする。だがにちかはその手を払いのけ、まるで駄々をこねる子供のように床に伏せったまま大きな声で泣きじゃくった。 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!お゛ねえち゛ゃああん!!わ゛たじ!!どうじたらいいのおおお!!」 顔をぐちゃぐちゃに泣き腫らし、にちかは最も身近で信頼すべき姉の助けを乞うた。無駄な事とは理解してはいたが、そうせずにはいられなかった。そうでもしないと崩れかけた心が保てなかったのだ。 にちかの樣子に、駆け付けた女性たちはおろおろとするばかりだった。やがて何が原因であるにしても、解決できるのは時による癒しだけだと判断し、女性たちは今はそっとしておこうと話し合い、にちかを暫くそっとしておいてやる事にして、女性たちは小屋を後にしていった。 にちかは再び暗い小屋の中で、一人己の感情を爆発させ続けた。 「あー、長いようで早い一年?だったなー。・・だいたいそのくらいだよね。」 にちかはすっかり島の人達と同じ位に黒くなってしまった肌を撫でながら、島に来てからの一年を回想してぽつりと呟いた。 いまのにちかは刺青を入れられ、取り乱し、絶望の淵に居た頃が嘘のようにあっけらかんとしていた。 「なんだかんだで、人間馴染んでいくものなんだね。あはは。」 にちかは自嘲気味に乾いた笑いを浮かべた。 取り返しのつかない事態にはなってしまったが、正式に部族の一員となってからは、にちかに対するむらのみんなの接し方が明らかに変わった。距離感、仕事、仕来り、おしゃべりなど、にちかがまるで昔から村に居たかのように振舞ってくれるようになったのだ。そんな不思議な一体感に、にちかの心は次第に元の元気さを取り戻していった。 「美琴さん、プロデューサーさん、無事に生きて日本に帰れたかなー。プロデューサーさんはダメでも、せめて美琴さんだけは絶対生きて帰ってて欲しい!」 にちかはそう言った不謹慎な自分に少しだけ罪悪感をおぼえた。 二人やスタッフさん達はどうなっただろうか? それを確かめる術は無い。 にちかは、まるで自分だけが島に取り残されてしまったかのような寂しさを日々感じていた。 「もう元に戻れなくても、せめて救援隊くらいはここを探しにきてくれてもいいんじゃないの?飛行機落ちてアイドルが行方不明になってるのに!一年もほったらかしとか職務怠慢でしょ!」 にちかはやり場のない駄々のような怒りを砂浜を蹴散らす事で発散した。 「ニチカ」 すると背後からにちかを呼ぶ低い声がした。 その声ににちかはあからさまに怪訝な表情を浮かべる。 「あー、イディ。何?私忙しいんですけど。」 イディと呼ばれた巨漢の男が、にちかの背後からのそりと顔を覗かせた。 「コンナトコロニイタノカ。ミナガマッテイル。イッショニイコウ。」 イディはそういうと、にちかの肩に優しく手を載せた。 イディの筋肉質な手がにちかの肩に載ると、にちかは一層不機嫌な顔になった。 「ちょっとイディ、まだ結婚すると決まったワケじゃないんだから軽々しくさわらないで貰える?」 にちかはそう突っ撥ねるように言い放つと、肩に載ったイディの手を払いのけた。 「ニチカ、ソンナニツレナクスルナ。モウキマッタヨウナモノダシ、オレタチハモウナンドモアイヲカワシテイル。」 体躯に似合わず、イディは淋しそうにそうこぼした。 その言葉ににちかは瞬時に赤面した。 村の仕来りとして、成人と判断された男女は村の人間と必ず番になる。それは巫女の占術により決められる。ほぼ決定が覆る事は無い。 部族の一員となったにちかも、この仕来りからは逃れられなかった。 「ちょっと!それは仕来りで仕方なくでしょ!私はイディなんか御免なんですけど!」 にちかは赤面したままイディに言い放った。 村の仕来りで、番と見做された男女は婚姻前に幾度か夜を共にする事を要求される。その相性如何によって婚姻の可否が決まる。とはいえこれは儀礼的なもので、夜を共にした男女はほぼ例外なく番になっていた。 「私、先に行くから!」 にちかはそう言うと、足早に村へと歩を進めた。 するとにちかの秘所からぬるりとするものが滴り落ちてきた。 歩くたびにそれは股で擦れて、微かに淫靡な音を立てる。 その音ににちかは一層赤面するのを感じた。 イディに肩を触れられただけで、身体を不思議な電気が走った。 そう思ったらこれだ。何度かイディと夜を共にした結果、 にちかの身体には抗いようのない感覚が刻まれてしまっていたのだ。 (!!!!あんなゴリマッチョ!!ゼッタイ!有り得ないから!!) にちかの名を呼び小走りに寄ってくるイディを背後に感じながら、 にちかは一層歩を早め歩き続けた。 逃れられない己の運命に必死に抵抗するように。 以前描いた「部族化踊り子美琴」の世界観でにちかサイドを描いてみました。何となくにちかの刺青が描きたかっただけなので、駄文はホント付け足しです。にちかは描いてて新鮮だったので、また続き描きたいですね。

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