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夏の終わりに空飛ぶ魚を捕まえて 中

「んで、なんでゲームもせずに外に出なきゃならないんだ」  星々が瞬く暗がりのあぜ道を、僕らは並んで歩いている。淡い光だけの世界はすでに見慣れたものだったけど、太陽がいないというだけでどこか非現実感を醸し出している。  僕はヤマの隣で虫の声に耳を傾けつつ、熱気が毛皮の中で渦巻く感覚に辟易とした感情を覚えた。夏特有の湿気との合わせ技は、毛皮持ちにとってできれば遠慮したい環境ともいえる。 「だって、せっかくリュウが一緒にいるんだ。夜に出歩いても怒られないじゃん? せっかくの機会なんだから、魚を探さないともったいないし」 「ヤマは自分の信用のなさを自覚しろ。それに、川沿いとか危ないところはなしだからな」 「わかってるって。天気予報だとそろそろ台風がきそうだしなぁ。でもさ、リュウとこうして夜に出歩くのって久しぶりだよな」  生き物の声に混じってもヤマの音だけは聞き逃さない。弾むような声音は、この瞬間を楽しんでいる証拠だ。 「まあ部活も違うし、そんなにしょっちゅう会う用事もなかったし」  ボヤいた風を装うが、内心では安堵していた。  その場のノリで泊まるとは言ったが、ヤマと一つ屋根の下とか耐えられる気がしなかったから。不用意に高鳴る胸が恋だの愛だの聞きたくない言葉を投げかけるのはもううんざり。そんな責め苦から逃れられるのなら、僕は喜んで深夜の徘徊に手を貸そう。 「にゃあ」とヤマに抱かれたホシゾラも楽しそうな声だ。もともとこのあたりの猫だろうから、はぐれても問題ないだろうという判断で戦力として連れてきた。戦力になるかはわからないけど、ヤマと二人っきりになるよりかはまし。  家から少し離れた田んぼ道は森につながっている。川沿いは危ないからといって森が危なくないわけもなく、入るのはさすがのヤマでも躊躇するだろう。 「なあ、リュウ。そういえばさ、ここってでるんだよな」 「ああ、そういう噂が絶えないね。ここらへんだっけ、防空壕」 「確か。じいちゃんが言ってた、森の中に入り口があったんだって」 「そういえば聞いたことあるわ。でもその入り口って崩れ落ちて中にはもう入れないんだよな」 「そうそう、だから避難したはいいけど生き埋めになってしまった人の霊がでるんだってさ」 「……絶対にいかないからな」  別にホラーが苦手とかではないけど、あえて聞きに行きたいかと言われるとそうでもない。少しだけヤマとの距離をつめる。怖いわけじゃないけど。  あぜ道から見える森が暗闇をたたえている光景すら、見ていると毛皮が逆立ちそうになる。絶対に入る前に引き返そう。怖いわけじゃないけど。 「でも、絶対嘘だと思うんだよなぁ」  と底抜けに明るい声が僕の隣から聞こえた。 「へえ、なんで?」すがるように聞き返す。 「だって、じいちゃんが言ってたし。あの防空壕にはもう一つ入り口があって、一つがふさがってても逃げられるはずだからって。だから、じいちゃんはばあちゃん探しをあきらめきれなかった」 「……そっか。その入り口って?」 「さあ、場所まではじいちゃんも知らなかったみたい。だからふさがってるかもよくわかんねえや。うわさではなんでも秘密の軍事施設につながってるとか。まあ眉唾だけどさ。……開いてると、いいんだけどな」 「そうだな」  しんみりした空気が舞い降りて、僕らの言葉は自然と少なくなった。  じいちゃんはずっとばあちゃんを探してて、好きな人を離したことを後悔し続けていた。その胸中はまだ若い僕らには推し量れないけど、なんとなく胸が張り裂けそうだったんだろうということは想像できる。 「だからさ」  そして、その感情はヤマも同じだった。 「だから、おれは好きな人ができたら絶対に離さない。ずーっと一緒にいる」 「それがいいと思うよ」  そうこうしているうちに、僕らは森の手前まで来てしまった。星の明かりが届かない暗闇はまるで巨大生物の口腔のようだ。飲み込まれたら最後、二度と出られないんじゃないかって身構えてしまうほどの黒色。  暗澹たる洞に抱く恐怖心を克己しようと、僕はデカい体を奮い立たせた。小さな耳をぴくぴくさせながら鼻息を荒くしていたら、ヤマにぎゅっと手を握られた。だから僕もその手を握り返す。 「あ、あのさ、リュウ」 「うん、僕はもう帰りたいよ。別に怖いわけじゃないけど」 「いや、そうじゃなくて……」 「なに、でかい癖にビビりだって? おあいにく様、根はやさしくて力持ちを地でいってるのが僕というデブだから」 「だから……!」  しゃべってないと震えてしまいそうな僕に投げつけられるのはイラつきを孕んだ声。何か応答をミスったかなと首をひねるが、一刻も早く帰りたい僕は必至で気づかない。 「おれは――――っ!」  しびれを切らした黒い犬のきらめかんばかりの意志を詰め込んだ瞳が、僕を見た。    はっと息を飲むような色だった。夏空の星に負けないくらいの命のきらめきが、情熱的に輝いている。瞬きをするたびにまつげに星がかかって、僕に飛び込む流れ星の光。  月夜でほのかに光る黒い毛皮をこれほど美しいと思ったことがあっただろうか。  幻想的な月明りのヴェールは黒衣の森の中にあってさえ、その存在を柔らかく照らし出している。  抱きしめてしまいたくなるようなこの感情は。違う。その名前を僕は欲しくない。 「……リュウ?」 「ごめん、正直に言う。怖いから帰ろう」  何が正直なものか。と内心で吐き捨てながらも、ヤマの手を振りほどくことはない。  僕はきっと本当におののいた顔をしていたのだろう。ヤマは喉元まで出かかった言葉を引っ込めると、しぶしぶ森から離れようとしてくれた。  でも、うそつきな僕をあざ笑うかのように、一筋の光が、夜空を駆けていく。 「……魚だ」  大きな魚が、そこにいた。  真っ黒な海に漕ぎ出す船のように、悠然と魚が泳いでいる。  月明りだけでは説明できない光を纏い、うっすらとした光線を軌跡にして森へと向かっていた。  そしてそれは一匹ではなかった。   「ヤマ……!」  僕は怖くなって、ヤマとホシゾラを抱きしめた。視界に映る十匹以上の魚が、森を目指して泳いでいたのだ。  強く抱きしめたせいでホシゾラがにゃあと抗議の声を出すが、僕の視線は空へとくぎ付けだった。大きさも違う魚が、まるで群れのように固まって線を描いている。    僕もヤマも言葉が出なくなって。ただただ空を眺めていた。  半透明でほのかに光る魚のような何かが、森に吸い込まれていく。それも、こんなにたくさん。  まるで夢のような光景だ。水族館でよくある海中トンネルにいるような、泳ぐ魚を下から見る倒錯感。  魚から透けた月光が僕らに降り注ぎ、ゆらめいた光がいやにまぶしかった。本当に海の中にいるみたいだ。あまりの非現実感に足場が揺らめいている錯覚させ覚える。 「追わなくちゃ……」 「駄目だって、さすがに森は危ない!」 「でも……!」  悲痛な目だ。さっきまでのきらめきとは打って変わった哀を強めた目。  魚を捕まえることは、ヤマにとっての区切りなのだと知っている。けど、だからって危険な目に合わせられない。 「にゃあ」  僕が強く抱きしめたことが不快だったのか、ホシゾラは一声だけ鳴くと、ヤマの手からするりと降りてしまった。 「あ、ホシゾラ!」 「にゃあ」 「待って、そっちは森っ!」  飼い主の静止も聞かず、猫は森へとかけていく。  石は僕とヤマが身に着けている。魚を追ったわけではないだろうに、どうして急に走り出してしまったんだ。 「追わないとっ!」  ヤマがそんなことを言うけど、僕は足が動かない。一匹では大した感情を想起させない魚も、群れになると恐怖心を抱かせるに十分だった。  未知が巨大に膨れ上がるというのは、知を持つ種族として看過できない脅威だ。でも、ヤマは興奮がそれに勝る。使命感の命ずるままに、僕の腕を振り切ってしまった。 「リュウ、行こう!」  ああ、ヤマは森に食べられてしまう。僕はヤマの背中に追いすがるように足を動かして、魚を追った。  最初こそ木々がまばらだったけど、奥へ進めば進むほど鬱蒼と生い茂っていく。月の恩恵も薄くなって、手元のスマホにしか光源がない状態はとても不安にさせる。  道なんか当然なくて、自分の足が落ち葉や枝を踏む音にさえ虫が警戒の声を出す。走るなんて無理だ。早歩きをするだけで精いっぱい。  あごの下に汗が溜まって、毛皮から滴っていくのがわかる。蒸し暑い夜は容赦なく僕から体力を奪ってしまい、足が止まってしまう。  目の前には闇しかない。僕が求めた快活な犬の姿なんて、もうどこにも見えなかった。 「ヤマ……」  黒い犬は夜の闇に溶けて、僕は輪郭を掴めない。  あたりは夜に染まった木々がそびえ立っているだけ。音が幹に反射して、自分の吐息すら不明瞭になった気がする。  声を出すのが怖かった。誰かに狙われるんじゃないかって思うから。  そんなはずがないのはわかっているけれど、闇夜に潜む何かが僕を見ているような気がして、巨体を少し丸めてしまう。  反射音はぼやけたノイズとなって耳を震わせ、方向感覚を狂わせる。さっきのあぜ道とは全く違う音の広がり方だ。あっちこっちから生き物の音がして、僕を苛むノイズ。 「はぁ……はぁ……」  音を出したくない。早く逃げてしまいたい。  だけど、どうしたらいいのかわからない。僕はどこへ行けばいいんだ。  暗くて暗い闇の中で、僕は途方に暮れていた。さっきまで僕の腕にはヤマがいて、その体温があったはずなのに。 「探さなくちゃ……」  きっとヤマも不安になっているはずだ。とっさにスマホをみると圏外の文字が浮かんでいた。そりゃこんな森の中にまで電波はこないだろうと思うけど、恐怖心を紛らわせるように八つ当たりじみた所作で電源を切った。ライトさえ使えるなら、まだ道を探せる。  どうやって探そうか、そう考えているとまた魚がいた。  目線を上げると、魚が一匹泳いでいる。木々の間を縫うように軌跡を引く姿は舞っているようにも、僕を誘っているようにも見えた。  がさりと、僕の足が動き出す。  誘われるままに、僕は魚を追って歩き出していた。ヤマも魚を追っているはずだし、もうそれしか思い当たる方法がない気がして。  夜が深い森で光る魚を目印に歩を進める。ゆっくりと踏みしめながら、道を作っていく。  魚は僕のことを待つように、はぐれないように気を使ってくれているようだった。そんなことあるわけがないのに、緩慢な泳ぎは僕の歩みと速度を共にする。  ほのかな輝きを帯びる魚は太陽の下で見たときより儚く、闇夜に溶けてきてしまいそうな不安定さを持っていた。まるで提灯を掲げるように、眼前の明かりは柔らかい。  そして、その魚を僕は知っている気がした。気のせいかもしれない、でも、既視感が振り払えない。  生き物の音が静寂に染み渡る森で、僕は茫然と魚を追う。  この魚は、僕とヤマが最初に見た魚だ。じいちゃんの葬式帰りに現れた魚に違いない。  そんなわけない。あるはずない。  けど、僕の中で渦巻いていた疑念が闇夜の中で固まっていくのがわかる。現代文明から切り離された環境に放り出されたがゆえに、作られた常識を直感が上回る。 「…………じいちゃん」  呼んでみたけど、魚は何も応えない。当然だ、あるはずがない。  そもそもじいちゃんは死んだんだ。魚になったなんて聞いたこともない。  それでも、僕は魚に話しかけるのを止められなかった。  暗くて心細かったのかもしれない。寂しかったのかもしれない。  じいちゃんに、聞いてほしかったのかもしれない。 「じいちゃん……僕、ヤマとずっと一緒にいたい。でも、これ以上近づきたくないんだ。……怖いよ」  夜の世界が、じゃない。ヤマに嫌われることが。 「好きなら離したら駄目だって言ったよね。今のままじゃだめかな、今でも僕は……ヤマを離さないよ」  魚は何も言わない。ただただ夜を泳いでいく。 「近づくのが怖いんだ。でも離れるのも怖いんだ。こんな感情いらない。今のままがいいのに、どうして……先を、望むんだろう」  目元の毛皮が湿っていくのがわかる。胸中で熟成させた感情が決壊していく。  僕が持つ感情は大きくなりすぎて、ヤマに支えてもらわないと崩れそうなほどになっていた。名前をつけたくないこの感情は見返りを求めていて、ヤマを抱きしめることで満足しようとしている。  それがもう抑えきれなくて。ヤマとの距離が近ければ近くなるほど、僕は満足できなくなっていった。  枝を踏んだのか、ぱきっと乾いた嘲笑が僕の耳をゆする。臆病な僕は現状維持でしか自分を表現できないから、ヤマに悟られたくないってことばかり考えてる。 「じいちゃん、僕は……」  答えなんか返ってくるはずないのに、すがるように魚に問う。  返ってきたのは、悲痛な声だった。 「ほ、ホシゾラっ!」  その声が耳に届いた瞬間に僕は駆け出していた。魚を追い抜いて、葉っぱが肌をこすっても、僕は止まらなかった。 「ヤマっ!」  少し開けた場所に彼はいた。月明りを浴びてとてもきれいに。  小さな原のような場所は向こうが崖になっていて、何かが崩れたような跡があった。ここが防空壕の跡なんだと考えるより先に、崖近くのヤマに近寄る。  近くに来て、透明な雫が月明りを反射する光景で気づく。ヤマは泣いていた。  嫌な予感に心臓が高ぶって、それが口から漏れる。 「どうし、た! どこか怪我でも……大丈夫か!」 「リュウ……」  肩を掴んでこっちを向けると、泣きはらした瞳が僕を認識した。 「魚をここらへんで、見失って……だから、どこか入れるところがないかって探してて……そしたらホシゾラが中に入って行っちゃって、でも岩が、落ちてきて……」  ヤマが指さした先には崩壊した入口らしきものがあったけど、そこにホシゾラの姿はなかった。暗くて見えないだけなのかもしれない。そう信じて、足を寄せる。  頑強な岩でふさがっていて、僕なんかじゃびくともしなそうだ。それでも命が目の前で消えてしまうかもしれないという恐怖が、僕の手を動かした。 「どかそうとしたんだ、でも全然だめで……」  申し訳なさそうに言うヤマの手には血がにじんでいる。薄明りで気づかなかったが、きっと僕が来るまでにも懸命だったんだろう。  押してみても動く気配はないのに、砂がどこからともなくぱらぱら落ちる。逆に崩壊を助長してしまうかもしれないと、最悪の想像が僕の脳裏をかすめた。  崩れたばかりなのだとしたら、これ以上は危険だ。 「もしかしたらどこかの隙間から逃げてるかも。だって、入り口は二つあるんだよね。そっちから出てるかも」 「おれのせいだ……おれが、ここまで連れてきたから……」  僕の慰めも、ヤマには届かない。じいちゃんを亡くしたばかりのヤマにとって、この出来事は追い打ちに等しい。親しい人がいなくなってしまうことに、今のヤマは特に敏感だから。 「まだ死んだって決まったわけじゃない! 探そう! 手伝うから!」  この際崩壊したっていい。ヤマのためなら。  僕は再度入口に挑み、体重をかけてこじ開けようとした。やはり砂が落ちてくるが、もうそれでは止まれない。  そんな僕を止められるのは、後ろから抱き着いてきたヤマだけ。 「駄目だ!」 「っとぉ、危ないって! ここも崩れそうなんだからさ!」 「駄目だ、駄目だ! リュウまでいなくなったら、駄目なんだ!」 「大丈夫。僕はいなくならないよ」  ずっとそばにいるって決めてるから。親友として。 「だから落ち着いて。ヤマの手、血がにじんでる。動かすのも痛いだろうから、少し休憩してて」 「リュウ……」  それでも渋って僕を離そうとしないヤマに、なんて言葉をかけていいものか迷ってしまう。  どう言葉を取り繕っても、この感情に名前をつけなければならなくなってしまいそうで。僕はそれに躊躇した。 「にゃあ」 「……ホシゾラ!」  確かに聞こえた。猫の声だ。  まだ生きてる。間に合うかもしれない!  僕は一層の力を入れて、岩をどかそうと努めた。熊という種族が持つ力を全開にして、少しでも隙間を作ってあげよう。  気が付くと隣にはヤマもいて、僕たちは全力で挑んだ。  でも。  隙間から出てきたのは、小さな魚だった。 「――――えっ?」  魚が一匹、僕の頬をかすめて飛んでいく。  それっきり猫の声は聞こえなくなってしまった。 「ホシ……ゾラ?」  魚はヤマがかけた声を振り切って、ふわふわと泳いでいく。  ありえないことだとわかっているのに、僕らはまるでハーメルンの笛を聞いたかのように、ふらふらとついていった。確証なんてまるでないけど、僕らが持っていた「もしかしたら」を振り払うことなんてできやしない。  さっきの魚群はどこにもいなくて、新しい小魚一匹は入口周りを巡回する。まるで何かを探しているかのようだ。  黒い海をおぼつかない動きで回遊する小魚を、捕まえようなんて気は全く起きなかった。  そんな情けない僕らを夜の森がざわざわとあざける中、かわいらしい鳴き声がふいに聞こえた。  猫の泣き声は最初こそ幻聴かと思ったのだけど、何度も何度も誰かを呼ぶような執拗さは決して幻なんかじゃない。  僕も魚も声のする方へ向かうと、小さな子猫が数匹、木々の間から出した顔とご対面してしまう。 「これは……」  小さな猫たちには見慣れた模様が受け継がれているのがわかる。短い付き合いだったけど一緒に過ごしたんだ。見間違えるはずもない。 「ホシゾラの模様だ……」 「子ども、いたんだ……」  小魚は子猫の上をくるくる回り、暗い夜に安心を振りまこうとしているようだった。でも、子猫たちにはわからないだろう、僕らから逃げようとするそぶりさえ見せた。  きっとホシゾラはたびたびここに顔を出していたに違いない。匂いなのだろうか、子猫のうちの一匹が僕らに甘えるようにすり寄ってきた。  この小魚は、ホシゾラだ。僕らに確信を抱かせるには十分すぎる。  非現実的すぎる光景に頭はついていかなかったけれど、感覚がこれこそが現実だとささやくのだ。そして、ヤマは僕よりも感覚に対する信頼が強いのか、立ち直るのも僕より早かった。  ヤマはしばらく子猫を見て考え込んでいたようだけど、しっかりと魚を見据えて、諭すように口を開いた。 「ホシゾラ、この子たちはおれがちゃんと飼い主をさがして面倒をみてやる。だから、安心してくれ」  魚に言葉が届くのかわからないけど、ヤマはこういうやつだ。子猫を優しい手つきで撫でるその顔は、いつもよりずっと温かい顔をしている。  小魚は回遊をやめ、じっとヤマの顔をみる。その瞬間に僕らは理解した、ああ、届いたのだと。 『――――にゃあ』  木々のざわめきにかき消されそうなほどか細い何かが僕らに耳に届いて、すぐに魚は消えた。それこそ跡形もなく、淡い光はなくなってしまう。  残されたのはただ森が鳴く音と、親を失った子猫が数匹。そして、魚の正体に気づいてしまった僕らだけ。  月はどこまでもきれいでまぶしくて、だけど、僕らの行く末を照らすには足りない。  ヤマは魚をどうするつもりなんだろうか。自身の区切りをどのようにつけるのか、また考える必要があるだろう。  それでも、僕は傍にいる。この最適な距離感で、僕らはずっと一緒だ。  だから、気のすむまで泣いていいんだ。  僕はヤマをそっと抱きしめ、胸に沈めた。僕らは喪失感を埋めるように泣きあって、ホシゾラの旅路を悼んだ。  風の叫びが強くなっていき、空があれる前兆を見せる。木々のわめきは僕らの泣き声を消してくれるにはちょうどいいけれど、そろそろ戻らないと危ない。  夏も終わっていき、僕らの時間も消えていく。  嵐がすぐそばまで迫ってきていた。


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