灯織は再び文明の光を浴びていた。 色とりどりの光で彩られた世界。 それは決別したはずの懐かしい世界。 観衆渦巻くステージにも似た世界。 アイドルとして皆に喜びと笑顔を提供していた眩い世界。 灯織はLEDライトの光を眺めながらそんな思い出に耽っていた。 灯織は最早アイドルではない。 島で愛する夫とふたりの娘に囲まれ、 幸せな生活を送る一人の母親だ。 それが今はバニーガールの恰好で、 代わる代わる来る下卑た男たちの相手をしている。 「待ってて・・無事でいて、あなた」 それは突然訪れた。 灯織が夫と海辺の定期的な漂流物の探索をしていた時、 海岸沖に一隻の船が停泊しているのに気付いた。 それは大きさからして漁船か何かのような小型船だった。何をする船なのかはその外見からはよくわからない。 灯織にとって島に流れ着いて以来、初めて見る文明的な船だ。 灯織の夫もそんな船を見るのは初めてのようで、かなり警戒していた。 灯織も昔ならば我先に救助を求めて大声で叫んでいただろう。 だが島での生活に己を見出した灯織にとって、それは警戒の対象でしかなかった。 自然と夫は灯織を守るように抱き寄せた。 灯織もそれに応え、船を警戒しつつ夫の厚い胸板をぎゅっと抱きしめた。 程なくして船からゴムボートらしきものが下ろされ、数人ほどが乗り込んだ後灯織たちの方へ向かってきた。近づくにつれ、それらが銃を手にした三人の男性であることが分かった。三人はいずれも白人で、まるでハリウッドのアクション映画に出てくるような「風体の良くない悪役」といった出で立ちをしていた。南国風の衣服、腕や首に彫られた刺青、各々の手に握られたライフル、どれも灯織たちと友好的に接してくれそうな要素が見受けられなく、灯織は一層不安になり震えだした。そんな灯織に応え、夫は一層強く抱きしめた。 男たちは着岸するや否や、灯織たちを指差し下卑た歓声を上げたそして灯織たちの方に駆け寄るや否や、聞いたこともない言葉でまくし立て始めた。灯織だけでなく夫も初めて接する言語のようで、その表情には困惑の色が見て取れた。夫も負けじと部族の言葉で「おまえたちは何者だ」とか「どこから来た」とか詰問し返していたが、互いに言葉は通じず両者の関係は一向に進展しなかった。 そのうち男たちの一人が聞き覚えの有る言葉で話しかけてきた。訛りが強いのか、端々しか理解出来ないが間違い無く英語だ。 どうやら相手も夫と同じような詰問をしていたようだ。違うのは相手の興味が途中から一方的に灯織へと注がれていた点だ。 「何故二人とも裸なのか」 「何故アジア人がここにいるのか」 「おまえは美しい」 「ボスも気に入る」 「連れて行く」 聞き取れる単語をつなぎ合わせただけでも、灯織たちにとってどんどん状況が悪化していくのが解った。灯織はたまらず夫に危険を知らせ、震える声で「逃げよう」と伝えた。 それとほぼ同時に、男たちの一人が夫に寄り添う灯織に近寄り、徐に髪を引っ張り上げ自分の方へと引き寄せた。 「痛いっ!」 灯織はたまらず髪を庇おうと反射的に抱きしめる手を緩めてしまい、男の方へと引き寄せられかけた。それに反応して夫は「やめろ!」と灯織を抱きしめつつ男の手を振り解こうと応戦した。しかしそれも鈍い打撃音と共に、力無く止まってしまった。残りの二人がライフルの台尻で夫の頭部を殴打した為だった。夫は糸の切れた操り人形のように灯織の足下へと崩れ落ちた。 「嫌っ!!あなた!!」 灯織が夫を気遣う声を上げたと同時に、灯織の頭部にも同じ一撃が加えられた。灯織は何が起こったか理解するより先に意識を失ってしまった。 灯織が頭の痛みで目を覚ますと、そこは見慣れない場所だった。 灯織は冷たい床に倒れこむように寝かされていた。 そこはどうやらコンクリートの建物のようだった。雑居ビルの一室を思わせる何もない空虚な部屋。そこに銃を持った一人の見知らぬ男が暇そうにスマートフォンを弄りながらドアの側に立っていた。灯織が目を覚ましたことに気が付くと、聞きなれない言葉でドアの外側に向かって呼びかけ始めた。するとドアが開けられ、扉の向こうからこれまた見知らぬ男が顔を覗かせ灯織を一瞥した。そして「来い」と英語で一言語りかけてさっさと何処かへ行ってしまった。灯織があっけにとられていると、先ほどから室内に居た男が何かしら一言灯織に話かけ腕をつかんで起こし上げた。 じゃらり 不意に聞こえた無機質な金属音に灯織は己の腕を見た。 両手両足が鎖と枷で繋がれている。 灯織は己の境遇を漸く理解した。 自分は奴隷か何かとして攫われてきたのだ。 イヤだ、こんなの。 逃げたい。 いますぐ夫と子供のもとへ帰りたい。 そうだ夫は? 混乱した頭でぐるぐると想いが巡り、 灯織の脳裏に倒れた夫の姿と、 夫の頭から流れ出る赤い血がスローモーション映像のように思い出された。 「イヤ!離して!島に帰して!」 灯織は途端に取り乱し、 激しく抵抗して男の手を振り解こうと暴れた。 男は灯織に何かしら叫び、慌てて取り押さえようと躍起になった。 そしてあの時と同じように、灯織の頭部に銃の台尻が打ち付けられた。 「あなた・・」 灯織は再び暗い意識の闇へと落ちていった。 下品な指輪や装飾品をジャラジャラと付けた成金風小太りの男、強面の男たちを従えたどこかの重役風の男、身体のあちこちに漢字の刺青が彫られた中華マフィア風の男、灯織は今日も彼らのもとへ酒の注がれたグラスを運ぶ仕事をしていた。立ち去り際に男に抱き寄せられ胸を、尻を、秘所を触られ揉まれる事もしばしば。しかし抵抗してはいけない。抵抗すれば彼らの機嫌を損ない、約束ばかりか命まで消し飛んでしまう。 灯織はいま、あの日灯織を連れ去った男たちのボスに仕えていた。 ボスは麻薬組織の密輸部門を取り仕切っている男で、 あの日見掛けた船もボスの麻薬密輸船だったようだ。 GPSの不調で迷った船がたまたまあの島に流れ着き、島で見つけた部族の女を部下が勝手に攫ってきたが、それがボスのお眼鏡に叶ったというわけだ。灯織と夫としてはとんだ災難である。 灯織はボスに帰してくれと懇願したが、ボスの態度からしてそれは望み薄だった。ボスは灯織をいたく気に入っており、夜伽も頻繁に要求した。灯織はボスに取り入ろうと必死に言葉を覚え、奉仕した。 そんな日々を送るうちに、ボスが気変わりを見せ始めた。 「客たちに奉仕し、商談がうまく纏まり続けたら解放を考えてやってもよい」 かなり怪しい約束事だが、灯織にとっては地獄に垂らされた蜘蛛の糸に等しい救いの言葉だった。 灯織はそれを快諾した。 そして今日も灯織はバニーガールとして男たちに酒を運び奉仕する。 一糸まとわぬ生活にすっかりなじんでしまった灯織にとって、 久々に纏う衣服は不快感を催すモノでしかなかった。 すぐにでも脱ぎ去ってしまいたい衝動を押さえつつ、 灯織は今日も奉仕する。 夫と子供の待つ島への帰還を願いつつ。 「待ってて・・無事でいて、あなた」
囚人六号
2022-03-18 13:30:37 +0000 UTC中将
2022-03-18 12:29:42 +0000 UTC