XaiJu
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The Spiral for the Ninth



去年のクリスマスに書いていた短編を手直しして、挿絵を描いたので公開。

クリスマスソング流しながらどうぞ🎄


ーーーーーーーーーー



冬。

私は去年の春以前の記憶が欠けているせいで分からなかったが、ホテルの同僚が口々にぼやくことには、今年の冬は例年に比べてかなり冷え込んでいるらしい。と言って、全館に直接暖房が敷かれたホテルから外に出る用事もない私にとっては、取り立てた不都合はない。なんなら、女王陛下が「星のようで綺麗でしょう?」と飾りつけた大通りのイルミネーションが、冬の夜の透き通った空気に輝くさまは年甲斐なくー私は自分が何歳なのかは知らないがー心を躍らせる。

大通りの装飾に負けじと、当ホテル、グランド・ホテル・エルドラドも秋が終わるや否や全館にクリスマスの飾り付けが為され、1、2階を吹き抜けにした円形の広いロビーの中央には、高い天井に届くような大きなクリスマスツリーが飾られている……。


「緑色ね!」


と、この立派なツリーを前にこんな感想を述べるのは、地下のバーの歌姫にして当ホテルの看板娘にしてこの国の天使、シグルーンくらいなものだろう。美しいカーブを描いた階段の陰、ラジエーターの温い微風を足元に感じながら、私は彼女と二人縮こまってツリーを鑑賞している。誰にも見つからないように小声だったが、シグルーンなりにはしゃいでいる。


「てっぺんにきんきらきんの星のオーナメントが飾ってあって、他にもたくさん赤や白の飾り付けがされてるんだよ。電飾の飾りもあるからきらきらでしょ?」

「きらきらだわ」


同じホテルに住み込んでおきながら、ロビーにそびえるツリーを見た事があまり無いと言ったシグルーン。地下のバーと半地下の従業員食堂、同じく半地下の使用人室と、半分地面に埋まったホテルの裏側を往復するだけの彼女の生活は、そのきらびやかな表面とあまり交差しないらしい。それを聞いてつい、始業前にこっそり連れ出してしまったが、そういえば彼女の視力がかなり低い事を忘れていた。まあ、シグルーン本人はぼやけた視界でも楽しそうにしているから、クラウスの目を盗んだこの小さな冒険も無駄にはならなかったか。


「スイートルームにも、これよりは小さいけどツリーが飾られてるんだって。子供の泊まっている部屋には、ちゃんとプレゼントも用意されてるらしいよ」


素敵ねぇ、とシグルーンはにこにこしている。普段大人の客とばかり接しているからか、どこか達観したところのある彼女も、こういう姿を見ていると年相応ーこちらも正確な年齢は分からないようだがーに見える。


「シグルーンはなにか、欲しいプレゼントはある?」


居候の身で恐縮だが、私も一応他の従業員と同じように支配人から月給をいただいている。とはいえ衣食住が保証されている住み込みの生活、特に使う宛も無いのでほとんどそのまま貯め込んでいた。彼女へのプレゼントに使うならちょうど良いかもしれない。


「思いつかないわ。だって私、今とってもしあわせだもの。暖かい布団に美味しいご飯、クラウスとジョンがいる!こんなに嬉しい事があって?」


正に天使の微笑みを湛えて言った彼女の台詞は、それだけで聴くものを天国に連れて行かれたような気分にする。妹分として彼女より可愛らしい少女はどこを探したって見つからないだろう。しかし、「私もシグルーンがいてくれて幸せだよ」などと惚けた事を言っている場合ではないのだ。


「でも、お財布がもうぱんぱんなんだ。私の部屋、大した引き出しもないし、次の給料日が来たらどうしようかなぁって思って……」


受け取った給金はそのままウォッシュスタンドの小さな引き出しに突っ込んでいるが、最近は開ける度に紙幣と硬貨が爆発するかのように転がり出てくる。不用心に机の上に置いておくというのは、流石に貨幣制度というものに対して失礼な気がする。しかし私は戸籍届けを出してないから銀行口座が開設出来ないらしく、シグのプレゼント使えるなら本望なのだ。


「あっ!お願い思いついたわ!一緒にクラウスへのプレゼントを用意して欲しいの!」

「クラウスに?」

「クラウスは毎年クリスマスにオルゴールを贈ってくれるの。ホワイエのマントルピースに、8個もオルゴールが並んでいるでしょう?」


あれはシグルーンの私物だったのか。始業前に彼女が時おりその螺子を回し、からくりの奏でる音色を伴奏に歌を口ずさんでいるのを見かける。それは彼女が毎夜店で歌う曲目よりも穏やかで柔らかく、まるで子守唄を聞いているような気分にさせられるのだが、それもクラウスの趣味なのかもしれない。


「なにかお礼を贈りたいけれど、私ホテルから出られないでしょう?クラウスはオルゴールの曲を歌って聞かせてくれればそれで良いって言うのだけど、歌は形に残らないもの」


なんと可愛らしい望みだろう。私は胸をうたれ、


「任せて!絶対に素敵なプレゼントを用意しようね!」

「ここにいたんですか、あなたたち」



意気込んでうっかり大きな声になってしまった。噂をすればなんとやら、ロビーフロアまで私たちを探しに来ていたクラウスが、階段の影にこそこそ縮こまって隠れている私たちの前に仁王立ちして、呆れた目で見下ろしていた。


「クリスマスツリーを見に来ていたのよ、私たち!」

「珍しく早起きだと思った……それで、そんな大声で何の話をしてたんだ?」


全く隠し立てしないシグルーンに、彼も毒気を抜かれたらしい。幸いな事に、私たちの計画までは筒抜けになっていなかったようだ。冷や汗を拭う私を面白そうにちらりと見て、シグルーンは「秘密よ!」と元気よく答えた。



クラウスと同年代の青年の知り合い……というと、私にはアルフォンス位しか思い当たらなかった。彼がいくつなのかは知らないが、少年のような見かけに反してとうの昔に成人済みである事だけは知っている。


頭に積もった雪を払って例の古物屋に入ると、アルフォンスの住む2階の画廊へ続く狭い階段から、微かに国営放送のニュース番組の音が聞こえてきた。スクープと見ればすっ飛んでいくアルフォンスの事だから、留守にしているのも承知の上で突然訪ねてみたが、どうやら今日の王都には大したネタはないらしい。アナウンサーも呑気な調子で、王立公園で開かれる今夜の天体観測イベントについてリポートしている。

アルフォンスは冷えきった部屋の奥で、白黒のテレビ画面に照らされて書き物に集中している所だった。雪が防げるだけ外よりマシ、程度の設備の古い建物なのに、特にこれといった暖房器具もなく、厚着もしていない。私に気がつくと、あの高慢そうな微笑みで歓迎してくれた。

「お前から訪ねてくるなんて珍しいじゃん。またバーの絵がビリビリに破れたのか?それとも宿泊客のスクープとってきたとか?クリスマス前だから密会も少しは増えるだろ?」

「ううん。ちょっと相談したいことがあってさ」

「相談?悩みとか憂鬱とか、人間を人間たらしめる全てを産道に置いてきたお前が?」


彼は訝しげに眉を顰めたが、それでもテレビの音量ダイヤルを下げ、私に椅子を勧め、みすぼらしい灯油ストーブを付け、ついでにその上で湯を沸かしてインスタントコーヒーを淹れてくれた。

私はストーブに指をかざしながら、事の顛末を全て説明した。もう紙幣一枚入る隙間もないウォッシュスタンドの小さな引き出しから、シグルーンのささやかで可愛らしいお願いまで。一通り聴いたアルフォンスは、指をおとがいにあてて言った。


「お前が自分に新しい戸棚か財布を買えば全部解決するんじゃないの、それ」


青天の霹靂。


「ま、いいや。その能天気でおつむの足らないところもお前の美徳だよ。」

「うーん。もうちょっと頭が回ればいいプレゼントを思いつくのになぁ。アルフォンスが今欲しいもの、なに?」

「そりゃあもう、どぎついゴシップ一択だね。『グランド・ホテル・エルドラド支配人、ホテル売上を横領し違法カジノで使い果たす!共謀犯はあのお堅いメガネの副支配人!?隠された二人の熱〜い関係は!?』とかさ。お前、心当たりない?」

「うちの支配人はそんな事しないと思うよ。副支配人は帳簿を合わせることがなによりの喜びって感じだし」

「つまんないホテルだよ、ほんとに」


彼はずずずと音を立ててコーヒーを啜った。期待に添えなくて申し訳ないが、私の方もこの男相手では収穫ゼロだ。


「じゃあ、他の人がクリスマスにどんなプレゼント贈ってるか知ってる?」

「僕の友人にクリスマスプレゼントを贈るような道徳的な奴はあんまりいないけどな。レナーテは毎年先生の好物を山ほど盛ったケーキを作るって言ってたな。手編みやミシンで何か作る時もあるとも言ってた。元はと言えば先生の金だった給料で何かを買ってプレゼントするのも気が引けるんだってさ」


そういった細かい部分をきちんとするのは彼女らしい。


「音楽学校の生徒たちは一人一つささやかなプレゼントを用意して、輪になってプレゼント交換会をするそうだ。まぁ、大抵お菓子や文具だけど」


微笑ましい限り。


「あぁそうだ。王立図書館はファサードにデカいツリーを飾ってるだろ?最近はもっとクリスマスムードを演出するために、職員がサンタ帽を被って金色の栞を配っているらしい」


テオの仏頂面が思い浮かんだ。彼ほどサンタ帽が似合わない人間も珍しいだろう。


「うーん、どれもクラウスには似合わないかもね」

「僕だってクラウスとやらを生で見て取材すればもっといいプレゼントの案が出せるさ。だからちょっと通してくれないかね、バーの入口をさ」

「君は出禁だからダメ。コーヒーをありがとう!」


新聞記者というだけでは出禁にまではならないはずだが、私が働き始めた頃には既にアルフォンスは出禁客のリストに載っていた。その名前を記した筆圧の強さからして、相当な事をやらかしたのだろう。食い下がろうとする彼から半ば逃げるようにして、私は画商の店を辞した。




クラウスと年齢層が近い男性といえば……ヴィオラやリストだろうか。少なくとも20代である事は共通している。


「あいつは甘い物か温まるものを渡せば外しはしないから、簡単といえば簡単なんだよな」


人待ち風情にしながら既に4杯目、ホットバタードラムのグラスに手をつけているヴィオラに聞くと、彼は蛇のような目をこちらに流してあっさり言う。彼は1時間ほど前にひとり、いつも通り反骨精神溢れるファッションスタイルでやって来てから、黙々と新書本と何かの論文……『航空テレメトリーへの実験的アプローチ』を読んでいた。私は彼の持っている本のタイトルすら理解できた試しがない。


「一昨年はチョコレートの詰め合わせだったかな、お前のとこのホテルのパティシエに特注した。去年は俺が選んだ紅茶のアソート。何種類集められるか試してみたら熱が入って、間違えて密輸の禁制品を混ぜたまま贈って大目玉を食らった……だから今年はご機嫌取りだな。百貨店から取り寄せてマカロンタワーでも贈るか?」

「タワーは邪魔だから要らないかな」


すっと現れた白い手が、ヴィオラの手元からラムを抜き取った。リストに渡すには度数が高い気もするが、寒空の下ここまで歩いてきたらしい彼を止めるのも酷だろう。首の後ろで束ねたカシミアのマフラーにうっすらと積もった雪が、ホテルの暖かな空調に溶けかけている。彼はしばらく冷えきった震える指先をグラスで暖めていたが、それをひと口飲んでようやく震えが収まったようだ。


「これ、おいしいね。なんてカクテル?」

「教えない。お前がハマるには度数が高すぎる」


リストは片方の眉を上げてヴィオラを見たが、それ以上は追求せず、グラスの残りを飲み干した。


「拗ねるなよ。ああそうだ、今年のクリスマスまでにお前が飲める位のホットカクテルを100個考案して辞典にしてやるよ。リキュールとミクソロジストボックス付き、どうだ?」

「うちでいつでも注文を聞いてくれるガラの悪いバーテンダーが付くなら、それがいい」

「仰せのままに。参考になったか?ジョン」

「ならないねえ……」


金銭的障壁、法的障壁、知識と根気の障壁全てにぶつかる。ヴィオラの世界には壁というものが1枚もないのだろう。

リストは注文を取りに来たボーイにカフェ・ロワイヤルを注文した。これは本来私の仕事なのだが、話し込んでいる私達を見てボーイが気を利かせてくれたようだ。それでリストは椅子の背もたれに肘をかけて私を振り向き尋ねた。


「ジョンのプレゼント選びの相談?それならヴィオラに話したのは間違いだと思う」

「リストは誰かにプレゼント贈ってる?」

「たくさんね。両親にはカードを贈ってる……それ以外やり取りする事もないから欠かせない。妹には百貨店から直接ギフトセットみたいなのを送ってるよ、彼女の好みに合わせた食べ物をね。ヒルダにはヘアブラシとかネックレスとか可愛らしい小物を贈ってる。女王陛下は花がお好きだから毎年アレンジメントを……他にもお世話になった人には何かしら用意するかな」

「すごいね!プレゼント選びのプロだ!」


なんと有能な相談相手だろう、私は感動したが、ヴィオラは鼻で笑った。


「毎年この時期はプレゼント選びに追われて家で呻吟してるぜ。クリスマスを呪ってる」

「ある事ない事言わないでくれる?それに、君にもちゃんと贈ってるでしょ。香水とかネクタイとか財布とか」

「来年こそ少しはまともな格好をしろってメッセージカード付きでな」


なるほど。それまでマネークリップしか持ち歩いていなかった彼が、前の冬からやけにしっかりした財布を使い始めたのはそういう訳なのだろう。

しかし、ピアスだらけの耳に無造作に伸ばした髪、フライトジャケットにジーンズ、ミリタリーブーツの彼の装いを完全に矯正するには、あと100回クリスマスを迎えても足りなそうだ。

リストはボーイが運んできたカフェ・ロワイヤルの青い炎でまた指先を温めている。もしかすると寒さに耐えかねてこのカクテルを頼んだのだろうか。雪の精霊のような容姿に反して極端に寒がりな彼は、消える炎を少しだけ残念そうに眺めつつ私に尋ねた。


「それで、誰にプレゼントを贈るの?」

「シグルーンと一緒に、クラウスに贈るものを考えてるんだ。秘密ね!」

「素敵だね。でも、シグルーンからなら彼はなんでも喜びそうだけど」

「それはそうかもしれないけど……一緒に考えて欲しいってお願いされたんだ」

「それなら、僕が口出しするより君たちふたりで考えた方がいいね。相手に何を贈ろうか考えてる時間もプレゼントの一部じゃない?」


彼はにっこりと微笑んだ。ポスターで見る映画俳優のように完璧な微笑だ。きっと彼の贈るプレゼントも、この笑みのように完璧なのだろう。しかしヴィオラがそれをせせら笑う。


「こんな綺麗事を言いながら、家ではクリスマスの滅亡を願ってるぜ」

「だから適当言わないでくれる?」


リストの完璧な微笑にひびを入れるのが趣味な男は、その不服そうな視線を受けて満足そうに目を細め、私にブラックルシアンを注文した。

結局ここでも収穫なし。ブラックルシアンはコーヒーリキュールと……なにを混ぜるカクテルだっただろうか?私はカクテルの名前を忘れないように何度も繰り返し呟きながらクラウスにオーダーを伝えに向かった。



グランド・ホテル・エル・ドラドの支配人クリスティーナ・ラザフォード女史は、スイートルームがならぶ5階の部屋を私室兼執務室としている。そのスイートはバスルームやクロークを除いて3部屋に別れており、彼女は1番手前の部屋を執務室として使っていた。


グランドホテルにおいて支配人がどのような位置を占めているかは、この国の王都に建つ数軒のホテルを比べるだけでも全く事情が違ったりするものだが、当ホテル支配人はまったく気さくな愛すべきご婦人であった。

彼女の上に絶対的な資金力を持つオーナーが居る事もあり、彼女はいつでもその貴族とホテルで働く200人の従業員の間を取り持つ、想像するだに胃の痛い役割に従事していた。従業者側の望みをよく聴いて、うまくオーナーを丸め込んでは労働環境を改善し、誇りを持って働けるようにしてやる事が良いサービスに繋がるとまっすぐに信じていた。彼女は従業員みんなの顔を覚えて毎朝すれ違う度に挨拶を交わしており、ばったり裏階段でタバコをふかすボーイを見つけたりすると、わざとオーナーを思わせる慇懃な物言いで注意してふざけるのが好きだった。私たち従業員もおしなべて皆彼女のことが好きだった。


そんな彼女は副支配人と共に半期に一度、従業員をひとりひとり執務室に招き、紅茶でもてなしながら職場に問題は無いか、なにか上層部への要望は無いかヒアリングをする。クリスマスイブの前日、そのお鉢が私に回ってきた。


スイートルームの椅子は金糸の刺繍がほどこされたふかふかのクッション張りで、私はそれに深く沈み込みながら出された紅茶を啜った。私は味に鈍感なので茶葉の違いはよく分からないが、少なくともとてもいい香りがするのは分かった。

プレジデントデスクの向こうの支配人は、いつものように上機嫌でキャスター付きのキャプテンチェアをゆらゆらさせており、副支配人はその脇でメモ帳を片手に立っていた。


「ジョン、あなたは本当によく働いてくれているわ。割ったグラスの数を考慮してもね。なにか私たちに改善して欲しいことはある?部屋が寒いとか、給与が足りないとか」

「給与はもう要らないです!あ、強いていえばそれで困ってて」


私は2人にも事の顛末を全て説明した。棚から溢れる紙幣から、シグルーンのささやかなお願いまで。


「あらあら、それは素敵ねぇ!助言できるようなアイデアはないけど……私たちから従業員へは毎年ボーナスを贈ってるわ。1番喜ばれるけど、やっぱりそれじゃあ味気ないものね」

「でも、シグルーンから貰えるものなら、どんなものでも嬉しいでしょうね」


彼らは揃って生あたたかい表情で言った。この二人は経営陣として共に忙しく働くだけではなく、僅かな私的な時間にもよく一緒に過ごしているのを見かける。アルフォンスが言ったような熱い関係には見えないが、クリスマスならプレゼントくらい贈り合う仲なのではないだろうか。


「おふたりはお互いにプレゼントを渡したりするんですか?」

「よくぞ聞いてくれたわね!去年私が貰ったのはこれよ!ほんっとうに滾ったわ」


支配人はプレジデントデスクの1番上の引き出しから、一冊の本を取り出した。薄めだが、ルリユールの装丁が美しい皮表紙の本だ。副支配人が説明する。


「彼女の好きな映画のBL二次創作を書いて、印刷所に発注して製本しました」

「えっ?オリジナルの本なの?」

「いえ、二次創作だからオリジナルではなく……」

「でも副支配人が書いたんでしょ?」

「まぁ……そうですけど。そうですね……」


副支配人は困惑した顔で眼鏡の位置を直していたが、説明は諦めたようだった。私のようないち従業員に理解させるには難しい話になるのだろう。

私は支配人にも尋ねる。


「支配人は何を贈ったんですか?」


支配人は両肘を立てて組んだ手の上に顎を乗せ、得意満面で答えた。


「映画よ」

「あぁ、映画館のチケットを?素敵ですね」

「いいえ。キャストを雇ってロケ地になる場所を借りて、彼の『癖』を煮詰めた全寮制女子校三角関係プラトニック百合の短編映画を撮ってホテルのシネマで上映したわ」

「ぜんりょうせ……なんですか?」

「ジョンは分からなくていいわ」


2人は相変わらず生あたたかく微笑んでる。彼らの話はよく分からないが、王都一のホテルの経営者たる彼らの事だ。きっとなにか高尚な話をしているのだろう。


「とにかく、もしプレゼントの予算が足りなかったら遠慮なく言ってちょうだい。ボーナスおまけしてあげるから」

「あの、ボーナスってゼロには出来ませんか?」

「それは無理な相談だわ」



「ごめん、シグルーン。たくさん考えていっぱい調べたんだけど、良いプレゼントを思いつかなかったよ。もう、クラウスにほしいものを聞いて明日買ってくるのが1番いいかもしれない」


クリスマスイブ。いつもより少し早めに地下のホワイエへ降りてきたシグルーンに、私は両手を合わせて謝った。シグルーンはそんな私の首にハグをして、鈴を転がすように笑った。


「あぁジョン、そんな事気にしないで!あなたの言うとおり、欲しいものを聞いておく方が良かったんだわ」

「そうだね……考えてみると、クラウスってなにを欲しがってるか全く分かんないね」

「私も分からないわ!一緒に買い物に行っても、私のものばかり買うんだもの。ほら、今日もプレゼントを持って来たみたいよ」


階段をゆっくり降りてくる足音。見上げると、クリスマスでも相変わらず無表情で陰鬱な雰囲気のバーテンダーが、小包を小脇に抱えていた。一つではない。二つだ。


「なんだ、2人ともそこに居たんですね。メリークリスマス」


彼はなかば投げやりに私たちに小包を渡した。淡々とした口調は、外国人が聞いたら誰もお祝いをしているとは思わないだろう。それでも、彼が私に贈り物をするとは意外だった。クラフト紙で何重にも包まれたそのプレゼントを早速開けてみると、中には大きな陶器製の豚が入っていた。まん丸なフォルムにつぶらな瞳、くるりと巻いた短い尻尾。なんて可愛らしいんだろう!覗き込んだシグルーンも目を輝かせた。


「可愛いわ!」

「うわー!すごい!この豚どこに飾ろうかなあ」

「飾りじゃない、貯金箱です。背中の穴からコインを入れて、貯めておくものです。ずっと給金をしまっておく場所がないってぼやいていたでしょう?」

「クラウス……!君ってプレゼント選びの才能があるよ!」

「不用心に机に現金を放り出して、盗まれでもしたら大問題ですから」


彼は相変わらずにべもない態度で答えた。くすくす笑っていたシグルーンも、小包を開けた。こちらは繊細な色付けのなされた陶器と真鍮のメリーゴーランドだった。底面がネジ状に回るように出来ているのを見ると、やはりこれもオルゴールなのだろう。


「あぁ、なんて素敵なの!オルゴールもこれで9個目だわ。私たち、もう9年も一緒に居るのね」

「毎年、あのクリスマスイブの日にお前に出会わなければ良かったと後悔してるよ」

「私は毎年感謝してるわ!クリスマスイブが他のどの日よりも大好きなの!」


シグルーンはクラウスの言葉の棘なんて全く気にしていない。しかし、ふと真顔になって、オルゴールを回すことなくじっと眺めはじめた。クラウスはそんな彼女の様子に少し眉根を寄せて尋ねる。


「……歌わないのか?」

「私、今年はクラウスにプレゼントをお返ししたいと思って、ジョンといっしょに考えていたのよ。でも全然思いつかなかったの」

「そうなんだ。いろんな人に尋ねて回ったんだけど、全然いい案が浮かばなくて……」


私は豚の貯金箱を抱えたまま直角に頭を下げた。シグルーンも私の隣でお辞儀をしてみせる。


「だからごめん!今度君たちの部屋をピカピカに掃除しておいてあげる!」

「なんでもクラウスの好きな曲を歌うわ!」


数秒の沈黙の後顔を上げて見ると、あの無表情なクラウスが珍しく驚いた顔をしていた。いつも真一文字に引き結ばれている唇を少し開けたまま、困惑している。


「……掃除は助かります。また虫が湧く前にやっておいてください。シグは……」

「やっぱりなにか形に残るものが良かったわよね。でも、どうしても思いつかなかったの。クラウス、お菓子もアクセサリーも、お酒だって好きじゃないでしょう?」

「いや、そういう事じゃなくて……」


彼女の台詞を止めたものの、彼はしばらく言い淀んでいた……よほど言いたくなかったらしい、彼は白くなるほど唇をかみ締めていたが、ようやく口を割った。


「オルゴールはプレゼントじゃなくてリクエストだ……から、お前は別に何も用意しなくていい。いつも通りオルゴールと歌ってくれれば……嬉しい……」


私はクラウスが素直に気持ちを伝えるところを、出会ってこちらの1年半で初めて見たかもしれない。しかし目玉が飛び出そうになる私の隣で、シグルーンは全く動じず微笑んでいる。あぁ、彼女にはクラウスの本音など、最初から全てお見通しなのだろう。プレゼント選びに奔走していた私はずっと、気まぐれに言葉を欲した彼女の可愛い遊びに付き合わされていたのかもしれない。

彼女は美しいメリーゴーランドを裏返して、螺子を数回転させ、マントルピースの上の8つのオルゴールに並べて置いた。開店前の静かなホワイエに透き通った幻想的な音色が響きはじめる。



青く輝く月も 揺れる樅の木も

降り積もる雪も 凍てつく北風も

冬は冷たく吹きすさぶけど

小さな窓辺に灯る光に

私はあなたを思い出す

それだけで私 もう寒くないわ



普段のスウィングやジャズと違った柔らかい旋律に、彼女のお伽噺を語るような優しい声が重なる。それはレース細工のオーガンジーを重ねたように繊細で、それでいてこの王都の冬を全て包み込んでも余るほど暖かだった。

クラウスは静かにそれを聴いていた。陰鬱で冷たい雰囲気も今だけは影を潜め、お伽噺を聴く子供のように穏やかに瞳を伏せていた。



風に乗る鈴の音色に

私はあなたを思い出す

キャンディケインの甘い香りに

私はあなたを思い出す



しかし、この美しい音色を聞きつけて、バックヤードで準備をしていた店員や、上階ロビーの客が集まってきた。最初は遠巻きに見ていた彼らだが、次第にシグルーンとキャビネットを取り囲むようにちょっとした人集りを成した。



つもる雪のひとひらに

私はあなたを思い出す

あなたの香りを あなたの瞳を

あなたがあのクリスマスに言った言葉を

それだけで私 もう寒くないわ



彼女が歌い終わると、丁度オルゴールの螺子も切れて、幻想的な時間とメリーゴーランドの回転は終わった。

息を詰めて聴いていた観衆は、堰を切ったように拍手喝采、どっと彼女への賛辞を並べ始めた。

シグルーンは慣れたもので、彼らのひとりひとりに感謝の視線を投げ、ドレスの裾を持って優雅にお辞儀をしてみせた。


クラウスは人混みを避けるように少し離れたカウチに座ってそれを眺めていた。その姿にはまたいつも通りの陰鬱な空気が戻ってきていた。


「さすがの選曲だったね、クラウス」

「これだけ人が群がってきたら、店で客に歌うのと変わらないですけどね」

「確かに、静かに聴けたの最初だけだったね。でも誰だって近くで聴きたくなっちゃうよ、あの歌は。どうしてあの曲を選んだの?」

「そんなことより、時計を見たらどうですか?まだ今日分の材料を厨房から持って降りてないでしょう?」

「あっ!そうだった!パティスリーからココア用のサンタのマジパンもらってこなきゃいけないんだった!」


急いで……転ばないよう早足程度でその場を立ち去ると、クリスマスを言祝ぐ人の群れから抜け出してきたシグルーンとちょうどすれ違った。

振り向くと、観衆の輪の外、カウチに腰掛けているクラウスのすぐ隣に、シグルーンが寄り添うように座って呟くのが聴こえた。



「私はいつだってあなたのためだけに歌ってるのよ?」

「信じないよ、お前の言葉なんか」


彼はそう言いながら彼女の頭に頬を寄せた。



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Jam label(仮題)−1

趣味で描いている絵本原稿の2冊目です。 大方描き終わった1冊目は印刷•公開するのが嫌になってしまったので、2冊目はちまちま公開しながら描こうかという試み。 1冊目は世界観の説明に使ったようなものなのであらすじさえ分かってればここからでも読める!筈。こっちも勇気が出てきたら加筆してちまちま公開しますね…… 1...


本編1話はこちら。


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