pixivリクエストの限定公開プランにて納品した作品です。
違法薬物の流通に関与している疑惑がある、製薬会社社長マックス・カー。
彼に近づくため、女捜査員の青蝶は身分を偽り、ハウス・パーティーに潜入する。
しかし、そのパーティーで振る舞われていたのは、媚薬入りの酒で……。
約12200文字
見晴らしの良い高台へ向かって、一台のタクシーが坂を上っていく。
車内から街を見渡し、黒髪のボブカットの女はチッと小さく舌打ちをした。
二百を越える島々と半島からなる世界有数のグローバル都市、|芳港《ファンガン》――その名を冠するこの島の夜景は地上の銀河と言っても良い。世界の夜景百選にも名が上がるほどだ。
だが、光あるところには影あり。
女は上司との会話を思い出していた。
『今回も内偵ご苦労だったね、|青蝶《チンディエ》』
地下クラブでの乱交パーティーが摘発された、翌日のことだった。
一流大学の学生たち、数十名が関与していた。
それだけでも残念には違いない話だが、なによりも、自分たちが担当しなくてはならない一件であったこと、それが青蝶にとっては残念なことだった。
そして同時に、怒りを覚える。
それを堪えながら彼女は言った。
『今回も大学生です。今回も、【ナイス】です。私が労われるときが来るとしたら、それは、販売ルートを壊滅させたときだけでしょう』
『……うむ。仕事熱心でよろしい』
【ナイス】とは、近頃、若者間に出回り始めた|合成麻薬《ドラッグ》である。覚醒剤やMDMAのように、高揚感や多幸感を著しく生じさせ、また、強い性的興奮を呼び起こす。
中毒性がある一方で、常用するにつれて効果が薄れていくため、どんどん使用量が増えていくことになる。
若さゆえに恐れ知らずで性に貪欲、かつ裕福な家庭出身の者が多い一流大学の学生たちは、長く搾り取ることの出来る良い顧客になるとして、標的にされているようだった。
『では、|青蝶《チンディエ》。君にはしばらく休暇を、と思っていたんだが……』
上司の顔色から、あまり良くない話と察しがついた。
『なにか、問題が?』
『ああ。|黒猫《ヘイマオ》からの定期連絡が途絶えた』
思わず青蝶は目を見開く。
|内偵捜査員《エス》に与えられる色のコードネームは優秀さの証。
一部の人間を除いて一切の素性が秘匿され、通常の捜査を裏支えしている。
その中でも彼女は上位の優秀さだった。
それが連絡を絶った――捕まったか、消されたか――信じられない。
『最後は、どこでですか?』
『マックス・カー――テオドロス・ファーマフーズの|芳港《ファンガン》支社長の内偵捜査中だった。君には彼女の仕事を引き継いでもらいたい。愛弟子とも言える君ならば適任だろう』
『わかりました』
タクシーが、まさに氏の自宅の前で止まった。
車から降りた|青蝶《チンディエ》は、開け放たれた高い門を颯爽とくぐる。
身にまとうは、鮮やかな赤色と金色の絢爛なチャイナドレス。
ロング丈の左右には、足元から太ももの辺りまで深いスリットが入っている。
そこから曲線美を惜しげもなく魅せ、ハイヒールをコツコツと鳴らしながら、いかにも氏の母国アルビオンに見られる、自然美を称える色彩豊かな庭園の階段を上がっていく。
アルビオン連合国は、芳港島を百年近くもの間、占有していた国である。
当時の島は、ほぼ無人であったため、今日の発展はアルビオンのおかげと言っても間違いではない。
しかし|黄華《コウカ》共和国としては、それに感謝の念を抱く義理はないだろう。
|芳港《ファンガン》をかの国に割譲するに至った経緯は、かの国との戦争に敗けたからであるし、その戦争の一因には、かの国が主導していた麻薬の密貿易を取り締まったことが挙げられるからだ。
もしも、本当にアルビオン人が違法薬物流通に関与しているとすれば、あまりにも黄国人の神経を逆撫でする行為だ。
外交問題に発展することだって考えられる。
捜査は慎重を期さなくては。
(マックス・カー……冤罪かしら? それとも地殻ほどに面の皮が厚いのかしら? どちらにせよ、暴いてみせましょう。今回の件でなくとも、後ろ暗いことの一つや二つ、あるはずだわ。でなければ、|黒猫《ヘイマオ》に消える理由は、ない)
玄関の呼び鈴を鳴らせば、すぐに使用人らしき男が出迎えた。
青蝶は内心の怒りをおくびにも出さず、ニッコリと微笑み、招待状を見せる。
「|謝《シィエ》|静麗 《ジンリー》です。本日は、お招きいただき、ありがとうございます」
それから|手土産《シャンパン》を渡して、参加者の名簿にサイン。
マックス・カーは、月に二度ほど、社交のためのハウス・パーティーを開いている。
|黒猫《ヘイマオ》は、それを利用して接触したという報告書を受け、|青蝶《チンディエ》も同様の手を取ることにしたのである。
客間に通されたところ、すでに十数人前後が集まっていた。
事前に入手した招待客リストの、まだ半分ほどか。
招かれるのは氏の友人の他に、これから仲良くしたい相手とのことだが……。
地元の名士はもちろん、政治家に高級官僚、科学者、大手銀行の幹部、外交官。
最近売り出し始めた女優、この国で知らない人はいない歌姫、海外で活躍しているモデルや、若きアイドルグループの名前も、そこにはあった。
(|錚々《そうそう》たるメンバー、ね)
医薬品や健康食品の開発販売事業を行う世界的企業テオドロス・ファーマフーズ、その|芳港《ファンガン》支社長のハウス・パーティーにしては、いささか手広すぎる印象だ。
|青蝶《チンディエ》は内心、訝しんだ。
耳を澄ませば、違法薬物どころではない汚い話が聞こえてくるのではないだろうか。
(……いや、ないか。そういうのは、もっとクローズドな場よね)
広い客間は薄暗く、ムーディーにライトアップされている。
パーティーは立食形式だった。
青蝶は挨拶をしながら、マックス氏を探す。
男たちの視線が追ってくる。
無理もないだろう。
黒髪のボブカットに、切れ長の目。
女優やモデルと言っても通用しそうな美貌。
金赤のチャイナドレスは、起伏の豊かな女体を立体的に浮かび上がらせている。
胸元のスリットも目を引くものだが、やはり、足を前へと出すたびに眩い太ももを露わとする裾の切れ間には、このドレス特有の色香が漂う。
銀行幹部と談笑するマックス氏の傍まで行くと、まず幹部のほうが気付いた。
「やあ。君も|大龍《ダーロン》娯楽集団の人かい?」
「あら。ありがとうございます」
女優の一人と間違えられたことに喜んだ風に見せてから、マックス氏に向かって挨拶をした。
「はじめまして、カー社長」
「マックスでいいさ、マーックス! ハハハーッ!」
白い歯を見せ、彼は豪快に笑った。
髪は金色のオールバック。
学生時代はラグビー部に所属していたというだけあって、体格も良い。
「でっ、誰かな? 君のようなレディを招いていたら、忘れられないはずなんだが」
「まあ。お上手。私、芳港医大の准教授を務めさせていただいております、|謝《シィエ》|静麗《ジンリー》です」
「ほーう! ということは、ドクター・|王 《ワン》|咏《エイ》の連れかな?」
「いいえ。本日は教授に外せない用事がありまして、そのご挨拶を……と」
これも嘘ではない。
その用事を工作したのは、他ならぬ彼女だが。
「おっと、それは残念だなぁ。今日は彼の分まで楽しんでいくと良い」
「よろしいのですか?」
「もちろん! パーティーに来て、そのまま帰るなんてもったいない! それにドクターも、元より、そのつもりのはずさ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
|青蝶《チンディエ》は意味深に微笑み返した。
いかにも、教授の後継者としてコネクションを作りに来た、とでも言うように。
マックス氏は、通りがかりの使用人のトレイからグラスを取って青蝶に渡した。
「将来有望な女性研究者に乾杯! ハハハーッ!」
「恐縮ですわ」
そして一旦は離れる。
次の客の挨拶の邪魔にならないように。
それに、自身の体裁を保つためにも、ここは他の客とも交流しておく必要がある。
二時間ほどで、思った通り|主催者《ホスト》たる彼のほうから、お呼びが掛かった。
マックス氏は壁際のソファーに腰掛けて待っていた。
「ハァイ、ミス・|静麗《ジンリー》! どうかな? パーティー、楽しんでる~?」
「ええ。学ばせていただいております。知らない分野のお話は、大変興味深く」
「ハハハーッ! 好奇心は猫をも、なんて言うが、科学者はそうでなくては!」
彼は、ちょうど近くを通った使用人を呼び止め、
「お代わりはいるかい?」
「ええ、是非。お酒も、お料理も、とても美味しいです」
「シェフは三ツ星ホテルから引き抜いたんだ。僕の中では、三本の指に入るね」
当たり障りのない世間話もほどほどに、彼は言った。
「ミス・|静麗《ジンリー》、君は【ナイス】って知ってる?」
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