XaiJu
つなこ
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16~7年前の春の日記

ちょっとだけ春っぽくなって、鉢植えレモンも花が咲く気配です。

3月頃になるといつも、岡山から関東に引っ越してきた時のことを思い出します。

今はまだギリギリ実家にいた期間の方が長いけど、あと数年で追い越してしまうんだなぁ……。早~。


大した生活能力もない状態で一人暮らしを開始し、4日後に会社へ初出勤!というのは中々慌ただしかった記憶があります。

タイムリープできるなら色んなライフハックを教えてあげたいです。ユニットバスの壁には磁石が付くぞ 床にラックを置くんじゃない、あらゆるものをマグネット小物(錆びない浴室専用のやつ)で宙に吊るすんだ…掃除がめちゃくちゃ楽になるから……!



冥界のシリーズが好きで前職場に入りましたが、入れ違いのタイミングで冥界っぽいゲームは作られなくなっており、いつしか「このチームは美少女で行くぞ」になっていました。でも美少女は好きなので何も問題はなかった。

その過渡期の思い出話です。


入社直後は、先輩方が担当しているタイトルでサブキャラや衣装差分を描いていました。当時の目標は「パッケージを任せて貰えるような絵描きになりたい」。物で残る分かりやすい目標が良いと思って。

上司にポートフォリオを持って行ったり、社内でラフ募集があったら参加したり~とやっていたら、なんとなんとラフが採用され、1年目で早速パッケージを描けそうな機会がやってきました。


が!!そのラインは企画ごと没となり消える……!!!

すんなりとは行きませんね。

これはネプの元になった「ひめれん(仮)」のことではありません、デビュー作のトリユニよりも過去の話です。画集にちょっとだけ主人公の没絵や、生き残って他の企画に拾われたモンスター、NPCの原案が載っていたりします。


※このへんは過去のインタビューや画集の掲載内容で既出なので、企業秘密ではなくただの経歴解説ということで……


こういう時に「毒にも薬にもならない感じ」と言われていたのが妙に記憶に残っています。没になった企画内容もド王道でしたが、私の作風も薄味で。めちゃくちゃ納得してしまったのです。

(昔の絵好きだよ~と言って下さる方もいらっしゃるのですが…ありがとう!!!🙏)


よく「特徴を付けるためにもっとお色気に振るか、邪悪な感じに振って欲しい」というオーダーが出ていました。

先輩方の反応も「強み・良さがよく分からない」という感じだったと思います。あまり味がしないものに対して、何か加えて記憶に残るよう変化させる方法を探ってる感じでした。それは今思えばで、当時はゴールがよく分かっていなかったです。


そんな中、後々トリユニのDになった方が作風を気に入ってくれて「この絵で何か新企画を作る」という流れを一緒に作ってくれました。

といっても、決定権のある上司やベテランDに抜擢されたわけではありません。当時私と一緒に企画をこねていた数名のスタッフは19〜22歳ぐらいで、Dも完全なる新人。誰も経験値がなくて企画が中々着地しない日々でした。あの時一緒に試行錯誤していた方々のことは忘れないと思う。

Dはすぐ転職されて連絡先も知らないのですが、元気にされていることを願います……!


トリユニ段階ではそんなに変わった味は付かなかったと思いますが、トリユニ2(仮)だったものがさらなる横転を繰り返して爆誕したのがネプです。

全然造詣がないSFメカ要素による味変がパンダのお絵描き人生を変えることになるとは。ネプがなかったらデアラのご依頼もなかったと思いますしね(担当さんがゲーム誌でネプを見てご依頼くださったので)


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時代は飛んで2024年。

昨年のコミティアで通りすがりの方に「内容までは知らないんですけどネプテューヌと同じ絵……??」と話し掛けて頂く機会がありまして。


知らないと自称されている方に、絵を認識して頂いている!?しかもタイトル正解……というのが、何かすごく嬉しかった。

意識して追っていない方にも、偶然何かが届いているっぽい。自分の机にしかなかった絵を、遠くに届けて頂く機会をずっと作って頂いてるんだなぁと思いました。

いや実は「よく知らないんですけど=素人質問で恐縮ですが……」パターンなのかもしれないけど。


結局何が言いたいかというと、ネプの人・デアラの人って覚えて頂けることがめちゃくちゃ嬉しいです。


昔一緒に頑張ってくれた方、ひよこの集団を支えてくれていたベテランの方、適当に通過させずちゃんと駄目だと言ってくれた方、突如現れた謎のゲームを買ってくださった方々にずっと感謝してます。


あと当時のスタッフの皆さんが、会社帰りにマックでモンハンP2Gを一緒に遊んでくれたからすぐ社内に馴染めたのかもなーと思います(最近ワイルズを始めた者)

16~7年前の春の日記 16~7年前の春の日記

Comments

☆就活関連へのコメ返につきまして どうしてもこの内容だけ毎回スルーしてる風になってしまうので記載させて頂きます…! 某社への就活については、私が今も取引先=関係者ではあるため、まじのまじで一切何も反応が出来ません。軽い応援コメント等も、関係者が出すのは結構問題がありまして…何卒ご容赦ください。 (ご近況を書き込んで頂くこと自体はまったく問題ないです!) ご活動全般について頑張ってください!だけ書かせて頂きます💪🐼

つなこ

40歳前後の人も20年前は全員20代、当然といえば当然なんですが不思議な感じです。 みんな最初は1年生なんだ……! でも最初に回ってきたサブキャラのお仕事は敵幹部だったのでわりと緊張しました。先輩方のアドバイスで何とかデザインが決まりました。 絵について「毒になる」っていうと悪口みたいに聞こえてしまうかもしれないですが、私が言われた時の毒のニュアンスは「ダークな尖った雰囲気」または「めちゃくちゃ変な味だけど一部に熱狂的ファン」みたいな感じでした。毒は取り扱い注意だけど商品価値めちゃくちゃある! まあでも、なごみ系を目指しているのに「毒があっていいね」と言われたら嫌かもしれないですが…!w

つなこ

お疲れさまです 今回の記事、専門学校を卒業して就活真っ只中にいる私には凄く響きました。 もちろん、幾度もインタビューやコラムを読み返していたので漠然と認識してはいましたが、こうしてまとめられるとつなこ先生の努力が伺えます。 僭越ながら先生と同じ轍を踏みしめようと研鑽を続けているのですが、外界からはまだ「ビジネスの尺度で考えると弱い」ぐらいの実力と自負しています。 しかしこうして先生のお話を伺う度に、「あのつなこ先生も最初はサブキャラを描いていたんだ」と、自分にのしかかる使命感を少々軽くしてくれます。 (以下上手くまとまらなかったので箇条書きです。) ・もし私が「毒にも薬にもならない感じ」と言われたら、「薬にならない」ので傷つきつつも、「毒にもならない」で少し嬉しいような、アンビバレントな気持ちになると思います。驕りと過剰謙遜を治したく思います。 ・「強み・良さがよく分からない」というのは私にまで響く言葉で、以前ポートフォリオサイトを作った際にも、自身の強みが分からなかったものです。もし自身でわかっていても、他者に伝えられるようにならなければと思いました。 ・私は現在20歳、上手くいくか不安で浮足立っていますが、つなこ先生にも若手企画チームと試行錯誤していた時期があると考えると、ほんの少し不安も解消されます。過度に緊張しないが吉と見ました。 つなこ先生が「ネプの人」「デアラの人」と認識されているように、自分も「○○の人」と認識されたいなんて大それた気持ちはないです。 けれど、ほんの少しでもお手伝いができれば本望と思って、今は某会社を目指しています。 もし入社できたとしても、今や某会社もベテラン揃いで、新人として働けるかという不安は払拭しきれるものではありません。いい加減な仕事もできませんし、うまく通過できず心が折れることもあるでしょう。 それでも、努力を続けたつなこ先生を思い返せば、まだ頑張れるような気がしてきました。 この過渡期に、先生の過渡期の思い出話をどうもありがとうございました! 就活、頑張ります!!!!!

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