XaiJu
あいまり
あいまり

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【先行公開】色彩は艶やかに染められて

「──……以上のような流れで撮影を進めていこうと思います。何かご質問はありますか?」  番組の脚本を手に撮影の流れを説明してくれたスタッフさんの言葉に、私、鈴原マナを始めとした番組の出演者は口々に「大丈夫です」と答えた。  今日は週に一度、毎週金曜日の夜19時に動画サイトで公開しているバラエティ番組『ぷりまりるっ』の撮影日だ。  番組の内容としては、私を含めた女子三人で構成されたアイドルグループ『primary colors』、通称『プリマリ』が毎週芸能人やネットで話題の活動者をゲストとして呼び、トークや企画を通して交流するというありふれた物だ。  企画の内容はゲストによって変わるので、基本的にはゲストとのトークと企画でそれぞれコーナーが分かれており、トークの話題も幾つかテンプレのような物がある。  三原色を英訳した名前の通り、私達は基本的にピンク担当の私、イエロー担当のノゾミ、シアン担当のカリンという三人での構成だ。  イメージカラーはそれぞれの好きな色で決めたのだが、明るく元気なノゾミとクールで無口なカリンを私が纏めることが多く、不思議とイメージカラー通りの役割を担っていた。  グループ名から何まで安直ではあるが、まるでアイドルのテンプレに沿ったようなやり方が古のオタクの方々に受けたようで、今ではそれなりの人気と知名度を誇らせて頂いている。  グループの公式チャンネルの登録者は十万人以上いて、この『ぷりまりるっ』を始めとした動画や配信の再生数も一万回は確実に超えるようになり、歌のMVを上げると時々急上昇ランキングに載るようになった。  それもこれも事務所のプロデュース力の賜物だと思うが……私は一タレントとして、有難くその恩恵に与ろうと思う。 「うぅ~……緊張してきたぁ~」  今日の番組の流れを確認し、撮影前の化粧直しをしていると、隣でメイクをされていた佐原ノゾミが情けない声を漏らすのが聴こえた。  それに、私を挟む形で座っていたカリンが呆れたように溜息をついたのが聴こえた。 「何よ今更……初めての撮影じゃあるまいし」 「そうだけど……催眠術なんて初めてなんだもん! 緊張するじゃん!」  冷ややかな声で言うカリンにノゾミが両手に拳を作って力説すると、彼女にメイクを施していたスタッフさんが困ったような笑みを浮かべて「もう少しで終わるので、あまり動かないで下さいね」と答えた。  ……そう。今日のゲストは催眠術師で、番組の企画としてプリマリの三人が催眠術を受けることになっている。  当初の予定では術が掛かっていなくても掛かったフリをする予定だったのだが、他でも無い術師本人の方から「掛かったフリなんてしなくて良い」「自然体で大丈夫」と言って貰い、プリマリで実際の催眠術を体験してみるという企画となった。  とは言え、こんなことを考えるのは失礼かもしれないが……もし三人とも掛からなかったら番組にならないし、もしもの時は、掛かったフリとかした方が良いのではないか……?  いざという時はスタッフさんが調整してくれるのかもしれないが、撮影時間だって限られているし、タレントとして何とか良い番組にしないといけないというプレッシャーを感じるのは正直分かる。 「そんなに緊張しなくても、君達が気張る必要は無いよ」 「ひゃぁッ!?」  ノゾミの緊張に当てられていた矢先に突然背後から声を掛けられ、私は思わず情けない声を上げて肩を震わせた。  化粧が終わった時で良かった……なんて考えつつ振り返ると、そこには今日のゲストである催眠術師、akiさんが立っていた。 「えっと……ごめんね? 驚かせるつもりはなかったんだけど……」 「い、いえ、すみません……! 急に声を掛けられたものですから……!」  申し訳なさそうに謝るakiさんに慌てて謝罪すると、彼女はその中性的な顔をクシャッと緩めながら「そんなにかしこまらなくて良いよ」と返した。  短く切りそろえられた短髪に、私より頭一つ分程度高い長身。  女性にしては低音の綺麗な声も相まって、傍から見ると男性にしか見えない。  Akiさんは最近『イケメン過ぎる催眠術師』としてテレビやネットで話題になっている人で、私もテレビで彼女が芸能人に催眠術を掛ける姿を何度か見掛けている。  ネットでは『性別不詳』なんて言われているが、akiさん自身は普通に性別を公開して活動されている。 「えっと……私達は言われた通り素直に反応しますけど、良いんですか? 私、あんまり催眠術とかって信じてないんですけど……」 「構わないさ。実際、視聴者の中にもカリンちゃんと同じような考えの人は大勢いるだろうし、この番組のファンは皆君達の素直な反応を楽しみにしているだろうからね。自然体でいてくれればいいさ」  三人とも催眠に掛からなかったら、それはそれで面白いだろうしね……と。  どこか子供のような悪戯っぽい笑みを浮かべて言うakiさんの言葉に、私は思わず口を噤んだ。  すると、番組のスタッフさんが「akiさ~ん」と名前を呼ぶので、彼女は「じゃあ、良い番組にしよう」と言ってスタッフさんの元に向かった。  ……何というか、掴みどころのない人だな。  いつの間にか、先程まで胸中にあった緊張はどこへやら。  狐につままれたような妙な違和感を抱いていると、隣から「はぁ~……」と感嘆の溜息が聴こえてきた。 「やばぁ~……akiさんカッコ良すぎ~……彼女とかいるのかなぁ?」 「の、ノゾミ……akiさんは女性……」 「そんなの関係無いよ~! えぇ~どんな子がタイプなのかなぁ? 連絡先とか聞いたらダメかなぁ?」 「この面食いが……」  黄色い歓声を上げて喜ぶノゾミに、カリンは呆れたように呟きながら頭を押さえてやれやれと軽く首を振った。  そんなやり取りをしている間に撮影の準備が済んだらしく、そのまま私達は撮影に挑むのだった。 ---  番組の撮影は滞りなく進んだ。  最初にトーク企画でakiさんが催眠術師になったきっかけや催眠術に関する知識、その他プライベートに関する情報などについて色々聞かせて貰った。  脚本で決められた流れの通り、ある程度会話が弾んだところでカリンがどんなに話を聞いても催眠術が信じられないと話し、akiさんが実際に催眠術を体験してみようと促す流れで次のコーナーへと移行した。 「では、これから実際に催眠術を掛けていきますね。折角ですので、プリマリの三人同時に掛けていきましょうか」 「えっ、三人同時になんて出来るんですかっ?」  飄々とした態度で語るakiさんに、私は打ち合わせ通りの反応を返す。  すると、彼女はニコッと笑みを浮かべて「出来ますよ」と答えた。 「ではやっていきましょう。皆さん目を瞑って下さい」  カメラに向かって三人並んで椅子に座った私達は、akiさんの言葉に従って目を瞑る。  するとakiさんが続けて「背筋は伸ばしておいて下さいね」というので、言われた通りに背中を真っ直ぐ伸ばした。 「では、まずは大きく二回、深呼吸をしましょう。鼻から吸って、口から吐くように。はい、大きく吸って……」  マイクを通してスタジオに響き渡るakiさんの声を聴きながら、私は言われた通りに鼻から息を吸う。  それから、akiさんの「吐いて……」という言葉に従い、「はぁぁぁ……」とお腹の空気を吐き出すように大きく息を吐く。 「はい、もう一度、吸って……吐いて……」 「すぅ……はぁぁ……」 「終わったら自分のペースで呼吸を続けて下さい」  言われて、私は目を瞑ったまま、静かに穏やかな呼吸を続ける。  深呼吸のおかげか力が抜けて体の輪郭がぼやけたような、形容しがたい脱力感が全身を包み込んでいた。 「それでは、今から私の言う通りにイメージして下さいね。今、貴方は水の中にいます。息は出来るし、温かい……まるで、母親のお腹の中にいるような安心感が、貴方の体を包んでいます」  イメージ、する……。  暗い、水の中……だけど、呼吸はちゃんと出来て、温かい……ぬるま湯の中を、重力に従ってゆっくりと、沈んでいく……。 「っとと、危ない危ない。マナさんは特に深く入ってるみたいですね。……安心して、力が抜けて、とてもリラックスしますね。重力に身を委ねて沈んでいくほど、リラックスして吸い込まれていきますよ」  沈んで、いくほど……吸い、込まれる……。  最早私の体は辺りを満たすぬるま湯と同化して、今の自分が立っているのか座っているのか、横になっているのかも分からない。  ただ、気持ちよくて、安心して……どんどん、力が抜けていく……。 「それでは、今から僕が三つ数えて目を覚ますと、今のリラックスした気持ちの良い状態のまま目を覚ますことが出来ますよ。ぼ~っとぼんやりした催眠状態のまま、ゆっくりと目を覚ましましょうね。はい、一つ、二つ、三つ……」  パチンッと指を鳴らす乾いた音が鼓膜を揺らし、私は閉じていた瞼をゆっくりと開いた。  だけど、相変わらず体の輪郭は蕩けたまま……頭の奥が痺れるような、心地良い脱力感の中、本当にただ言われた通りに目を開いただけだった。 「う~ん……あれ? akiさん、どうしてマナちゃんの肩を持ってるんですか?」 「あぁ、彼女はかなり深く催眠に掛かっているようで、こうして支えていないと今にも崩れ落ちてしまうんですよ」 「えぇっ!? そんなにですか!?」 「目は開いているみたいだけど……マナ~? 聴こえる?」 「恐らく聴こえていないでしょう。ここまで被暗示性が高い人も滅多にいませんね。……折角なので、彼女がどれだけ深い催眠状態になっているのか確かめてみましょうか」  akiさんやノゾミ達の声が、やけに遠くに聴こえる。  彼女達の声が耳には届いているのに、話している内容を理解することが出来ない。  ただぼんやりと前の方を眺めていると、目の前に一本の指が差し出された。 「それではマナさん、この指を見ていて下さいね」 「……」  鼓膜を震わせたその声に従い、私は目の前に差し出された指を見つめた。 「では、この指を目だけで追って下さい。顔は動かさないで下さい」  その声に従い、私は目の前で揺れ動く指先を見つめ続けた。  右、左、上、下……と縦横無尽に動く指先を、言われた通りに眼球の動きだけで追いかけ続けて……──。 「僕が指示をしたらその通りになりますよ。目を瞑って」  言われて、目を瞑る。 「はい、眠って。スッと力が抜けますよ」  akiさんがそう言って指を鳴らすのと同時に、私の意識は暗闇へと沈んでいった。  しかし、不思議と不安は無く、温かな安心感に包み込まれながら私は静かに眠りにつく。 「えっ、ちょっとマナ? これって演技?」 「演技かどうか確かめてみましょうか。そうですね……では、マナさん。今から僕が三つ数えて目を覚ますと、僕の持っているペットボトルが、貴方にとって世界で一番大切な物に変わりますよ。誰にも渡したくない、誰にも触れさせたくない、貴方にとって唯一無二の宝物です。はい、一つ、二つ、三つ」  パチンッと指が鳴らされ、私はゆっくりと目を覚ます。  椅子に座ったまま前のめりに倒れていた体を起こすと、目の前にはakiさんが立っていて、その手には……── 「──ッ! 返してッ!」  彼女が手に持っている物を見た瞬間、私は声を荒げながら椅子から立ち上がり、その手にあるペットボトルを力ずくで奪い取った。  中身が半分程度まで残ったペットボトルを胸に抱きしめたところで、私はすぐにハッと我に返る。  今、私何して……ッ!? カメラも回っているというのに……ッ!  でも、だって、akiさんが私のペットボトルを持っていたから……?  あれ? 何かがおかしいような……? 「えっ、マナ、本当に? ただのペットボトルだよ?」  すると、カリンが驚いた様子でそう言いながら、私の持っているペットボトルに手を伸ばしてきた。  なので、私が自分の体でペットボトルを庇いながら「や、やだ……!」と声を上げると、彼女はギョッとしたような表情を浮かべた。 「隙あり~」  すると、ノゾミが横からそう言って私の持っているペットボトルを摘まんで引き抜こうとするので、私は咄嗟に彼女の手を振り払いながら後ずさる。  背後からakiさんがクスクスと楽しげに笑う声がするが、どうして笑っているのか分からない。  だって、例え一緒に活動している仲間だとしても、自分の大事な物を勝手に触られるのは嫌じゃないか。 「それではマナさん。僕が三つ数えて貴方の肩に触れると、貴方のペットボトルに対する認識が戻りますよ。三、二、一……はいっ」  すると、akiさんはそう言って私の肩に軽く触れる。  その瞬間、今の今までこの世の何よりも大切だった筈のペットボトルが途端に何でもない物へと変わり、私は思わず取り落として床に落としてしまった。  すると、近くにいたノゾミが「あわわわ」と慌てた様子で言いながらペットボトルを拾う。 「ちょっと、マナちゃん良いの? あんなに大事にしてたのに」 「えっ、や……だって、それ、ただのペットボトルだし……あれ?」 「ははは、これで催眠術の凄さが分かって頂けたでしょうか?」  混乱する私に対して、akiさんは明るく笑いながらそう言った。  それからは、テレビでよく見る催眠術と同じようなことを経験させて貰った。  ワサビを甘く感じたり、並べた椅子の上で横になったり……──その他諸々。  私は極端に被暗示性が高い傾向にあるらしいが、akiさん曰く他の二人も比較的催眠術が掛かりやすい方であるらしく、様々な暗示を経験させて貰った。  最初は催眠術を信じていなかったカリンも、幾つかの暗示を経験していく内にその認識は変わっていった様子で、企画の中盤に差し掛かる頃にはakiさんの催眠術の説明を興味深く聞くようになっていた。 「では、ここで一つ趣向を変えて、催眠術のトリガーというものを経験してみましょうか」 「トリガー……?」  一通りの暗示を体験した後、akiさんがそんなことを提案してきた。  ……実は、私達の被暗示性が正確に分かっていなかったこともあり、ここからの展開はあまりきちんとは決まっていないのだ。  あまりきっちり決め過ぎていると私達が力んでしまうかもしれないというakiさんの提案で、この企画の後半の流れについては、akiさんとスタッフの裁量次第といった状態だ。  一応akiさん達の方で企画の流れは決まっている様子で、ここからは完全に企画の進行をakiさん頼みにしてしまう。  そのことについて若干の不安を抱きつつ聞き返した私の言葉に、akiさんは「はい、そうです」と答えた。 「ドラマや漫画などで見たことありませんか? 催眠術に掛かった人間が、何か指定された行動をしたり、決められた言葉を言われたりすると催眠状態に落ちる……云わば、引き金のことです」 「あっ、見たことあります。……でも、あれってフィクションだから出来ること、では無いんですか?」  淡々と語るakiさんの説明に、カリンがおずおずと手を上げながらそう聞き返す。  それに、akiさんは小さく笑って「まぁ、多少の誇張はありますね」と答えた。 「けど、実際に再現は出来ますよ。皆さんは被暗示性が高いみたいですので、恐らく簡単かと思います」 「そうなんで」 「それじゃあ僕の指を見て。一つ、二つ、三つ。はい、眠る」  akiさんの説明に相槌を打とうとしたのも束の間。  突然目の前に指を差し出されて三つ数を数えられれば、瞬く間に私の意識は闇へと消える。 「では、そうですね。貴方達が目を覚ましている時に、僕が『催眠アイドルプリマリ』と言うと、貴方達はすぐに催眠状態へと落ちます。目を覚ますと、今僕が言ったことは忘れていますが、この暗示は貴方達の心の奥深くに刻み込まれています。貴方達は心の奥底ではこの心地良い催眠状態が大好きなので、キーワードを言われると、すぐにまたこの気持ちいい状態へと戻ってきますよ。はい、三、二、一」  何かを矢継ぎ早に囁かれたかと思えば、すぐさま指を鳴らされて私の意識は覚醒する。  あれ、何をしていたんだっけ……?  今までは催眠状態になっていた間のこととか、刷り込まれた暗示の内容だとかをそれなりには覚えていたのだが、今は全く何も覚えてないような……。 「えっと……akiさん。私、今何して……──」 「『催眠アイドルプリマリ』」 「ぇあッ……?」  akiさんが全く表情を変えることなく告げたその単語に、瞬く間に私の意識は反転し、視線の焦点が定まらぬままに催眠状態へと落ちた。  その様子を見ていた周囲の撮影スタッフの何人かが「おぉ……」と微かに感嘆の声を上げるのを聴いていると、akiさんは私の背後に立ち、両肩にソッと手を置いて来た。 「では、次の暗示に移るので、まずはマナさんの催眠を解除しますね。はい、三つ数えると目を覚ましますよ。三、二、一、はい」  そんな言葉と同時に両肩をポンッと軽く叩かれると、ゆったりと宙を漂っていた意識が高速で戻ってくる。  突然意識が覚醒したかのような感覚に驚いていると、akiさんは私の元を離れて隣同士で座っているノゾミとカリンの方に歩み寄り、口を開いた。 「では、次の暗示に行きましょう。次は人の感情を操作する催眠術です。この暗示は初対面の相手だと中々掛からないのですが、プリマリの皆さんは被暗示性がとても高い為、もしかしたら暗示を掛けることが可能であるかもしれません。マナさんに関しては、最初の暗示の段階でもすでに心に影響は出ていましたしね」 「……あの、その話はやめて下さい」  淡々と語るakiさんの言葉に、私は熱くなる頬を隠すように口元に手を当てながらそう口を挟む。  すると彼女はクスクスと笑いながら「すみません」と謝罪し、すぐさまノゾミとカリンの方に視線を戻した。 「という訳で、今からノゾミさんとカリンさんに、催眠術を掛けていこうと思います」  akiさんはそう言って、椅子に座り込んで虚空を見つめているノゾミとカリンを両手で示す。  彼女の言葉に二人が答えることは無く、相変わらず椅子に座った姿勢のまま、ぼんやりと虚空を眺めていた。  私以外の二人に、感情を操る催眠術……? 一体どんな暗示を入れるのだろうか? 「では、ノゾミさん。カリンさん。お互いに見つめ合って下さい」  akiさんの言葉に、二人は焦点の合っていない目でお互いを見つめ合う。 「今から僕が三つ数えて目を覚ますと、今目の前にいる人が、貴方にとって世界で一番大切な人になります。まるで初恋の人のように、なぜだかとても愛おしくて仕方がなくなります。はい、一つ、二つ、三つ」  パチンッと指を鳴らされると、二人の瞳に光が宿る。  徐々に視線に焦点が戻り、その顔に感情が戻っていく中で最初に反応したのは……── 「ッ……!? へぁッ……!?」  カァァッと耳まで顔を赤くしながら素っ頓狂な声を上げる、カリンだった。  それに対し、ノゾミはキョトンとどこか不思議そうな笑顔を浮かべたまま、カリンの顔をジッと見つめている。  akiさんはそんな二人の様子を見て、「おや?」と声を上げた。 「もしかして、ノゾミさんは上手く暗示が入りませんでしたか?」 「ん? 違うと思うよ~? カリンちゃん可愛いね」 「かわッ……!? ノゾミ何言ってッ……」  笑顔を浮かべたまま平然と言うノゾミに対して、カリンは熟れた林檎のように赤くなった顔を背けながら声を洩らす。  すると、ノゾミはカリンの頬に手を当てて自分の方に向けさせながら「え~逃げないでよ~」と笑った。 「なんかカリンちゃんが可愛くて可愛くて仕方がないんだぁ。ね、カリンちゃんの可愛い顔、もっとよく見せてよ」 「ぅえあッ、やッ、そんなッ、まッ、待って……」  どこか不敵な笑みを浮かべて言うノゾミに対して、カリンは情けない声を洩らしながら、後ずさるような動作で距離を取ろうとする。  しかし、彼女にも好きな人の傍にいたいという感情はあるのか、どこか拒絶し切れていない様子だ。  そんなカリンの様子に、ノゾミが上目遣いで「……だめ?」と聞き返すものだから、彼女は「うぐッ」と小さく声を詰まらせた。 「や、そんな……ダメとかじゃ……」 「じゃあ、こうしてカリンちゃんのこと、見てても良いよね?」 「ぅぁ……ぅ……ん……」  ノゾミの言葉に、カリンはその顔を真っ赤に染め上げたまま、小さく一度頷いた。  それに、私は思わず「カリンが乙女だ……」と声を洩らしてしまう。  プリマリのクール担当とも言われている彼女に、まさかこんな一面があっただなんて……。  思わず驚いていると、akiさんがチラッとこちらを見てきた。 「おや? カリンさんの様子は予想外でしたか? 僕は、ノゾミさんも思いのほかグイグイいくなと思いましたが」 「えっ? あ~……前に、ノゾミは恋愛に関しては、割と自分からグイグイいく方だと、聞いたことがあったので……!」 「あぁ、なるほど。恋バナしてたんですね」  私の言葉に、akiさんはクスクスと楽しげな笑みを浮かべながらそう言うとカリンの近くに歩み寄り、続けた。 「では、これから僕がカリンさんの肩に触れると、カリンさんの気持ちから恥ずかしいとか照れるとか、そういう気持ちが一切無くなります。僕の手がカリンさんの心のブレーキを壊すので、自分の気持ちに素直になれますよ。はい、三、二、一」  akiさんがそう言ってカリンの肩に触れると、恥ずかしそうにノゾミと見つめ合っていたカリンの体がビクリと震え、彼女の目つきが微かに変わる。  かと思えば、カリンは「ノゾミっ……!」と名前を呼びながらノゾミに抱きついた。 「おわッ、カリンちゃん……!?」 「ノゾミ、好き、好きなのっ……! 世界で一番大好きっ! 愛してるわ、ノゾミっ!」 「んっ! えへへっ、私もカリンちゃんのこと大好き! 世界で一番愛してるよ~っ!」  甘い声で甘えるカリンの言葉に、ノゾミは明るい声でそう言いながら彼女の体を抱き締め返す。  それから二人がひとしきり愛を囁き合った後でようやくakiさんが催眠術を解除すると、特に変わらない態度で抱き締め続けようとするノゾミに対して、これまた羞恥心で顔を真っ赤にしたカリンがソッと無言で体を離すのだった。  それからも幾つかの暗示を経験して、私達の羞恥心が煽られつつも特に大きな問題が起きることも無く、無事撮影は終了した。 --- 「や~! 楽しかったねぇ~!」  撮影が終わってメイクを落とし、撮影用の衣装から私服に着替えて帰り支度を進めていると、ノゾミがそんなことを言ってきた。  それに同意しようとする私の言葉を遮るように、カリンが「どこがよ」と不満げに言った。 「変な暗示を掛けられて、カメラの前であんな、醜態晒して……散々な撮影だったわ」  彼女は眉間にシワを寄せてそう言いながら、人差し指と中指を使って黒縁メガネの位置を正す。  国民的人気アイドル……とまではいかないが、テレビやネットで顔を出して活動しておりそれなりの知名度がある私達は、外に出る時はマスクと変装用のメガネが欠かせない。  しかし、度の入っていない伊達メガネを使っている私やノゾミと違って、カリンは元々掛けていた自前のメガネだ。  アイドルとしてのカリンはクールビューティーな印象だが、化粧を落として衣装も着替えてコンタクトレンズを外した彼女の姿は、まるで漫画に出てくる真面目な学級委員長を具現化したかのようだ。  黒く艶やかな長髪を頭の低い位置で一つ結びにしているのも、その真面目さに拍車を掛けているような気がする。 「え~? そう? あの時のカリンちゃん可愛かったよ? あとさ、シュータイ……って、何? シューマイの親戚?」  そんなカリンの言葉に、ノゾミは自分の顎に指を当てながらそんなことをぼやく。  色素の薄い茶色のフワフワした髪を頭の低い位置で二つ結びにしたノゾミは、この中では一番オンとオフの差が少ない部類だろう。  伊達メガネとマスクの変装も、ほとんど意味を成していないのではないかと思ってしまう。  アイドルとしての芸名も彼女に関してはほとんど本名だと言うし、人一倍気を配って欲しいものだと思うが……。 「はぁ……もうそれで良いわよ。……っていうか、時間大丈夫なの? 今日、その……デートとか言っていたわよね?」  呆れた様子で聞き返すカリンの言葉に、ノゾミは「ん~……?」と言いながら壁に掛かった時計を確認し、すぐにニパッと明るい笑みを浮かべながら「大丈夫っ!」と答えた。 「ちゃんと余裕持ってスケジュール組んでるから! 心配してくれるなんてカリンちゃんやっさし~」 「はいはい、どういたしまして。仕事のせいでコウくんと破局なんてされたら、こっちも目覚めが悪いだけよ」 「ん? あぁ! 今日はコウくんじゃなくてあっくんなんだっ」 「はぁッ?」 「あっくん……?」  聞き慣れない名前に、素っ頓狂な声を上げるカリンに続くように思わず口を開いてしまった。  そう。ノゾミには彼氏がいる。……私が把握しているだけで、三人。  いや、アックンを含めたら四人目か。  ……まぁ、小柄でふわふわした彼女の容姿は男性受けしやすそうだと思うし、モテるのは納得だが……だとしても、もっとこう、節操というものが無いのか。  アイドルとは言え人間なのだし、最近では結婚するアイドルも増えてきているので今更恋愛するなとは言わないが……それでも限度があるだろうに。  そんな風に呆れつつ、私は手に持ったスマホの画面に視線を落とした。 『今日も撮影お疲れ様!  外が暗くて危ないから気を付けてね  明日の約束、楽しみにしてるよ』  画面に表示されたメッセージに、私は静かに頬を緩ませる。  ……マンションの隣に住んでいて、物心ついた時からずっと一緒にいた、幼馴染のユウ君。  二つ上の彼とはアイドルになるよりも前から付き合っており、アイドルとしての活動を始めてからも、こうして交際を続けている。  私がアイドルを目指そうと思ったのも、小さい頃にユウ君が「まなちゃんは可愛いからアイドルのフリフリの服が似合う」って、褒めてくれたからだったっけ。  それで、テレビの向こうで踊るアイドルの子達みたいに、可愛い洋服を着て歌って踊る姿をユウ君に見せたいと思って……──。 「ん~? マナちゃん、何だか顔がゆるゆるですねぇ~?」 「わッ!?」  昔の記憶に思いを馳せていた時、いつの間にか近くに来ていたノゾミに顔を覗き込まれ、私は思わず声を上げて肩を震わせる。  その際にスマホを取り落としそうになったので慌ててキャッチしていると、そんな私の様子を見たノゾミがニマニマと頬を緩めながら口を開いた。 「どうしたの~? もしかして、彼くんと何かあった?」 「そ、そんなんじゃないから……! 別に、何も無いから!」 「今更私達に隠しても意味無いんだから、正直に言えば良いじゃない」 「カリンまで!?」  プルルルル。  呆れたように言うカリンの言葉に思わず反論しようと声を上げた時、私の手に持ったスマホの着信音が鳴った。  画面を表示すると、見たことない番号だった。 「何この番号……」  知らない番号だし、出ない方が良い。  そう思っていたのに、何となく出なければならないような気持ちがして、気付けば私は応答ボタンを押して、スマホを耳に当てていた。 「……もしもし? 誰ですか?」 『催眠アイドルプリマリ』 「えっ? あっ……」  スマホの受話口から告げられた単語に、途端に私の思考は制止する。  体から力が抜けてスマホを取り落としそうになるが、このスマホが無ければ指示を聞くことが出来ないという気持ちから、すんでのところでスマホを持つ手に力を込めた。  すると、受話口から続けて『スピーカーにしなさい』という命令が聴こえたので、私は言われた通りにスマホを操作してスピーカーにした。 「マナちゃん? 電話誰だったの?」 「えっ? スピーカー? どうして?」  そんな私の行動に、ノゾミとカリンがそんな風に聞き返しながら私の近くに歩み寄ってくる。  すると、受話口からまた『催眠アイドルプリマリ』と告げられ、二人の瞳からも光が失せて催眠状態へと落ちる。 『……あぁ、三人ともすぐ近くにいたんだね。良かったよ。今、皆はどこにいるのかな?』 「はい……私達は、今、控室にいて……もうすぐ、帰る所です」 『なるほど……じゃあ、今すぐスタジオの地下駐車場まで来てよ。待っているからね』  電話の主はそれだけ告げると、プツッと通話を切った。  それに、私達はすぐさま緩慢な動作で荷物を纏めると、電話の指示に従うべく控室を後にした。 「……あぁ、待っていたよ。こっちこっち」  控室を出て、指示通りにスタジオの地下駐車場へと向かうと、一台の車の傍に立っていた人影がそんな風に呼び掛けて手を振って来た。  声がした方に向かうと、そこにはakiさんがいた。 「へぇ、君達ってオフだとそんな感じなんだね。……さて、それじゃあ時間も惜しいし、車に乗ってくれるかい? そうだね……カリンちゃんとノゾミちゃんは後ろの席に乗って、マナちゃんは助手席で」 「「「かしこまりました……」」」  akiさんの指示に、私達の返事が丁度重なる。  カリンとノゾミは言われた通りに後ろの席に乗り、私は助手席へと腰を下ろした。  すると、akiさんが運転席に乗り、車のエンジンを掛けた。 「大丈夫、この車はスモークガラスだから、外からは見えないからね。安心して良いよ」  akiさんはそう言いながらシートベルトを装着し、車のエンジンを掛ける。  私が乗った時にはすでに車のシートが後ろに倒されており、背凭れに背中を預けてゆったりとリラックスできる状態が用意されていた。  ……ラジオだろうか? 車のスピーカーからプリマリの曲のイントロが流れてくるのを聞き流しつつ、私は車のシートに身を委ねたまま、助手席の窓から見える景色がゆっくりと後方へと流れ始めるのを見つめているのであった。  車で移動している間、akiさんが何かを話していたような気がするが、その内容は空虚になった私の脳内を通り抜けていくようだった。  曰く、この仕事のおかげでテレビの著名人やネットで有名な活動者に近付くことが出来て、様々な業界とのコネクションを作ることが出来るだとか。  曰く、催眠術を使えば君達のようなアイドルやタレントを懐柔して食べ放題だとか。  曰く、それでも君達のように被暗示性が高い子は滅多にいないので、どうやって調理しようか今から楽しみだとか。  そう言ったことを話していたような気はするが、次の瞬間には私の頭からそれらは全てすっぽ抜けてしまい、内容の理解までには及ばなかった。  車の揺れに身を委ねながら窓の外を眺めていること、大体……十数分程度は経っただろうか。  そうして辿り着いたのは、町の中にあるタワーマンションだった。  マンションの立体駐車場に車を停めた後、下車した私達はakiさんに連れられて彼女の部屋へと向かった。  高階層にある彼女の部屋は白のインテリアで統一された清潔感の溢れる空間となっており、大きな窓からは暗闇の中にビルの光が点々とした夜景を見下ろすことが出来た。 「さて、それじゃあ……『催眠アイドルプリマリ』」 「あっ……」  部屋のソファの上に鞄を置きながら放たれた言葉に、ただでさえ陶然とした浮遊感に身を委ねていた私の意識は、瞬く間に白濁とした海の底へと沈められる。  突然深い催眠状態へと引きずり込まれたことで思わず脱力してしまうが、姿勢が崩れそうになったところでakiさんが支えてくれて、そのまま手近なソファに座らせて貰った。 「本当に、君は特に被暗示性が高いね。……他の二人もソファに座って良いよ」 「はい……」 「かしこまりました……」  私の体をソファの背凭れに預けながら続けたakiさんの言葉に、ノゾミとカリンは抑揚の無い重たい声でそう答えると、ふらふらとした緩慢な動きでソファに腰掛けた。  脱力した私を挟むようにして二人が座ったのを確認したakiさんは、ソッと私の体から手を離すと数歩程度後ずさり、並んでソファに座っている私達を見て満足げに頷いた。 「よし。じゃあ……三人とも、またこうして、深い催眠状態に戻ってくることが出来ましたね。またこの心地良い世界へと戻ってくることが出来て嬉しいですね?」 「はい……嬉しいです……」  akiさんの問い掛けに、私はほとんど無意識的にそう答えていた。  他の二人も、それに続けるようにそれぞれが賛同の言葉を口にする。  その様子を見たakiさんは小さく笑みを浮かべると、軽く両手を広げながら続けた。 「ここにいれば、貴方達は何も考えなくて良い。心の底から安心して、ただ聴こえてくる声に身を委ねていれば良いのです。ホラ、心の底から安心して、段々笑顔になってきますね。嬉しい、幸せ……もっとこの心地良さに浸っていたい。そんな多幸感が溢れ出してきます」  何も考えなくて良い……ただ、この声に従っていれば、それでいい……。  頭がふわふわして、蕩けて……気持ちいい……幸せ……。  半開きになり、涎が垂れる口が自然と綻ぶのを感じる。  気持ちいい、幸せ……もっと、ここにいたい……安心する……。 「……立ちなさい」  声がして、私達はソファから立ち上がる。 「ここには貴方達を脅かす物は何もありません。だから安心して、身も心も全て曝け出しましょう。今貴方達が身に付けている衣服も全て脱ぎ捨てて、ありのままの姿を見せるのです」 「「「はい、かしこまりました」」」  声に従い、私達は身に付けていた衣服に手を掛ける。  私は変装の意を込めてあまり目立たない色のシンプルな服装であった為、比較的服を脱ぐのに時間は掛からなかった。  オンとオフの差が激しくプライベートで気付かれることがほとんどないカリンは、今日は学校から直接来た為にブレザーの制服を身に付けており、ネクタイに指を掛けてゆっくりと解き始める。  撮影の後にデートの約束があったノゾミは淡い色合いのオシャレな服装でアクセサリーも多く、脱ぐのに少し手間取っている様子であった。  なので、二人よりも早く脱衣を終えた私はノゾミが服を脱ぐのを手伝い、無事に三人とも服を脱ぎ終えた。 「ご苦労様。さて、それじゃあ何か……学生証とか持ってるかな? それか何か身元が分かるような、身分証明書とか。あれば、ちょっと出してよ」  akiさんの言葉に従い、私達は床に置いていた鞄からそれぞれ財布や専用のホルダー等を取り出し、言われた通りにそう言った身分証となるものを取り出す。  私達は全員学生であった為、それぞれ自分の学生証を取り出し、akiさんに差し出す。  しかし、akiさんは「あぁいや、別に渡さなくて良いから。じゃあそれを胸の所で持ってそこに立ってよ。ちゃんとこっちに見えるようにね」と言ってくるので、私達は言われた通りに胸の前で学生証を持ってその場に直立した。 「うんうん。へぇ、三人ともちゃんと学生なのか。撮影の時も思ったけど、君達って裏表がほとんどないよね。……じゃあ、ノゾミちゃんから、自分の名前と年齢と……そうだね。学年も言って貰おうか。それから、自分がどんな状態なのか教えてくれるかい?」  あっ、名前は勿論本名ね。と、akiさんは笑顔で言いながら一人掛けのソファに腰を下ろす。  それから、いつの間にか手近なテーブルの上に三脚でセッティングしていたスマホのカメラをこちらに向け、ピロン♪ と軽やかな音を立てて録画を開始した。  彼女の言葉に、ノゾミは「はい」と小さく答えると、学生証を持ち直して口を開いた。 「私の名前は、佐原 望。十七歳。高校二年生です。私は、akiさんに催眠術を掛けて貰い、催眠状態になっています」 「うんうん。ノゾミちゃんは本名のままなんだねぇ。じゃあ次、カリンちゃん」  笑顔で相槌を打ったakiさんは、そう言って私を挟んだ逆側に立つカリンを指名する。  それに、カリンは「はい」と頷いて口を開いた。 「私の名前は、山下 香純。十五歳。中学三年生です。ノゾミと同じくakiさんに催眠術を掛けて貰い、催眠状態となっております」 「カリンちゃんは逆に、本名とは全然違う芸名なんだね。しかも中学生。ファンの間ではカリンちゃんが最年長だと思っている人も多いのに……へぇ~、意外だ。とりあえず……ややこしいから、ここでは君の本名は如月カリンだ。良いね?」 「はい。私の名前は、如月カリンです」  抑揚の無い声で言うカリンの言葉に、akiさんは満足げな笑みを浮かべてうんうんと頷くと、真ん中に立つ私に視線を向けて「じゃあ最後に、マナちゃん」と指名してくる。  なので、私は学生証を彼女によく見えるように持ち直して「はい」と答えた。 「私の名前は、鈴木 愛美。十六歳、高校一年生です。二人と同じく、akiさんに催眠術を掛けて貰い、催眠状態になっています。とても気持ちいいです」 「ははは、ありがとうマナちゃん。なるほど、マナちゃんは本名からもじって芸名を付けた感じか。なるほどねぇ……」  足を組み、頬杖をつきながらうんうんと頷きながらそう言ったakiさんは、自分の顎に手を当てながらしばし考え込むような間を置いた。  数秒程考えた後、彼女はスマホの録画を停止し、私に視線を向けて口を開いた。 「それじゃあ、マナちゃんはこっちに来てくれるかい?」 「はい。かしこまりました」  akiさんの言葉に従い、私は言われるがままに彼女の元に歩み寄った。  するとakiさんは私の手から学生証を取ってテーブルの上に置き、続けて口を開いた。 「じゃあ、マナちゃんはそこに立って、二人のことを見ていてね」 「はい。かしこまりました」 「それじゃあ、ノゾミちゃんとカリンちゃん。学生証はもう適当にその辺に置いといて良いから、二人で向かい合うように立ちなさい」 「はい」 「かしこまりました」  akiさんの命令にノゾミとカリンは頷くと、学生証を床に落としてそのまま向かい合った。  その様子を見たakiさんは小さく笑みを浮かべ、続けた。 「それじゃあ、二人共。今日の昼間、僕が二人に掛けた暗示を覚えているかな?」 「昼間の……あんじ……?」 「僕が合図をすると、今目の前にいる人が、世界一大切な最愛の人になるという暗示さ。まずは、その時の気持ちを思い出してみようか。僕が三つ数えて手を叩くと、あの時の気持ちを思い出すよ。はい、一つ、二つ、三つ」  パンッと手を叩く乾いた音がした瞬間、ノゾミとカリンの目に光が宿る。  途端、カリンの顔は耳まで真っ赤に染まり、ノゾミはどこか愛おしむような笑みを浮かべながらカリンを見つめる。 「これから僕が手を叩く度に、君達が相手に抱いている愛おしいという感情がどんどん膨らんでいくよ。感情が大きくなっていくと、恥ずかしいとか、照れ臭いとか、そう言った他の感情はどんどん薄れていって、相手に抱く恋慕の感情で頭の中がいっぱいになっていく。相手のこと以外は、全てがどうでもよくなっていくよ」  akiさんはそう言うと、パンッと一度手を叩いた。  すると、カリンはピクリと微かに肩を震わせ、ノゾミは微かに潤んだ瞳で見つめ返す。  パンッ、パンッ、パンッ……。  有無を言わさず、akiさんは続けて何度も手を叩く。  渇いた音が室内に響く度、カリンの表情は緩み、ノゾミの瞳には熱が帯びていく。 「更に僕が手を叩くと、段々君達は相手に欲情するようになる。彼女の顔、彼女の瞳、彼女の声、髪、肌、仕草、表情……彼女の全てに興奮し、欲しくて欲しくてたまらなくなる。……勿論、相手を愛する気持ちも、同時に大きくなっていくからね」  akiさんはそう言うと、また手を叩き始める。  最初はゆったりとした一定のテンポを刻んでいたが、次第に手を叩く間隔は縮んでいき、ついにはほとんど拍手のようになっていた。  もう何度手を叩いたか分からないぐらい拍手をした頃には、カリンもノゾミも荒い呼吸を繰り返しながら熱く血走った目で相手を見つめており、その秘所は二人とも透明の液体でぐっしょりと濡れていた。  ひとしきり拍手して満足したのか、akiさんはふと手を止めると二人の様子を一瞥して小さく笑みを浮かべ、続けて口を開いた。 「さぁ、もう我慢しなくても良い。この場に君達の邪魔をする者は誰もいない。恥も外聞も何もかも捨てて、心ゆくまで愛する人と交わると良いよ」 「ッ……ノゾミッ!♡」 「カリンちゃんッ……!♡ んッ♡」  akiさんの言葉が終わるや否や、二人は熱気を帯びた声でお互いの名前を呼び合いながら体を密着させて唇を重ね合い、その勢いのままにノゾミはカリンの体を近くのソファの上に押し倒した。  唇を触れ合わせる口付けなど一瞬のこと。二人は溢れ出る劣情に身を委ねるかの如く舌を交わらせ、片方の手の指と指を絡み合わせた恋人繋ぎをし、もう片方の手で相手の乳首や秘所を愛撫する。  息継ぎの為に唇が離れる度、甘く熱を帯びた呼吸と共に漏れ出るのはお互いの名前のみで、すぐさま深く濃厚な接吻を再開する。  室内に淫靡な水音が響くのを聴きながらその光景を眺めていると、「マナちゃん」とakiさんに名前を呼ばれるので、私はすぐさま振り返って視線を向けた。  そこには、一人掛けソファに座って頬杖をつきながらこちらを見上げているakiさんがいた。 「それじゃあ、マナちゃんは……そうだな。とりあえず僕のズボンと下着を脱がせてくれるかい?」 「はい。かしこまりました」  akiさんの言葉に頷いた私は、すぐさま彼女の前に跪くと、目の前にある黒いズボンのベルトに手を掛けた。  人の服を脱がせる経験なんて無かったのでぎこちなくなってしまったが、カチャカチャと金属音を響かせながら何とかベルトのバックルを外し、その下にあるショーツごとズボンを脱がせることが出来る。  akiさんの足をズボンとショーツから引き抜けば、あっという間に彼女の下半身は靴下で隠された足先以外は真っ裸となり、顔を上げると目の前には黒い陰毛に覆われた女性器が露わになる。 「ありがとう、マナちゃん。じゃあ、“ソレ”舐めてご奉仕してくれよ」 「はい。かしこまりました」  私は一度頷くと、床の上で正座するような姿勢で体を前傾させ、彼女の股間部に顔を埋めて愛撫を開始する。  細く引き締まった太ももで頭が挟まれる中、黒い毛を掻き分けて最奥にある女性器に舌を這わせると、蜜壺から何やら液体が滲み出てくるのが分かった。  その液体を舐め取ってみると、酸っぱいような、少し苦いような……何とも形容し難い不思議な味が私の味覚を刺激する。  とは言え、それがakiさんへの奉仕を辞める理由にはならないので、私は彼女の太ももを持って姿勢を支えながら懸命に舌を這わせて女性器を愛撫していく。 「んッ……ふふ、良いよ、マナちゃんっ……凄く、気持ちが良いよ……ッ……」  すると、akiさんは微かに上ずった声でそう言いながら、一生懸命奉仕する私の頭を撫でてくれる。  良かった。どうやら、ちゃんと言われた通りに出来ているようだ。  与えられた命令を遂行出来ている幸福感に気持ちを昂らせながらも、少しでもakiさんが気持ちよくなれるようにと、私は懸命に彼女の女性器に舌を這わせた。 「ッ……良いね。ところで、舐めるのは辞めずに、そのまま聞いて、欲しいんだけど……明日は週末だが、君達の予定は、どうなんだい? 撮影とか、レッスンとか……何か仕事が入っていたり、するのかな?」 「ぴちゃッ……んっ……いえ、明日は丁度、一日オフです……ちゅッ……ぴちゃ……れろ……んちゅッ……」 「へぇ、そうなんだ。じゃあ、今日は気兼ねなく、君達で遊ぶことが出来そうだね。んッ……マナちゃん、それぐらいにしようか」  akiさんに言われて、私は彼女の女性器を舐めるのを辞めると、ゆっくりと顔を上げた。  すると、ソファに腰掛けたまま笑顔でこちらを見下ろす彼女の顔があり、私はそのまま動きを止める。  それに、akiさんはクスリと小さく笑みを零しながら私の頬を撫でて、続けた。 「君の顔はとても僕好みでね。初めて見た時から、ずっとこうして君で遊びたいと思っていたんだよ。」  akiさんはそう言いながら私の顎に手を添え、クイッと軽く顔を上げさせる。  こちらを見下ろされるような形で見つめ合っていると、彼女は慈愛に満ちた微笑を崩さないまま、口を開いた。 「……マナちゃん。今から指を鳴らすと、君は僕の恋人になる。何年も前から付き合っていて、僕のことが好きで好きで堪らない恋人になるんだ」  優しい口調で告げられたその言葉に、微かに自分の肩が強張るのを感じる。  同時に、私の脳裏には一人の男性の姿が浮かんだ。  ……ユウ君。  物心ついた時からずっと一緒にいて、私がアイドルを目指すきっかけをくれた、誰よりも大切な私の──。  パチンッ。 「──ッぁ……♡ akiさん♡ 好き♡ 大好き♡ あきさん♡ ね♡ ちゅーしよ♡ いっぱいいちゃいちゃしよ♡」 「ふふ。勿論だよ、マナちゃん。ホラ、こっちに来て?」  akiさんはその綺麗な顔を綻ばせながらそう言うと、私の体を軽く引き寄せ、向かい合うような体勢で膝の上に座らせてくれる。  私が膝の上に座るや否や、彼女はすぐに私の体を抱き寄せて唇にキスをしてくれたので、私は目を瞑って彼女からの接吻を受け入れた。  好き♡ akiさん、好き♡  密着した体の間に挟まる形となった両手を動かし、彼女の腰に両手を回した私は、そのまま啄むような口付けを繰り返す。  まだ足りない……♡ もっと、もっと、彼女が欲しい……♡  幸いにも明日は一日オフなので、時間はたっぷりある……♡  まだまだ夜はこれからだと伝えるかのように、私は彼女の腰を抱く力を強めて、自分から舌を差し出してより深い交わりを求めるのだった。


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