【オレはこの人が嫌いだ】
「…はあ…」
とある日。オレ、末永天馬はいつものシルバーのグローブを身に着けると、深いため息をついた。
「よし、いいかい、天馬?新人王までもうすぐだ。だから今日はその対策を中心にしたトレーニングをするよ」
「………」
「…天馬?」
「………」
「………ちょっと、天馬!聞いてんの!?」
「…陽介さん…練習、めんどい…帰りたい…?」
「こーら!新人王戦前だって言ったじゃないか!」
「…だって…ゲームしたいし…」
「育てるならリアルの自分!」
「えー…だるい…」
「新人王終わったら気が済むまでやっていいから!ほら!キビキビ動くッ!」
「…うへえ…めんどぉ…」
やる気のないオレにコーチである陽介さんはビシビシとケツを叩いてくる。けーどー…
(…新人王、かぁ…)
正直、かなりしんどい。ヒキコモリが丁度いいオレがこういう…なんていうの?暑苦しいっていうか、血で血を洗うっていうか…そう言う大会に出る、とか…ないっしょ?そう言う「熱血」なんてのは似合う人がやればいい訳であって…オレみたいなのは薄暗い部屋でゲームが似合う。っていうかそうしていたいっていうのに…
(…強制とか…マジしんど…)
…そう思うんだけど。
「はいはい、天馬!いいからさっさとやるよ?もー、いつもこうして声かけないと動かないんだからー…!ほーらー!」
陽介さんを始めとした、周りの、いわゆる「陽キャども」は全くそれを許してくれない。世の中不平等だ。
「…別に頼んでないから…」
「口よりも体を動かすのー!ったく、目が離せないってこういうことだよなあ…」
そして、オレは今日もこうやって、色々と口実を作っては嫌々にトレーニングを重ねさせられる。
(やる気ないっていうのに…不毛だよなあ…ああ、ゲームしてえ…)
オレはそう思いながらも、渋々と体を動かす。そして、
「もう。いーい?天馬はセンスあるんだから、こんなところで腐らせちゃもったいないよ?もっと努力もすればきっといいボクサーに…」
「…オレ、ボクサーよりもニートに…」
「あーあーあー、きーこーえーなーいー!…っつか!ニートなんて許されるわけないでしょ!?」
「…おかん…」
「なんかいった?!」
「…あ、いえ…」
「はい!わかったらとっとと動かす!サンドバッグ!行くよ!」
「あーあ…だっるぅ…」
「ちょっと、天馬!やる気出して!」
「…えー…」
「新人王はもうすぐなんだよ!?ほんとはスパーリングとかで調整かけたいのに…!」
「…引きこもってゲーム…」
「ゲームはダメ!」
「…んじゃ、同人…」
「大会前くらいボクシング!…あー!」
陽介さんのしつこいまでの指導を受けながらも、今日もまた、やる気のないトレーニングを繰り返す。…まあでも、それでも強くなった、っていう実感がわく分、陽介さんはすごいよな。なんだかんだ、オレのこと構ってくれるし。でもさ…まあ、仕方ないじゃん?めんどいの。オレ、ぶっちゃけボクシングなんて別にそんなにやりたくないし。ただ、元カノとかが勝手にプロデュースしたらなんか上手くいっちゃったから…なんて理由でボクシングやってるってだけだし。真面目な新人王、だなんてオレには似合わない。ってか、こっちのやる気ないのがオレの本性。…だからさ。
「…別にいいじゃん…目標があるわけでもない…」
惰性でダラダラ。それこそがオレにぴったりだと思わない?…そんなことを思いながら、構いまくってくる陽介さんを尻目にサンドバッグを叩いていると。
「…騒がしいな。陽介、苦戦してるな」
「聖司!聞いてよもー!」
(…聖司…さん…)
ここのジム、そしてチャンピオンである松浦聖司…さんが声をかけてくる。
「天馬、新人王前なのにやる気出してくれなくって…」
「なるほど、天馬らしい」
「………ッ」
ふふ、と笑う聖司…さんをちらとだけ見ると。
バァンッ!
オレは大きな音を立ててサンドバッグを一発、殴った。
「天馬、サンドバッグが嫌なら———俺とスパーリングするか?」
「………え?いや…」
「陽介も随分困ってるじゃないか。俺とスパーリングをしてやる気が出るっていうなら、それに越したことはない」
「…あー…」
オレは口ごもる。…別にサンドバッグが嫌……いや、やっぱめんどいから嫌…なんだけど、それ以上にオレはこの人に関わりたくない。…けど。
「天馬、せっかくだから聖司の胸借りてきたら?サンドバッグは退屈でしょ?」
「……う…」
陽介さんはそんなこと知るはずもなく、オレの背中をぐいぐいと押してくる。
「…めんどい…から……いや…」
「ダーメだっつの!…もう…頼める、聖司?」
「もちろん。俺が言ったことだしな」
「…えー……」
オレの拒否なんか当然採用されるはずもなく。オレは陽介さんに無理やり背中を押され。
「よし、やるか、天馬」
聖司…さんはそう言うと、いつもの黄色いグローブをぎゅっと握り込みながら笑顔を見せる。…オレは、はあとため息をついた。
「…正直、やる気ない…」
俺はこの人、松浦聖司…さんが本当に嫌いだった。…が。
「まあまあ、そう言うな。ほら、リングに上がれ。さ、行くぞ?」
「おわっ!?担ぎ上げんなッ!?」
陽介さんに押され、聖司…さんに軽々と担ぎ上げられ。…オレリングの上にひょいっとあげられると。
「よし、やるぞ」
聖司…さんはバンッ!と黄色いグローブを叩き合わせると、ファイティングポーズをとった。(うっわ…めんど…)
———こうなったらもう引くことはできない。だとするならば。
(あーあ…さっさと終わらせよ…)
勝ちでも負けでもいい。さっさと終わらしてこの人に関わらない、それに限る。…オレはファイティングポーズを取ると———
カーンッ!
ゴングに合わせて前に出た。
(さっさと終わらせよ…)
どうせ相手はチャンピオン。よくよく考えればオレが勝てるはずもない。なら、適当にまじめにやってるふりしておけばさっさと終わるだろ———そう思ったオレは。
「シッ!シッ!」
聖司…さんに向けて、真面目にやっているようにジャブを打つ。———聖司…さんは手を出さず、ただ、ガードを固めながらオレの出方を伺っているも。
(…にゃろ)
手を出してこず、その表情はいつも通りにどこか達観し、こちらの全てを見透かしているかのような笑顔を見せてくる。その態度にイラっとしてオレは———
「…シッ!」
バッシィィィィィィッ!
聖司…さんに見せつけるかのように、そのグローブに右ストレートを叩き付け———
『うおっ!?何だ今の音!?』
『うっへ、天馬かあ。…さすが、つええよなあ…!』
周りがその音に「おおっ」と、声が上がる。
『すげーな、天馬!…あんだけ練習してねえのにあのパンチ力かよ…!』
『動きもキレがいいし。新人王も優勝なんじゃねえ?』
…そんな声が聞こえてくるも。
「天馬、いいパンチだ。もっと打ってこい」
オレのパンチを受けても何も変わらず、何食わぬ顔でさらっと受け流す聖司…さんに、オレは心の中でため息をついた。
(…あーあ、世の中不公平だよなあ…)
ひがみ。ねたみ。そねみ。…オレの心はオレらしい感情でいっぱい。
正直、オレはこの人が嫌いだ。
いつも、かっこよくて明るくて。ボクシングも強くてチャンピオン。———今後ますます強くなっていくんだろうな。さらに、容姿も端麗、背も高くてモデルまでもやっててモテまくる。天は二物を与えず、だなんて言うけどホント嘘っぱち。この人は何もかもをも手にしている、いわゆるSSRってやつで。…ただのヒキヲタのRでもないオレには到底釣り合わないような存在だ。…そして、今も。
「シッ!」
「よっと…天馬、もう少し相手をよく見ろ」
「…ッ!」
スパーリングをしながらのこの余裕。ホント、癪に障る。———オレは、ダンッ!と大きく踏み込み———
「…シィッ!」
短く息を切りながら、聖司…さんの顔面を叩き潰そうと右ストレートを放ったその時!
「…遅い!」
「ッ!?」
ぶおっ!
オレの右ストレートをはるかに超えるスピードでオレに迫りくる黄色いグローブ!そして!
…ピタッ!
それは、オレの目の前で寸止めされると———
カーンッ!
ゴングが鳴り響き。———あっけにとられたオレに聖司さんはにっと笑みを浮かべた。
「天馬、いいパンチだが全体的に踏み込みすぎだ。足を使え。それから、視線が泳ぎがちだ。しっかり相手を見て」
…拳、足、視線。
「…それから、体の動かし方だ。特に最後の右ストレート…もっとコンパクトに打てるように陽介に見てもらえ」
…そして、体の細かな動かし方までチェックを入れてくるこの有様。
(なんだよ…!こっちはあんた相手にそれどころじゃないっていうのに…!)
ムカつく。偉そうに。何様のつもり?
オレは気づかれないようにギリっとマウスピースを噛み締める。…が。
「新人王、期待してるぜ?———気圧されるなよ」
ああ、そうか。何様も何も———この人はチャンプ様、だ。オレみたいな底辺には一生届かない場所にいる恵まれた人。———全部見透かしてくるようなその目も、何もかもがムカつく。…いや、でも、強いよ?確かに、さ。チャンピオンって言うのもわかる。わかるけれど、こんなにも恵まれてる奴がチャンピオン…!
「…適うはずねーじゃん…」
自分の無力さを嫌というほどまでに見せつけてくれる圧倒的なまでの壁。それが、聖司…さん。だからこそ。
オレはこの人が嫌いだ。
「よ、天馬!今日も頑張ってんなー!」
「…どうも」
その後。陽介さんはみっちりとオレの右ストレートの打ち方———聖司…さんに言われたそれをオレに叩き込み。オレはため息をつきながらもそれを練習した。そして、休憩がてら座っているオレ話しかけてくるのは伊東涼介…さん。よそのジムの人なんだけど、しょっちゅう妹のリナと共にうちに遊びに来てて———なんかいつも笑ってるきっしょい人だ。
「さっきのパンチ、見たぜー!すげえじゃん!そろそろ新人王?とかだっけ?」
「…あ、はい」
……が。
「………」
「………」
「……あの…えと…?」
「……あ、はい…」
オレはこの人も嫌いだった。
「…あー、えと、邪魔した?」
「…えっと…別に…」
正直、何かされたわけじゃない。聖司…さんほど強いって訳でもないし、正直、負けたことなんてないしぶっちゃければ負ける気すら起きやしない。それに、常に付き合いがあるわけじゃない。だけど、この明るさはオレには刺激が強すぎる。だからこそ、オレは黙ってただ、太陽が通り過ぎるのを待っていると———
「おーっす、天馬!お兄ちゃん!」
「リナ!」
「げっ…」
伊東涼介さんの妹の、リナまでやってくる。…ああ、そう。言ってなかったけど、この伊東リナ、がオレの元カノってやつ。やつなんだけど…
「やーやー、元気かね、諸君―!にしてもお兄ちゃん!」
「あ?」
「あいっかわらず冴えない顔してんねえ?モデルでボクサーなんだから!もっとキリッとしないと!」
「ちょっ…いきなりディスんじゃねーよ!?」
「天馬も!」
「…ん?」
「天馬は『リングの上だけ美少年』なんだから!もっと中身もかっちりきっかりボクサーらしくカッコよくなって!せっかく私がプロデュースしたのに!』
「…はあ…」
…見てわかるだろ?この強引さ。正直、ヒキコモリにはきつすぎた。オレは気づかれないようにめんどい、とため息をつくと。
「…はいはい…んじゃ…オレ、向こうで練習してくるから…」
そっと、その場を逃げようとするとその時!
ガシィッ!
リナがオレの肩を強く鷲掴みにする。
「だーめ!天馬、そう言って私から逃げるつもりでしょ!?魂胆わかってるんだから!」
「……うへえ…」
「今日は!新人王前でしょ?私プロデュースの天馬がどんな仕上がりなのかみたいからきたの!ってことで!さっさとスパーリングの準備して!」
「…えー…オレ、さっきも…」
「いーから!ほら、ちょうどお兄ちゃん暇してるから!天馬のスパーの相手して!
「…は?」
「天馬、新人王だと思って!お兄ちゃんなら徹底的にボコって大丈夫だから!カッコいい所見せてよ!」
オレはその言葉に、やっと、にいっと笑みを浮かべた。確かに、しんどいのは嫌だけど———ストレス発散なら悪くない。
「…だそうですよ、お兄さん。妹がそう言うなら仕方ないですよね」
「おまっ…!やる気ねーんじゃ…!?」
憂さ晴らし…!
オレは少しだけ心が躍る。
「ふ…ふふ…!いいじゃないですか、付き合ってくださいよ、お兄さん」
「ちょ、待てよ!?おい、天馬となんて…おい…!」
無理やりトレーニングをさせる陽介さん。気に喰わないチャンピオン、聖司…さん。そして、新人王とか言うよくわからん試合に参加させられようとしている今。ストレスだらけのオレにとって涼介さんはまたとないサンドバッグ。———嫌だと騒ぐ涼介さんを無理やりリングへと上げると。
「んじゃ…付き合ってくださいね、お兄さん…!ひひっ…!」
「ま…待て…待て…って…!」
カーンッ!
「ああああああああああああああっ!?」
もう一度、ジム内にゴングが響き渡り。…それと共に、悲鳴が響き渡るのだった…。
カンカンカーン!
あっけない終わりだった。
「う…ぐへ…」
「…ふう…いい練習だった…」
「お…まえ……もすこし…手加減しろ…よ…」
胸がすっとするのを感じる。目の前にはリングに沈む涼介さん。ちょっと速い人だけど、コツを掴めば捕まえるのは楽勝。腹を打って足が止まればサンドバッグの出来上がり。———今日はすぐに倒れられちゃつまんないしってことで、こめかみとか顎をもわざと外してダウン寸前を行き来するようにボッコボコに嬲ってやった。…そんな涼介さんの顔と腹はそれは見事なボコボコ具合で。
(…うん。悪くない)
オレはそんな涼介さんにちょっとだけ、すっとする。…が。
「…ぐ…ぬ……つ…次は負けねえからな…天馬…」
そう言う涼介さんを見て———
(…はあ。この人も、か)
オレは小さくため息をついた。
涼介さんも聖司…さんと同じくモデルをやっている。ボクシングを始めた理由だって、オレと同じ。リナの無理やりなプロデュースだったと聞いている。正直、ボクシングに拘る必要なんてない。なのに。
「うう…くっそ……ぐや…じぃ…」
これだけ力を見せつけて、手加減までしてボコってやったのに、この人は「悔しい」とか「次は」だなんて言葉を吐く。…無駄に明るくて、自分に希望を持っていて。…引きこもっていたいオレとこの人は違う人種ってやつだ。そして、きっと、この人は聖司…さんに近いんだろうな、と、オレは思うと。
(…やっぱ、ムカつく。もっとボコっとけばよかったかな…)
オレは人知れず、ギュッと拳を握りしめると。
「うーん、天馬、相変わらず強いねえ!流石『リングの上だけ美少年』!———こりゃ、新人王も楽勝かな?」
リナが笑顔でオレの試合を褒めたたえてきた。…けど。
「…興味ない」
「またまたぁ♪ボクサーとしての第一歩なんだから、絶対優勝しなきゃ!じゃなきゃ死んだお兄ちゃんが報われないよー?」
「し…しんで…ね…げふっ」
「はあ…」
オレはため息をつく。リナに涼介さん。陽介さんに聖司…さんも。無駄に皆が皆、明るいやつばかり。影の少ないこの場所に、闇しかないオレは異端者。
「っというわけで、ほらほら、天馬!もっと練習練習♪負けたら承知しないんだからね!」
「…はあ」
んでもって、こういう「明るいやつら」はいつも自分の都合を押し付けまくってくる。…ボッチに押し付けないで欲しい。オレはボクシングなんかよりも引きこもっていたいの。ゲームしてた方が幸せだし。だから…!
(…やっぱ、別れて正解だったな)
そんなことを思いながら、オレはまだリングで沈んだまま、放置されている涼介さんを見た。
「ううぅ……腹いてえ…顔いてえ………次こそは…覚えてろよ、天…馬……がくっ」
…うん、ダメだ。やっぱオレはこの人も嫌いだ。
あーあ、めんど。ボクシングしたくない…。
そして。
「新人王、決勝。ついにここまで来たね、天馬!」
「…だるい」
「……ごほん。今度の相手は今までと違って強敵だから!気合入れよ!」
「………ゲームしたい」
「…………ごほん。さあ!あと一戦だけ、頑張ろう!大丈夫、今までの練習の成果を思い出せ…」
「…あー…めんどい…」
「っだーッ!次で最後だっつーってんでしょーが―ッ!」
新人王決勝前。叫ぶ陽介さんを尻目に見ながら、オレは遠くを見つめていた。…嫌々参加した新人王。正直、勝とうが負けようが興味もない…のだが、痛いのも嫌だし、カッコ悪いのもまあ嫌だし、と何だかんだやってたらオレは決勝まで残っていた。
「…ったく、ほんっと、天馬は筋金入りなんだから…今までの相手とは違うから、油断しないでよ?」
「…はあ…」
…正直、当たった相手もあんま強くなかったし。次のもそう大したことないだろ。っていうか、ヒキヲタが新人王の決勝とか、場違いにもほどがある。陽介さんの頼みだから一応それなりには戦って見せているけれど…
「あー…帰りてぇー…」
「……もー…天馬ぁ…強いんだからあ…」
オレの言葉に、陽介さんがガクッと脱力していると———
「っさい!いい加減覚悟決めろ!」
ゲシィッ!
「って!?」
どこから現れたのか、リナが後頭部からチョップをかまし。
「はは、相変わらずだな、天馬」
その声にピクッとオレは眉を動かす。
「…聖司…さん」
「天馬、試合見てたぞ。…いい調子じゃないか。優勝まであと少しだ」
「…どうも」
オレはそう言いながらも———どこか、警戒心を持って聖司…さんを見つめてしまう。だが。
「頑張れよ、お前ならいける。優勝して来い」
「…あ、はい…」
「気合入れろ、だなんて言わないさ。お前らしくでいい」
「…はあ…」
「っということで、観客席で見てるからな」
聖司…さんは何も気にする様子もなくそう言うと、手をひらひらとさせながら控室を出ていき———オレは耳障りな声にギリっと歯を噛み締めていたことに気づき。
「…天馬、大丈夫?いける?」
そんな様子を、陽介さんが心配そうな表情で声をかけてきた。
「…陽介さん」
「…天馬、今は新人王に集中しよう。次終わったら、しばらくゲームしてていいから」
「…はい」
「よし、なら行こう。そろそろ時間だ」
陽介さんがそう言い、オレも立ち上がると———
「天馬!…勝ってきなさいよ!」
リナがグッと、サムズアップをして見せる。
「…陽介さん」
「ん?」
「…えっと…次の相手。…潰してこればいいんだろ?」
「ああ。でも…」
「…大丈夫、オレ、負けない…!」
オレは珍しく。立ち上がると胸の前でバンッ!とグローブ同士を叩き合わせる。———何故だかはわからない。けど、オレは今、無性に相手を倒したくて仕方ない。そんな気持ちだった。
カーンッ!
「BOX!」
新人王決勝。
(…相手は名前も知らねーやつ…ま、ヒキヲタのオレが知ってる時点で異端だけど、大したことないだろ。…さっさと潰す…!)
グローブタッチをすると、オレは果敢に前に出る。
バン!パンパン!
ジャブからのワンツー。…が、
(…?打ってこない…?)
様子見なのか、なんなのか。相手は手も出さず、ただ、グローブを構えたままじっとこちらを伺ってばかり。…オレはさらに前へと出ると。
「シッ!」
バシイイイイイィッ!!
小気味良いグローブの叩きつけられる音が響く。オレのフックは相手のグローブを叩きつけた。
(出してこないなら…別にいい…!このまま潰して終わりにしてやる…!)
「シィッ!」
バッスゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
「シッシッ!シィッ!」
パンパンッ!パァンッ!
オレはその後も相手に果敢に攻めかかり、防戦一方の相手は手を出すこともできず、ただ、オレのパンチを防ぎ、かわし———そして、
トンッ
相手の背中が、コーナーを背負ったその瞬間!
「もらったッ!」
オレは目をすっと補足させると同時、息を吐き———
「シィッ!」
力を込めた右ストレートを相手の顎へと放つ!———脳震盪を狙い、この試合を終わらせようとしたその時!
…にっ
(ッ?!)
相手の口角が少しだけ、上がったように感じた———と、同時!
ドッムゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
「…がっ!?」
オレの右ストレートが届くよりも早く、相手のボディーブローがオレの腹へとめり込み———
「…ぐっ!?」
オレはその衝撃に右ストレートの威力が萎え———
ぱすっ
それはへろへろと、相手の顔面を優しく叩いたにすぎずに終わった。
(まさ…か…!読まれて…た…!?)
だが、オレがそれに気づいたその時には!
「ははっ!踏み込みすぎたなあ!こっちの誘いにまんまとかかりやがって!」
バシイイイイイィッ!
「…ぐあっ!?」
相手の右ストレートがオレの顔面にめり込み———意識が一瞬だけ、グラッと揺れる。それと同時に視界が回り背中に大きな衝撃が走り———!
ドタァァァァァンッ!
「ぐうっ!?」
息が詰まり———視界に映るのは天井。
「あ……あ………!?」
「Down!」
聞こえるレフェリーの声に、オレはその時初めて、自分がダウンしたことに気づいていた。
「1!2!」
———ボクシング人生、初めてのダウンだった。
「3!4!」
(ッ!えっと…立たなきゃ…!)
レフェリーの声に、オレは反射的に慌てて立ち上がり———ギュッとファイティングポーズを取るも。
「…へへっ!」
「っ!?」
相手の笑った表情、キュッと鳴らすシューズの音。そして、なんともいえぬ相手の威圧感に、オレは体が少しだけ震えていることに気づく。
(なん…だ…?これ…体…が……!)
その震え———初めて感じる、体が動かない感覚にオレが戸惑い、まともに視線が向けられず、目が少しだけ泳いだ瞬間!
「オラよ!よそ見してんじゃねえ!」
「っ!?」
バスウウウッ!
咄嗟にガードしたグローブに強い衝撃が走る。…オレはそれに押されるように後ろはバランスを崩すと
「シッ!シッシッ!…おら、来いよ!」
バスッ!バスバスッ!バスゥっッ!
軽やかに飛んでくる拳にオレは防戦一方。何とか防ぎ、避け、
バシイイイイイィィィッ!
「…ぐっ!」
当たるパンチも直撃を避けるように体を動かすも。
「ははっ!このまま…潰してやるぜ!」
相手の猛攻、そしてオレ自身の体の震えに攻勢に出ることができない。そして、
「シイッ!」
バッスゥゥゥゥッ!
「…ッ!」
相手の右ストレートがオレのグローブを叩きつけ———
トンッ
先ほどと真逆、今度はオレがコーナーを背負ったその時!
「もらったぁぁぁぁぁッ!」
ドッムウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
「ッ!!」
腹に強烈な一撃を喰らい、体がくの字に折れ曲がる!それと同時、鳩尾にめり込んだ拳がグッとオレの腹へと喰い込むと———!
「が、は…っ!?」
ポロリ、オレの口からマウスピースが転げ落ちる。そして、オレの膝が折れた…その時!
カーンッ!
ゴングがなり、オレはストン、とリングマットに両膝をつけた。
「へっ、ゴングに救われたな———次で仕留めてやるぜ」
「…!」
意気揚々と去っていく背中を見ながら、オレの心臓はドクドクと悲鳴をあげた。
「天馬!?大丈夫!?」
インターバル。コーナーに背を預け、ハアハアと肩で息をするオレに陽介さんが声をかけるも———
「……あ…」
オレの震えは止まらない。オレはギュッと拳を握り、それを押し留めて悟られないように必死だった。
「天馬、落ち着いて!とにかく!相手を…」
陽介さんが何かを言うも———
(…震えが…止まらない…!)
オレの耳には入らない。勝てるのか?そんな疑問が頭を埋め尽くす…も、その時だった。
(…!)
ふと、観客席に座る1人の姿が目に映り。
「聖司…さん…」
聖司…さんの目がグッとオレに突き刺さる。そして、
『負けるのか?』
その口がそう、動いたように見えたその時!———オレの頭の中にとある光景が蘇る。そう、あの時———あいつ、ゴングが鳴って早々、手を出してこなかった。あれは…
「天馬!天馬!大丈夫!?」
陽介さんの声が聞こえる。…だが、今はそれじゃない。オレの頭の中に次々と浮かんでくる、聖司…さんとのスパーリング!
(———そうだ、次に聖司…さんはああ動いて…あのパンチも…このパンチも…よく思い出せば、皆…聖司…さんがやっていた動きで…!)
パズルが埋まっていくような感覚に、オレはどんどんと心が跳ね上がる。そして!
「———そう…か…!」
「天馬…?」
「陽介さん…」
「あ…ああ…?」
「あいつって、有名なやつ…?」
「え?あ、まー、それなりに有名なやつだな。天馬と同じく新人王優勝候補って呼ばれてたしね。天馬はそう言うの、興味なさそうだから、プレッシャー掛けないように言わなかったけど…」
「…何だよ…そう言うことかよ」
「え?」
その言葉を聞いて、オレは最後のピースを当てはめると。…オレはギュッと拳を握った。
「陽介さん、ごめん。…もう大丈夫、負けない」
「え?」
「…『2度目』の相手に負けるほど、オレは弱くない」
「え?二度目…って、天馬?」
「行ってくる。…安心してみてて」
オレはそうとだけ言うと、ぎゅっと拳を握りリングへ向かった。———オレの拳は震えていない。なぜなら、オレはあいつの動きを全部、知っていたことに気づいたからだった。
「さあ、このラウンドでケリつけてやるよ!」
試合再開。一方的に攻め立ててくる相手だったが…
「ふっ!…遅い!」
「なっ!?当たらねえ!?」
先ほどまでとは全く違う感覚でオレはリングに立っていた。直接会うのは初めてだ。だけど、こいつと手を合わせるのは『2回目』…オレの目には相手の拳が全てスローに見えた。そして
「シィッ!」
バキィィィィッ!
「うごっ!?」
オレは相手の動きを完全に読み切ると、パンチを打った後のわずかな隙間を縫い付けるようにテンプルにフックを当て、揺らしながら。
「…ふっ!」
ドッスゥゥゥゥゥゥゥッ!
「ごはあっ!?」
そのレバーにボディーをたたきこむ。そして、
「くっ!なめ…んなっ!」
ブゥン!
向かってくると予測したフックを最小限のスウェーで避け、
「…シィッ!」
ドッムゥゥゥゥゥゥゥッ!
さらに鳩尾にもう一撃、ボディーを叩き込むと———
「…ご…あ…!?」
「…まだだ!」
ドムッ!ドムッ!ドムゥゥゥゥゥッ!
「…ッ!がっ…!?あっ…!く…そっ!?動きが全然…!?」
鳩尾に連打。———相手の足からゆっくりと殺してやる。そして、相手が驚愕とボディーへの連打に足を完全に止めたその瞬間!
「———もらったッ!」
「ッ!?しまっ…!」
バスウウウウウウウゥゥゥゥッ!
相手の顔面に左ストレートを一発、直撃させ———!
「ふっ!はっ!…シィッ!」
バシバシッ!バシイイイイイイイイイィィィィィィッ!!
「ごはあああああああああああっ!?」
オレは、1ラウンド目とは打って変わったかのように一気呵成にラッシュを仕掛けた。———全ては、あの日、あの時の聖司…さんとのスパーリングのおかげ。相手の動きをすべてトレースしながらも、少しだけ難易度を上げたようなあの動き。…確かに、いいようにあしらわれたようにしか感じしかしなかった。だけど…
(今は…!少しだけ、感謝してもいい…!)
バッキィィィィィッ!
オレはそんなふうに思いながら、拳を振り抜き。
「がっ…!?」
オレの左ストレートで相手がぐらっとふらついたその瞬間!
「…!そこだッ!シィッ!」
バッシィィィィィィィィィィィィィッ!
オレの右アッパーは相手の顎を綺麗に掬い上げ———それと同時、相手の口からマウスピースが飛び出した。そして、
「ご…はっ…!?嘘…だ…ろ…!?」
相手のマウスピースがリングへところん、と落ちると同時。———オレのアッパーカットを受けた相手は背中からグラリ、と倒れると———
ドッサアアアアァァァァァァッ!
「…ぁ…がっ…!」
大の字にリングへと沈むと同時、大きな音が会場に響き渡る。それと同時、相手はぴくぴくと痙攣を起こすと———
「…TKO!」
レフェリーの合図とともに、観客たちは大きく湧き上がった!———1ラウンド目、2回もダウンをもらって置きながらのまさかの逆転劇。———意識はしていなかったが、ドラマチックな展開だ。…にしても。
(…だっさかったな…。初めてのダウン、しかも2度も…さらにビビっちゃったし…リナに怒られるな…)
そんなことを思いながら、オレはギュッと拳を握り込んだ。別にボクシングが特別好きってわけじゃない。なんならゲームや同人活動ばっかしていたい。けど、
(かっこ悪くちゃ…つまんない…よな)
そんな風にオレは思うと。
「天馬ー!すごい!強いぞー!カッコいいよー!」
誰かがそう声をかけてくれる。———オレはその声に応えるように、そっと片手を上げアピールをするも。
(次は自力で。あのチャンプの借りなしで、こうならないと気が済まない、な)
…やっぱ、オレはあの人が嫌いだ
それから。
「はぁ…だるい、帰りたい、ゲームしたい…」
「ちょっと、天馬!」
「練習したくない…帰る…」
「最低限の基礎だけはせめてやってきなさいっての!あーもー!」
今日も陽介さんのお説教をもらいながら、オレはリングでダラダラとしていた。
「ボコるだけでいいならやる…」
「もー…涼介ー!ちょっとー!」
「は!?天馬となんてオレ、嫌だからな?!もうちょい強くなるまで待てっての!」
今日もどたばたと、騒がしいジムでオレは小さくため息をつくと。
「よ、天馬」
———件のチャンピオンがオレに声をかけてきた。
「…あ…どうも」
「新人王、見てたぜ。逆転勝利、カッコよかったな」
「…どうも、です…」
「…次も頑張れよ。お前らならいいところまでいける。じゃな」
チャンピオンがそう言い、行こうとした———その時。
「…次…は…」
「ん?」
「…次は…あんたの助けなしで勝つ。そんで…その…。…いつかあんたを超える。だから、待ってろ…よ、聖司…さん」
オレは無意識に、聖司さんにそう言ってることに気づくと。
「…あ」
「天馬!ついにやる気出してくれたんだね!よーし!早速やる気がなくならないうちに…涼介ー!サンドバッグになってー!」
「…ちょ、ちょっと待って!?やめて!?お願い!明日撮影なんだけど…ってか!サンドバッグって酷くね!?ちょっとー!?」
オレは無理やり引っ張られていく涼介さんを見ながら、リングへとゆっくり上がった。そして、
「頑張れよ、天馬」
オレはそう言う聖司さんの顔をじっと、正面から見つめた。———チャンプ、と言うのはやはり、伊達ではない。でも、まずはこの人の助けなしで次の強敵をぶっ飛ばして。そして、いつかは。…この人を超えてみたい、そんなふうに思った。けど
『頑張れよ、天馬』
上から行ってくるこの目線。
やっぱ、オレはこの人が嫌いだ。
そんなことを思いながら、オレはにっと笑みを浮かべると———
「さあ、涼介さん?…今日もよろしくお願いしますね」
「ちょっと、天馬ー!?こういう時だけ饒舌ってひどく…にょあああああああああッ!?」
———今日も、サンドバッグをキッチリと、叩き潰しにかかる。そんなオレの頭には、当然、涼介さん…が映るわけもなく、チャンプたるあの人の姿が浮かぶのだった…。
オレはこの人が嫌いだ。だからこそ、いつか。
【完】
シナリオライター: ミケ空さん
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ご覧いただきましてありがとうございます😊
今回は「リングの上だけ美少年」ことヒキヲタボクサー、天馬クンのサブストーリーをオスボク界の人気ライター・ミケ空さんにお願いしました(*´▽`*)
今回皆さんに伝えたかったのはこの3点です。
・天馬は聖司にまだまだかなわない。
・ヒキヲタだけど、「リングの上だけ美少年」
・素直じゃないが聖司を目標に頑張るきっかけを作る天馬
このテーマで書いて戴いたんですが、想像以上にすごいのが出来上がってびっくりしました! 天馬クンのヒキヲタっぷりとリングの上でのギャップをとってもよく表現していてもう感謝感謝です!本当にありがとうざいますm(_
やる気ない天馬クンでも、実は根底にはそれなり美学があって、少なからずとも目標があってボクシングを(いやいや)続けているんですね。
アイドルとしてもボクサーとしても輝ける時がくるのでしょうか。
(追伸)
このストーリーは何回かイラストを追加していきたいと思います😊 ストーリーの中で見たいシーンがあればコメントに入れていただければ、描きますね^ ^
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今月もご支援いただきましてありがとうございました☆
繁忙期の為、支援者様向けの更新は今月は以上となります。
来月も頑張って更新したいと思いますので、
引き続きのご支援のほど、よろしくお願いいたします(*´▽`*)
Thalys
Thalys
2023-08-21 21:22:13 +0000 UTCミケ空
2023-08-21 17:32:29 +0000 UTCThalys
2023-08-21 08:20:35 +0000 UTCエージ
2023-08-21 00:27:58 +0000 UTC