「ん・・あ・・て・・ちゃん・・」 千雪は魘されていた。 アルストロメリア初めての海外ロケ。 不安と期待に満ちた日々はあっという間に過ぎ去り、 残すところ予備日一日となっていた。 そんな予備日を先方の計らいによりホテルビーチでの自由時間を手に入れ喜んでいたのも束の間、まさかあんな事になるとは。 「・・プロデューサーさん・・」 千雪は見えない闇の中で重い手足を必死に動かす。 甘奈と甜花に連れられて海遊びに興じていた最中、突如として甜花が溺れ海中に没したのだ。それを見るや否や、反射的に甜花を救おうと手を伸ばした甘奈も同時に海中に没した。あっという間の出来事に千雪は混乱してしまい、狼狽えつつ反射的にビーチで待機していたプロデューサーに向かって叫んだ。 「プロデューサーさん!!甜花ちゃんが!!」 そう叫ぶ頃にはプロデューサーは海面を疾走しつつ、 あっと言う間に早泳ぎで千雪の元に辿り着いた。 おそらく常に此方を監視してくれていたのだろう。 千雪は感心しつつも現状を再認識し、 続けてプロデューサーに伝えた。 「甘奈ちゃんも・・!」 その声がプロデューサーに届いたのかどうかは分からなかったが、 プロデューサーは千雪の近くに到達すると千雪に目もくれず海中へと潜っていった。 後に残る居心地の悪い静寂。 千雪は混乱して震える手を押さえながら心を落ち着ける事に努めた。 (どうして?なぜ?おかしい) 千雪は冷静さを取り戻しつつある頭で思考を巡らせ始めた。 海とは言え、ここは遠浅のビーチ。 離岸流という危険こそあれ、突如として溺れるような海域ではない。 ましてや先ほどまで脚を着いて泳げるほどの深さしか無かった。 それがどうして? 千雪はみんなが消えた海域で漂いつつ、訝しげに海を見つめた。 潜っていったプロデューサーも上がってくる気配が無い。 千雪は恐怖と疑念を抑えきれなくなってきた。 このまま漂い続けていても埒が明かない。 「私も行かないと」 千雪は込み上げる焦燥感と恐怖心を吸い込んだ空気と共に飲み込み、 海中へと身を投じた。 海中に身を投じてゆっくりと眼を開く。 そこは暗く深い海。 千雪は驚きを隠せなかった。 そこは先ほどまで脚を着けて遊んでいた海ではない。 深く底が見えない真っ暗な海。 先ほど潜っていったプロデューサーを含め三人の姿はどこにもない。 千雪は恐怖心を抑えながらゆっくりと潜っていった。 辺りを見回してもやはり三人は見当たらない。 千雪は最早自分の手には負えない事態なのだと悟った。 自分に残された手段は一刻も早くホテルに戻り救援を要請すること。 その結論を胸に千雪は海面に上がろうとした時、それは起こった。 千雪の身体が海中に引き込まれ始めたのだ。 慌ててもがく千雪だったが、 それもむなしく身体はどんどんと海中に引き込まれていく。 千雪は恐怖とパニックですっかり恐慌状態に陥り、貯め込んでいた空気を海中に放出してしまった。 (しまった!) 千雪は体内に流れ込む海水の冷たさを感じながら、 もうどうにもならない終わりを感じていた。 経験した事の無い苦しさに手脚を動かすのも束の間、 薄れる意識の中でゆっくりと訪れる恍惚とした快感が身体を支配し始めた。 ・・ああ・・私・・もうだめなんだ・・ なんともあっけない。 かなしい。 これがおわり。 みんな・・。 お父さん・・お母さん・・。 千雪はぐるぐる巡る樣々な記憶の本を捲りながら、 ゆっくりと意識を閉じていった。 「ん・・うう・・」 千雪は魘されていた。 暗く深い闇の中、何も感じない無の空間。 手脚を必死に動かそうとするも、重く全く動けない。 千雪はぼんやりとした頭で思考を巡らせる。 死後の世界 幽霊 恐怖を覚える単語が頭に浮かぶ。 身体が動かない 苦しい 永遠にこのまま 追い打ちをかけるかのように嫌な単語が畳掛けてくる。 「う・・いや・・」 「あ!あなた!千雪さん起きたみたいだよ!」 千雪が呻き声を上げると同時に、突如聞き覚えのある声が聞こえた。 「・・て、甜花、お水もってくる・・!」 快闊な透き通る二人の声。バタバタと忙しい音。 懐かしく愛おしいその雰囲気に、 千雪は必死に目を明けようと努力した。 「ん・・う・・」 千雪がゆっくりと眼を明けると、 そこには見知らぬ天井が拡がっていた。 藁ぶきの屋根、見たことの無い作りの家だ。 考える暇を与えず蒸し暑く熱気を帯びた空気が頬を撫でる。 南国特有の空気の匂い。 覚醒しつつある頭を駆使した結果、 千雪はどうやら助かったらしいという結論に達した。 「あ・・甘奈ちゃん・・よかった・・」 千雪は未だ夢現の頭で、無事を認識した仲間の方に寝起き眼のまま目をむけた。 その瞬間、千雪の頭は再び凍り付いた。 「?どうしたの?千雪さん。」 千雪は甘奈を見やったが、それは千雪が知る甘奈の姿とはかなり異なっていた。 浅黒く焼けた肌、全身を彩る不思議な紋様、文字通り一糸まとわぬ姿、それ以上に異彩を放つのが鼻に取り付けられた金属のリングだった。 「え・・?あ、甘奈ちゃん?」 狼狽する千雪をよそに、きょとんとした表情の甘奈。 千雪が混乱した頭で横になったまま次の詰問を模索していると、バタバタと駆け寄って来る音がした。 「ち、千雪さん・・お水、持ってきた・・よ」 音の主は、木の器を持った甜花だった。彼女もまた甘奈と同様の姿をしていた。二人は全くその姿を意に介していないようだった。 「あ、ありがとう。・・甜花ちゃん・・甘奈ちゃん・・その」 千雪が再び詰問しようとすると、屋外からドスドスと歩み寄る音が聞こえた。 「千雪、起きたのか。もう身体は大丈夫なのか?」 千雪を気遣う野太い声。千雪はその声を聞くと不思議と安心した。 そして何故か同時に下腹部が熱くなってきた。 「プロデューサーさん」 千雪が嬉しそうに声を上げてプロデューサーを見やると、なんと彼もまた二人と同じ姿をしていた。浅黒い肌、逞しい筋肉を彩る紋様、一糸まとわぬ肢体。そして彼女たちと決定的に違うのは、無防備に晒された剝き出しの男性器だった。 初めて見る近しい人間の男性器。 千雪は餘りの様相に顔と身体が一気に熱くなるのを感じた。 ふつうならば即座に目を逸らすところだが、 何故かその光景から眼が離せない。 そんな千雪をよそに、プロデューサーは不思議そうな表情をしながら不可解な言葉を千雪に放った。 「そんな風に呼ばれるのは久しぶりだな。どうした千雪?」 その言葉に千雪は我に返った。 プロデューサーの言葉に甘奈が乗じて口を開く。 「ホント久し振りだね。もうそんなよそよそしい関係じゃないのにね!」 甘奈は少し照れながら苦笑した。 千雪の思考は奇妙な方向に傾いていく。 (何かがおかしい。みんなの容姿や言動、どれも辻褄や理解がズレている。何故みんな惜しげもなく裸体を晒して未開部族のような姿をしているのか?久しぶりとはどういうことなのか?) 未だ寝起きで覚束ない頭で、混乱した現況を必死に整理する。 千雪はその過程でふと自身に想いを巡らせ、ぞくりとした感覚をおぼえた。 先刻から横たわったままだが、衣類の感覚が無い。 自身の身体にずっと感じている違和感。 妙な部位に触れる金属の質感。 千雪は額に滲む汗と早くなる鼓動を感じながら、 小刻みに震える首を持ち上げ、 横たわったままの己の肢体に目を向けた。 千雪はその有樣に心身共凍り付いた。 そこにはいつもの見慣れた己は存在していなかった。 皆と同じく浅黒く焼けた肌。刻まれた紋様。肥大化した乳房に嵌められたリング。見えはしないが鼻に何かが付けられている。千雪はおそらくそれが甘奈や甜花と同じリングだろうと認識した。 よくよく己を観察すると、千雪の鼓動と呼吸は急速に早くなった。 乳房からは白い液体が滲んでいた。それは想像通りのモノであるならは、己が母として存在している事に他ならない。 最初ペイントだと認識していた身体の紋様は、間近で見るとそうではないとすぐに直感で分かった。千雪は震える手で己の腕を擦る。当然落ちるハズも無く、全身のそれが同様のモノだと悟り震えが酷くなり止まらなくなった。 「・・はっ!・・はっ・・・!」 千雪は発作のような状態に陥り、呼吸が乱れ寝ていられなくなり溜まらずのそりと起き上がった。 「千雪さん!まだ寝てなきゃダメだよ!回復したからってまだ産後間もないんだから!」 起き上がった折に激しい頭痛が千雪を襲った。 そんな中でも甘奈の言葉を一部千雪の耳が捉えた。 「産・・後・・?」 千雪は己の身体を再び見やった。 眼下の乳房からはぼたぼたと白い滴が流れ落ちている。 その下に見える己の腹部はまるで風船が萎んでしまったかのような状態になっていた。 千雪の脳は理解の限界を迎えていた。 その瞬間、ふわりと意識がぼやけ眼前が白くなりはじめた。 (これは夢だ) 千雪は現状を拒否した。 (これは夢の旅だ。こんな突拍子も無い話、現実だと言われて誰が理解するのか) 千雪は自分に言い聞かせながら、いつぞや見掛けたポスターの一文を思い起こした。 『解き放たれて、本当の自分に出会う旅』 本当の自分がどちらかなのか、そんなことは言うまでもない。 千雪は薄れゆく意識の中で、ふっと笑った。 (夢という理性から解き放たれた意識の旅というのは、本当に理解を越えている。自分のなかにこんな願望が有ったのだろうか? 早く目を覚まそう。みんなが待ってる。眼が覚めればまたみんなといつもの日常が) 千雪の意識はゆっくりと意識の淵を滑り落ちていった。 ぼんやりと殘る一抹の不安を心しながら。 此方はTwitterフォロワ様2222人記念に受け付けたリクエストイラストです。千雪さんが多かったので、ついでに先日描いた大崎姉妹部族化の別ルートとして駄文も書いてみました。