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イチゲン
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体を操られたウーラオスは、変態スリーパーに犯される 前編

 修行者の朝は早い。特に、おのれの強さを極めんとする者ならば尚更だ。  まだ空は太陽がのぼりきっていない。朝霧が消えず、ほんのりと冷えていた。 「すぅぅ……はぁぁぁぁ…………」  ウーラオスは精神統一のため、大きな岩の上に胡座をかき、両手の指を組み親指と親指の腹をあわせた。 「すぅぅ…………はぁぁぁぁ」  背筋を正して目をゆったり閉じ、おだやかに深呼吸を繰り返していた。  瞑想はウーラオスになってからはじめた。いまや欠かせないものになっている。 「……すぅぅ…………はぁぁぁぁ」  今日まで鍛錬を休まずにいた肉体は、岩場のようにゴツゴツと盛りあがっていた。  頭は黒い毛が円環をつくるように尖っていて、後頭部からは毛が帯状になったものが二本あり、肩甲骨のあたりに垂れ下がっていた。冠をつけ、ハチマキを結んでいるふうな外見であった。 「……すぅぅ…………はぁぁぁぁ」 口周りと手の五本指、足の三本指は黄色く特に目立っていた。  膝の毛は伸び、雑草さながらに逆立ち、先端が尖るほどである。 腹部と背中より伸びる黒い毛並みはそれぞれがひとつの束になり、一枚の布地と化していた。あたかも「のれん」あるいは「ふんどし」のように垂れ下がっていて、局部と臀部を隠すようになっていた。  白黒の道着をまとっているみたいだ、と言われたことがある。  筋肉が発達しすぎていて、鎧を着けているようだとも言われた。 「よし」  ウーラオスは目をひらき、瞑想の構えを解き立ち上がった。  両手でハチマキと似た毛を引っ張ると、身が引き締って気合いが湧いた。  するとあたり一面にひろがっていた朝霧が、ちょうど晴れてくる。  朝日に身を照らされ、ウーラオスは岩から降り、軽く跳びあがった。  そして、荒れた岩地を駆け出す。砂利を踏み、岩を蹴って、前に前に。  ずっとだれもいない山岳地帯にこもり、がむしゃらに修行を続けていた。  いまのように岩山の山頂を目指し、急になってくる斜面を両足で踏んできた。  最終的に断崖絶壁となる坂道は、歩むに連れ、視界が空に空にむかっていく。 「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」  山頂と距離が縮まるたび、吐息の白さが濃くなっている。  息遣いが乱れぬよう気を配り、独学ながら呼吸法を体得した。 「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」  ダクマであった頃から、ひたすらに自分自身を鍛えあげた。 ――負けるもんか、負けるものか、いいようにされてやるか!  ただ邁進をくりかえしてきた。強くなるため歩みを止めずにいた。  やがて苦労は報われた。ウーラオスになれるまでに成長できたのだ。  ダクマは進化する前、『連撃の型』か『一撃の型』か選ばなければならない。  手に入れたのは悪の力をその身に宿す『一撃の型』……いわゆる、剛なる拳。  あらゆる相手を一撃で倒すことを信条にした、おそろしい必殺拳である。 そのような力を行使できるようになろうと、修行の日々は途切れていない。  成長しただけ実感する。自分がどれだけ未熟であり、修練が必要なのであるかを。  いまのウーラオスには理解できた。なぜ自分が『連撃の型』を選ばなかったのか。  名前と信条に心を惹かれて、迷わず悪の塔を制覇した。  どちらかの道へ進もうが、結果は似たものになっていたに間違いない。  仮に、あのまま『連撃の型』を使えば、荒々しい激流のような拳になっただろう。  後先かんがえず、即座に『一撃の型』を習得した。その意味をわかろうともせず。  心が弱かった。目先の欲に飛びつき、さっさと次の鍛錬をおこなうのは向こう見ずだ。  こうなってしまった理由は簡単だった。ダクマの頃より、強さだけを目標にしてきた。  事実。『一撃の型』を得てウーラオスとなった自分は、圧倒的な技をくりだせるようになれた。  弱いチビと貶されたものだが身長は三倍以上も高くなり、いまや二メートルに程近い。  短く頼りない、細い手足をふりまわして木にぶつけて痛めたが、ウーラオスになれば木をへし折るのはもちろん岩を砕こうとも拳は傷まなくなった。  無機物を、あるいは悪党を一撃で倒すことに愉悦を覚え、おそろしくなった。 ――ただ乱暴に力を誇示しているだけではないか?  そんな疑問が頭をよぎるようになって、自身のありようを恥じた。  だれかを叩き伏せるために力を欲したのではない。これは間違っていた。  かといって、『連撃の型』を得ていたとしても心持ちは同じ、力を誇示しただろう。  最初こそ未熟さを悔み、おのれの愚かさに落胆したものだが、問題は力ではなくそれを使う自分自身ではないか? かんがえを改めるに至るのだった。 ――心が弱いままでは、どんな力を得ても変わりはしない。  おのれに打ち勝ってこそ、確かな力が得られるだろうと信じた。  そのためウーラオスは山籠りをし、ひたむきに心をとぎすませた。  だが肉体を鍛えるのと同様に、精神を鍛えるのも半端ではなかった。  肉体は筋肉として形に現れてくれるが、精神のほうはそうもいかない。  いくらやっても、身についている感覚がつかめず、不安におちいった。 ――俺の心は、どれくらい成長しているんだろう? 無駄じゃないよな?  そんな雑念に心を揺さぶられるのも、一度や二度ではなかった。  成果が出てきているのか、そうした負の感情は芽生えなくなってきた。  次第に心を鍛える意味がわかってきた。まだ上にむかえるのだと確信した。 「まだまだこれからだ!」  ウーラオスは意気込みを声にのせ、太い腕をつきあげる。  早朝は瞑想をで頭を空にし、次は山岳地帯の荒れた坂道を駆けていた。  その次は瞑想をしていた岩を目印に駆け下りていき、何度も往復する。  このフォームアップを一日たりとも休まず、肉体が温まったら体の鍛錬。  かんがえ、どうすれば決定的な一撃になるのかを体に染みつかせていく。  編み出しては反復し、また新たなものを編み出しては反復をくりかえした。  しかし。こうした鍛錬には必ず限界がくる、ウーラオスはそれを悩んでいた。  寿命が尽きるまで、たったひとりの鍛錬を続けているわけにはいかなかった。  ウーラオスになれたのは、だれかがつくった塔を制覇し、掛け軸を目に衝撃を受けた。  それが引き金となるように。だれかが準備をしてくれていたからに他ならないのである。  けっして、自分だけでは得られないのがこの世にはある。それを知るため鍛錬の日数は定めていて、その最終日がいまなのだった。 ――俺は新しい場所で、新しい力の使い方を学ぼう!  だれかと触れ合うことで、何かが生まれる。  ウーラオスは未来への期待に胸をふくらませていた。  いつものよう太陽が沈むまで、行動あるのみで過ごした。   汗だらけになった体が夜の冷気のなか、湯気をあげていた。  ぽたり、と音がするくらい大粒の汗をかき、顎下を手で拭う。  一日の修行を終え、そのままウーラオスは住処の洞窟に入った。  荒い息をし、火照った体から湯気をあげ、腰に手を当てていた。 「……あらためてみると、俺は何も持っていないんだな」  住み慣れた山岳地帯を惜しみながら、引っ越しの準備を済ませた。本当は掃除くらいはする予定であったが、所持しているのは我が身ひとつ。洞窟にあるのは腰掛けに使っていた手頃な石だけだった。 「新しい土地に出発だ」  ウーラオスは万感の溜め息をつき、洞窟に背をむけるのだった。  数時間ほど歩き一度はふりかえって、心身ともに磨き上げてくれた険しい土地に感謝の意をこめ、頭を深々とさげた。 ――期待以上の新天地にめぐりあえた!  ウーラオスは感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。  土を固めた壁や、木々を組んでつくられた家々が並ぶ村。  の、すぐ側にある森のなかこそ、ウーラオスの現在の住まいだ。  放置された小屋を掃除し、久しぶりに岩肌でなくベッドで眠った。  岩だらけの山で嗅ぐのとは違った緑の芳しさが心を鎮めてくれた。 ――風と植物の呼吸が聞こえて、心が澄み渡るみたいだ  岩場で胡座をかいているだけの頃より、感覚が磨かれている。  贅沢を言えば、あとすこし村に近いほうが交流しやすい。より便利だ。  最初は村の断崖絶壁の周辺を修行場にさせてもらおうとおもっていた。  あそこならほぼ垂直コースを上り下りでき、足腰が鍛えられそうだった。  しかし、村を見渡すのにちょうどいい場所であり、砂埃が飛べば迷惑がかかる。  それだけではない。見知らぬ者が垂直の崖を上り下りしていたら、奇妙だろう。  だから場所を森のなかに変えたのであるが、ここならば存分に修行に励める。  ずっと岩場にいたから、緑に囲まれるのも新鮮味があって面白い……。  体作りは十分にやったから、技と瞑想を重点的に鍛えていくとしようか!  そう決めて、一ヶ月、二ヶ月と森で過ごしていき、前より逞しくなれた。  村にはあらゆる流れ者がやってきては、仕事を探している様子がうかがえた。  お使いをしたり、何かをつくったり、収穫の手伝いをしたり、仕事の種類は多岐にわたっている。  中には手配中のお尋ね者を退治する賞金稼ぎなんてものもいるようだった。  ウーラオスも自分のちからが役立てるならば、と修行の合間に悪党を懲らしめていた。  もとより悪いやつのいいようになんてされたくない。その気持ちから力を得ようとしたのがきっかけであるのに、情け無用の『一撃の型』を選んでいるのだから皮肉な話だ。 ――でも、いまは俺の一部になってくれている  ウーラオス苦笑いするが、いまではそう悪い気持ちはしなかった。間違いも含め、自分で選んだ道であるからだ。 「俺の力がこういうふうに役立つとはな。山を降りて正解だった」  朝の修行中に、ウーラオスはぽつりとつぶやく。  森の中を新しい修行場と定め、大きな切り株の上で瞑想を終えた。  組んでいた両足と両手をほどき、首を左右にひねって立ちあがった。  ハチマキ状の帯を両手で引けば下腹……丹田が一気に熱されていく。  立ち上がり右腕をピンと伸びるきらせ、ひらひらと舞う木の葉を打つ。  パンッ! と小気味良い音を奏で、木の葉の破片が飛び散っていった。 「いろいろな仕事があるんだ。俺の視野もひろげられるかもな」  新しい環境に身をおき、ひとまず修行と仕事に努めていこうと決めた。  ウーラオスは自らあくタイプを選んでいるせいだろう、すこし距離を置かれていた。  仕方がない。身長は二メートル近くあり、ゴツゴツと雄々しい筋肉質な外見である。  警戒心をもたれるのは当然であるし、まだ気心も知れていないのだから当然の話だ。  次の土地にむかう前に馴染めれば、そうおもいながら、ウーラオスは日々を過ごした。  しばらくして、この村からは嫌な噂が漂いはじめていた。  凶悪犯のスリーパーが、村の付近に出没するようになった話だ。  そのスリーパーは手配された当時、どこにもいる窃盗犯でしかなかった。  最初はたいした賞金もかけられない。小物と鼻で笑われていたらしいが。  賞金稼ぎに狙われては返り討ちにして、徹底的にもてあそぶ悪党だった。  残忍かつ悪趣味で、強そうな男に対しては異様な執念を持っているらしい。  いわく、屈辱的なわいせつ行為におよび徹底的に苦しめる。悪辣な話を聞いた。  日に日に悪事を重ね賞金があがっていき、賞金稼ぎも迂闊に手を出さない凶悪犯として知られるようになったとか。  ウーラオスは「とんでもないやつがいたものだ」と反吐がこみあげる。  それらしいスリーパーが物陰に潜み、村の金品や食料を店から奪っている。  平和な村を脅かす一大事に、村の力自慢や流れ者が我こそはと挑んでくれた。  これならば安心だと、だれもが安心していたが、全員が返り討ちにされてしまった。  凶悪犯に挑んでくれた者たちはボロボロになるまで甚振られ、犯されたものも多い。  ――ならば、あくタイプの力を役立てるはず  相性が有利となれば勝機は十二分にある。 ――俺が立ちあがろう  ウーラオスはハチマキ状の毛を引っ張り、丹田に気合いを充填させるのだった。    村で噂のスリーパーが逃走する方角を聞き回った。  ウーラオスは、だれかに話しかけるのが苦手で後頭部をかく。 「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。怒鳴ったり殴ったりしないんだから、さ」  身長が高く横幅もあるせいか、驚かれたり怖がられたりした。  正直をいえばかなりショックだった。心がチクチク傷んでいる。 「やっぱり、あくタイプだから偏見を持たれるのかもな。それに俺は自分からあくタイプになることを決めたんだもんな……でも、ブラッキーは馴染んでるし、不公平だ」  むすぅーっと子供っぽく頬をふくらませてしまった。  見た目で判断されるのは哀しい。こんなにも切なくなる。  家々の間を通るだけで、ぎょっとした目をむけられていた。 「すみません。悪いスリーパーを探しているんですが……はい。崖の方角に? ありがとうございます」  努めて丁寧に、なるべく笑顔を浮かべているのに。  ひぃ! と嫌そうな悲鳴をあげられてしまった。 「お、俺は別に……ただ、村の平和に貢献できたらって、逃げないでくれよ」  がっくしと肩をさげ、深々と溜め息をついた。  もしかしたら汗臭いのか? と自分の腕を嗅いでもみた。  悪いことなんてしてないのに、頬をひっかきながら思い悩んだ。  けれど、そうした甲斐もあってスリーパーの居場所を聞き出せた。  以前にウーラオスが修行場に選ぼうとした、断崖絶壁の側は岩場になっていると。  その影に黄色いやつが消えていくのを目撃したものがいて、すぐそこへおもむいた。  まだ太陽はさんさんと輝いていて、昼飯時といった時間帯である。  聞いたとおり大小の岩が組み合わさったような場所だ。ウーラオスに馴染み深い足場で移動に苦労はしなかった。視界を塞ぐものが多く戦いづらそうだと分析するが、岩ごと殴り飛ばすのも不可能ではないだろう。 「ついに見つけたぞ!」  言って、ウーラオスは目に入れた黄色い後ろ姿を指さした。  そいつは面倒くさそうに溜め息をつき、頭をかきながらふりむいた。  岩の上で胡座をかいて、そのうえに盗品を並べ数えているようだった。  大事そうにしている気配はない。ただ、作業的にやっていたみたいだ。  ウーラオスがこれまでに出会った窃盗犯と、あきらかに異なっていた。 「なんだおまえ? おれにどんなようがあるっていうんだ」  二足歩行特有の、胴から離れた両手足……首周りに白い毛がたてがみのように伸びていて、何より特徴的なのが長く大きなデカっ鼻だ。いやらしい目つきをしているのもそうであるが、外側だけでなく内側も歪んでいるとひと目でわかる手合いは初めてだ。  あきらかに追われているのを知っているだろうに、まったく気にしていない。  ウーラオスは慎重に間合いを詰めながら、頭から爪先までをしっかり観察する。  気にかかるのは、彼の肢体はガッチリとして腹回りも引き締まり、太ってはない。  いや、スリーパーはもともと太っているタイプではないが……体躯に恵まれている。  もしかしたら、いやそんなわけがない。やつはスリーパーだ、鍛えるなんて殊勝な真似をするとはおもえなかった。 「おまえが凶悪犯のスリーパーだな」  スリーパーはこういう問いかけをされるのに辟易としているのか。腰に手をつけ背筋を伸ばす。 「だとしたらどうするんだ? おまえがここにきたことと関係が?」 「言うまでもない」  タイプ的にも絶対有利の相手に、これほどの余裕を見せられるのは面白くない。心を鍛えていなければ、舌打ちのひとつでもやっていたかもしれない。それほど、スリーパーの態度はカンに触るものだった。 「自分の胸に聞いてみろ」  ウーラオスは右足を前へ出す。左足を地にすらせ、後方にずらし足裏を力強く踏ん張らせた。 「さんざん悪事を働いてきたそうじゃないか。許しがたいな」  言いながら、指が鳴るくらい拳をにぎりしめる。 「ここで年貢の納め時にするのはどうだ?」  右の肘をスリーパーにむけ、左肘を引けば『一撃の型』が出来上がる。  無情の一撃をくりだす構えのウーラオス。その瞳はつららよりも鋭く凍りついていた。  スリーパーは動じず、つまらなそうに手を振り嘲笑ってくる。つまらないと言わんばかりだ。 「おれは窃盗と、挑んできたバカで遊ぶ以上のことはしていないんだがな」  と、鼻をひっかきながら言い切った。盗まれる方が悪い、やられた方が悪い、心からそうおもっているみたいだ。 「噂じゃ男を特に甚振っているとかいっているが、そりゃあ違う。挑んでくるバカの比率が、男が圧倒的に多いのでね」  鼻をほじり、どうでもよさそうにした。挑発しているのかとおもったが、単に興味がない様子だ。しかし、くつくつ、と肩をゆすり笑っていた。 「本当のこともある。特定の男を甚振るのが大好きなのは、間違いないぞ」  どうやら昔に甚振った思い出を反復して、悦に浸っているようだ。  意味深に目をほそめ、ウーラオスを眺める態度から、そういう狙いを定められているのだと身震いしかけた。 「同性の変質者から性的な目をやられるのは、こんなにも気色悪いものなのか」  ウーラオスは小声を放ち、フンッ、と気合いを入れた。 「せめて立ち上がれ、無抵抗の相手を殴る趣味はない」  構えても、殺気立っても、スリーパーは胡座をほどこうとさえしない。  ここまで舐められると、カチンとくるものがあったが苛立ちはしなかった。あきらかに瞑想の成果だった。眼の前のスリーパーがやる行動、そのすべてを「こういうもの」と情報で受け取れる。張り巡らせた感覚は、スリーパーに仲間がいないと感知していた。 「窃盗常習犯のうえに、強制猥褻を好む割りには、ずいぶんと肝が座ったやつだ」 「まわりにとっての非日常は、おれにとっては日常だからな。今日も盗んで、明日も盗む。ときにバカをこっぴどくいじめて遊んでやるのさ」  悪びれもせず、さりとて面白がっている素振りも見せずに淡々と語ってきた。  ウーラオスは情け容赦ない一撃を食らわせるため、細長く息を吐き、理性の縄をほどき荒々しさを開放する。 「その腐った性根! 俺の拳で叩き直してやる!」  怒声を浴びせてやれば、スリーパーは「どっこいしょ」と立つ。その拍子に盗品が散らばろうと彼は気にもとめなかった。何が目的で盗んだのやら、とウーラオスは内心あきれていた。 「なんだって見ず知らずの悪党を倒しにきたんだ? おまえ、ウーラオスだろ、このあたりで見かけた話は聞いたことがない。村と無関係の流れ者だろ」  会話して意識を自分にむけさせ、小細工をする気配はない。しかし五感をフル活用し、不審な点はないか注意深く動向をうかがった。 「だったら?」 「賞金稼ぎで生計を立ててますって臭いはしない……ずっとストイックに修行をしてるタイプだ、体つきや目を見てりゃわかる」  こんなやつが修行を口にして、知ったたふうに語るのは気に入らなかった。  ウーラオスは構えを解かず、慎重にスリーパーを睨みつけていた。なぜ逃げる気配もないのか……不思議で仕方がない。 「俺の質問に答えていないな。だったらどうだっていうんだ?」  じりっとすり足で、すこしだけ距離を狭める。  もしもフェアリータイプの技が使えるのであれば、この余裕も頷ける。  いかに修行を積んでいようが、弱点の技を受ければひとたまりもない。 「だれかのために戦う。認められるために悪党を倒す。そのために修行をして力はだれかのために使おう。そんなことを思っちゃいないか?」  見透かされても驚きはなかった。  自分でいうのもなんだが、ウーラオスはありきたりな動機なのは自覚していた。 「おまえのような悪党が近所をうろついているんだ、とてもじゃないが見過ごせない」 「毛が逆立ってるし、みずタイプじゃなくって、あくタイプを選んだクチだろ? やめとけよ」 「ん? それとこれ、何の関係がある?」  くわっと、スリーパーの目がひらかれる。三日月みたいな両眼が、いきなり満月の姿になった。それも一瞬のことで、もう細いものに戻っていた。 「みんな陰口たたいてるに決まってる。周りから好かれてないだろ、タッパのいいあくタイプだってだけで怯えられて、いい気分じゃないはずだ」 「それは……たしかにそうだが」  律儀に答えていた。村のはずれにある森に厄介になってしばらく経っている。にも関わらず馴染めないのは悩みの種でった。つい先程も過剰に驚かれたし、周りには脅しているようにおもわれたかもしれない。 「だれかにいい格好をしようなんておもうのはよくない。大人しく帰れ」 「大きなお世話だ。俺が励んでいれば悪いやつじゃないと証明していけば、ちゃんと認めてもらえる。それに、俺のもってる信念のためでもある。ここで引き下がれるか」  スリーパーは「へっ!」と鼻で笑った。  この世のすべてを吐き捨てるような軽薄な態度だ。 「自分からあくタイプになったウーラオスなんか信用ならない。どれだけ親切にしても裏があると勘ぐられる。やめておけ、だれかのために動いたって、よくおもわれないタイプはずっとよくおもわれない。そんな行動は人気者にまかせて、日陰者はコソコソとつつましやかに生きるのが似合ってる」  スリーパーは真実であるかのように語った。その言葉はウーラオスの両肩に重くのしかかる。脳裏に住民たちの、いやそうな目つきが蘇ってきたからだ。しかしウーラオスはおもうのである、自分は悪いことなんて一度もやっていない。悪事には手を染めた経験は皆無だと。 「やめとけやめとけ、親しくもないやつのために、勝てない喧嘩はするはもんじゃない。負けれは悲惨な結末が待ってる。おれは同情しているから、手を出さずにいるんだ。今日は見てみぬふりをしろ。余計な真似をするだけ損をする」  頭の後ろに手を組み、いやだいやだ、とスリーパーは首を左右にふってみせた。 「ウーラオスよ、おまえが負けておれにやられちまっても、だれも気の毒におもわない。自業自得と蔑まされる。仮に勝ったところで、感謝してもらえるわけがない」 「スリーパーこそ、見ず知らずの俺に優しいじゃないか。心配してくれてありがとう」  口では感謝をしているが『一撃の型』を崩すような真似はしなかった。その対応からスリーパーは状況を悟ったのだろう。いっそう面倒くさそうにしていた。 「俺は感謝されたくて戦うわけじゃない。悪党が嫌いなんだ。自分自身に打ち勝てるように、そういうやつらと戦って負けないように、ずっと修行をくりかえしていた」 「あくタイプが笑わせてくれる。あの村に馴染んでいるあくタイプやスリーパーがいたか言ってみろ。言えるわけがないだろ。いやしないんだからな」  スリーパーは饒舌で、愚痴につきあう友達のように振る舞っている。  たしかに、ブラッキー以外を視た記憶はないし仲良くしている姿が羨ましかった。  あれはもともとがイーブイで、みんなが彼の過去を知っているから仲がいいのだろう。 「だれかのために戦って傷ついても何も残らないぞ。おれは今日で立ち去ってやるから、おまえも身の振り方を考えたほうがいい」  こちらの気をそらそうとしているふうではない。ただ自分の知っている事実を喋りかけているだけだった。  しかしウーラオスはさらに、距離を詰めるのを答えとした。  スリーパーは失望をふくんだ溜め息をして、首を右にかたむけた。 「ここまでいったのにやる気みたいだな。おい、ウーラオス。やるっていうなら相手になってやるよ。悲惨な結末がどんなものか……二度と忘れないようにしてやる」  相性は最悪と知ってなお、この余裕を崩さずにいる。  目を邪悪に細め、でかい鼻を指でつまみ引っ張っていた。 「それは俺が負けたらの話だ。スリーパー、この『一撃の型』を、見縊るなよ!」  スリーパーは片手に振り子を持ち、持っていない方の手で円をかいた。  途端に精神が紫色のエネルギーと化し、手から放出され土が舞う。だがウーラオスの体は微動だにしない。 「俺にエスパータイプが得意とする、サイコパワーを利用した技は通じるわけがないだろう。わかってやっているのか?」 「そうだとも!」  スリーパーが放ったのは、よくあるサイケ光線……ウーラオスに触れたところで、何も起こらない。エスパータイプの技はあくタイプに無効化される。それが絶対の法則であり自然の摂理で、火に水をかければ消えてしまうのと同じだ。 ――いや、小細工をされたら、俺も危ういかもしれない  ウーラオスは即座にかんがえを改めた。  これまでの余裕が頭に引っかかり、速攻でケリをつけることを決めた。 ――あくタイプの一撃を食らわせれば終わりだ!  ビュンッとスリーパーの手からエネルギーが飛ぶ。  弾となっていることから、サイコショックで間違いない。  無論、ウーラオスに命中しても効果はない。それが摂理だ。  エネルギーの弾が胸筋にぶつかれど、煙のように消えてしまう。 「悪あがきはやめろ、俺には通じないと知っているはずだ!」  地を殴りつけ砂埃を撒き散らす。  水の中で土を混ぜたように、砂がひろがってスリーパーの視界を奪う。  その砂埃の奥から、薄っすらと光があやしい輝きが二つあらわれ、すぐ消えた。  あれはスリーパーの両目のようだ。何をしようとも、エスパータイプであればあくタイプの自分には効果がない。 「受けてみろ」  両膝を軽く曲げ、肘を引き両手が痛いくらい握りしめる。  全身から悪の力が吹き荒れ、下から上に、エネルギーが溢れていく。  逆だった毛はより鋭くなって、後頭部のハチマキが上になびきだす。 「一撃の型!」    山岳地帯の荒れた斜面を駆け上がっては駆け下り、足腰を強化してきた。  どっしりと踏みしめ、がっちりと足裏の全体を大地と一体化させる。  ウーラオスは放たれる砲弾のごとく水平に跳ぶ!  あたりを覆った土煙が、一瞬で失せるほどの強風をともなって。 「暗黒強打ッッ」  引いた腕を前方へと伸ばし、おのれの身をぶちかますように拳を振るう。  轟音!  空高く投げ飛ばした大岩が、ほかの大岩に激突したような音がした。  さらに地を揺るがすほどの振動が起き、腕を伸ばしたのウーラオスは。 「ぐ、何が……」  うつ伏せで寝転び、低くうめいた。  けほっ、と空気の塊を吐く。口には砂の味がした。  胸部と腹部をしたたかに打ち、痛みに顔をしかめる。  空気の塊を吐くように咳こんで、現状の把握につとめた。  握りしめた右の拳が、スリーパーの鼻面に届く瞬間だった。  背面全体に物凄い力が加わって、大地に押しつけられていた。  地面に十数センチもの窪みができ、体の前面がめり込んでいる。 「どうしたウーラオス。いったいどうしたんだ? 言ってたじゃないかおまえ。一撃のなんたらを見縊るなって」  憎たらしい。それも汚らしい声を後頭部に落とされ、ウーラオスはしかめっ面になる。  そして認めざるを得なかった。この技は数え切れないほど練習し、磨きに磨いたウーラオスが使える最大にして最強の奥義。間違っても途中で転ぶなんてありえない。  このスリーパーの技……たぶんサイコキネシスによって地面に叩きつけられた。 「一撃のなんたらってのを、おれに受けさせてくれるんじゃなかったのか?」  ウーラオスは言い返そうにも咳き込んで、鼻に砂埃が入ってきた。  わずかながら窪地が出来ていて、バカにできない威力を浴びてしまった。  不可思議なのは、なぜタイプ的に無効化できるものが、何故そうならないのか。 「かっこつけておいて、やることは這いつくばってお昼寝か? 最初に見せた堂々とした様子はどこにいった。そうかそうか、やっとわかってくれたか! 寝たふりをして、見て見ぬふりをしてくれるのか、わかった、おれもいまから立ち去ってやるぞ!」 「ふざけるなっ」  ウーラオスは飛ぶように立ち上がり、そのままの勢いで鼻面を蹴り飛ばそうとしたが。  ドンっ! とまたしても地面に、それも同じ格好で這いつくばらされた。昔、背中にインファイトを受けたが、それ以上に痛む。うろたえたしかめ面は、一向にもとにもどらない。   「へっへっ、エスパータイプの技が通じるおまえが勝てるかぁ? もう無理だ」 「俺は今日までずっと修行を続けてきた。おまえみたいな悪党に負けるか!」  言ってウーラオスは起きあがる。しかし両足から宙に浮かされると、近場の岩石に目掛け投擲された。 「がっ、ぐっ……」  背面から胸部を貫通するような衝撃が走り、肋骨のきしみが鼓膜に伝わってくる。  そればかりか肺腑が後ろから押されて、びりびりとしたものが駆けあがり息が詰まった。 「修行。つまりは練習だろ? 大層な言い方はよすんだな」  スリーパーはすっかり白けたふうに溜め息をついて、やれやれ、と両肩をもちあげてみせた。 「修行だ修行だ、そんなふうに気持ちばっかり高くしてるから、相手の頑張りなんかちっとも勘定に組み込みゃしない」 「どういう意味だ?」  また、ふぅぅ、とスリーパーはさっき以上の溜め息をついた。  ウーラオスは腹をおさえながら立つが、打ち込むチャンスが見当たらない。  修行のときに流すのとは違った、いやな冷や汗が、背や頬にじわりと滲む。 「その疑問に悩むよりも、なぜエスパータイプが通じたのかを考えたらどうだ?」  ずっとかんがえている。それの対策も。しかし何も浮かばないからこそ、汗をかいてしまっていた。 「おれはミラクルアイを使えるんだよ。知らないか? あくタイプにエスパータイプが通じるように出来る唯一の技だ」 「ありえない!」  スリーパーの喋る内容は、ウーラオスを騒がせるのに足るものだった。そのまま声を荒らげ腕を外にふった。 「スリーパーは覚えられない! でっちあげだ!」  世界の決まりだ。生まれながらにして習得できる技は限りがあった。  例外は親から受け継ぐか、ウーラオスのように進化先を選び、専用の技を得るかだ。 「おまえくらい若いときだ。強くなろうと躍起に努力していたら、自然と身につけられたんだ。あのときは涙をながすくらい嬉しかったっけな」  おろろろぉお、とスリーパーは鳴き真似をした。ふざけたやつだとおもったが、努力をしていたといっていた。努力で限界を乗りこえたとでもいうのか、この最低の悪党が。 「そんなバカな話があるわけ……」  続きを声に出せなかった。  ウーラオスはサイコキネシスによって、口を閉ざされた。  間違いなくスリーパーはエスパータイプが無効にならないよう、ミラクルアイを使っている。  虚をつかれたウーラオスの横顔に、一筋の冷や汗が伝っていった。  くっくっくっくっ、とスリーパーは楽しげだ。嘲笑いだが、自嘲におもえた。 「そうだろ? なあそうだろ? 信じられないだろ、こんな悪党が、昔は努力家で一所懸命に修行をしていたなんて、くっくっくっ、だれも信じてくれるわけがないんだよ!」  ウーラオスは構え直し、打開策を得るため思考をまわす。  口と鼻をふさがれていて上手く集中できず、頭は混乱している。  ミラクルアイにかけられて、タイプのアドバンテージはなくなった。  初めてエスパータイプの技を受けたが、投げ飛ばされる以上に利いた。 いまも内蔵が震え、胸部と背面が熱をもっている。体の動きは鈍くなった。 「ウーラオスぅぅ! あくタイプのおまえが、フェアリーの技を使わないスリーパーにボロ負けしました! そんなのはなのを、だれも信じてくれないようになっ!」  鼻と口をぴったりと塞がれて、息ができなくなった。返答も出来ない 「……! グッ……ウ! ム………」  急ぎスリーパーを仕留めようと前進したが、相手の手前で足も腕も止まった。  気がつけば棒立ちの格好をさせられて、スリーパーの鼻が胸筋に触れそうだった。  あの邪悪で薄汚い。腐りきったきのみを思わせる両目で、じぃっと見上げられる。  もう、勝ち目がない。ウーラオスは甚振られるなかでチャンスを探る以外にないと腹を決めた。全身がじっとり汗ばみ肝が冷えていても、希望を握りしめていた。 「あんまり知られてないことだが」  言いながらスリーパーは何を思ったのか右手で拳をつくった。  ウーラオスが頭に疑問符を浮かべたとき、腹部に拳が命中していた。 「オッ……!?」  大した威力はないだろうと舐めていた。現実はそうではなかった。 「スリーパーのサイコパワーと腕力はなぁ、鍛えさえすれば、最終的に同じ威力を弾き出せる。知らないだろ」 「ウ……ム……ブッ……シ………」  体が曲がって自然と肺が潰れる。塞がれて行き場を失った空気が手前で鼻と口の手前で唾液と混ざり粘膜内に飛散した。ぷちぷちと、唾液の泡が弾け、首や額の血管が膨張する異質な感覚……息を止めた状態で殴られるのは、ウーラオスの想像を超えていた。  頼りないひょろっとした外見のスリーパーだが、見た目とは裏腹に握り拳は硬い。  一発を受けると痛みが継続され、しかも数が増えるごと威力はあがってウーラオスの目を白黒とさせる。閉ざされた口の中に胃酸の混ざったものがあがってくるが、喉を戻っていった。 「!! ……ブッ……グッ! グッ…………! むぉう……」  さすがにサイコキネシスには劣っているが、分厚い筋肉を突き抜けて内蔵をぐらつかせる。しかも無防備で、それこそ情け容赦のない連撃が途切れずにいた。 「グッ……むぅ!」  頬が膨らむが、サイコキネシスで強引に閉ざされている。  涙目になった両眼をついに充血させ、べったりした汗がふきあがっていた。紛れもなくスリーパーの打撃によって、ウーラオスは失神の間際まで追い詰められてしまった。 「こうなったらどれだけ強くたって同じよ! 修行で鍛えた肉体を一方的に、修行道具みたいに殴りつけられる、言うことのない気持ちよさだ!」  次第に腕力をこめて、体全体を使った右ストレートに変わり、窒息寸前のウーラオスの神経を苛ませる。 「それなりにキクだろ! 昔はこうやって、ひたすら木を殴りつけてた。おまえみてえに男臭くはなかったが……懐かしいなぁ、あの頃は絶望しても起き上がった」  どすっ、と一撃を見舞うたび鈍い音が岩場に木霊する。 「こんなことができようと、ミラクルアイが使えようとも、あくタイプの連中からも蔑まされたもんだ。『あいつに近づくな、催眠術をかけられるぞ』と根拠のない嫌悪感を持たれるだけだった……役には立つ。そうおもわないかっ!」  スリーパーは昔を懐かしむ素振りをしながら、同じ箇所を執拗に打ち続けた。  彼はわかっているのだ。どうすれば効率よくダメージをあたえ、苦しめられるのかを。  ニヤニヤと目を細めている。 「ウッ……オ……ぐ……」  ウーラオスの両目がついに涙をこぼす。生理的に出てきたものだが、そんな姿を観られるのは屈辱に他ならなかった。  男は涙を見せるものではない、ウーラオスは半ば根性で涙腺を閉じる。


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