過去作再録 「コウとアラト 1」
Added 2019-09-22 02:42:05 +0000 UTC過去に作成したイラストノベルの文章のみの再録です。
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20XX年
この国、そして世界は、何かがおかしくなってきている。
経済はずっと横這い。一目には、新聞はありきたりな記事ばかりを載せ、バランスを保っているように見えてはいるが、静かに、だが、確実に、人々の意識はすげ代わっていく。
それを望む国家に操られ、当たり前であった意識がゆっくりと塗りつぶされていく。
何か、わかりやすいきっかけがあったわけではない。それでも小さなほころびは増えていくわけであって、現実は陰の裏側から蝕まれていく。今や、世界中で小さな紛争など日常茶飯事。国は優秀な傭兵を出張させる事に躍起になり、やがてくる大戦に備え職業軍人がもろ手を挙げて歓迎される世の中なんて、数世紀前では考えられなかったのではないだろうか。
普通の住宅、普通の繁華街。だが、その影には貧困に喘ぐ者たちがひしめくスラムが確かに広がっている。誰も報道などしない。公園のオブジェのような丸い鉄鋼は防弾シェルターで、路面のレンガには銃痕がみられる、スラムでは、金銭の賭けられた若者の恫喝まがいのストリートファイトなど日常茶飯事の光景となった。
――例えば。未来の兵士を育てるための教育課程、だとか。力がモノをいう教育施設があったり、だとか。
「紛争学園」
青少年「軍営」教育機関 「神原軍立学園」 通称「紛争学園」
あたかも将来の戦争を想定しているかのような時勢、軍営の教育機関が増え行く中、大きく台頭していた教育機関のひとつ。
何も知らされず。経済的な都合。単純に諍いの気配を好む者……。様々な理由により集った若者が鎬を削り合うこの学園では、一般的な教育課程の他、生徒同士による「試合」が日夜行われていた……。
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勝ったものはその戦績をたたえられ賞金が与えられ、一方負けたものは……、その身もろとも勝者の慰めモノになる。拒否などできず、だからこそ諦めるか、必死になる。それを、学園全体が認め、推奨し、半ば強制している。
法律や規律の力が弱まり、ただでさえ何が起こってもおかしくない時代。その中でも、教育機関としては異端といえる運営実態。
その内部の詳細を調べる為、俺はここに一生徒として入学した。
「また、試合か……」
寮の自室。部屋に投函された書類に目を落とし、青年、「安達(あだち) コウ」は嘆息を吐いた。
自分の身を置く組織の命によりこの学園に生徒として潜入して、もう数か月。すでに幾度とこなしてきた試合。護身の心得はある程度身に着けていたつもりだが、業界では高名な紛争学園に集まる生徒も伊達ではなく、勝つことも負けることもあり、その結果が故の結末は既にこの身で思い知っている。
そして、今宵もまた、自分は試合を行う。それを知らせる為のこの書類だ。
対戦相手は、アラト。「前畑(まえはた) アラト」。同じ時期に転入したクラスメイトであり、この学園では比較的親しい間柄となった生徒。
「…………」
封を開き、その名前を見つければ、たとえ覚悟してはいても、胸が針でつかれるように痛むのを感じた。この学園での試合は組まれたなら拒否できず、明確に勝敗の結果を別つ。負ければ犯される、とんでもない試合。
それでも、向こうは友人という前に対戦相手であるとして、一切気になどしないだろう。ともすれば、勝利を見据えた後の行為を期待して余計に張り切っているかもしれない。
分かりやすい利益や性欲の解消、様々な理由でもってこの学園に集まった生徒の一人としては、何より現代に生きる年頃の青年としては、寧ろそれが普遍的で自然な考えなのかもしれない。
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目に刺さるほどまばゆいライトの下、コウはふと目を上げた。
地下のリング。生徒の質の向上の為として、キャンバスを照らすこのライトは特殊な光を放っており、その下で戦う選手の肉体と精神に影響を与え続ける。単純な疲労改善や血流をよくする効能もあるが、その光源には副作用もあった。
浴びれば浴びるほど、そして試合が進み、理性が薄れ、強烈な戦闘意欲や性欲に襲われる。相手を倒したい……犯したい。試合の進行と並行的にそう差し向ける効能がある。
そんなリングの上。コウは、その対戦相手であるアラトと対になるようにして己がコーナーの前に立っていた。
普段はどんな間柄だろうと、リングの上には挑発、戦意、敵愾心に満ちていることがよくわかる。このリングの上では誰だって負けたくない。この「試合」を目当てにしてやって来たのなら尚更だろう。
「へへ。よぉ、コウ。お前とやんの久しぶりだな」
「…………」
上半身裸の試合用の格好に着替え、リングの腕で相対する。アラトとの試合は初めてではない。挑戦的に指を振ったりしてじっと睨み、笑みをこぼしてくるアラトへ、コウはただじっと見つめ返して応えていた。
ともかく、リングに上った以上試合は避けられない。友人だろうが何だろうが手加減などできないし、すればこちらが足元をすくわれる。それはもちろん向こうも承知の上だ。ライトの影響で試合が進めば、それだけ理性は欠如していくことになる。
「……お前、なんか余裕だな。緊張とかしないのか?」
アラトは、最初の印象こそ不良めいた感触だったが、今ではこの学園内で数少ない、気楽な関係を構築している相手だ。そんな相手も、このリングの上だと人が変わる。先日のアラトの試合を見たが、一つ上の学年である中級年の生徒にも怯まず、猛威を振るってその試合に勝利していたっけか。
アラトは常に感情が先走る、あまり試合に冷静さや計略を持ち込まない、典型的にフィーリングで体を動かすタイプだ。
コウの質問に、アラトは対して考えた様子もなく、ただ少し呻いた後に言葉を続けた。
「わりぃけど、俺今日すっげ調子いいんだよなぁ~。お前にゃ悪いけど、今日「も」勝たせてもらうぜ?」
「…………言ってろ。いつの話してんだよ」
確かに、自分にとってもアラトにとっても、ここにきて最初の試合では、負けた。だが、同様にリベンジも済んでいる。様々な方面でポテンシャルの差に違いはあれど、総合的な力量の差は大きくないと自負できる。
膨れ、締まった胸襟、堅牢そうな腹筋。ここでの激しい試合をこなすそのしなやかに筋肉に覆われた肉体をほぐすように、ロープに腕をひっかけ、揺らしたりして体を伸ばしている。
そんなアラトの軽口に、コウもほんの少しだけ笑って拳を身構えた。
そろそろ、試合開始の時間だ。そう思った直後に、ゴングは鳴らされた
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「うらぁっ!!」
ドゴッ、ドガッ!
「っ……!」
試合が始まって早々、アラトが迫ってくる。
アラトより一瞬遅れて試合の開始を自覚したコウは目を細めると、体を逸らしてその拳を躱した。
それから続々と、先手必勝とばかりに次々に蹴りや拳を繰り出され、コウはひとまず防御に尽くした。単純な腕力だとアラトは今まで試合をした生徒の中でもトップレベルだ。一撃でも綺麗に受ければ、そのまま一気に試合の流れを持っていかれかねない。
「はっ、どうしたよ、コウ。防戦一方か~」
拳を繰り出しつつ、アラトがふと笑って、立てた中指を振って挑発を送ってくる。
ただでさえ戦意の尖っているリングの上につき、極めて扇情的に感じたが、ここでその挑発に乗ってアラトに向かえば、手痛い迎撃をもらう羽目になる。最悪、横頭に回し蹴りなどで試合が終了しかねない。
「オラオラっ!さっさと降参してもいいんだぜ?」
「試合中に、おしゃべりな奴、だな……っ!」
「今日は調子いい、つったろ!このままKOしてやるよ。安心しろって。大人しくしてりゃ優しくヤってやっから♪」
「簡単に、言うなよな……っ!」
アラトは肩をすくめるようににやけると、会話の最中に止めていた攻勢を再び再開する。
完全に躱すならともかく、腕や足でブロックし続けるのには限界がある。試合開始早くして防御させ続けた腕が痛くなってきた。アラトの拳や蹴りがしっかり芯まで響いている証拠だ。
「くっ……!」
このままでは、流れを持っていかれる……。ジャブのような小出しになったアラトの拳を、腕で受け止め、コウはふとその陰で拳を固める。
ボゴォォッ!
「が、はっ……!」
手応え、有りだ。
冷静に見切り、ここだと打ち込んだ反撃だった。同時にアラトの手が止まる。アラトの脇腹にめり込んだ拳からその感触を実感し、コウは突き出した拳を引き抜いた。
格闘技とはいささか違う分野になるが、暴れる相手をいかに素早く大人しくさせるか。そういった手段は、もはや学問のように子供のころから習ってきた。リングの上は路上などとはまるで違うものの、応用できる技術や人体の弱点の知識は決して少なくない。とくに、こんな無法な試合形態では。
「はぁ、はぁ、クソっ……油断した」
「最初から飛ばしすぎたな……、アラト」
「……へっ、まだまだ全然効いてねぇよっ!」
被弾した脇腹をさすり、荒れた息を整えつつも、アラトが笑みを浮かべる。
息まいた様子だが、ただの強がりでもないだろう。確かに、綺麗に拳をその脇腹へと収めた筈が、それだけで深いダメージとまではいかないようだった。
薄いと思われた脇腹さえも硬い筋肉に覆われており……、本人の意図しないところだろうが、全体的に無駄がない体格をしている。と、いつか担任が漏らしていたのを思い出した。
声にも覇気が失せない、疲労の息はあっても、どちらかといえば自分の勢いを無理やり殺された故のものだろう。
相変わらず体力バカで、頑丈だ。だが、攻勢を押し返す一撃にはなった。
「悪いけど、今からは俺の番だ」
「させっかよ!」
そのチャンスを逃す手はない。再び拳を固めて迫るコウだったが、それに対しアラトは躍起になって応戦した。アラトの拳が向けられ……、いや、違う、その腕の影で、アラトの足が持ち上がる。
ドボォォッ!!
「がっ、……!!」
アラトの放ったミドルキック、その膝が腹に直撃した。予期せぬ強烈な迎撃を受け、コウは体を揺らし、たまらず息を吐き出した。
試合の中では避けられない攻撃というものはどうしても生じるが、どちらかといえば、今のは食らってはいけない一撃だった。やはり衝撃はすさまじく。アラトのように一撃で相手の戦意を刈り取るほどの力がなく、先ほどの一撃が、アラトにとって深いダメージにはなっていない証拠だ。
にしたって、ここまで鋭い蹴りを放つとは。コウは腹を抱え、ロープ際まで仰け反り、痛みに歪む目を上げた。意図的なフェイントではないだろう。単純に喧嘩慣れしているのだ。だからこそ、格闘技経験者ばかりの試合で目が慣れた自分は引っかかってしまった。
攻撃にしろ防御にしろ、すぐには動けない……、だが、アラトはそんなコウを前にしても、拳を身構えるに留まり、すぐに攻め入ってはこなかった。試合中にその相手から目を逸らすなど論外であり、コウは痛みに細めた目を上げて、ふとその姿を確認する。
アラトの目は、ダメージの余韻のせいか余裕が抜け、随分据わったようにみえる。
あたかも獲物に狙いを定めた獣のような。慎重になったというか、反撃に出た筈が、こちらの一撃で覚醒させてしまったようだ。
腹部から痛みが何とか抜けてきた頃合い。コウは首を振ると、ダメージを振り切るようにしっかりとキャンバスを踏み、拳を上げて身構えた。
「……、へへっ、もしかして、結構効いちまったか?」
「……さぁな、まだ、試合は始まったばかりだろ……?」
「へっ、まだまだ余裕だな。そうじゃなきゃ面白くねぇ!」
アラトは言うと、中指を立てて舌を見せつけ、好戦的な笑みを一際強めた。
自然と、コウもつられるように笑った。体が温まり、汗がにじみ、体が痛む。試合が進むにつれて気分が自然と昂ってくる。それがこのリングに仕掛けられたライトのせいだとしても、己の力を相手にぶつけ、そしてそんな試合に気持ちが高ぶっているのは事実だ。
始まる前はひたすら億劫だった試合だが、始まってここまでくれば気が楽になった。余計なしがらみを長引かせないアラトが相手だというのもある。単純に、勝った側が負けたものを蹂躙し、そして喰らう。抑制を解き放ち、欲望のままに殴り合う。
だんだんと秩序が喪失してゆくこの世界を表しているような、この学園のこのシステム。裏で駆け引きやら根回しやらで潰し合うより、それならいっそのこと拳で全てに決着をつける、こんな試合も単純でいいのかもしれない。
コウはあざ笑うように鼻を鳴らすと……、一瞬の後、真剣に目を細めた。
ボゴッ!
「ごっ……!」
飛び出した一歩で、一気に距離を詰めてきたコウにアラトが反応する。だが、肩を跳ねさせた次の瞬間には、アラトの頬にコウの拳が捻じ込まれていた。
「くっ……そっ!」
半ば反射的にアラトが拳を大降りにふるうが、予測し身を翻したコウを捕えることはなく、再びアラトの頬にジャブが数発打ち込まれる。
ゴッ!
ドゴッ!
「がっ、うぁっ!」
コウの拳を連続で受け続けているアラトが呻き、それに比例するように、コウはスピードを上げていく。反撃すら許さず、アラトの顔や体を滅多打ちにしていった。
ドゴッ、ボゴッ、ゴッ!
「がっ……、うぁ、がぁっ!!」
たまらず腕を上げ、亀のように防御に入ったアラトへ、その防御の上から、又はその隙を縫うように。コウは守られていない腹部や顔面へ、どちらともなく突き刺す様に拳や蹴りを放っていった。
ドゴォッ!
「く……ぁ……!」
アラトの頬へ、再び綺麗にストレートが振りぬかれる。コウはアラトの肩を掴み、そのままコーナーに無理やりに押し込んだ。
激しく息を吐き、コウの熾烈なラッシュの直後で朦朧とした意識の中、それでも戦意に染まったアラトの目が迫るコウを睨みつける。
だがコウは気にしないまま、アラトの耳元まで首を伸ばし、そっと囁く。
「これ以上は、手加減できない。……降参するか?」
「はぁ、はぁ。テ、メェ……! 好き勝手しやがってぇ……! いくらお前だからって、許さねぇぞ……!!」
「……そうか」
息を荒らしたアラトの拒否の態度に、コウは小さな声でそれだけ呟く。
そして、目の前で軽やかにステップを刻む。コーナーにもたれかかり、辛そうに目を細めてコウを見るアラトの体。その一点に狙いを定めた。
コウは弓なりに腕を引き、その狙いすました一点へと、勢いよく拳を突き出す。
ドゴォッ!!
「ぶっ……!」
躊躇いなく、アラトの腹筋に拳をねじ込む。アラトは目を見開いた後、そのダメージを表すかのようにくの時に体を折り曲げた。
アラトの腹部をコーナーに突き刺したまま、コウはダメージをさらに押し付けるように拳を奥へ、アラトを挟んだままでコーナーへと突き進む勢いでねじり込み続ける。
力が籠められるたび、アラトの体が跳ね、口から唾液がはじけた。
「……ぶはっ! はぁ、はぁ……」
「…………」
試合に勝者は、もちろん一人だ。
目の前で、自分の拳で苦しんでいるアラトに情が移らないわけではない。それでも、やらなければならない。
目の前で苦しみにあえぐアラトに、冷めた目を落とす。まだ、降参させるには足りない。油断すれば先ほどのように迎撃を受ける。コウはただそれだけを念頭に置き、そして冷徹な顔をして、アラトに再び拳を向けた。
それを直感してか、アラトの目が青ざめたものになる。
…………。
ゴッ、ドゴッ、ドガッ、バキッ。
「がっ、はっ……! ぐはっ、うぐっ!」
ドガッ、ドボッ、ドッ。
「ごっ……、がはぁっ!」
……数分にわたり、硬く握られたコウの拳がアラトを責め続ける。一方的に殴れば反撃を受けずに済む。それができるものならば、冷酷ながら単純な理屈ではあった。
勿論、相手の反撃を計算に入れずに通用する理屈ではない。だが、コウの技術がそれを可能にした。的確に動きを封じる急所への攻撃を織り交ぜ、後は無理のない動きを細かく繰り返せば、こちらのミスやアンラッキーさえなければ反撃の隙を与えない。
きっとこれも、格闘技でない喧嘩に慣れてしまっているアラトの弱点でもあるのだろう。反撃を打ちたいのに、打とうとした矢先にウィークポイントを狙われ動けない。こうなってしまえば、おそらく対処方法がわからなくなって混乱しているはずだ。
そんなアラトに、コウは無慈悲に攻撃を浴びせ続けた。コーナーポストにひたすら貼り付けにする。アラトが降参しないから。降参すればすぐにやめる。それを念頭に置き、コウは機械のようにアラトを嬲り続けた。
グボォッ!
「ぶっ……!!」
突き出されたコウの膝が、アラトの腹部にねじ込まれる。
コウの拳の方が痺れ出してきた頃合い……、それでも、なんという頑丈さか、アラトが易々とキャンバスに沈むということはなかった。アラトが下級年の中でも特別頑丈なのは知っていたが、まさか、これほどとは……。
コウは、自身もまた連続した責めを放ったことによって重くした腕をひとまず下し、息を整えつつ、再び口でコウへと迫った。
「いい加減に、諦めたら、どうだ……!これ以上は次の試合に差し支えるぞ……!」
荒れた息で問いかけるが、アラトは首を上げることもせず、弱々しくなった息を吐き続けるだけだった。
最後の最後に捨てきれない感情。それをぬぐわなければ、こんなリングで勝つことはできない。そうわかってはいても、罪悪感は勝手に胸の底から込み上がってくる。
やはり、自分はここには向いていない。アラトのように、暴れられるとか、気持ちのいい思いができるとか、そんな単純には割り切ることはできない。
「……もういい、そんなに意地を張るなら、勝手にしろ……!」
それでも、目を閉じたところで目の前の現実が消え去ってくれるはずもない。
降参しない。即ち試合を続ける。そう断ずる前に……、コウは舌打ちを打ってしびれを切らし、アラトの髪を乱暴につかんで、顔を上げさせた。
「……そんなに、俺に負けるのが嫌かよ……、アラト……!」
ライトのせいもあるのだろう。意固地な態度に見えて腹立たしくなり、そして悲痛な気持ちになり、なりふりも構わなくなる。
まだ、殴らなければならない……。コウが息を呑んだその時、その腕がふとして、払われた。
「……はぁ、はぁ……、……調子乗んなよ、コウ……!」
「なっ……!」
まだ、そんな力が。アラトは体を震わせながらも立ち上がった。
「お前、まだ……!」
「はぁ、はぁ……勝つのは……」
再び、アラトの目に滾る戦意が漲っていくのを目の当たりにする。
アラトの底知れぬ迫力に唾をのむ……、と、手首を取られた。コウがそれに反応を示す前に、アラトは体重をかけて、コウの腕を勢いよく引っ張った。
「俺だああぁぁぁっ!!!」
「っ!?」
猛々しく吠え、無理やりに迫ってくるアラトに唖然としたまま……。その気迫に硬直したコウはされるがままに腕を引かれ、体勢を崩された。
気が付いた時にはアラトの怪力に体を手繰り寄せられ、アラトの膝が……。
ボゴォッ!
「ごっ! ぐは……っ!!!」
「はぁ、はぁ……お返しだっ……、オラァッ!!」
勢い任せの、腹部への強烈な衝撃。コウは目を見開いた。
直撃の後、静かに瞳を落とす。すれば、自分の腹にねじりこまれているアラトの鋭利な膝。優勢だったはずが、一瞬で体力を持っていかれた。コウは目を見開いたまま、腹部を抱えてキャンバスに手と膝をつく。
だが、アラトがそれを許さなかった。怒りのままにコウの髪を掴み返すと、無理やり引き吊り立たせる。
「……よくも、やってくれたよなぁ、コウ……」
「ぐっ、アラト、お前……!」
散々に弱らせたつもりが、油断した。一瞬のアラトへの送り塩、そしてそれが痛恨のミスとなってしまった。
アラトはコウの顔を引き寄せて、顔面の前で冷たく言い放つ。その目は怒りで染まり切っており、コウは背筋に悪寒が付き走ったのを感じた。
ドゴッ、ゴッ、ドガッ
「っ! がっ! ぐはっ!」
コウの喉首を掴み、その顔面を乱雑に殴りつける。今までの恨みを感情のままに晴らすかのように、何度も、何度も。
ボゴッ、ガッ、ドゴッ、ボゴッ、ゴッ
「っ……ぁ……、ぐ……ぅ……!」
とめどない激しい殴打を受け続け、ついにコウは立っていられなくなり、背後のキャンバスに背中を預け、ダメージのままに座り込んだ。
虚ろな意識で観察するアラトは、鬼気迫る表情をして、より一層腕や全身の筋肉が張りあがっていた。怒りで興奮した様子のアラトは、座り込むコウの脇の下に乱暴に腕を回して持ち上げる。
なすすべなくアラトの背中に腕を回す形になるコウを、そのまま、コーナーへと押し付けた
ドボォッ!!
「ごっ……は……!」
コーナーに押し付けられたかと思った、その直後。
アラトの蹴りがまっすぐに突き出され、衝撃はコウの腹筋を貫きコーナーに張り付けにした。かかとが腹筋にめり込み、コウはこみ上げた唾液を吐いて悶絶する。
息を無理やり押し出され、体から力が抜ける。アラトの足、それだけに体重を支えられている感触だった。
震えるコウの指が、引き締まったアラトの脹ふくら脛はぎを力なく掴む。コウの腹筋の隆起を押しつぶすように捻じり込んだ後、アラトはゆっくりと足を離した。
「へっ、グロッキーだな、コウ」
「う……ぁ……」
釘のごとく支えだったアラトの足が離れると同時に、コウは小さなうめき声を漏らしつつ、張り付けられていたコーナーから、突っ伏す様にキャンバスへと倒れた。
アラトはそれを見て、ひとまず満足そうに鼻息を吹かす。うつぶせに倒れるコウの下の腹部に足をひっかけるようにして蹴り上げ、転がして仰向けにした。
無理やり転がされたコウの顔は、与えられたダメージでそんなささやかな衝撃にすら苦痛であり、悲痛に歪んでいる。試合とはいえ、アラトが相手ではいささか喧嘩のようで、だからこそ遠慮の気配が感じられない。
目の前の同級も、今は自分を激しく追い詰める敵のようで。苦しみのあまりアラトに対する畏怖の色も垣間見えた。
「さてと、調子に乗った罰をくれてやんねぇとな?」
「……なに、を……!?」
弱ったコウの目に映る、そんなアラトが、そう宣言する。もう反撃が叶う余裕などなく、コウは気が遠くなる思いで肩を震わせる。
アラトは身動きすら難しいコウの体をひょいと持ち上げると、自身の立てた膝の上に乗せるように固定した。
身体を無理やりに押さえつけられ、腕も持ち上がらない。それでもこちらを痛めつけようと息まくアラトの膝の上に、まな板の鯉のように無防備なコウの腹筋が晒される。
「うおらぁ!」
ドボッ!
「ぐ……あっ……!!」
態勢が固められてその時。アラトが拳を固め、それを突き落とす。
アラトが人体の急所を理解しているのかは知らない。ひょっとしたらただの喧嘩慣れかもしれないが、太い腕から繰り出される拳が鳩尾に突き落とされ、コウはアラトの膝の上で呻く。それでも、もがいたところでアラトの怪力からは逃れられなかった。
拷問のような拳は何度も続いた。まるで力の差を見せつけるかのように、無防備な体勢で繰り返し腹筋を責められる。
ドボッ!
グボッ!
ゴッ!
「かっ……は……っ! ぐ、はっ……」
……どれだけ殴られたか。コウの声が次第に弱まっても意に介せず、アラトは拳をねじ込み続ける。最初はその弾力でアラトの拳を受け止めていた腹筋も、何度も拳を捻じこまれ、そのたびに重ねられた衝撃で、防御の役割が損なわれていった。
腹筋の溝に、どちらとも知れない汗の滴がたまって落ちる。アラトはコウの熱を拳や、首を押える腕、落ち挙げている膝からから感じ取りつつ、また捻じ込む。衝撃のままにコウの体がビクンと跳ねた。
「コウ、力込めなくっていいのかぁ? それとも、俺の拳なんざ、力入れなくても受けられるってか?」
ゴッ、ドゴッ、ドボッ!!
「がっ……、ぐ、はっ……!!」
拳の形をかたどるかのように陥没が目立ってきたコウの腹筋。アラトは目を落とし、冗談のような声で言う。
威力は本物だ。鉄槌のように振り下ろされる拳、それを、固定された膝の上で受け続ける。衝撃は逃れようもなく集約される。腹を打ち抜かれる度に、コウは衝撃のままに体を揺らし、腕まで跳ねさせた。
アラトの、ヤツ……殺す気かよ……!
苦痛で覚醒しきった意識の中、コウは荒れた息を吐き続けた
しばらく続いた責め苦の後、最後に強烈な一撃を見舞い、コウの体が一際大きく跳ねた。
コウの目から完全に戦意が消失したのを見て、アラトは拳を抜き、コウをキャンバスの上に転がす。コウは腹を押える余裕すらなく、ただ力なくされるがままになった。
「へっ、そろそろ終わりにしてやるよ」
すると、アラトはキャンバスの上で横たわるコウへと背後から覆いかぶさった。
体力を失い、体温が冷え込んできたコウとは違い、燃えるようなアラトの体温を肌に感じる。呻くばかりのコウの首に難なく腕を回し、筋肉質な足を前に回してコウの下半身を完封する。
胴絞めの、スリーパーホールド。あっという間に、背後から首を絞めあげ、固められた。
汗に濡れ、アラトの熱い肉体がコウへと密着する。
「ぐ、ふっ…………!」
「どうだ、コウ! 逃げられるもんなら逃げてみろよっ!」
ま、ずい、呼吸ができない。
脱出しなければ。おぼろげな意識で体を捻るも、アラトのホールドが解かれることはなかった。首が締まり呼吸が奪われ、その腕に手を伸ばすも、渾身の力を籠め、筋肉が張り詰め血管が浮き出たアラトの腕が解けることもなく。
コウの顔が苦悶に染まる。威嚇し、挑発するようなアラトの声も遠くなっていく。堅牢な筋肉で覆われた腕が引き絞られ、膨張し、コウの首をさらに圧迫する。
暴れもがくコウだが、ホールドは完璧に呼吸路までをとらえており、腕はひたすら力が籠められるばかりで外れる気配もない。
コウの身動きに背中から密着するアラトが対応し、リングの上で横倒しになる。汗にまみれた互いの体がより圧迫感を強め、首だけでなく、アラトの足に背後から締め上げられる両股部分にも痛みを感じるほどだった。
まずい、このまま、じゃ……!
「オラッ!これで終わりだ!コウっ!!」
薄まっていく意識。それでも、アラトの体温と背後からの荒れた息遣いははっきりと感じ取れた。
アラトが一際腕に力を込める。直後に、コウの意識は暗転した。
「うぉぉぉぉぉぉおおおっ!!俺の勝ちだぜぇぇっ!! 参ったか、コウっ!!」
ラウンドを締めくくる、ゴングの音。そして、アラトの咆哮にも似た怒涛の勝利宣言を聞く。キャンバスの上で大の字になり、コウは閉じていた目をうっすらとだけ、苦しげに開いた。
(そうか、負けたのか)
まばゆいライトの天井しか映らない。首を横にする気力すらない。だが、横には、今回の試合の勝者であるアラトがいる。
自分は、負けた。
(くそっ……!)
負ければ、どうなるか……。そこまでに考え階立った瞬間、おぼろげに取り戻したに過ぎなかったコウの意識は、再び遠のいてしまった。
●
「……」
「…………」
「はっ!!」
目が覚めたと同時に、自らの足が目に飛び込む。
自分はキャンバスの上にいて、今は試合後……、いや、その最中だ。全身が蓄積されたダメージで痛むし、ライトの効能か気分も決して穏やかではない。
ふと、自身の首に触れる。アラトに絞めとされたのだとはっきり自覚し、それから、下半身を刺激される感触……。
自分の足が持ち上げられ、パンツの上から下腹部……性器を踏みにじられていると悟った時、コウはとっさに目を上げた。
「あ……、アラトっ!」
「気が付いたか~、コウ」
コウの足を持ち上げ、その下腹部に足を押し付けているアラトの顔が真上に覗けた。ライトの下で影に覆われているアラトの顔は、悪戯気分で嗜虐的な笑みを浮かべている。
「アラト……、お、お前っ……!うっ!」
アラトが自分の性器を足で踏みにじり、刺激してくる。性器はパンツの中で勃ち上がっており、それを、アラトの足がパンツの上から責め立ててくる。汗で濡れたパンツの上から、激しく責め抜かれる。しかも、こちらの両足首を掴んで持ち上げ、こんな格好まで強制して……。
ライトの影響で神経を研ぎ澄まされ、となれば、独特の快楽に無理やり身悶えることになる。勃起した性器を刺激されて刺激が頭につき走る。が、屈辱だととらえる理性は残っていた。狼狽しつつもアラトを睨み付けると、アラトはにやりと笑みを深めた。
「なかなか起きねぇからさ。お前勃ってたし。ちっと悪戯してやろうと思ってよぉ」
「うっ、ぐ……ふ、ざけん、な……!放せよっ!!」
「へっ、そんな口きいていいのか? うらっ」
「がっ、うあぁ……!」
コウの奥歯を噛んだ言葉に反応して、アラトが面白半分に足の力を強める。器用に足の指の間でつねるように先端部分を掴まれ弄られて、コウは目を白黒とさせた。
ただでさえ過敏になっている性器は刺激に対し敏感に反応した。アラトが足の指を絡ませたりかかとで圧迫してくるたびに、コウは身をよがらせ、声を漏らしたが、それでも、足は離されない。
「お、前、ぅ、くっ……!いい、加減に……!」
「へぇ、いいのかよ。いっとくけど試合は続いてんだぜ?負けを認めねぇなら、もういっぺんボコってやろうか?」
いいつつ、アラトがコウの片足から手をはなすと、固めた拳を向けてくる。コウは恥じらいから腕で目を覆い、襲われる激しい刺激に身悶えつつも、アラトへと目を上げた。
「はぁ、うぅっ、……ア、アラト、頼むから……、普通に……っ!」
「っ!!」
コウは顔を隠していた腕を外し、アラトの顔を見上げる。
下からのぞき込む様に、上目遣いに見るコウの目をとらえ、アラトはにやけていた表情を一変させ、絶句した。
「……アラト?」
「お前、マジエロすぎ……!」
「うわっ……!」
唐突にして、もう片方の足も離された。
コウが起き上がる前に、アラトはその肩を掴み、キャンバスに押し倒す様にして上から覆いかぶさった。
腰にのしかかるアラトの体重を感じた、次の瞬間……アラトにがしりと後ろ頭を掴まれ、コウは半場無理やりに唇を奪われる。
試合直後で汗にまみれた体を未着させて、舌先でコウの口を激しく犯していく。卑猥な音が響き、ライトで欲情させられた若い体はいやがおうにも反応する。
煽られた気分のままに、コウの口内を犯し続けるアラト、その手が、汗に濡れ、ライトで艶やかに輝くコウの筋肉質な体を撫でる。
長いキスの後、唇を解放されたコウは空気を求めるようにむせかえった。
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