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小話:単調であり、複雑である

CH@Rの目指す萌え絵の理想系。 そのコンセプトの一つが題名の通りである。 一説では「萌え絵」とはそもそも美少女系イラスト─── 1990年代の少女マンガ系の絵がそのルーツとされる。 デフォルメを利かせた絵柄は、キュートさを表現するのに強く、 たとえばこれは「ら(平仮名)」と「羅(漢字)」どっちが「可愛らしいか」という問いで 多くの場合前者がそう捉えられるのと同じ。 小説等でも幼児や子供の台詞だけひらがなを使うことは珍しくない。 これは文章上の表現手法の一つ。 閑話休題。 デフォルメの誤解として、日本では多くの場合「デフォルメ=単調化」として取り扱われるケースが多い。 実際は違う。 週刊誌の著名人の似顔絵イラストの表紙を見ればわかるように、 デフォルメを利かせていることが=絵の単調化にあたるとは言えない。 特徴の強調、変化、三次元を二次元に変換する時に起こる矛盾であり、それをコントロールする技術といえる。 ただし、萌え絵のデフォルメの王道が単調=シンプルであることは間違いない。 現代でいえば「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」の挿絵で有名なかんざきひろ先生がその代表的なものだろう。 萌え絵のデフォルメの究極系は、「ひらがな」をいかに魅力的に描けるか・・・・・・と例える事が出来る。 萌え絵の主流な仕事の一つとして挙がるライトノベルの挿絵一つとってみて、 複雑化に重きを置いた絵で人気の出ているものはほとんどない。 しかしタッチを単調化すればするほど、それをハイクオリティに見せるのは難しくなる。 例えばデザインを複雑化させることでそのクオリティを高い状態で保ったのがokama先生。 一昔前の画風の赤りんご先生なども線画のシルエットを利用して塗りの単調化とクオリティの両立を図っている。 画風やデザインでそれを成立させられるセンスがあるならそれで済む話だが、 多くの場合はそうではない。 単純なものを複雑に描くというのは絵の矛盾の領域だ。 よくあるポケモンイラストのリアル化するネタ絵のような、元が単純なものを複雑化するのとは全く違う。 「シンプルであり」「ハイクオリティである」は、ほとんどの場合「単調であり複雑である」ということを追求するに近い。 「単調」「複雑」の一方への変換ではなく、双方向に変換する行為だ。 CH@Rの知る限り、 萌え絵の彩色において、 この技術を高い領域で成立させることの出来ている イラストレーターはカントク先生と石恵先生だけだ。 つまり、デフォルメの究極であり萌え絵の究極、理想系と言って良い。 上記の画を見てほしい。 遠くから見た時、CH@Rの絵の塗りは単調、シンプルだ。 しかし、拡大した画は萌え絵としてはかなり細かいタッチでそれを表現している。 塗りのパーツを可能な限り細分化して彩度・明度をコントロールすることで、 多面的に立体感を表現することが出来る。 情報量の偏りを出す上で、最も密度を上げながら強みを発揮出来るのが髪の毛の塗りだ。 この技法をコントロール出来るようになってきたのはほんの最近のことだ。 絵を描き続けた10年間、過程には様々な変化と迷走があった。  しかし、ずっと目指して来たものは変わらずこのコンセプトだ。 今やっと、ほんの少しずつ、目指す理想系に向けて進めている。 その静かな喜びがたしかにある。

小話:単調であり、複雑である

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