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由宇霧
由宇霧

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【先行公開】お金を稼ぐ人がやっていること。

やはりわっちは三大欲求に勝てないのか。


エロいことがすきです。

自分のすきなエロにまつわる動画を一年半もせっせと制作するほどに。


寝る事も好きです。

きちんとした時間に寝て起きる事が出来なかった時は体調を崩してしまったほどに。


ご飯を作って食べるのが好きです。

ファンクラブ限定でせっせと健康ご飯を載せるほどに。


そんなわちくしが、今日は何作ろうかなと

ネットでレシピを探していた時の事。


とある料理研究家さんの、レシピに

「これ、2人前で書いてありますが5人前の場合はどうしたらいいですか?」

「これにたまごをいれたらどうなりますか?」

などというコメントが付いているのをみかけた。


純粋に、2.5倍量で作ってみたり、たまごを入れて自分で作ってみればいいのでは?と思ってしまったのですが

きっと聞く人にも何か理由があるんじゃないかなと思って考えてみた。


「これ、2人前で書いてありますが5人前の場合はどうしたらいいですか?」

→★なにか、増えることによって未知の爆発とか化学反応が起きるのではないかと心配しているのでは?


もし仮に、それで爆発とか化学反応とか起きるとしたらそれを経験するのって結構大事だわっちは思うのね。

なんでかっていうと一回それを経験したら、今度別のものを2.5倍量で作る時も「もしかしたらまたああなるかもしれないから、今度はこうしてみようかな?」と仮説を立てながら実践できるから凄く経験値があがると思うんだよね。



「これにたまごをいれたらどうなりますか?」

→★たまごを入れて不味かったら材料費が無駄になるから嫌なのでは?


その、無駄になるかもしれないことを料理研究家さんに無償でやってもらおうとしているなら

それは結構怖い考え方だなと、クリエイター側のわっちは思ってしまう。

たとえば、10分でできるレシピだったとして、

その料理研究家さんが普段、仕事の時間が10分あれば5000円ぐらいお賃金を生める人だったとしたら。

5000円分ぐらいの時間と材料費がかかるわけで、それをコメント一つで無償でやってもらうのは申し訳ないなとわっちは思う。

そのお賃金は払えないですから、まずは自分で作ってみましょうかねって思うタイプ。

結構これをやって生きてたら「○○を入れたらこういう味になる」って経験値が溜まったみたいで、今は外食して気に入った味があったらそれを勘でかなり近い味に再現できるようになりました。

だから料理が楽しい。


この二点の共通事項は多分「失敗したくない」「考えてやってみる習慣がない」「それを相手にやらせることがどういう事かあんまりわからない」

この辺ではないかなと思います。



これはあくまで、わっちが立てた仮説とそれに対してのわっちなりの別価値観なので

ほかにも思い当たったことがあればぜひ教えていただきたいです。

少しでも理解したい。



いったんわっちが立てた「考えてやってみる習慣がない」という仮説から、さらに話を進めさせてください。


考える前にネットで検索するクセがついているっていうのが、原因の一つなのではないかとわっちは考えています。

こまったらググる。

そこに正しいやり方が書いてあるはずと。


でも、わっち前にも配信とかで話したと思うんですけど

ネットの記事は嘘であってもアクセス数が増えてアドセンス料が入ってくればいいという人も沢山書いているものなので、

まじで情報の鮮度が怪しいんですよね。

だからわっちは、古い情報は非公開にしたりとかして情報の整理をしてるのですが、

これをやってる広告系のサイトってあるんだろうかと非常に疑問に思います。


そんなわけで、本当に人々はネット検索だけで正しい情報を得ているのかがまず怪しいところですが、

さらに掘っていきたいと思います。



考えない習慣から脱却するにはどうしたらいいんだろう?


わっちが思うに、まず考えてない事を自覚しないと変わらないんじゃないかなって思います。

わっちも一時期全然考えられてなかったんですよ。

ツイッターのタイムラインに流れてくる情報を見て、調べた気になったり考えた気になってました。

でもある時、自分って全然新しい事自分で調べてないなって感じたんです。

それでSNSを離れて自分で本屋に本を探しに行って買ってじっくり読んで考えた時と、SNSをながめてる時のそれでは

充実度というか到達度というか、そういうのが全然違ったんです。


こういう自覚と、体験が凄く大切だと思うんですよね。

昔は本の著者に、直接質問できることってそうそうなかったじゃないですか。

あったとしてもファンレター書いたり、イベントに行ったり、

労力やお賃金をかける必要があったし、それをやったって返答が返ってくる保証なんてなくて。

でも今ってSNSでいつでも相手に見えるようなコメントができちゃいますから、

考える事をしなくなるのもわかる気がするし、

なんでも無料で遊べるから(本当は広告とかを介して時間を払ってるから本当の意味では無料ではないんだけど)

お金を払うっていうことの意味を知るきっかけもない。

友達は同じツイッターでコメントしたら、返事をしてくれるものなのに

それと同じツイッターで著者やタレントから返事がこなければ無視されたって嫌なきもちになる。

まぁ、そうなってしまうのは今多くの人が置かれている状況を考えるとわからなくもない。


世の中が、これからすべて広告とかを介してほぼ無料でなんやかんや経済が回っていくのであれば

このままで良いじゃんって思うのですが、そうなる事はないような気がしています。。。


自分がやりたいことをやるには、お金を払わないといけないっていうのは知っておいたほうがいいし、

労力やお賃金をかけた方が自分のためにもなるし、

「そうすると儲かるチャンスもあるんだよ」って言うと

少しは振り向いてもらえるのかなぁ。


本当にそうだと思うんです。

たとえば、


「私が今頭に思い浮かべてる水色の絵の具が欲しい!それで空の色を塗りたい!」

「えのぐやさーん!わたし、こうこうこういう水色を思い浮かべてるんで作ってください!無料で!」

→まず断られるし、その水色はきっと白と青とあとなんかあなたの頭の中の色を再現するのに必要そうな色を混ぜれば作れますよ。白とか青をどのぐらいの割合でいれたら良いかは、実際に混ぜてみたらだんだんわかるよ。


これを、自分の頭で考えて

最高の水色ができたとして、その水色が世界中の多くの人に愛されたら

それは「売れる」んですよね。

つまり、考えて手を動かしたら稼げるチャンスがあるんだと思うんですよ。


考えずに質問するほど、考えるチャンスを失って

財産である経験を積めなくなって貧乏になってしまうのではないでしょうか。


ほかにも、なにか考えたい、手を動かしてみたい、お金を払ってみたいと思えるきっかけはあるかな??

みんなと考えていきたいテーマです!

きっと、これも性の課題解決につながるからです。


勢いにまかせた文章

失礼いたしました・・・・(*^^*)

【先行公開】お金を稼ぐ人がやっていること。

Comments

私事なのですが、学校で絶対に先輩が行っているはずなのに材料がない、どこにあるかわからない、方法がわからないなどの問題が生まれました。その他運営などでもですが、わからないこと、難しいこと、失敗したことを先代が蓄積をしておくお事で後代が楽になると考えています。 なので、簡単なこと、共有できることはしていけば、建設的な社会になるんじゃないかと考えます。 それが私のように同じコミュニティーなら無償で後輩に伝えるでしょう。 そうでないなら、しっかりとした対価は必要であるという事は普通だと思います。 対価であったり、コストであったりはここで言う質問する側もしかりです。 ここまでですが、私は基本避けられる失敗や知るだけでいい経験は知るだけでいいと感じます。 例えば、チョコを溶かすときに直接費にかけると焦げる なぜなら〜熱伝導率が〜湯煎なら温度が100度以下〜チョコが溶ける温度は〜焦げる温度は〜とわかることです。 これは経験するまでもなく避けられる失敗です。この情報は簡単なので、ネットでも無料で得られる情報ですが、同じ性質のものでも高度なものになった場合は書籍など情報に対してしっかりと対価を払って学びたいと考えています。 また、全く同じ情報でもその情報を欲しがる人の考え方で大きく変わると感じます。 由宇霧さんの絵の具屋さんの例なら、無料で情報教えて〜はおかしい。 しかし、絵の具を買って、道具を買って、絵の具屋さんと関係ができれば冬の空はこれとこれをこの割合で混ぜると良いよと教えて貰えたり、情報を依頼したときに教えてもらえることもあるでしょう。 昔はどうか知りませんが、レポートの考察の位置に結果を書いてしまう失敗もしました。今まで考えると言う事はあまり練習してこなかったんだなと痛感させられました。 「考えて」「質問する」これがいかに大切な事かは少しずつ教育の場では評価されてきているので、今後改善していくと良いですね。 考えたい、手を動かしてみたいは揚げ物は180度、ホットケーキ作るときは濡れタオルで一旦温度を下げるなどは絶対に経験しないとわからないなと経験して感じました。 払ってみたいお金はクリエイターに対してですね。 今は学生と言う立場に甘えて楽しませてもらっているだけで、グッズ等も今はなかなか手が出ません。

Athelloune

それはありますね… 試して失敗しても大して痛手にならないことや少し調べれば出てくるようなことも何もせず…というのは辛いところはありますね… その状態で聞いて、仮に答えが聞けたとしてもどこまで身になっているか…というのはありますね…

アハトユウ

「教える」って行為は人間の快楽中枢を刺激するので教える為に覚える。っていう勉強法があったりします。 それを逆手に取って、聞き上手は好かれる。とかも。 とはいえ何でもかんでも聞けばいいと言うわけではなく「聞き方」があるのは間違いないです。 聞くときにちょっと立ち止まって考えればすぐ分かる事ですら聞いてしまうのが原因なんですよね。っていう 聞き方がしっかりできてる人はそもそも姐様の言っているようなことにはならないんですけどねー

Fix_サボテン

自分も得意な領域に関してはそういった気持ちはあるので助かります…w ただ、そうは言っても由宇霧さんの言われていることをわかりますね… マシュマロの回答まとめていた身としてはwikiの方にある程度体系的にまとめられていた(それは自分ではないですが…)ので調べるコストも払ってほしいというのはありましたので…

アハトユウ

自分の場合は「教えてあげる」って行為が好きなので聞かれることが全然嫌じゃないのよねw 他の人も似たような感覚はあると思うのでたまに「教えてあげる欲求」を刺激してあげる……みたいなヤラシイことは考えてませんよ、ええ……←

うーぱ

個人的にはなりますが、おゆかり同士だったり、知り合いであればある程度吸収できる範囲だったり、自分も知りたい範囲だったりするので問題はない範囲だったりしますね…w ただ、これが不特定多数からとなるとやはり対応は難しいかなとは思います…

アハトユウ

とりあえずやってみよ! などと言いつつおゆかり同士だと軽率に質問しちゃうw(誰かしら知ってるやろ?ってね←)

うーぱ

読んでみて自分が思ったことを書きますね 「失敗したくない」というのはなんとなくですが「失敗を許容しない環境」という考えがベースにあるのかなとは思いました 失敗するとそこで終わってしまうという考えがあるのでそれを回避するために聞いてしまうというのかなと… 知っている人に聞くのが簡単な方法でそれ以外の手段を知らないから、「考えてやってみる習慣がない」し「それを相手にやらせることがどういう事かあんまりわからない」のかなとは思いました。 個人的に感じることとしては「何も考えずにとりあえず聞く」という方はそもそもググるということもしないのかなと思ったので…

アハトユウ

考えてること姐さんとほぼ同じですね~。自分も「とりあえずやってみよ!」って軽率に行動するタイプなのでw つい最近も仲良しフォロワッサンと似たような話をしてて、「知る」とか「考える」ってことが楽しいって思えるのって当たり前の感覚だと思ってたけど大事なことだなあ、みたいな。 その話の中で特に感じたのが「自分にない感性って人と接しないと理解できない」ってことですかね。その人が、小さい子が平仮名を書いてるのを「書き順がかわいい」って言ってたのを見て、新しい感性に「ハッ」としたのよね。 自分では書き順に対する評価って「正しい」か「間違ってる」しかないと思ってたからw 小さい子供って文字を絵として捉えるから「す」を書くときに「。」から書いたりするやん?それが凄く可愛いと感じたんだって! なんだかとっ散らかった文章になったけど、そんなこんなで毎日楽しくやってます(なんだこの〆方?)

うーぱ

考えることをしないというのは現代にはある意味「来るべき時が来てしまった」とも感じます。 実際に体験することに経験していくことというのが仮想的に実現してしまうので、「知った気になってしまう」ということは現代では本当に良くある事ですよね。 じゃあどうやって伝えていくか、経験させていくかというのはなかなか難しい話になってくると感じました。 変な話、アニメや漫画で描かれるような、知識を共有するような仕組みはもうそこまで来てしまっている気がするので、「何が正しいか」が移り変わっていく時代でもあると思います。 出来るだけ正しい情報に触れられるような仕組みを作っていきたいですね。

大澤加寿彦


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