Day Dream Fatalis(デイドリーム・フェイタリス)
宿命幻想論。
世の中の出来事はすべて、あらかじめそうなるように定められていて、人間の努力ではそれを変更できない。自分の創り出したフィクションである幻想の宿命に対して、時に敬意を、時に親和を、そして時に恐怖を覚える。自己幻想というのは、たとえば、触ったら死ぬというものを触ったら本当にしんでしまうのではないかと思いこみ、心的に自殺をしてしまうような現象・思考のこと。
富士には月見草がよく似合う。それと同じくらい、幻想にはラジカルな様がよく似合う。自己幻想__明瞭になっていない意識から、ある種黙契のような、私の意識が赦しを得るために心の体験を抽出して差し出すという行為を続けてきた。現実と理念との区別が失われたこの楽園で私は蓬莱(ほうらい)を飲まされ、月へかえれよとどうも自分自身に催促されているような気がしてならない。あらかじめ、そうなるように仕組まれていた様だ。この宿命は、人生で最も特別な節か、とるに足らない妄想の産物か?
ちょうど、それが解る季節がすぐそこにある。