「いったいなにがあったのか」 樋口円香は困惑していた。 大晦日の夜、自分は確かに皆と居たはずだった。 日付が変わるその瞬間、みんなでジャンプしたはずだった。 「いけっ」 透の掛け声と共にジャンプしたその時、一瞬周囲が明るく感じた。 (街灯?車のライト?だから道端でなんてやるもんじゃない) そんな考えが頭を過った。しかし着地した瞬間、円香はすぐさま違和感を感じた。 あんなに寒かった外気は毛ほども感じず、代わりに澱んだ生暖かい空気が鼻腔を通り抜けた。 辺りは薄暗かったが、それは夜の暗さではなく何か建物内部の暗さだった。 周囲に幼馴染たちの姿はなく、代わりに黒衣を纏った大男と奇妙ないでたちの大男が二人立っていた。 黒衣の大男はマンガに出てくる悪の魔法使いといった風貌で、フードを目深にかぶっていた。円香が相手を男だと認識したのは、その黒衣から垣間見える逞しい腕のせいだった。 黒衣の大男の両脇に立つ大男二人は円香の固定観念を大きく打ち砕いた。二メートル近い身長、恐ろしく発達した筋肉、古代剣闘士のような衣服と装備、そして何より眼を引いたのはその肉体的特徴だった。黄色く光る両目と緑色の肌、長い牙、尖った耳、ファンタジー作品にでてくる「モンスター」という言葉がぴったりとあてはまる。 「なに・・ちょっと・・」 アニメやマンガで見るディフォルメされた映像ではなんの感情も浮かばなかったが、こうしてリアルで形容されると恐怖という概念が一気に体を支配する。円香の身体は小刻みに震え、足がすくみ動かない。 それでも声を振り絞り黒衣の男に誰何する。 「あんた・・なによ・・」 円香がそう言い終わるや否や、黒衣の男は右手を円香のほうに向け二言三言聞きなれない言葉を発した。 すると円香は急速に意識が遠のくのを感じた。 しきりに堪えて頭を打ち付けないよう四つん這いになりそしてゆっくりと倒れ込む。 消えゆく意識の中、何故だか幼馴染たちの顔が走馬灯のように浮かんできた。 「透・・」 どれだけ時間がすぎただろうか。 円香は暗い部屋で目を覚ました。 現状を把握するため意識を体に這わせると、腕の痛みと肌寒さを感じた。 引っ張られるような腕の痛み、どうやら吊り下げられているようだ。 少し動かすと、ジャラジャラという重い鎖の音がした。 肌寒さはすぐわかった。着ていたものが全て剝ぎ取られ、代わりにみすぼらしい布きれを一枚着させられている。 「なにこれ・・囚人服?・・」 暗がりで目を凝らし、自分と周囲を確認する。 石畳に鉄格子、黴臭い空気、どうやらどこかの地下牢といった感じの部屋だ。周囲には誰もいない。 「いったい何が目的なの・・」 円香はため息をつき考えた。すると自分の身体のあるものに目が向いた。 何か身体に書いてある。文字のような模樣のようなものだ。 いったいいつの間に落書きされたのかとまたため息をつきかけたが、即座にイヤな予感が頭を過った。 身体の痛みは吊り下げられた腕によるものだけでなはい。 全身の至る所からだ。 自分から見える胸と脚の部分、落書きのあるまさにそこから痛みが来ている。たちまち円香の額に冷や汗が滲み動悸が激しくなる。 「ちょっと・・もしかして・・これ・・うそ!」 その時どこかで重い扉が開く音がした。 何某かが此方に歩みを進める音が聞こえる。 円香は不安と恐怖と悲しみと絶望が入り混じり、意識が混濁し始めていた。そして歩みの主が現れるのを待たずに意識を失った。 (つづく)