【全体公開版】転生公爵様はヒロインに興味がありませんので! その後のおまけ
Added 2025-09-30 13:00:00 +0000 UTC【依頼内容】
・ダンドランが聖女パーティ内ではどう過ごしていたか
・それがリローダン(転生)と出会ってからどう変わっていったか、作中後半〜最後の告白やプロポーズを受けてからはどうなっているのか
【本編】
ガタンゴトンと馬車が揺れる。俺は不規則な揺れに体を預けたまま、座席の真ん中で腕を組んで目を閉じていた。
本来なら俺は横に詰めて座るべきなのだろう。だが、俺はシュヴァン家の忌み子、邪竜の力を身に宿した黒星のダンドランだ。竜の体は常人より大きく成長し、筋肉を詰め込んだ肉体は見た目よりもずっと重い。俺がひとたび拳を振るえば、守護の力を持ったステリアルでも苦戦するだろう。
馬車の片側にかかる負担を考え、俺は一人で座席を占拠している。それに、俺の隣に座りたがるような奴など誰もいない。
夜よりも濃い黒の鱗に加えて、黒の礼服に肩掛けジャケット。前に伸びる角は先端が赤く、存在そのものが不吉だと皆が口をそろえて言う。黒星の瞬きは夜そのもので、世界を夜で満たそうとした邪竜の眷属だと、口さがない愚か者どもは俺をそうあざ笑う。
「……」
しゃべるのは苦手だ。向かいに座っている仲間たちにも、自分から話しかけることはあまりない。聖女リアラが間を取り持ってくれて少しはコミュニケーションが取れるようになってきたが、今彼女は皇太子と別の馬車にいる。
馬車という密室は好きではない。俺には小さすぎるし、会話で場を持たせることもできないからな。息苦しい沈黙を長く続けるのは苦痛であり、早く天山ヤーバルに着いてくれと願うばかりだ。
「なあ、ダンドラン」
やり過ごそうとしていた俺に話しかけてきたのは、声からして赤いたてがみを持つ獅子だろう。
視界を開くと目の前に座っていた太陽の力を持つヒニガン=モニ=イリカザートが、だらしのない座り方をしている。着崩したシャツからもわかる通り、こいつは少々礼儀がなっていない。
「お前さ、最近リローダンはどうだ? リアラの事でも何か探られたか?」
「それは……」
なんて言ったらいいものか、俺は答えあぐねていた。
少し前の舞踏会で聖女と和解した白虎の姿を思い返しても、適切な言葉を見つけることはできない。そもそもあいつは、俺の呪いを治める代わりに笑顔を要求してきたのだぞ。
からかっているに決まっている。こんな醜い俺の笑顔に何の価値があるというんだ。俺は黒星のダンドラン。邪竜の呪いで常時痛みに苛まれ、いつか狂うことが確定している哀れな竜。
……そんな俺を誰が愛してくれる。
だが、あいつは会うたびに嬉しそうに笑い、まぶしく俺を照らし出す。整って綺麗な笑顔を思い出すたびに、俺は胸の奥がもどかしくて仕方がない。かきむしりたくてたまらなくて、それでも悟られたくなくて、いつも馬鹿みたいに仏頂面を保っていた。
「今のところ、リアラについて聞かれたことはないな」
「マジか……お前に付きまとってからそんな気配全くねえよな。本当に変わっちまったのか? パーティに行ってる兄貴たちも、別人みてえって言ってんだよなあ」
「そんなわけないって」
口をはさんできたのは獅子の隣に座っている白狼だ。
「あのリローダンがそう簡単に変わるわけない。絶対に何か裏があるに決まってる!」
勇んで毛皮を逆立てるフライルはステリアル家をあまりよく思っていない。全身を綺麗な白でまとめるリローダンに対抗するかのように、色鮮やかな服を好む。
今も黄色をメインにした騎士服で、普通の騎士ならまず着ないだろう派手さで身を固めていた。
俺には到底似合わないような服だが、この中で一番幼い白狼はまさにキャンパスのようで、造形の良さも相まって一つの芸術品として完成している。
「ステリアル家は魔法の才能を伸ばすためにいろいろやってきた家だから、あの聖女を諦めるなんてないよ。単に方法を変えただけだって」
「だが今のステリアル公爵閣下はそこまで悪い人ではないとリローダンが……」
「だから、それが嘘なんだって。三天家の一つである君ならわかると思うけど?」
そう言われてしまえば、俺もヒニガンも口を閉ざすしかない。
この国は太陽と月と星によって成り立ったと言われている。
世界が闇に閉ざされたとき、その三つの力を授かった者が邪竜を打ち破り、光をもたらした。そして、国を守るために三つの力を仲間に分け与えて守護者に任じ、自身は王として君臨することで国を興した。
太陽の力を持つイリカザート。
月の力を持つステリアル。
星の力を持つシュヴァン。
それらを統べる王家ロトライム。
これがロトライム王国の建国神話であり、今の王家や公爵家の発祥だ。だからこの魔法の力こそ、俺たちの権力基盤でもある。
「まっ、おれん家と違って、ステリアルはまだ優しいほうだろ。実際、おれもステリアル公爵閣下と話したことはあるが、嫌な感じはしなかったぜ」
「ヒニガンの直感もたまに外れるでしょ。僕は信じないよ」
ステリアルの傍系は頑なに口をとがらせてままだ。何かあったらしいが、俺が聞いたところで有意義なことができるとは思えん。そういうのはリアラや他の奴らの方が向いている。
ヒニガンの生家でもあるイリカザートは最も強いものを当主に据える。
他の貴族とは違い直系血筋を評価するのではなく、ただただ力のみを重視することで魔法を維持している。故に、三男とはいえ直系であるヒニガンも決して安泰ではなく、リアラのパーティに来たのも修行だと言ってはばからない。
「俺は話したことがないから知らん。そもそも、俺は戦いに行く時しか外に出ないからな」
そして俺は三天家の一つ、シュヴァン家の忌み子。魔王である邪竜を封印する際に奪った力を宿した血筋であり、稀に俺のような邪竜の血の濃いものが生まれる呪われた家。
常に閉じ込められた籠の中の竜であり、扉が開かれるのは戦う時だけ。リアラの仲間になるまで、まともに家を出たこともなかった。
「あー……まっ、それにリローダンといえば事業も好調で金回りもいい。ダンドランに根回しするような迂遠な手を使う必要なんてねえだろ」
「それはそうかもだけど……ああもう! 僕の魔法がもっと強ければ、あんな奴の付け入る隙なんて与えないのに!」
リローダンが使う月の魔法はフライルより強く、邪竜の呪いにも効いている。月の魔法は人を助ける魔法。その人がもつ強さを引き出して、加護を与える魔法だ。あいつは補助をしながら前線で攻撃を受け止めるのが強いと言っていたな。
常に痛みに苛まれ、寝ることすらおぼつかない俺にとって、あの白虎がくれる魔法は心を落ち着かせてくれる。
呪いによっていつか狂ってしまう俺だが、少しの間でも安らげるのはありがたいことだった。
しかしそのせいでこの白狼はいっそう対抗心を燃やしてしまった。
ステリアルはイリカザートと違い、魔法の才能を直系に集めている。いわば近親相姦に近いことをしているのがあの家だ。
しかし、俺の記憶が正しければ、確かステリアル公爵閣下、つまりリローダンの父親は恋愛結婚だったはず。それで最高傑作と呼ばれるリローダンが生まれたのだから、なにが功を奏すかわからないものだ。
「いっそのことあいつもメンバーに呼んだらいいんじゃねえ? 監視するなら手元に置くのが一番だって。月の魔法の使い手が二人もいれば、おれももっと無茶ができて修行になるしな」
「絶対嫌! リローダンと肩を並べるくらいなら、首を切るよ! あっちの!」
「ははっ、物騒ー! でもお前の戦い方を教えたのもあいつじゃん。プライドなんて捨てて師事でも乞えば、もっと強くなれるんじゃねえの?」
「……うぐっ」
フライルが言い負かされて口を噤み、悔しそうに唸る。いくら白狼が魔法の才を持っていたとしても、直系のリローダンは知識も豊富だ。魔法を使った戦い方に関しても、あの白虎は熟達している。
戦いは熾烈を極めており、戦力が多いに越したことはない。リアラにほれ込んで俺を見下していたあの時なら不要と断じただろうが、今のリローダンなら……。
「……必要ない。あいつをリアラに近づけるリスクを冒すこともないだろう」
「そうだよなあ。これを目論んでたんだったら、おれらが道化すぎる」
「それに、僕がいるからいいでしょ。魔法だってどんどん上達してる。いつか絶対追い抜かすから」
わからない。結論とは裏腹に、俺は取り付く島のない返事をしていた。
あの眩しい笑顔を思い浮かべたとたん、口が勝手に動いてしまった。息が詰まるような感覚が不可解で、自分の気持ちを処理できない。
俺はいつか狂ってしまう呪われし黒星。理性を保つ方法も教え込まれているというのに、汚い感情が煮えたぎって抑えられずにいた。
『……手に入れてしまえ』
「黙れ……」
幻聴が俺を苛み狂わせようとする。あの白く眩い星を引きずり降ろせと、行ってはならぬ方向へと押し出そうとしていた。いくら月の魔法で心身を強くしても、呪いによって蝕まれていることは変わりないのだから。
誰からも愛される白星は俺という存在をより矮小なものにしてしまう。あいつが対価に笑顔を求めたというのに、いまだにそれもできていない。俺は笑うこともできない黒星なんだ。
ただただ苦しくて、だというのに頭から消えてくれない。あまりに強い光を浴びて俺は顔を上げることもできず、足元にできる影の濃さを突きつけられるだけだった。
「どうした、ダンドラン?」
「……何でもない。いつもの発作だ」
「そうか。こういう時太陽の魔法は何の助けにもなれねえんだよなあ」
「念のため魔法をかけるよ。リローダンの方が僕より強いけど……まあやらないよりましだから!」
「世話をかける」
「いいって、君が不調だとヒニガンの治療が全部リアラに集中するでしょ」
「いやーやっぱいいよな、人を癒す星の魔法に何でもできる聖女の奇跡! おかげで死にかけても鍛錬ができる」
「ちょっとは反省しろっての! あと君一番後衛だから、前に出るなっていつも言ってるよね!」
ヒニガンは後ろで魔法を撃つポジションにいることが多い。太陽の魔法は人を守る魔法で、外敵の排除を得意としている。
だというのにこの赤獅子はいつも前に出ては怪我をするので、俺も苦労が絶えない。本人は魔法剣士に憧れているのだが、歯に物着せぬ言い方をすれば、今のところはどちらも中途半端と言わざるを得ない。
「今日こそきちんとポジションは守ってもらうからね。前に出てきたら守らないから」
「でもちょっと死にかけねえと本領が発揮できねえしなあ。死に物狂いで戦わねえと、強くなれねえだろ」
「そもそも死にかけるな!」
軽薄な態度で命をかける獅子の考えは理解できないが、行動が理解できないわけではない。
俺は癒しを担当し、ヒニガンは遠距離攻撃。となれば必然的に前衛は皇太子とフライルの二人になる。その負担を考えると前に出られるヒニガンが行きたがるのも当然だろう。
以前それなら俺が行こうかと進言したことがあるが、行ったところで何かできるわけではないからな。癒しの魔法は誰かが傷つかないと真価を発揮しないのだから。
……そういえば、以前リローダンとお茶を飲んだ時に聞いたな。
ヒニガンは力に固執していて、当主になれないなら自分の人生に意味などないと思っていると。こんなところで死ぬんならそれまでだと、何度か聞いているが……あまり良い傾向とは言えない。
「ヒニガン、星の魔法にも限度がある。あまり無茶なことはしない方が良い。特に俺はいつ狂うのかもわからないんだ。あてにしすぎると痛い目を見るかもしれん」
「でもよ、最近のお前はちょっと落ち着いてるし、背中を任せるには問題ねえだろ。これもリローダンのおかげだな、わははっ」
豪快に笑っているが隣の白狼が複雑そうな顔をしている。こいつは少し空気が読めないところがあるのが難点だな。
「まあ、確かに痛みは減っているが、それは無茶をかばえるという意味ではないのだぞ」
「ん? いや、痛みもそうだけど、精神的にもさ。初めてあった時よりだいぶいい顔してるぜ」
「そうか? あまりわからんが、良く寝れているからかもしれんな」
言われてみれば確かに苛立つことは減ったように思う。常に我が身を苛む痛みが減ったおかげで、気持ちにも余裕が生まれたのだろう。
だとするなら、やはりリローダンには感謝せねばならんな。笑顔が欲しいなどとはあの女たらしなりの冗談に違いない。だが実際、すべてを持っているあいつに俺が返せるものなどあるのか。
「ああ、そりゃ大事だな。睡眠は体づくりの基本だ。ただでさえお前は訓練に勉強と詰め込まれてんだから、休める時に休んどけよ」
「むぅ……」
いまだに不服そうな白狼が口をとがらせているが、獅子は構うことなく話を続けている。ここまでくると、あえて触れていないのだろうな。フライルのステリアル家に対しての嫌悪は、俺ら全員の知るところだから。
そして、そうこうしているうちに馬車が止まる。どうやら目的地に着いたようだ。
「お、到着したか。さーて腕が鳴るな。ここにはどんな魔物がいやがるのか」
勢いよく馬車を飛び降りた獅子に、後ろから苦言が飛ぶ。
「ヒニガン、魔物に関しての情報はあいつから聞いてるでしょ。それに注意事項も」
「わかってるって。だけどさ、リローダンの調査漏れもあるかもしれねえだろ。いくらあいつお抱えの諜報部隊が優秀とはいえ、全部把握してるわけがねえ」
「まあそれもそうだけど……今までかなり正確だったからね。ちぇ、そりゃあの月の魔法で強化した諜報員なら、汚染された場所でも調べられるよね」
白虎の活躍が気に入らないようだが、ただ否定するほど子どもではない。実際リローダンからもたらされた情報は確実で、かなり助けられてきた。
俺らが下りた場所は大きな山のふもとであり、天山ヤーバルと呼ばれている。ここにある汚れた魔力を取り除くことが聖女の、ひいては俺らの目的だ。
魔王が復活してからこのような場所が増え、そこから魔物が際限なく湧いてくる。浄化できるのは聖女だけであり、その護衛として俺たちが招集された。
最終目標は魔王の討伐なのだが、肝心の魔王がいる場所がわからない。他の人々が調べてくれている間、世界の均衡を保つのが聖女一行の役割となっていた。
「はあ、今回は登山かあ」白狼が辟易と見上げながら。「前の森林の方がよっぽどましだよ。お風呂があるといいけど」
「シャワーで十分だろ。リローダンが道中に山小屋を作ってくれたらしいし、そこまでは高望みだって。汚染された魔力核がある場所までの地図だってもらったしな」
「……あいつ、手際が良すぎる。優秀なのは知ってたけど、本気で援助されるとこうなるんだ……」
「ステリアル家の特権と実業家としての資金を使った全力バックアップだもんな。見返りもねえのによくやるよ」
それに関してリローダンは、解放されたヤーバルで観光業をするための下地にすると言っていた。天山というだけあって教会にとっても大事な場所だからな。さらに解放後の環境調査をする学府などに貸し出すなどして元は取るそうだ。ちゃっかりしている。
あいつに利益があるなら俺も胸が痛まなくていい。装備品や消耗品など、実際かなりの援助を与えられているのだから。
あの白くて綺麗な笑顔を思い出すと、どうにも胸がざわついて仕方ない。まるで紙やすりで心が摩耗されているかのようだ。だが、不快ではないのが気に入らない。
「みんな、お疲れ様」
喉が詰まる閉塞感を振り払おうとしていると、先に到着していたリアラがやってきた。
登山用に少し厚着をしているが、白く長い髪に意思が灯る綺麗な紺の瞳は何も変わらない。リローダンといい、俺には眩しすぎるほど白くて綺麗だ。
「おう、リアラもお疲れ。皇太子殿は?」
「みんなが来るまで偵察に行ってくるって。そろそろ戻ってくるんじゃないかな」
「え、リアラ一人残して?」
「ここはまだ汚染がそこまで進んでないし、馬車に付き添ってくれた護衛の人たちもいるから大丈夫だよ。みんな揃ったら改めて作戦を確認しよっか」
もの言いたげなフライルだったが、リアラにそう言われては二の句を継げまい。
三人が話している間に俺は馬車から荷物を取り出して整理しておく。最も体が大きく力の強い俺がするべき仕事だから、率先してやるようにしている。
特に今回は登山であり、どうしたって荷物はかさむ。図体がでかいだけの後衛である俺がしっかり持つべきだろう。
「あ、ダンドラン、ありがとう。少し持つよ」
それでもリアラはいつも俺に気を使ってくれる。こんな醜い俺に厭うこともなく近づき、手伝ってくれた。
「いいんだ。これは俺がやる。俺は誰かが怪我をするまで、特にすることがないからな。気にしなくていい」
「でも前もそう言ってずっと荷物持ちじゃなかった? せっかく外に出たんだから、今のうちに散策してもいいのに」
「その気持ちだけで十分だ。俺はお前の傍にいられるだけでいい」
俺があの家から出られるのは、リアラが呼んでくれるからだ。その恩に報いるためにも、やれるだけのことがしたかった。俺にはそれしかないのだから。
「そう、でもあまり無理はしないでね。山登りなんて次はいつできるかわからないんだよ。綺麗な花とか景色とか、私はダンドランにそういうものを楽しんでほしい」
「心配しなくても、俺は何を見ても新鮮だ」
「リローダン様へのお土産にもなるもの。今回も助けられちゃったから、私も何かお礼をしないとね」
透き通るような笑みを浮かべたリアラを見た時、俺の心の中で汚泥が波立つのを感じた。二人を会わせてはいけないと、どうしてかわからないが警報が脳を揺らして止まらない。
いや、大事なリアラがあの白虎によって苦しめられるかもしれないと恐れているのだ。そうに決まっている。
俺はリアラがいないと外にも行けない。誰からも黒く塗りつぶされた存在として扱われていたのに、リアラだけが俺を見てくれた。そんなリアラを助けるのが、俺の存在意義なのだ。
だから、気のせいだ。
白虎の顔ばかりが浮かぶのは。
「何かあれば俺が渡しておく。リアラは気にする必要などない」
「……でも、こんなにお世話になってるから。私の勘だけど、もう大丈夫な気がするの」
「だが……」
言葉にならない慟哭が喉にへばりついている。俺は何を言いたいのだ? 自分でもわからない思考の靄に包まれた言葉は、不快な痛みを発するだけで形になってはくれなかった。
「駄目だって!」
フライルが肩を怒らせながら助け舟を出してくれた。
「あいつはいい子ぶってるだけだから! リアラは絶対会っちゃ駄目だからね!」
「でも、お礼は直接言わないといけないでしょ」
「それでも! どうしてもって言うなら僕がやるから、あんな奴に会わないで」
リアラが困ったように俺に視線を向けるが、頷くこともできなかった。
自分であれだけリローダンと会わせたくないのだと考えていたくせに、いざ人に指摘されると肯定するのがためらわれる。なんて中途半端な態度なのだと、自分でも辟易する。
笑うこともできない俺に対し、あんなにも嬉しそうに笑う白虎を思い出すと、ひどく胸が痛んだ。
『……手に入れてしまえ』
頭を振って幻聴を追い払う。この声に従えば俺はきっと、もう自分を許せない。
「ダンドラン、どうかしたの?」
「また発作? 本当に大丈夫? 無理そうなら戻って休んでてもいいんじゃない。僕の魔法はまだ……あいつにはかなわないし……」
考えごとに耽っていたせいで、二人には心配をかけたようだ。まじまじと注がれる視線を、俺は荷物を持ち上げることで打ち切った。
「何でもない。この程度なら日常茶飯事だ。俺のことは気にしなくていい。どうせ、どこで死のうと変わりなどない」
戦いが終わっても家に囚われるだけ。いつか狂うまでの時間つぶし、それが俺の人生だ。
リアラが悲し気に目を伏せるが、そんな顔をさせたかったわけじゃない。俺は事実を述べたに過ぎないのだから。
ステリアル家が才能で交配し、イリカザート家が力で当主を決めるように、シュヴァン家は呪いによって力を保っている家だ。
呪われた忌み子は言い換えれば最高の才能を、星の魔法を最も強く受け継いでいる。当主に何かあった時の保険として、俺は生かされていた。狂うまでの時間を先延ばしにし、ただ子を為すためだけに存在を許されている。
……リアラが来てくれたからこそ、俺の存在には別の意味が生まれたのだ。
「安心してほしい。俺はそう簡単に死にはしない。邪竜の体は他より頑丈だからな」
「そう……だね、いつか貴方にも、生きる意味が見つかるといいね」
「俺が生きるのはリアラのためだ。それ以外にない」
「……今はそれでいいよ。だから、ちゃんと生きてね」
何故だかリアラが悲しそうに笑い、フライルもバツが悪そうに目を伏せる。俺はまた、何か変なことを言ったのだろう。隔離されていたせいで、あまりコミュニケーションが得意ではないのだ。
「すまない、どうやら何か間違えたようだ」
「そうじゃないの……ただいつか見つかるといいなって思ってるだけ」
それから紺の瞳がこちらを映し、中で泳ぐ虹彩で黒竜を照らす。いつ見ても眩しい、目をそむけたくなるほどの輝きは優しく微笑んでいた。
『ダンドラン』
……なぜ、こんな時のあいつの声がよぎるのか。
でも、俺は口角を上げて笑おうと努力した。あいつが言うのなら、今がその時だと思っただけだ。なんとなくだが、リアラは俺の笑顔を求めている気がした。
結局、ぎこちない表情になっただけで、笑うことなどできなかったがな。
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「ダンドラン?」
ぼーっとしていた最愛の竜を呼ぶと、焦点がおれに向いた。
ダンドランはいつ見ても最高にかっこいいので、呆けていても変わらない。今日も今日とて山のような体躯を覆う黒尽くしのスーツに肩掛けジャケットが決まっているし、角だって丁寧に磨いたから赤々と輝いているようだ。
でも、さすがに疲れたのかもしれない。
聖女パーティの一員として星間祭のイベントに放り出され、慣れない人目にさらされまくったんだ、疲れもする。
「疲れているのなら無理をすることはないよ。星間祭は明日も続いている、今日は英気を養ってもいいかもしれないね」
「少し昔のことを思い出していただけだ。確かに慣れないことをしたが、書き入れ時に無理を言って付き合ってもらっているのだ、この程度問題ない」
本当かと思ってじっと見つめるが、黒竜はまったく揺るがない。これなら大丈夫かな、駄目でもおれの月の魔法を使えば問題はないしね。ダンドランがここまで言うんだ、何が何でも完遂させる義務がおれにはある。
おれがダンドランと結婚してから少し経って、ようやく星間祭が開かれた。
聖女一行は人前でスピーチをし、パレードで華やかになった街を練り歩く。前回失敗した冒険が成功したこともあって、祭りのいたるところで人々の顔に希望が灯っていた。
当然ダンドランも一員として参加したし、おれは特等席で全部見た。最愛の晴れ舞台だぞ。脳みそに焼き付ける気持ちで臨んだわ。QOL高まる~~!
原作オタクとしてはダンドランのイベントを全部回収したかったのだけど、おれと一緒にお祭りを回りたいって言われたら断れるわけがない。
だからこうして、パレード後の控室まで愛しい黒星を迎えに来ていた。
「マジでお姫様みてえに扱ってるんだな」
意外そうにつぶやいたのは目の前にいる赤い獅子だ。パーティメンバーの一人であるヒニガンは、交互にこちらに視線を向けてからにやりと口を歪めた。
おれらにとってはいつものやり取りだったが、あいにく乙女ゲーの世界じゃ異端だ。貴族である獅子が驚くのも無理はない。
「ふふ、まだ公にはしていないのだから内緒にしてくれよ?」
わざとらしく口元に人差し指を当てるが、それが絵になるおれことリローダン。自分で言うのもなんだが、白月の貴公子って呼ばれるくらいには白虎の顔が整っている。
さらにステリアル家の後継者としての教育もされているので、白スーツに立派な体格がばっちり決まっていた。もちろんダンドランに比べたら負けるけどね。
「おれさ、前までお前のそのキザったらしい仕草が大嫌いだったんだけどよ、今はなんか許せるわ。いい顔するじゃん」
朗らかな笑みの下で、はだけたシャツからのぞく逞しい胸板が揺れる。エンディングスチルでダンドランにほれ込む前はこの獅子がおれの推しだったなと、前世のことを思い出してしまった。
だが今のおれはリローダン=カラ=ステリアル。ダンドラン一筋であり、推しと結婚した幸せ者だ。
「それはもう、新婚だからね。私の美しい星を守ってくれている騎士に、礼を尽くすのは当然のことさ」
「あははっ! やっぱいいわお前! ダンドランを弄んでるようなら消し炭にしてやろうと思ってたけど、その心配はないみてえだな」
「安心してくれ。そんな輩がいたら私が消している」
愛情不足で育ったダンドランはちょろいところがある。だからこそ、おれがしっかり守らないといけない。
「ふーん、本当にこいつと結婚したんだ……」
今度はフライルがおれとダンドランの薬指で輝く指輪を交互に見て、同じものかを確かめている。今日は真っ青なスーツで知的な感じだな。憮然とした顔にはあからさまに嫌いと書かれているが、おれには効かない。新婚だから!
「確かに同性同士での婚約など、にわかには信じられないだろうね。だがダンドランにはできる限り辛い想いをさせないようにするよ」
「言うじゃん、三天家の嫡男がねえ」
「確かに私はステリアル家の嫡男だが、我が父も魔法の才ではなく愛によって母を選んだのだ。星に目がくらんでしまうのは、いうなれば血筋かもしれないね」
「……ねえダンドラン、本当にいいわけ? こんな恋愛脳のキザ野郎で」
効かないね、新婚だから。
そもそもおれは貴族たるもの動揺を顔に出すべからずと教育されている。魑魅魍魎相手に立ち回るためにも、こんなことで表情を崩すわけにはいかないんだ。
……ダンドランと暮らしててあまりに幸せを顔に出しているので、この前父君から怒られたばかりなのもある。祭りに行くときは注意するようにとも言われている。
「構わない」黒竜は恥ずかしそうにはにかんで。「俺は幸せだ。少なくとも、寂しい夜を過ごすことはなくなったのだから」
「ならいいけど……ってか、君そんな顔で笑えたんだ……」
フライルとヒニガンが目を丸くするくらい、ダンドランの笑顔は珍しい。最近は増えてきてるとはいえ、頻度が多いわけではないからね。
そう考えると、ダンドランが普段パーティ内でどういう風に過ごしているのか、気になってきたな。裏切りが許されたから確執なく過ごせているらしいけど、ここはそれとなく聞いた方が良いかもしれん。
「ふふ、君らも教皇様に挨拶しに向かった聖女と皇太子様が戻るまで待機だろう。良ければその間、私に愛しい星の話を聞かせてくれないかな?」
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