●
地下格闘技場 「MAD END」
界隈の中でもアウトロー色の強いことを強みとしているここは、その場限りの簡易的な手続きのみで外部からの飛び入り参加も許可されており、それらは「MADEND」所属の格闘家から敬遠や嘲笑を込めて「道場破り」と揶揄されている。
「はぁ……はぁ……」
「んん?」
その地下格闘場にて、最強クラスの男。板垣 ノボルがその日の最後の試合のみに出ようと遅れてやってきた頃。控室内の陰惨なムードに口笛を吹いた。
久しぶりに、外部からとんでもないのが現れたらしい。普段は「道場破り」は観客たちのための「ジョバー」になるのが通例だが、まれに実力者がやってくるとこうなる。
「ノボル……さん……?」
「おう、俺が遅れてる間にこっぴどくやられたらしいな?」
控室のベンチに、ノボルの後輩にあたる格闘家が、悔しそうに腕を押さえて座っている。
ノボルが気軽に声をかけると、ここの王者に対して己が敗北を少し恥じらってか、顔を背けながらも答える。
「クソ……、あのガキ……、けど、俺だけじゃねぇよ……ノボルさん。
後で聞いたぜ、あのガキ……前畑 アラトは、前にアンタに勝ったんだろ?」
「あぁ、んなこともあったな」
その「道場破り」の正体は、自分はもう知っている。……、いや、アイツはもはやここの常連となっており、知らないのは最近入ったばかりの若手だけかもしれない。
……前畑 アラト。紛争学園からの刺客だ。軍立の奴がここに転がってくるのは珍しくはない。が、アラトとは何かと特別な縁がある。
「……道場破りのくせに……、アンタとの試合をご希望だぜ、あのガキ……」
強い者を出せ。……ここで最強の男が知り合いであるからこその言葉であり、
「MADEND」の面々も、アラトを見知っている。
アラトがここに来るのは一度や二度ではない……。だが、今日のアラトはいつものように無邪気な好戦的、というよりは、不服を込めて当たり散らすような、極めて冷めた態度をしていた。
「なるほどな。で、アラトはどこだ」
「飛び入り用の、奥の控室の隅っこを陣取ってるよ。……アンタを待ってんだ……きっと」
「おう、わかった」
全くの他人じゃない、とはいえ、外から来た奴らにこの場所で大きな顔をされ続けるのはいい気分はしない、か。
ノボルは立ち上がると、大口を開けて欠伸をし、何でもないような顔で向かった。
●
「よぉ、クソガキ。八つ当たりまがいでここに来るとはいい度胸だな?」
「…………よぉ、ノボルさん」
ノボルが声をかける。と、足を曲げて座り込んでいたアラトが、つまらなそうな顔を上げ、ノボルを睨んだ。
相変わらず、大人の格闘家顔負けの肉体。だが勝利したとはいえ、ダメージはあるらしかった。地下格闘技とはいえここは界隈の中ではレベルが高い。アラトも無傷ではいられなかったのだろう。
「で、俺に用事だと?」
「俺と戦えよ」
「唐突だな」
「他にここに来る理由はねぇだろ。いいから、アンタをぶちのめさせろよ」
普段はもう少し、考えのなさが感じられるほどに快活だったはずが、今日のアラトは性格が変化したように感じられる。
自信満々で、不遜な物言いは相変わらずだが。ノボルは吹き出すように笑った。
「随分とデカい口叩くようになったじゃねぇか、あん?」
ノボルはじろとアラトを睨む、と、その様子から、アラトに一体何があったのか、あらかたの見当をつけた。
「はっ……、また喧嘩で負けたのか? ここに来るのは初めてじゃねぇもんな?」
「……わりぃかよ。アンタには負けねぇぞ。ムカついてっから、その時の分も合わせてそのデカいケツをブチ犯してやるよ」
どうやらその通りらしい。似合っていないながらセンチで冷静さを装っているのは、内心では自分が子供のように感情的になっているのを隠そうとしているその為だろうか。
「で、ここに武者修行に来たってのか? 生憎だが、俺は拗ねたお前に付き合う義理はねぇぞ」
「ここの最強の男が、タイマンから逃げんのかよ?」
「しみったれた顔の負け犬ボコって犯しても、つまらねぇ、つってんだよ」
「っ!!」
ノボルの無遠慮な言葉に、アラトは一気に眉をひそめて立ち上がる。
「あのなぁ……クソガキ。喧嘩で惨敗するたびにここにくるのはいいけどよ、今日はずいぶんと態度が違うじゃねぇか、えぇ?」
「……あんま余計なことばっか言うなら、今ここで、アンタを半殺しにしてやってもいいんだぜ?」
「言うじゃねぇかよ、クソガキが」
二人きりの控室で、そこまで会話が進んで……ふと、ノボルの背後のドアが開かれる。
この場所で受付と運営を担当している青年、木崎だった。
「ノボル」
「あん?」
「今日の最後の試合組んじまうから、決めてくれ」
試合表を片手に、ペンを回しながらノボルに言う。
ノボルはアラトをちらと見て……、歯を剥いて笑った。
「おう。丁度話もまとまったとこだ」
挑発に乗る形になってしまったのは癪だが、久しぶりに、身の程を教えてやるのもいいかもしれない。
「いいぜ、アラト。お前の暴走に付き合ってやるよ。
ただしテメェ、誰に喧嘩売ってんのか……、冷静になった後で後悔すんじゃねぇぞ」
相手が誰であろうとも、最強クラスの男の試合はやはり注目度が違う。
「MAD END」の、今日最後の試合が幕を開けた……。
●
「んぎぃ……っ!!」
「どうした、さっきまでの口ぶりはよ?」
不敵な態度でノボルの挑んだアラトだったが、結果は散々だった。
一度の勝利経験がある、とはいえ、すでに試合を行った疲労を背負ったまま挑める相手ではなく。まさに現在の状況は無謀そのものであった。
だが、アラトは闘志を挫いていない。……今日に限って、それは決して前向きな感情ではなかった。
「俺を半殺しにすんじゃねぇのか? 殺すぞ、ケツの青いクソガキが」
「はぁ……はぁ……もう……勝ったつもりか、こらぁっ」
ノボルに好き放題殴られ、すっかり頭に血が上っているアラトは拳を構え直して襲い掛かる。が、ノボルは涼しい顔でそれを避ける。
命中しても、その重圧な筋肉の鎧の周りに弾かれて有効打にはならなかった。
そうして、何度もダウンを強いられたアラト。悪辣な笑みを浮かべるノボルの手によってパンツを剥ぎ取られていた。
だが、アラトは気にもせず、激闘の熱で勃起しきっている性器を振り乱してでも拳を身構え続ける。
「そうだから言ってんだよ、クソガキ」
ドガァッ!!
「んぁっ!」
グボオオオォォォ!!
「ぐ、は……ぁっ!」
逆に、ノボルの攻撃は一発でも昏倒してしまう威力だった。
何度も何度もリングに崩れ、その凄まじい巨体を下から見上げる形になっても、アラトはすぐに立ち上がり、ふらつきながらも相対を辞めない。
「もう勝ち目はねぇだろうがよ。だからって、半端にはここから逃がさねぇぞ」
「上等だ……、逃げ場なんて、必要ねぇ……!!」
アラトは血のしぶいた花をグローブで拭い、はき捨て、ロープを背に立ち上がる。
もはや、アラトは追い詰められている内心を隠しておらず、ノボルは嘲笑した。
「よっぽどこたえたらしいなぁ? ……喧嘩に負けたごときでそこまで落ち込めるなんざ、青いもんだ」
「……るっせぇっ!! アンタに何がわかんだっ!!」
ドゴ!
ノボルの腹筋の中心目掛け、アラトが殴り掛かる。
怒りを乗せた、全力の一撃。のはずが…、どういうわけか…ノボルの涼しい顔は崩れない。
まさに誰が相手でも一撃粉砕し、悶絶させるつもりだった……、アラトは愕然と目を見開いた。
「そんなもんか? お前の拳は?」
「はぁ……はぁ……、クソ、がぁぁ……っ!!」
「鬱憤任せにこんなとこまで来て、全力の怒りを込めて、その程度でしまいか、って聞いてんだが」
アラト自身にとっては、己の拳が利かなかったのが理不尽なほど不可解に感じていた。されど、実際に受けたノボルの評価はまるで違う。
……自分を倒した一撃とは、程遠い。迷いに迷った拳。自分には到底効くはずもなかった。
「はぁ……はぁ……!」
「……はぁ。とっとと降参しろや。無様な姿晒して謝るなら、ここと俺への無礼は水に流してやるよ」
やがて、ノボルはもはやアラトとの殴り合いにすら辟易したような態度を見せ始める。一人の相手とも見ていないような見くびる目つきに、アラトの苛立ちはますます膨らんでいった。
「うる、せぇ……! ……俺は、もう、負けねぇ……、絶対に……っ!!」
「そうかよ」
ドボオオオォォォ!!
だが、アラトも限界だった。何もかもに納得できないままでいる感情が肉体に追いついていない。そのうちに、ノボルの拳がまた腹にめり込んだ。
壊れかけの腹筋を貫き、腹部奥深くまで重い一撃。それが、アラトの芯をへし折る最後となった。
「ご……、ぁ…………」
ビュクッ……!
まるで、敗北を認めようとしない心に対し、体が先に白旗を上げるように。アラトの白濁が飛び散った。
「くっだらねぇ……。俺を倒した時のギラつきはどうしたよ、クソガキ」
腹部をかき混ぜるような強烈な衝撃と、射精の脱力感で膝をつく。しかしアラトは、震える拳を解かなかった。
「オラ、降参は?」
「……負け、ねぇ……」
グボオオオォォォ!!
「オラよ」
「負……け……ね……ぇ」
無様に大の字に転がっても、ノボルに無理やり立たされても。アラトはそれだけ答え続ける。殴られ潰された頬の上からノボルを見つめ、目線が合わなくなった後も、枯れた声で。
何に対して? その答えを聞くまでもなく、ノボルはアラトの性根が尽き果てた後も、リングの中央でその肉体を殴り続けた。
●
顔面は崩壊し、それ以外にも真っ赤な痣と擦り傷が浮かんでいる。特に腹部のダメージはすさまじかった。
友あれば大木すらへし折らんばかりの強烈なボディを何度も受け、アラトはついに、最後まで押し出されるように射精し尽くした後、その場に崩れて動けなくなる。
意識を手放し、びくと痙攣しているアラトを一瞥すると、ノボルは観客に向けてその逞しい腕を掲げて勝鬨を上げる。
「試合は終わりだ。……だが、お前にはちょいと調教が必要らしいな」
「が……、ぁ…………」
結局……最後までアラトは止まらなかった。少なからずアラトのような人種を知っているノボルは、そこまでさせるアラトの執念に対しての答えは一つしかないと悟っていた。
「どこに連れてくんだ、ノボル。もう店閉めさせてくれよ」
試合が終わり、何を考えてかノボルら敗北者であるアラトを肩に担いで、観客の声援を背に去っていく。
木崎はふと、アラトを連れ去るノボルのいやに冷静な顔を見て尋ねた。
「試合は終わりだ。他の連中はまだ控室にいるんだろ?」
そこまで答えると、察しをつけた木崎は小さく嘆息を吐く。
「アラトにむかついてるやつらばっかだ、……死なないように、ちゃんと見張ってろよ」
「そこまで馬鹿な奴らじゃねぇよ」
「…………いや、客帰したら、俺も見に行くわ」
ここじゃなくっても、地下格闘技場に乗り込んだ飛び入りの敗北者の扱いは悲惨なものだった。ここじゃなくたって、荒れ狂うプライドと感情に身を任せたアラトは、暴れに暴れたその場所で報いを受けることになる。
血気盛んな男たちが拳で競い合う場所に、単身で挑んだのだ。勝てたならばともかく……、負けた後は、まさにワニの集まっている池に身を投げるようなものだった。
「あいつの傷心とかは、俺らには関係ない、が……、俺も昔は一応、軍立通いの喧嘩屋だったしな。
個人的に、他人事には思えないんでね」
「むごいショーになるぜ……。それくらいじゃなきゃ、コイツにとっての意味がねぇ」
意識のないアラトを肩の上で揺らしつつ、ノボルはふと、意地の悪い笑みを木崎に向けて応えた。
●
控室の隣の、簡易的なトレーニングルーム。若手も含めた所属のファイターが揃っている。その全員が、試合と変わらない格好で、激しい試合に耐える強靭な肉体を晒している。
その場の全員が、トレーニングルームにドアが開くと同時に、鈍く目を輝かせており……、この時が来るのを待ちわびていた。
「道場破り」に対してはいい気分はしない。それが破れ落ちたのはまさに好機であり……、ノボルはその殺気立つ男たちの輪の中に、自分が打倒した獲物を放り込んだ。
「おらぁっ!! クソガキっ!」
「俺らのシマ荒らして、ただで帰れると思うなやっ!!」
ドボオオオォォォ!!
「が……ぁっ!! ぐはぁっ!!」
その後は、ノボルとの試合同様、悲惨そのものだった。
逃げ場なく屈強な男たちに取り押さえられ、殴られ、蹴られ。背後から羽交い絞めを受け、多数の男の拳を同時に腹や胸に受ける羽目になる。鼻血がしぶき、汗が飛び散る。
……だが、それでも。消えない反抗心がそうさせるのか、アラトは牙を剥くのを止めなかった。
「なんとか言えや! ウチのチャンプにまで噛みつきやがって! 身の程知らずのクソチンピラがっ!」
「へっ、チンポ振り乱しながら感じてんじゃねぇよ! 俺らに囲まれて立場分かってんのかコラ!」
グボオオオォォォ!!
「が、ぁぁ……!! うっせぇ……! この俺に……こんな真似して……、テメェら一人残らずぶっ倒して犯してやんぞ……っ!!」
すでにノボルからの暴行まがいの責め苦によって、何度も射精した性器だったが……、その場の雰囲気も合わさってか、すでに熱と硬さを取り戻している。
「まだ立場が分からねぇか、クソガキ!」
「……降参して詫び入れんなら今のうちだぞ、コラ!」
ドボオオオォォォ!!
グボオオオォォォ!!
周りの男たちの拳や蹴りが飛んでくる。アラトは悲鳴に近い呻きを上げながらも……、自分に暴虐の限りを尽くす男たちの隙間から……、ひたすらに、遠巻きのノボルを睨んでいた。
「はぁ……はぁ……!
おい……、おい! アンタ! さっきのはまぐれだ!!
こんな雑魚ども差し向けてんじゃねぇぞっ! もう一度……俺とやれよっ!」
「なっ……! 誰が雑魚だコラァッ!!」
「テメェの今の姿、鏡で見てからでなおしてこいやっ!!」
ドゴ! グボオオオォォォ!!
周りの男たちものことも完全に無視しているわけではない、だがアラトは、挑発も辞さずに吠え続ける。
当然、周りからのラッシュも激しくなる。一つのサンドバックを共有しているようなありさまだった。だが打ち込むたびに響くのは、砂袋が揺れる音ではなく、枯れた喉から零れる呻き声のみ。
「アラトは……、降参する気はねぇな。まさか「MADEND」のほぼ全勢力を相手取るなんてな」
威勢よくアラトを囲ってリンチにかけるさまを眺めながら……木崎がふと、ぼやくように言う。
その隣のノボルが、肩をすくめ、何かを思い出したように口を開いた。
「負けて、何もかもどうでもよくなって……、ただ、どうすればいいかわからない。
俺だって格闘家のはしくれだ、絶望や挫折感を感じたことがないわけじゃねぇ」
どこか遠い目で、格闘家たちの怒号、それにもまれるアラトの悲鳴。そして、絶えず自分を睨みつけようとする眼光を見て、ノボルは息を吐く。
「……ただ、俺らにはあいつを優しい言葉や甘い態度で導いてやる義理はねぇ、だろ? あいつはただの道場やぶりだ、それ相応の礼はくれてやる」
「お前と違って、まだまだ世間を知らないガキなのにか?」
「関係ねぇよ。忘れたか? あいつは俺を倒しやがった、「一人の男」だ」
「そうだったな」
「おい、アラト」
しばらく経った後、ふとしてノボルがアラトの前にやってきた。
暴行が続き、アラトは顔も体も汗と白濁まみれだった。それでも無理矢理に背後から首を極められ立たされている。
「どんな気分だ? カチこんできた地下格闘場で、無様に敗北して、リンチされる気分はよぉ?
喧嘩しか取り柄がねぇのは知ってるが。お前はここいらで好き放題できるほどの男か? 身の程をわきまえるべきだったな」
「はぁ……はぁ……! ……高みの……見物か、コラァ……っ! ……俺は、まだ……やれんぞ……っ!!」
顔は大きく腫れあがって変形し、腹筋は破れんばかりに痛めつけられている。ここまで追い詰められても……アラトの闘志は消えない。
……それは、アラト自身の根性の問題ではなく、ただそこまで追い詰められているからに他ならないのを、ノボルは皮肉るような目つきで見通していた。
「全く、短気は損気とはこのことだなぁオイ? ちっと喧嘩で負けたくらいで、わかりやすいほど暴走しやがって。
そんなに悔しい負け方したのか? 同期にでも完敗したか? 情けねぇ」
「うる、せぇ……! あんたに……何がわかんだぁ……っ!!」
「わからねぇよ、だがお前の弱さはいつでも教えてやれんだわ。お前も、その為に来たんだろ?」
腕を組んで講釈するノボルがよほど気に入らないのか、今にも噛みつきそうな目つきで睨み返す。だが、ここまで痛めつけられたうえ、屈強な男たちに両肩を掴まれては身動きも叶わない。
「いくらお前でも、俺ら全員を倒せるなんて、んなイカれた考え持ってなかったはずだろうが。
お前は自分でもわかってねぇが。むざむざやられに来たんだよ、ご苦労なこったな」
それは、間違いないだろう。いくらアラトでも、理由もなく暴走車のようにこんなところに飛び込んでこない。
だが、はっきりとした目的があったわけでもないだろう。
己の力がどれほどのものか……、一刻も早く、自分の強さを再確認しなければ。そんな漠然とした思いが先走っている。最初から今まで、アラトからはその焦りがひしと感じられた。
「何もかもどうでもよくなって、勝ちも負けも何も考えず、ただ感情任せになっちまってる。
……今、その報いを受けてんだよ、お前は」
「……俺は……強ぇ……! こんな、簡単に……負ける、男じゃ、ねぇ……んだ……っ!!」
普段のアラトなら、傷つき、心が折れる状態にまで陥れば、流石に謝ってでも自己防衛する。ノボルとの勝負で圧倒的な差を見せられた後も、渋りつつも負けを認めていた。
……今は違う。何かにとりつかれたようだった。ノボルは細い目でアラトの顔を睨み返す。
「……ぶっ殺す……ここにいる奴ら全員……、
……いいか、見てろよ。最後には、俺が必ず立ってんぞ……っ!!」
「……しつけのしようもねぇ、野良犬だな。お前ら、続けろ」
ドガァッ!! グボォッ!
グボオオオォォォ!!
ドボオオオォォォ!!
ノボルの合図で、再び周りの男の拳が襲い掛かる。四方八方を埋められ、短いきょっりから何発も拳が弾ける。
「周りに当たり散らすのは結構だが、周りが皆、お前の八つ当たりのサンドバックになってくれると思うなよ?」
それ以上見る必要もないだろう。ノボルは背を向けて、聞いているのかいないのかもしれないアラトに向けて言い放つ。
「あらかじめ言っとくが、アラト。
俺も含めて、ここにいる全員、少なからずお前に同情はしてんだ。だから半殺し程度で済ましてやるよ。
そのムカつきや屈辱を、自分より弱いやつに向けなかったのは褒めてやる。が、やり方については後でじっくり考えんだな」
「がはっ! んごっ! ぐぼぉっ!!
はぁ……はぁ……! ……効い、て……、ねぇ……っ! ぐぁぁっ!!!」
「お前のことだから、そろそろアラトに熱い抱擁でもくれてやると思った。お前のお気に入りだろ?」
「あん? 腹パンの間違いだろ? 同情はするが、それに巻き込まれて俺だってムカついてんだ。それに……」
どこかつまらなそうな顔をしたまま、自分の隣まで戻ってきたノボルに対し、木崎は肩をすくめて答える。
「敵意むき出しの格闘家どもに囲まれて、絶体絶命のピンチだってのに。……あの目、見てみろよ」
だが、ノボルの中では、アラトをそこまで追いやっても問題はなく、寧ろ程よい塩梅だという確信があった。
「加減したら殺す……とでもいわんばかりだぜ。多分最後の最後まで、俺らに噛みついてくんぞ。
もう、動けなくなるまでボコられたとしても……ぶっ飛びてぇんだよ、アイツは」
どれだけぼろぼろになろうとも、それ以上逆らっても余計に甚振られるだけだと分かっていても……反抗を抑えきれない。まさにケダモノのそれに違いなかった。
まさに、根性論を通り越して、破滅を望んでいるかのようだった。もう、すべてがどうだっていい……、見るもの全てを壊してやる。今のアラトの状態は、そんな願望の行き着く先の一つなのだろう。
「俺も、そうだったからな。……プライドとか、大切なもんが壊れちまった瞬間……、自分の身体も含めて、何もかもがどうでもよくなっちまった」
そして、そんな退廃的な思いには、ノボル自身にも覚えがあった。止めるものを必要としない、大した覚悟もなく、どこまででもと暴れ尽くすような……。
理性は介在せず、怒りと本能のままに。ある意味では、それは喧嘩屋としての重要な素質なのかもしれない。
「だったら、その無念ごと、完膚なきまでにぶっ潰してやんのがせめてもの情けだろ」
●
アラトはついに、物言わず床に崩れた。男たちは群がり、次々とアラトを凌辱した。
それをノボルは淡々とした目で眺めていた。その場から少し離れた自分を憎むような目つきから、助けを懇願するような目つきに変化しても、ただ黙々とアラトの肉体が蹂躙されているのを見届けた。
「がぁ……あぁ……ぁぁぁ……!」
「へっ……、ノボルさんの言う通り、凶暴な野犬を押さえつけて犯してるみたいだぜ……!」
何度も白濁を注ぎ込まれ、弛緩した秘部。まさに闘争と盛りの世代である男たちの性欲は収まらず、何度もアラトを性玩具扱いして犯しつくした。
「こんだけ殴りつぶしてやったのによぉ……、その根性だけは買ってやるよ……!」
だが、それもついに収まった。
最期の男が射精すると、すでに半ば意識を失いかけているアラトは大きく腰をそらし、下半身を痙攣させて悶えた。
暴行と凌辱がひと段落する。その後も、男たちから足蹴にされ、嘲笑を落とされる。「道場破り」を屈辱に晒した充足感はひとしおで、男たちは肩を叩きあって独特の喜びを分かち合いながら、アラトを捨てて各々散っていった。
焦点のあっていないアラトの目は、自分をぼろ雑巾扱いして捨てる男たちの高笑いを映しつつも、もはや屈辱に歪むことすらなかった。
男たちが去り、後には、大の字になってぴくぴくと四肢を震わせるアラトと、それを淡々とした目つきで見下すノボルだけが残された。
「ぁ……ぁぁ……」
「どうだ。……頭の中ぶっ飛んだか、アラト」
ノボルは怒りも何もなく、静かに尋ねる。
感情の起伏のないその声色に、アラトは身じろぎを小さくした後、瞳をさりげなくノボルの方へと転がした。
「もう指一本動けねぇだろ。そこまでになるつもりはなかったか? 俺らに八つ当たりの相手を任せるとそうなるぜ、覚えとけ」
「う、うぅ…………」
そこで……、ノボルの声色に少しでも安堵を覚えたのか、アラトは声を上ぞらせる。
直後、……今の今までどれだけ暴行を受けても凌辱されても溢れなかった滴が、決壊したようにアラトの目のふちから零れた。
「……好きなだけ泣けよ、俺しかいねぇ」
ノボルの言葉を聞いた後、アラトは決壊した感情を制御せず、むせび泣いた。
「……俺、負けちまったんだ……、完全に、何もできず……!!
何度負けても……、悔しい……、なんで、慣れてくれねぇんだ……っ!!」
やはりアラトは、最初からここの誰もを敵になどしてはいなかった。
戦っていたのは、文字通り自分自身だった。自分がどんな状態になってでも……、止まることができなかったのはそういうことだろう。
こんな身体……、負けっぱなしの弱い自分なんて、いらない、どうなっても構わない。アラトの暴走は荒れ狂うほどの自己嫌悪を隠していなかった。
「慣れたらお前が終わるから、だろ?」
ひとしきり呻いた後、アラトは悔しそうに唇を噛みつつ、腫れた目蓋の下でノボルを見上げた。
「ノボル……さん……俺……、ライバル視してるやつに……、何もできず、負けちまったんだ……、ただ、それだけだ……。
なのに……、何日たっても……、忘れられねぇんだ……!!」
あいつは何も悪くはない、むしろ気まずそうな顔すら見せる。前のように対等みたいに構えなくなったのは自分の問題だ。
……わかっている。勝負の後に、その相手にすら気を遣わせてしまった自分の弱さにこそ、自分は一番腹が立てているのだ。
「今も……どうしたら、いいのか……わかんねぇ……、手あたり次第……暴れまくって……答えを見つけるしかないって……」
「お前みたいなタイプはそうなんだよ。他人の言葉の慰めなんぞで納得はできねぇ」
自分の言葉にさえ不甲斐なさを覚えてか、アラトがぎりと奥歯を噛む。ノボルは静かに目を閉じると、アラトの感傷に沿うように静かに告げる。
「何もかも壊そうとして、何もかも振り切るレベルでぶちのめされるしかねぇんだ。
……俺と同じだな」
「……ノボル、さん…………」
ノボルは、学園の先輩でも何でもない。だがその実、圧倒的な強さを誇るノボルを喧嘩屋の先輩として尊敬せざるを得なかった。
結局は、我儘に振り回した格好になってしまった。挙句に、自分の弱さを晒しつけ、それでもこの人は怒りもしない。ただ淡々と、この人は自分の敵対者への基準を崩さず、見下さず、そのうえで自分の怒りに付き合ってくれた。
「……今日は……、アンタたちにやられて、すげぇすっきりした……。
アンタや、アイツに比べると。……俺、やっぱ弱ぇ…………」
何もかも、アラト自身の理に適う存在となってくれた。動けずにはいつくばって、冷静になりつつある今……、それがよく理解できる。
……この人に比べれば、やはり俺は、小さくて、弱い。……それはここでしか吐露できやしない現実で、本心だった。
「……アンタにも…………調子乗って、すんません、したぁ……」
アラトは震える腕を何とか動かし、せめて、無様な泣き顔を隠そうとそっと目を覆う。
「……、ま、来る前のテメェよりは、強くなったかもな」
それ以上は、言葉は必要なかった。ノボルは肩をすくめると、アラトの傍らに座って肩を貸した。