引き続き記事を見てくださりありがとうございます。
9月6日、この日はモンサンミシェル近くのホテルにて起床。
7時から朝食バイキングへ。
基本的なフランスの朝ご飯はこんな感じらしいです。
朝早くから行けば空いてるということで無料のシャトルバスで目的地へ。
朝一でしたがすでにたくさんの人が乗っていました。
10分ほどして目的地に到着すると…
ついに念願のモン・サン・ミッシェルが!!
お城のようにも見えますが実はここ、城でもあり監獄でもあった修道院なんです。
この島に礼拝堂が建立されたのは708年のこと。その後、966年にベネディクト派の修道院が造営されるとモン・サン・ミッシェルの名は巡礼の地として広く知れ渡るようになります。
さらに、14世紀に英仏百年戦争が始まると、両国間の要衝に位置することから難攻不落の城塞として機能。
16世紀に再び修道院として復興しますが、18世紀のフランス革命後には反体制派を収容する監獄として利用され、19世紀にようやく信仰の地として再興することになりました。
橋が架かる前はこの干潟を潮が引いてる時に渡ってきていたそうです。
その際波にさらわれて亡くなる巡礼者も多かったそうで昔は辿り着くまで命がけだったとのこと。
早速中に入っていきます。
この門を通るとメインストリートに出ます。
進んでいくと左側に赤い看板が。
ここはラ メール プラール(La Mere Poulard)といい、アネット・プラール氏(プラールおばさん)が目印の有名なお店です。
1888年、この地を訪れる巡礼者のためにプラールおばさんが開業した宿屋から、ブランドの歴史は始まりました。
彼女は巡礼者のために素晴らしいレシピの数々を生み、栄えある女性料理人「ラ・メール・プラール」の名で呼ばれるようになり、そして現在、ラ・メール・プラールのレストランは、世界中で人気になっており特にここのスフレオムレットは名物となっています。
お店が立ち並ぶメインストリートを進んでいく。ここは午後になると人が増え原宿の竹下通りみたいになるそうです。
さて、ここから修道院内部に入っていきます。沢山列が並んでいますが団体なので優先ルートで先に入れました。
修道院の入り口。お兄さんが必死に誘導していました。
ひたすら階段を上がっていく。
ようやっと上に到着。
辺りを一望できます。
修道院付属教会の内部に入っていく。
よくテレビや雑誌で取り上げられる回廊。修道士たちの瞑想の場だったそうです。
ここには元々通路ができる予定でしたが途中でなくなったのでぽっかりと開いてる感じになってます。こういうのすき。
食堂 来賓者のために使用されたそうです。
納骨堂の大車輪
この巨大な車輪は、モン・サン・ミッシェルがかつて牢獄として使用されていた時代に作られ、車輪の中に囚人が入り回転させ、重い荷物をロープで引き上げるために使われたそうです。人間版ハムスターの滑車。
外を見ると滑車の太い鎖がびしっと張られてました。
他に見どころは沢山あったんですが多すぎるので割愛。
お昼はモンサンミシェルが見えるレストラン。贅沢なロケーション~!!
前菜はプラールおばさんのとこでも紹介したモンサンミッシェル名物、オムレット!
オムレツを想像して食べると全然違っており、メレンゲのようなふわふわ食感で切るとめちゃくちゃ泡が出てきて甘くもなくすっきりした味わいでした。
メインはチキンのマッシュルームソースとフライドポテト。
シンプルに美味しかった。ポテトは少し量多めで苦戦しました…!
デザートはプディング。これまたシンプルだけど量も多すぎず丁度良かったです。
ご飯を食べた後は再びバスにサービスエリアを1回挟みつつ4時間ほど乗って(めっちゃきつかった)今日泊まるホテルへ。
もうバスに乗りまくって2時間後くらいに夕食だったんですが少し時間が取れたので近くを散策。
トゥール駅 めちゃくちゃモダンな建物。
ふと見つけたお店。「IZAKAYA」見た感じバーでした。
少し散歩をしてお腹が空いてきたところで夕食。
前菜はきゅうりのポタージュ。甘くはなく、インドカレーのようなピリ辛さで意外とおいしかった。
白身魚とタイ米のバターライス。
おいしかったけどちょっとご飯が汁にひたひたすぎた。
デザートはストロベリーガスパチョ。
甘いスープのような感じ。スタッフがかなりゆったりしてて1時間半かけて食べる感じでした。元々フランスはゆったり喋りながら食べる文化なのでこれが正しいのでしょうが日本人の感覚からするとさすがに長い…!
そんな感じで3日目終了。
また続きは次の記事であげます。次は古城巡りとシャルトルのお話。
それではまた次の記事で!