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診断

 当初は「不安」「不眠」を解消して「修論を書くために」大学診療所の神経科に通っていたのですが、大学の所属を外れて診療所に行けなくなったので、ちゃんとした(?)精神科を受診したらなんか普通に色々と病気っぽそうでしたという報告と記録(昨晩の日記から抜粋・編集)。



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 昨日の某メンタルクリニックでのスクリーニングテストによると、自分は中~重度の社交不安症(SAD)だそうだ。思い当たる節はたくさんある。というか、あの用紙の項目をざっと見ただけで身体が硬直するくらいだったから、相当なのだろう。


 今日も、(デジハリ、CG専門スクールの)部屋課題の発表会は覚悟していたからともかく、実は中間あたりの「ブレスト」でもフィードバックをもらう為のプレゼンをしなければいけないことを不意に知らされて、胸が締め付けられた。「プレゼン恐怖」だ。


 SADはだいたい10代頃から発症して、それからずっとほったらかしにされ、20代頃に仕事等で問題・顕在化して受診・診断されることが多いらしく、自分もそのパターンだと思われる。今まで何度も何度も人前に立つこと等に恐怖心を覚え、できるだけ回避しようと努め(対面での面接等)、回避できない場合は多大なストレスを食らってきた(ゼミとか、卒論・修論発表とか…)。WHO'S NEXT(CGWORLDの学生限定CGコンテスト。デジハリが挑戦を推奨している)とかも、実績にはなるだろうがあまり目立ちすぎたくないから(表彰とかインタビューとかあるだろうし)出したくないなとか考えてる始末。



 しかし、このSAD、信じられないが「治る」らしい。だから「病気」扱いになっている。その為の治療をしようということで、色々と薬を処方されたり、来週は血液検査をしたりする(こっちはどちらかというと軽度の鬱病の治療のためだが)。


 治ったら、自分はどんな人間になるのだろうか。自分は…元々どんな人間だっただろうか。確かに、別に人間を恐れてはいなかった気がする。一人遊びが多く、興味はあまりなかったようだが。思い出の中に仲の良かった特定の「あの子」を除きほぼ人間が含まれていないのがその証拠だ(人間というものは、興味があることしか記憶しないようになっている、というのは最近の授業で習ったことだ。自分は根本的に人間にそこまで興味が無いようだ。そのせいで、親戚などに自分の中に彼らの望む「思い出」が欠落していることによく勝手に失望される)。


 これは予想であり、希望でもあるが、SADが治った自分は、「人間(他人の視線)に恐怖心は無いが、かといって興味があるわけでもない、堂々とした異常者」になると思われる。きっとこれが、「傷」の無い本来の姿だ。周囲を気にせず、自分らしく生きる…ありきたりだが、悪い気はしないよな。



 SADの治療には、薬物療法と組み合わせて暴露療法が効果的らしい。暴露療法というのは、薬物療法が効いてきた頃にわざと社交的な場面に挑戦し、耐え、成功体験を積み自信をつけるというなんとも合理的かつ脳筋的な療法である。どうせデジハリに通ってる以上は自然とそういう場面はあるから、特別何かをする必要はないだろうと思われる。今はかなり不安だが、薬が効いてきたらまあ大丈夫になるだろうと、楽観的に捉えておこう(そういえば、全般不安の気もあると言われた。もうこれは家族全体に満ち満ちていると思うのだが…呑まれないようにしよう。生得的なものもありそうだが)。

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 病名の診断は落ち込むようなものでもなく、スタートラインで、これからどんどん元気になっていくと思います。(実家のストレスは…知らん! カウンセラーさんとの相性が珍しく良かったので、ちょくちょく相談しようと思います。精神科ガチャ単発引きでSSR出た! やったぜ!)


 1年前後で治る(特に、SADは予後も良く、鬱の再発防止になる)という話なので、がんばりすぎず、闘病していこうと思います。逆に、元気じゃない、今しか作れないものを最初の課題では作ろうと考えていたり。


 読んでくださりありがとうございました。


2022-04-23/Algo_Ayugon


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