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孔明の罠
孔明の罠

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情報設定変更アプリ

「おっ、面白そうなの見っけ」  そう言いながらスマホをいじるのは俺の友人の松田慶太……なんだが、せっかく我が家に招待してやったというのに先ほどからずっとこの調子で、肝心のテレビゲームに手をつけようとしない。なんとも遊び甲斐のないやつである。 「これをこうして……ねえ、風間って誕生日いつだっけ?」 「ん?10月の20だけど」  一方の俺こと風間晃はというと、松田がコントローラーを握らないため仕方なく1人プレイであくせくゲームを進行させているところだ。 「……おい松田」  そんななか、松田からの質問に俺はゲームに夢中でつい即答してしまったが、思えばこいつ、何のために俺の誕生日なんて聞いてきたんだ?まさか唐突に機会でもあれば友人の誕生を祝おうだなんて思いついたわけじゃないだろうし。  なんとなく不安に感じて俺は一度ゲームを中断する。そして松田の操作するスマホの画面を覗くと、そこにはおかしなアプリが立ち上がっていた。 「『情報設定変更アプリ』?なんだそれ」 「なんかね、リアルの人の情報を保存したりできるアプリらしい」  もう一度なんだそれ。というか、まさかこいつはこんな得体の知れないアプリに俺の個人情報を打ち込んだのか? 「なに馬鹿なことやってんだ。情報リテラシーってもんがないのかおまえは」  昔から間の抜けたやつではあったが、それで迷惑を被るこっちの身にもなってほしい。  俺は言いながらとりあえず松田の頭を強く引っ叩いてやった。すると松田は呻き声を漏らしながらも、俺を宥めるように手のひらを前に突き出した。 「まあ待って。ここからが良いところなんだよ。このアプリ、どうやら保存した情報を好きなように修正できるらしくってね。それで、ここの適用ボタンを押してやれば……」  悪びれる素振りもなく依然スマホと向き合い続ける松田。  そんな松田を横目に、呆れてものも言えないと肩をすくめていた俺の身には、すでに異変が起き始めていた。 「髪がむずむずする……?」 「……もしかして、昨日お風呂入らなかったの?」 「いや入ったよ。まったく失礼な」 「ははは。そんなことより待たせて悪かったね。さ、ゲームやろうゲーム」  そう言われ、今しがたの違和感など放り捨てて目先のゲームに興じてしまったのが間違いだった。  人生の岐路に立たされていたことなんて、この時の俺は知る由もなかった。 ×××  ゲームに熱中する友人をこっそりと盗み見ながら、僕はこのアプリが本物だと確信した。  風間の短かった髪はうねりを打ちながら伸びていき、髪質は絹のようにさらさらと細くなる。やがてその黒髪は部屋の照明を受け光沢を纏うようになり、絵に描いたような天使の輪を浮かび上げていた。  身体が揺れる度ふわりと宙に舞うその前髪。そこから覗かせる薄い弓形の眉は、彼のゲームへの反応に合わせて忙しなくその形を変えている。  徐々に広がっていく瞼は彼のきらきらとした大きな瞳を隠さなくなり、その存在感を増大させていく。その周囲を縁取る睫毛もまた女子らしく伸び出し、中途で上品に反り上がっていった。  顔の中心ですっと縦筋を作る鼻は以前よりささやかなものに変わり、代わりにその下の唇が厚みを増して瑞々しい朱色に染まることで見る者の目を惹きつけるようになった。  顔は小さくなり、また角ばりが消えてふっくらと女子らしく整ったものに変わる。いくらか日焼けしていたはずの肌色は、ほのかな血色を感じさせる程度の染みひとつない綺麗な白になり、傍目には世間一般の女子となんら遜色のない柔肌を思わせる。  普段着のTシャツがぶかぶかになっていく。しかし胸部にだけは身体とシャツとで空間はまったく生じず、それどころかお互いがぴっちりと密着するようになり、結果シャツの下に実り始めたふたつの膨らみをほとんどそのままの形で浮き立たせることになっている。腰の部分では、そんな盛り上がった胸部に相反して細くなった女性らしい括れができているに違いない。  無駄毛はすっかり消失し、男らしかった腕と脚はほっそりとして頼りなさげに。元々存在していたはずの健康的な筋肉は鳴りを潜め、脂肪へと置き換えられてしまったのだろう。  そして目視はできないが、おそらく今の風間には、もう男にあるべきはずのものはなく、代わりに女にあるべきはずの決定的なものが備え付いているはずだ。 「ん?なんだよジロジロ見て」  いつの間にか綺麗なソプラノ声になっていた彼女は、僕の様子を怪訝に思いこそすれ、自らのその変わり果てた声に違和感を抱くことはなかった。 「いや……その、風間ってよく見ると女子だよなーって」  そんな僕の若干ぎこちない応答に対して、風間はというと。 「……は?よく見なくても女子だろ。失礼なやつだな」  僕の言ったことは彼女にとってそこそこ心外らしく、不満を露にしたいのかぶつくさと言いながら横髪を弄り出す風間。口調や性格こそ風間そのものだが、仕草はどことなく女子らしく、気づけば座り方もあぐらから体育座りに、しかもやや内股気味になっていた。それが彼女のリアクションと相まって、僕に揺るぎない事実を確信させた。 「……」  風間は女声どころかその身体の変貌ぶりについてすらなんら言及しそうにない。まるで今の自分の存在を当然のように女子として認識してしまっている。  僕は改めてスマホの画面を確認する。 ーーーー 氏名 風間茜 性別 女 生年月日 2003年10月20日 所属1 ◯◯高等学校2年A組 〜〜 備考 自分のことを生まれた時から風間茜という氏名で、性別は女だったと認識する。その氏名と性別、及びそれらに伴うものを除いたすべての情報は従来の風間晃を参照とする。 ※備考欄に格別の記載のない限り、本アプリの使用者と適用対象の意識や記憶の部分に変更の効果は及びません。 ーーーー  変わり果てた、というにはどこか以前の面影を残してはいるが、今の女子版風間のその姿や、違和感を抱くことができないらしい本人の様子が、このアプリの効能を如実に表していた。  どうやら僕は、とんでもないアプリをダウンロードしてしまったらしかった。 ××× 「風間、少し休憩にしよう」 「ん?ああ、もう1時間経つのか」  松田にそう言われて俺はゲームを中断する。 「相変わらずゲーム好きだよね、女子なのに」 「耳にタコだよ。別にいいじゃんか」  思えば俺は昔から男勝りな性格で、女子といるより男子とばかりつるんでいた。遊びの内容だって球技や虫取り、今のようにゲームをやりこんだりと女らしさのかけらもない。  松田は俺の部屋をひとまわり眺めてこう呟いた。 「ここが華の女子高生の部屋ですって言って信じてくれる人がどれだけいるか」 「む」  こいつ、いくら俺が男っぽいからってデリカシーなさすぎないか。いくら男らしさに定評のある風間茜といえど、さすがにそこまで言われると少しばかり言い返してやりたくもなる。 「松田、これを見ろ。こんなのが男の部屋に置いてあるか?」  そう思い、俺はまずドアに掛けられた高校の制服を指差した。 「ブレザーにリボン、それからスカート。こんなのが立て掛けてあって男の部屋だなんて言わせないぞ」 「今時はジェンダーフリーっていって制服を性別で縛らない学校もあるみたいだけど」 「うちの学校はそういうのないだろっ」  なるほど。こいつ、嫌でも俺を女子と認めないつもりだな。いいだろう。くだらない茶番だが俺の勝ちは目に見えている。乗ってやろうじゃないか。  俺はこほんとひとつ咳払いをして居住まいを正した。いや、厳密にいえば、正したというより崩した。 「?」 「あのね、慶太くん」 「慶太『くん』?」 「わたし、ほんとーに男の子に見えちゃう?」  女の子座りに上目遣い、媚びるような甘ったるい声での名前呼び。擬音にすれば『きゃるんっ』とでもなっただろうか。今俺は、持てる限りのすべての女子力を目の前のこいつにぶつけた。  何を隠そう、俺はこう見えてそこそこ容姿に自信があるのだ。普段の行動とか服装こそ男っぽいだろうし、化粧なんてもう論外なわけだが、女としての潜在能力でいえばクラスの女子たちに引けを取らないと内心自負している。そんな俺が女子っぽさを全面に出して媚びるようにそう問いかけたのだ。  この松田という男、いくら優男を装っていても童貞であることに変わりはない。すなわち女子への免疫がない。そんなやつに色仕掛け的な手法で白旗を上げさせることなんて、現役JKの力をもってすれば造作もないのだ。 「ううん。一瞬くらっときたけどやっぱ風間は男だね」 「はぁっ!?」  これほど男のロマンを詰め込んだ一撃もそうないだろ!と、そう言ってやろうとしたら機先を制された。 「そんないかにも男子が好みそうな仕草、普通の女子ならまずやらないでしょ」 「い、いやでも、お前……」  まあ松田の言ってることは分からないでもなかった。事実俺は、少年漫画で読んだ個人的にグッとくる女キャラを参考にしたわけだし。  ただ、平静を装っているがこいつ、顔がそれなりに紅潮している。耳も少し赤い。俺を女子として意識してしまった証拠に違いなかった。 「……」  しかし俺は、そのことを口にできない。  なぜなら、今の俺はこいつと同じか、きっとそれ以上に顔全体を朱に染めているに違いないからだ。思った以上に、女子女子するのは恥ずかしい。 「……」 「……」  お互いに気まずい沈黙。ええい、どうしてこうなった! 「……はぁ、もういーや」  この無意義な時間に終止符を打つべく、俺は机の脇に引っ掛けてあった鞄を漁り、中から切り札を取り出した。 「じゃあほら、これでゲームセットだ」 「ん?これは…学生証?」 「おう。たしかに俺は男っぽいがな、こうして証明写真だけ見ればその辺の女子と大して変わんないだろ?」 「まあ、変わらないどころかむしろけっこうな美少女なわけだけどね」 「っ……」 「?なにその反応?」 「い、いや。別に……」 「あと、いつも着崩してる子がきちっとした服装でいるとなんというか、あれだね。清楚な女の子って感じがしてすごくいいね」 「っ〜!もういい!分かったんならもうそれ返せっ!」  まったく。まったくまったく!歯の浮くようなことを平然と口にしやがって。普段言われ慣れてないのもあって妙なむず痒さが収まらないじゃないかっ。 「でもこれで分かっただろ。俺は女なんだよ。ここの性別欄だってちゃんと『女』ってなってるじゃないか。名前が『茜』ってのも男じゃ考えられないだろ。どうだ、これで満足か?」 「えー。でもその唯一の証拠が今僕の手元から取り上げられちゃってるからなぁ」  こ、こいつ!なんて往生際の悪さだ! 「あっそ。じゃあもう知らん」  これ以上はもう付き合っていられない。そう思っていい加減ゲームを再開しようとコントローラーを手に取ったそのとき、松田はとんでもないことを口にした。 「そうだ。じゃあ今ここで裸になってよ」 「……はい?」 「そしたら、風間が男か女かはっきり分かるじゃん」 「……ないわー」  松田、それは流石にドン引きだぞ……。  一応俺と松田はそれなりの付き合いだし、多少の悪乗りは笑って水に流せるくらいの仲ではある。  だけど、いくらなんでもそれはダメだろう。セクハラ、それも完全にアウトなやつ。付き合ってもいない男女が口にしていい冗談ではない。  というか、下はともかくとしても、このシャツ越しからもはっきりしてる胸の膨らみを見ればもう思いっきり女子一択だろうに。こいつここまで馬鹿だったか?……まあわりと馬鹿だったわ。 「おい松田、いくら俺相手っていっても限度ってものがだな……」  さすがにお説教が必要だな。  そう思い俺が人差し指を立てながらハラスメントについて語ろうとしたその時。 「別に裸を見られるくらい問題ないでしょ。だってーー」  ーー風間は、男なんだから。  意識がふっと切り替わるような感覚。 「……あ、えっ……?あれ、俺……」 「おかえり。どうだった?このアプリの効果は」  先ほどまでとなにひとつ変わらない光景。ここは俺の部屋で、目の前には松田が座り込んでいる。俺は片手にコントローラーを握っていて、テレビには『PAUSE』と表示されている。  そんな何ひとつおかしくないこの状況が、今の俺にとってとんでもない状況だったということに、今さら気づいた。  「その反応からして備考欄の解除もちゃんと機能しているね」などと言いながら、松田は俺にあのアプリの画面を見せつけてくる。 「さっきまでこんな感じに風間の情報いじってたんだよ。そしたらその通りになっちゃうんだから。いやすごいな、これ」  唖然。唖然とするほかなかった。 「お、おれ……」  さっきまで俺、本当に自分のこと女だって思い込んで……それどころか、自分が女だってことを証明しようと躍起になっていた。女になった身体に何ひとつ疑問すら抱かないで、それが当たり前のことだと錯覚していた。 「……それ、めちゃくちゃなアプリだ」  そんな俺の反応を満足そうに眺めてから、松田はその手のスマホの操作を再開しようとする。  俺は慌てて口を挟んだ。 「ま、待て待て。お前、今度はなにするつもりだ?そのアプリのヤバさは十分わかったから、もう実験台に俺を使うのはやめろっ」  しかしそんな俺には目もくれず、松田はスマホの操作を続行する。  おいおい。こいつ、そのアプリのヤバさをちゃんと理解できてるのか?万一なにかあったとき、その効き目は危険すぎる。そこそこの付き合いとはいえ、たかだかお遊びで松田に身を委ねてやるつもりなんてないぞ俺は! 「仕方ねえ…なっと!」 「あ!ちょっ、なにするんだ!」  不意打ちでスマホを奪おうとした俺を間一髪身を捩ってかわす松田。こいつ抜け目ねえな! 「いいからさっさと渡せ!危険すぎんだよそれ!」 「大丈夫だって!現にさっき弄った意識は今元に戻れてるだろ!」 「なら身体も元に戻しやがれ!」 「いいじゃないか!女子と同じ部屋にいるってなんか新鮮で気分いいんだ!少しくらいアプリの恩恵にあやからせてくれよ!それに今の風間、戻すのためらうくらい可愛いんだよ!?」 「お、お前ホモだったのか!?貞操の危機だ!いい加減スマホを寄越せ!そんなアプリ削除してやるっ!!」 「今の君は女子なんだからホモにはならないだろ!ちょっ、落ち着いてってば……あ」 「あ?………………え」  取っ組み合いの最中、突如として縮みだす俺の身体。  一回りも二回りも小さくなった身長。膨らんでいたはずの胸は平坦になり、着ていた服はサイズが合わずもはやその役割を果たせなくなって床にずり落ちていく。  見下ろす松田。見上げる俺。松田はすっと身をかがめて、俺の目の前で手のひらを合わせ謝罪のポーズ。 「ごめん風間。さっきのもみ合いで、なんか2003年のとこを2013年って打ち変えちゃってたらしい」  おそらく生年月日のことを言っているのだろう。そして生まれが10年遅くなったということは、俺が10歳若返るということになる。  つまり今の俺は、たった7歳の女の子。 「もう原型とどめてねーじゃんっ!」  ふざけんな馬鹿松田!!  先ほどよりいっそう甲高くなった声が部屋に響く。元凶の松田もこれには困惑の表情を浮かべていた。 「いやー。あはは、本当に何でも変えれるね、これ」 「そーみたいだな!ほら、はやくそれを渡せっ!くっ!」  しかし身長差を有利と判断したのか松田はスマホをまっすぐと上に掲げ、小さくなった俺の手の届かない位置にまでやり抵抗を無効化する。 「ほらほら、届くかな茜ちゃーん」 「むっ。いい加減にしろ!……っ〜!?」 「ん?なにかしたかなー?」  堪忍袋の尾が切れて、俺はやつの臀部に容赦なく足蹴りを喰らわす。ところが松田にはまったく効いていないようで、それどころか俺の足に激痛が走った。どうやら俺の右足はこいつの骨盤に返り討ちにあったらしい。 「ダメじゃないか茜ちゃん。女の子がそんなはしたない真似をしちゃ」 「俺は男だっ!!」 「あ、まだそんなこと言うんだ?じゃあそんないけない茜ちゃんには……」  この状況を心ゆくまで楽しむ気でいるらしい松田が、手に持つスマホをまたいじり始めた。 「おい、もう勘弁してくれ!」  そんな不安で一杯な俺の嘆願は、松田の耳には届くことなく。 ーーーー 氏名 風間茜 性別 女 生年月日 2013年10月20日 所属1 ◯◯小学校2年1組 〜〜 備考 適用対象の意識や記憶も改変後の情報に合わせたものに変化する。 ーーーー  ……あれ?あたし、なにしてたんだっけ?  自分がさっきまでしてたことが思い出せない。ええと、ここはあたしの部屋で、あたしは……今日の分の宿題を終わらせなきゃだったっけ? 「あれ?慶太お兄ちゃんだっ!」  そうだ!そうだった!慶太お兄ちゃんが遊びに来てくれて、あたしはさっきまでお兄ちゃんとじゃれあってたんだった! 「どう?茜ちゃん。今の気持ちは」 「きもち?」 「うん。自分が女子小学生にされて、恨めしい悪友のことをお兄ちゃんっていって慕わずにいられない、今の君の気持ちは」  ううん?なんだかお兄ちゃん、すっごくむずかしい話をしてる。けど、とりあえずあたしの気持ちを話してあげたらいいんだよね? 「えっとね。あたしの部屋に慶太お兄ちゃんが来てくれて、それで一緒にわーって遊んで、めっちゃ楽しいっ!!」  言いながらあたしがニコニコしていると、慶太お兄ちゃんも笑顔になってくれた。あたし、慶太お兄ちゃんのこの笑顔、すっごく大好きっ! 「それじゃあ君が無力なうちに、ちょっと色々準備させてもらおうかな」 「じゅんび?ほかのあそびの?」 「そう、すごく楽しい遊びの。でも俺の独断で決めるのは風間にとって不公平だから聞くよ。茜ちゃん、遊ぶ準備、してもいいかな?」  なんだかよくわからないけど、お兄ちゃんのいう遊び、とってもわくわくしちゃう。 「うんいいよ!よろしくおねがいしますっ!」 「よく言えました。じゃあ少しの間だけ、おとなしくしててね」 「はーい!」  あたしはそわそわしながら学校で出された算数の宿題に手をつけることにした。 ××× 「……ん?あれ、私……」  気がつくと私はベッドの上で横になっていた。 「なんだか、すごく嫌な夢を見ていたような……」  たしか夢の中で私は、友達の松田くんに女の子にされて、それで……。 「……」  いや、いやいやいや。  なに松田『くん』って。私、松田くんのこと君付けなんてしてなかったはずなのに、さっきからなぜか自然とそう呼んじゃう。  っていうか、『私』ってなんなの!?なんで私、自分のこと『私』って言っちゃうの!?  え、おかしいよこんなの。私の言葉、まるで女の子みたいに……。 「まさか……」  ある可能性が脳裏を過り、私は起き上がり自分の身体を確認する。  下を向くと馴染みのない女物の服と、胸の部分を不自然に盛り上げる大きな双丘。  股間に手をやると今日まで私にあったはずのものはなく、平坦に変わったそこには申し訳程度の柔らかな膨らみと、その中心に一筋の亀裂。 「うそ、でしょ……」  改めて聞くその声は夢のままのもので、自分の身に喉仏がもう存在していないということを明らかにしていた。  辺りを見回すと、そこは以前の私の部屋を匂わせながらも、もはや男の子らしさとは一切無縁の女の子らしい部屋に模様替えされていた。  薄いピンクの掛け布団。ベッドの脇に置かれたクマのぬいぐるみ。本棚に並ぶ少女漫画。ドアに掛けられた学校指定の女子制服。そして身嗜みを整えるための姿見。いずれも私が男の子の頃では考えられなかったものだ。 「やあ茜、目が覚めた?」  部屋のドアを開け入ってきたのは私をこんなにした元凶の松田くんだった。  思わず一歩後ずさる私と、お構いなしに距離を詰めてくる松田くん。 「そんな警戒しなくたっていいのに」 「するに決まってるでしょっ……私に、なにをしたの?」  私が7歳児そのものになって無防備でいた時、遊びの準備をすると彼は言っていた。  その時の私はただただはしゃいでいたけれど、今の私には分かる。その遊びとは、間違いなくアプリのことを指し示していたはず。 「察しが良くてなにより」  であれば、彼がアプリでいじった内容は私に分かる範囲でこうだ。 「私の口調の矯正と、現実の改変……」 「現実の改変自体は、まあさっきもやってたけどね。この部屋が目に見えて変わったのは最初に入れてた備考の縛りを削ったからかな。あと、そこのカテゴリだったら、付け加えて仕草の矯正もかな。ほら」  ふいに指を差されて私はその先に目を向ける。それは視線を落として私の胸元の位置にあった。  私の両手だ。胸の前に添えられて、片手で片手を不安げに握る、まるで女の子のような仕草をした私の両手が、そこにあった。 「それから」  やや内股になった弱々しげな足腰や、無意識のうちにしていたらしい前髪をかきあげる所作。  指摘されるまで気づかないでいたアプリの影響の数々。さらに私は今のやりとりで気づいてしまったことがあった。 「ねえ、『そこのカテゴリ』って……もしかして他にもまだ、私になにかしちゃってるの?」  動揺を隠せない私を見て気味の悪い笑顔を絶やさない松田くん。  現時点でもう悪夢そのものだというのに、きっとまだなにかある。嫌な確信が私にはあった。 「まあ万が一ってこともあるからさ。僕が許可を出すまで、茜ちゃんをこの部屋から出られなくした。それとアプリの発動を邪魔されちゃ困るからね。僕がスマホを操作してる間、君の身体が金縛りにあうよう設定させてもらったよ」  つまり、逃げられないし、邪魔もできない。もはや私は、彼にとってまな板の鯉も同然だった。  私は対面する彼におぞましいものを感じながら、なんとか声を絞り出す。 「ね、ねえ。もうやめよ?十分楽しんだでしょ?ほら、さっきみたいにいつも通り、仲良くゲームして遊びましょ?」  震える声で嘆願ともいえるお願いをする今の私は、はたして松田くんからどのように映っただろうか。変に彼の嗜虐心を煽っていなければいいけど、その辺りを取り繕っている余裕はちょっと今の私にはなかった。内心祈りながら松田くんの返答を待つ。 「なるほど。茜はいつも通りの遊びをご所望と。わかったよ、ちょっと待ってね」  そういってスマホに手をかける松田くん。その瞬間、私の身体は固まって動けなくなった。  これがアプリによる金縛りなのだろう。そして私はいよいよ、好き放題する彼を黙って見ているしかなくなった。 「これでよし。じゃあ茜のしたいようにするよ」 「えっ……?」  しかしそんな私の先ほどの嘆願を松田くんは不思議なくらいあっけなく通した。 「あれ、なにその反応。いつもと同じじゃ嫌?」 「!う、ううん、嫌じゃないよ!すっごく嬉しいっ!」  やっと、やっと、松田くんの悪ふざけが収まってくれたみたいだ。ずっと続いていた緊張がようやく解け、私は胸を撫でおろす。 「ふぅ。それじゃあいつも通り……セックス、始めよっか」  私が微笑みながらそういうと、彼もまた同様に笑みを浮かべたのだった。 ーーーー 氏名 風間茜 性別 女 生年月日 2003年10月20日 所属1 ◯◯高等学校2年A組 〜〜 備考 1.適用対象の口調や仕草は改変後の性別に則って差し支えのないものに変化する。 2.適用対象は任意に自室から出ることができない。 3.適用対象は当アプリが使用されている間、金縛りにあい動けない。 4.適用対象はその自室に異性を招き入れた際は当然に性行為を行い、また、それを普段より格別の楽しみとしている。 5.適用対象は以後、性行為により性的な快楽を味わう度に女性として本来あるべき知識を身につけていき、また、その思考をより女性らしく、よりアプリ使用者の嗜好に適うように変容させていく。 ーーーー 「はっ、はっ…んぅっ」  さて、なんとかいつもと変わらない状況にまでは引き戻せたけど、依然としてスマホは松田くんの手の中で、私は男に戻れないままだ。  できれば私が達するまでに彼を出し抜く何らかの策を考えついておきたい。  なのにさっきからいまいち思考がまとまらない。女体の快楽がしきりに脳に到達して、その度に私の思考は乱され、理性を放棄しようとする。おかしいな、私の身体、いつもこんなに敏感だったっけ。  でもダメだ。なんとかして元に戻らなきゃなんだから。流されるな。考えろ。考えろ私! 「んっ…うひゃぅっ!」  自分でも思いもよらない嬌声を発したことに驚きながら、その刺激の原因に目をやる。  するとそこには、私の乳首を甘噛みしたらしい松田くんが舌なめずりをしていた。 「もー、びっくりしちゃうじゃんっ…!」  してやったりな顔の松井くん。なんだか悔しいので、私も松井くんにちょっとした悪戯を試みた。 「……うっ!」  胸を彼の胸下に押し付けながら、腰を左右に捩って彼の男根をいたぶってやる。やや小ぶりらしい私の膣の壁面が男根と斜めに擦り合うことで局所的な窮屈を作って、ただ出し入れするのとは違った刺激をもたらしてくれる。  途端にその端正な顔を歪めだす松井くん。それを見て私はふふんと上機嫌になる。 「茜、童貞相手にそれはやりすぎだよ……」  そこそこ堪えてくれたらしい。でも松田くんの横暴を考えたらこれでも手ぬるいくらいだよ。まったく、少しは反省しないとだからね?  ただ、一方の私もあまり余裕がなくなってきていた。なにを隠そう、というか当然だけどこの技、私自身にもおそろしいほどの快感を与えてくる。どのくらいヤバいのかというと、さっきのだけで私が今まで必死に考えていたはずの何かを綺麗さっぱり忘れ去ってしまうくらい。けっこう大事なことだったはずなんだけど、まあそれは後で思い出せばいいよね。  それほどの刺激にも関わらず嬌声を漏らさなかったのは、もうほんとただの意地だった。彼より精神的に優位に立ちたいという、ちょっとした女心だ。でも、おそらくもうすぐこの身体も達するっていうのは本能で分かった。 「ふっ、ふっ……はぁっ」 「んっ、あんっ……松田くん、そろそろ?」 「そう、だねっ。そろそろ、だ」 「っ」  若干の苦悶を浮かべつつ、額の汗を拭う松田くん。そんな彼のなんてことのない一動作に目を奪われる。  ああ、すっごくいいなと、不覚にもそう思ってしまった。なんというか、今なら彼がなにをしてたって、カッコいいなと、そう思えてしまいそうだ。私に向かう彼の眼差しが、私の心臓を貫いた気がした。 「はぁっ、はぁっ。あ、茜!出すよ!」 「うん、うん!出してぇっ!んふっ、私のお腹にぃ!あ、あなたのいっぱいっ!!」  滂沱の快楽が身体を、精神を震わす。乳首は突起を開始して久しく、膣内はまぐわう相手の男性器に歓喜の愛汁を惜しまない。  絶頂一歩手前の空白で、私はふと思った。 (今日って私、安全日だったっけ)  ああそうだった。思い出した。私が忘れていたのは、きっとそのことについてだった。私はさっきまでそれを気にしていたんだった。 (あ、むりぃ)  けれどそんな理性は、一瞬にして頭から吹き飛んでいった。  そう。すべてどうだっていいんだ。理性とか安全日とか……私が元男だとかなんて、この気持ちよさと、彼と一緒になれるこの温もりとに比べたら、もうなんだってよかった。 「……っ〜〜!!…………………………………あ、ふぅ……」  こうして今日もまた、私と彼との情事は私に至福のひとときをもたらしてくれたのだった。 「えへへぇ……まつだくん、だいしゅきぃっ……」  お決まりの一言と口づけを交わし、私は微睡みに身を委ねた。 ××× 「ねえ、本当に男に戻りたいの?」  身体の火照りも落ち着いてきた頃に松田くんがそう尋ねてきた。 「そ、そりゃあ?ほんとなら私は男の子なわけだし?。やっぱり元には戻っとかないと」 「でも戻ったらもう僕とセックスできないよ?」 「せ、セックスだけで以前の性別捨てるなんてできないでしょっ。ほら、スマホ貸して!」  過去の私よ。なにが安全日なのか。いや安全日ではあったはずだけど、そういうことじゃない。  今になって思い出した。私は行為が終わるまでに彼からスマホを奪う算段を整えておきたかったんだ。それなのに一時の快楽に負けて、訳のわからな…くはないけど、まるで女の子みたいな心配事と履き違えて。なんとも情けない限りだ。 「……よし、戻るよ」  目の前の彼に私が抱いたこの恋心は、きっと偽物だから。あと、その、ごにょごにょの気持ちよさも、まあちょっと名残惜しいケド……。  でもこんな感情は本来だったらありえない。そんなの、男の私が抱くことのないもののはず……はず、なんだけどなぁ。 「本気で元に戻る気?せっかくこんなに可愛いのになぁ」 「ぐっ……」  そして女子として容姿を褒められて舞いあがっちゃうこの感情だって、きっとアプリの影響に違いなくってーー 「ねえ」 「わひゃっ!き、急に胸揉まないでよっ!」  毎度のことだけど彼の性欲は一度火がつくとなかなか収まらない。だからこうして事後にちょっかいを掛けてくることも珍しくはない。  ブラに潜り込ませた手をもにゅもにゅといやらしく蠢かす松田くん。乳首を撫でたり乳輪をなぞったり、私の胸を思うままにいじって遊んでいく。  そしてそんな彼の相手をしていると、その、なんといいますか……次第に、こっちまで昂ってきてしまうのだ。 「お、ムラムラしてきた?」 「ムっ…べ、別にそんなんじゃないからっ。ただ、こうやってダラダラと相手させられるのも時間もったいないし?じゃあいっそ第二ラウンドでもしてあげちゃおうかなって思っただけでして……ねえ、そのにやけ顔やめてよ。私、松田くんのために言ってあげてるんだよ?」 「はいはい。彼氏思いの素敵な彼女を持てて俺は幸せですよー」 「もうっ!だから私は男だってば!彼女なわけないじゃないっ!!」 「そう言いながら男とやるためにショーツとブラ外し始めるんだもんなぁ」 「……と、とにかくっ!話は後!さっさと松田くんのそれ、鎮め直すよ!」  お手柔らかにと一言呟いて、彼も再び衣服を脱ぎ捨てて私のベッドに乗り込むのだった。 ーーーー 氏名 風間茜 性別 女 生年月日 2003年10月20日 所属1 ◯◯高等学校2年A組 〜〜 社会的地位 松田慶太の彼女 ーーーー  ◯年後。 ーーーー 氏名 松田茜 性別 女 生年月日 2003年10月20日 所属1 ◯◯株式会社 企画部 所属2 ◯◯大学 料理研究部OG 〜〜 社会的地位 松田慶太の妻 ーーーー


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