私たちの日々の行方
Added 2022-03-17 02:35:05 +0000 UTC私たちの日々の行方
私たちの日々は終わりと始まりに向かっている。
そこに時間も距離もない。
エツヤ「そうか?」
そうでもないな。結構時間かかる。
業「ってことはそれは距離でもある!」
エツヤ「アインシュタインを信じるならな」
業「ほう!?疑うことも可能!?」
天才を超えることは超天才にしかできない。
業「うーん。俺の番か。この流れでどんな文脈を紡げばいいのだろう」
エツヤ「俺に任せろ」
業「エツヤ!何かアイデアが!?」
エツヤ「全ては思考の産物だ」
業「思考の産物!?」
エツヤ「違うか?」
業「俺らは確かに祐樹の思考の産物、イマジナリーフレンドと言える」
エツヤ「であるなら、祐樹がうえなる次元の自我の思考の産物である可能性も成り立たないか?」
業「へえ!?マトリクスが友好的である可能性!?」
エツヤ「そう、確かに、苦しい時もある、でもそんな思いをした俺らを彼がほっとくだろうか?」
業「ほっとく訳がない!!」
エツヤ「つまり、生きること自体が、うえなる自我への、ねぎらいと言える」
業「うえなる自分はもっと苦しい世界にいるのか!!」
エツヤ「どうかな、そんな次元はとうに通り過ぎてるフェイズかもしれん」
業「少なくとも!祐樹が俺らを余裕で推論できるみたいに、祐樹の苦しみや喜びを余裕で推論できる!!」
エツヤ「もしかすると、うえなる自我の世界には苦しみがないのかもな」
業「バカ言え!俺らが祐樹の喜びを否定してることになるじゃないか!」
エツヤ「そうか?」
業「だって祐樹はうえなる自分の真似事をしてるんだろ!?」
エツヤ「なるほど。で、あるなら?」
業「うーん、祐樹、物質世界でも喜びはたまに感じてるよな…」
エツヤ「うえなる自我の世界でもそんな頻度なんじゃないか?苦しみって」
業「なるほど!それなら成り立つ!」