XaiJu
煉瓦
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屋敷とデートと躾の話

 俯いて歩く彼の名を呼ぶと、伏せがちな瞳が自分を見る。それが良いと屋敷昴は思った。地味で目立たない彼を下の名前で呼ぶ者など、彼の家族を除けば自分以外にはいないのだ。


「な、なに? 昴くん……」


 怯えつつも健気に返すのが、また良い。自分を恐れているくせに、逃げようとしないのも良かった。


 土曜日の午前、昴は恋人である中野聡司を誘って、地元から少し離れた駅直通のショッピングモールへと来ていた。最寄りの駅で待ち合わせし、そこから電車で数駅、途中で乗り換え、また数駅。ここまで来れば知っている顔に会うことはなかなか無い。人の目を気にすることなく恋人とのデートを満喫出来ると思っていた。

 手を繋いだら驚くだろうか。

 ふとそう思い、聡司を呼び止めた昴は、所在なく下げられている彼の手に自分のそれを伸ばす。しかし、そこへ聞きなれない声がかかった。


「あのぉ、すみません」


 鼻にかかった甘ったるい声に苛つきを覚える。地元や校内ならば、それでも笑顔を浮かべて振り返っただろうが、このとき昴はそうしなかった。不機嫌な顔のまま振り返り、背後から声をかけた女性二人組を見下ろす。


「……何か?」

「あ、あの、二人なのかなぁって」


 冷たい雰囲気に一瞬怯んだものの、前に立つ女性は威圧に負けず言葉を続けた。


「アタシたちも二人なんでぇ、良かったら一緒にどうかなって」

「そう、お話したいなって」


 後ろの女性も加勢する。二人とも似たタイプで、フワフワとしたパステルカラーの服を身に纏っている。片方はレースのカーディガンにワンピース、もう片方はシフォンのブラウスに大判な花柄のスカートを身につけていたが、昴の目には同じように映った。


「……あ、あの、僕のことなら気にしないで、昴くん。か、帰るから……」


 黙ったままの昴に、何を勘違いしたのか、明後日の方向への気遣いを見せた聡司が声をかける。まるで見当違いのその提案に、声をかけてきた女性たちは笑顔を見せたが、昴は一気に不機嫌になった。


「大変申し訳ないが御遠慮します」


 女性たちへ慇懃無礼にそう返すと、昴は聡司の手をとって強引に歩き始める。


「あっ、あっ」


 つまづきそうになった聡司を気遣う余裕もなく、昴は恋人の手を掴んだまま強引にモールの通路を進んだ。しばらく進み、モールの端にある休憩スペースへと辿り着く。自販機とソファが置かれたそこは元々店舗があった場所だったが、新しい店舗が出店するまでの間、簡易的な休憩スペースとなっていた。あまり認識されていないうえ、行き止まりなこともあって、その場所には昴と聡司の他に客の姿は見えなかった。

 そこでようやく昴は聡司の手を離したが、昴の不機嫌は未だ直らない。


「あの、……」


 沈黙に耐えられなかったのか、聡司が控えめに声をかける。昴は聡司へ向き直ったが、やはり苛立ちは収まらない。


「ご、ごめんなさい……」

「何が」

「お、怒ってるから、その、昴くん……」


 目線を床へと彷徨わせ、目の前の恋人はそんなことを言う。まるで分かっていない、と昴は思った。弱気で控えめなところを気に入ってはいるが、先ほどのような態度は求めていない。求めていないが……。


「……まあ、お前には無理か」


 あの二人組の女性に、聡司は昴との時間を譲ろうとした。昴としては嫉妬するなり怒るなりして欲しかったところだが、自分が好きになった彼がそういうタイプの人間ではないことなど百も承知だ。元々の性格が大人しいうえ、争いごとを避けるきらいのある聡司を昴は好きになったのだから。

 そう思うと苛立った気分が少し落ち着いた。そうして少し冷静になった昴は思いつく。

 そうだ。こういう場合にどうするか、自分が教えてやれば良いのだ。


 昴は聡司にソファへ座るように促すと、その隣に自分も腰掛けた。腿が触れ、ビクリと震えるのが愛おしい。昴は左手で聡司の右手を握り込むように繋ぐと、彼に対して指南を始めた。


「お前さ、さっきみたいなとき」

「さ、さっき?」

「お前の彼氏がナンパされたときだよ。そういうときはさ、俺の手をこう握って、僕の彼氏ですって言えよ」

「か、か……」

「彼氏」

「…………」


 黙り込んだ聡司を可愛いと思う。俯き、泣きそうになっている、その表情も。

 彼氏などと口が裂けても言いたくないに違いない。しかし昴は知っていた。彼は、昴の可愛い恋人は、いつだって自分の気持ちを押し殺してこちらを優先してくれるのだ。


「か、彼……氏……」

「そ。言えるよな? 俺のことが好きなんだから」

「……うん……わ、わかった……彼氏です……って、い、言う…よ」

「ハハ。頼もしいな」


 その一言で昴の気持ちは一気に持ち直した。


「このへんにはウチの生徒いないからバレねーよ。大丈夫だって」

「……うん」


 泣き出しそうな表情のまま頷く聡司を、このまま抱いてしまいたいと昴は思う。従順で可愛くて可哀想な自分の恋人。これほど自分にピッタリな存在はいないだろうと昴は思った。


「練習すっか」

「え……」


 突然の提案に聡司は顔をあげた。昴の顔を怪訝そうに見つめる。可愛いな、と思った昴は聡司の頬を左手で撫でた。


「ほら。言ってみ?」

「あ、……」

「手、握って。ほら」


 片手を出してやると、聡司は昴の顔を戸惑ったように見つめ、そしておずおずと握った。そして顔を伏せ、ボソボソと呟く。


「ぼ……の、か、か……です……」

「ハハ、全然聞こえねーよ」

「あっ、ごめんなさ……」


 もう一回。俺の顔を見ながらな、と昴は聡司に促した。聡司の顔は赤く染まり、目には涙が浮かんでいる。しかし健気な彼は昴の願いを叶えるべく、震える唇から言葉を発した。


「ぼ、僕の、か、彼氏……です」


 昴の手を握った聡司の手に力が入る。

 言い切ったあと聡司が視線を逸らそうとしたので、昴は聡司の顎を掴んだ。周囲に人影はまだ無い。それを確認すると昴は聡司と唇を重ねた。


「んっ、んんっ」


 もがく恋人の体を抱きしめる。逆らうな、と意志をこめた行動に、聡司の抵抗はやがて収まった。

 握られたままの手を握り返し、反対の手で腰を抱く。唇を割って舌を絡めると、聡司の息はすぐに熱くなった。それを感じ取った昴はニヤリと頬を歪める。


「んぁ……」


 唇を離すと、聡司の表情は快楽にとろけていた。キスだけでこの表情を引き出すには時間がかかった。何度もキスをし、セックスをしたことでこの反応を導けるようになったのだ。

 股間に手をやるが、残念ながら勃ってはいない。しかし、いずれここもキスだけで勃たせるつもりだ。


「聡司」


 耳元で囁くと、聡司の体はピクリと反応した。


「今日はもう帰ってセックスしよっか」

「……で、でも」

「それとも、まだ俺とデートしてーの?」


 意図的に二択の質問を投げかけた。答えは分かっている。


「デ、デート……したい……」

「なら夜までデートして、それから俺ん家泊まって朝までセックスな♡」

「えっ」


 驚き、再び泣き出しそうになった恋人に軽く口付ける。こんな手に何度引っかかるのだろうか、自分の可愛い恋人は。しかし彼は自分に逆らう術を持たないのだ。昴からの提案を拒むことすら躊躇している。

 聡司が断る理由を探し当てる前に、昴はソファから立ち上がり、休憩スペースから出た。考える時間を与えられなかった聡司は慌てて昴のあとを追いかける。


「そういやローション切れかけだったんだよな。買いに行こうぜ。お前の好きなやつ買ってやるよ」

「……う、うん……あ、ありがとう」


 お前の好きなやつ、と強調したためか、聡司は顔を青くしながらも礼を言った。以前、昴が聡司のために何かをしたらキチンと礼を言うように、仕置きをしながら教え込んだのが相当効いているらしい。自分の要求を忘れずに守っている聡司の様子に昴は満足する。


「ついでにオモチャも買うか。ちょっと痛いやつが良いんだよな、聡司は♡」

「……っ。そ、そんな……」


 一歩踏み込んだ提案に、しかし聡司は否定的な反応を返した。だが昴はこんなときの躾けかたを既に知っている。


「あ?」


 不機嫌な声で片眉を上げ、聡司を上から見下ろした。それは効果てき面だったようで、聡司はすぐに態度を改めた。


「あっち、ちが……、い、痛いのが、い、良い……」

「ん? すげー痛いのが良いの?」

「あっ、えっと、す、少しだけ痛いのが……」

「オッケー♡」


 どんどん顔色の悪くなる聡司の手を繋いで微笑んでやると、彼は安堵したのか、表情を引きつらせつつも笑みを見せた。凄く痛いのではなく、少しだけ痛いのが良いと言った自分の意見が通ったことに安心したらしい。


 躾は順調だ。

 昴は聡司に優しく微笑み返してやった。

 このままもっと自分好みの、そして一生昴を拒むことなどない、自分専用のモノになるまで躾を継続していかなければ。

 決意を新たにした昴は聡司の手を繋いだまま人ごみの中へと歩みを進めた。


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