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夏雲

 ふわふわと、君の心が昇っていく。

 そう思うのはきっと、君の尻尾が揺れ動いているからだろう。

 白虎の君が持つ尻尾は長くてきれいで、夜半の空気をかき混ぜながら感情を伝播させる。貴方はそんな事を考えながら、祭りから離れていく。

 肌にまとわりつくような熱気にも少し慣れてきた頃、暗くなった道を歩いていた。

 足を踏み出すたびに砂利のこすれる音が二人分。頭一つでかい君は隣で速度を合わせてくれる。

 喧騒は次第に遠のいていき、背後から差す光も弱くなる。茂みで熱心に響く虫のコンサートだけが、二人を盛り上げようとしてくれた。

 祭囃子になじんでいた浴衣も、歩を進めるたびに宵闇へと溶けていく。飾り気のないシンプルな浴衣も今日限りで役目を終えようとしていた。

「そろそろだからさ」

 暗色を塗りたくった道で白い君が声をかけた。袖からのぞく腕にいくつもの夜を走らせた白虎は、縞の部分だけ透き通ってしまったかのよう。

 体格がいい君に浴衣はとても似合っている。先ほどまで負けん気を浮かべた顔で金魚すくいに挑んでいた君が、今度は揺蕩う蛍火のような柔らかさで笑うのだ。

 傾斜のついた道はすでに夜を謳歌していて、月明りで進むのはさながら探検気分だ。人混みで熱した体に風が吹いたような気がしたけれども、なんの役にも立ちはしない。

「飲み物くらい持ってくればよかったな」

 家を出た時に比べてわずかに毛皮を湿らせた君が言う。君の方がずっと暑いから、何度も浴衣の胸元を伸ばしては空気を取り込んで、毛皮をそよがせている。

 わずかな明かりでも君の白はとても目立つ。周囲に埋もれることもなく、貴方の目印となって歩いてくれる。

 花火を見ようと誘われて、穴場があるからと胸を張った君について歩いてどれくらいになるだろう。

 スマホで時間を確認する気になれないのは、この真っ暗な世界に光源を増やしたくない思いがあるから。幻想的に煌めく君を照らすのは、一つだけでいい。

 そっと大きい手が貴方に伸ばされた。

「ここならだれも見てないだろうしさ」

 指の間に指を滑り込ませて、祈るように手を握る。君の手は大きくて、やっぱり汗ばんでいた。それでも毛並みには気を使っている君だ。節くれだった男の手ではあったけど、毛皮は柔らかく、雲のように優しく包んでくれた。

 爪を立てないよう、慎重に。これ以上雷を刻みたくないのだと。

 心なしか二人の距離が近づいて、肩が触れる。貴方の鼻腔には君の匂いが舞って、獣と汗とまじりあった、そしてちょっとだけシトラスを強めた貴方の好きな香り。季節なんて関係ない、いつでもそばにある匂いだ。

 久しぶりに出した浴衣は虫よけの匂いが染みついていたはずなのに、気づけばほとんどが君に置換されていた。獣臭を嫌う君がつけるシトラスは太陽の様で、こんなにも夜を深めた世界でさえ眩く白い。

 暑いねと君と同じように言い、同じように胸元に空気を入れる。

 その時、君の目が光る様を確かに見た。隙間から見える肌とそこから湧き上がる香に、君は何を思ったのか。

 同じシトラスをつけているはずだから、きっと君も気づいているんだろう。君は貴方よりずっと鼻が利くのだから。

 そこに混ざった汗と、興奮に。

「なあ」

 虫の歌声を潜り抜ける二人の凱旋を止めたのは、君の一声。

 

 握る手が硬くなって、期待するような目が降ってくる。はらはら、はらはらと。花びらのように落ち着きもなく、雲のようにとりとめもなく。

 それでも君の言いたいことが貴方にはすぐに分かった。促すように目線を合わせて、手を握り返した。

「キス、してもいいか?」

 もちろん、と貴方が応えると、君は屈んで口づけを落としてくれた。

 重ねるだけの軽い逢瀬をそのまま止めて、少しの間呼吸を忘れる。

 誰も見ていない、二人の夜。真っ白な君がさらう、貴方の唇。

 ややあって顔を離せば、互いの心音が高鳴っていることに気づくだろう。

 こんなところでという感情と、今すぐほしいという感情がせめぎ合っている。その浴衣の胸元に飛び込めたなら、きっと温かく出迎えてくれる。そんな確信があった。

 ふわふわと、君の心が昇っていく。

 高鳴った感情と共に、抱えきれないほどの愛しさを抱いて。

「嫌なら、やめる」

 端的に言って、君は貴方の手を引いた。

 もちろん、貴方は振り払わない。

 夜の熱気は人を狂わせる不思議な魔力がある。ましてや、白く綺麗な君を目立たせる月夜ならなおさら。いつだって、君が輝くのは夜だから。

 人気のない道を外れたなら、そこはただ黒しかない。誰もいないことを確かめた後、貴方は君を抱きしめる。

 こんなに暗い夜なのに、まるで入道雲だ。白くてもこもこした君は夏空を我が物顔で上り詰める入道雲を思わせた。見上げれば高いのに、手を伸ばせば届く距離にいるふわふわの君。

 だけれども胸元は硬く、顔をうずめれば蒸れた熱気が吹きかかる。夏にうかれた体温はシトラスを強く発芽させて、ここが外だという事さえ忘れそうになってしまう。

「本当はさ、お前が浴衣を着た時から、その、かわいいなって思っててさ」

 君の瞳に映る貴方がどう見えるのかはわからないが、月明りの魔法にかかったのは間違いない。ほのかに輪郭を照らすだけの光をなぞるように、君の手が頬を撫でた。

 喧騒は遠のいたけど、なくなったわけではない。足音がいつ聞こえてもおかしくない場所は、どうしようもない背徳感が興奮をたき付けてしまう。

 しかし、心音で行うエコーロケーションは興奮をありありと浮かび上がらせるから、互いの劣情を持ち寄ることにためらいはなかった。

 もう一度キスをして。今度は深く、興奮を探して。

 こうなると花火なんて埒外だ。呼吸をまとめて耽溺を潜るに精を出し、夜を紡ぐ二人にとって関心事は互いだけなのだから。

 雲を潜って。奥へ、奥へ。

「――――っはぁ」

 やがて水面に浮かんだ君は空気の共有を断ち切った。

 口惜しそうに離れると、熱した吐息が零れ落ちる。とろりと、まるで水あめのように甘くてねばっこい、興奮の証。奥底で見つけた、行為への鍵。

 待ちきれないとうるんだ目を向ける大型肉食獣は、その魅力で貴方の喉を鳴らす。はだけた浴衣からのぞく屈強な白は紺を上書きするように開花して、自身の存在を主張するのに忙しいようだ。

 緩んだ帯は今にもほどけてしまいそうではあるのだが、尻尾に引っ掛かかることでなんとか体裁を取り繕っていた。

「あ、あんまり声を出さねえようにするから……」

 恥ずかし気に震える声を投げて木に向かい、幹に体重を預ける白虎。君に向けられた臀部はその分厚さに似合わない動きでよじれ、雄を誘う求愛行動となんら変わりなく映る。

 そして尻尾にめくりあげた浴衣を乗せれば、さらけ出される豊満な果実。

 丸々とした肉は弾力豊かにたわみ、月明りが輪郭を強調する。覆う獣毛は興奮で湿っており、球体をかさましするにはボリュームが足りない。夏の暑さが柔らかさを奪ってしまったのか、君は肉だけで自身の下半身が屈強だと証明してしまったのだ。

「へ、へへっ。なんだかいけないことしてるな」

 強気を取り繕って牙をむく君が振り返ると、朱を散らした顔で髭が揺れた。恥ずかしさの中に確かな興奮も感じ取れて、尻尾が同意を求めてうねる。

 球体を支える太腿は大地に根を張る巨木であり、それがどんなに硬くたくましいかを貴方は知っている。そのくせもどかし気にサンダルを何度も踏みしめているのだから、頂点に位置する臀部は自然と左右に踊ってしまう。

 豊満を絵にかいたような君はとても煽情的で、同時にまつげを光沢で纏う様をかわいいと言わずに何と言おうか。君がかわいいと賛辞されることに抵抗があることは理解していたとしても、感情はそう簡単に取り繕えたりしないのだ。

「なあ、こ、ここまで来てなしとかされると、おれも結構、つらいんだが……?」

 見入っていると君から困惑がかけられた。普段は闊達で押しに強い君も、こうなってしまえば朝顔のよう。夜にはしおれてしまう、白い君。

 すっかりその気になってしまった君は貴方を受け入れたくてたまらないようだ。羞恥を抑えつけるために立てた爪は、木をひっかいて裂傷を作る。それがいかに鋭いかを背中で理解している君は、貴方の興奮も理解できる。

 そっと、指先を伸ばして、ヒダを触る。

「ん、にゃっ!」

 ひっくり返ってしまった声に君が真っ赤な顔のジト目で抗議する。さすがに春よりかは慣れてきたはずなのだが、元来のプライドはやはり雄としての自覚を頑として譲らないようだ。

「も、もっと、丁寧に触れ、いいな……?」

 まるでこちらの触り方が悪いかのような物言いだが、貴方は返事一つで流すことにした。君が恥ずかしがり屋だというのは知っているし、なにより、そうやって意地を張る君を見るのは嫌いではなかった。

 ふわふわと、君の心が昇っていく。

 赤く色づいた頬は薄暗がりではわかりづらいけど、容易に想像できる。

 夕焼けに照らされた雲だってこうはいかないだろうほどに、君を彩る赤は明るく綺麗なのだ。

 そんな雲の化身のごとき君が持つ、すべらかな肌は収縮を繰り返す恥部。ひだの隙間に指をいれるようにほじくると、臀部の毛が一斉に逆立った。尻尾も避雷針のようにピンと立ち、幹に雷が刻まれた。

「んあぁぁ! 馬鹿、お前……! もっと、丁寧にしろよ。声がさ、漏れるだろうが」

 なればと、丁寧に指先を穴の中心へ。

「ひぅ……!」

 豪放磊落な君も恥部への刺激は見逃せないようで、むしろ、もっともっととばかりに飲みこもうとうごめきだす。

 何度も逢瀬を繰り返したそこは異物の混入を厭うそぶりもありはせず、代わりに嬉々とした温度で歓迎してくれる。

 きゅうっとすぼまっているのがわかる。こんなにも綺麗なのに、欲で色づく肉を耽美と言わずに何という。

 本当なら、指を深くまで差し込み、かき混ぜてやりたい。受粉を待つ蕾を強引に開花させ、愛液にまみれた指を花粉のように塗りたくりたい。

 だが、そうすれば君はきっと怒ってしまうだろう。

 早く欲しいのは指なんかじゃない。君が陽炎のように揺らめく視線で訴えるのは、貴方なのだから。

 現に君は荒く息を吐きながらも木の幹を何度もひっかいていた。爪とぎとは違う、こらえるように深くをえぐる行為は、君の我慢を物語っている。

 早く欲しいとは言いだせない。けれども、体は求めてやまない。

 そんな素直じゃない君は、欲望をもくもくと膨れ上がらせてしまった。

 申し訳なく思い、長い尻尾を口元へもっていきキスを一つ。当然そんなことでごまかされる君ではないけれど、まんざらでもないようにふんと鼻息で応えてくれた。

「人が来るかもしれねえし、ほら、早く……」

 夏のまとわりつく熱気はどうしてこうも焦燥感をあおるのか。虫の声がいくら涼やかであろうとも、逸る気持ちは抑えられない。

 木に体重をかけて尻を突き出す君は、何度もこちらをうかがうから。雲間からこぼれる光のように、貴方のくすぶった興奮を照らすのだ。

 我慢できないのは貴方も同じ。純白を隠すかのように覆いかぶさって、もどかしいとばかりに帯を外せば浴衣がふわりと広がって、白虎が夜に紛れてしまう。

 たぎる怒張を押し付けながら白虎の首筋に顔をうずめると、芳醇な香りが脳に興奮という油を注ぎ込む。

 いっそう強いシトラスに潜む汗と獣の匂い。衿の隙間から鼻をくすぐる夏が昇って、もくもくと立ち込める入道雲。

 君の声をたくさん降らせたい。白雨のように激しく、あられもない君を快楽で濡らしてしまいたい。君はそれを良しとしないだろうけれども、雷を落とされる覚悟はできている。

「興奮、してるのか? ……ん、おれも」

 いつの間にか尻尾は貴方にまとわりついて、離さないと訴える。そして君が瞳を閉じれば、貴方は応えてそっと口をつける。

 ふわふわと、君の気持が昇っていく。

 上気した顔は興奮をため込んで、高く高く膨れ上がる。

 自分が雄であることにプライドを持っている君だけれども、呆けたような表情はかわいらしいと言わざるを得ない。喉が鳴っていることにだって、君は気づいていないだろう。

「だから、おれがかわいいわけ……おれのことを、かわいいって言うなよな」

 牙の隙間から抗議が漏れるが、その音量はしりすぼみになっていく。逢瀬を重ねて、自覚ができてきたのだろう。最近の君はその恰幅の良さとは対照的に、雌としての自分を受け入れている節がある。

「お前のせいだろうが……。お前が、おれのことを、かわいいかわいいって言いながら、犯すから……だから……」

 自覚ができてきた、とでも言うのだろうか。褒めそやした植物がすくすくと育つように、君の中での評価も何か変わってきたのかもしれない。

 それを開花というには早すぎる気もするけれど、撒いた種は確実に芽吹いているのか。

「お……お前から、かわいいって言われるの……なんか、嫌じゃなくなってきた……かも」

 そう言いながらふいっと顔をそらす君の、さながら生娘のごとき初々しさよ。

 瑞々しいトマトのように赤く熟れて汗を纏う様が、かぶりつきたくなるほどの愛らしさに満ちているから。水をやるように貴方は耳元でささやくのだ。

 ――――かわいいと。

「おま……調子に乗るなよっ……! こんな大男が、かわいいわけ、ねえだろうがっ!」

 抑えた声で抗議する君は尻尾で貴方を何度も叩く。ぺちぺちと音がするようなたわいない抗議は、貴方を急かす役割も兼ねていた。

 覆いかぶさって改めて感じる肉体の頑強さ。分厚くて大きな君を月明りだけが照らしている。腹に手を回して触ると、あぜ道のような凹凸が腹筋から伸びているのがよく分かる。

 その終着点に位置する肉塔は、準備万端と言わんばかりに直立していた。撫でると汁もつく。ああ、もう辛抱たまらないだろう。

「……なあ」

 互いの剛直が熱を持つさまを感じ取り、自然と行為は先へと進む。

 春から夏に季節が流転するように、それは、当たり前の営み。

 貴方がやおら剛直をあてがえば、先端がすんなりと飲み込まれていく。

 渇きを潤そうと貪欲に食らいつく秘部は歯のない口でしゃぶりあげる幼子を思わせるほどに愚直だ。すでに濡れてきたそこは雄である君の自尊心を傷つけやしないだろうか。それだけが心配だったが、呆けた顔で一息つく白虎を見るに杞憂のようだと胸をなでおろした。

 内壁は進めるたびに締め付けを増し、多数のヒダで貴方を出迎える。夏とは違う欲望の熱気が内部から身を焦がしていく悦楽はどれほどのものなのか。君は背中をそりながら幹にまた深い爪痕を残す。

「ふぅ……んはぁ……あ、あぁ……んむぅ」

 気を抜くと声が出てしまうのだろう。自分の尻尾を咥えて耐えるように身を震わせる豪傑を、貴方はひどくかわいらしいと感じる。

 どこを見ても骨太く逞しい肉食動物であり、入道雲と評されるであろう君だが、今はすじ雲のような儚さを見せている。

 一瞬だけ、このままだとばれてしまう可能性が頭をよぎった。

 夜半とはいえここは野外であり、そろそろ花火も始まる時間だ。誰が通らないとも限らない。

 理性は確実にこの場で行う危険性を述べている。君はきっと声を我慢できない。息を荒げて尻尾を噛む君の瞳はもう雨模様だから。

 それでも、熱に浮かされた本能はお預けを厭う。こんなにも熱くたぎっているというのに、夏はまだこれからなのに。

 ごめん、と貴方は前置きを述べて、素早く腰を引いた。

「う、おおぉぉぉ……!」

 内壁がカリに巻き込まれて排出されそうになる感覚に君は鳴き、やっぱり尻尾が口から落ちた。

 早く済ませてしまおう。できれば花火に間に合うように。

 幸いにして、君の興奮によって熱した秘部は、吸いつきも柔らかさもいつもより良くなっている。

 とろとろに蕩けた君の中をいただくために、腰を押し付ける。

 腸壁を無理やりこじ開けられる快楽が雷となって背筋を上り、君の体が硬直した。鼻につく雄の色香がきつくなったことから、おそらく先走りも漏らしてしまったに違いない。

「ひゃ、ああぁぁあっ!」

 普段は低い君の、ここでしか聞けない上ずった声が虫たちの邪魔をする。どんな演奏より下品で綺麗な、雄を誘うはしたない歌だ。

 いや、と貴方は思い返す。虫の鳴き声が番を求める求愛行動だというのなら、きっと君の鳴き声は貴方に向けた求愛の証なのだ。

 もっと欲しいと種を求める本能で、貴方を求めてやまない白虎だ。

 ふわふわと、君の心が昇っていく。

 大きな、大きな入道雲から降り注ぐ歌のなんと愛らしいことか。雨音は武骨でありながらも可憐で、耳朶に心地よく吸い込まれていく。

 君がどうしようもなく劣情を駆り立てるから、腰の動きが止まらなくなってしまう。

 突き入れて奥を。かき混ぜて愛液を。より深く、より浅く。

「んっにゃっ! んふぅ、おっ……ああぁ!」

 溶けたかき氷を混ぜて蜜を君へと染み込ませる。受精はしないけれども、体で味を覚えてほしかった。

「ひっぐぅ、奥ぅ……! あ、そんな、深く……駄目だ、だって、声、もれちまぁ!」

 玉のような汗で毛皮をぐっしょりと濡らす君は通り雨にでも振られてしまったかのようだ。ひげ先に溜まった水滴がはじけて落ち、目元の毛皮にいたっては涙の軌跡さえはっきりと浮かび上がるほど。

 それでもやめる気なんかないのは承知している。腰を引くたびに縋り付く君の内壁は、まだまだ足りないと貪欲なのだから。

 シトラスが獣にとって代わり、君からは熱気が幻視できそうだ。柑橘系のベールを剥がれた君のケダモノは汗を強め、でもそれが愛おしくてたまらない。好きな人の香りだ、どんな花よりも好きに決まっている。

「あっ……駄目だ、どんどんおれぇ……よくなってる、みたいだ……」

 木に縋り付きながら膨れた球体を押し付ける君の、上ずった声音は艶を帯びて流れこぼれる金平糖だ。なんとかこぼさないようにと牙を噛みしめても、抱えきれない悦楽は君の手には余る。

 落ち着いた浴衣は君にとても似合っているけれど、こうして広い背中を隠されるとどこか物足りなくなってしまう。夜を纏う君は風情があって素敵だけれど、やはり貴方が好きなのは白く逞しい君なのだから。

 だから、気が付くと貴方の手は浴衣を剥いでいた。

「え、待てっ……! そんなことしたら、ばれるだろうが……!」

 この夜の世界にあって、白い君は自分がどれほど目立つか知っている。

 こんなところで裸をさらしてしまえば、君は木々の隙間からだってばれてしまう自信があった。

 だから袖は通さぬと抗議する君だけど、悲しいかな、感度を高めた秘部を一突きすると力が抜けてしまう。

 申し訳ないという感情はあれど、君を堪能したいという欲には勝てぬ。筋肉の塊を何とか抱き寄せて木から離し、その隙をついて浴衣を取り去ってしまおう。

「……………馬鹿かよ」

 呆れた物言いが頭上から降ってくる。きっと君は目を怒らせていることだろう。

 お詫びとばかりに抱きついた手で撫でていると、そこに貴方の手が重なった。君がリードする場所はいまだ熱冷めやらぬ剛直であり、予想するほどの怒りを持たないのだと貴方は遅ればせながらに気づくのだった。

 それなら遠慮なく抱きしめよう。雲に包まれた毛皮に隠された強靭な肉体までも、貴方の腕の中にある。

 雄の色香は酩酊しそうなほどに濃く、背中からでも興奮が嗅ぎとれる。早くしてほしいのだと、恥ずかしがり屋な君のフェロモンで精いっぱいのおねだりをしているようだ。

「……あのよ」

 でも、君はなぜか結合を解いてしまい、貴方に向き直る。

 そして両手を広げればなんともかわいらしい雲のベッドが完成する。

 月明りは君の全身を淡く照らし、毛先にいくつもできた汗が光の粉を振りかけたよう。風がそよぐたびにはらはらと舞って、神秘的なベールを形成している。

 大柄な君を不可侵の彩りが取り巻いて、まるで季節外れの雪だ。触ってみたいのに、溶かしてしまうのではないかと。そんな恐れ多い気持ちにすらさせる。勝手に溶けていくのはわかっていても、もう少しだけながめていたい。

 だって、こんなにも綺麗なのだから。

「……ん」

 願望を君は吐かない。ただただむくれた顔で手を広げたまま。

 不可侵を思わせる君の、下腹部の剛直は赤い欲望で。貴方がこんなにも愛おしく思っている時間も、君にとってはお預けを喰らっているようにしか感じられないのだ。

 そうと気づいてしまえば、飛び込むことは義務になる。

 雲は湿っているけれど、貴方はそれを厭わない。近寄れば君の笑顔が嬉々と花開く。ああ、こんなにも月明りが似合う君なのに、その笑顔は太陽の方がふさわしい。

 君は背中を木に預け、貴方の首に手を回して気丈を取り繕う。白虎の背丈は貴方よりもずっと高い上にそもそもの筋肉量が違うのだ。背中を見ていた先ほどよりも、貴方の負担が大きくなることは明白だった。

「い、一応崩れないようにするつもりだけどさ……もしもの時は頼んだぞ。……って言いたいけど、やっぱ無理だよなぁ」

 すでに君の体重は相当の負担になっている、二人は困ったように笑いあって、白虎の体をゆっくりと幹伝いに滑り落としていくことにした。

 君からはぎ取った浴衣を敷いて、少しでもその白が汚れないように気を使う。黒々とした地面に背を預けた白が身に着けるはサンダルだけになり、恥ずかしいところのすべてが外気にさらされている。

 残雪のように一人取り残された君は不安を感じていることだろう。月を背にした貴方を見やるまなざしが、郷愁に駆られる輝夜姫を思わせた。

 

 君を寂しくさせるのは本意ではないので、すわ一大事とばかりに体を近づける。逞しい太ももを割って貴方の体が滑り込むと、一層と夏の燃え上がる匂いがした。月から迎えに来た貴方を見つけた虎の目が、安堵を描いて柔らかい三日月へ。

 鱗粉を纏う雄々しい手足は愛しき人を見つけ、出迎えようと伸びていく。屈強さからは想像もできないほどに緩慢な速度で、君は貴方を捕まえた。

 ざわざわと囃し立てる木々の喧騒の波間を縫って、君の口は開いた。

 

「やっぱ、この方がいいだろ? おれはほら、声とか漏れちまうし……何かあったらお前がふさいでくれ――――」

 最後まで待てなかったから、貴方は君にキスをした。

 貪り合うようなものじゃなく、ただ一つになるためだけの口づけ。呼吸をまとめて互いを一つにするための通過儀礼のような行為をしながらも、君は腰をくねらせて貴方に孔を押し付ける。

 なればと、貴方は期待に応えて腰を進ませる。

「……つっ! んふぅ……っ!」

 乱れた鼻息が貴方に降りかかるけれども、今更そんなことを気にするわけもなく。敏感な棒が熱した柔肉に包まれていく感覚に酔う時間が愛おしかった。

 君の嬌声を肺へと流し込むと、互いの口が離れていく。もうつながりは保たれているのだから、唾液を味わう行為はまたの機会にしておこう。

「うぁ……入った、な……」

 確かめるような君の声。鼻と鼻をくっつけて感謝を表明すれば、次の瞬間には陶酔とほころんだ笑みを向けられる。

 至近距離まで詰め寄れば、月明りだけでもその表情は鮮明だ。君は心底幸せそうな顔をしており、朱色を頬に散らしている。

 貴方の背中を撫でる手は愛おしさと淫靡さが混ざり合っていて、とろとろと劣情をくすぶるもどかしさがある。行為のたびに爪を立てる君の独占欲を感じながらも、羽織った浴衣が破れないようにと貴方はそっと祈った。

 先ほどの抽送で結合部はすでに熟している。貴方が腰を動かすだけで、感度の上がった内壁は快楽のアンプと化すのだ。スイッチを入れるかのごとく内部を押し上げるだけで、甘やかな音波が夏の空気を揺らす。

「んおおぉっ! あ、あぁ! やっぱ、こえぇ、もれっるうぅ……!」

 秘部をえぐり取ると粘着質な音が響き渡ってしまう。草むらに似つかわしくない淫らな音は、どんなに我慢しても消すことのできない行為の残滓だ。

「や、やべ、音っ、ひびいてぇ……るっ! おれの、恥ずかしい音……こんな、ぁ、ところでぇ!」

 ぐちゅりぐちゅりと、花火の前座にしてはあまりに下品な音が、君の体から鳴り響いている。君は泣き出しそうに相貌をゆがませて、快楽と羞恥の板挟みに苦しんでいるようだった。

 誘ったのは君の方なのに、助けを求めるようにぎゅっと抱きしめる。それでも内壁は蕩けて熱いのだから、君の興奮が冷めていないことはわかりきっていた。

「ぅあ、でも、お前のも……すっげぇ硬い……! 興奮してるのか、なら、いいや……!」

 泣き笑いの顔で牙をむく君が気丈に振舞うが、それがどれだけ愛おしく感じるのかわかっているのだろうか。

 黒に塗りたくられたこの場所で、浮き上がるように白い君との逢瀬がどれだけ心躍るのか、絶対にわかってはいないだろう。

 

「硬くってぇ……あっついの……んはぁ。すげえ嬉しく感じる……おれで、興奮してくれてるのが、すげえ……ああ、駄目だなぁおれ。かっこわりいなぁ……」

 呆けたようにつぶやく言葉は自身の変容を受け入れ始めている。それでも元来の雄性が今の自分を認められないのか。君は何度体を重ねても、貴方を受け入れる自分を恥じる癖があった。

 でも、そのたびに貴方はささやくのだ。かっこわるくなんてない、今の君がいつでも素敵だと。

 そうすると安心するように君が息を吐くのも、いつものことで。そのたびに貴方は思うのだ、まだ信頼が足りていないのではないかと。

 だから、もっと、もっと注がせよう。

 向日葵が咲き誇るために必要な燦々とした日光なんて目じゃないくらいに、甘くて蕩けそうなほどの、君への言葉を。

「そ、こまではいらない……! 恥ずかしい、だろぉ! 馬鹿か、お前っ! 馬鹿!」

 君が上ずった声で戦慄くさまは、普段の逞しさからは想像もできないほどに可憐だ。

 細められた目は光彩を強め、快楽に流されまいと貴方をしっかり抱きしめる。湿度を増した空気に貴方の汗が落ち、白い草原に吸い込まれていく。ふわふわと愛らしい君が欲望に濡れていく様子は、まさに残雪が解けていくようだ。

 かわいいのだと何度も囁いた。好きだとすりこむように中をえぐった。

「馬鹿ぁ……! だから、おれは、そんな言葉なんか……っ!」

 肉と言葉の抽送に君はどうにかなってしまいそうだった。そそり立つ君の剛直は蜜を垂らしながらも、発言だけは気高くあろうとしている。

 囁くたびに中が締まることを、君は知らないに違いない。

 尻尾が恥ずかしそうにくねることも、きっと気づいていないだろう。

「うぁっ! ふぅ、にゃぁ……! やめろよぉ、んな言葉いらねえってのに!」

 さらに声が甘くなっていくのに、君は気づかない。君が嫌がっているわけではないのだと理解できてしまうと、どうしても紡ぎたくなってしまう。

 炎天下でじりじりと焼き焦がすように、少しずつでもいいから、君に知ってほしい。

 言葉でどれだけ紡いでも足りないくらい、愛しているのだと。

「あ、ぅ……まあ、んぅ、その言葉なら……いらなくも、あっ……ないぞ!」

 恥ずかし気な喘ぎ声に潜ませた本音は、そっと舞う花粉の如く貴方の心に飛来した。そしてそれは確実に孕ませたいという本性に帰結する。

 燃え上がった情欲は往復運動をさらに激しいものにして、行為の音量を引き上げる。

 虫の声や葉のこすれる音に混じって響くのは、肉を打ち付けかき混ぜる淫靡な音。そこに君の蕩けた嬌声が加われば、誰に言い訳もできないほど後ろめたい演奏会が開催されてしまう。

「ばっ……むぐぅ! 激し、すぎるだろおぉ……! やっ、だめ、声っ、でちまっ!」

 内壁からの振動がそのまま声帯を震わせ、君は牙に唾液の柱をかける。

 下がったまなじりからは雫がこぼれ、普段は入道雲のように大きくて逞しい君が、今は貴方の手の中でしとどに雨を降らしている。

 快楽と囁きですっかり浸ってしまった君は、雄であることを貴方にゆだねていた。種付けがしたいと望むなら、君は喜んで受け入れてくれるだろう。

 というよりむしろ、君の方だってそれを望んでいるに違いない。貴方をかき抱く手は緩むそぶりを見せず、ただただ夏にそよぐ白くてきれいな草原に沈めようとしているのだから。

「早く終わらせ、るぞっ! 中、早く……しろ!」

 背徳感が夜の闇に乗じて興奮をあおるから、二人の快楽が頂点に向かうまでも早い。

 

「出してっ! 中、いっぱいにして……! おれ、もう、たまんねえんだっ!」

 すぼまった口で陰茎を咥えこむ君の下半身は、柔らかくもきつく包み込んでくれる。きっと体すべてで受粉を願っているのだろう。求愛の歌は君に受け入れ態勢を作らせ、種を望む本能を芽吹かせた。

 どれだけ草むらから求愛の歌が聞こえようとも、貴方にとっての一番は当然君で。

 雄の本性が白濁となって打ち出されるまでにもういくばくかの猶予もない。

 君はそれに気づいていて、でも、もうどうすることもできなくて。

 貴方の顔に口を近づけるのだ。

「お、れ……絶対、声が、でちまうから! ふさいでくれっ! お前の口で! おれを! あ、ああぁ……! 頼むぅ……!」

 白虎の口をふさぐように貴方は口をかぶせる。牙が並ぶ肉食の口腔内だろうとかまうことなく、貴方はすべてをむさぼらんばかりに深い口づけを落とした。

「んっぶぅうぅ! むうぅーーっ!」

 もちろん君も応えて、唾液でまとわりつく舌を絡ませる。舌の根元から引っこ抜くような勢いで、互いを貪り合うように。

 先ほどのキスが呼吸をまとめるようなものだったなら、今度は互いを食い合うようなものだ。相手が欲しくてたまらなくて、自分を満たすためのキス。

 それでも貴方の背に立てられた爪の弱さを思えば、決して独りよがりなんかではないだろう。

「はむぅ! んむう! チュウゥ! んんんんーーーーっ!」

 そろそろいきそうなのだと、君の内壁が教えてくれた。

 とろとろなのにきつく締め付けて、もうすぐ君は快楽を突き抜けようとする。

 ここが外だということを君は忘れているのだろう。中に出すかどうか、貴方が迷ったのは一瞬だけ。

 こんなにきつく抱きしめられては逃げる事なんてできないのだ。君の方が体格も力も上であり、基本的に拒否権はないも同然だった。

 なれば貴方の種を蒔こう。吸いついて離れない君の柔肉の奥へと。すでに貴方専用と化している愛らしい白虎に、愛の証として。

「んむぅ! んっ! ジュルウゥ! むうぅううぅ!」

 中が一層きつく締まった。ああ、君はもういくのか。月夜の真下でケダモノの本性をさらけ出し、貴方の腕の中で果てようとする。

「むうぅっ! おおおぉ!」

 野獣の咆哮は甘く、遠吠えというよりかは断末魔が近い。

 貴方の肺へと吸収される、絶頂の合図。

 どくんと、高鳴った心臓はどちらのものだっただろう。

 それもわからないほどに二人は溶けあっており、些事と言わんばかりに体を重ね合う。

 下腹部からほとばしる熱の奔流を感じて、やがて尿道から発露される法悦。

 射精の瞬間は同時に、そして、流されそうな自我をつなぎとめるために二人はより強く口を吸う。

「んんんんんんんんぅーーーーーーっ!!!!」

 その時の快楽は稲妻のごとく鋭さで脳を焼き焦がさんとするほどに強烈だ。

 点灯する視界に合わせて強直が揺れ、真っ白な種を打ち上げる。青々とした草木に青臭い匂いを混ぜる背徳感すら、この情動の前ではスパイスにしかならない。

 

 貴方の種は君の内部に注がれ、肉筒を白濁で満たしていく。君はそれがたまらなく嬉しいのだろう。さらに目が細められ、恍惚が表情筋を支配している。

 君が吐き出す白は粘性が高く、二人の間を満たしてその熱を伝えてくれる。毛皮はべったりと汚れ、君の逞しい腹部に水たまりを作っていることだろう。

「むうぅーー!」

 精液を介して熱をもちより、高ぶりを激しくする一瞬。

 この時に限っているのなら、夏の熱気よりもずっとずっと高い自信がある。二人どこまで突き抜けて、膨れ上がった快楽で空を超える入道雲。

 君の白くて大きな体が何度目かの痙攣ののち、次第に呼吸の音頭を取り戻していく。

「んおぉ……おおぉ、はあぁ……」

 君がつぶやく音は情事の終息を意味し、夏の熱気に主導権を明け渡す合図だった。

 いまだ強直をびくびくと震わせる君から口を離すと、涎と共に乱れた吐息が落ちていく。焦点は定まらす、水面に映った月を思わせる儚さを纏う君。

 ふわふわと、君の心が昇っていく。

 きっと君の気持ちは羊雲になってふわふわ漂っているだろうから、いつもより素直かもしれない。

 だから、ちょっとだけ、確かめたくなってしまった。

 さっきからずっと鳴いていた求愛行動を、しっかりとした言葉に欲しくなったから。好きなのかを聞いてみたくなったのだ。

 もちろん、答えは決まっていて――

「ああ? 愛してるに決まってるだろ……。おれの中をこんなに満たしてくれるのは、お前だけなんだかさら……」

 背中に回された手が、貴方の頭を撫でる。

 優しく、壊れ物を扱うかのような手つきで。

「ふわふわ、ふわふわとさ。お前といるとつい気持ちが昇っちまうんだ。こんなに恥ずかしい姿を見せても、かわいいとか言うしな。どこがかわいいんだか……まったく」

 そうして笑う君は月明りに薄く照らされる入道雲に戻っていた。大きくて優しくて逞しい、抱きしめて包み込んでくれる君。

 そして、笑う君からゆっくりと柔らかくキスをして――

「おれからすれば、お前の方がずっとかわいいってのに」

 ああ、夏よりもずっと熱いこの感情を恋と言わずに何と言おう。

****

「……花火間に合わなかったな」

 君がおすすめという場所までくると、あたりに広がっていたのは星空だけ。

 高台のここで見る花火はとてもいいものになっただろうけれども、それはもう過去の光景だ。

 崖手前の柵に近づくと、眼下には人工的な光が散開していくのがわかる。祭りの目玉も終わり、人々が家路に帰ろうとしているのか。

 それが甘い水を探して散らばる蛍を思わせるから、貴方はなんとなくその光を目で追っていた。

「花火見たかったのなら悪かった」

 隣に来た君がばつの悪そうな顔で頬をかくが、貴方は別にいいよと笑って返す。

 確かに花火は見たかったけど、またの機会はあるから。

 君は浴衣を着直してなんてことないような顔をしているけれど、その太腿では種が零れ落ちているのを貴方だけが知っている。勢いで中に出してしまったが洗う場所もないため、君は孕んだままなので居心地が悪そうだ。

「帰りも結構歩くなぁ」

 もじもじと浴衣の中で太ももをこすりつけて、君は嘆息する。

 近づいてみれば、すっかりシトラスがなくなっていることに気づくだろう。それに置き換わるように、汗と獣の匂いが君を満たしている。

 鼻のいい獣人に出会ったなら、貴方たちが何をしていたのかすぐにばれてしまう。早く帰ったほうがいいのはわかっていても、蛍から目が離せない。

「でも、なんだ……ああいうところでするのも、まあ、悪くなかったな」

 それでも、できれば二人っきりの方がいい。二人の意見が重なった。

「だよなあ。洗うのも楽だし」

 行為によってすっかり汗だくになったから、夏の暑さもしょうがないと流せるようになっている。そして、互いの汗も別に気にならないから自然と距離が近くなる。

 肩を寄せ合って、そこにあったであろう花火に思いをはせる。

 きっと誰もいないこの場所で見る花火は素晴らしいものだっただろう。

 明るく華やかな光で彩られた大量の花が、夜空を覆う様を貴方は想像した。

 でも、同時に浮かぶのは月明りの下で、茂みで見る君の顔だった。

 白くて綺麗で、切なそうに貴方を呼ぶ愛しい白虎。

 どちらを選ぶとするならば、答えは決まっていた。

 貴方は白虎の手を握り、次も来ようと誘いを投げる。

「おう、今度は祭りに行く前に、しとくか……」

 夏の夜も更けていき、君の笑顔がほんのりと照らされる。すでに君はいつもの闊達な君に戻っていて、満面の笑顔が爛漫に開花していた。

 貴方の月下美人は何度でも咲き誇り、何度でも受粉して愛を確かめ合うのだ。

 ふいに君の艶やかな鼻がしゃくりあげ、口角に酔いが混ざる。

 小さく喉が鳴ったのを、貴方は聞き逃さなかった。何か喜ぶようなことでもあったのだろうかと問えば、返ってきたのは恥ずかしそうな声音。

「あー……今、おれの全身からお前の匂いがするからさ……なんつうか、体が欲しくなるっていうか……あー、なんだ、恥ずかしいよな」

 汗を混ぜ合った白い草原を纏う君が目をそらしてしまうけれど、浴衣を押し上げる剛直はもう準備万端だった。

 君は鼻が利くから、さっきからずっと我慢していたのだろう。浴衣の中で蒸れた臭気には確実に貴方の匂いが混じっているのだ。否が応にも先ほどの情事を思い出してしまい、体をうずかせていたのか。

 種を孕んだままだというのも要因の一つか。君の体はまだ雄であることを思い出せず、快楽に酔っ払ったまま。

 夏風はほてりを冷ましてはくれなくて、それどころか君の内部ではどんどんと熱が蓄積されている。こぼれていく種を惜しむ感情が、次の行為へと駆り立てる。

「……なあ、さすがにもうここには誰も来ないと思うんだが」

 言いづらそうにする君が何を意味しているのか、聞かなくてもわかる。

「くそ、こんなことなら早く引き返せばよかった。シャワー浴びれたら、もっと落ち着いてたんだけどさ」

 照れて赤めた君の顔に、いまだに潜む雌の色。

「体からお前の匂いがする……まだ抱かれてるみたいだ……ああもう、漏れちまうのがこんなに惜しいだなんて! もうすっかり雌になっちまったみたいだ。なあ、なあ、おれの愛しい春雷。今度は雲みたいに優しくおれを……その、抱いて……くれないか?」

 貴方の手を取って浴衣に突っ込ませ、かわいらしくおねだりをする白虎。

 そのまま浴衣を開くと貴方を包み込み、夏と獣の匂いに閉じ込めてしまう。

 硬い君の肉体は、発情の色香を濃厚に含んでいる。一呼吸するだけで、めまいがするほどの性を感じられてしまう。

「わかるだろ? おれ、こんなにも熱いんだ。お前が欲しくなって、春からどんどんおかしくなって。たまに一人でいじる時もあるんだ。でも、お前はそんなおれをかっこ悪いなんて言わないよな。おれがおれをかっこ悪いって思っても、お前がそう思わないんだったら、まあいいかなぁ……って」

 滔々と語られる君の言葉たるや、どんなくどい甘味にも負けないほどの甘さを煮詰めた告白の様じゃないか。

 熱に浮かされた君は自分の雄性を否定した行動をとるがゆえに、貴方にその価値観を肯定してほしいと訴えているのだ。いまだ雄としての自覚が強い君だけど、貴方のためにと受け手に回ったその心根はどんな雄よりも包容力がある。それなのに何を心配することがあるのだろうか。

 だから、貴方はそれを否定しない。君はどこまで行っても愛しい白虎であり、それを是とすることこそが君の助けとなるのだから。

 見上げれば君の背後で月が輝いている。白くてふわふわな君が、月を覆い隠して貴方を独占していた。

 ふわふわと、君の心が昇っていく。

 大きな雲が貴方を包んで、中へ中へと誘ってくる。太陽の下でなら純白を誇る君も、月夜では獣になってしまう。宵闇のベールが覆うのは人目だけじゃない。理性もなのだ。

「無理だったらちゃんと言えよ。家に帰って、一人でするから……」

 そんなことさせるわけがないだろう。貴方は決意を固めると、君の分厚い体を抱きしめる。

 意志を示し、また野外での求愛行動を知らしめようと誘うのだ。

「……ありがとな」

 虫の声が遠くなる。月も、空も。

 貴方を茂みに引きずりこんだ大きな雲は、その巨体をもって覆い隠してしまう。

 どんな鳴き声も芳香も、君の前ではかすんでしまう求愛行動だ。貴方を満たすのはただ一つ、君の存在だけ。

 夜も更けてくる夏のとある日に、貴方と君は熱を持ち寄り高め合う。大量の通り雨を降らせるまでずっと、もくもくと昂る入道雲のように。

 それは、どんな夏日よりも暑く――――


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