XaiJu
イチゲン
イチゲン

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犬にされた騎士

 何も思い出せなくなっていた。  自分が何者なのか、いったいどうして行動をしていたのか。  胸に燃やしていた使命感。脳に溜めていた人生の歩みさえも。  かろうじて、かろうじてだが思い出せるものは、最近のもの。  つい先程までに、悪行を働く魔女を討伐戦と武器を――そうだ、剣を握っていた。  掛け声をあげ、踏み込み古式ゆかしい魔女の帽子をかぶった女に、剣をおろした。  何かを叫び全力の一撃を放ったつもりだったが、それは、するりと回避されていた。  男を惑わす美女。そんな言葉がピッタリ当てはまる魔性の女が、血のような紅を塗った艷やかな唇を不満そうに尖らせる。民や国をいたずらに傷つける悪しき存在に魅了はされなかったが、仲間たちはそうもいかず、骨抜きにされた上に戦意喪失。魔女に忠誠を誓っても不思議ではない状況に陥るものが過半数にのぼった。  首筋にぞわっとしたものを覚えた。  指先が、つぅー、っと這ったのだ。  防具に守られていない首筋を、そうっと撫でた。  途端に、猛烈な呪いの影響で、肉体は不気味な変化を遂げていった。  指がみるみるうちに脱力し、ものを掴むという役割を果たせなくなる。  体から過剰に毛が生える。みすぼらしい、薄茶色の動物の毛並みだった。  周りと比較し、頭ひとつ抜けていた長身が膝をつき、縮まっていくのだ。  鎧や武器が彼の肉体からすり抜けるように、身体は四つ足の獣へと変わり始めた。  しなやかに力強い筋肉は、動物的な力強さへと変わり、彼の手足は先が尖った鋭い爪に変わった。その顔はもはや人間のそれではなく、鼻先から口元へ伸びる顎は顔全体を覆い、耳は尖って伸び、鋭く動かして外界の音を察知していた。そして、その身体には毛が生えきると、茶色と黒の模様が彩りを添える。  叫びをあげ悶え、手甲や脛当てを衣服を自らの四肢で投げ打つ。  もはや拳をつくれない四足歩行で、毛と肉球のある前足と後ろ足が空を切る。  いやな女の笑い声が耳朶を打ち、熱湯を注がれるかのような苦痛にのたうった。  声が意味を失い。やがて人のものでなくなり、ワンッ、ワンッ、と吠えだした。  激痛に襲われながら、徐々に動物的な本能に支配されていった。彼の尾は鎧の下に巻かれたままで、体は四つ足になって地面に立っていた。  足で起き上がり、剣を握ろうと柄を握りしめたはずなのに。  前足を柄に乗せ、磨かれた剣の平に映る我が肉体に驚愕。息を呑む。  体があつくなると、自然と舌を口からのぞかせる。野良犬。どこかの雑種犬。  それが今の自分の姿なのだと、受け入れ難い。脳が萎縮したのか、記憶も朧気だ。  息を荒くし、深呼吸を繰り返すと、戦士としての自我を失い、犬としての本能が彼を支配し始めた。  魔女が奪い取った領地にいるはず。  首を左右に見渡しても荷車や建物が映るものの、どこかわからない。  犬になろうとも使命を果たそうとしたのか、黒いローブ姿の魔女に飛びかかり前足を伸ばした。自分の中では拳で殴りかかったつもりでも、唸りをあげ、嗚咽のような吠えをあげながら仕掛けた。  ガウゥゥ――! その姿は、不気味で迫力があった。  自分自身が獣に変わり果てたことへの悲しみ。  怒りが込められていたが、頭に手が触れるなり、抵抗する力が失せる。 「落ち着いて。もう自分がだれかも、何をしていたのかも、思い出せないのに戦うなんて無意味だと思わない?」  言われるがまま。  怒り、憎しみ、哀しみを抱えながらも、魔女の前にかしずいてしまう。  興奮した犬が飼い主になだめられている。まるっきりそうであった。 「あなたは人間でも騎士でもないの。その辺を歩き回って、餌を強請る犬なのよ?」  頭を撫でられる。いやみったらしく耳をつままれるが抵抗の意思さえ剥ぎ取られた。 「あなた凄かったわよ? 魔法の心得もないのに、初めて私の魅了を打ち破った。騎士道や忠誠心の為せる技なのかもしれないけど、もう忠誠を誓う相手も、騎士の心得も、思い出せないでしょう」  言われ、はたと気づいた。  どれだけ思い起こそうとしても、騎士の洗礼を受けた日、拝謁した王の顔に、自分の仲間たちの姿さえ思い返せない。 「頭が犬になってるから、もう昔のことなんて覚えきれないのよ。でも、感情はちゃあんと残してあげたから、喜びなさいな」  なんて残酷な仕打ちなのか。  朧気な記憶を抱えたまま、人間であった頃の感情だけを残される。  いっそ忘れてしまえば犬に成り切れただろう。魔女はそれを許さない。  自分の魅了の魔法を打ち破られた。それが気に入らないのだろうと悟った。 「ペットにしてあげるから、せいぜい私の機嫌をとってちょうだい。ほら、尻尾を振ってみせて」  パタパタと、命じられるがままに尻尾が動く。  国家に仇をなす怨敵を前に、四つん這いで尻を振っている。  恥辱に唸り声をあげるが、魔女はますます上機嫌になった。  少女が面白いものを見つけたとばかりに、華やかな笑みだった。 「あんなに頑張って、私に駆け寄ってきたのに。こんなに可愛い犬になっちゃったわね?」  顎下を撫でられる。あやしい視線に見下されながら、口を半開きにしていた。  首筋に触れられているのが心地よい。誘惑を振り払おうと、尻尾の動きを止め首を振ってみせたが、むずがっている犬の仕草にしかならなかった。 「呪いで完全に躾けてあげてもいいけれど、もう逃げられないものね。あきらめなさい」  変貌を遂げながらも、倒すべき若い魔女を睨みつけ顔に皺をつくった。  喉を唸らせ威嚇するのは屈辱であるが、すべて魔女のせいだと心に思う。 「まだ抵抗の意思があるなんて、さすがね。鞭で打ってみましょうか?」  犬の表情は醜く歪んでおり、何か恐ろしいものが宿っているように見えた。  原始的な怒り。自分を害されたとき、命の危険を感じたときに生じるものだ。  若い魔女は、それを嗅ぎ分けると、下品な笑い声を漏らし、その手で彼の毛並みを撫でた。 「ヒィッハッハッハッ」  口が異様なくらい、つりあがり目が尖りだした。  しかし、それも笑いとともに収まり、美貌を取り戻す。  若い姿をしている魔女の、本性を垣間見た瞬間だった。  犬の姿ながら、その内側に潜む魔障に怖気づく。人間のままであれば固唾を呑んでいた頃だ。 「私を倒したいなら、やってごらんなさい」  彼はそれを理解していたが、何もできずにうなずいただけだった。  魔女は彼の頭を撫でると、彼を見下ろした。  瞬間――飛びつくように噛みつこうとして、しかし力が入らず、たちまち腰を抜かし、地面に伏せてしまった。 「フフ、ヒィフッフッ……なんてザマなの。これが、騎士の成れの果てなんてねぇ」  魔女は彼を見て、下衆な笑いを漏らした。彼は自分がいかに弱く、獣になったことがいかに自分自身を、損なわれてしまったのかを噛み締めた。  自分で抗う気力を失ってしまっていた。犬のように嗅覚が敏感になり、自分自身を支配していた悲しみと怒りが、犬の本能と混ざり合って、彼を自分自身としての存在を忘れさせていた。 「ねえ、何が思い出せる?」  問いかけられても、何もわからない。  自分が魔女を倒すためにここへきたこと、自分が人間であったこと。  騎士として国に仕え、討伐隊を編成しここまで、やってきたことだけ。 「人間だった夢でも見ているのかしら。かわいそうな野良犬。拾ってあげるから、安心してね」  違う、犬じゃない、と叫びをあげるが、出てくるのは「ワンッ」の鳴き声だけだ。 「はいはい。ちょっと意地悪を言い過ぎたわね」  魔女は同情するかのように目の高さを合わせ、頭を何度も撫でてくる。毛が擦れる音が、鋭敏になった鼓膜に届いた。嗅覚が研ぎ澄まされていき、ひとを惑わす甘い芳香を感じ取った。 「あなたは騎士よ。仲間から人望があって、恋人もいて、忠義を尽くすための王がいた。でも今は何もないの」  仲間。恋人。王。  薄ぼんやりと人間の輪郭が頭に浮かぶ、いくら輪郭を並べても形にならない。  性別不詳で年齢不詳の人影だけが頭に出来あがり、だれなのかわからなかった。  たまらない感情が胸を焼き、頭が砕けんばかりの苦痛が走り、大口を開けていた。 「あぁ、思い出せなくって、つらいのね。それを見たいから、感情を残してあげているのだからね。しかも抵抗ができないのは、もっとつらいでしょうね」  いかに弱い存在に変わってしまったかに恐れ、悲嘆し、おのれを哀れんだ。  犬の姿ひとり哀しみに沈んでいた。 「捨てたりしないから、安心してね」  かえせ! かえせ! そういう意味を込め喉を震わせる。  意味は伝わっていた。でなければ、魔女がこんなに微笑むわけがない。頭を執拗に撫でて、背中にまで手を当ててくる。やがて背中に当てた手が尻尾にまで滑り、尻尾をつまむ。 「私が飽きなければの話だけど、それまでは餌もあげるし、お風呂にも入れてあげるわ。犬って、ノミやシラミが湧いちゃうものね」  やがて魔女が手招きをすれば、自然とその方角に足が動いてしまう。  国と王に忠誠を誓い日々を励んできた騎士。将来を約束した恋人がいて、ともに邁進する仲間たちがいたはずだ。  それが指のひとふりで消え去り、犬にされ思い出せなくなった。  彼女が奪った領主の館で飼われる、雑種犬に成り果ててしまった。 眼に怒り、哀しみが涙となって現れる。喉から犬とはおもえない断末魔のような呻き超えが、嗚咽さながらに溢れ落ちた。  それでも足は止まらない。  元に戻れず、魔女の後ろを従順に追っていた。 「あなたにお嫁さんを連れてきたわよ」  みすぼらしい。いや、汚らしい野良犬を撫でながら、魔女は言った。  ちからなく床に伏せていたところに、生臭いメス犬を連れてきたのだ。  耳を疑った。聞き間違いだろうと伏せたまま、後ろに少しずつ下がっていく。  逃げられないとわかっていても、いますぐ走り去ろうと、準備をしていた。 「あなた恋人がいたでしょう? でも犬になったら人間とは釣り合わないじゃない。だから、つりあいのとれるピッタリな。メス犬を連れてきてあげたの」  自分が犬に変えられている間に、どれだけ時間が経過したのか分からなかった。  どれだけ吠えても逆らえず、爪を立てようとしても出来ず、牙も役に立たなかった。  泥遊びをさせられたり、投げたボールを拾わされたり、仰向けになって鳴くよう指示されたり、さまざまな方法で辱められた。人間が決して口にしないような生ゴミさながらの餌を出された。何時間も骨をかじらされた。靴を投げられ、それを噛むよう言われもしていた。  どこまでも犬あつかいをして、風呂で執拗に体を洗浄されるなどもした。  しかし、彼は自分がこのまま犬として生きることを望んでいなかった。自分が本来の姿に戻ることができる可能性を求めていた。だから要らない、嫁なんて欲しくない。  心の焦り、怯えを感じ取ったのだろうか、魔女はいっそう喜んだ。  領主の館の暖炉が燃えて、部屋に独特の影をつくりあげていた。  そんな中。汚らしいメス犬は呆けていたが、歩み寄ってくる。  灰色にぶち模様。痩せこけた顔で近づき、何度も嗅がれていた。 「よかったじゃないの。あなたのこと、好きだってよ」  冗談じゃないと、身をよじり逃げ出す。  暖炉の炎が巻を舐めしゃぶる音が、パチリ、と聞こえた。 「だいじょうぶよ。この子は恥ずかしがってるだけ。あなたと違って、交尾したことないのよ」  魔女は、メス犬に向かって優しく微笑んでいた。  舌を出したメス犬は魔女の言葉を理解しているようで、一度だけ吠える。  経験のある、野良犬を連れてきたのだと魔女は確かにそう言った。屈辱を煽るためだけにだ。  いやだ! やめてくれ! そんなの、したくない!  必死に、人間の言葉ではなく犬の鳴き声で魔女に話しかけた。  魔女は笑いながら、彼に答えた。どこまでも暗い、よこしまな表情。 「あなたは、私の楽しみのためにここにいるの。言ってる意味がわかるわよね」  帰りを待ってくれているひとが……帰るべき場所があるんだ。  視線で訴える。しかし届かないのはわかっていたから、ドアをひっかき出す。  外に出たがった飼い犬がぐずっているのと、何ら変わらない様子だが構わない。  人間の頃ならば簡単に開いたドアだが、犬にとっては行く手を阻む壁と化していた。 「いいわよ。返してあげる。ふるさとの地名や、恋人の名前を言えたなら、いますぐにでも開放してあげるわ」  魔女はせせら笑う。犬が余計な心配をしている姿が、さぞや滑稽に思えたのだろう。  おもいだせない。おもいだせるわけがない。それなのに、無理難題を突きつけてきた。 「あら? どうしたの? 本当は恋人なんていないんじゃない?」  魔女は両手をあわせ、さも不思議そうに首を傾げた。残虐なやつだと心で罵る。  歯噛みしてにらみつけるも、犬にされた体は魔女の所有物。抵抗の意思さえも許されないのはとうの昔からわかっていた。彼女は連れてきた野良犬の雌を指差し、語る。 「犬がすることはね。食べること、寝ることに主人に媚びること」  一呼吸の間をおいて、言い放った。 「そして種族の繁栄以外に何もないのよ」  さあ、交尾なさい。と指示を放たれる。  魔女の言葉に逆らえず、メス犬に近づいていってしまう。  嗅ぎたくもない股間に鼻を寄せ、擦りつけての挨拶をする。  息を止め、目を閉じ、せめて直に感じないようにしていた。  恋人を嗅ぐような気持ち。胸や頭が火照って、情熱が湧いた。  ありえない。そんなバカなことがと目を見開き、口を半開きにした。 「ヒィッハッハッ……犬が犬に興奮するなんて、自然の摂理よ。あなたは元は人間だけど、いまはオス犬なんだから」  豪奢な内装をした領主の館。  絨毯の上で、飼い犬が種付けを強いられるのと同じように、メス犬の側に立つ。  股間がむくむくと充血していき、交尾の準備を整えていくことに、歯噛みした。  悔しくて、泣きたくなって、拒否の吠えが幾度となく喉を貫いていくが、無意味。 「そんなに興奮しなくっていいじゃない。妬けてきちゃうからね。さっさとまたがってあげなさい。レディを待たせるものじゃないわ」  彼女は、野良犬と彼を近づけ、彼に向かって笑いかけた。 「あなたの恋人は、彼女のなのだからね」  ただの犬として、どこからか連れてきた野良犬と交尾することを命じられた。  死すら生ぬるい屈辱行為。だが、逆らえず生臭い背中に前足をかけ、乗っかる。  勃起したものを、人間のものとは相容れぬ形状をしたものを、メス犬に挿入する。  期待を持っているのか、メス犬の呼吸が早まるのがわかる。ますます情けなかった。  魔女は側の椅子に腰掛け、テーブルの上にあったワイングラスを片手に見物していた。  その部屋の片隅で、自分が犬として交尾することになっていた野良犬と向き合った。 「さあ、元気な子犬を産んでもらうために、お婿さんの役割を果たすのよ」  自分がこんな状況に陥ってしまったことを悔やみ、涙を流した。  このまま犬の姿で生き続けることを考えただけで、恐怖を感じた。 犬でありながら涙を流せる。人間の頃の感情を持てる。ひどすぎる。  ぬちゅりとした感触。肉棒が挿入されていき、メス犬と結合していく。  感情や人間の心は嫌悪感に打ち震える。  犬の肉体はメス犬との交尾に、悦び動き出した。  前足を必死に背に押しつけ、身をすりつけ、抱きついていた。  へこへこと必死に、それはもう全力で、腰を振り出してしまう。  温かい肉体。やわらかい毛皮に潜む背骨の感触。痩せながらも野生で生きてきた力強い筋肉。犬の本能が刺激される、野生を生き抜いてきた活力に富んだメス犬の香り。  連結箇所から愛液が滲んでいた。腰を振るたび、肉棒のつけ根に違和感。  亀頭を撫でられるかのような感触がして、股間からも、人間でなくなったことを証明されたようで悔しかった。  心地よさに背筋が震えた。  熱が生じ、舌がまろびでた。  呼気が荒くなり、腰が速くなる。  涙がまた込み上げてきた。  尿道から飛び出す体液。精液ではない何か。  身をよじり、快感に打ち震える。後ろ足をりきませ、前足を萎縮させた。 「わざわざ経験豊富なメス犬を選んだ私の目に狂いはなかったみたいね」  魔女はワインを片手に、その交尾を見物していた。  やめさせてくれ、そう懇願する吠えに溜め息をつく。  魔女はワインを喉ごしらえに味わいながら、聞き入っていた。 「いい声。絶望と不安が押し寄せるような、聞き心地ち抜群の悲鳴よ」  彼女は満足げな笑みを浮かべ、メス犬に乗っかり、腰を振るという屈辱的な姿を眺めていた。 「これから父親になるというのに、どうしてそんなに嫌がっているの? あなたのこれからは、メス犬と子犬に囲まれた華やかなものになるのよ」  絶句し、だが腰を振っている自分に嫌気がさす。いっそ死にたかった。  彼女は犬となった騎士の悲惨な運命を楽しんでいた。同時に彼女自身も狂気的な面を露わにしていた。  どうしてこんなことになってしまったんだ、考えるがわからない。  たがために剣を振るってきたつもりだが、その果てに待ちかまえていたのは、恥辱。  メス犬と交尾をさせられ、魔女の娯楽として見物させられる。喜劇の主人公だった。 「嫌がったって無駄でしょう。気持ちいいんだもの、だんだんと頭の中も、心の中も犬になっていくわ」  ワイングラスを軽くゆすり、香りを楽しんで見せる。  彼女に従わなければ彼女の呪いから解放されることはできなかった。彼は自分が犬として交尾をすることに憎悪と嫌悪を感じ、同時に狂気的な興奮も覚えた。  こつ、こつ、と最奥に自らの一部が到達する。  根本に膨らんだ肉の塊があり、それが陰唇にぶつかるたび、涎が垂れた。  これまでの人生を振り返りながら、何も思い出せない絶望を感じ、快感に溺れる。  後ろがないのであれば、これからつくっていけばいいと、犬の本能に酔いしれた。  い、やだぁ……!  なんとか踏ん張るが、より密着し腰を前後させる。  それがメス犬と番った、オス犬の役割だと体は知っている。  魔女は満足げに微笑み、絨毯の上で交尾する二匹の獣をじっと見つめていた。  野良犬は、毛並みがぼさぼさで、醜く脂ぎっていた。魔女が指を滑らせると、柔らかそうな毛並みに感じるところがなかった。臭いは、強烈な生臭さと汚水の匂いが混ざり合ったようなものだ。魔女の奪い取った美しい一室の絨毯に、このあれたメス犬が上がること自体が汚れを際立たせていた。  それを愛し、情熱的に盛っている。自己嫌悪が湧き上がる。  同時に性欲が、女性にいだく熱い感情が、さめやらなかった。 「そんなに腰を振っちゃってねぇ。本当に可愛い犬ね」  ぱんっ、ぱんっ、毛に包まれた肉を打つ音が、聞こえてくる。  暖炉にくべられた炎が独特のシルエットをつくり、壁に写される。  ……! ………………!! ………………い……や……………あ………わんっ………………!  思考が抜け落ち、本能。いまは性欲という形で噴き出していた。  腰を後ろに、自らの意思で引いていった。ざわざわと尻尾から首筋に甘いものが通っていく。魔女に背を撫でられている以上に、素晴らしいのだと実感する。  舌を垂らし、腰を前に突き出せば耳の筋肉がこわばり、肉棒が締められた。  ぬめった内側からいい匂いがして、もっともっと、そう腰を動かしたくなる。  へこへこと、へこへこと、へこへこと、小刻みに肉棒を摩擦させては膨らみかけの亀頭球を穴に出入りさせていた。 「あ。そろそろ考えるのも難しくなってきたみたいね。そうよ、あなたは犬なのよ」  否定する気力さえない。そんな考えさえわかず、メスを愛する。  腰を振って、精液を出すために、快感を貪り、首筋に抱きついた。  ワオッンッ!  交尾する二匹の獣の音は、激しく耳をつんざくようなものだった。  激しい腰の振りに伴い、絨毯の上でザワつく音が立ち上がる。犬同士の息遣いは荒々しく、草原を駆ける野生の獣のように清々しいもの。だが片方には絶え間なく苦痛が生じているようで、ときおり狂ったように首を振っていた。  しかし、次第に、次第に、落ち着いた吐息を漏らし、性によがったオス犬になる。  その呼吸の変化は魔女の愉悦であり、交尾を経て自分を投げ捨てる哀れな騎士の末路を見届けてやろう。ほくそ笑んでいた。 「腰が止まらないように、もっと速度をつけて、力いっぱいに愛してあげなさい」  オス犬は何の疑いも持たず、魔女の指示に従った。しかし目には哀しみの色が宿り涙を絨毯に滴らせていた。それ以上に、結合部から交尾の体液を流し、汚していた。  魔女は、交尾する獣たちを上から見下ろす。ワインの肴として見物する。 「犬にここを使わせるのは贅沢だったかしら? 外でやらせたほうが、見栄えがよかったかもねぇ」  豪華な屋敷にふさわしいものではないと考えながら、嗜虐心をかきたてるように犬を叱責する。 「ほら騎士だった頃の勇ましさはどこにいったの! もっと彼女を愉しませるの。それがオスの役割でしょう! 剣をふるように、腰をふってみせるのよ!」  オス犬は、命令に従って激しく腰を振り続けていたが、その目はすでに光を失い、口からは深いうめき声が漏れていた。魔女は、彼の惨めな姿に満足げに微笑んでいた。  メス犬との交尾に感動し、腰を止めず、前足を必死にしがみつかせるオス犬。  もう魔女は何一つ命じていない。すでに命令は解いているが、腰を止められず喘いでいるのだった。 「いい姿になったじゃない。勇敢なる騎士さま。もっとお嫁さんを気持ちよくさせてあげなさい」  魔女は冷笑を浮かべながら、戦士に言い放った。  犬になってしまっていたが、まだ人間の意識を持っていた。  自分が野良犬と交尾をしているという恥辱的な現実を受け入れたくなかったが、本能とメス犬の魅力には逆らえなかった。こうすることが正しいのだと肉体が受け入れていた。 「ヒィッハッハッハッ! 私の魅了を破った騎士が、メス犬に魅了されてるじゃない」  これが見たいがために、犬にされたのだと知らしめられる。  口を半開きにし、悲嘆にくれながらも腰が、止まってくれない。  ぱんっ、ぱんっぱんっ、とメス犬との行為に没頭してしまった。  ああ……どうしてなんだ……ワァンッ……ワンッ  必死に抵抗したが、野良犬としての本能が目覚め、腰はさらに激しくなった。  自分自身が、ただの獣となってしまったことに失望し、また大粒の涙がこぼれた。  その間、魔女はワインを飲みながら、絨毯の上で腰を振る野良犬を見守っていた。 「恥ずかしがってるの? それとも気持ち良すぎて泣いちゃったの?」  彼女の表情は嘲笑に満ちていた。そして、涙する犬を見つめながら足を組む。  部屋の中には、騎士と野良犬の喘ぎ声と肉の音が響いていた。空気は淫靡な匂いで満たされ、それを魔女が楽しんでいるかのように、彼女の顔には妖艶な微笑みが浮かんでいた。  きもちいい……ワンッ、ワンッ…………くぅんっ  騎士自身も、野良犬としての本能に従い、獣のような息遣いを漏らしながら腰を振り続け交尾によって快感を得ていた。腹がすくみ体が浮かびあがるような至福を得てはメス犬との出会いに感謝を捧げ、舌を垂らす。だが心は恥辱に泣き崩れていて、瞳には涙も溜まったままだ。次から次へとあふれる。  ワンッ……ワンッ、ワンッ……きもちい…………ああ、なにも、おもいだせない  急に、さらに体を動かしたい感覚に陥った。涙を流しながら戸惑う。  射精が近くなり、人間のときのように放とうとしたが、犬の射精。交尾の射精は自分の知るものと大きく違った。  からだ、ねじって、よじって……な、に、ワッン……ワンッ……!?  困惑しながらも本能に体を突き動かされていく。  前足をあげ、後ろ足をあげ、雌犬に尻をあわせる格好で交尾をしていた。  挿入している自分の一部が膨らみ、抜けなくなる。亀頭球が勃起していく。  それがまたとない快感を生む。まるで長い射精を楽しむかのような感覚だった。  陰部結合と呼ばれる交尾方法だが、彼にその知識はない。戸惑い怯えていると、ますます魔女は笑い言葉を投げかける。 「それが、ワンちゃんがする交尾なのよ。雄の亀頭球が膨らんで、繋がったままになるのよ。お尻をあわせた可愛い姿でね」  どくん、どくん、と亀頭球が熱を持ち尻を合わせ尻尾を擦り合わせ、メス犬と尻合わせの格好になる。魔女と向かいあっていた。彼女は足を組みワインを飲んで、自分の恥辱と性に溺れ考える頭もなくなっていく様子を、ワインのつけあわせ――余興に過ぎないのだと嘲笑っていた。 「そろそろ射精していくわよ。感情とか思考とか、たもっていられるかしら?」  魔女の言葉を聞いて、更に身体が緊張し固まっていった。彼の意識が交尾に集中し、周りの音が聞こえなくなっていく。しかし、雌犬が腰を振るたびに、絨毯の上で何かがむにゅっと音を立てる。それは騎士が変わり果てた姿で交尾している音だった。  ぱちゅん、ぱちゅん  空気中には、交尾の音とともに、犬同士の荒い息遣いが響き渡っていた。  魔女は豪奢な椅子に腰掛けたまま、ワインを嗜む。騎士が情けなく尻合わせになっているのを眺めていた。彼女の顔には、惨めさが愉快でならないと笑顔がたえない。そして、魔女はまた言葉を投げかけた。 「いいザマ。いいキミ。そのまま繋がっていなさい」  やめて、たすけて、忘れたくない……!  そんな懇願は、すべて「ワン」という鳴き声に過ぎなかった。  命乞いをするように吠え、魔女に慈悲を請うた。射精が近づいていた。  亀頭球が膨らみ、ガチガチになったかとおもうと、肉棒が痙攣していく。  それだけでなく腹の底から溜まったものが、メス犬に注がれようとしていた。  涙目で射精を押し留めているが、メス犬は尻尾をあげ、待ち望んでいるのだ。  しかし、魔女はグラスを傾けるだけだった。それを飲み干すと。 「だめよ。あなたはお婿さんよ? お嫁さんを楽しませてあげる義務と責任があるの。それを放棄するなんて許さないわ」  どんなに恥ずかしく嫌だと思っても、犬になってしまった身体を抑えられず、求められるままに、尻合せのまま、ついに腰を振ってしまった。それは人間として残っていた性への欲求。犬ならばこの状態で尻を動かすなど、ありえなかった。だから、魔女は腹を抱え笑い出した。椅子から転げそうになるほど、嘲笑っていた。  あ……あああ……ウォォオンッ!!  堰を切ったように、尿道から白濁が注がれる。  犬と繋がったままで、何分も、痙攣しながら注がれていった。  メス犬の膣は熱を帯び、鼻先で息を荒くする中、交尾はついに終わりを迎えた。  しかし結合は止まらない。膣に挟まれながら、力強く脈打ち、栓の役割を果たす。  メス犬と尻尾を絡め、尻をあわせながらの格好で項垂れるオス犬。一滴の涙が絨毯に染みついた。 「ねえ、自分が思い出せる? まだちょっとだけ、わかるかしら? 精液と一緒に抜け落ちちゃったでしょうけど……だいじょうぶ?」  睨みつけても、魔女の言う通りだった。胸が張り裂ける哀しみ、そして肉棒が爆発しそうな快感に浸りながら、自分の記憶の朧気な部分さえも、犬の本能と混ざり掻き消されていった。 「今日はこれで終わりよ。明日からはしっかりお嫁さんの世話をしてあげてね。それが、あなたの使命よ。そうしたら犬として、ちゃんと余生を過ごさせてあげる」  オス犬はただ黙って頷き、野良犬の体から離れることができなかった。  身体は、もう一度人間に戻れる可能性があるという希望を抱いていたが、その望みはますます遠く感じられた。  膣に亀頭球を挟まれながら、人間に戻りたいという当然の気持ちさえ、いつ消えてしまうのか恐ろしくてならなかった。


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