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【全体公開版】最強精子決定戦! ~オスケモの精子を戦わせてみました~

『最強の雄を決めるため、精子を戦わせたいから提供してほしい』


 しらふで見たら戯言か何かを疑うこと間違いなしの文面につけられた、膨大な報酬金。

 さらにこの依頼を送るのは優秀な雄のみという説明文などに自尊心をくすぐられ、詐欺の可能性を疑いながらも抗えない魅力の方が勝ったのだろう。


 簡単な会議室のような場所には逞しい雄が何人もそろっていた。


「っへ、あんたも依頼にのったくちかい?」


 そう声をあげたのは空色の体躯を持つサメだった。

 隆起した肉体は鍛錬の証拠であり、筋肉の膨張した球体で形成された雄々しさの塊だ。

 シャツ一枚では隠し切れない厚みで化学繊維を屈服させ、引きのばされた布切れに凹凸を浮かべる。

 毛皮持ちの血が混じっているのだろう、サメという種には珍しいラウンド状の髭が雄性を強調していた。


 髭で飾られた口角を不敵に上げ、品定めするような視線は不躾というほかない。

 だが、今までそれが許されてきたのだろう。おそらく常日頃から戦いに身を置く生活に縁がある人物なのかもしれない。


 などと考えながら話を振られた虎は胡乱な目を返し、億劫そうに牙をのぞかせた。

 どちらかといえば、警戒されている。サメは本能で感じ取った。


「まあな、いい金になりそうだし。駄目なら殴って逃げればいい」

「ちげえねえ。おれらならできるだろう」サメは笑って応えた。「それにしても、あんたもいい体してんな。スポーツでもやってんのか?」

「いや、おれはしがない、探偵とでもいえばいいのか。っま、ようは何でも屋とでも思ってくれりゃあいい。腕っぷしが必要だから鍛えているだけで、スポーツマンシップとは無縁の存在さ。ご存じないかもしれないが、まあまあ有名なんだぜおれは」


 手をひらひらと振って、追い返すような態度で話を打ち切った。

 敵となれ合わないつもりなのだろうか、その心意気は良しとサメは尻尾で床を打つ。そしてにやりと牙を見せ返し、肉食の気迫で彩った。


「存じておりますぜ、黄ヶ虎さん。腕自慢の名探偵、黄ヶ虎 李光(きがとら りこう)と言えば、確かにまあまあ有名だ」

「……お前、同業か?」

「どっちかと言えばパートナーさ。本官は瑠璃島 瑪瑙(るりじま めのう)、親しみを込めてるり君とでも呼んでくれりゃあいい。お噂はかねがね、黄ヶ虎さん」


 わざとらしく一礼すれば、虎が苛立たし気に太い首を回した。サメよりも年上だろうが、おっさんというには若いのだろう。正面でとらえた虎の顔は、思ったより毛皮につやがあった。


 シャツにスラックスというフォーマルな服装の下に押し込めた野性は隆起して、下手をすればボタンがはじけ飛びそうだ。毛皮を押しのけて主張する肉の塊はサメに負けない圧を生み出していた。

 不機嫌そうに口をへの字に曲げてさえいなければ、かっこいい部類に入るだろう。ぱつんぱつんに張った乳袋をたゆませて、虎は目線で突き刺した。


「それで、ビジネスパートナーさんがこんな胡散臭い催しものに何のようだ。あいにくと、おれは非番なんだ。肉体自慢はよそでしてくれ」

「うそつけ。どうせ最近巷で話題の事件でも調べに来たんだろうが。というか協力しようとしてる人にその態度はなんだてめえ」

「頼んだ覚えはねえな。それに、どうせ独断行動だろ。もらった資料には現地の調査員について何も書かれてなかったからな」

「っち、依頼主はうちかよ。ならごまかせねえ。ああそうだ、今回のことはおれの独断さ。いかにも怪しい案内書をもらったもんで、刑事の勘が囁いちまってな」

「腕自慢のやつが何人もやられてるホシに対して、単独で挑むとは恐れ入った。おれは考えなしの馬鹿と組んで寿命を縮めるつもりはねえよ。勝手にしてくれ」

「てめえ、下出にでてりゃいい気になりやがって……!」


 サメが激高によって空色を鮮やかに染めた時、仲裁に声が割り入った。


「喧嘩はよそでしろよ。まじで血気盛んなやつしかいねえ」

「僕らも人のこと言えないけどね」


 これまた大柄な黒牛とシベリアンハスキーの青年が近寄り、瑠璃島は表情を取り繕った。


「お、あんたらも参加者か」

「以外ねえだろ、こんなうさんくせえところにいるなんて」

「でも賞金は魅力的だったよねぇ。優勝すれば筋トレ三昧生活ができる!」


 牛はまだ警戒しているようだが、シベリアンハスキーの方は勝負ごとに対して鼻息が荒い。

 どちらも立派な肉体を持っているが、牛の方は脂肪がついた霜降りであり、ハスキーの方は筋肉のみで形成されている。

 四人並ぶだけで圧巻な肉の塊であり、雄の臭気が密度を上げた。


 サメが顎髭を撫でながら問う。


「悪かった。ついカッとなっちまってな。ところで、お前らは?」

「牛頭 鈴(ごとう りん)。なんなんだよここは。まじで屈強な雄しかいねえ」

「ほんとにねぇ。大会みたい。あ、僕は灰飼 圷(はいかい あくつ)、よろしくね」


 牛頭と名乗った黒牛はハーフパンツにTシャツをきた、いかにもスポーツ系の大学生といった風体だ。黄ヶ虎と並んで乳袋が大きく、尻もでかい。四肢のすべてが土管のように丸々と太く、ちょっとやそっとでは動かせない安定感がある。


 片や灰飼というシベリアンハスキーは、筋肉の彫刻を一回り大きくしたような体躯だ。美術品というには肉が厚く、硬そうな体心は人懐っこい表情とのギャップが際立っている。牛よりもさらに短いホットパンツと、乳首も見えてしまうほどに深く開いたノースリーブのパーカーが、肉体をこれでもかと強調していた。

 

 サメも自己紹介をして問うと、ここで二人は知りあったのだという。


「ふーん、ちなみに二人もいい体してるが、なんかスポーツでも?」

「おれはラグビーをな。サークルではこれでも大きい方なんだが……自信なくすわ」

「僕はボディビル。まだまだアマチュアだけど、応援よろしく!」


 情報を抜き出しながら横目で黄ヶ虎をうかがうと、素早いフリック操作で二人のことを検索していた。余念がない奴だと、瑠璃島は内心で笑う。

 髭面で人好きのする笑みを浮かべて、対象を威嚇しないように努める。自分の顔が怖いことを瑠璃島は知っているが、ここに集められたメンツは屈強な雄しかいないため、あまり気にしないですむのは楽だった。


「おれは空手をやっててな、腕には自信があるんだ。困ったことがあれば、すぐに頼ってくれよ。なにせこんな胡散臭い招待だからな」

「そうさせてもらうよ。金に釣られてきたのは否定しないけど、どうなることやら」

「すごく変態的だからね。資金稼ぎのために体を売る先輩がいるのは知ってるけど、こういう話は聞いたことないよ」


 さらっと出された話に瑠璃島の警察魂が反応するが、大事の前の小事だとなんとかなだめてやる。彼が目当てにするのは『筋肉嗜好会』(マッスルフィリア)のみ。

 逞しい雄ばかりを狙った犯罪者を捕まえるべく、瑠璃島は来たのだ。


 周りにいる面々を見渡して、牛頭はため息を吐く。


「それにしても、おれでも知ってるような顔ぶれまであると別の意味で不安になってくるな。……最強の雄ねぇ」

「あ、自身失くしてる」

「失くすだろそりゃ。あっちにいるのは柔道世界大会で優勝した龍山(たつやま)だし、そこで座禅組んでるのは甲(かぶと)っていうおれが尊敬するラガーマンだし……」

「思ったより著名人もいてビビるよね。僕もそこでボディビル大会で入賞したことある人を見たよ。このメンツで最強の雄を決めるなんて、緊張するね」

「……お前は気楽でいいなぁ」


 灰飼の屈託ない感想に、げんなりと、救いを求めるようにサメたちに視線を移した。

 確かに当たりにいるのはテレビになじみのない瑠璃島でも知っている雄が多い。膨大な報酬金が提示されたのもあるが、本当にそれだけなのだろうか。お金に困ってなさそうな世界的プレイヤーまでが、こんな催しものに参加しているなんて。


 などと考えても結論は出ないのだ。瑠璃島は取り留めのない思考をやめ、牛頭を励ますことに切り替える。


「んなに緊張する必要もねえだろ。別に負けたからってどうなるわけでもねえんだし」

「そうそう、精子提供するだけなんだから、負けたらお金がもらえなくなるだけでしょ」

「まあ……そうなんだけどよぉ……」

「――――いや」


 そこでようやく、今まで口を閉ざしていた黄ヶ虎が言葉を発した。重く低い声は警戒に満ちている。


「おれの予想だと、敗者は確実に尊厳を奪われる。悪いことは言わん、とっとと帰れ」

 そこで視界に瑠璃島を映して。

「お前もだ」


 刑事である自分が一般人と同じ扱いを受けている。

 それは瑠璃島の尊厳をひどく傷つける行為であり、瞬時に激高へと至る。

 眼孔をさらに研ぎ、心臓を一太刀するような鋭利さが光った。


「てめえ、あんまりおれを馬鹿にすると後悔するぜ」

「馬鹿にしてねえよ。ただ、相手が悪い。『筋肉嗜好会』(マッスルフィリア)はお前が思うほどまっとうなところじゃねえんだ」


 その言葉があまりに真摯だったものだから、瑠璃島でさえ一瞬喉が詰まってしまう。

 黄ヶ虎の醸し出す雰囲気はベテランの刑事にも勝るもので、くぐった現場が違うのだと、瑠璃島は理解してしまった。


「不可解な事件が多いのは、現代科学で解明できていないからだとおれはふんでいる。だからこそ、備えもねえやつが勇んだところで被害を増やすだけだ」

「なんだそれ……?」


 現代科学で解明できない。黄ヶ虎は確かに言った。


 そんなことがあり得るのだろうか。サメの脳裏にはこれまでの事件と捜査過程が浮かび、それならと納得しかけている自分がいることに気づいた。

 しかし、だからと言って認められない。ここまで来て逃げるなど、彼の矜持が許さなかった。


「じゃあこう言い換えてもいい。かわいそうな一般人を逃がすために、力を貸してくれねえか?」

「お前、その言い方は、卑怯だぞ……」


 うなりをあげて黙る瑠璃島は、尻尾をわずかに揺らしていた。噛みしめたはずの口角もなぜか緩んでおり、感情をかみ殺そうとして失敗しているのがわかってしまう。


「なんか、瑠璃島さん嬉しそうじゃない?」

「大人にはいろいろあるんだろ。もう好きにしてくれ。まじでめんどい」

「僕らも大人なんだけどね」


 外野の声は瑠璃島の耳には入らない。黄ヶ虎の言葉だけが反芻して、それならと、ほだされようとしていた時だった。


『これより、最強精子決定戦を開始します。選手の方は入場してください』


「っち、間に合わなかったか」


 虎の口から発せられた忌々しそうな言葉で瑠璃島が我に帰れば、あたりの雄たちは会場に向けて移動し始めていた。


 隆々とした肉体の流れは緩慢なくせに濁流のようで、部屋の温度が一気に下がっていく感覚がする。取り残されるのは避けたい。群れる本能が忌避してしまったのだろう、牛頭と灰飼の二人もしょうがないとばかりに流れに混ざる。


「……まあ、不安はあるけど、とっとと終わらせて帰ったほうがよさそうだ」

「それじゃあ悔いの残らない戦いをしようね。またあとで!」

「あ、おい、お前ら!」


 瑠璃島の声で二人を吊り上げることは叶わず、肉の濁流に紛れてしまった。

 取り残されたサメに縞模様の手が伸びて、思いっきり引っ張られると顔同士が近くなる。


 艶のいい毛皮を至近距離で見ると、なぜか瑠璃島の顔に朱がさした。

 ピンと伸びた髭がちくりと当たるが、そんなことは気にならない。


「……うえ?!」

「いいか、これだけは忘れるな」


 ぎらついた相貌は、警戒する獣そのもの。

 先ほどから一瞬たりとも気を抜かなかった探偵が、忠告を突き刺す。


「『雄』であることを忘れるな。雌になりたくなければ、必ずだ」

「……雄?」


 そんなことは当然のことで、この戦いだって勝つつもりでいる瑠璃島だ。

 当然言及しようとするが、虎はひらりとかわして去ってしまった。


 がらんとした部屋に残された瑠璃島には、黄ヶ虎の背中がとても頼もしく見え、反面自分が情けないように感じられた。何も対策がない中で、自分は彼らを守れるのだろうかと。


「……いや」


 それでもやるしかないのだ。そのために警察官になったのだから。


「弱気になるな瑠璃島。おれは強い、だから大丈夫だ」


 髭で包まれた頬を叩いて気を引き締めろ。止まっている暇なんてないのだ。

 おそらくここは犯罪者の手の中。弱みを見せてなんになる。


「うっし、いくか!」


 気合を入れなおした屈強なサメが最後に部屋を後にする。胸を張って、負けないという意志を強くして。


 ――――そして、おぞましい戦いが始まるのだ。


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