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ねじゅみ
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【Skeb】邪竜化少年



【背景無し差分】



 儀式は簡単に終わるはずだった――。

 

 巨大な漆黒竜の足元で、幼い少年が苦痛に身悶えている。

 ベキッ! ボゴッ! ミチミチミチィ……!

 少年の肉体は、異形へと変貌する奇妙な音を立てる。手足が湾曲し、その先端には鋭い爪が肉の隙間から顔を出した。


「ギャアアッ! やめろおぉっ!」


 少年の体に埋め込まれた『邪竜石』は、竜の思念を増幅させて体内へと流れ込み、竜に服従する傀儡へ調伏する。さらに竜は性器に呪法を施し、少年の体には不釣り合いな生殖器へと変化させた。


 少年の中に、別の人格が芽生え始める。


《なぁ、気持ちいいだろぉ? 儀式のことも、剣士になりたいって夢も、もうどうでもいいじゃん。このまま、人間をやめちまおうぜ》


「あっ……ああっ……」


 少年は涙と涎を垂らしながら痙攣する。少年の目が、紫色の妖しい光を放ち始めた。


 これで忌まわしき勇者の血は完全に途絶えるだろう。これから小僧は、人のみならず、魔物や動物ともまぐわい、魔族の子種をばらまくだけの亜竜人として生きていくのだ。


 邪竜は完全なる勝利を確信した。


***


 デルカナイ王国の東端に、ノーディという辺境の村がある。


 ここには遙か昔、人々を恐怖で支配し、王国を荒廃させたという邪竜を討伐した勇者の伝説があった。勇者はこの地の『竜の巣』と呼ばれる幽谷にて邪竜を倒し、封じたという。


 時は流れ、勇者の伝説は、村の少年が大人になるための通過儀礼の祭事として、その名残を留めるのみであった。


 三年に一度執り行われるこの祭事は『竜殺しの儀』と呼ばれている。


 数え年十二歳から十五歳の少年たちだけでパーティを編制し、竜の巣で小さなリザード系モンスターを狩って持ち帰るというものだ。儀式は村の口承でのみ伝えられており、三千年の歴史を持つ王国の古文書にも、その起源や正しい礼式は記されていない。今では形骸化した村の祭事となっていた。


 『竜殺しの儀』に参加する最年少のラースは、期待に胸を膨らませていた。数ヶ月前から始まった剣や槍の稽古にも人一倍気合いが入っているようだ。


 カランカランと木製の剣が地面に転がった。


「へっへーん、俺の勝ちっ!」


 小柄な少年が、自分より一廻り体の大きな少年を打ち負かしていた。小さい方の少年が、尻餅をついている対戦相手に手を差し出す。


「ったく、ラースは強ぇなぁ」


 幼い少年ラースの手を取ると、


「何でそんなに本気なんだよ。『竜殺しの儀』ったって、ちょっとばかりでっかいトカゲを狩ってきて、村で焼いて食うだけなんだぞ」


と口を尖らせる。


「俺、ずっと楽しみだったんだ! 『竜殺しの儀』っ! 早く一人前になって、ルクの兄ちゃんみたいに王都で兵士になりたいんだよ」


「はぁ……。ラースは楽しそうで羨ましいぜ。俺は儀式なんか面倒臭くて、早く終わってほしいよ」


 ルクがぶつくさと文句を言いながら尻の土埃を払っていると、子供達に剣術を教えていた王国の兵士がやってきた。『竜殺しの儀』がある年には、少年たちに武器の扱い方を教えるため、ノーディ村出身者の中から兵士が派遣される決まりになっていた。先程剣術の模擬試合でラースに敗退したルクの兄である。


「ラースは剣術の筋が良いな。将来は王国の剣士になれるかもだぜ?」


と冗談交じりに誉めている。


「ほんとにっ!? ルクの兄ちゃん。俺、大人になったら王都にいって剣士になるっ!」


「兄貴ぃ。こいつを誉めると調子に乗るから、あんまりそういうこと言うなよ……」


 多少の嫉妬交じりで、ルクは再び愚痴をこぼした。


 ノーディ村は森とゴツゴツとした岩に囲まれた、山岳地帯にある辺境の村だった。土地は痩せており、あまり作物は育たない。しかし、森の良質な木材と、生活必需品の皮が採れるリザードが多く生息する『竜の巣』が近辺にあった。だから村の男の多くは、木こりになるか、需要のある皮と肉が採れるリザード狩りの狩人になる。また、狩りのついでに幽谷周辺で採掘できる紫色に光る名も無い宝石も、村の貴重な収入源だ。


 稀に、ルクの兄のように兵士になる者もいる。山育ちのためか、目と体格が良いので、この村の出身者は兵士としても重宝されている。噂だと、勇者の末裔がいる村だからと評判も良い。兵士になるといっても、ここ百年ほど大きな戦乱などは起こってない。ただ、ラースのような男の子の憧れの仕事でもあった。


 こうして儀式の当日、胸の高ぶりを抑えられないラースと五人の少年の一行は『竜の巣』へと向かった。早朝に出立し、幽谷のほこらで祈りを捧げたあとリザードを狩り、日没までには戻るという恒例通りの予定だ。


 しかしこの日は空模様が怪しく、山からは遠雷が響き暗雲が立ちこめていた……。


***


 長きに渡る平和も、『竜殺しの儀』を境に突如として終焉を迎える。


 いつの頃からか、正しい礼式で行われていなかった儀式は、千年に及ぶ邪竜の封印を弱めていた。自我を取り戻した邪竜は、虎視眈々と自らの復活を目論む。未だ肉体の封印は解けずとも、封印の亀裂から僅かながらに魔力と邪念とを外界に飛ばすことが叶っていた。


 そこで一計を案じ、幽谷一帯に自らの魔力で生み出した邪竜石を撒き、それに魅了された人間の魂を数百年に渡って少しずつ喰うことで封印を破る力を蓄えていたのだ。


 冒険者や山道から国境を越えてきた商人、宝石の噂を聞きつけた盗賊、道に迷った


狩人……。


 あと数人の生け贄で封印を完全に破壊し、復活を果たせるのだ。


 その日、邪竜は自らを封印した勇者に似た波動が近付いてくるのを感じた。


 近隣の村の人間どもが『竜殺しの儀』などというふざけたまじないを行っていることには、数百前から気が付いていた。そいつらの中には、忌まわしい勇者の血の臭いがごく僅かに混ざっていることにも勘づいていたのだが、今こちらに向かっているのはその比ではない。


 勇者の血と魂をほぼ完全に受け継いだ末裔の臭いだ。いや、この波動の濃さはまさに『生まれ変わり』と言っていいだろう。


 邪竜は勇者への怒りと恨みとで気が狂わんばかりに荒れ狂う。そして、邪竜の怒りと呼応するかのように、激しい雷雨が竜の巣に降り注いだ。


 ラースの一行は、竜の巣のほこらがある洞穴で雨宿りをしていた。


「ひえぇ。こりゃ儀式どころじゃねぇな」


 ルクが洞穴から顔を出し、空を睨む。


「せっかくリザード狩りの腕試しができると思ってたのになぁ」


 ラースは下唇を噛みながら、洞穴周辺の濡れていない木や枯れ草を集める。つい先程ほこらの祭壇で祈りを捧げるために起こした燭台の火を移し、たき火を起こした。他の少年たちもすっかり気持ちが萎えて、皆腰を下ろして溜め息をこぼしている。村の知った仲だとはいえ、自分より年上ばかりだった。仲間のやる気の無さに、ラースは益々落ち込んだ。


「あっ、宝石だ……」


 不意に一人の少年が、祭壇の裏側に幽谷の宝石が落ちているのを見つけて指差した。他の少年たちも一斉にそちらの方を向く。どうやら、祭壇の裏から洞穴の奥に続く横穴に宝石が散らばって落ちているようだった。幽谷の宝石は良い小遣い稼ぎになる。雨で萎えていた気持ちが反転したのか、少年たちは一斉に宝石を拾い始めた。


 ラースとルクは肩を落として呆れた。


「おいおい、『竜殺しの儀』の最中だぞ」


 最年長のルクの言葉も聞かず、


「固いこと言うなって、ルク。雨がマシになったら、適当にトカゲ一匹捕まえて持って帰ろうぜ。ハハッ」


と軽口を返した。


 この日を楽しみにしていたラースは、雷雨と仲間たちの言動に視線を落としてしょげた表情をした。それに気付いたルクが、ラースの背中をトンと叩いたそのときだった。


「ここにも……グギョッ!」


「ひっ……オブォッ!?」


 仲間たちの奇妙な声と、袋が裂けるような音が岩壁に反射する。


 キーンと音を立てて、少年たちがかき集めていた宝石が地面に散らばった。宝石に触れていた少年たちの体が突然次々と破裂すると、黒い煤のように消えていく……。ラースとルクがそれに驚き恐怖する間もなく、地中から低く唸るような声が響いて地面が揺れ始めた。


「地震!?」


「外に出ないと……!」


 放す間もなく足元に亀裂が入り、ラースとルクは尻を滑らせながらその中吸い込まれていく。


 ズズズッ、ズサーッ!


「うわあっ!」


 幸い、滑落したのは背丈の三倍程度の高さで、大した怪我も無く尻餅をついて着地する。


 亀裂の下は、だたっぴろい空間になっていた。


「いてて……。大丈夫か? ラース」


 穴の上から微かに届く光を頼りに、ルクがラースの横顔を見た。ラースは紫がかった光を浴びて、静かに指差した。ルクはその方向に顔を向ける。


 目の前には巨大な何かの黒い影があった。


「何だあれ……」


「わかんねぇ」


 二人は暗がりに目を凝らす。真っ暗だったが、何か魔法のようなオーラがその輪郭を浮かばせていた。


 目が慣れてくると、そこには紫色のオーラを身に纏った、漆黒のドラゴンが鎮座しており、その廻りにはたった今砕け散ったばかりのような水晶の欠片が散乱している。


「そ、そんな。何でこんなところにドラゴンがいるんだ!?」


 ルクが震える声で囁いた。


「ド、ドラゴン!? あれが!?」


 幽谷で見かける最も危険なモンスターは、精々ワイバーン程度だと聞かされていた。それも、長く狩りをしている狩人ですら一生に一度か二度見るくらいの存在だ。


 竜は硬直した二人を見下ろしながら、直接頭の中に話しかけてきた。


《どちらがイグフィスの末裔か》


 二人とも、そんな名前を聞いたことがなかった。


《くっくっく。なるほど、千余年も経てば、英雄の名すら残らぬか。では直接その体に尋ねるとしよう……》


 竜は翼を広げると、魔素の混ざった咆吼を二人に放った。身構えた直後、


 パンッ!!


という破裂音とともに、ラースの頬に生温かい液体が飛び散った。ラースは恐る恐るルクの方に顔を向ける。しかし、そこにはもう何も無かった……。


《ほほう。貴様が勇者の末裔で間違いないようだな。しかし、我が咆吼を退けたとはいえまだ子供ではないか》


「……ルク、そんな……そんなぁ!」


 ラースはルクがどうなったのかに気付き、震えていた。気丈にも震える手で腰の短剣を手探りで探そうとしたが、どうやら服も短剣も、先程の竜の咆吼で砕けているようだ。


《まだ戦うことすらできぬではないか。ならば……》


 邪竜は何かを思い付いたようにほくそ笑む。


《死をも超える絶望と恐怖を、末裔である貴様に与えてやろう! 我が積年の恨み、その体に刻むがいい!》


 転がっていた邪竜石が宙に浮くと、ラースの体にめり込んでいった。宝石はラースの体を抉るようにして癒着していく。


「ぎゃああっ! な、なにを……」


《案ずるな。貴様を殺したりはせぬ。我が魔力により、不老不死の体を与えてやろう。我が傀儡となり、醜き竜人として生き続けるのだ!》


 体に埋め込まれた邪竜石が怪しく光った。


「ギャアアアッ!!」


 ラースは自分の体が、ジワジワと『竜の鱗』に変わっていくのを見た。


***


 邪竜の前で、一匹の子供の竜人が頭を垂れていた。邪竜にひれ伏しながらも、淫呪を施された異形のペニスをしごき、射精し続けている。


「ギゴオッ! イグウゥ!!」


 紫色に光る精液が地面に飛散する。


《堕ちた醜き勇者の末裔よ。まずは手始めに、自らの村を、自らの手で焼き払ってくるがいい》


『ラースだったモノ』は、恭しく頭を垂れた。後ずさりしながら禍々しい背中の羽を広げ、洞穴から生まれ育った村へと飛び立っていった。


 邪竜は洞穴を破壊して飛び、幽谷の頂上から千年ぶりの世界を伺う。


 傀儡の勇者が飛び立ってから半刻ほど経つと、麓から炎と黒煙が立ち上っているのを目にした。


《これぞ復讐の狼煙! 再び世界を暗黒漆黒に染めてみせようぞ! 人間共よ! 忌々しき神託を受けた勇者は、もうこの世にはおらぬぞ! グハハハハハッ!!》

(おわり)


 


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