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第4話 「糸の先 ― 崩し」

最初は、静かに、丁寧に。
私は彼女の膝を曲げさせ、しゃがませた。
通りを歩く人々は、少し視線を寄越すが、それ以上の興味は持たない。
ただの街角の一コマに見えるよう、私は動きを抑えていた。

だが、抑制はいつでも外せる。
私はそのことを知っている。
糸は私の手の中にあり、張力も、揺らし方も、すべて私が決められる。

口紅を持たせ、唇の輪郭を描かせる。
それをわざと乱し、線を広げ、頬まで伸ばす。
視界に若者たちのスマホが現れ、私は微笑を消させない。
彼らは面白がっている。
彼女は何も感じない。

――次だ。
私は腕の軌道を変える。
口紅を落とし、手のひらで頬を叩かせる。
乾いた音が響くが、痛みはない。
痛みを感じる回路ごと、私はすでに遮断している。

片膝を立たせ、胸を張らせ、顎を上げさせる。
その姿勢のまま、両手を真横に広げて静止。
通行人が足を止める。
私は十秒、二十秒と静止させ、わずかに腕を震わせる。
制御下の震えは、見ている者には「壊れた機械」のように映る。

さらに糸を強く引く。
彼女は突然立ち上がり、数歩進む。
そのまま何もない空間に向かって手を差し出す。
指先は空を掴もうと蠢き、足は一定間隔で踏み鳴らす。
意味はない。
意味を付与する神経は、私が全部切り落としている。

スマホのレンズが増える。
笑い声も、少し引いたようなざわめきも、全て私の鼓膜を通って彼女の動きに変換される。

私は試す。
しゃがませ、立たせ、またしゃがませ、テンポを速める。
呼吸は私が管理し、動きに合わせて乱す。
額に汗が浮かぶが、それも指示通りの反応だ。

ついに、私は糸を一気に引き絞る。
彼女は片足で跳ねながら、片手で頬を撫で続ける。
その表情は、完璧な笑顔。
焦点のない瞳と、均整の取れた顔立ちが、壊れた所作と衝突して異様さを増す。

周囲の空気が重くなる。
人々は「見てはいけない」と直感しながらも、視線を外せない。
私は知っている。
これが、支配の極みだ。
彼女は永遠に、私の手の中で形を変え続ける。
そして、その意味を一度も知ることはない。


続く


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