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第6話 「糸の果て ― 無音の広場」

最初は、スマホの画面が光の花畑のようだった。
彼女の動作――しゃがみ、立ち、頬に口紅を塗り重ね、腕を空へ突き上げる――に合わせて、無数のフラッシュが瞬く。
通行人は笑い、肩を叩き合い、コメントを囁き合っている。
私は糸を握り、ゆっくりと彼女を操る。

最初の違和感は、小さな間だった。
腕を上げたまま、呼吸を止める。
十秒。二十秒。三十秒。
笑っていた者が「長くね?」と呟き、笑い声の輪郭が崩れ始める。

次に、膝を開き、左右にカクカクと動かす。
テンポを不規則に変え、急停止し、また弾む。
彼女の表情は終始、完璧な笑顔のまま。
それがかえって、彼女を人間の枠から外れたものに見せる。

ざわめきは消え、沈黙が広がる。
足元のアスファルトが吸い込むように音を失わせ、ただ彼女の靴底が地面を叩く乾いた音だけが響く。

一人、二人とスマホを下ろし、後ずさる者が出てくる。
笑っていた学生の一団が、互いに視線を交わし、何も言わずに横道へ消えていく。
残ったのは、少数の立ち尽くす観客だけ。
その視線にも、好奇心よりも「触れてはいけないものを見ている」という硬さが混ざっている。

私は糸をさらに引く。
彼女を大きく一回転させ、両腕を天に突き上げ、指先を痙攣させる。
その動きの意味を誰も理解できない。
一人が息を呑み、もう一人が首を振る。
そして、観客はまるで合図されたかのように、群れから離れていった。

五分後、広場には私と彼女しか残っていなかった。
遠くで車の音が響くが、この円の中には何も入ってこない。
彼女はまだ笑っている。
膝を開き、閉じ、開き、閉じ……その機械的な繰り返しが、空気の膜を振動させているようだ。

私は糸を手から放す。
それでも彼女は止まらない。
笑顔を固定したまま、同じ動作を続ける。
私が操っていたはずの動きが、もう私の制御を離れている。

夜風が吹き、彼女の髪が乱れた瞬間、空っぽの瞳が月明かりを反射した。
その光を見て、ふと気づく。
――もしかして、最初から糸を握っていたのは私ではなかったのではないか、と。


続く


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